横島がスカートめくりをせななった。
 ずぅっとヤメぇ言うてたのに。 クラスでたった一人、6年になってもやっとった横島が。

 突然叫び出すなり早引けしたあの日。
 今んなって見たら、横島がおかしくなったんはあの日からやと思う

 心配になって探し回って。 見付けたその時には、ほとんどいつもの横島だったから。
 そん時は気付かなかったんや。

 けど。

 ここ最近は、みんな判ってる。
 前とおんなじに他の男子を引っ張ってイタズラしてるのに、前やったらたまに有った女子が本気で嫌がるような事は、ちぃともせえへんようになった。
 なんや いきなし近所の兄ちゃんみたいな顔もする。 クラスのみんなン事、まるで年下の子 相手にしとるように見えたりもするんや。

 それに何でか東京弁使うようになってん。

 ほんま、何があったんやろなぁ…

 

 先生に差されて、変にすらすらと答える幼馴染の背中を見詰めながら、胸の裡で夏子は独りごちていた。

 

 

 


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GS美神 Original Episode
  こどもチャレンジ   ──その6──

 

逢川 桐至  


 

 

 

「…はい。 えぇ。
 では、直接… いえ。 では、その日に」

 話を終えると、神父は受話器を下ろした。 最近では珍しくなってしまったダイヤル式の黒電話だ。
 はっきり言って内証の苦しい神父の教会の事、余計な出費は出来るだけ避けたい。 だから旧態依然としたソレは有る意味必然の選択だった。
 それに今は電話番をしてくれる者もいる事だし、そう不便ではないと言う事もある。 …その彼女の為に余計な出費に手が回らないのも事実だが。

 ともあれ、その連絡は渡りに舟だったとも言える。
 内弟子になったエミと何度か話をしている内に、件の少年があまりにも尋常でないチカラを持っていると気付かされていたのだ。

 その名に比するほどではなかったとしても、名の知れた魔族を一撃で仕留め。 更には、銃弾を物ともしない霊能を持つ少年が、この狭い業界で全く無名だったなんて。

 簡単に防がれたと言う霊体貫通波を見せられて、そのただ事で無さを更に認識させられた。
 彼女のその技は、かなり厚い防御でも撃ち抜いて、直接霊体に打撃を与えるモノである。 話の状況でなら耐えられない事も無かろうが、無傷と言うのは非常識に過ぎた。

 優秀なGSである美智恵が、彼自身に断わりなく紹介を与えていた理由。 それが、そのチカラに対する危惧だったのではないかと、後から考えるだにそう思ったのである。
 あの歳で、名の知れた名家の出でもない。 なのに一線級のGS並みの霊能力者なのだ。

 目を離すのは危険だった。
 彼の師匠も確認しておく必要がある。 少年自身は、善意有る人間だ。 僅かな片鱗にしか触れられなかったのは確かだが、その短い間に受けた感触からそう言い切れる。
 だがその能力は、彼の年齢・性格とは裏腹に、一歩間違えれば危険極まりない物になるのだ。
 出来得るなら、自分の庇護下に置いておきたい。

 しんとした執務室で、唐巣神父は呟いた。

「それはそれとして、交通費をどうしたものか…」

 増えた食扶持を賄うには、彼の財政の余裕はあまりに心細く、そして余計な出費はあまりに痛かった。

 

 

 

「横島っ

 男子5〜6人で固まって、教室を出て行こうとする横島に、夏子の声が投げ掛けられた。

「なっ、なんだよ、夏子?」

「掃除当番は どないしたん」

 ビシッと、箒を突き付けて来る彼女に、しまったと言う思いをモロに表情に出す。

「ええやん、1回くらい」

 一緒に居た男子がそう言うと、他の男子たちもこくこくと一斉に頷いた。
 横島も、そうだそうだ〜、と小声でぼやく。

「あんたらが代わりにやる、言うんやったら構わんけどな」

 3人の女子をバックに、夏子がにっこりとそう言うなり…

「横っち、後は任したで」

「そや、わしらン為にきばりぃ」

 横島の援護はあっさりと断たれた。

「おまえらなぁ」

 そそくさと逃げ出す元仲間に、思わず中指を立てる。
 そんな彼へ、夏子は改めて箒を突き出した。

「ほら、とっととコレ持ちぃ。
 私も手伝ったるから、さっさと終わらそ」

「はぁ… しょうがねぇなぁ。
 けど、別に見張ってなくても逃げないから、夏子は帰ってもいいぞ」

「ええって。 そんかし、貸し1やから」

 赤らめた頬の意味には気付かず、はいはいとおざなりに頷いて、横島もしぶしぶ掃除を始めた。

「…なぁ?」

「なんやの?」

「なんで男子 俺だけなんだ?」

 ふと気付いて尋ねた。

 よく見れば、一緒に掃除をしているのは女子ばかり。 当番である以上、その比率はほぼ1対1の筈なのに。
 だと言うのに、ここに居るのは横島の他、員数外の夏子と当番の女子が3人。 少なくとも、彼自身以外に男子が二人居なければおかしい。

「逃げたから」

 そんなあっさりと返された答に、横島のこめかみに血管が浮かぶ。

「なんで、俺だけ…」
「逃げられる思うん?」

 背中越しの答に、思わず涙した。
 怒らすと恐いのだ、この少女は。 しかも、百合子のウケは いいときてる。

「他の連中の分も気張らんと、なかなか終わらんよ」

「へいへい…」

 ガックリと肩を落とすと、さっさと終わらせる為しぶしぶ箒を動かしだした。

 どこか嬉しそうに、夏子もまた作業に戻る。
 帰り道に連れ回す口実は用意出来たと内心喜んでいた彼女は、授業中に覚えた彼に関する疑念を、心の隅へと追い遣っていた。

 数日とせずにそれを悔やむ事になるとは、今の彼女の知る由も無い事。

 

 

 

「ただい…あれ?!

 学校から帰って来て、玄関に見慣れない靴が有ったのには気付いていた。 が、それが自分の顔見知りだとは思わなくて、顔を見るなりつい疑問の声を上げた。

「やぁ、久しぶりだね」

 リビングには、そう話し掛けてきた唐巣神父と、 

「お帰り忠夫。 さっさとランドセルを下ろしといで」

 お茶を再び淹れようとしている百合子が居た。

「どうしたんすか、神父。
 まさか、エミさんになんかあったんじゃ?」

 戻ってくるなりの言葉に、神父は苦笑した。

「はは。 彼女なら元気だよ。
 ちょっとばかり、ゲンキ過ぎるかな… は、ははは…」

 何やら苦悩が覗く笑顔に、横島も心当たらないでもない。
 以前は……『彼にとっての』だが……あの美神と真っ向から渡り合っていたエミである。 どう言う元気さなのかくらい、容易に想像が出来ようと言うものだ。

 それぞれに微妙な笑顔で沈黙する二人に、百合子が口を開いた。

「忠夫」

「はい?」

「おまえ、どこだかのお嬢さんを助けてあげたんだって?
 そう言う事はちゃんと言いなさいって、いつも言うてるやろ」

「あ… えぇと…」

 ここに唐巣が居るならば、当然エミの事を話さない筈が無い。 細かい所は、ぼかしたにせよ。

「いや、だってなんか恥ずいじゃんか」

「…ま、ええわ。
 でな、唐巣さんな、それからの事おまえに教えに来たのと、おまえ自身にも話が有る言うんや」

 百合子の言葉に首を傾げた横島へ、神父は言葉を続けた。

「エミくんから、あの時の話をもう一度聞いてね。
 君自身にも、君の師匠にも会っておきたくて、こっちに来る用事も有ったもんだからお邪魔させて貰ったんだよ」

「はぁ…
 けど、俺に師匠なんて居ませんよ?」

 美神は、はっきり言えば師匠とは言い難い。 敢えて言うなら、雇用主と言う所か。 女王さまと言うのが一番内実に近いが。

 なので、師匠と呼ぶべきモノが居るとすれば、それは心眼と斉天になるだろう。
 どちらにしても、そんな事を言える筈も無い。 そもそも本来ならばこの時期には、まだ霊能者の知り合いなんて一人も居なかった筈なのだ。

 だから横島には、そう答えるしかない。

「な…?」

 だが、唐巣にしてみれば、それはとんでもない話で。
 視線で百合子に確認を取れば、彼女も横島が嘘を言っている様子は無いと頷いて答えた。

 突然目覚める人間だって居るには居る。
 火事場の馬鹿力の様に、何らかの霊障に直面したりした時に突然発露する事は、けして起き得ない話ではないのだ。 当然、かなりの低い確率ではあるが。

 しかし、百合子の話によれば、目の前の少年がそう言う状況に置かれた事は無いらしい。
 だと言うのに、これほど強い霊能を有すると言うのは、ほとんど有り得ない事だ。 オカルト方面に詳しい者なら、それは瞠目に値する。

 神父は、声を絞り出す様に尋ね掛けた。

「もしかして、美神君と知り合ったのは、ナニカの事件に捲き込まれたからなのかね?」

 彼女が手がける程の仕事に捲き込まれたなら、そう言う事もあるだろう。 そう言う話ならまだ、一連の流れに納得がいかなくもない。
 しかし、彼は首を振った。

「街中で一度会っただけなんですけど?」

 横島にしてみれば、何を見据え考えての問いなのか判らないから、そう答えるしかない。

「なんか突然話し掛けて来て、霊能力が有りそうだって。 で、ケーキご馳走になって、何かあったらって神父の事を聞いて」

「って、忠夫。 そう言う事はちゃんと言いなさいとあれ程…」

 母親の小言にぺこぺこと謝り倒す少年を見ながら、気を落ち着けると神父は口を開いた。

「もし、良ければ、なんだが。
 エミくん達と同様に、私の弟子にならないかい? それだけの才能を、ただ眠らせておくのは惜しいからね」

 本音で言えば、野放しにしておきたくない、なのである。

 繰り返すが、京の連綿と続いた名家と言うならまだしも、一般家庭の小学生でこの霊能持ちは異常とすら言えるのだ。 彼の両親の事は調べたし直接話もしたから大丈夫だとは思う。 だが、その霊力が広く知られれば、大事にさえなりかねないくらいのチカラなのも確かなのである。
 自分の下に来れば、悪しき誘惑の手の幾許かは防げるだろう。 六道の名も、その際には力になってくれる筈だ。

「えっ… けど」

 横島にとっても、必ずしも悪い話ではない。
 何となく話し損なっただけなので、別に相談するのは神父からだって構わないのだ。 多くの人に明かすのは、特に状況が状況だけに問題だと彼にしても思っている。 だが、自分だけで片が付くコトでは無いのも、これまた事実だった。

 ただ一つ。
 問題は、ここが大阪だって事。

「それで、って言うんじゃないんだけどね、忠夫」

「ん?」

「おまえにちゃんと言うの忘れてたんやけど、来月から父さん、東京勤務なんやわ」

「へっ、なんですと〜っ?!

 やはり、すっぱりと忘れていたのだが、銀一の様に自分も転校したのだ。
 思い返せば、以前も不意打ちの様にして、直前にいきなり告げられた記憶が有る。 その時は1学期の終業直前だった。
 なんか親父が居ないなぁと思っていたら、半月早く東京で生活して居たと聞かされて、我が親の事ながら呆れた記憶が有る。

 それを思えば、どちらにしても1ヶ月と経たない内に告げられる事、だったろう。

「ほんまは、おまえが1学期終えてからでいいやろ、と思ってたんや。
 そやからな、母さんとおまえだけで先に向こうに行くんもアリやで」

「…はぁ。
 だったら、別に俺はいいっすけど」

 

 

 

 その後、神父にチカラを見ておきたいと言われて、連れて来られたのは、とある小さな寺の一角。

「私とは教義こそ違うが、GSとして何度か共同で当った事があってね」

 と言う事で、人目に触れず結界の張られた場所を借りられた、と言う事らしい。

「へぇ、そうなんですか」

 と、何処かで見た様なその結界を物珍しげに眺める。
 答を言ってしまえば、GS試験会場のソレに形も張られ方も似ているのだ。

 中央まで足を延ばした所で、横島は不意に飛びすさった。
 ほんの一瞬前まで彼が居た空間を、紐の様な、しかし洒落にならない威力を持った何かが切り裂く。

「な、ななな、なんばすっと〜?!

 何時の間にか稼動していた結界の、その端まで横島は一瞬で後退していた。
 そんな彼の様子を知らぬ気に、神父が微笑んで相手に話し掛ける。

「お久しぶりですね、爽海師」

「君も重畳でなによりじゃ、神父」

 結界の中央、そこに立っていたのは、酷く特徴的な容貌の人物だった。

「ぬ、ぬらりひょんっ?!

「き、君ねぇ…」

「ひょひょひょ、構わんよ」

 不躾な横島の言葉に、焦る神父だったが、当の本人の言葉で矛を収める。

 尤も、横島の感想にも無理はない。
 痩せて小柄な身体は、今の彼と変わらぬくらい。 色褪せ古びた袈裟を纏ったその身体の上に、そこだけ不自然に大きな禿頭が、いかにもバランス悪そうに乗っている。
 ぎょろりとした大きな目と痩せこけた頬とで、カマキリめいた印象を与える顔立ちだ。 敢えて幾つと言えない年齢不詳な容貌だが、おそらく60歳を下回る事は無いだろう。
 控えめに言っても、夜道で突然出逢いたくない容貌の持ち主だった。

「その、神父の知り合いっすか?」

「そうだよ。 この八双寺の住職で爽海和尚だ。
 で、この子が先程電話でお話した、今度 私の所に来る事になった横島忠夫くん」

「ふむ。 確かに面白い子じゃな、ひょひょひょ」

 枯れた、だが変に甲高い声に、横島がびくっと後退って結界にぶつかる。

「さて、こっちへおいで」

 コレは横島に掛けた声では無い。
 爽海の手招きに応じて、一人の大きな男が現れた。

「あれ?」

 思わず横島が呟く。
 どこかで見たような気がしたからだ。

「うちで預かってる小僧でな、蛮・玄人と言う。
 歳も14と…」
「なにぃ〜〜っっ?!!

 爽海の紹介に、思わず横島が叫ぶ。

「横島くん、君はもう少し落ち着く事を覚えた方が良さそうだね」

「いや、けど、しかし、神父。
 あの顔で、俺とたったの2つ違いっすよ?! 幾ら何でも不自然じゃないっすかっ!!

 そう、横島は『蛮・玄人』と言う名前に思い当たって叫んだのではない。 と言うか、覚えてすら居なかった。
 その見掛けと年齢とのギャップに、ただただ驚いただけなのだ。

 大体ミカ・レイと対戦した時と変わらぬ見た目だと言えば、彼の驚きが判って貰えるだろうか。 目立って違うのは、ゴーグルを掛けているかどうかくらい。 横島との体格差は、それこそ大人と幼児ほども違う。 にも関らず、美神やエミの一つ下。

 勿論、当の本人も自分の老け顔は判っている。 はっきり言ってしまえば、コンプレックスにすらなっている。
 師の前と言う事で抑えているが、拳がふるふると震えていた。

「神父から話を聞いての、ちょうど良いと思ってな」

「な、なななにがでしょうか?」

 嫌な予感に、横島の声が裏返る。
 今、自分が居るのは霊力戦用の結界の中だ。 そこへ持って来てのこの展開。

「歳もそう差は無いしの。
 こやつと、ちょっと力だめしをして貰おうと思ってな、ひょひょひょ」

「やっぱし〜っ?!
 いやや〜っっ なんでこんなムキムキのおっさんと戦わにゃならんのや〜〜っっ!!

 笑いながら返された予想通りの答に、反射的に叫ぶ。

「くっ… 誰がおっさんかっ
 ガキだからと手加減してやるつもりだったが、気が変わった。
 50%だ。 50%の力で相手をしてやるっ!!

 ゴゴゴッと効果音でもしそうな程に、玄人少年の身体から威圧的な何かが吹き上がる。

 結界の端で いやいやする横島と、怒り猛って結界へと歩み出す玄人。
 そんな二人を、神父と爽海、それぞれの師匠が微笑ましそうに眺めていた。

 

 

 

 【つづく】

 


 

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