「実際の所、いいんですか?」

 ゆっくりと結界に乗り込む、歳不相応な外見の少年に目をやって、神父は隣に立つ老僧に声を掛けた。

「あー構わん構わん。 玄人な、あの歳にしちゃ大きい霊力の持ち主じゃがの。 おかげで、天狗になっとるんだわ。
 アレの本来の師匠……ワシの弟子じゃが、そいつも出力一辺倒で小回りの利かん男での。 それでも思う事 有ったらしくてな、ワシんトコに寄越しおったんじゃが…
 上辺は大人しくしとるが。ロクに言う事を聞きよらん。 偶には鼻を折られた方が良いじゃろ」

「ですが…」

 神父の見る所、まだ小学生に過ぎない横島は、しかし下手なGSよりもよほど強い。
 繰り返しになるが、今の彼の霊力は、妙神山最難関コースを受けようとした頃に近いレベルなのである。

 軽く見聞きしただけでも判る霊力が、一体どの程度のモノなのか。 それを確認したくて、何人かのGSを抱えているこの爽海に頼み込んだのだ。
 それだけに見習い未満を宛うのは、彼の本意では無かった。

「心配なかろ。
 霊力だけは無駄に高いからの。 やられるにしても、死にゃあせんじゃろ、ひょひょひょ」

 心なしか、勝手に検分役を押し付けられた少年の巨体が、更に大きくなった様に見える。

 背後の声は、最初の一言以外、声量を抑えられては居なかった。 爽海に至っては、聞かせる様な大声を出している。 反対側の結界の端に居る、横島にすら聞こえるくらいに。
 この老僧は、その外見以上に人が悪かった。

 神父は堪らず溜め息をついた。
 この世界は常識人ほど気苦労を溜め込む様に出来ている様だ。

 

 実際、この日 東京でも、彼のストレスを増やす様な出来事が起きていた。

 

 

 


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GS美神 Original Episode
  こどもチャレンジ   ──その7──

 

逢川 桐至  


 

 

 

「ちょっとぉ〜っ
 誰か居ないのっ?!!

 平日の夕方、神父も居ない状況。
 やる事もなくてソファに横になってテレビを見ていたエミを、遠慮無く騒ぐ大声が呼び出した。

「誰よ一体。 日が有る内でも迷惑は迷惑なワケ」

 ぶつぶつ言いながらも、叫びたてる声のする玄関へと向かう。
 軋む扉を開けてみれば、そこに自分と同年代くらいの少女が居た。

「誰よ、アンタ?」

 いきなりの失礼な相手の言葉に、エミの額に井桁が出来る。

「そっちこそ、なんなワケ? 大声で喚きたてて、近所迷惑じゃない」

 互いに相手に気に入らないモノを感じて、暫し黙って睨み合う。

 沈黙を先に破ったのは訪問者の方。

「ここは唐巣神父の教会って聞いたんだけど、神父は居る?」

「神父なら今日は出掛けてるわ。
 予定じゃ、夕方過ぎにならないと帰って来ない筈よ」

 どうやら神父の客らしいと、エミは仕方なくそう答えた。
 行き帰りの新幹線の予約は彼女が取ったから、大体そのくらいの筈だと脳裏で逆算して。

「なによ、あのおっさん。 いつでも訪ねて来いって言った癖に」

 その呟きに、ちょっとムッと来る。

 神父もまた横島同様に、エミにとっては恩人だ。
 さえない甲斐性ナシの貧乏性だが、今 自身がこうして安穏としていられるのは、偏に人の良過ぎる彼のお蔭だった。 それを彼女はきちんと自覚しているのである。

 しかも、一目見て気に食わないと感じた少女の言だ。 その分、より腹に据えかねた。

「日中だからって仕事が無いとは限らないワケ。
 アポの一つも取らないなんて、非常識な子供よね」

 だから、つい皮肉混じりで答えてしまった。

 その言葉に、赤い髪の少女もムッとしたらしい。

「留守番しか出来ない役立たずの癖に、随分とまた偉そうじゃない」

「初めて訪ねる家の玄関先で、名乗る事も出来ない様な礼儀知らずに比べたら、はるかにマシなワケ」

 またしても、互いに睨み合う。
 犬猿の仲とはこう言う物なのだろうか。 出逢った瞬間に、二人は固く結ばれた敵同士だった。

「ふんっ。 私は美神令子。
 あんたは?」

「小笠原エミ」

 言い返してエミは、ふと相手の名前に聞き覚えを感じた。
 …が、相手から受ける不快感に、すぐに脳裏から消え去っていく。

 二人は、ガン付け合ったまま、玄関先で1時間以上も立ち尽くしていた。

 

 

 

 エミと美神とが睨み合いをしていた頃。
 大阪某所に在る八双寺境内の裏手、墓地と寺とに挟まれた場所に設けられた練習用結界の中で、横島と蛮・玄人の一戦が始まろうとしていた。

「どうやら貴様は高く買われているらしいが、俺の前では川原の雑草の様な物だ。
 強大な霊力は頑強な肉体に宿るっ それを知らしめてくれるわ。
 行くぞっ!!

 言うなり、無造作に拳から霊気を放出して、横島へと駆け寄る。

「のわぁ?! 危ないじゃねぇか、おっさんっっ!!

 情けない声を上げ、しかし当然の様に殴り掛かってきた拳を避ける。

「だから誰がおっさんだぁっっ!!!

 怒りで、なのだろう。
 何だか揺らめく様に全身から立ち上っていた霊気の量が、錯覚なんかじゃなく一気に強まった。

「うわっ、おわっ、とわぁっ!?
 50%言うたやないか、この嘘吐き〜っ」

「うるさいわっ
 ちょこまか逃げずに、俺の拳の藻屑となれっ!!

 強い感情で制御が利かなくなるのは良く有る話。 あのメドーサとて、怒りの前で超加速の制御をし損なっている。

 藻屑になんかなりたくない横島は、当然 持前の反射神経を活かして、ひらりひらりと避け続ける。
 尤も、美神だの雪之丞だのと言った人外の戦闘力者を見慣れているから、大して強そうには感じていなかったが。
 勿論、だからと言って当ってやる義理もない。 当れば彼とて痛いとは感じるし、痛い目に遭うのも嫌いなのだ。

 仕方なく、ひたすら躱していく。

「まるで当らんのう」

「ええ、当りませんねぇ」

 傍観者と化した二人が呟き合っていた。
 いつの間に調達したのか、それぞれパイプ椅子に座って、美味しそうにお茶を啜りながら。

「しかし、確かに霊気量の制御が揺らいでる様ですが?」

「その辺、不得手な子でのぉ、ひょひょ」

 神父の目には、50%と言っていた段階よりも、5割増しくらいで強くなっていそうに見えた。

 実のところ、玄人は放出量を抑える方向の制御しか出来ないのだ。
 しかも、覚え立てであまり巧くない。

「どうも教えこんどる事の重要性が理解出来とらんのじゃよ。
 じゃから闇雲に垂れ流すばかりで、収束の一つも出来ん」

 彼の直接の師もまたパワー志向であり、基本的には如何にパワーを増すかの訓練しかしていない。
 今 ここに送り込まれて来ているのは、一般人相手で必要になる抑制の技術を学ぶ為だった。 つまり、制御自体はそもそもから下手くそなのである。

「それは困りものですねぇ…」

「ま、元の霊力が高いから、その辺の騒霊相手なら問題は無いんじゃがの」

 次の一瞬にすら何が有るか判らない。 そんな仕事だからこそ、いざと言う時の為の備えは必要なのだ。
 そんな一定線以上のプロならば誰でも認識しているその事を、しかし彼は認識出来ていない。 だから、理解が及ばないのだ。

「ふぬぅぅっっ

「にょわっ、ちょわっ」

 ぶんぶんと繰り返し振り回す腕が、未だ横島には一発も当らない。
 その為、余計に苛立ちが増している。 常に全開で霊力を出しっぱなしにしている為に、疲労も相当に溜め込んでいた。 その上、横島の躱し方は全く理に適っていなくて、ふざけている様にしか見えないから尚更だ。
 結果、玄人は憤りと焦りを重ね、当然 制御も甘くなっていく。

 それ故に、横島を相手にする上で彼の様な存在が最も取ってはいけない戦法へと、彼は切り替えた。 切り替えてしまった。

「ちっ、逃げるのだけは一人前らしいな。
 ならば抑え付けて押しつぶしてくれるわっ

 ぴくぴくと動く筋肉に覆われた厚い胸板と、やはりぴくぴくしているぶっとい腕が、抱きしめる様に迫ってきた瞬間。

 横島はキレた。

「い・や・じゃあぁぁぁぁっっ!!!
「な、うぎゃっ?!!

 襲い掛かってくる巨体に、カウンターの如く突き出された右腕。
 そこから更に伸ばされた、鬼の腕の様な高出力の霊気の塊が、玄人の引き締まった巨体を突き飛ばされた。 すぐに全身が結界に叩き付けられ、一瞬息が止まる。
 が、それもほんの一瞬。
 次の瞬間、結界自体を突き破り、彼の巨体は宙に大きく投げ出された。

「こりゃいかんの」

 ふわっと立ち上がると、爽海は孫弟子の落下地点の方へと脚を向ける。
 音も立てず、なのに走る様な早さの動きに、同時に立ち上がった神父の口から感心の溜め息が零れた。

 朦朧としたまま、頭から吹き飛ばされた巨体が宙を飛ぶ。
 その玄人の身体を、爽海の手から有り得ないほど長く伸びた数珠が搦め取る。

 …と、そのまま垂直に叩き落とした。

 地響きを発てて、地面が大きく窪む。

「あ、あのぉ… 爽海師?」

 冷や汗混じりで、助けるのだとばかり思っていた神父が理由を尋ねた。

「あのまま飛んだら、檀家の墓に当るじゃろうが」

 事も無げな答えに、神父の苦笑いが凍りついた。

 確かに、描いていた放物線からすれば、隔てた塀を突き破って墓地へと突っ込んで居ただろう。 それは間違いない、のだが。

「なぁに心配ない、ちゃんと生きとるよ。 常に全身から霊気を出しっぱなしじゃからの。
 大した強さじゃ無いが、この程度の打撃なら大したこっちゃなかろうて、ひょひょひょ」

「…お、俺の出番… これだけ、か…?」

 それが証拠に、ぴくぴくしながらも言葉が漏れる。
 無事とは言い難いが、確かに生きては居る様だ。

「ほれ」

「いや、ほれ、じゃなく…」

 指差しながらの爽海に、諦めた様に神父は黙り込んだ。

 

 

 

「…えっと、もう終わりっすか?」

 呼び出された何人かの僧侶に玄人が運び出されると、未だ結界の中に居た横島がおずおずと切り出した。
 下手を突っついて余計な戦闘を増やされるのも嫌だが、さりとてこのままぼーっとしてるのも苦痛だったのだ。

「…あぁ、すまなかったね」

 そう言う神父の手招きで、結界を出る。

「最後のは、エミくんに聞いていた盾とは違う物だったみたいだが…」

「盾って… あぁ、サイキックソーサーの事っすか?」

 言うなり、右手に六角形の……幅30cmほどの、板状のナニカを創り出す。

「ほぉ…」

 溜め息を零したのは爽海だ。

 この老僧と神父、二人の目には見えていたのである。
 全身をぼんやりと蔽っていた霊気が、瞬時に掌に集まり絞り込まれてソレを形作った事。
 そして一瞬の空白も無く、全身を再び霊気で纏い直した事とが。

「それが盾……サイキックソーサーと言ったか……なのかい?」

「そうですけど」

 見ただけで密度の高さが判る。
 なるほど、これならば銃弾程度 簡単に弾くだろう。 力む事無く創り出してコレだ。 エミの霊体貫通波が効果無かったと言う話も頷ける。

 それとは別に、二人は目の前の少年に師匠が居ないと言う話も納得していた。

 GSにとって霊能は命綱でもある。
 使うべき時、使うべき場所以外で、無闇に人目に触れさせる様なモノではない。 確かに、誰かの教育の下には居なかったのだと、そう考えるのが妥当だろう。

「凄いものだねぇ」

 零れる様な神父の言葉に、横島は気を良くして続けた。

「で、これがさっき使った…」
「「霊波刀っ?!」」

 横島が栄光の手を創り出すなり、二人の声が驚きにハモる。
 ソーサーもそうだが、一般人にすら間違いなく見えるだろう程に収束された、霊気の塊が形作る一本の剣。 無意識に身に纏っている程度の霊気ではなく、霊体から引き出した霊力を絞り込んだソレは、比べ物にならないくらい強力だ。
 その技それ自体も、人の中に在っては珍しいモノ。

 頷くと、掲げ上げた剣の様なソレを、指先を開いて鉤爪の様に変化させ握り締める。

「栄光を掴む手……ハンズオブグローリーです」

 その名前に、一瞬 神父の顔が強ばった。
 渡欧していた彼にとって、その単語はどちらかと言うと邪悪な魔術道具のソレだ。

「あれ? どしたんすか?」

「い、いや、なんでもないんだ…」

 横島自身に他意は無いと見て、顔を振って苦笑する。

 人を食った様な老僧も、目の前で展開されるソレらに言葉も無い。

 師のいない自然霊能者の霊能にしては、創り出されるその過程があまりに洗練され過ぎているのだ。
 自身が、これ程の力を振るう為には、呪を唱え一定時間の集中が要る。 神父とて、聖句を唱え周囲から力を集めればソレ以上の霊的効果は創り出せるが、こんな無造作に発する事は出来まい。
 心配性で人の良い歳の離れた友人が、何を危惧していたか良く判った。

 大抵の人間は適切な指導さえすれば、十代の内は順調に霊力を伸ばせるのだ。 勿論、それなりの個体差は起こるから絶対ではないが。
 で、だ。
 問題のこの少年はと言えば、まだ12だと言う。 この歳でコレなら、一体何処まで伸びるだろう。 先は超一流と呼ばれるだろう事、間違いあるまい。
 師になれた神父が羨ましく思える程だった。

「今後、神父の下できちんと修行すれば、何人と届いた事の無い域に届くじゃろ。
 研鑽せいよ」

「えと… はい」

 苦笑いの神父に目配せされるまま、横島はそう頷いた。

 

 

 

「あ、横島のお母さん」

 夕方の商店街で、百合子を見掛けて夏子は駆け寄った。
 彼女は、相手がおばさんと呼ばれるのを好まないと知っている。 だから、面と向かっては そう呼んだりしない。
 こう言う所も、この少女を百合子が気に入っている一因だった。

「あら、夏子ちゃん。 おつかい?」

「はい。 タマネギ足らんから買うて来って」

 笑顔で頷く少女が手にした袋からは、言う通りのタマネギが顔を覗かせる。

「夏子ちゃんはいい娘やね。 うちの忠夫ときたら、ふらふらと手伝いもせんで…」

「あれ?
 横島、お母さんに早く帰れって言われてるんや、言うてましたけど?」

 折角 作ったチャンスも、その一言でふいになったのだ。
 彼の嘘は判り易いから、変だと思った。

「あぁ… ちょっとね、忠夫にお客さんが有ったんよ」

「お客さん?」

 残念だった気持ちも手伝って、常無い事に夏子は詮索する様な言葉を口にしてしまった。

「神父さんでね。 これからお世話んなるんよ、忠夫が」

 どう言う事なのか判らず、でも更に話を続けてしまう。

「この辺、教会なんてありましたっけ?」

「東京の人やからねぇ」

 反射的に返された答に、思わず首を傾げる。

「えっ?」

 そんな少女に、しまったなぁと百合子は一瞬 顔に出した。
 息子絡みの最近の状況は、彼女をして悩ませるものだったから。 つい、口に出してしまったのだ。

 とは言え、覆水は返らない。

「あのね…
 すぐに判っちゃう事なんやけど、うちの仕事の都合で急に東京に越す事になったんや」

 一瞬、落雷が鳴った気がした。
 思わず顔が強ばる。 そんな自分を、夏子はどこか他人事の様に感じていた。

「夏子ちゃんには、今まで忠夫がいっぱい迷惑掛けちゃってごめんなぁ」

「いえ、そないな事…」

 ぺこりと頭を下げる百合子に、青い顔で夏子は首を振る。

 最近、何で横島が挙動不審だったのか。 漸く原因が判ったと、そう考えながら。

 

 

 

 【つづく】

 


 

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