福音という名の魔薬

 第拾参話「灼熱への挑戦」

「あ、食事終わったらシンちゃんとレイは家に来て。ちょっち話があるから。」
 騒動の発端は、こんな一言からだった。
「えぇ〜っ! 修学旅行に行っちゃ駄目っ!」
 葛城家の食卓のテーブルをバンと叩いて猛抗議するアスカに、
「そ。」
 ミサトは缶ビール片手にしれっと答える。
「どうしてっ!」
 明日からの修学旅行の為、わざわざ加持に付き合わせて水着まで買い込み、沖縄の海でのスキューバダイビングを楽しみにしていたアスカとしては、ただ駄目だと言われただけで納得するつもりは毛頭無い。
「戦闘待機だもの。」
「そんなの聞いてないわよ。」
「今言ったわ。」
「誰が決めたのよ。」
「機動部隊長であるアタシが上の許可を取って決めたの。」
 そこまで言われては、アスカの旗色はすこぶる悪い。
 ほとんど正式な手続きで決められている以上、対使徒戦の切り札の一人といえども立場的には末端の兵士に等しいアスカにこの状況を打開する術は無かった。
「アンタ、お茶なんか啜ってないで何とか言ってやったらどうなの? 男でしょ!」
 そこで、アスカが白羽の矢を立てたのが、さっきから我関せずで自分で淹れたお茶を飲んでるサードチルドレン 碇シンジであった。
 自分よりも多くの事務手続きをこなしてるコイツなら、この状況を何とか打開してくれるかと思ったのだ。
「いや、僕は多分こんな事になるんじゃないかと思って。」
 しかし、アスカより遥かに不本意な展開に慣れているシンジは、そもそもすんなり修学旅行に行けるとは思っていなかった。
「諦めてたってわけ?」
「うん。」
「ハッ、なっさけない。飼い馴らされた男なんて最低。」
 肯くシンジを両手を広げてあからさまに馬鹿にするアスカ。
「そういう言い方止めてよ。」
「碇君は悪くないわ。悪いのはアナタ。」
 さすがに不快感を隠せないシンジの隣に座るレイが言葉の援護射撃を放つ。
 ピリピリした空気はさながら戦場の様だ。
「気持ちは分かるけど、こればっかりは仕方ないわ。あなた達が修学旅行に行ってる間に使徒の攻撃があるかもしれないでしょ?」
 それを宥めようと、ミサトは正論で説得を試みる。
「いつもいつも待機待機待機待機! いつ来るかわかんない敵を相手に守る事ばっかし! たまには敵の居場所を突き止めて攻めに行ったらどうなの!?」
 鬱積する苛立ちを愚痴に変えて、癇癪を爆発させるアスカであったが、
「それができればやってるわよ。」
 ミサトの切り返しでグウの音も出なくさせられる。
 別に誰かがサボッているから使徒の動向を掴めない訳ではないのだ。
 その程度の事が理解出来ないアスカではない。
 だからこそ、反論できなくなったのだ。
「あ……あの……ミサトさん。」
 しかし、そんなアスカを見てシンジは何事か決心した。
「なに、シンちゃん。」
「僕が待機しますから、惣流さん達は修学旅行に行かせてあげてくれませんか。僕一人が残っていれば、使徒が来たとしても惣流さん達が戻るまでの時間稼ぎくらいはできるでしょうし……。」
 それは、ある意味自己犠牲とも言うべき行動であった。
 しかし、
「私も残るわ。」
 レイはシンジの発言を受けて、残留を即決した。
「あ、綾波……」
「碇君が行かないなら、私も行かない。」
 大真面目で言い切るレイに、ちょっと困惑しながらも嬉しそうなシンジ。
「あ、綾波は行った方が…」
 それでも、いちおう説得はしようとしたのだが、
「私は要らないの?」
 目に涙を浮かべて訴えかけられてはシンジに勝ち目が欠片ほどもある訳は無い。
「そ、そうじゃないけど……」
「なら、私は碇君の傍にいる。」
 聞いてる方が恥ずかしくなりそうな御言葉を素でのたまわれると、ミサトもアスカもすこぶる居心地がよろしく無くなるが、取り分けアスカの方の居心地は悪いってだけじゃ済まない。
『これでアタシだけ行ったら、アタシだけ悪者? いえ、こいつらアタシがいなくても使徒をどうにかできるって言いたいの? ざけんじゃないわよ!』
 目の前でノロケられてるだけじゃなく馬鹿にされてると感じたアスカは、それだけではない苛立ちの命ずるままに叫ぶ。
「あ〜! もう、良いわよ! アタシも残ってやろうじゃないの!」
 ミサトが自分だけ行って良いと許可を出す前に。
『ここでアタシだけ修学旅行に行ったら、アタシに価値なんか無いって自分で宣言するようなもんよ。そんな事許せるはずが無いわ!』
 エヴァのパイロットである事が自分の価値だと信じ込まされている少女は、苦汁を飲んで楽しみだった二泊三日の旅行を諦めた。
「ま、二人ともこれを良い機会だと思わなきゃ。みんなが修学旅行に行ってる間、少しは勉強ができるでしょ。アタシが知らないとでも思ってるの。」
 ミサトが取り出しましたるは3枚のディスク。
 シンジとアスカ、そしてレイの学校での成績が記録されたものである。
「見せなきゃバレないなんて思ったら大間違いよ。あなた達がテストで何点取ったかなんて筒抜けなんだから。」
 ちなみに、どれも芳しい点数は記録されていない。
「ハッ、馬鹿みたい。学校の成績がなによ。旧態依然とした減点式のテストなんか何の興味も無いわ。」
 テストの成績はあまりよろしくないアスカが、思い切り文句をつける。
 確かに、日本の中学校は小手先の試験技術に重点を置いたペーパーテスト至上主義なところがあり、アスカの肌には合わないのだろう。
「郷に入れば郷に従え。日本の学校にも慣れてちょうだい。」
「イ〜〜〜〜〜だっ!」
 ミサトとアスカのそんな遣り取りを、
『そんな事言うなら落ちついて勉強させてよ……。』
 と、各種の訓練や家事や女性陣への気配りで起きている時間の大部分を費やす破目になっているシンジが内心ぼやき、怪我とネルフの実験や訓練のせいで授業をかなり休んでいたレイが額に?マークを浮かべて見守っていたのだった……。
 だが、シンジは気付いていなかった。
 彼が不参加になった事で、アスカとレイを除く2年A組の女生徒全員を修学旅行に参加するよう説得するのに洒落にならないぐらい骨を折らねばならなくなるという未来を。




 ネルフ本部第一発令所。
「浅間山の観測データは可及的速やかにバルタザールからメルキオールへペーストして下さい。」
 そこでは、マヤが小説に読み耽り、日向が漫画雑誌に笑い転げ、青葉が空気のギターを弾きながら鼻歌を歌っていた。
 ……休憩するなら休憩室に行けとか言いたくもなろうが、過度にだらけない限りはここで待機している方が有事の際には早いのである。
 そんな良い感じにだらけた雰囲気の中、
「修学旅行? こんな御時世にのんきなものね。」
 書類を挟んだバインダーとコーヒーメーカーから注いだばかりのコーヒーが入ったマグカップを両手に持ったリツコが、ミサトからアスカ達に修学旅行中止が通達された時の騒動の顛末を聞いて呆れた声を出した。
「こんな御時世だからこそ、遊べる時に遊びたいのよ、あの子達。」
 しかし、軍人であるミサトの方が研究者であるリツコよりは前線で戦う者の心理を肌で良く知っていた。……まあ、それを差し引いても精神年齢が近いので共感し易いのかもしれないのだが。
「そろそろ現場に向かう時間だが、どうする?」
「打ち合せ通り私が行くわ。バックアップお願い。」
 カティーの念押しに答えたミサトは、そのまま発令所を出て行った。
 事前準備と事務処理の残りをカティーに引き継いで……というか、押しつけて。



 ネルフ本部にある本格的なプール。
 第3新東京国際空港にアスカと二人でみんなを見送りに行った後、かなり強引にここまで連れて来られたシンジは、プールサイドに持ち込んだ携帯端末に表示させた数式を相手に悪戦苦闘していた。
「なにしてんの?」
「理科の勉強。」
 聞いてきたアスカに、画面から目を離さず答えるシンジ。
 苦戦してるのを如実に示して、表情が冴えない。
「ったく、おりこうさんなんだから。」
 呆れるアスカに、シンジは
「そんな事言ったってやらなきゃいけないんだから……。」
 文句を言いつつ声の主の方を向く。
 と、絶句させられた。
「じゃーん。沖縄でスクーバできないんだから、ここで潜るの。」
 バッチリ水着に身を固め、腰に手を当てて自分のプロポーションの良さを誇示するかのような格好のアスカがそこにいたのだ。
「どれどれ、何やってんの? ちょっと見せて。」
 身を乗り出して端末の画面を覗き込むアスカ。
 その姿勢は、見方によっては結構エッチっぽく、ちょいと足を滑らせるかしたら途端にシンジを押し倒す格好である。
 いい加減慣れれば良いものを、未だにこういうのに慣れてないシンジは赤くなりつつもアスカの水着姿、特に強調されてる格好の胸から目を離せなくなる。
「この程度の数式ができないの? ……はい、できた。簡単じゃん。」
 ただ、正直……アスカがやってる事はおせっかいというか頭脳の誇示というか、シンジの勉強という一点からすると有害な行動ではある。
 解き方のヒントを与えて後は自力で解かせるならまだしも、解答までやっちゃったのだから……。
「さすが大学出だね。……でも、どうして学校のテストが駄目なの?」
 それは、転入試験の時からの疑問であった。
 あの時はとても聞けない雰囲気だったけど、シンジは今なら聞けるかもしれないと思い訊いてみた。
「問題に何が書いてあるのかわかんなかったのよ。」
「それって、日本語の設問が読めなかったって事?」
 そういえば契約の書類も読めなかったんだっけと、思い出して納得するシンジ。
「そ。まだ漢字全部覚えてないのよね〜。向こうの大学じゃ習ってなかったし。」
 事も無げに言うが、結構凄い事である。
 外国の大学を飛び級で卒業するには、かなりの努力と資質が要求されるのだ。
「で、こっちのこれは何て書いてあるの?」
「熱膨張に関する問題だよ。」
「熱膨張? 幼稚な事やってんのね〜。とどのつまり、物ってのは暖めれば膨らんで大きくなるし、冷せば縮んで小さくなるって事じゃない。」
「そりゃそうだけど……。」
「私の場合、胸だけ暖めれば少しはオッパイが大きくなるのかしら。」
 胸に手を当て冗談めかして言うアスカから、
「そ、そんな事聞かれたってわかんないよ!」
 シンジは目を逸らして大声で言い切った。
「つまんない男……」
 小声で吐き捨てて踵を返して立ち去ろうとするアスカの耳に、シンジの呟きが聞こえたのは偶然か、はたまた運命の作為か。
「揉むってのは聞いたことあるけど……」
「え?」
 どう訊いても妖しい言葉に、アスカは思わず振り返る。
 そして、
「揉めば大きくなるってんなら、やってみなさいよ!」
 溜まり溜まった欲求不満をぶつけるかの如く、猛烈に強要する。
 この頃ようやくアスカにも自覚できてきたのだが、自力ではどうにもイケないが、この何故だか妙にムカつくヤツにどうにかされると容易くイかされてしまうのだと。
 それに、もしホントに胸が大きくなるなら願ったり叶ったりだ。
 アスカの目から見ても、級友達がシンジと付き合いだしてから急速に個々の魅力を開花させているだけでなくプロポーションなんかも良くなってきているので、何か秘訣があるんじゃないかと怪しんでいたのだ。
「……いいの?」
「整体師かなんかのマッサージだと思って我慢するわよ!」
 念押しに真っ赤になって怒るアスカの剣幕に、シンジはとにかくやってみる事にした。
「じゃ、じゃあ……(う、上手くいけば良いけど……)。」
 まず手を伸ばしたのは、胸……じゃなくて腰回りからだった。
「な、なにすんのよっ!」
 頬を平手打ちしたい衝動に駆られたが、床に膝を着いたシンジの顔がアスカのお腹の前にあるような状態では、それもままならない。
 離れようにも、何故かフワフワして心地好くて離れる気が起きない。
『ええと……相手をリラックスさせてから、お腹とかのお肉を撫でて寄せる……で、寄せてから揉んで元あった胸の肉と混ぜる……本当にこれで良いのかなぁ……。』
 何処で聞いたのか覚えてない怪しい方法論を頭の中で反芻しながら、ATフィールドで干渉してアスカを半ば以上強制的にリラックスさせ、復習したばかりの内容のことを5回ほど繰り返す。
 背後の水音にも気付かずに。
「お、覚えてなさいよ。……これで全然効果が無かったら、アンタをギタギタにしてやるから……。」
 年齢の割りに立派なサイズと綺麗なカタチの胸を揉み解されて喘ぎを漏らし始めながら脅迫するアスカだが、この状況では著しく迫力が足りない。
 それでもシンジを脅すには充分な威力があったのか、傍目から見るととんでもなく妖しいマッサージに必死になって没頭した。
 だからシンジは気付かなかった。
 さっきの水音が泳いでいたレイがプールから出た音であり、今、すぐ後ろに立っているなんて事は。
「ファ…あうっ………はぁ……くぅ…………」
 アスカの方は気付いたようだが、シンジの手が無ければ直ぐにでも腰砕けになって倒れかねず、声もロクに出せない状況まで追い詰められていたので、この鈍チンに気付かせるのは無理だった。
 ……レイが手を出してくるまでは。
 刺激を待ち侘びていたアスカの股間の新芽が、レイの指の腹でプチュリと蹂躙されるまでは。
「ああああぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」
 咽喉も裂けよとばかりの絶叫を響かせて意識が闇に堕ちてく感じを味わっているアスカは、このままこいつら二人に自分の身体が好き放題蹂躙されても気持ち良ければ許せるような錯覚を覚えていたのだった……。
「あ、綾波……」
「碇君、今度は私の番。」
 もたれかかったアスカの身体を横たえて、そんな会話をしているとも知らずに……。


 その後、更衣室でメジャーを持ち出してバストサイズを計測したアスカは、
「うそ……増えてる……。」
 1cmにも満たない若干ながらも本当に胸囲が増えてる事に驚愕した。
 揉むと胸が増えるってのは迷信だと聞いた覚えがあったからだ。
「って事はもしかして……」
 その巻尺を今度はこの頃さらに気になりだしたウェストにずらす。
 最近、御飯が美味しくてついつい食べ過ぎてしまってるので、少々怖々と。
「うそ……減ってる……なんで?」
 こっちは、確実に1cmは減っている。
 昨日計ったばかりだから、多分確実だ。
 となると、原因は一つしか考えられない。
 しかし、さすがのアスカでも『これから毎日あのマッサージをしなさい』とは、あまりに恥ずかしくて結局言えず仕舞いとなったのであった……。



 浅間山上空を飛ぶヘリから、空撮した写真。
 上空から各種センサーによって調査した結果。
 それがMAGIによって可能な限り解析された状態で表示される。
「これでは良く分からんな。」
 唸る冬月に、
「しかし、浅間山地震研究所の報告通り、この影は気になります。」
 その直属の部下である青葉が、懸念…いや、意見を述べる。
「勿論、無視はできん。」
 勿論ながら、冬月としては……いや、ネルフとしてはその意見を無視するのは不可能である。もし、それが杞憂でない場合には、発見の遅れが致命的になりかねないのだ。
「MAGIの判断は?」
 リツコが推論や討議も可能な三つの独立したスーパー・コンピュータ・システムに検討させた結果を報告させるが、
「フィフティ・フィフティです。」
 マヤが持って来た答えは、ある意味“データ不足により解答不能”を意味していた。
 今の時点の資料では、どちらとも取れるとの答えなのだから……。
「現地へは?」
「既に葛城三佐が到着しています。」
 冬月の問いに青葉が答えたところで、会議は現地からの連絡待ちで小休止になった。


 その頃、ミサトは日向を連れて浅間山の地震観測所を訪れていた。
「もう限界です!」
「いえ、あと500お願いします。」
 所員の報告に、ミサトがにべも無い返事を返す。
 その依頼を受けて、無人探査機が更なる深度に下ろされる。
 ピシリという嫌な音が管制室に響き渡った。
「深度1200、耐圧隔壁に亀裂発生。」
「葛城さん!」
 堪りかねてさっきとは別の所員が抗議するが、
「壊れたらウチで弁償します。あと200。……もし、ここに使徒がいるなら早く見つけないと大変な事になりますので。……この火山を使って悪さをしないうちに。」
 ミサトの迫力だけでなく、言葉の意味でも黙らされた。
 彼らほど火山の恐ろしさを知る者は無く、もしミサトが口にした懸念が現実になったらどれほど被害が致命的になり得るかをリアルに想像できてしまったのだ。
 文句を言った人間だけではなく、所員全員の目の真剣さが増した。
 今、自分達の双肩に人類の命運がかかっていることを自覚したのだ。
「モニターに反応。」
 とうとう耐熱バチスカーフのセンサーが何かを発見した。
「解析開始。」
 ……そして、
「観測機圧壊、爆発しました。」
 限度を超えて深く潜り過ぎた探査機はマグマの圧力に屈し、破壊された。
「解析は?」
「ギリギリで間に合いましたね。パターン青です。」
 ミサトの問いに日向が答える。
「間違い無い、使徒だわ。」
 胎児のような姿の使徒がマグマの中に居るというデータを人間達に託して。
「これより当研究所は閉鎖、ネルフの管轄下となります。一切の入室を禁じた上、過去6時間の記録は部外秘とします。」
 必要な指示を下した後で、ミサトはこう付け加えた。
「御協力有難うございます。この貴重なデータ、無駄にしません。しばらく不自由をかけるとは思いますが、御容赦を。」
 と。


「碇司令に『土産は何が良いか聞き忘れた』んだけど、何か良いアイディアある?」
 地震研究所からミサトがネルフ本部にかけた電話の内容は、先程の緊迫した雰囲気が嘘のような文言だった。
「そういうのは、葛城さんが『自分で考えて』下さい。」
 同じように緊迫感の無い青葉の声。
 しかし、電話をしている青葉の表情は酷く真剣だ。
「わかったわ。『期待してて』って言っといて。」
 それは、電話をかけたミサトも同じであった。
 間近で表情を観察してるスパイがいるならば、明らかに暗号で深刻な会話をしてると気付くぐらいに。
 もっとも、電話をかけてるのが“掃除”済みの一室の中では、表情をスパイが読み取るのは困難を極めるだろうが。
「了解。」
 ちなみに、今回の暗号を考えたのと暗号で連絡するように事前に指示していたのはミサト本人じゃなくてカティーである。
 どうしても最初は通常回線での連絡になるだろうし、秘匿回線に切り替えると言っても切り替えた事実からだけでも事態がバレる恐れが濃厚だったからだ。
 浅間山に使徒が出た……と。
「副司令。葛城三佐から連絡で、例の影はやはり使徒だそうです。」
 受話器を置いた青葉が冬月に報告した時点で、ネルフ本部は警戒態勢から非常態勢に切り替わった。
「詳細なデータは、秘匿回線にてアップロードされる模様。」
「分かりました。直ぐに回線を確立させます。」
 それを受けてリツコがMAGIに命じて並みのコンピュータでは経路すら追えない秘匿回線を通信回線のノイズ部分を利用して設けさせる。
 ここに、第八の使徒との…そして、ネルフ本部の足を引っ張ろうとする諸勢力との戦いが始まったのだ。



 ネルフ本部司令公務室。
 床と天井に描かれたセフィロトの樹に挟まれた暗い室内は、これまで度々行なわれていたように、人類補完委員会とゲンドウとが会議を行なう場となっていた。
「A−17、こちらから討って出ろという訳ですか?」
 委員会から出された通達を、ゲンドウが問い質す。
 立場的には委員会の方が上であるのだが、特務機関ネルフの長としても“計画”の実行者としても成功の可能性が低い計画に無条件で賛同するなどできないのだ。
「そうだ。それしか方法は無い。」
「これはチャンスなのだ。これまで防戦一方だった我々が初めて攻勢に出る為のな。」
「殲滅ならば使徒が攻めてきてからで良いではないか。せっかくの機会、逃す訳にはいかんよ。」
「リスクが大き過ぎます。」
 口々に得手勝手な言い草を押し付けて来る委員会の老人達の言い分を、ゲンドウは一刀両断したのだが……。
「確かに、15年前の事を忘れてはならないのも事実。だから、実施はしっかりやって貰わなくては困るよ。」
 実に糠に釘の有様であった。
「生きた使徒。それも人と融合していない状態のサンプル。その重要性は既に承知しているのだろう?」
「では、国連の正式な命令書を出して頂きましょう。そこに、我々ネルフとしては即時殲滅を推奨したと明記して。」
「なんだと! キサマ、自分の立場を分かっているのか!?」
 ゲンドウの要求に、委員の一人がいきり立って糾弾する。
 議長のキールを除く他の委員も口にこそ出さないが非難の視線でゲンドウを突き刺し、抉り、貫いていた。
 しかし、ゲンドウは小揺るぎもしない。
「使徒殲滅と人類補完計画の遂行が第一だと認識しているだけです。使徒のサンプルを入手するのは計画の進捗に不可欠ではありませぬゆえ。」
 自分はあくまで“計画”の遂行を大事にしているんだと主張して、ゲンドウは口煩い委員達を黙らせた。その上で、要求の理由を説明する。
「ネルフが国連の指揮下にあるという証拠は多いに越した事はありません。それに、日本政府ら各国政府も国連の命令ならば素直に従うでしょう。」
「なるほど。では、安全保障理事会の名で命令書を出させるとしよう。追加予算についても一考する。」
 説明に一応納得し、キールが要求に応じる旨を伝える。
「感謝します。」
 と、抑揚の無い声ながら珍しくゲンドウが謝意を述べる。
 両手を机の上で組み、口元を隠すいつものポーズを崩さぬままなので、とても誠意は感じられないが。
「失敗は許さん。」
 そう言い残して委員会のメンバーは退席……つまりは、彼らの立体映像は消滅した。
「失敗か。その時は人類その物が消えてしまうよ。……本当に、良いんだな。」
 ゲンドウの隣に立ち、会議を傍聴していた冬月の確認に、ゲンドウは組んだ手の影で薄く不敵な笑みを浮かべたのであった。
 これで、ネルフが非難の矢面に立つ事態は避けられた……と。



 とある古城の地下にある暗い一室。
 そこに、赤い字で番号が割り振られた12枚の黒い板が集まっていた。
「あのような条件、飲む必要があったのですか?」
 ゲンドウとの会談を終えた人類補完委員会……いや、今や世界を裏から支配する秘密結社となったゼーレの幹部が一同に会していた。
 立体映像。しかも各々の姿形を表示しない黒いモノリスとして。
「良い。A−17の発令、使徒が持つS機関の入手、これら二つが肝要なのだ。国連の名で要請書を出す程度、さしたる問題ではない。」
 幹部の一人の疑問に、01という番号を持つ黒い板が答える。
 最近、日本の経済活動が活発でゼーレの権益を侵害し始めているのだが、使徒による被害の復興費用を稼ぐという名目を出されると表立っては反対し難い。そこで、現資産の凍結を含むA−17を発令させ、日本の経済活動にダメージを与える気なのだ。
 勿論、その混乱に紛れて荒稼ぎをする気でもある。
 世界支配には、特に彼等のような方法での支配には金がかかるのだ。
「我等“委員会”の……いや、“ゼーレ”の名を出せと言われた訳では無いからな。」
「それに、ヤツに気付かれずにS機関搭載型パペットを開発するには、どうしても使徒のS機関を手に入れる必要があるのだ。」
「さよう。我々が既に手にしていると悟られてはならないのだ。」
 この会話から解るように、ゲンドウは彼らゼーレに信用されていなかった。
 いや、彼らは例外無く他人を信用しないからこそ地位を保ち続けられた者達であり、ここにいる他のメンバーですらも本質的には信用していなかった。
 ただ、利害を同じくするからこそ、こうして共同歩調を取り、互いに牽制し合いながらも協調しているのだ。
「しかし、制御実験は不完全だ。あと最低一回の“実験”を行なわねば、とても実用には耐えん。」
「制御できない以上、手にしているとはとても言えないのではないか?」
「いざとなれば別の実験に紛れて行なえば良い。ヤツの目の届き難い場所でな。」
 ネルフの体制は、ゼーレの意向により各国毎に独立性が高いものとなっている。
 故に、総司令のゲンドウが幾ら頑張っても支部の動向を把握し制御するのは事実上不可能な状況であった。
「使徒という脅威がある限り、支部の一つや二つ潰したとて、ネルフは潰れんよ。」
「葛城観測隊……セカンドインパクトの時とは違ってな。」
 誰かに聞かれたら、幾ら彼らといえどもただでは済まない台詞を吐いたのだが、不幸な事にほぼ誰にも盗聴できない秘匿通信回線での会議の模様は、今回も彼ら以外の誰にも聞かれてはいなかった。
「では、シナリオ通りに。」
 会議の締め括りはやはり、彼らのお決まりの台詞であった。



「これが使徒!?」
 暗くされた会議室の床にあるスクリーンに投影された胎児のような使徒の映像に、シンジは驚きの声を上げた。
「そうよ。まだ完成体になってない蛹みたいなものね。」
 そんなシンジに……いや、ここに集められたエヴァ・チルドレン3人に、リツコが作戦の主旨説明を始める。
「今回の作戦は使徒の捕獲を最優先とします。出来得る限り原形を止め、生きたまま回収する事。」
「できなかった時は?」
 アスカの質問に、
「即時殲滅、いいわね。」
 リツコは即答する。
 その時はいつもと同じなのだと。
「「「はい。」」」
 三人の返事は綺麗なユニゾンを奏でた。
「作戦担当者は……」
「ハ〜イ、ハイハイ! 私が潜る。」
『でも、また僕なんだろうな。』
 元気良く立候補したアスカを見ながらイジケた事を考えているシンジであったが、
「アスカ、弐号機で担当して。」
 今回は違った。
「ハ〜イ。こんなの楽勝じゃん。」
 Vサインでも出しそうな笑顔で、アスカは安請け合いする。
「私は?」
「プロトタイプの零号機には特殊装備は規格外なのよ。」
 マヤがレイに答える。
 暗に、零号機だけは“エヴァ・パペット”ではないので、規格外の存在なのだと。
「レイと零号機には本部での待機を命じます。」
「はい。」
「残念だったわね。温泉、行けなくって。」
「問題無いわ。その分、相手してもらうもの。」
 幾分か厭味の入ったアスカの発言を無表情で受け流すレイ。
 しかし、リツコやマヤの居る前でおねだりされたシンジは無表情という訳にはいかず、赤面して俯いてしまう。
「A−17が発令された以上、直ぐに出るわよ。支度して。」
 しかし、リツコはそんなシンジに落ち着いて落ち込むのを許してはくれなかった。
 A−17が長くなればなるほど、一般市民に迷惑をかける度合いが酷くなるのだから。
「「はい。」」


「耐熱仕様のプラグスーツと言ってもいつものと変わらないじゃない。」
 そんな事を呟くアスカに、リツコがバインダーに挟んだ仕様書を見ながら指示を出す。
「右のスイッチを押してみて。」
 素直に押してみたアスカだったが……
「うわ、いや〜。何よこれ〜!」
 その操作によってプラグスーツは真っ赤な風船みたいに膨らみ、無様にロッカーに挟まれる格好になった。
「弐号機の支度もできてるわ。」
 軽いパニックに襲われるアスカを、リツコはあくまで冷静に促す。
「いや〜! 何よ! これ〜!」
 ぶくぶくの風船ダルマと化したアスカがケイジで見た物は……
 白い古風な潜水服っぽいものを着せられ、足を床に投げ出して座り込む弐号機パペットの姿であった。
「耐熱耐圧耐核防護服。局地戦用のD型装備よ。」
「これが、アタシの……弐号機!?」
 久しぶりにママの遺産である弐号機パペットに乗れると思ったら、その弐号機が不恰好な着ぐるみと化していて愕然とするアスカ。
「イヤだ。アタシ降りる! こんなので人前に出たくないわ。こういうのはアイツの方がお似合いよ!」
 不自由な手で指差した先に居るのはシンジであった。
「それは残念だな。アスカの勇姿が見れると思ってたんだけどなぁ。」
 そんな中、不意にかけられた加持の声はアスカを身を隠せる場所に追い込んだ。
「いや〜! でも、こんなダサイの着て加持さんの前に出る勇気無いわ。」
 女心ってもんだろう。
「困りましたね。」
「そうねぇ。」
 マヤとリツコの困っている様子を見て、
「あの……僕が……」
 シンジが名乗りを上げようとするが……
「使徒捕獲作戦の段階では、シンジ君は不適当なのよ。シンジ君が近付くと、まず間違い無く寝た子を起こしてしまうから。」
 リツコにあっさりと却下されてしまった。
「私が弐号機で出るわ。」
 ならばと今度はレイが立候補するが、
「アナタには私の弐号機に触って欲しくないの、悪いけど。」
 アスカは挙手したレイの手を握って無理矢理下ろさせた。
「ファーストが出るくらいなら、私が行くわ。」
 女でありエヴァ・チルドレンであるレイ……あらゆる面で自分の代わりになり得る可能性を持つとアスカが感じる相手への反発は、ユニゾン特訓を経ても厳然たる隔意としてそびえ立っていた。
 意識すれば気にしないでいられるぐらいのものではあったのだが、その気持ちがレイの弐号機への搭乗を拒絶させたのだろう。
「カッコ悪いけど、我慢してね。」
 弐号機に慰めるような言葉をかけて……。


 D型装備のエヴァ・パペット弐号機とB型装備のままのエヴァ・パペット初号機が専用輸送機で浅間山へと空輸される。
 その現地では、既に作戦準備が着々と始められていた。
「エヴァ初号機、及び弐号機、到着しました。」
「両機はその場にて待機。データーの打ち込みと、クレーンの準備を急いで。」
 日向マコトがミサトの指示に答え、本来ならバルタザールの主任オペレーターである阿賀野カエデが野戦司令車のコンソールに向かって必要なデータを次々タイプする。
 カエデがわざわざこちらに来ている理由は、MAGIとのデータリンクを行なう上で現地にも専門技能を有したオペレータを置いた方が良いからという理由である。……D型装備の準備でリツコとマヤが本部に釘付けになっていたのでなければ、彼女らのどちらかが先んじて作業しに来たのかもしれないが。
「あれ? 加持さんは?」
「あの馬鹿は来ないわよ。仕事無いもの。」
「ちぇ、せっかく加持さんにも良いトコ見せようと思ったのに。」
 ミサトの答えにぼやくアスカであった。



 その頃、その加持はというと……
「A−17の発令ね。それには現資産の凍結も含まれているわ。」
 犬を抱いた女性と箱根ロープウェイの客室で密会していた。
「お困りの方も、さぞ多いでしょうな。」
 まあ、密会と言っても全然色っぽいものでは無いが。
「何故止めなかったの?」
「理由がありませんよ。発令は正式なものです。」
 国連の名で正式に発令された作戦を止めるのは、幾ら加持が超一流のスパイでもかなり難しい。それでも敢えてやるなら、ネルフ本部への破壊工作で使徒が動き出すまで執拗に妨害するしかないが、そんな事をすれば加持にとっては身の破滅である。
 そこまで義理立てしなきゃならないほどの報酬は貰ってないしね……と、加持は肩を竦めた。
「でもネルフの失敗は世界の破滅を意味するのよ。」
 暗にあんた一人の命で済むなら安いもんでしょ。と言いたげな女性に、
「彼らはそんなに傲慢ではありませんよ。」
 加持は、弁護であるのか情報であるのか判然としない答えを返したのだった。



「なんですか、あれ?」
 仮設テントで待機中のシンジが上空を横切る3つの光点を見て呟くのに、
「UNの空軍が空中待機してるのよ。」
 リツコが作戦準備の手を止めず答える。
「この作戦が終わるまでね。」
 マヤも、リツコの隣で機材の用意をしながら補足する。
 受け答えの間にも作業のスピードは落ちないところは流石である。
「手伝ってくれるの?」
 援軍かと思って通信機越しで明るく尋ねるアスカであったが、
「いえ、後始末よ。」
 リツコの答えはゾッとしない響きを秘めていた。
「私達が失敗した時のね。」
 マヤの補足が、常夏となった日本の…それも、火山の火口近くで作業をしているにも関らず冷たい汗を流させるぐらいに。
「どういう事?」
「使徒をN爆雷で熱処理するのよ。私達ごとね。」
 あくまで冷静なリツコの答えは、それが嘘でも冗談でも無いと如実に示していた。
「ひっどーい。」
 憤慨するアスカ、
「そんな命令、誰が出すんですか?」
 そして、シンジ。
「碇司令よ。」
 しかし、それでもリツコは冷静に、シンジが聞きたくないであろう当然の答えを返す。
「シンジ君、分かってると思うけど、こちらで指示するまでATフィールドは展開しないでね。」
 顔をしかめ俯くシンジに、リツコはそっけない口調で注意した。
「……はい。」
 気分を害したからと言って、作戦に支障が出そうな失敗はしないでね……と。


 降下予定位置に測距と傷害物除去を兼ねたレーザーが撃ち込まれ、いよいよD型装備で両手に長い棒状のものを携えた弐号機パペットが、超硬ワイヤーでがっちりと固定された14式大型架橋自走車の巨大なクレーンに吊り下げられた。
「D型装備、異常無し。」
「弐号機、発進位置。」
「了解。アスカ、準備はどう?」
 報告を受けたミサトが、
「いつでもどうぞ。」
 アスカの頼もしい返事を受け取ると、
「発進。」
 本格的な作戦開始を告げる命令を下した。
 初号機パペットの簡易コントローラーを片手に持って。
 吊り下げワイヤーを兼ねる冷却材循環パイプが繰り出され、どんどん下ろされて行く弐号機。
 その弐号機が溶岩に没する直前、
「見て見て! ジャイアントストロングエントリー!」
 弐号機パペットは両足を前後に大きく開いて飛び込んだ。
 わざわざ注目させて大仰な名称を叫んだ割りには、全然たいした事無い行為であった。

「現在深度170、沈降速度20、各部問題無し。視界は0……何も分かんないわ……CTモニターに切り替えます。」
 シンジと違い、みっちりとパペット操縦の訓練を受けていたアスカの操作と報告は、豪語するだけあって確かで安心感がある。
「これでも透明度120か……。」
 全然見えないよりはマシだが、身長の3倍ぐらいまでの距離しか見えない状況は、かなり人を不安にさせる。
 しかし、アスカは臆する事無く沈められて行く。
「1000……1020……安全深度オーバー。」
 マヤの報告がいともあっさりと安全マージンを削り倒し出したのを白状するが、誰も気にしない。
 今回の作戦では、アスカが弐号機パペットの全身にATフィールドを張って耐圧と耐熱補強を行う予定であったからだ。
 それが、遠隔操作も可能なエヴァ・パペットにわざわざパイロットを乗せている理由であった。
「深度1300。目標予測地点です。」
「さ、何か見える?」
 MAGIの予測した深度に達したとの報告を受けたミサトはアスカに状況を訊ねるが、
「反応無し。いないわ。」
 答えは、はかばかしいモノではなかった。
「思ったより対流が早いようね。」
「目標の移動速度に誤差が生じてます。」
 リツコの推論を裏付ける様に、日向が弐号機パペットに装備された各種センサーから得られた情報とMAGIの計算とに誤差がある事を報告する。
 探査機の潜行可能深度がもっと浅かったので、この深度のデータが無かったのだろう。
「再計算、急いで。」
「はい。」
 ここまではまずまず妥当な指示と言えたのだが、次なる命令は、日向が思わずミサトを振り返ってしまう代物だった。
「作戦続行。再度沈降よろしく。」
 しかし、階級差の問題もあり、日向は意見を飲み込んだ。
 これ以上無いほど真剣なミサトの目を見て……。
「……1350……1400……1450……」
 バシッと嫌な音が走る。
「第2循環パイプに亀裂発生。」
 それでも、作戦は続行される。
「……1480……限界深度オーバー!」
 とうとう、D型装備の設計限界に達したが、
「目標とまだ接触していないわ、続けて。」
 ミサトはそれでも中止させない。
 ただ、アスカが嫌がるなら引き上げさせようと思ってはいたが。
「アスカ、どう?」
 だから訊く。
「まだ持ちそう。さっさと終わらせてシャワー浴びたい。」
「近くに良い温泉があるわ。終わったら行きましょう。もう少し頑張って。」
 ミサトの励ましにちょっと気が緩むが、更なる金属の軋みがアスカの表情を緊張で再び固くする。
「限界深度+120。」
 マグマの高熱で、足に固定していたベルトが溶けたプログナイフが脱落する。
「パペット弐号機、プログナイフ喪失。」
「限界深度+200。」
「葛城さん、もうこれ以上は! 今度は人が乗っているんですよ!」
 とうとう、日向が耐え切れず爆発した。
 しかし、ミサトは日向の感情的な意見などに従う気は無い。
「この作戦の責任者は私です。続けて下さい。」
 技術部のリツコかマヤ辺りがいい加減機体が限界だと説くか、上位者であるゲンドウや冬月が作戦中止を命令するか、当のアスカ本人が止めたいというなら話は別だが。
「ミサトの言う通りよ。大丈夫、まだ行けるわ。」
 結局、アスカ本人の意見…いや、どちらかと言うと強がりに近いが…により日向の意見具申は却下された。
「深度1780。目標予測修正地点です。」
 とうとう目標地点に到着した。
 予定よりも500m近く深い場所であったが。
「……いた。」
 そして、アスカはとうとう目当てのモノを発見した。
「目標を映像で確認。」
「捕獲準備。」
 弐号機パペットの両腕に保持されている棒状の器具が、使徒の大きさに合せて伸びる。
「お互いに対流で流されているから、接触のチャンスは一度しかないわよ。」
 念の為に注意してくるリツコを
「分かってる、任せて。」
 言わずもがなだとアスカは黙らせた。
「目標接触まで後30。」
「相対速度2.2、軸線に乗ったわ。」
 言いつつ、操縦桿を握り締めるアスカ。
 タイミングを見計らい、待ち構える。
 そして……
「電磁柵展開、問題無し。目標、捕獲しました。」
 アスカの操作で展開された電磁シールドの檻は、ものの見事に使徒を捕獲した。
 野戦指揮車の内部に安堵感が広がる。
 これで危険が一段落した……のだと。
「ナイス、アスカ。」
「捕獲作業終了。これより浮上します。」
 大きく息をついたアスカが終了と浮上を宣言した事で、繰り出す一方だった冷却材循環パイプは逆に巻き取られ始めた。
 弐号機パペットは、捕えた使徒を連れて地上を目指し始めたのだった。
「惣流さん、大丈夫?」
 作戦の邪魔になるんじゃないかと遠慮して、状況をヘッドセットの通信機で聞いていながらも傍観していたシンジが声をかけると、
「あったり前よ。案ずるより生むが易しってね。やっぱ楽勝じゃん。」
 アスカは機嫌良く応じてきた。
 やはり上手くいってご機嫌なのだろう。
「でも、これじゃプラグスーツというよりサウナスーツよ。あ〜、早いとこ温泉に入りたい。」
 とはいえ、灼熱の環境で煮られているアスカとしては、余韻に浸るよりはさっさと終わらせたい心境であろうが。
「緊張が一遍に解けたみたいね。」
「そう。」
「あなたも今日の作戦、怖かったんでしょ?」
「ま…ね。下手に手を出せばアレの二の舞ですものね。」
 リツコの指摘に正直に答えるミサト。
「そうね。セカンドインパクト、二度とゴメンだわ。」

 しかし、そうは問屋が卸さなかった。
 警告音が鳴り響き、
「何よこれ〜!!」
 アスカの悲鳴が通信電波を通して響き渡る。
 そして、何物かのくぐもった産声も。
「拙いわ、羽化を始めたのよ。計算より早過ぎるわ。」
 リツコが状況を的確に分析する。
 もっとも、それ以外の可能性なぞほとんど無いが。
「キャッチャーは?」
「とても持ちません!」
 ミサトの質問に、日向が悲鳴混じりに答える。
 さっきまでの安堵感など、もうどこかに吹っ飛んでいた。
「捕獲中止! キャッチャーを破棄!」
 ミサトの指示で、使徒キャッチャーの金具が爆破され弐号機の手から落とされる。
「作戦変更! 使徒殲滅を最優先! 弐号機は撤収作業しつつ、戦闘準備!」
「待ってました!」
 いよいよ使徒との単独戦闘だと不敵に微笑むアスカ。
 相棒の弐号機パペットをゆったりと構えさせ、使徒が来るのを待ちうけていたのだが、
「しまった! ナイフは落としちゃったんだわ!」
 武器を落としていたのに気付いて愕然とした。
「正面!」
 マグマの中にも関らず猛スピードで泳ぎ来る使徒を、
「バラスト放出!」
 アスカは弐号機パペットの腰に巻いていた重りを外す事で姿勢を変え、避ける。
「早い!」
 弐号機の下を駆け抜け、たちまちセンサーの有効範囲外に出る第八使徒。
 その機動力は、明らかにD型装備のパペットを上回っていた。
「拙いわね、見失うなんて。オマケに視界は悪い、やたらと暑い、スーツがべったりして気持ち悪い、もう最低ね。」
 次々悪態を吐きながらも、周囲に気を配るのを忘れない。
「アスカ、今のうちに初号機のナイフを落とすわ。受け取って。」
 そんなアスカに、ミサトは一声かけてから……
「了解!」
 携帯していた簡易コントローラーでは無く、何時の間にか座っていた遠隔操縦席から操作して、初号機パペットにプログナイフを火口の中へと投げ込ませた。
「使徒、急速接近中!」
 が、そんな悠長なことを使徒は許さない。
「いや〜! 来ないで〜!」
 武器も無く使徒と対峙する緊張に泣き叫ぶアスカの声に、シンジは司令部の指示を待たず自らのATフィールドを展開し、火口に目掛けて投げかけた。
 それが奏効したのか、進路をズラし弐号機を避ける使徒。
 そのまま弐号機の周囲をグルグル回りながら何事かと様子を見ているようだったが、
「早く来て〜! も〜、遅い〜!」
 まずは弐号機パペットをどうにかしようと思い決めたのか、改めて向かってきた。
 が、時間稼ぎした甲斐あって、使徒が襲って来る直前にプログナイフを装備する事ができた。
 そのナイフで敵の左腕を止めたは良いが、右腕で弐号機の足を握られ、あまつさえ、バイザーに噛り付かれてしまった。
「まさか、この状況下で口を開くなんて。」
「信じられない構造ですね。」
 限界深度近くであれば余計な加重をかけられた時点でアウトであっただろうが、この深度ではいきなり致命傷を負わされるような事は無かった。
 しかし、
 プログナイフは全く通用せず、
「左足損傷!」
「耐熱処置!」
 逆にパペットの左足は握り潰され、自ら耐熱隔壁で閉鎖して切り離した。
 更に、バイザーを始めとするD型装備の装甲表面の数個所に、致命的になりかねない亀裂が走る。
「こんチクショー!!」
 叫びつつATフィールドをパペットのナイフに集中しようとするアスカだったが、高圧高熱環境に適応した使徒を切り裂けるほどのATフィールドを集約しようとすると今度はパペットが圧力に耐えかねて圧壊する。
 何度も何度もヒラメの目みたいな場所……本当に目なのだが……にプログナイフを振り下ろすが、マグマの抵抗で鈍くなった振り下ろしでは欠片も傷つける事ができない。
「高温高圧…これだけの極限環境に耐えてるのよ。プログナイフじゃ駄目だわ。」
 リツコの分析は正確だったが、当座の役にはあまり立たなかった。
 いや、Nでの熱処理が望み薄だというのが実行する前に分かっただけでも多少はマシかもしれないが。
「では、どうすれば?」
 日向の問いの答えは、
「「そうだ!」」
 シンジとアスカが持っていた。
「さっきのヤツ!」
 思いついたが吉日。さっそく左腕の冷却材パイプをプログナイフで切断して、使徒の口に突っ込む。
「なるほど、熱膨張ね。」
 その行動の真意を素早く見抜いたリツコが
「冷却液の圧力を全て三番に回して、早く!」
 アスカの求めに従い、使徒の口に突っ込んだパイプに冷却材を集中してぶち込むべく操作盤のスイッチを叩く。
 だが、死に物狂いでもがき苦しむ使徒の足掻きは、パペットの握力の限界をあっさりと踏み越えた。
 弐号機パペットを突き飛ばして離れた使徒は、そのまま弐号機パペットのセンサーの届かない何処かへと消えていった。
 冷却材パイプに致命的な損傷を与えて。


 その状況を全て見ていたミサトは、いよいよ決心した。
 気はすこぶる進まないが、こうなった場合にはやるしかないと心に期していた事を。
「アスカと弐号機の引き上げ、急いで。なるべくそうっとね。」
 そう指示を出して一人向かうは火口の傍。
 シンジが護衛の兵士に付き添われて待機しているテントであった。
「シンジ君、ちょっち来て。」
「はい。」
 そのまま火口の縁まで連れ出してLCL弾をマグマに向かって撃ち下ろさせる。
 すると、火口から、アノマロカリスとヒラメのあいのこみたいな不気味な巨大生物が飛び出して来てシンジに襲いかかった。
 いや、違う。
 使徒は、シンジではなくシンジの隣から火口に身を投げ出したミサトを引っ掴むと、そのまま失速して溶岩の中へと落ちて行く。
「ミサトさんっ!!」
 シンジの絶叫が、ミサトの耳に届いたかどうか。
 それは、後になるまで判明しなかった。


 ピシリという金属の悲鳴が、冷却材の供給が無くなり押し潰されるD型装備の軋みが、アスカの生命の終わりをカウントダウンしている。
「やだな、ここまでなの。」
 アスカには見えなかったが、弐号機パペットを吊り下げている冷却材のパイプは既に僅かな部分が繋がっているだけであり、融けて切れてしまうのも時間の問題だった。
 しかし、見えなくても状況は分かっている。
 このままなら死ぬ……と。
 そして、自力で何とかできる見込みも無いのだ。
 弐号機パペットの各部はもう動作不能に陥っているし、さりとて自分個人が外に出てもとても溶岩の外まで脱出するのは不可能だ。
 エントリープラグ内に満たされたLCLに宿るエネルギーを使い果たした時、
 アスカが自分を守るATフィールドを維持できなくなった時、
 恐らくそれが、自分の命の終わる時だろう。

 諦めが現実になりかかり、遂にパイプが切れてガクンと沈降を始めた時、

 ……またもや、ガクンと衝撃が走った。
「初…号機? ……ミサト?」
 沈む弐号機パペットを、通常装備のままの初号機パペットが無理矢理引っ掴む。
 全身の装甲が融け始めた無惨な姿で。
「惣流さん、大丈夫!?」
 こういう危険なオペレーションだと、きっと無人機だろうと考えていたアスカの予測は大きく外れた。
 映像通信回線の向こうには、灼熱のマグマで加熱されたエントリープラグの中で煮詰まり始めていたシンジの姿があったのだ。
「……バカ。無理しちゃって……。」
 呆れたような……でも、嬉しそうに穏やかな笑みを浮かべるアスカ。
 だが、シンジの考え無しな行動は、彼自身をかなりなピンチに陥れていたのだった。


 その少し前……
「パターン青、浮上します!」
 野戦司令車の管制室の中は、騒然とした雰囲気に包まれていた。
 弐号機パペットが何とか使徒を追い払ったのも束の間、使徒は今度は地上へと出て来てしまったからだ。
 しかも……
「葛城さん!!」
「いやぁぁぁぁぁ!!」
 ミサトが火口に向かって身投げする場面までバッチリと見せられてしまったのだ。
 もしかしたら、作戦が失敗してN爆雷が投下されるよりも酷い恐慌かもしれない。
 ……ミサトの親友のはずのリツコ以外は。
『相変わらず随分思い切った手を打つわね。確かに、それ以外にアスカを助ける手段は無さそうね。』
 いや、親友だからこそ、ミサトの思考を見抜いて安心して見ていたのだろう。
 しかし、その冷静さも、マヤが悲鳴混じりの報告を叫ぶまでだった。
「初号機、起動してます! あっ!!」
 ナイフを投げ込んだ後、待機状態に戻っていたエヴァ・パペット初号機に乗り込んだシンジが、パペットごとマグマの中に飛び込んだのだ!
「いけないっ!(基本装備のままの初号機パペットでは活動限界はせいぜい持って数分、操縦者の生命維持限界もマグマの中では10分が限度……なんて事なの……)」
 エヴァ・チルドレンの二重遭難と言う最悪の危機に、それでもリツコは毅然とした態度の仮面を被り続けた。
 彼女までがうろたえてしまったら、冷静な判断を下せる人間が現場にいなくなる。
 それは、それだけは拙いのだから……。


 実際に座るのは初めてのパペットの操縦席、
「う、うわっ! 何だよ、これ!」
 操縦訓練では滅多に見ないほどの警告ランプと警報……と言うか、ここまで出るようだと模擬戦ではとっくの昔に撃破されていると判断されるほどの警報のオンパレードに、思わずシンジは悲鳴を上げた。
「そんなの、当たり前でしょ! B型装備なんだから。」
 アスカの方の機体のダメージも酷いが、曲りなりにも耐圧耐熱装甲であるD型装備を着たままの為、シンジの方ほどではない。
 いよいよ初号機パペットのエントリープラグの熱処理限界が近くなり、熱湯風呂どころか煮えたぎる茹で釜と化そうとした時、それは現れた。
 身長40mのエヴァ・パペットからすると無視できそうな大きさの物体。
 全長2mに満たない、小さな物体。
 それが融けた金属の塊になりかかっている二機の機械の鬼の前に悠然と佇むと、ある変化が起こった。
「何よ、これ! 嘘!」
 二機のエヴァ・パペットを包む様に、固形化した溶岩が薄い殻を作り始めていたのだ。
 殻は次々に寄せて来る溶岩が運ぶ熱を遮断し、内部の温度を少しずつ下げ始めた。
「ATフィールドだわ……こんな使い方、初めて見たわ……。」
 センサーはパターン青が近くにいると伝えてきたが、如何なアスカでも今の時点で攻撃を仕掛けるのは無謀だと悟っていた。
「仕掛けるのは浮上してからね。」
 何故だか攻撃して来ない……どころか自分達を助けようとするかのような使徒の行動に疑問を抱きつつ、アスカは“その時”を待ち続けたのだった。


 溶岩で出来た殻が割れ青い空が覗くと、アスカはエントリープラグをハーフイジェクトして外に飛び出した。
 赤熱化した装甲表面の上を靴底にATフィールドを張って駆け抜け、飛び出す前に確認していた“敵”の方へと向かう。
 腰のナイフをスラリと引き抜き、耐熱仕様のプラグスーツの服地をちょっと切って中の空気を逃がす。……これで動きの素早さは確保した。
 あとは、目標の人間サイズの物体に向かって右手のナイフで突き刺すのみ。
「え?」
 其処に居た、オドロオドロしい怪生物ならぬ、家主であり上司であり同居人である三十路手前の女性の姿を肉眼で確認して、アスカは攻撃を中止した。
「……うそ……ミサト……なんで……。」
「そんな事はどうでも良いわ。それより、シンジ君を早く助けないと。」
 意外な人物の登場に動揺を隠せないアスカに、ミサトは目下の緊急事項を伝える。
「分かったわ。後で説明してね。」
 聞き分け良く初号機の後部に回り、融けてくっついてる背部装甲の一部を蹴り剥してエントリープラグを強制排出させる。
 しかし、乗降用ハッチがようやく見えたところで、プラグは停止してしまった。
 このままでは、ハッチが開けない。
「……ったく、ボロいんだから。」
 そこで、アスカはハッチではない場所をATフィールドを纏わせたナイフで容赦無く切り裂いて出入り口を無理矢理作った。
「ねえ、生きてる?」
「う、うん。何とか……ありがと。」
 弱々しく、でもハッキリと感謝を口にしたシンジに、アスカの表情も柔らかくなる。
「こんなトコに長居は無用よ。行くわよ、シンジ!」
「う、うん。分かった。」
 アスカの差し出した手を、操縦席から何とか這い出してきたシンジが握った時、アスカは今までシンジと接触した時に度々感じた肉感的なものではない、それより遥かに心地好い充足感に包まれた。
 その感覚は、
 シンジを抱きかかえて火口の縁まで飛び上がる時にも、
 どちらからともなく笑い合う時にも、
 吸い込まれるように、アスカがシンジの唇に唇を重ねる時にも、
 少しずつ強まりながら持続していったのだった……。
「はい、そこまで!」
 が、無粋な声が、そのまま雰囲気に流されて致し始めてしまうのを止めた。
「ちょっち、こっちの方を先にしてくれないかな?」
 冗談めかしてはいるが、ミサトの顔は少々苦しそうに引きつっていた。
「は、はい。……惣流さん、ゴメン。」
 ようやく事態を正確に掴んだシンジがアスカの腕の中から地面に降り立ち、ミサトと向き合う。
「ミサトさん、助けてくれて有難うございました。」
 頭を下げるシンジに、ヒラヒラと手を振って答えるミサト。
「いえ、シンジ君のおかげで助かったわ。使徒をどう説得すればアスカを助けられるのか困っていたところだったもの。」
 シンジ君が飛び込んでくれたおかげで良い口実になったわ。
 と、カラカラ笑うミサト。
 しかし、シンジのATフィールド内に居るだけに苦しそう……いや、一見苦しそうに見えるほど下の口からよだれを垂らしまくっていた。
 そして、それは、
 精神的な気持ち良さに昇華されていたはずのアスカも似たような状態だった。
「……って、訳でシンジ君は連れてくわね。」
「駄目よ!」
 腕をガッチリ掴んで連れて行かせまいとするアスカに向けてミサトが放った一言は、シンジの思考を一瞬真っ白にした。
「なら、3Pで決まりね。」
 今度は、何故かアスカからの異論は出ず、二人とも大人しくミサトに引っ張られるままに用意してあった天幕の一つへと向かったのだった……。


「ぃやぁぁ……アタシ、汗流してないのに……」
 汗だくになったプラグスーツごと抱き締められたアスカが甘い泣き言を漏らす。
「惣流さん、好い匂いだよ。」
 ミサトに後ろから抱き締めて貰いながら囁くシンジの台詞に、初心なアスカはピクンと震える。
「アスカ……って言ってくれなきゃ、ヤ。」
 たっぷりと分泌させられた脳内麻薬がいつもの意地っ張りさを大暴落させ、素直で可愛らしい素顔を垣間見させる。
「じゃあ、アスカ。“見ててあげる”から存分に気持ち良くなって。」
 そこを逃さず耳に舌を這わせながら小声で囁かれ、次いで耳たぶを甘噛みされ、遂に堕ちた。
「あ、アタシを見てくれてる……アタシを感じてくれてる……あっ……」
 ピクンピクンと痙攣しながら失神した真紅の戦乙女の心の純潔は、こうして摘まれ、散らされ、捧げられてしまったのだった。
 他の多くの少女達と同様に……。

 ATフィールドでの抱擁は続けたまま、汁気たっぷりのアスカの身体を毛布の上に横たえたシンジは、茶目っ気たっぷりに微笑む女性に振り返った。
「おまたせ、ミサトさん。」
「ええ、じゃ始めましょうか。……手加減抜きでね。」
 妖艶な微笑みを浮かべるが、どことなく勝負の前の戦士の風格が漂っている。
「では、イきます!」
 互いに互いの身体を知り尽くした者同士、性技の鉄人同士の対決が、今まさにスタートしたのだった。

 まずはディープキスを楽しみつつ、右手でミサトのボリュームある胸を包み、撫でる。
 次いでシンジの左手がミサトの尻に回されるが、ミサトとて黙ってヤラれて喘ぐだけの小娘ではない。
 お返しとばかりにシンジの肉槍の付け根の弾薬袋を優しく撫で、一瞬にして装填完了させてしまう。
 アスカに注意が割かれているのを幸い、一気に勝負を決めるべく肉槍をしごいてから、とっくに準備完了してる自分の中へと導き入れる。
「んっ…んうっ……」
 首の後ろを抑えてキスから逃さず、ミサトは上下の口でシンジと繋がった。
 唾液を交換し、舌を甘噛みし、舐る粘液質の音色が、
 肉槍と肉壺が擦れ合い、分泌された液体が滴る粘液質の音色が、
 女……いや、ヒトの牝を狂わせる最上の音楽となって心を官能の海へと沈めてゆく。
『う……うそっ……いつもより気持ち良い……このままじゃ、持たない。』
 腰を深く繋げたまま円を描く様に腰を回すシンジに、
 何か暖かな光が心の奥底の綻びを縫い直し、解れを直し、傷を癒していく。
 それは、失語症に“され”、
 催眠術で執拗に洗脳されていた心の歪みを、
 シンジに会ってから段々と治り始めていた歪みを、
 本来あるべき姿へと正してゆく。
 シンジがミサトの胎内に撃ち込んだ白濁した液体が、遂にミサトの中から使徒への憎悪を……植え付けられ深く根を張っていた最後の暗示を洗い流した時、
 第八の使徒…後にサンダルフォンと呼ばれる存在は、ミサトの中に溶け、同化した。
 パターン青の消滅。
 今回も使徒の撃退に成功したのだ。
 本作戦に投入された2機の支援兵器、エヴァ・パペットの両機がほぼ全損状態になったのと引き換えに……。



「サンプルの確保に失敗したばかりか、エヴァ・パペットが2機も大破。いったいキミは何をやっていたのかね。」
 第八使徒戦終了後、ゲンドウはまたもや人類補完委員会の老人達に呼び出され、吊るし上げを食らっていた。
「2機のパペットの修理費は新造するのと同じぐらいだと言うではないか。いったい幾らかかると思っているのだ。」
「さよう。真面目にやっていたとは思えん。」
「しかも、ネルフの資金を勝手に動かしてバラ撒きおって。我々がそれだけの金を工面するのにどれほど苦労していると思っている。」
 苦労しているのは搾り取られた民衆の方でしょう。……とは、口に出さず、ゲンドウは用意していた言い訳を口に上せた。
「A−17の発令で麻痺した経済活動を速やかに回復させる為に必要な処置でした。それに、資金の投入の代償として得た多額の債権と株式は今後の資金運用に役立ちます。」
「それが余計だと言うのだ! それに、そうなら何故大口の企業を支援せん!」
 日本政府の中枢を占めるゼーレの傀儡どもを支援してる企業群がゲンドウの企図した援助の恩恵をほとんど受けなかった事をなじる委員もいたが、
「今回のことで経営が危なくなる企業を優先したまでです。それに、恩を売っておけば今後の役に立つ事もあるかと……。」
 理路整然としたゲンドウの理屈に黙らされてしまった。
 確かに、大企業…特に政府と太いパイプを持つ企業よりも、中堅以下の企業なんかの方が今回のA−17のダメージが深刻になりかねなかったのは事実だし、裏面の意図についてゲンドウに伝えておくのをはばかった結果でもあったからだ。
 組織の利益を考慮した処置だったと言われれば、安易には糾弾できないのだ。
「よかろう。今回の事は不問とする。最低限の目的は果たした訳だしな。……だが、修理費は全額は出せん。半額は出すから後はそちらで何とかしろ。」
 要するにキールは他に回す予算があるなら修理費に回せと暗に責めている訳であるが、ゲンドウは反省した風も無く肯いた。
「では、後は委員会の仕事だ。」
「碇、事の軽重を間違えるなよ。」
 最後にそう言い残して消えたキール議長の立体映像のあった場所に向け、ゲンドウはポツリと呟いた。
「人類補完計画、確かにこれしか人類に希望はない(今となっては、な……。)。」



 浅間山の麓にある旅館、近江屋。
 今日、ここは、ネルフ御一行様の貸し切り状態となっていた。
「あ〜、極楽極楽。」
 夕陽が空を赤く染める露天風呂。
『風呂がこんなに気持ち良いなんて、知らなかったな。』
 その男湯を完璧独占してゆったりと手足を伸ばしている、シンジ。
 とてもすっきりとした開放感がシンジを包んでいた。
 もしかしたら、
 もしかしたら、久しぶりに誰かに気兼ねせずにゆっくりしていられる今の状況が落ち着くのかもしれない。
 そんな風に日頃の疲れを癒していると、隣の女風呂から
「シンジ君、聞こえる〜?」
 ミサトの声が聞こえてきた。
「あ、はいっ!」
 思わず姿勢を正してしまうシンジに、
「ボディシャンプー投げてくれる?」
「持って来たの無くなっちゃった。」
 ミサトとアスカが口々に話しかける。
「うん。」
 承諾して、
「行くよ!」
「了解。」
 竹垣の向こうで見えない女風呂の方へと自分の分のボディシャンプーを投げ込む。
「イタッ! バカね、どこ投げてんのよ、ヘタクソッ!」
 見えないんだから仕方ないんじゃないかと思いつつ、
「ご…ごめん……。」
 シンジは半ば条件反射で謝る。
「も〜、変なトコに当てないでよね。」
 その謝辞が聞こえたのか、アスカの語調が仕方ないわねって感じに柔らかくなる。
 ……まあ、わざとじゃないと分かっていても、ぶつけられたら腹が立つのも仕方ない。
 が、その先聞こえてきた会話は、シンジの予測を遥かに超えていた。
「どれどれ〜」
「あ……あ、あんっ。」
「あ、アスカの肌って凄くプクプクしてて面白いっ。」
「や〜だ〜、くすぐった〜い〜。」
「じゃ、ここは〜?」
「そんなとこ触らないでよ!」
「良いじゃない、減るもんじゃないし……。」
 見えない故に妄想をバリバリ刺激する声に、我知らず引き込まれていたシンジは……
 ハッと我に返ると同時に自分の肉槍が湯船の中で準備万端状態で屹立してるのを自覚して、慌てて湯船の中に肩まで潜った。
 もう少し湯船が浅ければモノを誇示するかのような姿勢だったのに気付いて。
「膨張……してしまった……恥ずかし。」

 しかし、恥ずかしいのはこれからが本番だった。
 ガラララッ
 脱衣場の扉が開く。
『あれ、誰だろ。今日は僕らの貸し切りだから……日向さんかな?』
 現地での手続きが残ってるので同行しなかった日向マコト二尉が来たのかと思って油断していたら、そこにとんでもなく目の保養になる……しかし、見慣れた艶姿が目に飛び込んできた。
「わーい! おにーちゃーん!」
「ここが露天風呂?」
「そうよ。……私も入るのは初めてだけどね。」
「お…お邪魔……します……。」
「クワッ♪」
 第八使徒殲滅後に第3新東京を出た後発組──
 学校帰りに飛んで来た鈴原ハルナ
 ゲンドウに行っても良いと言われて喜んでやって来た綾波レイ
 チルドレン護衛官であり今回は留守番組だった秋月スズネ
 スズネの双子の姉で分身でもある秋月コトネ
 そして、温泉とあらば目がない温泉ペンギンのペンペン
──が、到着早々シンジの居る男湯に突入してきたのだ。
 勿論と言うか当然と言おうか、全員水着などという無粋な物は着ておらず、その身を隠すものはせいぜい要所を隠すのでさえ足りないタオル一枚と自前の2本の腕のみという有様であった。……もっとも、それさえもしない者が半数以上を占めていたのだが。
「み、みんな……どうしてここに?」
 驚きのあまり前を隠すことさえ忘れているシンジの胸に、ハルナが思い切り良く抱き付いた。……シンジが浴槽の縁に座ってなければ、もしかしたら転んで後頭部をぶつけかねない勢いで。
「おにいちゃんにあいたかったの!」
 何のてらいも無く、ただ素直に本音をぶつけてくるハルナに、一歩遅れて周囲に集まって来る女の子達に対して、シンジは先程まで感じていた開放感とは別種の気持ち良さを感じたのだった……。
 もっとも、ペンペンだけはマイペースで湯船を泳いでいたが。


 嬌声が響く男湯だったトコ。
 今は貸し切りを良い事に無理矢理混浴……いや、この声だと仲良く入浴ってだけで済まない乱痴気騒ぎになってると容易に想像できる場所。
「行かないの?(ミサトが行くんなら、誘ってくれれば行っても良いかな。)」
 そんなサバト染みた場所に蠱惑的な引力を感じ、アスカは敢えて質問という形でミサトに訊ねた。
「……向こうで飲むのは、ちょっちね。」
 ミサトの横に置いてあるのは缶ビールが2本。
 脱水症状対策の為スポーツドリンクを浴びるほど飲んでから、部屋の冷蔵庫から2本だけ持って来たのだ。
 酒の飲み方をわきまえていない人間に風呂の中で下手に飲ませるのが危険な事をミサトは良く知っていた(それを知る為に痛い思いをしたのも事実だが……)ので、下手に子供の手が届く場所に酒類を置いておきたくないのだ。
 ……飲まない、という選択肢はないらしい。
 そんなミサトの方を……いや、より正確にはミサトの胸の傷痕に物問いたげな視線を注ぎながらも訊けないでいるアスカに気付き、
「あ、これ? セカンドインパクトの時、ちょっちね。」
 ミサトは傷ができた理由の一端を口にする。
 しかし、アスカが黙り込みそうになっていたのは、それだけが理由では無かった。
「知ってるんでしょ、私の事もみんな。」
 自分の家庭の事情、今まで起こった事、それらをミサトが全て知っているのかどうかを気にしていたのだ。
「ま、仕事だからね。」
 否定したとて信用できないだろうから、正直に肯定する。
 仕事の関係上、知らないでいる訳にはいかなかった……のだと。
「……お互い、もう昔の事だもの、気にする事無いわ。」
 アスカに、そして、自分に、もうたいした事では無いのだと言い聞かせる。
 素敵な家族を、これからの人生を共にする人を、私達はもう見つけたのだから……と。



福音という名の魔薬
第拾参話 終幕



 温泉編が足りないという方は、是非脳内補完で(笑)。
 ちなみに、ゼーレ側の試算だとパペット2機の修理費は28兆7600億円です。ですが、前述の通りネルフ本部で使用しているバージョンのエヴァ・パペットは一機1500億円(実費)で新造できます(笑)。
 なお、今回は、きのとはじめさん、峯田太郎さん、【ラグナロック】さん、闇乃棄黒夜さんに見直しへの協力や助言をいただいております。どうもありがとうございました。

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