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『ミス・ヴァリエールに口づけを』(後編)

連続更新のラスト。この次は、『ニアゼロ』の番かなぁ。アレは色々と書き直したい点も多いのですが。なお、本SSのタイトルは、某PCゲーのEDテーマより。


ミス・ヴァリエールに口づけを』(後編)

5.光陰如矢

 「そう言えば、なんか色々あったから勘違いしそうになるけど、俺がこの国に来てから、まだ4年ちょっとしか経ってないんだよなぁ」

 ウチの長男、ヒデトの2歳の誕生日パーティーのあと、訪問客が帰って残るは家族(プラス住み込みの使用人)のみとなったんで、居間で家族7人まったりしていたところで、ふと俺はそんな感慨を漏らしていた。

 ちなみにこの居間は、俺のたっての依頼で、木製の床に草を編んだラグを敷き詰めた、和室を連想させる佇まいとなっている。
 もちろん、この部屋では靴を脱ぎ、ラグの上に薄い布製のクッション──座布団(シエスタが曾祖父から話に聞いていたため、作ってもらった)を直接敷いて座るのが習わしで、テーブルは俺が自分で日曜大工して作った大きめの炬燵風の代物だ。
 天板だけは、街の家具屋に仕様を発注して作ってもらったけどな。
 念の入ったことに、床の一部には堀炬燵として穴をあけてある。さすがに電気は通っていないけど、コルベール先生に協力して作ってもらった、比較的安価な火石の欠片を利用して長期間(ほぼ1月間)暖をとれる装置を備え付けてあるから、足を突っ込めば十分に暖かい。 当初は戸惑っていた嫁さん達も、ひと冬過ごす頃にはすっかり"コタツ"の虜になっていた。
 そればかりか、この家に来た友人たちから、この疑似和室のことがトリステイン中に広まり、貴族や富裕な商人の家では、コタツを始めとしたプチ東方ブームとなっている。
 ま、これは、"救国の英雄ヒラガ男爵"が表向きはロバ・アル・カリイエの出身とされているから、ってのもあるみたいだけど。
 中には頓珍漢な代物もあるが、おかげで緑茶などの懐かしい商品がだいぶ手に入れやすくなったんで、俺としてはうれしい限りだ。寒い日は、コタツで緑茶をすすりながら、南方産のオレンジを剥く、これ最強!

 ──まぁ、それはさておき。

 「あら、言われてみれば……そうでしたわね」
 俺の対辺にさし向いで座った妻が、膝の上に今日のパーティーの主役だった息子のヒデトを座らせたまま、目をパチクリとさせた。

 「なんだか、もう随分前からあなたと一緒にいる気がしますけど、初めてお会いしたのは、わたくしが魔法学院の2年に進級した時ですから……まだ4年半というところでしょうか」
 「そうですね、でも色々ありましたから……」
 出会ってからの長さは、ほとんど彼女と変わらないシエスタが相槌をうった。ちなみに長男とは半年差の、シエスタの生んだ娘サイカはそろそろおねむのようで、トロンとした目で大人たちの顔を見つめている。

 「わ、わたしはみんなより後にサイト達に会ったんだけど、わたしと会うまでにも結構沢山の事件があったんだよね?」
 そのバストの真価をあますことなく発揮して、生後数か月の娘に授乳していたテファが、ちょっとだけうらやましそうな顔で俺達3人を見つめる。
 ちなみに、俺の右隣りの辺がシエスタで、左隣の辺にテファが座っている。家族4人(+子供たち)で炬燵に座るときは、このポジションが俺達の定位置だった。

 「まあ、確かに事件というかアクシデントというかは多かったよな。あんまり嬉しくな
いものも結構あるけど」
 苦笑しながら、俺は昔……といってもわずか3、4年前のことを思い出してみた。

  *  *  *  

 まるで文明体系の異なる異世界から来たとは思えぬほど、平賀才人──のちのサイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエールの魔法学院への順応は早かったが、それでもまったくトラブルがなかったわけではない。
 最初のトラブルは、ボンボン貴族──ギーシュにからまれているシエスタを助けたことによる決闘騒ぎだ。
 無論、シエスタは止めようした。貴族に──メイジに逆らっても、平民は絶対に勝てないと。
 しかし、サイト自身は、自分の身に宿った"伝説の力"がどれほどのものか知りたかったし、何より最愛の女性を「しょせんコモンしか使えぬハンパ者」と屈辱したエセ紳士をただで許す気にはなれなかったのだ。
 意外なことに"ルイズ"はこの時、サイトを止めなかった。代わりに、決闘の場に赴くサイトの前に立って、ひとつだけ質問をする。

 「サイトさん、勝算はあおりですの?」
 「ある……と思う」
 サイトの手には、厨房から借りてきた薪割り用のナタが握られている。指の部分を切った軍手に隠されてはいるが、その左手のルーンが微かに光を発していることが、ほかならぬ"主"の彼女にはわかった。
 本来は戦いの道具として作られたものではないとはいえ、十分な殺傷力があり、また"使い手"がそれを武器と認識して力を解放するなら、ある程度ガンダールヴのルーンも威力を発揮するようだ。

 「……わかりました。でも、くれぐれもケガのないようにお願いしますね」
 「初めてやる相手をケガさせないのはなかなか大変そうだけど……やってみよう、我が姫君(ユアハイネス)」
 アニメで見た気取った言い回しでカッコつけて一礼すると、サイトは慎重な足取りで、中庭へと向かった。

 「ルイズさん! どうしてサイトさんを止めなかったんですか!? ルイズさんの言うことなら、使い魔のサイトさんは聞いたはずなのに……」
 身分差も忘れてくってかかるシエスタを"ルイズ"は穏やかに諭した。
 「いいえ、シエスタ。あなたはふたつの点で間違ってますわ。ひとつは、わたくしはサイトさんを使い魔ではなく、友でありわたくしだけの騎士として遇すると決めています。ですから"命令"をする気はありません。
 それでも、もしわたくしが泣いてすがれば、あの方は思いとどまってくださったかもしれません。ですが、それではあの方の想いを無にすることになりますから」
 「想い、ですか」
 「ええ。わたくし、そしてあなたの名誉を守るために戦うと決意されたサイトさんの意思をね」

 そう笑顔で諭す"ルイズ"の顔を見て、はじめシエスタは「この人も所詮は"誇り"だの"名誉"だのにこだわる貴族なのか」と失望したが、一瞬ののちに考えを改める。
 ルイズの手が優しく微笑む顔に反して硬く握りしめられ、僅かに震えていることに気がついたからだ。

 (ああ、この人はこんなにもサイトさんの身を案じている……)
 それでもなお、彼の意思を尊重し、彼のことを信じようとする強さは、今のシエスタには思いもつかないものだ。貴族だとか容姿だとかとは別の次元で、シエスタは彼女に"女"としての格で完敗したことを実感した。

 結局、ふたりの決闘は、ギーシュの作る青銅の乙女達をサイトが危なげなく降したことで決着はついたが、それ以来、以前にもましてシエスタはルイズとサイトに肩入れするようになり……。
 気がつけば、いまやヒラガ男爵(先日爵位を授与されたのだ)邸のメイド長にしてサイトの2号さんというポジションにいるのだから、人生何があるかわからない。

 ちなみに、ギーシュは決闘の時にサイトが吐いた幾つものセリフ(ご多分に漏れず、マンガやアニメからのパクりだが)に痺れて、彼を「心の師」と仰ぐようになり、無二の親友となったのだから、これも結果オーライだろう。
 それとほぼ前後して、彼らはトリスタニアの下町で、伝説の生き証人(いや、"剣"が生きていると言えるか微妙だが)たる魔剣、デルフリンガーと出会った。すでに虚無の使い手とその護り手としての自覚のあるふたりにとって、デルフの存在はこの上なく強力なその"証拠"と言えた。

 しばらくの後、魔法学院の宝物庫を襲撃した「土くれのフーケ」の撃退から、ミス・ロングビルの正体が発覚する。
 念入りに強化のかかった"ヒビひとつない"宝物庫の壁を壊すことは、さしもの巨体のゴーレムにもなかなかの難事で、エラく手間取ったため、その時サイト達に正体を知られることとなったのだ。
 空からの追跡はタバサが、地上からの追跡をキュルケとギーシュが行い、サイトと"ルイズ"は学院を見張っていた。「犯人は事件現場に戻る!」と主張したサイトのヨタを"ルイズ"が信じたからだが、おかげでミス・ロングビルの不審な行動に気づくことができた。
 翌日の追跡劇ももはや彼らにとっては茶番である。限りなく黒に近い灰色の容疑者が、自らの容疑を次々補強してくれているに過ぎない。
 誰かを人質に取られることもなく……それどころか、ゴーレムを呼ぶ暇さえ与えず、サイトはミス・ロングビルこと「土くれのフーケ」を気絶させることに成功したのだった。

 手を握っているだけで会話ができるサイトと"ルイズ"の能力も地味に役に立った。ふたりが手をつないで見つめあっている様を見て、フーケが「ケッ、この色ボケガキどもめ」と油断しまくってくれたからだ。
 もっとも、尋問によってフーケことマチルダ・オブ・サウスゴータの事情を知った一同は、協議の結果、今回の件は不問に帰すと結論する。このまま学園長の秘書を真面目に勤め、盗賊稼業から足を洗うなら、彼女の正体は明かさないことにしたのだ。
 実際の話、ミス・ロングビルは、知的で優しく有能な女性として学院の生徒職員に男女問わず人気があったし、その態度のすべてが演技だとは思えなかったからだ。

 「盗賊である自分を信用するのか?」と問う彼女に、"ルイズ"はにこやかにそう述べた。と同時に、素顔が知れて手配書が回ることは、「正体不明の盗賊」である"フーケ"にとってはかなりの痛手であろうと付け加える。
 事情を知る自分たち──"ルイズ"、サイト、キュルケ、タバサ、ギーシュの5人をいっぺんに殺すのも難しいだろうし、第一そんな血なまぐさいやり方は、義賊「土くれのフーケ」のスタイルでもないはずだ、とも。
 元々、個人的にも"ルイズ"とそれなりに親交があった"ミス・ロングビル"は、彼女が本気でそう言っていることを悟り、渋々ながらに取引に応じたのだった。

 さて、とりあえず"破壊の杖"を「土くれのフーケ」から取り戻したことで、彼らは学院長
からお褒めの言葉をいただくことにはなったものの、肝心の盗賊は取り逃がしたというこ
とで、さすがにシュヴァリエへの推挙はなかった。
 (もっとも、無事「引率」を果たしたミス・ロングビルには臨時ボーナスが出たようで、
彼女の懐はそれなりに潤うこととなった。知らぬが仏というヤツである)

 フリッグの舞踏会では、サイトと"ルイズ"のカップルはかなり人目を引くこととなった。
 もともと、器量良し、性格良し、家柄最良であるルイズの、男子からの潜在的人気は高かったのだが、それがサイトという対となる半身を見出すことで、さらにその魅力は爆発的に開花することとなる。
 家柄や魔法のことで二の足を踏んでいた男子連中は、何であんな平民風情に……と悔しがったが、ふたりが熱愛カップルであることは明らかだった。
 加えて、サイトが「ただの平民」ではない、「メイジ殺し」と呼ばれる域の達人であることも(実際には、それ以上なのだが)、ギーシュとの決闘やフーケの騒動で知れ渡っていたため、ちょっかいを出そうという愚か者はほとんどいなかった。
 ──ちなみに、その「ほとんど」に含まれなかったごく少数の愚か者は、サイトの実力行使と、"ルイズ"の普段どおりの穏やかな微笑をたたえたままの、容赦のない毒舌&脅迫によって、心身ともにボロボロにされるハメとなる。
 のちにその現場──「話し合い」という名の秘密処刑を偶然目撃したミス・ロングビルは、蒼い顔をして「て、敵に回さなくてよかった」と、謎の言葉を漏らしたと言う。

 さて、彼らの冒険の最初の危難と言えば、やはり「極秘のアルビオン行」であろうか。
 ご承知のとおり、この"ルイズ"は元のルイズではないため、アンリエッタ王女との邂逅はそれほど盛り上がらなかったものの、それでも王女の依頼を"ルイズ"は断らなかった。
 一応、カトレアも幼いころのアンリエッタ王女との面識はあり、僭越ながら当時はもうひとりの妹のようにも思っていた。
 だから、彼女の境遇に同情して……という部分がないわけではないが、それ以上に、この件が国家を揺るがす可能性のある大事件であるということを気づいていたからだ。
 そして、それほどの大事であるにも関わらず、アンリエッタには旧友である「ルイズ」しか頼りにできないほど切羽詰まっているということも。
 しかし、それでも"ルイズ"はアンリエッタ王女に一言言わずにはいられなかった。

 「僭越ながら殿下、いま貴女が為すべきことはひとりでも多くの味方を……"友"を作ることです」
 無論、王族ゆえの立場はあろう。自分も含め、決して「対等」というわけにはいかないかもしれない。しかし、それでも「友」としてあることはできるし、また、そういう「友」こそが、最後の最後で頼りになるのだ……。
 自分とシエスタ、あるいは外国人であるキュルケやタバサ達との関係を例にとり、切々と王女を諭す"ルイズ"。

 のちに即位したアンリエッタ女王はしばしばこう語る。「自分の方が半年ほど年上のはずなのに、ルイズと話していると彼女の方がお姉さんみたいに感じる」と。
 もっとも、それは決して否定的な意味ではなく、ひとりっ子である彼女にとってはむしろ好ましい感覚のようだが。
 その影響か、後に血縁的に従妹にあたるティファニアと会った時は、本物の妹のように可愛がるようになる。テファの身柄をめぐり、最後まで自分の義妹としてそばにおこうと画策したりもしたのだが、結局本人の希望でヒラガ夫妻が引き取ることとなった。
 いずれにせよ、この夜を境にアンリエッタ王女が、人間として、また王族としても少しずつより好ましい方向に(まあ、多少シスコンの傾向はあるにせよ)変わっていったのは事実だ。

 そして密使としてルイズとサイトは旅立ち、また彼らの旅立ちに気づいたキュルケとタバサ(オマケのギーシュ)もまた、ふたり追いかけることとなる。
 途中にさしたる障害もなくラ・ロシェールについたふたりだったが、結局、3人の級友に追いつかれ、やむなく"ルイズ"は最小限の事情──アンリエッタ王女の密命でアルビオンに渡り、ウエールズ王子に会わねばならないことを告げる。
 だから、ギーシュはともかく外国籍のふたりは、戦場となった王城に侵入するなどという危険を侵す必要性はないのだ……と説く彼女に、傲然と胸を逸らしてキュルケは反論する。理由ならある、と。

 「あたしたち、友達でしょう?」
 「心配」
 「友のために命をかけてこそ、"真の貴族"というものですよね、師匠!」
 サイトと"ルイズ"は顔を見合わせて、涙だぐみながら微笑んだ。そして、これほどまでに自分たちのことを心配してくれる、かけがえのない友の存在に深く感謝した。

 ──ちなみに余談だが、後年トリステインの王都で上演され、ロングランヒットを飛ばす歌劇「虚無ノ唄」では、この時集った5人を「無の五烈士」と呼ぶこともある。

 "無垢なる桜姫"ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール
 "無双の神盾"サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ
 "無比なる紅焔"キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプス
トー
 "無音の凍嵐"シャルロット・エレーヌ・オルレアン
 "無数操者"ギーシュ・ド・グラモン

 歌劇では、5人がこの時、「我らのうち誰かが窮地にある際は、必ず他の者が死力を尽くして互いを助ける」という誓いを交わしたともされるが、さすがにこれは眉唾であろう。
 さらに、これに「光輝の妖精」ティファニアを加え、「虚無の双姫と四騎士」と呼ばれることもあるが、本人達が知った時、死ぬほど恥ずかしがっていたので、やめてあげて欲しい。

 ……少し話が逸れた。
 その後、5人の乗った船が空賊に襲われたが、その"空賊"が王家縁の者だと"ルイズ"とタバサが見抜いたり、実はその"空賊"の頭こそがウエールズ王子その人であったりと、ちょっとしたハプニングが続いたが、結局は大過なく5人は無事に帰国し、アンリエッタ王女のもとに、"手紙"とウエールズから託された形見を届けることができた。
 なお、出発の前夜の壮行会のあと、あくまで"模範的な王子"としての態度しか露わにしようとしないウエールズにサイトがキレて、王子の私室で殴りあいのケンカになった、という噂もある。
 しかし、事の当事者のうち、ウエールズは亡くなり、サイトは黙して語らず、唯一その場を目撃したはずのギーシュもまた言葉を濁しているため、真相は藪の中だ。
 ただ、翌朝、サイト、そしてウエールズの顔にいくつもの(水魔法で直しきれていない)青痣があったことと、アンリエッタのもとに、彼女自身の恋文とは別にウエールズからの遺言ともいえる手紙がもたらされたことだけは事実である。

 その手紙を受け取り、ウエールズからの(私的な)伝言をサイトによって耳元で囁かれたアンリエッタは、悲しみと喜びが同時に押し寄せてどういう顔をしてよいかもわからなかったようだ。
 見かねた"ルイズ"が優しく己の胸にアンリエッタの頭をかき抱き、サイトが不器用に王子とのつかのまの会話を語るうちに、ようやく気持ちの整理がついたのか、アンリエッタはふたりに心からの礼を言った。
 そして、これ以後、王女はふたりにそれまで以上に深い信頼を寄せるようになったのだったのである。

 アルビオン王家を滅ぼしたものの、手痛いダメージをくらったレコンキスタ軍が、ようやく再び動けるようになった頃、トリステインはゲルマニアと同盟して強固な防衛線を築いていた。
 ただし、アンリエッタがゲルマニアに嫁いだわけではない。かの王のもとに赴いたのは、なんと彼女の母、マリアンヌ大后であった。これは、覚悟を決めたアンリエッタが、自らの母に膝詰め談判を行ったことによる。
 トリステイン王家直系の血を引く人間は、すでに自分とマリアンヌのふたり。どちらかがゲルマニアに嫁ぐというなら、残った方が王位につき、かつ後継ぎも残す必要がある、それが王家に生まれたものの義務だ、と。
 マリアンヌ大后にとっては究極の選択であったろう。どちらを選んでも、亡き王の喪に服して独り身を貫くことはかなわない。しかし、確かにそれは道理ではあったのだ。
 それならば、王女を故郷に残し、自分が人質となろう。それが不甲斐ない母親としてせめてもの務めだ。そう観念したマリアンヌは、喪服を婚礼衣裳に着替え(せめてもの意地か、ウェディングドレスは黒一色であった)、ゲルマニアに赴いたのであった。
 さすがに、この状況下で正面から挑むことは、"虚無"を自称するクロムウェルを頭にいただくレコンキスタといえど容易ではない。
 奇襲やゲリラ戦を挑むも、アンリエッタ女王の指揮のもと各軍はよく防ぎ、逆に新設された「水霊騎士隊」を用いて敵本陣近くを奇襲し返すという快挙を成し遂げ、クロムウェル以下敵軍の心胆を寒からしめた。

 また、ウェールズ王子の死体をアンドバリの指輪の魔力で操り、アンリエッタを籠絡せんとする試みも、すでに歴たる女王としての自覚を持ち、同時にウエールズ王子自身の遺言に勇気づけられている彼女には通用しない。
 逆に、その場に居合わせたサイトの漢泣きにくれながらの拳と、不完全とは言え虚無に目覚めつつあるルイズのピンポイントエクスプロージョン(もどき)によって、ウェールズが自我を取り戻したほどだ。

 「すまなかったね、アンリエッタ。死んでからも迷惑をかけるとは、僕はやっぱり大馬鹿者だ」
 「う、ウエールズさま……」
 「おっと、近づかないでくれ。ここで君の腕に抱かれて眠りにつくのも悪くはない結末だろうけど、僕にはまだやることがあるんだ」
 「そ、そんな……やっと……やっと会えたのに」
 「素敵なレディになったねアン。願わくば君の行く道が、虚無の導きによる光によって照らされんことを……さらば!」

 そのままレコンキスタ軍に戻ったウエールズは、自らの体にくくりつけた大量の火の秘薬もろとも爆散して果てる。幸いクロムウエルは無事だったものの、幹部連の何人かはその爆発に巻き込まれ、アンドバリの指輪による蘇生すら覚束ない有様だった。
 追い詰められたレコンキスタ軍は、ついに最後のバクチに出る。
 全軍、掛け値なしに全軍全部隊揃っての神風攻撃(バンザイアタック)。まともな軍隊なら絶対にやらない戦法だ。これでは、仮にもし勝てたとしても自軍の被害が大き過ぎる、というより勝っても意味がない。まさに狂信者ならではの非論理的な発想だ。

 しかし……それだけに厄介だった。膠着した戦線に多少油断していた感は否めない。真っ向からのこれだけの大軍を受け止めるだけの余裕は、現在のトリステイン軍にはなかっ
た。
 せめて、部隊を編成するだけの猶予が欲しい。
 そこで名乗りを上げたのが、"ルイズ"とサイトである。
 五万人対ふたり。普通なら結果はわかりきっている、賭けとすら呼べない自殺行為だったが、ふたりは笑って死地に赴いた。

 勝てると思っているわけではない。
 奇跡を期待しているわけでもない。
 怖くないわけがないし、痛いのも苦しいのも死ぬのも嫌だ。
 それでも……今、自分たちにできる、自分たちにしかできないことがある以上、もしここでやらなければ、きっと後悔する。

 「サイトさん、わたくしのわがままに……」
 「ストップ! いつも言ってるだろ。俺は、ルイズさん……いや、ルイズの騎士で恋人
だって。だったら、ルイズを守るのは俺の役目だ。そんなおいしい役割、誰に譲るもん
か」
 「フフ……そう、そうですわね」
 「まあ、人生の最後の最後の瞬間までふたりでいられるんだ。そう考えれば、悪い道行
でもないさ」
 「はい、死がふたりを分かつまで……いえ、死がふたりに訪れようと、わたくしたちは
一緒、ですよね」
 「当然!」

 そして、ここでもまた二人は伝説を打ち立てる。
 絶望的と言うのも生ぬるいこの逆境において、敵のほぼ全ての船を地上に落とし、進軍する4万人を超える地上部隊の4分の1近くに壊滅的な打撃を与えたのだ。
 もし、これが正気の軍隊なら、それほどの被害に怖気づいて退却してもおかしくはない。
 不運なのは、かの軍が半ば以上理性と正常な判断力を奪われ、機械的に進む生けるゾンビの如き集団だったことだろう。
 "ルイズ"の精神力が尽き、半ば生命力を削って行使するエクスプロージョンが途切れがちとなり、彼女を庇って敵を近づけまいとするサイトの体も満身創痍となり……。
 ついに万策つきてついでに力も尽き、最後にサイトが覚えているのは、遠距離からの無数のファイアーボールが迫る中、せめてルイズだけはきれいなままで、と腕の中にかばったところまで。
 次に意識を取り戻したとき、目の前には美しき森の妖精がいたのだから。

 *  *  *  

 「あの時は、本当に死ぬかと思いましたわ」
 「笑いごとじゃないですよぅ! ほんとにほんっとーに、心配したんで゜すからね!!」
 シエスタが怒るのも、それだけわたくしたちの身を案じてくれたからなのでしょう。
 一度は訃報が届いたらしいですし、本当に心配をかけてしまいました。

 「でも、よかった。わたしの召喚が偶然にでもサイトたちを呼ぶことができて」
 ええ、それは本当に感謝しています。
 ……あら。そう言えば、テファは結局コントラクトサーヴァントの魔法は使っていないんでしたね。

 「そーいやそうだな。テファ、今さらだけど、ヤッとくか?」
 「わわっ、やめろーーっ、胸にルーンが出来たらどーする気だ!」
 あら、デルフリンガー、いたの?

 「いたのじゃねーぜ、嬢ちゃん。相棒もひでーなぁ。休暇に入った途端、こんなところに俺を置き去りにするなんて」

 デルフリンガーは、サイトさんいわく"トコノマ"とかいう板がむき出しになったところに、専用の台を作って安置されてます。なんでも、サイトさんの故郷では、トコノマには立派な剣を飾るのがステータスなのだとか。

 「そうは言っても、自分ン家の中で剣を持ったままってのも物騒だしなぁ」
 「あまいっ! 剣士たるもの、常日頃から備えを怠るのは……」
 「いや、一応、こいつは持ち歩くようにしてるし」
 と、サイトさんが取り出したのは、小ぶりな短剣です。何でも、この短剣もインテリジェンスソードの一種で、持っていれば初歩的な魔法が使えるのだとか。
 ガリアの新女王となったタバサが贈ってくれたのですけど、高価なものだったんじゃないかしら。「サイトなら、使いこなせると思うから」と言ってましたけど……。
 ガンダールヴの力を発揮したサイトさんによると、本来は持つ人の体を操る、呪いじみた機能もあるらしいのですが、ガンダールヴのルーンの力で完全に制御しているのだとか。
 「ハッハッハッ、まあいーじゃねぇか、デルフの兄貴。兄貴は戦場用、俺様は護身用ってことで」
 「あ、テメ、よくもぬけぬけと……!」

 インテリジェンスソードどうしの口ゲンカという実に珍しい光景も、我が家では日常茶飯事です。最初のころは、ヒデトも目を丸くして見ていましたが、最近では慣れてキャッキャと楽しそうに喜んでいるくらい。
 ……将来は、大概のことには驚かない、随分の肝のすわった子に育ちそうですわ。いえ、男の子はそれくらいの方がよい気もしますけれど。

 「ま、あのふたりは放っておいて、そろそろ寝ようか」
 「そうですわね。この子たちもそろそろおねむさんみたいですし」
 さっきから眠そうだったサイカちゃんはもとより、ヒデトも目をしばしばさせていますし、ヒラノちゃんはテファのおっぱいをたっぷり飲んで、早くも夢うつつみたいです。

 「おユノミは置いておいてください。わたしが片付けますから」
 「あ、シエスタ、わたしも手伝う」

 残念ながら、家事に関してはふたりに二歩も三歩も譲る腕前のわたくしは、申し訳ないのですが甘えちゃうことにしました。
 あら、何をブツブツ言ってるんですか、旦那様(あなた)。

 「休暇は、明日までだし……そーだ! いっそ今日は朝までみんなで一緒に!」
 もうっ! いくら家族だけって言っても、ここにはまだ子供たちもいるんですよ、サイトさん。
 ──いえ、もちろんわたくしだって、サイトさんと、そのゴニョゴニョすることにやぶさかではありませんが……。ハッ! いけません。わたくしはひとりだけ突っ走っては。
 ここにはシエスタやテファだっているんですから。「第一夫人だからって無闇にイバったり、サイトさんを独り占めしたりしませんから」って、結婚式の日、控え室でふたりに誓ったじゃないですか。

 うーん、となるとヤッパリ旦那様のアイデアに従うしかないのかもしれません。
 ああ、偉大なる始祖様、みだらなわたくしどもをお許しください。でも、淫らではあっても、決してふしだらではありませんので、そこのあたりお間違えなきよう。

 胸の中で罰当たりな祈りを捧げつつ、わたくしは片付けをしているふたりよりひと足先に「夫婦の寝室」に足を踏み入れたのでした。

 *  *  *  

 翌々日、水霊騎士一番隊隊長兼大隊長が早朝訓練に遅刻したことを付け加えて、この物語の〆とさせてもらう。
 彼の佩剣いわく
 「やぁ、相棒もまだまだ無茶がしたいお年頃ってことさね」
 とのこと。

<とりあえずFIN>

なんだかグダグダな終わり方になってますが、これにてサイトと偽ルイズ(カトレア)さんのお話は終了です。だいぶ駆け足になってしまいましたが……。以下は、第三者視点からの番外編その2です。時系列的には、上の本編エピローグより、ちょっとだけ前の話。



Ex2. 突撃れぽーと!?

 突然ではあるが、ハルケギニアの社会制度は、一夫一婦制が基本である。
 もちろん、これは建前だ。大貴族や富裕な商人の場合、本妻以外の愛人を囲うことも珍しくはない。王室などの場合、後継者が生まれていない場合などむしろ側室を暗に推奨されるきらいすらある。
 とはいえ、あくまで建前上は、始祖ブリミルに永久の愛を誓う相手はあくまでひとり、ということになっている。当然、本妻以外に妾や愛人がいることは、おおっぴらにはあまり褒められたこととはみなされない。ないのだが……。
 ここに、二又どころか三つ又までかけて、なおかつそれをほぼ公然のものとしつつ、周囲の人々から非難を受けないという、誠にうらやま……もとい、けしからん人物がいたりするのだ。

[ヒラガ邸メイド長にしてヒラガ男爵第二夫人の証言]

 え? 旦那さま……サイトさんの第一印象、ですか?
 うーん、そうですねぇ。一言で表すなら、「幸せそうな男性(ひと)」、でしょうか。
 あ、勘違いしないでくださいね。脳天気だとか頭がハッピーって意味じゃないですよ? いえ、まぁ、時々おふたりのじゃれあいを拝見していると、そう感じることがないわけでもないんですが……。
 そ、それはともかく! 初めて会った時、サイトさんは……そのぅ(チラリと後ろを気にしつつ)ルイズさん、つまり現在の奥様と同じベッドで半分な裸の状態で抱き合って眠ってらしたんです。
 はい、当時からわたしは奥様と親しくさせていただいてまして、「ミス・ヴァリエール」ではなく「ルイズ」と名前で呼んでほしいと言われてました。平民と貴族という身分の差こそあれ、畏れ多いことですが「友人」と呼んで差支えない関係だったと思います。

 で、朝が弱いルイズさんを起こして差し上げて、ついでに洗濯物をお預かりするのがわたしの日課でもあったんですけれど……。
 ノックしても返事がないのもよくあることだったので(その許可もいただいてましたので)、遅刻したり朝食に遅れたりしてはいけないとルイズさんの部屋に入った途端、目に入ったのが、同衾中の男女だったというわけです。
 ええ、それはもう驚きましたよ。ミス・ツェルプストーのように、男女関係にことさらにリベラルな貴族の子弟の方も、学園には何人かいらっしゃいましたけど、まさか、清楚で優しく奥ゆかしい、あのルイズさんが、なんて。
 ただ、それも一瞬遅れての感想で、最初目に入った光景からは──わたし、学がないんで巧い言葉が出てこないんですけれど、そう「ぬくもり」とか「至福」とか言うタイトルのついた、一幅の絵画みたいな印象を受けたことを覚えています。
 ひいお爺ちゃんから聞いた「比翼の鳥」って例えは、きっとあのおふたりにこそ当てはまる言葉だと思いましたね。
 ──今にして思えば、そんなカッコのいいものではなかった……と言い切るのも、微妙ですけど。実際、おふたりは「トリステインの救世主」であり、「伝説の虚無」と「最強の剣士にして守護者」なワケですから。

 それででしょうね。あれだけ数多の貴族の殿方のさりげない誘いにそよともなびかなかった(もしかして気づいてなかっただけかもしれませんけど)ルイズさんが、認めた/愛した男性、ということで興味を持っちゃったんですよ。
 あ、断っておきますけど、サイトさんをどうこうしようなんてことはまったく考えてませんでしたからね。
 まがりなりにも「友達」の「最愛の存在」を横取りするほど、わたしだって人として最低ではないつもりです。
 でも……仕方ないじゃないですか。好きになっちゃったものは!
 ルイズさんの部屋で挨拶して、水汲み場に案内して、お昼の配膳なんかも手伝ってもらって、ミスタ・グラモンから体を張って助けてもらって……。
 そういう小さな好意が積み重なって、気がつけばわたしはサイトさんの姿を目で追うようになっていました。
 そして、戦争で行方不明になられたおふたりが無事戻られたとき、その姿を見て胸に湧き上がる想いを直視して、わたしは初めてこれが「恋」なんだと確信しました。
 無論、サイトさんとルイズさんが両想いなことはわかってました。
 だから、この想いは一生胸にしまっておこう、そう決心してたんです。

 でも、主となった人達を形容するのには不適切かもしれませんけど、ミス・ツェルプストーの言葉をお借りすれば、本当にあの方たちは「大バカ者のお人よし」なんですよ。
 サイトさんがシュヴァリエの称号を授与されて、領地屋敷持ちの貴族になられる際、私、おふたりから自分たちの屋敷で働いてくれないか、と打診を受けてました。
 お給金も待遇も学園にいるときとは比べものになりませんし、何より大好きなおふたりのお世話をできるのですから、何も躊躇うことはないはずなのに、私はその場では即答を避けました。
 ええ、お察しのとおりです。ルイズさんの夫となった(その時点では婚約者ですけど)サイトさんをずっと見つめ続けることに、耐える自信がなかったんです。

 でも、そんなわたしの気持ちは、ルイズさんにはお見通しだったんでしょうね。その夜、わたしの部屋をひとりで訪ねて来られて、夜明けまでお話しました。
 ご実家のこと、学園生活のこと、サイトさんの素性、戦争で何があったか、サイトさんとの関係、ご学友のこと……いっぱいいっぱいお話しました。
 わたし自身のことも同じくらい話しました。従姉のジェシカとだって、あんなんなにたくさん話したことがないくらい。
 そして、朝陽が昇るころ、静かにわたしに聞かれました。
 「サイトさんが好きなら、わたくしたちと一緒に来てほしい」と。
 それは、恋愛の勝者の驕りなんかじゃ決してなくて……。
 わたしの想いと、サイトさん自身も気づいていないわたしへの好意と、「親友」としての感情、それらすべてを踏まえたうえで、わたしにも「一緒に妻としてサイトさんを支えてほしい」とおっしゃったんです。
 ふふ……超がつくほどのバカ、ですよね。やだ、思い出したら涙が出てきちゃった。
 まあ、あとはご推察のとおり。わたしはこの家をとり仕切るメイド長として、旦那さまにご飯を作ってさしあげたり、お洗濯や掃除したりと、ある意味一家の「主婦」としての立場を確立することになったわけです。
 え? 「寝室内の妻の勤めは」? はい、それももちろん……って、何言わせるんですか!!


[ヒラガ邸住人/男爵の第三夫人の証言]

 ご、こめんなさい、お待たせしてしちゃって。今日は学校のある日だったから……。
 あ、違います。わたしが学んでいるんじゃなくて、先生をしてるんです。虚無の日に、平民の子供たちの希望者を募って、読み書きとか計算とか、簡単な歴史とかを、教えてるんです。
 うん……じゃなくて、はい。サイトの、ヒラガ卿の提案で。なんでも、サイトの故郷にも「日曜学校」とかいう制度があったらしくて。子供たちも喜んでくれますし、わたしも教えることが楽しいし、一石二鳥かなって。
 え? 今日の取材はわたしのことじゃなくて、サイトとの、な、馴れ初め!?
 はぅーーーっ……(真っ赤)
 その……どうしても話さないとダメ? 「できればお聞きしたい」?
 ぅううう……(どうしよう、はずかしい、でも、誰かに話したい気もするし……)
 ──わかりました。お話しします。

 わたしがサイトとルイズさんに会ったのは、おふたりが戦争で殿(しんがり)を務めて、ボロボロに傷だらけになられた時のことでした。
 ええ、おっしゃるとおり、冗談半分で「サモンサーヴァント」を唱えたとき、ゲートから抱き合ったままのおふたりが現れたんです。
 サイトは左手の手首から先がズタズタに裂けてたうえに、背中に何本も矢がささってて、全身にも火傷とか切り傷だらけで……。
 ルイズさんは、サイトが必死に庇ってたおかげか、外傷は細かい擦り傷くらいしかなかったけど、ひどく衰弱して昏々と眠り続けていたし……。
 本当にひどい有様でした。

 幸い、母から受け継いだ傷を癒すマジックアイテムが手元にあったから、何とか治療はできたんだけど……。それでもふたりとも丸二日は意識を失ったままでした。
 で、ひと足早く目が覚めたサイトが、慌てて部屋を見回して、そばにルイズさんがいることを知って、やっとホッとしたような顔になったんです。
 優しい表情でルイズさんを見つめるサイトの横顔を見たとき、わたし、生まれて初めて胸がキュンってしちゃったの。
 うん、たぶん、その時がわたしの初恋。

 で、そのあと、サイトとお話して、「こんな優しくて暖かい男の人に、これほどまでに思われてるなんて、うらやましいなぁ」とか「きっと、素敵な女性なんだろうなぁ」とか思って……。
 そして、目が覚めたルイズさんとお話してみたら、想像通り、ううん想像以上に素敵な女性で、「ああ、やっぱり」と、なんでかちょっとだけ悲しい気持ちになったりしました。
 きっと無意識に感じてたんです。「初恋は実らない」ってジンクスどおり、わたしのこの想いもきっと成就しない、って。

 それでも、おふたりとお友達になれたことは、わたしにとって何よりうれしいことでした。
 だから、後日、ルイズさんからの提案があった時も、悩みましたけど、孤児院の子供たちと一緒にトリステインに来ることを決心したんです。
 学院に入ってからは……それは少しは辛いこともあったけど、でも間違いなく幸福だったと胸をはって言えます。
 ルイズさんだけじゃなく、キュルケ、タバサ、シエスタ……その他いろいろなお友達ができたし、あの村にいてはきっと一生経験できないことを沢山たくさん学びました。
 だから、思ったんです。
 「もう、いいや」って。「もう十分だよね、テファ。これ以上の幸せを望んだら罰があたるよ」って。
 でも、わたしの理想の淑女であるところのルイズさんは、そんなわたしの心の揺らぎさえお見通しで……わたしには想いもよらない方法で、もっと大きな幸せを分けてくださったの。
 それが何なのかは……言わなくてもわかりますよね?
 え? 「一生お妾さんでいいのか」? 
 うーん、でも、それを言ったらわたしのお母さんからして、お父さんの正妻じゃなかったし……。わたしをこの世に産んで、命がけで守ってくれたお母さんのことは、大好きだし誇りに思ってますから。
 だから、生まれてくる子のこともわたしとサイトで……ううん、家族全員で精一杯の愛情を注いであげるつもり。

  *  *  * 

 ──ティファニア嬢(あるいは夫人)は、そう言うと、幸せそうに下腹部を撫でながら、女神のごとき慈愛を込めた視線で背後に置かれたテーブルでお茶をたしなんでいる「家族」達に目をやり、述懐を終えた。

 二十代半ばを過ぎて、いまだ妻どころか恋人さえいない記者としては、それがまぶしくて仕方がなかった。
 一部で悪意をもってささやかれているヒラガ卿に関する噂──新興貴族の立場を利用してふたりの愛人を無理やり囲っている──というのが、的外れな風聞であることは認めざるを得ないであろう。

   -ウィークリー・トリスタニア・タブロイド記者ライジング・マウント-
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