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『それだからおそらくは平穏な日々』

本来は「極楽先生よこし(マ)」の続きを投下するところなのですが、急にメイド成分が欲しくなったため、突発的に以前書いた「ゼロ魔」物を掲載。
もとは三分割してたのをひとつにまとめたので、少々長めです。

『それだからおそらくは平穏な日々』

 前代未聞の大規模な儀式の末、「英雄」にして「勇者」たる青年は、その遠き生まれ故郷へと帰還しようとしていた。

 「じゃあな、ルイズ。色々大変なことも多かったけど、楽しくて騒がしくて輝かしい毎日を過ごしたこちらでの生活は、悪くなかったぜ」
 「サイト兄さま……お元気で」

 *  *  *

 冷静に分析してみれば、それは些細な違いであったのだろう。
 かのハルケギニアの地において、「ゼロのルイズ」の異名で呼ばれる虚無の担い手候補の少女は、確かにトリステイン魔法学院の2年生進級時の使い魔召喚の儀式で、地球の高校生、平賀才人を召喚した。
 また、彼の左手に虚無の使い魔の証しである"ガンダールヴ"の印が刻印されたことも間違いない。
 しかし……うららかな春の日、銀色の召喚用ゲートをくぐったのは、「高校2年生に進級して間もない才人」ではなく、「高校3年生の秋の文化祭を目前にした才人」であったのだ。

 たかだか1年半の違いと侮ることなかれ。「男子三日会わざれば刮目して見よ」とはよく言ったもので、その1年半足らずの内に平賀才人と言う少年は結構な成長を遂げていたのだ。
 まず、2年生の6月、同級生でクラス委員を務める高凪春奈(彼女の詳細を知りたい方は、PS2版ゲーム『小悪魔と春風の協奏曲』を参考にされたし)から告白を受けて、晴れてふたりは恋人として付き合うようになっていた。
 春奈は、真面目で芯はしっかりしているものの、女の子らしく淑やかで優しい少女だ。黒髪ロングストレートな髪を始めとするルックスも上々、体つきも年相応に出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ、なかなかのナイスプロポーション。さらに成績も優秀……と、かなりの有望物件であったため、周囲の男共のやっかみはかなり激しかったが、それでも、才人と春奈は初々しくも微笑ましい高校生カップルとして、それなりに青春していたのだ。
 それだけに、3年生の1学期末に親の転勤に伴って春奈が外国へ行き、ふたりの間が自然消滅を迎えたときの才人の落ち込みようは、傍目にもなかなか痛々しかった。
 見かねた悪友たちが、夏休みのある日、才人を歌舞伎町のその手のお店へと連れて行き、その日彼は大人への階段を一歩昇ることとなった。幸い相手をしてくれたのが、水商売には珍しいほどスレていない、しかも情の深い大人の美人だったため、少年の初体験は、非常に恵まれたものだったとだけ言っておこう。
 初めて恋人ができ、失恋し、そして初めて"女"を知ったことによって、才人は1年半まえから見ると驚くほど大人へと成長していた。
 無論、陽気で気さくで脳天気な彼本来の性質までが変わったわけではない。ただ、マイナス面である微妙なヘタレ具合や優柔不断さに関しては、比較的改善されたのは確かだ。それに多少なりとも女心をわかる(少なくとも推察する)ことができるようになったため、2年生時に友人に頼まれて渋々入った剣道部での意外な活躍ともあいまって、じつは下級生の女の子のあいだでは「わりとポイントの高い先輩」と目されるようになっていたのである。……もっとも、それにまったく気づかないのは、いかにも才人らしいが。

 そんな18歳の平賀才人が、16歳のルイズの使い魔として召喚されたのである。
 召喚された当初こそひと悶着あったものの、「原作本編」と比べて、ルイズの無理難題やワガママに、やや精神的に大人になった才人が苦笑しながら譲るという光景が学院では多く見られるようになっていた。
 付け加えておくと、才人がスケベな点は変わっていないものの、恋人や初体験のお相手の影響か、巨乳好きの傾向に拍車がかかり、ツルペタロリ体型にはほとんど反応しなくなった。
 このため、才人……サイトとルイズの関係も、本編のように「主人と使い魔」&「対等(?)な恋人」といった趣きではなく、「じゃじゃ馬お嬢をたしなめる執事見習い」&「実は甘えん坊な妹と、優しいお兄ちゃん」といった趣きのものへと変わっていた。
 実際、本編で言うところのアルビオン行のあたりから、ふたりっきりの時はルイズはサイトを「兄さま」と呼ぶようになっていたので、これはあながち穿った見方でもなかった。

 そう、差異と言えばもうひとつ──いや、もうひとりと言うべきか。ワルド子爵に関しても大きな違いがあった。彼がレコンキスタに寝返らなかったのである。
 これに関しては詳しい理由はわからない。ただ、彼がアルビオン行のあいだ、そしてそのあとも、祖国トリステインに対して忠実にして優秀な魔法衛士隊隊長であったことは歴史が物語っている。
 最終的に彼は見事ルイズの心を射止め、またサイトにとっては得難い「年上の友人」となった。何せ、ギーシュやマリコルヌといった学院の友人たちは、サイトのことを「平民ながら頼れる兄貴分」的な目で見ていたからだ。
 部活を通じて後輩の面倒を見ることにはある程度慣れていたとはいえ、サイトとてまだまだ多感な18歳の少年だ。そのサイトにとって、ややキザな嫌いはあれど基本的には能力主義で、かつノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)を体現しようと努めるワルドは、信頼するに足る存在だった。
 また、ワルドとしても、最愛の婚約者の側にいる最強の使い魔には並ならぬ関心があったし、話してみれば年相応の稚気はあるものの、なかなか礼儀正しい好青年だという感触を得た(無論、これもサイトがある程度年上に敬意を払う習慣を身に着けていたからにほかならない)。
 とくに、水霊騎士隊が結成されてからのふたりの関係は、地球で例えると「元部活のOBで、卒業してからエリート街道まっしぐらを走っている先輩と、いまだ現役で部員のまとめに四苦八苦している後輩の主将」といったイメージが、いちばん適切かもしれない。
 騎士叙勲を受けたり、一部隊をまとめる立場に立ったことで、サイトはワルドに相談することが多くなったし、ワルドとしても頼られて悪い気はしない。
 ときにはルイズが焼き餅を焼くほど──と言っても、自分の使い魔と婚約者のどちらに焼けばいいのか、彼女自身わかっていないみたいだが──で、歳の離れたふたりの男性は親しい友人関係を構築していったのである。

 さて、ここまでの説明を聞いて、「サイトがえらく真面目になった!」と勘違いされている方もおられるかもしれない。確かに一面では当たっているが、ほとんどの部分では何ら変わっていないと言うことも付け加えておこう。
 その一例が女性関係だ。ルイズとタバサが主にサイトの嗜好の変化によって「恋愛の対象外」になった(ただし、妹分的なポジションは逆にしっかり固まったため、ある意味では双方とも幸せかもしれない)ことにより、キュルケ対シエスタの一騎討ちの様相を体するかと思われたが、サイトの好みが「淑やかで料理の上手い黒髪の女性」であったため、比較的早期にシエスタの勝利と言う形で決着がついた。
 気性・体型の両面で、アンリエッタ王女もストライクゾーンに入るのだろうが、このサイトは恋人を喪って気落ちしている女性に手を出すほど外道ではなかった。
 ワルドの裏切りがなかったとは言え、結局ウェールズは対レコンキスタ戦で華々しく散っている。ただ、旗艦をロイヤルソブリン号に突っ込ませたうえ、大量の火薬と火の魔法による自爆&炎上を試みたため、その死体の在りかがわからず、アンドバリの指輪で再利用されなかったのが救いだろうか。かのニューカッスルでウェールズと身分を越えた友誼を結んだサイトとワルドは、彼の死に涙し、その高潔なる志を継ぐことを誓った。
 あるいは、もう少しティファニアに会うのが早ければ、第二次サイト争奪戦が勃発した可能性もあるが、幸か不幸かアルビオン戦のころにはサイトは完全にシエスタに首ったけ(尻に敷かれているとも言う)であったため、命の恩人のテファに対しても「妹分のひとり」として対処せざるを得なかった。 

 ともあれ、細かい違いはあれど、歴史の大局は変わらず、無能王ジョセフの張り巡らせた陰謀の糸を、サイトとルイズ、そして彼らの仲間達は協力して断ち切ることに東奔西走させられることとなった。
 そしてそれが終わったあとも、ロマリア&風石の騒動、さらにはエルフとヴァリヤーグ対策に駆り出されるハメになったのである。

 しかしながら、ようやく訪れた平和な日々の中、ルイズはついに「送還の魔法」を見つけた──見つけてしまったのだ。
 サイトを個人的に知る者に限れば、その大半がニホンへの帰還には反対していた。彼らにとって、サイトはかけがえのない友人で大事な恩人で、あるいはそれ以上の存在であったからだ。
 逆に、サイトを「ガンダールヴ」、「イーヴァルディの勇者の再来」と認識する、マザリーニ卿のような存在は、できれば彼を帰還させたがった。「伝説」は乱世に於いてこそその真価を発揮するが、治世に於いてはむしろ害の方が大きい……と見たのである。
 サイト自身としても悩みどころだった。いかに数年をトリステインで過ごしたとは言え、この世界は本来自分のいるべき場所ではない。反面、親しい友達や愛しい恋人もでき、貴族として小なりとは言え領地をもらい、あるいは恋人の曾祖父と同様このままここで骨を埋めるのもアリか……と覚悟を決めかけていたのだから。
 結局のところ、彼の恋人の──正確には騎士叙勲を受けた時、いくつかの面倒事を回避するため「許婚」となった──少女の、「サイトさんは、故郷に帰りたいとは思いませんか?」と言う質問が契機となって、「日本に帰る」という決断を下したのだが。

 そして、今まさに送還の儀式は終焉を迎えようとしていた。

 「キュルケ、コルベール先生と仲良くな。
  タバサ、お母さんをしっかり支えてやれよ。
  ギーシュ、あんまり浮気しないでモンモンを大事にしろよ。
  姫様、せっかく戴いた領地や地位のこと、放り出す形になってすみません。
  ワルドさん、ルイズのこと、頼みました。
  テファ、大丈夫。ここなら、お前をみんな大事にしてくれるさ」

 お世話になった人たちに次々別れの言葉を述べるサイト。声をかけられた者たちも、悲しみを湛えつつも、彼の残した言葉に頷き、あるいは了承の返事を返す。
 そして……。

 「サイトさん……」
 「シエスタ……」
 すでに魔法陣の中にいる彼に、最愛の少女が歩み寄った。
 「ヘン、ですね。いっぱいお話ししたいことがあったはずなのに、今になって何にも浮かんで来ません」
 「うん。俺もだよ」

 互いの目に浮かんだ涙は、敢えて見ないフリをする。
 ──そうしないと、引き止めてしまうから。
 ──そうしなければ、抱き寄せてしまうだろうから。  

 「これ、私が作った手編みのマフラーです」
 「ありがとう。一生大事にするよ」
 ごく当たり前の恋人同士のような慎ましく微笑ましい会話……それが二度と会えない者どうしだとは到底思えないほど。

 しかし時は、無情にも針を進める。
 「あっ……」
 サイトを取り巻くほのかな光が輝きを増す。魔法陣が本格的に稼動し始めたのだ。
 みるみる強くなる光の中、サイトがシエスタに向かって何か話しかけるが、すでに音はほとんど聞こえない。
 「サイトさーーーーーん!」
 だが、彼の唇の動きから言葉を察したのだろう。「ア・イ・シ・テ・ル」というその言葉に抑えきれなくなった感情のままに、シエスタはサイトの方へと駆け寄る。

 ──ギュイーーーーーン!!!

 音とも振動ともつかない衝撃と光の乱舞とともに、送還の儀式は終了した。

 *  *  *

 (クソッ、俺は何てバカなんだ!)

 儀式によって開いた「扉」から異空間に飛ばされながら、サイトは今になって後悔していた。
 たとえ2度と日本に戻れなくたって、恋人──シエスタのいる世界のほうが、自分にとってずっと意味があるではないか。
 あるいは仮に日本に戻るにしても、シエスタの方を連れていくと言う方法も考えられたはずだ。無論、本人の同意がいるし、ルイズにかかる負担も軽くはないだろうが、それでも試してみる価値はあった。

 (畜生、畜生、畜生!)

 他ならぬ自分自身に罵声を浴びせながら、サイト……いや、才人の身体は、かつてハルケギニアに来た時と異なり、ひとりでに異空間内を進んでいく。

 だから彼は気づかなかった。
 儀式の最後の瞬間に、最愛の女性が魔法陣に飛び込んだこと。そして、そのことによって、送還の儀式が微妙にねじ曲げられてしまったことに。

 視界の先に、見覚えのある出口が見えたかと思うと、次の瞬間、才人はそこに吸い込まれていた。
 一瞬、視界がホワイトアウトしたが、程なく回復して見えるようになる。
 彼の視界が戻った時、周囲に広がっていたのは、懐かしい東京の町並み……などではなく。

 「あのぅ……どなたですか?」
 見慣れたトリステイン魔法学院の制服を着た、記憶にあるよりやや幼い最愛の女性の姿だった。

 *  *  *

 「あのぅ……どなたですか?」
 そう口にしながらも、私には目の前の少年が誰なのか、なぜだかわかっていた。

 明るくて優しくて側にいるだけで元気になれる男の子。
 ちょっとスケベでだらしないけれど……でも、ここ一番という時には、颯爽と現れて私を、私達を守ってくれる、私の勇者様。
 私を好きだと言ってくれた。私にキスしてくれた。私の最愛の男性。

 (その人の名は……サイト。そう、ヒラガ・サイトさん!!)

 その名前を思い出すとともに、頭の中に数々の思い出が甦る。
 学院の寮での出会い。貴族の少年……ギーシュから庇ってくれた時のこと。初めてのデート。タルブ村への小旅行。戦争に行って帰って来なかった時の胸の張り裂けそうな悲しみ。彼が生きているとわかったときの驚きと喜び。シュヴァリエの叙勲を受けると聞いたときのちょっと割り切れない寂しさ。そしてその直後に受けたプロポーズでの感動……。
 と、そこまで「思い出し」て、私はふと違和感を感じた。

 (私は……私は、一体、誰?)

 ──私はシエスタ。タルブ村出身の平民で元トリステイン魔法学院のメイド。その後、サイトさん専属のメイドになり、現在では、彼の……ふぃ、フィアンセということになっている女性。

 ──私はシエスタ。シエスタ・ソメイヨシノ・ル・ササキ・ド・タルブ。タルブ侯爵家の長女にして、現在はトリステイン魔法学院に通う学生。

 2通りの答えが脳裏に浮かび上がって来る。周囲の状況から判断すれば後者の方が正しいはずなのに、サイトさんとの思い出のことを考えると、どうしても前者の記憶も捨てきれない。これはいったい……。

 ──あ! いけない。
 考え込むのはあと。不審げな表情で私達を見つめているコルベール先生や学院のクラスメイトたち、それに呆気にとられたような表情のサイトさんを納得させるためにも、この場でひとつやっておかなければいけないことがあるわ。
 「我が名はシエスタ・ソメイヨシノ・ル・ササキ・ド・タルブ。五つの力を司るペンタゴン。かの者に祝福を与え、我が使い魔となせ」
 詠唱とともに、そっとサイトさんに口づける。

 (やだ、私の方からサイトさんにキスするのって久しぶりかも。何だかちょっと恥ずかしい……)

 そんな想いが浮かんできたが、あえて無視して、儀式に集中する。
 「お、おい、シエスタ、これはいったい……ぐわっ!」
 何か言いかけたサイトさんだったけど、突如左手を押さえて呻く。
 しばらくして、何とか呼吸を整えた彼の左手には、私──「もうひとりの私」には見慣れた、あの刻印が浮かんでいた。
 「コントラクトサーヴァントの儀式は成功しました。その……」
 もじもじと、ちょっとだけ言い淀む。
 「ふ、不束者ですが、以後よろしくお願いしますね、サイトさん♪」

 *  *  *

 サイトもよく知る使い魔召喚の儀式のあと、何やかやと理由をつけて授業を自主休講したシエスタに連れられ、彼女の部屋へと同行したサイトは、そこで彼女から信じ難い話を聞かされることとなった。

 見慣れたメイド服ではなく学院の制服こそ着ているが、どう見ても17歳のころのシエスタにしか見えない目の前の少女によれば、どうやらここは"あの"ハルケギニアとよく似ているが別の世界らしいのだ。
 なぜ、そういうことがわかるかと言えば、彼女の中には、「あちら」の世界でメイドのシエスタとして暮らした記憶があるかららしい。同時に、こちらで一貴族の少女シエスタとして生きて来た記憶もあるのが、自分でも不思議らしいが……。
 ちなみに、彼女は、あちらで最後に魔法陣に飛び込んだところまで憶えていた。

 「タイムトラベルのジレンマか……」
 ふと、かつて地球で当時の恋人と見た映画と、その後の会話を思い出して、サイトが呟く。
 「何ですか、それは?」
 「いや、地球にいたころの映画……まぁ、お芝居みたいなものにあった話なんだけどな」
 もしもタイムトラベルが可能だとしても、過去の、或いは未来の自分と会った時、人はどうなるのだろうか……と言う議論だ。
 その映画では、同一の存在が同じ世界に居ることを世界自身が拒み、タイムトラベルした瞬間、その時間帯にいる自分にトラベルした方が吸収同化されてしまう……という解釈だった。
 映画館を出たあと、喫茶店で春奈と会話している時に出た結論は、「そんなバカなことがあるはずない」だったが、時間と異世界という違いはあるにせよ、よく似たケースの実例を目の当たりにするとは思わなかった。

 「つまり、今の私は、「あちら」のシエスタが「こちら」のシエスタに吸収同化された存在だって、サイトさんは言いたいんですね?」
 元々聡明な娘だったが、貴族として十分な英才教育を受けているためか、こちらのシエスタは頭の回転も非常に速いようだ。

 「こんなことになってしまってすまない」と謝るサイトを制してシエスタは言う。
 「いいんです。むしろ、「私」があのとき飛び出したことで、サイトさんは元の世界に帰れなくなっちゃったんですから、怒ったっていいんですよ?」
 「ばか、そんな風に思うわけないだろ! 俺も最後の瞬間にわかったんだ。たとえ二度と日本に帰れなくても、俺、シエスタとずっと一緒にいたい!」
 「さ、サイトさん……」
 あまりにストレートな愛の告白を受けて、シエスタは感動のあまり涙ぐんでいる。
 「それなら問題ありません。私だって、あの時、サイトさんについて行くつもりだったんですから」
 まだすまさそうにしているサイトの想いを断ち切るべく、あえてシエスタは微笑って見せる。
 彼女自身とて完全に割り切れたわけではないが、一番大事なのは彼が自分の隣りにいて、抱き締めてくれること。それが叶うのなら、多少の厄介事くらい喜んで背負うつもりだ。

 「──それより今後の事について話し合いましょう。こちらの私の記憶によると、この世界ってあちらと似ているようで細かい部分に関して、結構違いがあるみたいですから」
 「それだよ! いったいどうしてシエスタがこの学院に学生としているんだ?」
 「いえ、だって私、貴族ですから」

 シエスタの口から、本人にとっては自明の、サイトにとっては驚愕の事実が明かされる。
 彼女の説明によれば、こうだ。

 彼女の曽祖父、佐々木武雄海軍少尉が、零戦に乗ってこの世界に迷い込んだところまでは、あちらと一緒らしい。ただ、その時、国内巡幸中だった当時のトリステイン皇太子(のちに国王に即位)の命を彼が救ったことで、歴史の流れがあちらとは大きく異なる方向に動きだす。
 何でも、敵国と密かに通じた反皇太子派貴族の陰謀によって、供の少なくなった隙をつかれてワイバーンの急襲を受けた皇太子の命は風前の灯火だったらしい。無論、年若い皇太子もラインクラスのメイジではあったのだが、あいにく系統は水オンリーで攻撃力に欠け、ジリ貧状態に陥っていたのだ。
 空からの鮮やかな急襲でワイバーンを葬ったシエスタの祖父は、皇太子の命の恩人として手厚く王室に保護された。
 その後の零戦の調査や彼自身の証言から、彼が異世界か、少なくとも未踏の地から来たことは証明されたのだが、佐々木少尉としてはいずれにしても帰る方策がわからなければ行き場に困るだけだ。
 皇太子の口添えもあり、また少尉自身も兵学校で近代教育を受けた将校であり、その立ち居振る舞いも異国風ながら上品で立派なものと、周囲に好意的に受け入れられたため、報奨としての彼への男爵位の授与は、予想以上にスムーズに進んだ。
 これによって、佐々木武雄はタケオ・バロン・ド・ササキとして、辺境の村タルブとその周辺を治めることとなったのだ。

 ササキ男爵はもちろん魔法は使えなかったものの、故国では北辰一刀流剣術を修めた剣術家であり、少なくともラインクラスまでのメイジなら1対1で対峙してもヒケはとらないほどの腕前だった。
 さらに士官教育を受けていたため、基本的な戦略・戦術についてもきちんと心得ている。現に、新米貴族をナメた盗賊団の襲撃を、5回にわたり自ら兵士を率いて先頭に立ち、撃退したほどだ。最後には、鮮やかな彼の手並みに心酔した盗賊団(といっても侠客に近い存在だったらしい)の首魁が、手勢を率いて自分から傘下に加わり、騒動は納まった。
 同時に、彼は──あたりまえだが──いわゆる「トリステイン貴族」らしくない領主でもあった。やや大きめで、それほど貧しくはない……といった程度のタルブ村で、開墾・開拓や農業改革を押し進め(これが実行できた点から見ると、彼は日本にいた頃は地方の地主の出身だったのかもしれない)て次々と成功し、瞬く間に村は大きく豊かになって行った。
 そういう富裕な地を略奪しようと狙う輩が出てきそうなものだが、前述のとおり周辺の主立った盗賊団は壊滅していたし、それ以外のポッと出の悪党など、今や男爵の配下で精鋭軍隊となった、かつての彼らの同業者達にかかれば、制圧するのはたやすいことだった。

 さらに、年若い(どうやらミドルティーンくらいの年齢だったらしい)皇太子は命の恩人であるササキ男爵に懐き、たびたび私的な友人として彼を宮廷に招いた。当初は、珍しい異国の話を聞くためだけだったはずのそれは、皇太子が成長するにつれて、数々の懸案に対する彼の意見を聞くためのものとなっていく。
 また、王族にしては珍しく魔法の才があまりなかった皇太子は、タケオの振るう剣術に興味を示した。懇願の末、彼を剣の師と仰ぐことになった少年は、元から素質があったのと、成長期と言うこともあいまってめきめき腕前を上げ、心身共に逞しく成長していく。
 タケオはたとえ相手が皇太子であろうと、剣の稽古に関しては決して手を抜かず、厳しかったが、それがまた、ほとんど他人から叱責されたことのない皇太子には新鮮な喜びだったようだ。身分の差を越えて、兄に対するような親しみと敬意を抱くようになっていったのである。

 もっとも、将来の国王とポッと出の異国人の接近を快く思わない勢力は当然存在する。タケオ男爵は王宮では極力如才なく振る舞い、敵を作らないように努めてはいたが、彼らにしてみれば、タケオがどんな人物であれ、権力のすぐそばに居ること自体が気に食わないのであるから仕方がない。
 そういった勢力の首魁が、その時代のヴァリエール公爵だった。「あちら」の世界の後年の当主と異なり、この人物は控えめに言っても自信過剰、率直に言えば自尊心が高いだけの無能な人物だった。度重なる嫌がらせにタケオが屈しないことに業を煮やした彼は、国の高官の地位にありながら、他国の誘いに乗って、彼を暗殺しようとしたのである。
 しかも──これは公爵も意図していなかったのだが──運悪くその場には、お忍びで訪れていた皇太子も居合わせたのだ。幸いタケオの剣の腕に加え、彼の一番弟子として十分に成長していた皇太子自身の奮戦もあって、ふたりは無事に切り抜けられたが、王子の護衛の何人かは負傷し、内ひとりは手当ての甲斐なく息を引き取った。
 この暴挙には、タケオは勿論、それ以上に皇太子が憤った。自らの身が危険にさらされたからだけではない。死んだ若い護衛は、皇太子と同様にタケオ男爵に剣の手ほどきを受けていた、言わば弟弟子とも言える存在で、皇太子も弟のように目をかけて可愛がっていたからだ。
 ある意味私怨なのだが、王政国家に於いて、王族が大義名分をもって行動する際は、私怨であってもそれなりに許容される(その悪い例があちらのアンリエッタによるアルビオン戦なわけだが)。下手人とその黒幕への追求は厳しく、また実は気の小さいヴァリエール公爵が焦って余計な動きをしたため、程なく犯人として公爵の名前が判明した。
 いくつかの物証もつきつけられ、逃れられないと判断した公爵は、潔く自らの罪を認めたが、さすがに遅過ぎる判断だった。本来なら死刑とお家断絶は免れないのだが、その地位を鑑みて、公爵本人は無期懲役。ヴァリエール家からは爵位を剥奪し、貴族としては最下級のシュヴァリエに落とすことで、かろうじてかの一族は命脈を繋ぐこととなった。

 王家にも連なる大貴族であった公爵が転落したのと反対に、ササキ男爵への巷間、そして王宮での評判はうなぎ登りだった。反対派も公爵への断固たる処罰を見ては二の足を踏まざるを得ず、また若手の中小貴族達は、タケオの礼儀正しくかつ質実剛健な気風に共感する者も多かったのだ。
 実際、男爵の献策によって為された政治改革の大半が、一定以上の業績を上げていた。
 タルブ領で行われているものを参考にした農業改革により、農産物の生産量は飛躍的に増大した。平民や没落貴族を組織した準騎士とも言える「剣士隊」を組織することで、軍事力も向上(無論、その教育にはタケオが当たった)。独立資金のない若い職人を集め、大規模な工場を作り、そこで生産に当たらせる方策も、結果的に成功した。
 ほかにも、また、各地に平民用の学校を作ること。貴族の子弟が成人した際、強制的に最低1年間は親元を離れて軍務につくこと。水運業の振興……などなど、数え上げればキリがない。

 このように国が豊かになると、当然周辺国からのちょっかいがあるものだ。当時も大戦争こそなかったものの、小競り合いは頻発したらしい。その大半に、タケオ男爵は自らの手勢と、設立間もない剣士隊を率いて参戦し、1度たりとも敗走することはなかった。
 いくつもの政治業績や軍功を鑑みて、最終的にササキ男爵は晩年伯爵にまでその身分を上げることになる。もっとも、彼自身は終生決して奢らず、自他共に厳しくも、素朴な思いやりに溢れた、大和男児の鑑を絵に描いたような人物であったとか。男爵時代に、身分を失っていた元貴族の女性を妻に娶り、1男2女に恵まれ、家庭的にも相応に幸福だったようだ。
 そして、彼の子や孫も彼の教えを代々受け継ぎ、男は強く逞しく、女は淑やかで慎ましく、そして男女いずれであっても優しさと誇りを忘れずに生きるよう、教育されているらしい。その教えに忠実なササキ家の人間は、王宮でも非常に重用され、シエスタの父の代で、ついには侯爵の地位にまで昇進したそうだ。

 「……と、まぁ、大体こんな経緯で、私の実家は、いま貴族の位を持っているんです」
 少々長話になってしまってすみません、と謝るシエスタに、気にすることはないと手をふりながらも、サイトは溜め息をついた。
 「いやぁ、しかし、こういう言い方が適切なのかわかんないけど……人生って、色々あるもんなんだなぁ」
 「フフフ、そうですね。私もそう思います」
 曽祖父はもうずっと小さい頃に亡くなったんですけど、私にとってはいいおじいちゃんでした、と懐かしそうな目をするシエスタ。

 一息入れましょうとシエスタが手ずからお茶を入れてくれる。
 「んまい! 相変わらずシエスタの入れてくれたお茶はサイコーだぜ」
 あれ? でも、こっちのシエスタって貴族のご令嬢なんじゃあ……と考え込んだものの、「あちら」の記憶のおかげかと納得するサイト。
 「もう、違いますよぅ! こっちの私だって、何もできない箱入り娘ってわけじゃないんですからね」
 サイトの思考が表情に出ていたのだろう。シエスタが可愛くふくれてみせる。
 「先程もお話ししたでしょう? ウチの実家は質実剛健と自活をモットーにしてるんですから」
 何でも、「女は良妻賢母たるべし」と言うタケオ老の方針により、こちらのシエスタも、料理や裁縫、洗濯といったひととおりの家事はこなせるらしい。この学院でも、たまに厨房に出入りして、マルトー氏に頼み込んで、お茶会用のお菓子を自分で作らせてもらっているのだとか。

 「それを聞いて安心したよ。やっぱりシエスタはシエスタなんだな」
 「あ、でも、逆に魔法の実技はあんまり得意じゃないんです。一応、水のドットメイジには認定されているんですけど……」
 彼女の容姿は「あちら」にいたころと変わらず、艶やかな黒髪の大和撫子風だが、祖父の代からメイジの血が混じったことで、彼女もメイジとしての才を持って生まれたらしい。

 「へぇ……じゃあ、ふたつ名は何て言うんだ?」
 好奇心から聞いてみたサイトだが、シエスタは顔を赤らめた。
 「笑わないでくださいよ? その…………「湧泉のシエスタ」、です」
 (ゆうせん? ……ああ、泉の湧き水ってことか)
 シエスタらしい温和で愛らしい渾名じゃないか、と微笑ましい気持ちになるサイト。 
 「えーと……その、わ、私のことはこれくらいで。それで、学院の人々なんですけど」
 ニコニコと温かい目で見つめているサイトの視線に気恥ずかしくなったのか、話題の転換をはかるシエスタ。

 「まずは、あちらでヴァリエール公爵令嬢だったルイズさん。先程も言いましたけど、彼女の家は曽祖父の代にシュヴァリエに落とされているんです」
 一応、現在も家系そのものは存続しているらしいが、ルイズの父は長男なのになぜか家を継がなかったらしく、現在では平民同然の生活をしているらしい。
 「じゃあ、ルイズは今、この学園にいないのか……」
 あちらでの自分の主人であり、同時に妹分でもあった少女と、こちらでは会えないのか……と、ちょっと落胆する。我が侭を言って困らせられたこともあるが、サイト自身としては、あの実は甘えん坊で寂しがり屋な女の子を、決して嫌いではなかったからだ。
 「いえ、それがですね……」

 ──トントン!

 「シエスタさん、失礼しまーーす」

 聞き覚えのある声とともに、扉が開かれる。
 そこには、ティーポットとカップの乗ったお盆を両手に持ち、学院お仕着せのメイド服に身を包んだ、桃色の髪の少女が立っていた。

 *  *  *

 何なのだろう、この男は?
 突然、ミス・タルブ(ふたりきりの時には、友人として名前を呼んで欲しいと言われているけど)の側に現れた、奇妙な格好をしたこの少年……というか青年と言うべきか迷う年頃の男性。異国の出身かもしれないけれど、たぶんわたしと同じく平民。
 いえ、わたしの祖父はシュヴァリエだったから、厳密には私も平民じゃないのかもしれないけれど。
 でも、貴族だなんて自称するのもおこがましい。シュヴァリエは、本来は軍功をたてた貴族や、特別に大きな功績のあった平民に授与される騎士の称号だ。たとえ元は平民であっても、この称号を得れば名目上、貴族として遇されることになる。
 けれど、わたしの家は違う。むしろこれは罪の証。かつて、私からみて曽祖父に当たる人物が、公爵という地位にありながら国家的な大逆罪を企てて、温情から死刑を免れ、代わりに爵位を没収された。かろうじて、貴族の地位に留まるためだけにお情けで与えられたのがこのシュヴァリエの称号だったというだけの話。
 実際、現在シュヴァリエとしての責務を果たしているのはわたしの父ではなく、叔父にあたる人物だ。父も軍務についてはいるが、士官としてではなく他の没落貴族と同様一兵卒としてに過ぎない。気の強い上の姉は、その魔法の腕を買われてアカデミーの下働きとして働いているし、あまり身体の強くない下の姉は、それでも体調のいいときは町で平民相手のちょっとした錬金や治療を行う便利屋を開いている。
 そしてわたしは……何もできなかった。爵位を失って3代にしてついにメイジとしての素養も失われつつあるらしい。父も姉ふたりもトライアングルクラスの使い手だと言うのに、わたしは簡単なコモンマジックさえ成功させることができなかった。
 自分に魔法的な才能がゼロだと知った時はさすがにちょっとショックだったが、泣いて暮らしていたってお腹が膨れるわけでもない。父も寄る年波で引退を考えているようだし、とりあえず働き口を見つけなければいけなかった。
 幸い姉のツテでこの学院にメイドとして就職することができた。短気で手先もあまり器用ではなわたしにとって向いている仕事とは言えないかもしれないが、お給金は同様の仕事に比べて破格にいいのだ。背に腹は変えられない。
 そうして、勤め始めて1ヵ月、ここの古株メイドに叱られつつも何とか仕事を憶えようと四苦八苦していたころ、わたしはミス・タルブと出会ったのだ。

 最初、彼女に含むところが全然なかったか、と聞かれてYESと答えれば嘘になるだろう。わたしの家が没落したのはある意味自業自得だが、その遠因となったタルブ侯爵家(当時は男爵だったらしいが)の人間を前にして、まったく逆恨みせずにいられるか……と言われると、ちょっと自信がない。
 けれど、そんなわたしのちっぽけなこだわりをあっさり吹き飛ばしてしまうほど、ミス・タルブは素晴らしい女性だった。
 肩までの長さで切り揃えられたエキゾチックな黒髪。
 どんな手入れをしているのか問い詰めたくなるほどきめ細やかな肌。
 やや幼児体型のわたしとしてはうらやましくて仕方がない、大きな胸を始めとする絶妙なプロポーション。
 外見だけではない。むしろ、内面のほうがより彼女の魅力を端的に表していると言えるだろう。つねに淑やかで控えめながら、悪いことは悪い、嫌なことは嫌とハッキリ言う芯の強さも備えている。王に重用されている侯爵家の娘でありながら、少しも奢り高ぶることなく、同級生はおろかわたしたちのような使用人に対してもやさしく丁寧な態度で接してくださるのだ。
 学院での成績もそれなりに優秀らしい。魔法の実技に関してはあいにくドット止まりらしいが、それでも癒しの魔法や薬作りにはかなり高い適性を示すと言う噂だ。
 男性心理に疎いわたしでさえも、「彼女のような女性をお嫁さんにできたら幸せだろうなぁ」と容易に想像がつく。そんな良妻賢母候補生を絵に描いたような少女だった。
 いわゆるパーフェクトな優等生と言うのとはちょっと違って、少々ドジなところやあわてんぼうなところもあるけど、そのぶん男女問わず親しまれ、人気があるようだ。
 もちろん、この場では一介のメイドに過ぎないわたしにも、とても親切に接してくださる。ちょっとしたアクシデントがあって、わたしが貴族のイケ好かないボンボンにいじめられそうになった時も、彼女に庇っていただいたおかげで事なきを得られたのだ。
 それがきっかけで、少しずつ親しくなり、いまでは身分を越えた「お友達」としてお付き合いさせていただいている。
 ミス・タルブにコツを教えていただいたおかげで(信じがたいことに、大貴族の令嬢であるはずの彼女の方が、わたしよりずっと家事が上手いし、物知りなのだ!)、わたしのメイドとしての技量もそれなりには上達し、古株メイドからお小言を喰う機会も格段に減った。
 そして、毎晩とくにほかの用事がない夜は、彼女の部屋でちょっとしたお茶会をするのが、最近の通例となっていたのだけれど……。

 ……と、ここでようやく最初の疑問に辿りつくわけだ。
 「こいつ、いったい誰?」と。

 本来なら、部屋の主であるミス・タルブ──シエスタさんがとくに異論を示していない以上、部外者であるわたしは放っておくべきなのかもしれない。でも、人の良いシエスタさんのことだから、言葉巧みに取り入るこの男に騙されているのかも……。
 いけない! メイドの職分を越えた行為かもしれないけれど、「友達」としては、万難を排してでもシエスタさんを護らないと!!

 わたしはおもむろに手に持ったトレイを床に置き(し、しかたないでしょ! 壊したら弁償なんだから)、シエスタさんの方にニッコリ微笑みかけると、次の瞬間、男に向かって……思い切り飛び蹴りをくらわせた!
 「シエスタさんから、離れなさい、このエロ犬!!」

 ──ドグワシャッッッッ!!!

 ポカーンと口を開けてわたしの方を見つめたまま固まっていた男は、わたしの突然の攻撃を避けきれず、部屋の壁までふっ飛ばされた。
 フッ、悪は滅びたわ。

 「きゃぁーーーっ、サイトさん、大丈夫ですか? しっっかりしてくださーい!!」
 ……あら?

 「え、えーと、ミス・タルブ、その男は……」
 「午後の使い魔の儀式で召喚した方です」
 あちゃあ……そう言えば、メイド仲間の噂で、「ミス・タルブが珍しい使い魔と契約したらしい」とか言ってたわね。
 意識が朦朧としている使い魔の男性の頭を、シエスタさんは膝の上に抱き上げて、揺すったり頬をペチペチしたりしている。
 幸い……と言うべきか、男性もけっこう身体は鍛えてあったらしく、特にケガらしいケガもしておらず、すぐに意識を取り戻した。

 「すみません、わたしの早とちりでした」
 「過ちを犯したときには、できる限りすぐに謝罪しろ」と言うのが我が家の家訓だ。「そうすれば最悪の事態だけは免れることができるから」らしい。たぶん、例の大逆事件のあとに出来た教訓なのだろう。どうにもパッとしない話だけど、ある意味一理あるので、わたしも素直にシエスタさんに頭を下げる。
 ……えっ? 謝るなら男の方だろうって? ん~、どうしてか知らないけど、コイツは多少の折檻程度じゃこたえない気がするのよねー。何でかしら?

 それにしても、今日の午後召喚したばかりにしては、何だかとっても親密じゃありません、ミス・タルブ? 今だって、復活した男性の傍らに寄り添って、手なんか握ってますし。
 「え、ええ。実は以前からよく知っていた男性ですし……」
 ええっ!? サモン・サーヴァントで、知り合いを召喚したと言うのだろうか。魔法の勉強は途中でやめてしまったから詳しくは知らないけど、人間が使い魔だと言うだけで異例の話なのに、それが知人だなんて……。

 「……それに、サイトさんは、結婚の約束もした私の最愛の男性ですから♪」
 「お、おい、シエスタ、今そんなことバラさなくても……」
 「あら、お嫌なんですか、サイトさん。そうですよねー、サイトさんモテますもんねー。私とのことは所詮一時の遊びだったんですよね」
 「バカ、そんなワケあるか。俺はいつだってシエスタ一筋だ」
 「サイトさん……」
 「シエスタ……」
 目の前でふたりがバカップルな光景を繰り広げているけど、わたしはあまりの急展開についていけず、呆然としているだけだった。

 *  *  *

 (まさか、あのルイズから真空飛び蹴りをくらうなんてなー)

 「本来の歴史」では踏まれたり、乗馬鞭で叩かれたりと散々な目にあっているサイトだが、このサイトはあちらの世界でのルイズとの関係が比較的穏当なものであったため、今回のキックはかなり衝撃的だったようだ。
 それに加えて、ある意味、シエスタの学院制服姿以上にインパクトの大きい、ルイズのメイド姿を目にしたサイトは、もはや何を見ても聞いても驚かないぞと覚悟を決めていた。

 とはいえ、思わぬサプライズに、これ以上神経を酷使されるのも勘弁願いたい。
 ルイズも加えた3人での深夜のお茶会を何とか無難にやり過ごした後、サイトは改めて、あちらの世界で親しかった人々の、こちらでの消息と人となりを聞いてみることにした。

 まずは、あちらのルイズのライバルにして悪友とでも言うべきキュルケ。
 「ああ、ミス・ツェルプストー……キュルケさんは、ちゃんとこの学院の同級生ですよ。見た目も性格もほとんど変わってません」
 そうシエスタから聞かされて、ホッとするサイト。
 「ただし……すでに、いまの時点でコルベール先生にお熱なんです」
 何でも入学直後に、とある事件でコルベールの実力を目にして以来、ずっと彼に首ったけらしい。
 「意外……と言っては失礼ですけど、あのミス・ツェルプストーを知っている身としては、男性からの交際の申し込みをすべて断る様子は、ちょっと違和感ありますね」
 服装も、コルベール先生の指示か多少おとなしめのものに変わってますし……と、サイトの方を意味ありげに見る。
 「残念でしたねーサイトさん。キュルケさんのあの大きなオッパイがチラ見できなくて」
 「な、なななんば言うとですか、わてはシエスタひとすじじゃきに!」
 焦ってヘンな言葉使いになるサイトの様子に、クスクス笑いながらシエスタは説明を続ける。
 「それとあちらのルイズさんと違って……いえ、アレはアレでケンカするほど仲がいいんでしょうけれど……とにかく私、こちらのキュルケさんとは、けっこう親しくさせてもらってるんですよ」
 まあ、シエスタの性格なら、あのキュルケともそれなりに上手くやれることは想像の範囲内だ。

 「そしてタバサ……シャルロットさんですが、この学院にいることは確かなんですけど……。実は、つい先日入学してきて、1学年下に在籍してます」
「まあ、タバサの年齢を考えると、それも妥当か」
 安心して頷くサイトだが、次のシエスタの言葉に吹き出した。
 「でも、代わりに……と言うのも変ですけど、彼女の従姉であるイザベラさんが私たちの同級生にいますよ」
 「ちょっ、イザベラってあのワガママタカビー娘だろ? 確かガリアの王女なんじゃなかったっけか?」
 「ええ、そのようですね。ただ、周囲にはそのことを秘密にされてるみたいですけど」
 私もあちらの記憶があるからこそ今気づいたんですけど……と、続ける。
 「ただ、性格はおふたりとも随分変わってますね。シャルロットさんは、それなりに明るいですし、イザベラさんも確かに気は強いですけど、従妹や後輩なんかの面倒見はいい、好感の持てる女性ですし」
 「……」
 正直、「明るく元気なタバサ」や「姐御肌で気っ風のいいイザベラ」なんてのは、完全にサイトの想像力の範囲外だ。
 「外は眩しいサンシャーイン♪」なんて歌いながらクルクル回っているタバサのイメージを慌てて脳裏から放り出すと、サイトは別の人物について聞いた。
 「ところで、ふたりの仲がいいってことは、ガリアでオルレアン公は健在ってことなのか?」
 「ええ、現在のジョゼフ王陛下は、別名「道楽王」とも呼ばれているほど、政治より文化や娯楽面の振興に力を注いでいる方ですが、それを弟であるオルレアン公がよく補佐されているとの噂ですよ」
 あちらの一連の悲劇の引き金となったのが、ジョゼフ自身による弟の殺害であったことを、今のサイトは理解していた。その原因となる事件が起こっていないのは、めでたいと素直に喜ぶべきなのだろう。

 「そうそう、王族と言えば、アンリエッタ王女なんだけど、もしかしてシエスタの……?」
 「はい、幼少の頃から親しくさせて戴いてます」
 成る程、やはりこういう面ではあちらのルイズのポジションにシエスタがいるらしい。
 「あちらのアンリエッタ王女殿下のことは、私はそれほど詳しくなかったのですが、少なくとも私の知る限りでは、ほとんど変わってないと思います。清楚で優雅で、美しく慎み深い、すばらしい女性ですよ」
 実のところ、このシエスタの説明には、多少誤解がある。幼少の頃から、シエスタを始めとするタルブ侯爵家の女性と親しく接していた(そもそも、アンリエッタの乳母からして、シエスタの叔母だ)アンリエッタも、自然と感化されて、本編よりも淑やかで貞淑な女性へと成長していたのだから。
 「あ、でも、現在はアルビオンのウェールズ王子と婚約されてますから、サイトさん、手を出しちゃダメですよ?」
 「出さないっつーの。と言うか、下手したら不敬罪でお縄じゃん」
 サイトは冷や汗をかくが、別の時空の自分がやらかした一連の不敬罪物の行動をもし知ったら、どんな顔をするのだろう?

 「コルベール先生とかオスマン学院長は?」
 「ん~~と、コルベール先生と学院長に関しては、本人はとくに変わりはありませんね。ただし、コルベール先生はキュルケさんから熱烈アタックを受けてますし、学院長は秘書の方にセクハラしようとして、いつも上手にかわされて叱られてるみたいですけどね」
 「? オスマン学院長の秘書って、もしかしてミス・ロングビルこと土くれのフーケじゃないのか?」
 サイトが挙げたあちらで何かと因縁のあった女メイジの名前に、シエスタは首を横に振る。
 「いいえ、彼女とは別人です。先日着任した秘書の方も女性ですけど、「ミス・ブリタニカ」と名乗っておられます」
 もっとも……と、シエスタは付け加える。
 「こちらでのいくつかの不審な点と、あちらでの記憶を擦り合わせた今となっては、おおよそ私にはその正体が見当つきましたけれど」
 「な、なんだってー!?」
 つい地球で愛読していたマンガのノリで大げさに驚いてしまう。
 「ヒントその1。いま学院には、シャルロットさんとイザベラさんのおふたりが在籍しています」
 「??」
 「ヒントその2。お父さんはとっても心配性みたいです」
 「! ガリア王から派遣された監視役……って、まさか、あのシェフィールドとか言う使い魔か!?」
 あちらで散々サイトたちを苦しめたミョズニトニルンの女性の名に思い至る。
 「ええ、私はそのシェフィールドさんの顔を知らないので断言できませんけど、シャルロットさんたちの近くでよく見かけることと言い、妙にマジックアイテムの扱いに長けていることと言い、可能性は高いと思いますよ」

 「なんてこった……」
 頭を抱えたサイトを、シエスタが励ます。
 「大丈夫ですよ。少なくともガリアの姫君であるおふたりの身に何かない限り、ミス・ブリタニカも敵に回るようなことはないと思いますし」
 「ああ、そう願いたいぜ。でも、それじゃあ、フーケ……マチルダ・オブ・サウスゴータの方は、いったいどうしてるんだろうなぁ」
 聞きながらサイト自身わかるはずないと思っていたのだが、シエスタはアッサリ答える。
 「あ、先日ご結婚されたみたいですよ」
 「ヘッ!?」
 「ちなみに、ご結婚相手は、サイトさんが故意にかウッカリでか知りませんが、消息を聞いて来なかった男性です」
 「……気づいてたのか」
 バツの悪そうな顔で頭をかくサイト。
 無論、その男性とは、ワルド子爵のことである。
 シエスタとルイズの位置が入れ代わっている以上、もしかしたらこちらのシエスタの許婚だったりするのでは……と、内心気が気ではなかったのだ。
 「なんでも大使としてアルビオンに赴かれたときの舞踏会で出会って、互いにひと目惚れされたそうです」
 素敵なロマンスですよね~、と一瞬夢見る少女の眼差しになってウットリするシエスタ。
 こちらのシエスタにとってワルドは、あくまで「知り合いのお兄さん」的存在であったらしく、サイトの心配は杞憂だったようだ。

 「舞踏会に出てるってことは、フーケ…じゃなくてマチルダさんの実家は、お取りつぶしになってないってことか?」
 「みたいですよ。むしろ王弟殿下に重用されているとか」
 王弟と言う言葉で、ピンと来る。
 「アルビオンの王弟も健在……ってことは、テファは? ティファニアはいったいどうなっているのか、知ってるか、シエスタ?」
 あちらでのサイトの妹分3人組の最後のひとりの消息を尋ねる。
 「ええ、だってお姫様ですから♪」
 「は?」
 「ですから、アルビオン王国モード大公のご息女のティファニア姫として、10年前から正式に国民の前でお披露目されていますよ」
 何でも、モード大公は、テファやその母との関係を逆手にとって聖地のエルフと独自に交流をはかり、エルフたちから一定の譲歩(アルビオン王家の信任状を持つ人間の聖地への滞在の許可)を引き出したのだ。
 無論、事が露見したときはそれなりに国内は紛糾したが、始祖ブリミルの代からの悲願である、人間の聖地への立ち入りを、条件付きとはいえ平和裏に実現したと言うことで、最終的には肯定的な見方が勝利を納めた。
 その功績から、モード公は王家から正式にエルフとの交渉&交易を許され、またその娘であるティファニアも、人間とエルフの掛け橋、友好の証としてアルビオン王家の王女に準じる扱いを受けることになったらしい。
 「えーーと、じゃあ、レコンキスタは?」
 「そう名乗る宗教的過激派集団は、確かに耳にしますけど、あちらのような大勢力にはなってないみたいですよ」
 現在では、限定的ながらエルフとのあいだに交易すら成立しているとのこと。また、少なくともアルビオンに於いては、エルフだからという理由で相手を害することは法律で固く禁じられているらしい。
 (江戸時代の出島みたいな感覚なのかなぁ?)
 昔習った歴史の知識を頭の隅っこから引っ張りだして、なんとか納得する。

 「ふぅ……大体わかった。それでさ、シエスタ。俺の左手のガンダールヴのルーンなんだけど、これについてはなぜだと思う? まさか、シエスタが虚無の担い手ってわけじゃないよな。水のドットメイジだって言ってたし」
 「ええ、もちろん違います。ただ……これは推測なんですけど、サイトさんの身体には、二度に渡ってガンダールヴのルーンが刻まれたことで、一種のクセみたいなものができていたんじゃないかと思うんです。だから、コントラクトサーヴァントをした際、魔力が流れ込むと、以前ルーンが刻まれていた左手に集まって、自然にそんな形になるんじゃないかな……と」
 こじつけの理屈で単なる勘なんですけどね、と自信なさげに笑うシエスタだったが、サイトにはそれが一番真実をついているように思えた。
 「そっか。じゃあ、あとは本当にこのルーンが威力を発揮するかだけど……」
 あちらの世界でコルベールから餞別にもらった(何でも彼が発明した"コルベール鋼"とか言う特殊な金属でできているらしい)、やや大振りなナイフを腰の鞘から抜き放つ。
 念のため左手に持って構えてみたところ、うっすらとルーンが光を発するのがわかった。持ち方を変えて剣道の型をなぞってみたが、確かに身体機能が向上しているようだ。
 「一応、ちゃんと働いてるみたいだ」
 「でも、あちらにいた時に比べると、ルーンの光が弱くありません?」
 「身体の動きの強化具合も、ちょっと弱い感じがするな」
 まぁ、紛い物の「なんちゃってガンダールヴ」だからしょうがないかと自らを納得させつつ、サイトの脳裏には、地球で遊んだことのある某格闘ゲームのキャラクター──リ○ウと火○弾の姿が浮かび、ちょっとヘコんだ。無論、以前が前者で、現状が後者だ。
 (い、今の俺は、サイキョー流並かよ……)

 「? どうかしたんですか、サイトさん?」
 サイトが突然orzな姿勢でガックリうなだれているのを心配して、シエスタが声をかける。
 「あ、いや、弱くなっちゃったかな~、とちょっと落ち込んでただけ。でも、さっきからみんなの話を聞いてると、ジョセフ王がらみの陰謀とか起こらなさそうだし、それほど大事件に巻き込まれないだろうから、心配ないか」
(大丈夫、ダ○だって、上手い奴が使えば勝つことは不可能じゃない……はず)
 「そうですね。強いて言えば宗教国家であるロマリア皇国の動きが気にはなりますけど」
 聖地奪還を悲願とする聖エイジス三十二世が即位している以上、エルフとの対立関係は避けられそうにない。
 ただ、よほど熱心で狂信的な信者でない限り、「聖地奪還するために、あの恐ろしいエルフと戦う」ことに身を投じる人間はいないようだ。仮にどうしても聖地へ巡礼したいとしても、アルビオンを通じて申請することで短期滞在の許可は下りるので、命がけになるほどの意味はない、という現状もある。
 ちなみに、アルビオンは聖地への入国許可申請、案内人、及び現地での宿の手配を一括して取り行う(もちろん有料&結構な金額)ことで、年間一定の利益を得ているそうだ。

 「あの決死の対7万人の単騎駆けをもっぺんしなくていいのは助かるな。その前のアルビオンへのお使いでの戦いもなしだろうし……いや、ウェールズ王子とアンリエッタ王女が婚約してるなら、あの手紙を取り戻すこと自体必要ないのか。タバサの父ちゃんが健在なら、ガリアへの潜入も不要だろうし、土くれのフーケがいないから宝物庫が襲われる心配もないし……」
 ──あれっ? そうすると俺(ガンダールヴ)の見せ場って、実は全然巡って来ない?
 その事に思い至って、微妙に焦るサイト。
 (待て待て、もう一度よく考えてみよう。そもそも俺がこの力に目覚めたのは……)
 「そうだ、ギーシュ! ギーシュは今どうなってるんだ、シエスタ」
 先程、国際状勢の話に紛れてスルーしてしまった友人の情報を再度尋ねる。
 「……あ~~ギーシュくん、ですか。そうですね、グラモン家の四男として勿論この学院に在籍されてますけど……」
 微妙に奥歯に物が挟まったような言い回しをするシエスタの姿に、サイトはピンと来た。
 「そういう言い方するってことは、あちらとは結構違うんだな?」
 「はい。むしろ、まったくの別人です。決して悪い人ではないんですが……」
 そう前置きしてシエスタが語るこちらのギーシュ像は、サイトには信じがたいものだった。
 じつは、タルブ侯爵家も軍事の専門家として合い通じるものがあるところからか、グラモン家とは互いに親交があり、シエスタも以前から彼と面識があったとか。そのため、年齢の面でもむしろワルドよりギーシュの方が婚約者候補になる可能性が高かったらしい。
 「もちろん、私にそんな気は全然ありませんでしたけど」
 と、慌ててフォローしてからシエスタは話を続ける。
 立派な軍の元帥である己れの父や、シエスタの父のタルブ侯に心酔したギーシュは、万事につけ軍隊式の言い回しや行動を取ろうとするらしいのだ。髪を短く切り揃え、青銅のバラではなく細身の剣(レイピア)を自らの杖にしているらしい。どらかと言うと堅物で、女性関係にはウブそのもの……と言うのが、学院女子から見たギーシュ像だそうだ。
 「……マジ?」
 「ええ、信じられないかもしれませんが。ただ、最近ではモンモランシーさんからのアプローチを受けて戸惑っているみたいです」
 ギーシュには悪いが、それが運命と言うヤツなのだろう。できれば、そのカップリングがそのまま成立して欲しい……と願わずにはいられないサイトだった。彼としても、目の前の恋人をかっさらわれる可能性は極力減らしておきたいのだ。

 「しかし……そうなると、ギーシュとの決闘も起こりそうにないなぁ」
 冷静に考えると、シエスタは今や大貴族のご令嬢。対して自分は(ひととおりこの世界の常識は身に着けているとはいえ)どこから来たともわからない平民の異邦人だ。
 以前は、同じ平民だったし、のちに男性であるサイトの身分の方が結果的に上になったとは言え、婚約に漕ぎ着けるのもそれほど難しくはなかった。
 しかし、こちらの世界では、サイトは海のものとも山のものともわからない、ただの「平民の使い魔」だ。逆玉に乗るまでの道のりは、果てしなく遠そうだ。

 「大丈夫ですよ~。他の貴族の家ならともかく、ウチは実力主義ですから。サイトさんほどの剣の腕前があれば、お父様のお眼鏡に叶うと思いますよ?」
 シエスタが気楽に保証してくれるが、いずれにしても己れの実力を示すために、タルブ侯爵本人と剣を交える必要はある、と言うことだろう。
 (おいおい、ただのメイジじゃなくて剣術も一流の、言わば魔法剣士に俺勝てるのかぁ?)
 RPGとかなら、魔法剣士という職業はどっちつかずで、魔法か剣のいずれかを極めた者には敵わないのだが、現実に敵にするとしたら、至極厄介そうだ。
 まして、サイトは自分が剣の道を極めているなんて不遜な事は、これっぽっちも思っていない。せいぜい中級クラスの戦士が、ガンダールヴのルーンによるブースト、いやチートを受けているだけだろう。
 もっとも、このサイトは知らないが、「本編」のサイトも王国有数のメイジであるヴァリエール公にコテンパンにやられているのだ。それこそ、「主人を結婚相手に選んだ使い魔の運命」と思ってあきらめてもらうしかない。

 「それに……当分は使い魔ってことでふたりでずっと一緒にいても誰にも咎められないじゃないですか」
 軽く頬を染めながら、そっと寄り添ってくる最愛の女性のぬくもりに、サイトも難しい思考を破棄する。
 「ちくしょーー、こうなったら既成事実を作って背水の陣を敷いてやる!!」

 ──ガバーーーッ!

 「あ~ん、ダメですよ、サイトさん♪ 「この身体は」初めてなんですから、優しくしてくださいぃ」
 などと言いつつも、本気で拒んでいる素振りの見えないシエスタ。
 若いから仕方ないのかもしれないが……明日も授業はあるので、ほどほどにね。

 *  *  *

 さて、ここから先には、大して語るべき話はない。
 サイトの予想どおり、以後、しばらくそれほど大がかりな事件は起こらず、彼とシエスタはごく平凡でありふれた……けれど幸せな日々を送ることになるからだ。
 シエスタが学院を卒業する頃になっても、ヴァリヤーグはおろか、風石の問題すら持ちあがっていないのは、並行世界だからか、あるいは何かのバタフライ効果かわからないが、元現代日本の出身である才人としては、「日々是平穏」が一番だ。

 ただし、後日、サイトは「タルブ家の婿としてふさわしいか試す」と言う口実のもと、侯爵から死すら生ぬるいシゴキを受けたことは追記しておく。もっとも、その結果「なかなか見所があるヤツだ」と誉められ、何とかシエスタの許婚者として認めてもらえたのだから、かの世界のヴァリエール公爵よりは、話のわかる人物だったのだろう。

 God's in His heaven, All's right with the world.
 (神は天にあり、世はすべてこともなし)

 <終わり>

以上。以前某所へ投稿した作品のリライト版です。
16巻以降を読んでないので、今になってみると、結構「ゼロ魔」SSとしては破綻してるかも。
ちなみにアニエスさんは、剣士隊の娘子軍部隊隊長として活躍中だったり。
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Author:KCA(嵐山之鬼子)
Pixiv、なろう、カクヨムなど色々書いてます。感想などもらえると大変うれしいです。
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