「ソハ何者ナリヤ
 ソハ我ガ敵ナリ!!

 呪装の施されたナイフを片手に、若い女が叫ぶ様に唱える。
 身振り手振りを交えての、呪的な動きでなぞるナニカ。 足元に描かれた魔法陣の中央には、人を模した形代が横たわっている。

「我ガ敵ハ、イカナル…」

 そう唱えながら、ナイフを振り上げようとした瞬間。

「……じゃんか」

「誰?!

 最も霊力が高まろうとするタイミング。 そこを狙った様に、突然 聞こえた何者かの声に、彼女の集中は阻害されてしまった。

「誰って… えっ?」

 声変わりが終わったかどうか、そんなまだ子供っぽい声が返される。

「な、子供…?」

『目撃者は始末するだキィィ』

 

 

 


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
GS美神 Original Episode
  こどもチャレンジ   ──その3──

 

逢川 桐至  


 

 

 

「待ちなさいベリアルっ

 甲高い制止の声が投げ掛けられる。
 しかし。

『久しぶりの子供の肉だ。 ケケケケケッ』

 飛んで来る毛玉……黒くて毛羽立った胴体と、鳥の足のような手足を持ったナニカは、大きな口を開いてすっとんできた。

「のぅわぁあぁぁ?!
 いきなりなんだっちゅうんじゃ〜っ!!

『チィッ。 すばしこいガキだキィ』

 反射的に避けた横島の脇を通り過ぎたソイツは、明らかに魔族の気配を纏っていた。
 好むと好まざるとに関らず、覚えざる得なかったモノだ。 イマサラ彼が間違おう筈も無い。

「ベリアルっ ちっ、このクソ悪魔がっ!!

 ソイツの後ろから聞こえた声も、ソレを肯定していた。

 何がなんだか判らないが、こうなれば遠慮している場合ではない。 と言うか、すぐに何とかしないと命の危機だった。

「くそ、この、キジムナーがっ

『誰が妖怪だキィィィっ

 前に倒れ込む様に、戻ってきた動線から再び避けきる。
 不格好さを気にする余裕なんか無い。

 尤も、クチだけはいつもの様に軽やかだった。

「なら、幽霊ポ○モンか?」

『バカにするのも いい加減にしやがれっっ!!

 伸ばされた爪をも躱して、横島は四つん這いでシャカシャカと逃げる。
 が、それで終わる筈も無い。

 駆け寄って来る若い女性……いや、まだ少女と呼ぶべきだろう……を認めると、その悪魔は更にスピードを上げて横島に迫ってきた。

「のわぁっ ぅおわぁっ どぉぅわぁぁ〜っ!!

「ベリアルっ そこまでよっ!!

『ちっ、一口で丸飲みにしてやるキィ』

 急いで平らげようと口を更に大きく開いて、ベリアルは横島に詰め寄った。

「バグ・ラグ・エリスムス・ロー・ツイ…」
「あぁ、こんな事なら温泉地で女子大生とでも混浴に入って うひひひゃうは〜んな思いをしてくるんだったぁぁぁ〜〜〜っっ!!

 色んな意味で魂の篭った叫びにガクっと力が抜けて、黒い毛玉の動きと少女の唱える呪唱とが止まる。

「い、今だ、出ろっ、文珠ぅ〜っ!!

 ベリアルが、その獲物の手に何かが現れた事に気付いたのは、丸飲みしようと再び動き出した瞬間だった。

 何かヤバい。
 そう認識した瞬間、ソレは発動した。

『ギィぃやぁぁぁぁぁァァッッ?!!!!

 青白く輝くその球の中央に、穿たれているのは『滅』の一字。
 霊基構造そのものを滅ぼそうとする概念に、ベリアルは力の限り抵抗した。

 しかし。

『こ、こンなバカなァァぁぁっ?!!

 冥約を解かれている時ならまだしも、未だ呪縛されている現状。
 現界に固定されている躯が崩れ始め、引き裂かれすり潰される様な痛みがベリアルの全身を苛んだ。

「ポケ○ン、ゲットだぜ」

 再び制止しようと口を開いた少女が、そのまま呆然と自身の使い魔を見遣る。

「な、なんなワケ?」

 目の前でベリアルの黒い姿が軋み歪んで、やがて宙に溶ける様に消えていく。
 同時に自身の中に有った契約の顎が、痛みと共に消えた事も彼女には感じられた。

「べ… ベリ、アル…?」

 それは自身の使い魔が……契約によって後3年強の間 使役出来る筈だった悪魔が、永久にこの世界から消滅した事の証。
 キッと、その子供……横島のコトを睨みつけると、感情任せに少女は霊力を高め叫んだ。

「霊体貫通波っ!!

 我を忘れての発作的な攻撃だ。
 だが、その程度でどうにか出来る様な相手ではなかった。

「なっ…?!

 目の前にかざされた左手には、広げられた霊力の盾。
 無傷で立つ相手の姿に、今度こそ彼女は絶句した。

 

 

 

 横島にしてみれば、何がなんだか判らない、と言うのが正直な所だった。
 美人っぽい若い女性の後を尾行してみれば、いきなりの魔族の攻撃を受けたのだ。

 虎の子の文珠を使ってどうにか撃退して見れば、更に思わぬ攻撃を受けた。
 こちらは感情に任せての攻撃だったからか、本来のパワーに至って居なかったらしく、今の力でも反射的に弾く事が出来たのだが。
 とにかく、状況を理解しようにも急展開に過ぎた。

「えっと… あの、大丈夫っすか?」

 だから、ぺたりと力尽きたようにしゃがみ込んだ少女に無警戒に近付いて、こんな頓珍漢な言葉を口にしてしまう。

「大丈夫なワケ…
 大丈夫なワケ無いでしょうがっ!!

 ベリアルの制御にしくじって死亡した師匠の、その跡目を継いでの初仕事。
 いい様に使われていた以前と決別して、自分の腕一つで稼ぎだしていく筈だった華やかな未来予想図。

 それが、こんな無残な結果に終わってしまった。
 シロウト……どんな才能家だろうと小学生のGSなぞ居る筈が無い……に邪魔されての失敗だなんて。 それも、今の自分では呪殺を行う上で無くてはならない使い魔を失ってのしくじりだ。
 けちが付いたなんてもんじゃない。 今後の仕事にも影響する。

 いや、それどころではなかった。

「危ないっ!!

 突然、どこからか聞こえてきたその声に、横島は反射的に動いた。
 空気を切り裂いて飛んで来る銃弾が、自身と少女とを蔽う様に展開されたサイキックソーサーで弾かれる。

 更に続けてのマズルフラッシュ。
 立て続けの凶弾が、サイキックソーサーを叩いては弾かれる。

「そこかぁっ!!

 撃ち込まれた凶弾を捌ききると、少し離れたビルの屋上……そこに見えた光を発したライフル目掛けて、横島は手にしたソーサーを投げ付けた。

 攻撃こそ最大の防御だ。
 見た目は子供でも、横島の中身は高3の男である。 将来はいい女になるだろう少女を問答無用で攻撃する様な、そんな輩に対して躊躇いなぞ微塵も感じる筈が無い。

 当った際の爆発の中、狙撃者が妙なポーズで舞うのが遠目に見えた。

 そんな、あっと言う間のアクションシーン。
 それを見届けて、がっくりと少女の肩が落ちた。

 初仕事の暗殺依頼だ。 見届ける者が居ても不思議は無い。
 …しくじった時の後始末も、恐らくは兼ねていたのだろうから尚更だ。

 今回の依頼主は、師匠の頃からの馴染みの客だった。
 そいつは、呪殺者との繋がりがバレてはマズイ職業に、外聞を気にしない訳にはいかない地位に就いているのだ。 この国でこんな仕事に続けられるのも、その男の打算からの公権力の私用が、少なからぬ割合で貢献している。

 である以上、自分がプロの呪殺者としての生だけでなく、今後の人生そのものを無くそうとしている事は、今の状況も考えるだに間違い有るまい。

 しかも、切り札であるベリアルを失ってしまった。
 裏社会において、彼女は死んだ師匠の弟子でしかない。 裏での横の繋がりも確固たる地盤もなく、実力とて全てを圧倒する程の物は持ち合わせていないのだ。

 頼るべきナニカのない彼女の前途は、閉ざされたも同然だった。

「えっ?
 まさか、なんか当ったんですか?」

 訳が判らずおろおろする彼を、更に彼女の涙が混乱させる。

「もう、お終いなワケ…
 これから、どうやって生きてけばいいワケ?」

 その言葉遣いと間近に見たその顔とで、横島は漸く気が付いた。
 この少女が、あの小笠原エミだって事に。

 自分が縮んでる癖に、当然 他の知り合いもほぼ6年分若い筈なのだと、今の今まで思いもしなかったのだ。

「えぇと、その…」

 今更に気付いた事実が、混乱に拍車を掛ける。
 そこへぎゅっと抱き付かれ、横島はただ立ち尽くすしかなかった。

「おわ、なんか嬉し… いや、しかし…」

「う… うぅっ… ぅあぁぁっ…」

 この少女は、確かにあの美神と競り合っていた、あの小笠原エミ本人だろう。
 だが、同時に今はまだ15の子供でしかない。 横島自身の様なエセ小学生でもないのだ。

 泣き続けるエミの様子に、緩んだ顔を締めて彼女の頭をゆっくりと撫ぜる。
 これまでの張り詰めていた物を全て流すかの様に、エミはただただ泣き続けた。

 

 

 

「悪かったワケ…
 おたくみたいなガキに何もかもを消し飛ばされるなんて、案外 私も大した事無かったわね。 それが判っただけでも、すっきりしたわ」

「何もかもって、ナニがっすか?」

 この期に至っても、だが彼には現状が掴めていなかった。

「ぶっちゃけ、私はベリアル……さっきアンタが消し飛ばした魔族だけど、アイツを使役する呪殺者だったワケ」

「へっ? なんで、そんなコトを?」

 エミの過去なぞ聞いた事が無かっただけに、横島は本気で驚いていた。

 自棄になって居たのだろう。
 彼女は聞かれるままに答え始めた。

「10歳の時、親が二人とも死んだわ。
 私は叔母に引き取られたけど、そりが合わなくって何年もしない内に家出したワケ。
 おたくみたいな子には、言われたって判んないだろうけど… 私みたいな家出娘が、誰にも頼らず自分の力だけでまっとうに生きてくのは難しいわ。
 何をするにせよ、法に触れる事でもしなきゃ暮していけなかったワケ」

 懺悔ではないが、鬱屈してきたこの数年を吐き出していく。

 エミ自身、なんでこんなガキにと思わないでもない。 しかし、先の展望が見えなくなった今、誰かに聞いて欲しかった。 遺言代わり、だったのかも知れない。

「たまたま、私にもそれなりの霊力が有って、拾ってくれた師匠の呪術とも相性が良かった。 だから、請われるままに弟子になったワケ。
 その師匠も、ベリアルを抑え付けるのにしくじって殺されちゃったわ。 その時に、さんざ苦労して従えさせたってのに、おたくにあっさりヤラれちゃうし…
 ホント、踏んだり蹴ったりだわ」

「って、アイツそんな強かったんすか?」

 エミを教えられる程の霊能力者が、殺されるほどの強さは感じていなかったから。
 つい尋ねた言葉に、彼女は自嘲混じりに笑った。

「おたくがあんなにやるなんて判ってたら、冥約を解いてたわ。
 アイツは呪縛されてて、全力が出せないままだったワケ」

「あぁ、それで…」

 納得すると同時に、サーっと顔を蒼ざめさせながら胸を撫で下ろす。
 アイツはエミの言う事にちゃんと従っていなかったし、枷を解除されたらどれ程強いかも判らなかったが、彼女が頼りにしていただろうくらいに強かったのは間違いあるまい。
 そんなヤツに最初から全力で襲われていたら、今の自分ではヤバかっただろう。

 実際、即座に文珠を使っていなかったら、今頃はヤツの腹の中に居た筈だ。

「大体、おたく、何者なワケ?」

「へっ? ごく普通の小学生っすけど」

 どこがっと叫び掛けて、けど今更そんな事どうだっていいか、と溜め息を零す。

「でも、だったらこれからどうするンすか?」

 その問い掛けに、ぴくりと小さな肩が揺れた。

 横島にだって、今のままただじゃ済まないだろうと判る。
 それでもあのエミならば、きっと何とかしてしまうんだろうなと気軽に聞いたのだが。

「どうにもなんないわ。
 ドブネズミみたいになったって生きてく。 たぶん、殺される日まで」

「えっ?」

 こんな疲れ切った表情は、横島の知っている彼女には無かったモノだ。

 美神と一緒で、エミは自身の力に自信をもっていて、力強い輝きを纏っていた。
 タイガーと共に、極楽組組長を挟んで美神と対決したあの一件。 負けを認めたあの時でさえ、こんなやけっぱちで無気力な顔は見せなかった。

 こんな筈じゃない。
 突き動かされる様に、横島は口を開いた。

「エ… あ、その、名前…」

 エミさん、と言い掛けて詰る。
 まだ互いに自己紹介などしていなかったから。 知ってる筈が無いからだ。 今なら無警戒に受け入れられるかも知れないが、彼は少しだけ慎重になっていた。
 もう現段階で、充分過ぎるほどヤバい展開になってる予感が、ひしひしと感じられていたからだ。

「私は小笠原エミ。 おたくは?」

「横島忠夫っす」

 素直に答えてくれたのも、自棄になっていたからだろう。
 そんな彼女へ、横島は改めて話し掛けた。

「で、エミさん、
 一つ提案が有るんですけど」

 視線だけで続きを促してくる。

「俺のめかけ… のわはっ

 左フック一発で、彼の体が宙に舞い。
 コンクリートの床にべちゃっと落ちた。

 振り上げられたままの怒りに震える拳に、横島はすぐに起き上がって這いつくばると、ペコペコと謝りたおす。

「…じょ、冗談っすよ、冗談です」

「冗談に付き合える様な余裕は無いワケ」

 睨み付けて来るキツい視線に、どこかホッとしながら、今度こそ横島は真面目な顔で口を開く。

「えっとですね…」

 

 

 

 【つづく】

 


 

前へ
戻る
次へ

 

感想等頂けると、執筆の糧になります。 お手数でなければお願いします。
  

タイトル

お名前をお願いします。
(任意)

差し支えなければ、メールアドレスをご記入下さい。
(任意)

ご感想・コメントをお願いします。

入力内容を確認後、下のボタンを押してください