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『ミス・ヴァリエールに口づけを』(中編)

連続更新の2回目。リライト度があまくて誤字脱字など見逃していたら、ご寛恕を。


ミス・ヴァリエールに口づけを』(中編)

3.結ばれた絆

 華麗なる宮廷でもなく、居並ぶ高位高官もおらず、男性の肩に乗せる豪奢な杖もない。
 吹きさらしの屋外で、見守る者はややくたびれた感のある中年男性ひとり。
 自分は王女と呼ばれる身分ではないし、目の前の少年も一介の平民に過ぎない。

 ──それでも、それはまごうことなく「姫君に仕える騎士の叙勲」と呼ぶべき場面だったのだと、あとになって思い返すたび、彼女は気恥ずかしく……同時に誇らしく思うのだった。

  *  *  *  

 一目惚れした少女の方から口づけされて、一瞬サイトは混乱したものの、すぐに我を取り戻すと、思い切って少女の肩を抱き寄せてみる。
 少女は驚いたように閉じていた目を開いたものの、すぐに再び目をつむり彼の手に己が体を委ねる。

 (や、やわらかくて、それにいい匂いだ……)
 (殿方の胸って、温かいんですね……)
 唇を合わせて抱き合っているだけなのに、互いの想いが、好意が伝わってくる。

 ((知らなかった…キスって、こんなに幸せな気分になれるものだったんだ……))
 互いの体に回された腕にいつしか力が入り、強く抱きしめあう。
 それはどこから見ても恋人同士の熱い抱擁、そばで見ている独身者のコルベールにはいささか目に毒な光景だった。
 このまま若い情熱がエスカレートしたら、さらに過激な愛情表現に及ぶかと思われたところで、遅まきながらコントラクトサーヴァントの魔法が効果を発揮し始める。
 ブリミル、空気嫁……いや、あるいは読んだからこそ発動を遅らせたのか?

 「ぐっ……」
 左手の甲に熱せられた火箸を押しつけられたような痛みを感じ、思わず呻きを漏らしてしまうサイト。

 「大丈夫ですか、サイトさん!?」
 「い、いや、ちょっと左手に痛みが……」
 本当はちょっとどころではないのだが、好きな娘の前では見栄を張ってしまうのが、悲しい男のサガだ。

 「たぶん、それは使い魔のルーンが刻まれているんだと思います。すぐ収まるとは思うのですけれど……すみません、事前にお伝えするのを忘れていて。痛い、ですか?」
 「ハ、ハハ。なぁに、た、大したことはないですよ、これくらい蚊に刺されたくらいのモンです」
 無論、その程度なわけないが、好きな娘の前で格好つけてしまうのは(以下略)。

 もちろん、そんなサイトの強がりなどお見通しで、彼の熱を帯びた左手をそっと"ルイズ"の両掌が包み込む。
 ひんやりした感触の心地よさとともに、少し冷静になったサイトは、自分に刻まれつつあるルーンからいくつかのメッセージが送られてきていることに気づき、しばし意識を集中した。

 このルーンが、「ガンダールヴ」と呼ばれる特別なものであること。
 ガンダールヴとは「虚無の使い手」の護り手にのみ刻まれること、そして今己れの手を握っていてくれる女性こそが、その虚無の使い手であること。
 ガンダールヴには、剣や槍、その他あらゆる武器を自在に操って虚無の使い手を守るための「神の盾」と呼ばれるスキルが備わること。
 ガンダールヴのルーンは、刻まれた者の感情の振幅、とくに「主を守りたい」という想いによって最も強く発動すること……。
 さらにはオマケでハルケギニアにまつわる簡単な基礎知識まで。

 単にメッセージというには少々多過ぎる情報の海に飲み込まれそうになるサイトだが、左手をつかんでいてくれる女性のことを想起することで、かろうじて意識を保持することができた。

 「虚無……そんな、まさかわたくしが……」
 と、目の前の少女が小さく呟いていることからして、先ほどのルーンからのメッセージの一部(もしくは全部)は彼女にも伝わったのかもしれない。

 「いやぁ、呪文の最後の一節を微妙に変えていたようだから、どうなることかと心配したけど、無事に契約できたみたいで何よりだよ」
 サイトにルーンが刻まれたことを察したのか、コルベールがニコニコ笑いながら近づいてきた。

 「え、ええ、まぁ……」
 いつも物事に動じない彼女にしては、いささか歯切れの悪い答えを返す"ルイズ"。
 サイトはまだつかんだままだった彼女の手を左手でギュッと握り返した。

 (ルイズさん、とりあえず"ガンダールヴ"と"虚無"のことは秘密にしておいた方がよくないかな?)
 (え? この声は……サイト、さん?)
 (ああ、どうやらこのルーンの効果で、接触している時は口に出さなくてもテレパシーみたいに意志を伝えられるらしい)

 こちらにテレパシーという概念があるかは疑問だったが、ニュアンスは適当に翻訳されて伝わるだろう。
 サイト自身としては伝説の存在と目される"ガンダールヴ"と持ち上げられるのは悪い気がしないが、それは必然的に目の前にいる少女に"虚無"というさらに大きな伝説の影を背負わせることを意味する(しかも、このテの「伝説の○○」というのは大抵悪いヤツに狙われるのがお約束だし)。
 愛する(彼は己れの感情をもはや疑いなく"愛"だと自覚していた)女性に、危険や重圧がのしかかってくることを、サイトは懸念したのだ。

 (まぁ、そうでしたか。便利ですわね。……虚無については、確かにおっしゃる通りですね。ほかの方に知らせるには確信がありませんし、伝えればおおごとになるのは間違いありませんわ)
 「ありがとうございます、コルベール先生。いろいろご心配おかけしました」
 平静を取り戻して、彼女は教師に頭を下げた。

 「いやいや、すべては日頃からのミス・ヴァリエールの努力の賜物ですよ。そちらの君……サイトくんと言ったかな。君も慣れない環境で色々大変だろうと思いますが、今後、ミス・ヴァリエールの使い魔として、よろしく頼みましたよ」

 教師として生徒のことを大事にしつつ、平民(いまやサイトはその言葉に込められたニュアンスまでもおぼろげに理解していた)である自分のことも気遣うコルベールの様子に、サイトは好感を抱いた。
 「はい、必ず。何てったって、俺はルイズさんの使い魔ですから」
 男性ふたりが、ニヤリと漢クサいニヒルな笑みを交わしているところに、少女が水を差した。

 「おふたりとも、ちょっと間違ってらっしゃいますわ。サイトさんはわたくしの使い魔じゃなくて、お友達……そしてわたくしだけの騎士様です」
 「ルイズさん……」
 ポッと頬を染めてそう断言する"ルイズ"の愛らしさに、先ほどまでのダンディっぽい雰囲気を霧散させてデレデレになるサイト。

 照れ照れと見つめあうふたりの様子を「若いモンはいいなぁ」と生暖かい目つきで見守りつつ、自分も今度意中の女性──ミス・ロングビルにアタックしてみようかと、コルベールの思考までいささかアテられたものになっていくのだった。

  *  *  *  

 「あ、やっとロマンチックっぽくなった」
 「そうですね。それでこそ私が伝え聞いていたおふたりの馴れ初めに近いものです」
 ウンウンと満足げにうなずくメイド長。
 「翌日には、私も初めてサイトさんにお会いしましたから、その後の事情は存じてますけど……そういえば、召喚された日の夜はどうなさったんですか?」
 キュピーンと、目を光らせてさらなる追及を開始する愛人1号。

 「それはぜひわたしも聞きたいな~」
 愛人2号の"上目遣いおねだり"が繰り出されては、彼女を妹同然に溺愛している(そのシスコン度合では、かの"土くれ"にも劣らない)ヒラガ夫妻に勝ち目はない。

 「ええっと……さすがにちょっと恥ずかしいんですけれど……」
 いつもニコニコとした微笑を絶やさない奥方が、その頬をほんのりピンクに染めながら、続きを語りだした。


4.約束の夜

 さて、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガと、その奥方ルイズ・フランソワーズ・ド・ヒラガ(旧姓ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール)は、おそらくは現在のハルケギニアでもっとも有名な夫婦(カップル)であろう。
 ふたりは、確かに出会った当初から、人もうらやむ熱々な恋人同士で、傍目もはばからず……と言うほどではないにせよ、ふたりだけの時は頻繁にイチャイチャしていたし、人目があっても仲睦まじいカップル(頭に"バ"の1文字をつけてもよい)であったことは、おそらく自他共に認める事実だ。
 また、かのヒラガ夫人が結婚後およそ6ヵ月あまりで元気な男児を出産したことも事実であり、それは彼ら夫婦が未婚のうちから肉体的交渉を持っていたことを意味する。
 ──もっとも、結婚の4ヵ月前にはすでにふたりは婚約し、父たる公爵の承認も得ていたがのだが。

 故に、誤解されることが多いのだが──彼らは在学中から毎晩肉欲にふけっていたわけでは決してないのだ。
 召喚されて以来、学院卒業に至るまでの2年たらずのあいだ、サイトはずっとその主にして最愛の女性でもある"ルイズ"と同じ部屋――女子寮の一角に寝泊まりしていたし、時には(というかほぼ毎日)彼女と臥し所を共にはしていたが、それは文字通り「同じベッドで寝ていた」というだけで、決して一線を越えることはなかった。
 いかに恋人同士とは言え、未婚の淑女として貞操を護りきった"ルイズ"嬢と、男の欲望を抑えて耐えたヒラガ卿は、トリステイン貴族の倫理観からすれば、ともに賞賛されてしかるべきだ。
 もっとも、卒業してまもなくの婚約成立パーティーの夜、つい気が緩んでそのまま最後まで(よりによってルイズの実家で)イってしまったのと、その一晩で「大当たり」を引き当てたことは……まぁ、若気の至りとして笑って許すところだろう。

 ただし、「最後の一線"は"越えていない」と言うことは、裏を返せば「それ以外はノーカン」ということでもある。
 AとかBは元より、腕枕に膝枕に抱き枕、さらには「口」とか「お尻」とか「謎の二桁数字」とかの、いわゆる"恋人同士ですること"は、ファイナルフュージョン以外全部承認済みだったりするワケだが……(未確認情報だが、現在の愛人1号を交えてのマルチプレイもあったとする風聞もある)。

 とは言え、そんな学生にあるまじきケシカラン夜をいつもいつも彼らが過ごしていたわけでもない。とくに、初めてふたりが顔を合わせた夜に至ってはなおさらである。

  *  *  *

 コントラクトのあと、わたくしたちは、コルベール先生の許可を得て、女子寮のわたくしの部屋に戻って来ました。

 いくら心が通じ合ったからといっても……いえ、"愛情(こころ)"がつながったからこそ、より一層、互いのことを深く知りたいという欲求が起きてくるのは、ごく自然な成り行きだったのでしょう。
 わたくしたちは、自分の生い立ちや現状に関して、こと細かに「語り」合いました。
 トリステイン魔法学院の制服を来た少女と、いかにも異国風の服装をした少年が、ベッドに並んで腰かけ、手を握ったまま無言で見つめ合う様子は、はた目から見れば奇妙な光景だったかもしれません。
 ですが、このガンダールヴのルーンを利用した会話は、ふつうに口で話すよりも、ずっとスムーズに意志を伝えられますし、慣れてくると言葉だけでなく視覚的なイメージも伝達できるので、非常に便利なのです。

 (それじゃあ、サイトさんは正真正銘、異世界の方なんですね)
 (ええ、俺の知る限り、地球──俺の住んでいた世界にトリステインという国は存在しないし、魔法もただの伝説か、さもなくば空想の産物として認識されてますからね)
 (まあ……)

 その代わり、とサイトさんは続けます。
 (俺達の世界では「科学」ってやつが発達してるんですよ)
 つないだ手から流れてくるイメージ。
 大きな車輪のついた鉄の箱が、すごいスピードで行きかい、首から細い布のようなものをぶら下げた殿方が押し合いへしあいしながらそれに乗っています。
 小さな箱につながった音の出る紐を耳につないでいる人や、黒い短い棒に独り言を話しかける人もいます。
 あるいは、薄い板のようなものの表面に、鮮明な絵が浮かび上がり、そればかりか様々な動きを見せます。”ぱそこん”とか言うそうで、サイトさんはその現物も実際に携えていらしたので、それも見せてもらいましたから、証拠としては文句なしでしょう。

 (ああ、どうしましょう……)
 見たこともない服装と、珍しい黒髪黒瞳の殿方でしたから、もしかして東方──ロバ・アル・カイリエの出身かもと、想像はしていました。
 ですが、まったく異なる世界の方だったなんて……。

 「ごめんなさい、サイトさん。わたくし……」
 心話(サイトさん命名)ごしにではなく、実際に口に出してわたくしは改めて謝罪しようとしましたが、サイトさんは人差し指をそっとわたくしの唇に押し当てて言葉をさえぎられました。
 「それは、もういいって言ったでしょ、ルイズさん!」
 「で、でも……」
 「あんまり聞き分けないと、唇ふさいじゃいますよ」
 ニヤッとちょっと意地悪な笑い方をされたかと思うと、「アッ」と思う間もなく、わたくしはサイトさんの腕の中に抱き寄せられていました。そのままわたくしの顎をクイッと持ち上げて斜め上を向かされます。

 いくらわたくしが色事に疎いとは言え、さすがにこの体勢の意味はわかります。
 そっと目を閉じ、ドキドキしながら"それ"を待つわたくし。
 ──想い人との二度目のキスが、この上なく甘美な戦慄と幸福感をもたらしてくれたことは、言うまでもありませんよね?

  *  *  *

 しばしの後。
 名残惜しげに体を離したふたりの顔は、快感と満足感により隠しようもなく上気していた。
 改めて話を続けるふたりだったが、先ほどまでのように並んでベッドに座るのではなく、ベッドに深く腰掛けたサイトの両足のあいだに、チョコンと"ルイズ"の体が座る形となる。
 当然、密着度は先ほどまでの比ではなく、サイトは愛しい少女の体のやわらかさと美しい桜色の髪や華奢なうなじから漂う香りに陶然とし、"ルイズ"は"ルイズ"で背中に感じる想い人のぬくもりに満たされているわけだが。

 「本当に、よろしいんですの?」
 「まーだ気にしてるんですか。そこまで言うなら、そうだなぁ……」
 サイトの顔が悪戯を思いついた少年の表情を浮かべる。
 「約束をください。俺は、さっきのコントラクトサーヴァントでルイズさんの騎士として、剣となり盾となることを誓ったつもりです。俺の方からは、ルイズさんから離れることはありません。
 だから、ルイズさんも、ずっと俺のそばにいてくれると誓ってくれますか?」

 実のところ、この言葉は以前サイトがプレイしたRPGの中の"勇者"が"巫女"に言った台詞をパクったものなのだが、そうとは知らない"ルイズ"はいたく感動したようだ。
 「ええ、勿論ですわ!」
 サイトの腕の中で向き直り、彼の顔を潤んだ目で見上げながら、"ルイズ"は口にした。
 「わたくし……ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと、始祖ブリミルの名にかけて誓います。
 我が騎士にして我が友、そして我が想い人たるサイト・ヒラガと、これからの人生を、楽しい時も苦しい時も、病める時も健やかなる時も、常に共にあり共に歩むことを!」

 おっとりした雰囲気の"ルイズ"らしくない真剣な口調に、一瞬気圧されたサイトだが、すぐに笑顔になる。
 「サンキュー、ルイズさん。でも、何だか結婚式の誓いみたいだなぁ」
 「あら、わたくしはそのつもりですけれど?」
 「──へ!?」
 予想外の答えに呆けたサイトの顔を見て、クスリと微笑みながら"ルイズ"は続ける。
 「そうでなければ、始祖の名前まで引き合いに出したりしませんわ。ですから、この先、わたくしはサイトさん以外の殿方と、人生を共にするつもりはありません」
 優しい笑顔のままとんでもない台詞を吐く少女の顔を見て、うろたえかけたサイトだが、すぐに腕の中の少女の体が微かに震えていることに気づき、瞬時に己れを取り戻す。
 (ルイズさん、こんなに緊張して……ならば、それに応えなきゃ、漢が廃るよな!)
 「──ありがとう。こんな美女を嫁き遅れにするわけにはいかないし、できるだけ早くルイズさんをお嫁さんにもらうのにふさわしい男になってみせるよ」
 サイトの返事を聞いて、"ルイズ"の震えがピタリと止まる。
 「ええ、心から期待していますわ、ア・ナ・タ」

 最後の呼びかけに、せっかくキリッと引き締まっていた表情をグニャグニャにとろけさせながら、改めてサイトは心に誓った。
 ──ルイズはオレのヨメ! と

  *  *  *

 あの後、バカップルみたく(いや、「みたい」じゃなくてそのものか)イチャイチャしているところに、メイドさん(ちなみにシエスタじゃないぜ?)が夜食にサンドイッチとお茶を持ってきてくれて、慌てて体を離したり……。
 それでも、同じベッドに並んで腰掛け、しかも手と手を無意識に繋いだままだったから、すごく生暖かい目でメイドさんに見られたり……。
 その視線に気づき、開き直って「あーん」をして、こんどは砂吐きそうな目で見られたりしたことも、今となっていい思い出だ、ウン。

 そして、そのあと、すでに(幸福な)ハプニングでイッパイイッパイだった俺に、さらなるうれしはずかしのイベントが!!

 「ほ、ホントにいいんですか?」
 「し、仕方ありませんわ。今からサイトさんのベッドを用意してもらうわけにもいきませんし、まさか未来の旦那様を床に寝かせるなんてもってのほかですし……」
 清楚な白のネグリジェに着替えた(無論、俺は紳士的に後ろを向いてたぞ……本当は見たかったけど)ルイズさんは、ベッドに横たわり布団の中に入って、顔を真っ赤にしながら、言葉を続ける。

 「あの……でも、結婚するまでは、その…お、乙女でいたいので……」
 脳内で「据え膳食っちまえよ」と囁く悪魔サイトを天使サイトが蹴飛ばし、勝利を収める。
 「ええ、勿論。そんな不謹慎なコトはしません! ルイズさんには指一本触れないから」
 おいおい、そんなに安請け合いして大丈夫か、俺? いや、でも、それくらい言っておかないと、歯止めが利きそうにないしなぁ。

 「いえ、あの…ちょっとくらいなら……抱きしめたり、キスしたり、頭を撫で撫でしたりとか、そういうのでしたら、全然構いませんのよ?」
 ブハッ! 姫君の方から裏切りが!
 脳裏で天使サイトが鼻血を噴出して倒れ、先ほどノックダウンされたはずの悪魔サイトが満面の笑みを浮かべて復活する。

 ──結局、布団に入ってからも、その晩はふたりとも遅くまで眠れなかったことと、かろうじて「過ち」には至らなかったことは追記しておこう。
 (うぅ、俺の自制心いつまで保つかなぁ……)

 PS.婚約するまでは保ちました! 案外何とかなるもんじゃね。



Ex1.カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌの結婚

 あら、お久しぶりね、テファ、シエスタ。この前会ったのが、確かわたしの婚約の儀の直後だから……もう、3ヵ月近くになるのかしら。
 え? 「この度はご成婚、おめでとうございます」? ウフフ、ありがと。でも、ちょっと気が早いわよ。結婚式は3日後なんだし。
 ルイズとあの愚弟(バカ)は? ああ、本館でお父様達につかまってるのね。まあ、孫息子の顔を見るのを日頃から楽しみにされてるから、仕方ないかしらね。
 で、そちらがシエスタの娘? へぇ、この前見た時は眠ってたからわからなかったけど、この子も黒髪黒瞳なのね。まあ、バカサイトと貴女の子なんだから当たり前か。
 フフッ、可愛い! そうね、跡取りとして男の子は必要だけど、やっぱり母親としては女の子もいる方が嬉しいわね。いろいろ教えてあげられるし。

 そうだ! 今回は貴女達も出席してくれるんでしょう? なんてったって、貴女達はあの馬鹿サイト──義弟のお妾さんなんだから、間接的にはわたしの義理の妹みたいなものなんだしね。
 え? 「着るものがない」? ああ、ドレスぐらいいくらでも貸してあげるわよ、シエスタ。貴女の子もそろそろ乳離れする時期なんだし、短時間ならほかの人でも面倒見られるでしょうし。
 テファもフェイスチェンジで耳を隠せば、問題ないでしょ。そもそも貴女、血筋的にはアルビオン国王陛下の姪御さんなんだから、考え方によってはわたしより格は上なのよ?
 あなた達があまり目立つことが好きでないことは知ってるけど、ここは義姉(おねえ)さんの一生に一度の晴れ舞台なんだし……ね?

 ふふっ、でも人生ってわからないものよね。このわたしに、義理とはいえ、愚弟ばかりか義妹ができて、しかもそれがハーフエルフと平民だなんて。
 いえ、貴女達のことは好きだし、感謝もしているのよ。シエスタにレシピをもらった"ヤクゼン"のおかげで、虚弱な体質は少なからず改善されたし、テファにはもっと直接的に水の指輪でお世話になったし。
 そう言えば、あれってお母様の形見だったんでしょ? ごめんなさいね、使い潰させてしまって。え? 「カトレアお義姉さんのためだと知れば、母も喜んでくれると思うから」?
 ああっ、もう、何でこんなにいじらしいこと言うのかしらね、この子は! ええぃ、ギュッてしちゃう!!
 ──うーん、ぷにぷにして抱き心地いいんだけど、こうして密着してみると、あらためて貴女の胸って革命的だと実感するわねぇ。わたしやシエスタも小さい方じゃない……と言うかハッキリ言って大きい方だと思うんだけど、さすがに負けるわ。
 この胸か? この胸っぽいナニかであのバカ義弟を虜にしたのか? (ムニムニ)
 ああ、でもこの掌の感触は確かにクセになるかも。うーーん……テファ、今夜一緒に寝ない?

 プッ、冗談よ、じょーだん。シエスタも背後にテファを背後に庇わなくてもいいじゃない。お茶目なお義姉さんの罪のない悪戯なんだから。
 え? 「なんだかいつもよりハイになってるみたい」? ……そうね。多少自覚はあるかな。何せ、3日後に式を控えている乙女なわけだし、マリッジブルーならぬマリッジハイってやつかしら。
 ……コラ、そこ! 「乙女」という単語に微妙な顔しない! わたしだって、ちょっと恥ずかしいんだからねッ!
 でも、何とか大台に乗る前にウェディングドレスを着ることができてひと安心だわ。今からなら、子供もひとりふたりくらいは産めそうだしね。
 あ! 今の発言はエレオノール姉さまには内緒よ? 平気な顔されてるけど、意外とお気になされてるんだから。

 あら? どうしたの、ふたりとも真面目くさった顔をして。え? 「ずっとそのままでいいのですか」?
 ──そっか、シエスタは事情を知ってるんだっけ。わたしが元々は「カトレア」じゃなくルイズだったことを。テファも聞いたの? ああ、成る程。虚無の魔法で元に戻せるかもしれない、と。
 そうね。確かに、この身体はちょっと、いえかなり虚弱だったけど、貴女達のおかげで何とか人並み程度に近い健康は取り戻せたわ。「ルイズ」より8歳も年上でこの前の誕生日で28歳になっちゃったけど、客観的に見て美人でプロポーションも極上だし……。
 それに、今のわたしには結婚を控えた愛しい殿方もいるしね。まあ、正直、ワルド様にはもっと早く決断して欲しかったけど、一応「初恋の男性」と結ばれることになったわけだし、そのへんは良しとしましょうか。

 そりゃあ、この「カトレア」の身体と立場になって、正直戸惑うことや辛いこともあったわ。でも、わたし……ルイズにとっては、むしろ嬉しいことの方が多かったのよね。

  *  *  *  

 今日も起き抜けからまじまじと鏡を覗き込んでみる。
 腰まで伸びた桃色がかったブロンド。これは以前と変わらない。幾分ウェーブが強い感じがするくらいか。
 透き通った――ある種病的な白さを持った肌。これは、病弱であまり外に出ないことに由来しているのだろう。もっとも、健康美とはほど遠いが、この身を彩る儚げな美貌には、よくマッチしている。
 上品で優しげな美貌。顔の作り自体は以前とよく似ているものの、かつての自分にはない大人びた優雅さが漂っており、100人の男性が見れば99人までが美人と言うだろう。残りのひとりはよほどの偏屈者か同性愛者に違いない。
 また、150サント足らずしかなかった以前に比べて10サント以上高い身長と、それに見合った成熟した肢体。とくに胸に関しては、おそらくはD、いやEカップはありそうだ。胸がないことがコンプレックスのひとつだった彼女にとっては、願ってもない賜物だ。
 そして……「落ちこぼれ」「能なし」と(家の使用人にさえ陰で)蔑まれてきた彼女にとって、なによりの最大の幸福は、トライアングルクラスの魔法の才能だった。

 何が原因なのかはわからない。
 いや、直接的な原因は、彼女がこの部屋でつまずいて、慌てて支えようとしてくれた姉を巻き込んで転んでしまった時に、運悪く頭と頭をひどくぶつけたことではあるのだろう。
 しかし、頭がぶつかったくらいで意識が入れ代わるなら、そういう事例をもっと耳にしてもよいはずだ。
 ありていに言って、入れ代わりの原理がわからないし、他人──それどころか家族に話してさえ簡単に信じてもらえるとは思えない、荒唐無稽な夢物語だ。
 やむなく、下の姉が外見どおり「ルイズ」として魔法学院へと入学するために家を出、彼女は「カトレア」としてこの家に残ることとなったわけだ。
 幸い、学院には本来の"ルイズ"のことなど知る人はいないだろうから、違和感をもたれることはないだろう。
 "カトレア"も(その体質上)部屋に閉じこもり気味で、積極的に出歩く性格ではないから、そのぶん人と接する機会も少なく、演技をしている彼女も楽だった。

 「きゅーーん?」「グワックワッ!」「キュルルルルル」「クゥン……ハッハッハッ」

 「──この動物達さえいなければ、もっと楽だったんだけどねぇ」
 (まあ、仕方ないか。学院へと旅立つ「ルイズ」……ちいねえさまに、「この子達のこと、くれぐれもよろしくね」と頼まれちゃったし)

 それに部屋から出れない彼女自分にとっても、この子達の相手することは、何よりの暇つぶしになっているのも事実だった。

  *  *  *  

 え? ああ、あの子達のこと? 何頭かは「ルイズ」が結婚した時引き取っていったのは知ってるでしょ。どう、元気にしてる?
 ──そう、それは良かったわ。え? そ、そりゃあ3年も世話してればそれなりに情も移るわよ。
 コホン! で、残りの子達のうち、野生に帰せる子達は山に返したわ。そのまま放つと危険そうな子は、ワルド様と相談して、子爵家に連れて言ってもよいという許可をいただいたの。まあ、それほど数は多くないんだけどね。

 そうそう、さっきの話の続きだけど、同じような話は、以前「ルイズ」が結婚する前にあの女性(ひと)としてはいるのよ、実は。
 だって、当然でしょ? 結婚してから万が一元に戻ったら、わたしの旦那様があのバカサイトってことになるのよ!?
 いえ、確かに義弟のことは騎士としては認めているわ。男性としても、最近はなかなかリッパな貫禄がついてきたみたいだし、平民出身であることを差し引いても、ヴァリエール家の娘を娶る資格はあると思う。
 でも、自分の夫にするとなると話は別ね。お妾さんである貴女達に言うのは気が引けるけど、スケベで浮気性で、かつ無自覚に優しさを振りまく男なんて、女の敵よ!
 いい、「ルイズ」にも言ってあるけど、貴女達もくれぐれもあのお調子者から目を離しちゃダメだからね!

 また話が逸れたわね。
 えーと、そう! 2年前のあの時、彼のことが好きだけど、本物のルイズの……わたしのことを気づかって、最後の一線を踏み出せないでいるちいねえさまの背中を押したのは、実はわたしなの。
 「元に戻れる見込みなどないし、仮にその方法が見つかったとしても、わたしは戻りたくない。だから、貴女は"ルイズ"としての人生をこのまま歩んでもいいのよ」って。

 ん? 多少は気づかいも混じってはいたど、紛れもなく本心よ。
 だって、今やルイズは「虚無の聖女」にして「トリステインを救った英雄のひとり」なのよ? 正直、わたしの柄じゃないし、自分が為したわけでもないそんな偉業で他人から称えられるのなんて、まっぴらだわ。

 それに……それに、ね。もし運命なんてものがあるなら、実はこれこそが必然だったんじゃないか、って最近思うの。
 だってそうでしょう? 元々魔法能力ゼロのままのルイズが、1年間魔法学院で勉強したくらいでまともに魔法が使えるようになったとは思えないし、春の使い魔召喚でもガンダールヴなんて大層なものを呼べるわけもない。
 いえ、サモンサーヴァント自体を失敗していた可能性も少なからずあるわね。
 さらに、その後の激動の時代を、自らの使い魔と手を携えて乗り越え、挙げ句、伝説の虚無の魔法に目覚めるなんて……正直、わたしには荷が重過ぎる話だわ。
 だから、ちいねえさま――いえ、「ルイズ」には悪いけれど、わたし、「カトレア」になって本当に良かったと思っているのよ。

 ──ん? この羽根音は、ジャンのグリフォンかしら。あら、もう帰っちゃうの?
 え? 「馬らに蹴られたくない」? なぁに、それ、シエスタの故郷の言い回し?
 まあ、丁度いいわ。確かに、未来の旦那様が来たとあっては、わたしも義妹たちの相手ばかりしているわけにもいかないだろうし。ささ、一緒に母屋に行きましょ。ジャンを出迎えないといけないし、妹夫婦にも会いたいから、ね。


-つづく-
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KCA(嵐山之鬼子)

Author:KCA(嵐山之鬼子)
Pixiv、なろう、カクヨムなど色々書いてます。感想などもらえると大変うれしいです。
mail:kcrcm@tkm.att.ne.jp

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