フェダーイン・横島

作:NK

第88話




『まずいです忠夫さん! これは……』

『メドーサ得意の火角結界! しまった、二重の罠を張っていたのね!』

「むっ、火角結界か? カウントダウンに余裕がない。超加速で時間を延ばし吹き飛ばす……なにっ!?」

 即座に超加速に入って行動に余裕を持たせ、火角結界を破壊しようとした横島だったが、いきなりガックリと膝を付く。
 体内の霊気をチャクラに流し込み、練り上げようとしたのだが、なぜかいつものように霊力を上げる事ができなかったのだ。
 そう、霊力が吸い取られるような感覚と共に、込めた力が一瞬抜けてしまう。
 その顔が珍しく驚きに彩られる。

「フフフ……。霊力が抜けてしまうだろう? 今のアンタにその火角結界を破壊する力は無いはず」

 横島の驚く顔を見て満足そうな笑みを浮かべ、勝ち誇ったように口を開く。
 これこそ、メドーサが必勝の作戦として仕掛けた本当の罠だったのだ。
 いかに横島が強大な霊力を持っているとはいえ、人間の霊力を吸収する結界を使えば一時的にせよその力を削ぎ取る事ができる。
 そして無情にもカウトダウンが開始された。
 それは極めて正確に時を刻んでいく。

「俺の霊力を吸収している? そうか、火角結界に上乗せしてさらに別の結界を展開させたな?」

「その通り。これは人間の霊力を吸収・放出する結界と、火角結界を同時に展開できるよう特別に改良してあるのよ。セットカウントの残りは12秒よ。今度こそアタシの勝ちね」

 勝ち誇るメドーサを尻目に、本人が調子に乗って理由を暴露したため、即座に対応策を講じる横島。
 メドーサはかなり効果的な罠を考えたのだが、根本的な部分で勘違いをしていた。
 もし、ハイパー・モードに入る前の横島が、この結界に囚われればメドーサの期待通り彼を殺せたかもしれない。
 しかし、今の横島は言ってみれば有る意味、人間を超越した存在となっている。
 いかに人間の霊力を吸収する強力な結界とは言っても、今の状態の横島の霊力を完全に吸い取る事などできはしない。
 ルシオラの魔力と、小竜姫の竜気を自分の霊力と共鳴させているため、出力が圧倒的な上、霊波長が人間とは異なっているのだから。

 ではなぜ横島が即座に技や術を発動できないのか?
 それは、少ないとはいえ横島自身の霊力を吸収されたため、一時的に神・魔・共鳴による霊力、竜気、魔力のバランスが崩れたため。
 元々、神・魔・共鳴はかなりデリケートなバランスで、常に最適となるようにチューニングを行いながら状態を維持している。
 それが多少とはいえ崩れた事によりに、暴走を防ぐためにリミッターが働いているのだ。
 それを解除するためには、完全な共鳴を取り戻すための個々の霊波長と出力の再チューニングが必要だったのである。

『ルシオラ、小竜姫。再チューニングの状況は?』

『大丈夫、それ程大きくバランスが崩れたわけではないから、応急処置的なものならすぐに終了するわ』

『終了後、即座に超加速に入れます。でも、それ程長い時間はできません』

 ルシオラと小竜姫の判断では、それに要する時間は約10秒。
 時間的に間に合うか否かギリギリの勝負になる筈なのだが、チラリと一瞬メドーサから視線を外した横島は、落ち着き払って表情を消して精神を集中させる。
 そんな横島の姿を見て、メドーサは打つ手が無く絶望したのだと自分勝手に解釈して高笑を始めた。

「やるなメドーサ……。まさかこんな手段を使ってくるとは思わなかったぞ」

「ふははははっ! いつぞや、アタシの事を微塵隠れの術で吹き飛ばしてくれた事があったね。これはその時のささやかな御礼さ! 思えばそれ以外にもアンタには随分煮え湯を飲まされたし、アタシを滅ぼしてくれまでした。だが、最後に笑うのはこのアタシだったようだね! はははははっ! …うぐッ!?」

 再チューニングを終え、一気に技を発動させようとした横島だったが、いきなり様子が変になったメドーサの様子に、事が自分の予想通りとなった事を知る。
 そして確信を持って視界の端にメドーサを捉えた横島の見たものは……。
 いきなりメドーサが驚いたように双眸を大きく開いて言葉を途切れさせ、動きを止めたかと思った直後、彼女の腹を突き破って1発の銃弾が飛び出てきたのだ。

「ぐわッ……!? …こ、これは……?」

「精霊石弾! やったな、美神さん!」

「その通り! メドーサ、私の存在を忘れるとは、いー度胸じゃない!」

 岩陰から立ち上がり、ライフルを上げて啖呵を切る美神。
 そう、メドーサは横島との闘いに集中しすぎたため、美神の存在を完全に忘れていたのだ。
 いや、忘れていたわけではない。
 一時的に無視していたというのが正しいだろう。
 何しろメドーサにとって、横島と比較すれば美神など軽く捻る事ができる存在なのだから……。
 メドーサの不幸は、美神が霊力差を跳ね返す事ができるだけの武器を持っていた事だった。
 そして横島は、火角結界に捕まった際にメドーサの後方で銃を構える美神に気が付いていたのだ。

「メドーサは動けない。今だ!」

 一瞬で超加速に入り、大地を蹴ってモノリスへと迫る横島。
 そして霊力を練り上げ飛竜を通して増幅させると、必殺の一撃をモノリス目掛けて放った。

「蛍光裂斬っ!!」

 裂帛の気合いと共に振り下ろされた飛竜から放たれた切断波は、目の前にそびえる1基のモノリスをあっさりと真っ二つにして吹き飛ばした。
 破壊したモノリスによって結界が崩れ、その綻びからさっさと外へと脱出した横島は加速を解き、撃ち抜かれ膝を折ったメドーサに視線を向ける。

「ば、バカなッ! こ、こんな事で――終わってたまるかアアアアッ!!」

 蹌踉めき、既に力が入らない身体を無理矢理奮い立たせ、メドーサは怒りの表情で二股矛を突き出し横島に討ちかかろうと身構える。
 ギロリと眼をむき、最期の力で大地を蹴ると横島に捨て身の攻撃をかけるメドーサ。
 身に宿す全ての魔力を放出させながら、自身を人型のエネルギー弾と化し横島と共に自爆しようというのだ。

「死ねえッ! 横島ぁ!!」

 横島は悲壮な覚悟で突っ込んでくるメドーサに、哀しそうな眼差しを一瞬だけ向けたが、即座に左手を上げてメドーサへと向けた。
 その掌には、強大な霊力が集まっている。

「さらばだ、メドーサ」

 ドンッ!! ビシッ!

 横島の掌から放たれた、レーザー光線のように集束され眩く細い光となった霊波砲は、寸分の狂いもなくメドーサの霊的中枢を貫いて暗黒の空へと消えていった。

「ぐッ…! こ、こんな…所で……。ああ……魔力が…抜けていく……」

 その一撃で突進を止められ、怨嗟の声を呟きながらゆっくりと後ろに倒れていくメドーサ。
 身に纏っていた膨大な魔力が、繋ぎ止める物を失ったかのように散り散りとなっていく。
 横島には、その光景がまるでスローモーションのように、ゆっくりとしたものに見えていた。
 ドサリと倒れ、魔力の喪失と共にその身が文字通り霧散していく様を見下ろしていた横島の所に、ライフルをもったままの美神が駆け寄ってくる。

「……完全に死んだのかしら?」

「多分……。普通の魔族ならこれで完全消滅する筈です。この火角結界のモノリスが、メドーサの墓標になりましたね」

 意外に呆気なく倒されたメドーサに疑念を感じるのか、厳しい表情で問いかけてくる美神に対し、横島もどこか引っ掛かるような表情で答えを返す。
 取り敢えず、平行未来のように自分の体内に寄生されるのは御免だった横島も、何かを見落としているのではないかという気持ちを断ち切る事ができなかったが、一旦ハイパー・モードを解除する。
 再チューニングしたとはいえ、あくまで応急的なものであり、長時間使用すれば何が起きるか分からないのだ。

「さて……残るはあの巨大なアンテナだけですね」

 横島の言葉に、大きく頷く美神だった。






「電磁波による通信障害が収まったぞい。マリア!! 無事か?」

『イエス・ドクター・カオス!!』

 ベルゼブルを吹き飛ばした核爆発による影響で途絶えていた通信が回復した地球では、カオスがマリアに状況を確認していた。

「美神さんと横島さんは無事ですか?」

『メドーサと・交戦中! 現在・加速状態のため・連絡不能……いえ・加速状態の・終了を・感知! 映像・送ります』

「勝負は…!?」

 おキヌが心配そうに両名の安否を問う。
 返ってきたマリアの声は、いつも通りの冷静なモノだったが、映像で姿を見られないためにおキヌの表情は硬いまま。
 ここにいる全員が横島の勝利を疑ってはいない。
 しかし、勝負である以上は何が起きるかわからないのだ。
 おキヌ程ではないが、微かな不安を胸にしたジークや小竜姫達の眼に飛び込んできた映像は、火角結界に閉じこめられた横島と、勝ち誇るメドーサの姿だった。

「横島が火角結界に!?」

「罠にはまったんですの!?」

 雪之丞と九能市が、まさかの横島の姿に驚きの声を上げる。
 だが、ジークとワルキューレは画面の端に映っている美神の姿を認め、横島のピンチにもかかわらず勝利を確信していた。
 それは小竜姫も同様である。

「勝ったな……」

「ええ、メドーサは倒したも同然です」

「横島さんなら、必ず脱出できるでしょう」

 大きく頷くワルキューレに小竜姫。
 ジークも既にメドーサを倒した前提で言葉を紡ぐ。

「な、なぜでござるか? 先生のピンチでござる!」

「シロちゃん、画面をよく見るのねー」

 狼狽しているシロに、こちらはやっと気が付いたヒャクメがアドバイスを送ったその時……。
 メドーサの胸を、美神が撃った精霊石弾が貫通した。
 その隙を見逃さず、即座に超加速に入ってモノリスを破壊し、結界を脱出する横島。
 そんな事の顛末に、画面を見ていた面々はホッと息を吐く。

「成る程……。メドーサの奴、横島との闘いに注意を向けすぎて、美神の旦那の事を失念しちまうとはな……」

「横島様を相手にしているのですから、メドーサといえども無理ないですわ」

「即席とは思えないコンビネーションでござる……」

 小竜姫達が見詰める画面を通して、消滅していくメドーサの姿が映し出される。
 その姿を見て、微かに頷く小竜姫。
 彼女の信じたとおり、横島は月という過酷な環境下で強敵メドーサをうち破ったのだ。
 横島の実力を誰よりも知るものとしては当然の結果であったが、それでも安堵している自分に苦笑する。

「これでガードしていた魔族は全て倒したわけですね」

「うむ、後はあのアンテナみたいな構造物だけだな」

「マリア、あのアンテナ状の構造物の映像を映し、可能な限りスキャンしてみてくれ」

『イエス・ドクター・カオス』

 カオスの命令に従い、マリアは姿勢制御ロケットで司令船の向きを変え、ヒドラに接近を開始した。
 マリアの眼に仕込まれた。高性能カメラからの映像が地上基地にも転送される。
 この辺の映像が、殆どタイムラグ無しに届けられるのだから、呆けたとはいえカオスの能力は凄い。

「これが問題のアンテナか……」

「こいつを使って、月の魔力を地球に送るつもりだったんだな」

「見た事のない霊的構造物だな。人間から手に入れた技術も取り入れているようだ。発進を妨害しようとしたあの巨大砲と同じようなモノみたいだな」

 ヒドラの映像を見ながら、アシュタロスの目的を推察するジークに、ワルキューレが南武グループ事件の報告書を読んだ事を窺わせる言葉で応じる。
 その間、ヒャクメは真剣な面持ちで、画面のヒドラを見詰めていた。
 ヒドラの分析こそが、この時ヒャクメに期待された最大の役割なのだ。
 横島の期待に応えるために、ヒャクメは自分の全感覚器官を動員してヒドラを探る。

「大体の事はわかったのね。ワルキューレの言うとおり、どうやらあれ自体が……ちょ…ちょっと待って! あれ――! 横島さん、美神さん、そのアンテナ動き出したのね!!」

 ジッと見詰めていた視線を外しかけたヒャクメだったが、不意にヒドラが動き出した兆候を察知して警告を発した。
 ヒャクメの言葉が響き渡るのとほぼ同時に、ヒドラの各部から強烈なサーチライト状の光が迸る。
 既に平行未来の記憶を持ち、ヒドラが魔物を変形させて構造物としたモノである事を知っている小竜姫、ヒャクメ以外の者は、いきなりアンテナが活動を始めた事に戸惑いを見せる。
 いかにキメラという合体魔(兵鬼)を既に見て実際に闘い、今またヒャクメからあのアンテナも同じようなモノだと肯定されたとは言え、あのように構造物にしかみえないモノが動き出せば驚くのは仕方がない。
 無論、小竜姫とヒャクメも表情を変えるが、それはヒドラの高い防御力を知っているが故の心配(美神に対する)だった。

「な、なんだ!?」

「生きてるのよ! あのアンテナ……それ自体が強力な魔物なのよ!! 魔物を変形させて、構造物として使ってるんだわ!!」

 ワルキューレの問いかけに真剣な表情で説明をするヒャクメだったが、心の中では決め台詞を言う機会を得た事に随喜の涙を流していた。
 いささか不謹慎ではあるが、横島の実力を知っているため多少は精神的に余裕があるのだ。
 こうして、いよいよヒドラとの1回戦が開始されたのだった。






『――横島さん、美神さん、何だか動き出したのね!!』

「えっ!?」

「こいつ…発進妨害のために襲ってきた合体魔と同じく、生きてるのか!?」

 ヒャクメの警告に、何が何だかわからず間抜けな声を上げる美神。
 横島は知っていながらも、惚けて美神に説明するような台詞を口にする。
 その言葉の意味を理解して身構えた美神と、飛竜をやはり正眼に構える横島。
 二人はメドーサを倒した後、上空のマリアがアンテナ状の構造物偵察のために移動したのを聞いて、即座に最後に残る敵を排除すべくやって来ていた。
 そして、漸く不気味な構造物を攻撃できる距離まで接近したところで、ヒャクメからの警告を受けたのだ。

『警備要員ノ消失ヲ感知! コンディション赤!! 自己防衛プログラム作動!! オマエタチヲ―――排除スル!!』

 ヴンッ

 いきなりぎこちない喋り方ではあるが、目の前のアンテナ状の構造物から強烈な思念波が横島と美神の頭に響き渡る。
 月面では大気がないため、ヘルメットに仕込まれた通信機を使わなければ、声などというもので意思の伝達をすることはできない。
 したがって、頭の中に響いた事からも、これは目の前のアンテナ(ヒドラ)の強烈な意識なのだろう。
 さらには各部から強烈なサーチライト状の光が発せられ、ギョロリと単眼が見開かれた。

『グゴ……ガガガ……!!』

 その姿は、まるで永き眠りについていた魔物が眼を覚まし、復活した事を喜び全身から魔力を吹き出させているようだった。

「――生きてるって!?」

「ロケット発射を妨害しようとした敵の兵器というか魔物を覚えてるでしょう? あれと似たような存在なんでしょう」

 慌ててライフルを構えながら距離を取る美神。
 説明しながらも、やはり距離を取ろうと後ろに跳躍した横島だったが、文珠を一つ創り出して美神に投げ与える。

「もしもの時には、それで身を守ってください!」

「わ、わかったわ!」

 美神が文珠を受け取り返事をした直後、ズリュっという感じで、いきなりヒドラの壁面から3本の鉤爪を持つ腕が生える。
 それはそれは唐突に。
 まさかそんなモノが生えるとは思っていなかった美神の動きが、一瞬とはいえ静止する。

 ジャッ!!

 自己防衛プログラムに従い、味方識別信号(魔力の波動)を出していない2名目掛けてビーム砲のようなもので攻撃を開始するヒドラ。
 迫り来るビームを、正眼に構えた飛竜から発した切断霊力波で斬り裂く横島。
 音のない世界で、昔のモノクロ映画のような光景が展開される。
 美神を庇うように前に出た横島によって、ビームは二つに切断され左右の大地を抉り、吹き飛ばす。
 だが、砲撃を防がれたヒドラは即座に第2、第3の腕を生やして3方向からの攻撃を仕掛けた。

 カッ!!

 逃げようのない状況に“やられた”、と思い腕で顔を庇おうとした美神は、直後に発生した強烈な閃光に慌てて目を瞑る。
 あんな閃光をまともに直視したら、一時的に視力を失いかねない。
 取り敢えず助かった事を確認し、冷静さを取り戻した美神は光の原因を探ろうとしたが、答えは即座に判明した。
 強力なドーム状の防護結界が自分達を覆っており、ヒドラのビームはそれによってブロックされている。
 結界面で防がれたビームが、その光源となっていたのだ。

「大丈夫ですか、美神さん?」

「ええ、それよりこれって文珠?」

「はい、さすがに3方向からのビーム攻撃を同時に防ぐ事はできませんからね」

 若干ではあるが余裕が生まれたため、横島も美神の方を向いて話をする。
 そんな二人の雰囲気とは関係なく、結界の外側では今も苛烈なビーム攻撃が続いていた。
 状況を確認すると、横島と美神は見事に対照的な表情を見せる。
 さてどうしよう、という感じでやや楽観的な横島と、このままでは打つ手がないと考えて沈痛な面持ちの美神。
 このまま黙っていても展開が変わるわけもなく、取り敢えず横島が口を開いた。

「さて、この後どうします美神さん?」

「こんなのとまともにやり合ったら、すぐに竜気を使い果たしちゃう! ここは一旦離脱すべきよ。マリアに頼んで回収を……」

「駄目です! 奴のビームはあの変な腕から出るんですよ。しかも後何本有るのかも分からないし、あの構造だったら上にだって攻撃できるでしょう。我々の司令船を呼び寄せたら、アッという間に撃墜されてしまいます!」

「……っ!! 確かにその通りね。宇宙船がやられたら、私達は帰れないか……」

 横島に言われた危険性を即座に理解した美神は、悔しそうにヒドラの方を睨み付ける。
 効果がないと理解したのか、ヒドラはその時攻撃を停止していた。

「とは言っても……俺達の龍神の装具に込められた竜気も、メドーサとの戦いでかなり消費しました。このまま戦闘を続けると、生命維持が難しくなるかもしれませんね。ここは一時撤退しますか……」

「そうね……。でもマリアを呼び寄せないでどうやる? 着陸船まで逃げられるかしら?」

「じゃあ、俺が囮になって攻撃を仕掛けますから、その隙に美神さんは着陸船に向かってください」

「でも、それじゃあ……。なに!?」

 言いかけた美神だったが、いきなり先程までとは異なる大地の振動を感じて結界に眼を向けた。
 するとそこには……新たに生やした3本の腕の爪を使い、結界に物理的攻撃を仕掛けるヒドラの姿。
 その攻撃はかなりの威力を持っているようで、結界壁面が攻撃を吸収するたびに歪んでいる。

「このままじゃ、この結界は長くは保たないな……」

「次の文珠は、横島君?」

「文珠はまだまだありますけど、このままここで防いでも問題は解決しません。いいですか、この結界が敗れると同時に、装具に込められた竜気と織り込まれた術式を使って超加速に入ってください。そしてとにかく着陸船に向かうんです!」

「わ、わかったわ。でも横島君は?」

「俺も同時に超加速に入り、奴に攻撃をかけてから後を追います。俺の方が霊力も高いですし、日頃から超加速も使い慣れてるから、この役目は俺がやります」

 横島が申し出たのは殿を努める事。
 このまま二人揃って逃げれば、当然ヒドラは後ろから追撃をかけてくるだろう。
 だからこそ、ヒドラに相応のダメージを与えられる攻撃を仕掛け、自己修復に入るため追撃を諦めさせる必要があるのだ。

「マリア、聞こえるか?」

『イエス・横島さん。回収に・向かいますか?』

「いや、別命あるまでマリアは現在の軌道に留まってくれ。そっちが落とされたら終わりなんだ」

『わかりました。横島さん・美神さん・ご武運を……』

 ピシッ!

 マリアとの通信を終えたところで、地面に転がして置いた文珠に亀裂が入る。
 いよいよ、結界が攻撃に耐えられなくなったのだ。

「いきますよ、美神さん!」

「じゃあ着陸船で!」

 その言葉と共に二人は超加速に入った。
 同時に文珠が完全に割れ、結界が消滅する。
 凄まじい火力を誇るヒドラでも、超加速という時間に干渉する技には対処できなかった。
 いきなり目標をロストし、攻撃を中止する。

 カッ!!

 攻撃が止むのを狙いすましたかのように、突然の攻撃がヒドラの壁面に着弾しその巨体が振るえる。
 チャクラを全開にした状態で放った霊波砲とはいえ、その一撃は確実に表層を抉り、被弾箇所にダメージを与えていた。
 さらに数発が突然命中し、ビームを発するヒドラの腕が2本、吹き飛ばされ宙に舞った。
 アンテナの鏡面はおそろしく脆弱だが、側面はかなりの防御性を持っているのだろう。
 それでも大したダメージを受けたようには見えず、まして死んだりはしていない。

「…ちっ! やはりアンテナの中心を攻撃しなきゃダメか!? これ以上は俺もハイパー・モードにならないと無理だな」

 そう呟くと、即座に着陸船目掛けて逃走を開始する横島。
 いかに再チューニングを行ったとはいえ、一度崩された霊力バランスが完全に戻ったわけではない。
 横島は一時的な休息と、ルシオラ、小竜姫の意識と相談しての精密検査を必要としていた。
 ここで無理をすると、どのような不確定要素が生じるかもしれないからだ。
 不確定要素はなるべく発生させたくない横島だった。



「駄目……。もう超加速を維持できないわ。でも着陸船までは後少し。普通に走ってもすぐね」

 霊力や体力の関係で、美神は後数十mの距離を残し加速状態を解除した。
 彼女の霊力ではこれが限界だったのだ。
 その姿は全力で着陸船をめざし、美神の後を追っていた横島にも見えていた。

「美神さんの超加速が解けたか……。だがあそこまで離れれば何とか……何だとっ!?」

 いきなり頭上が明るくなった事に驚いた横島が上を見ると……。
 光源は何と、彼の頭上をゆっくりと追い抜いていくヒドラのビームだった。
 ヒドラの射程距離は、横島の想像以上に長かったのだ。

「駄目だ! 亜光速のビームには追いつけない! 美神さん!」

 着陸船に吸い込まれるように命中するビームを見ながら、横島は何とか追い付いた美神を引き倒して覆い被さり、素早く文珠を発動させる。

 ピカッ!!

 呆気なく光と共に吹き飛んでいく自分達の月着陸船。
 超加速を解いた横島の眼には、何とも呆気ない最後に見えた。

「よ、横島君!? ちゃ、着陸船が……!」

「破片は俺の文珠で防ぎますから安心して! それより……この後どうするかだな」

 空気が無く、重力も地球の1/6しかない月面では、爆発の破片も人間の常識より遙かに長い距離を飛ぶ。
 そんな破片が一つでも当たれば、自分達の宇宙服など紙のように敗れてしまうだろう。
 取り敢えず、その危機だけは防いだ横島だったが、彼をしてもこの後の方策には迷うのだ。
 一度これだけ離れてしまうと、再度超加速で近付くにはかなりしんどい。
 美神には絶対無理だし、横島であっても辿り着くだけでエネルギーを使い果たしてしまう。
 それ以上に、美神は竜気を殆ど消耗しているため、何とか宇宙船に戻らないと生命維持そのものが危険なのだ。

『ちっ…! 打つ手が思いつかねーぞ、ルシオラ、小竜姫、何か無いかな?』

『ちょ、ちょっと待って……。何とか考えるから』

『な、何とか美神さんに竜気の補充を……』

 自分の中のルシオラと小竜姫の意識に助けを求めるが、残念ながら二人も結構テンパっていた。
 破片を全て防ぎきり、立ち上がってかなりの距離からヒドラを見詰める横島。
 再びターゲットを確認したヒドラは、ゆっくりとその腕を4本振り上げて攻撃をかけようとしていた。

「美神さん、取り敢えず飛行して逃げますよ。俺にしっかりと掴まってください」

「わかったわ」

 美神がしがみつくや否や、『防』の文珠を解除して、新たに作り出した双文殊に『飛翔』の文字を浮かび上がらせる。
 そして即座に飛び上がると、少しでもヒドラから距離を取ろうと全速で飛行を開始した。
 横島が飛び上がって数秒後、その場所をヒドラのビーム砲が吹き飛ばす。

「何とか奴の射程距離から出ないと……」

 そんな横島の呟きを嘲笑うかのように、ヒドラは空中にいる標的目掛けて次々とビームを発射した。

「横島君!?」

 思わず後ろから迫る光に眼を閉じる美神だが、迫り来る攻撃を気配で察知し回避行動を取り、巧みに避ける横島。
 次々とビームを躱し、とにかく遠くへと逃れようとする。
 だが、このままでは遠からず撃ち落とされてしまうと、二人とも理解していた。
 何しろヒドラの方はエネルギーも潤沢であるし、何より疲れを知らないのだから……。

「ちっ! まだ奴の射程距離から出られないのか?」

 忌々しそうに呟く横島の言葉に、深く共感を覚えた美神だった。
 
『このままだと……ちょっとヤバイな……』

 横島が心の中だけとはいえ、珍しく弱音を吐いた時……助けはいきなり彼の記憶通りに現れた。
 前方の空間に、突然月面とは異なる光景が見える“穴”が生じたのだ。

『月神族か…! 今度は世話にならないつもりだったんだけど、背に腹は代えられんな……』

 そう横島が考えた時、彼等の頭の中に通信機で聞いた迦具夜姫の声が響き渡った。

『この中へ!! 早く!』

 その声に迷うことなく飛び込む横島。
 彼等が入ると同時に穴は消滅し、その場所を空しくビーム砲が通り過ぎていった。
 再び目標をロストしたヒドラは、一応危険が去ったと判断して戦闘行動を中止したのだった。






「こ…ここは……?」

 まるでSF映画に登場する宇宙船のエアロックのような部屋で、何とか危機を脱した美神の発した第一声は至極当たり前のモノだった。
 先程まで、岩と砂しかない月面にいたのだから、その疑問は当然のことだろう。
 横島は両手を突いて膝立ち、美神はうつ伏せの状態で倒れているため、あまり格好が良いとは言えないがそれはやむを得ない。
 空間に空いた穴に飛び込んだと思ったら、この部屋にいきなりいたのだから……。

「どうやら助かったみたいですね……。先程聞こえてきた声は、確かに通信機で聞いた迦具夜姫のものでしたから、ここは月神族の基地かなんかじゃないですかね?」

「そうです。ここは月神族の城……。ここなら取り敢えず安全です」

 横島も周囲を見回し、平行未来の記憶と照らし合わせてここが月神族の城であると判断した。
 しかし、今ここでそんな事を言うわけにはいかない。
 さてどうしようか、と考えながら口を開いた横島だったが、彼の言葉を受けるように新たな登場人物の声が聞こえた。

 いきなり与えられた回答に、横島と美神の視線が声の方に向けられる。
 そこには、長い髪を腰まで伸ばし、美貌と気品を併せ持った女性が静かに佇んでいた。
 その容貌は、間違いなく通信の際の映像で見た迦具夜姫のもの……。

「迦具夜姫…! よかった、一時はどーなる事かと―――」

「助かりました、迦具夜姫。これで体勢を立て直す事ができる」

 立ち上がり、それぞれに礼を言う美神と横島。
 そんな美神達に笑みを向けながら、迦具夜姫は二人をエアロックから続く通路へと誘った。

「ここは月神族の城。あなた方人間の属する物質界と霊界の境目……亜空間と呼ばれる場所にあります。ここならあの怪物も手出しはできません。こちらへ――」

 通路を歩きながら、迦具夜姫からこの場所の説明を聞いていた美神と横島は、やがてとある部屋へと出た。
 そこは……一言で言うと大小様々なメーターが床、壁、天井に所狭しと存在する、とある漫画家が描くマニアックな未来世界に登場する部屋を彷彿させる。

「部屋を酸素と窒素の混合気体で満たしました。ここでなら呼吸もできます」

「ありがたいわ…! 竜気で生命維持するのも、そろそろ限界だったのよ」

「そうですね、これでヘルメットを取って呼吸できますね」

 そう言って嬉しそうにヘルメットを脱ぐ美神。
 横島もヘルメットを脱ぎ、久々に空気を肺一杯に取り込むべく深呼吸をする。

「やっぱり、普通に呼吸するって良いですねぇ……」

 横島の、溺れでもしない限り日頃なら当たり前の筈の言葉に、思わず頷いてしまう美神だった。
 取り敢えず、今回は部屋がなぜメーターだらけなのかは問わない事にしたようだ。

「何とかお二人の回収が間に合って良かったです。朧! 神無! ご挨拶を…!」

「「は…!」」

 そんな横島達をにこやかに見ていた迦具夜姫だったが、女王としての威厳を持った声で二人の部下を呼び出す。
 即座に可愛い声で返答があり、床の大きなメーターの一つが光り輝く。
 どうやらそのメーターから声が聞こえたようだ。

『平行未来だとこの時は何も思わなかったけど、月神族って結構科学技術が進んでるんだよなぁ……』

『そうね。これって簡易転送装置か、オプチカルエレベーターよね……』

『そう言われてみればそうですねぇ……』

 その様子を見ていた横島達といえば、結構呑気な事を考えているようだったが……。
 横島がルシオラ、小竜姫の意識とそんな事を言い合っていると、二人のよく似た面差しの女性が現れた。
 尤も、1人は迦具夜姫が着ている衣装をより行動的にし、どちらかというと戦闘服のようにも見える服を着ており、もう1人はお世辞にも動きやすいとは言えなさそうな、デザイン的に古さ(平安時代の官女のような)を感じさせる服を着ている。

「迦具夜姫付き官女の朧にございます」

「月警官の長、神無にございます」

 自己紹介をする二人を見ながら、横島はふと二人が姉妹と呼べるぐらい容姿が似ている事に気が付いた。
 前回は妙にガッついていたため、そんな事は気にしなかったのだが、煩悩無しで眺めていたため気になったのだ。
 髪型も容姿もかなり似通っているのだが、二人の最大の相違点は目つきだった。
 朧はどちらかといえばクリッとした大きな眼をしていて、可愛いといった感じなのだが、神無の方は切れ長でどちらかというと鋭い眼つきをしている。
 神無が日本刀のような刀をもっているのも、雰囲気をさらに鋭利に見せる要因だろう。

「取り敢えずこの二人をお側に……。何なりとお申し付け下さい」

 迦具夜姫の言葉に朧が進み出る。

「竜神の装具をこちらへ……。エネルギーの補充をします」

「サンキュー、助かるわ」

「美神さん、ヘアバンドは良いとして、籠手や鎧は宇宙服を脱がないと取れませんよ。それに、再度宇宙服を着るのは1人じゃ無理ですしね」

 気軽にヘアバンドだけを外し、朧に渡そうとした美神に慌ててアドバイスする横島。
 重力も相応に調節してある月神族の城内では、宇宙服を脱ぐ事さえ1人では難しいのだ。

「あっ、そうね! ごめんなさい。二人とも宇宙服を脱ぎたいんで更衣室を貸してくれないかしら? それから1人手伝いに付けてくれない?」

「わかりました。では朧、すぐに部屋を手配なさい。それから通路と部屋に空気を満たす事を忘れないように」

 こうして横島達は、月神族の城で一夜の宿を取る事となったのである(違うか……)。



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