2012年03月29日

第二章 革命編    その15     裏

〜side エヴァンジェリン〜







「んっ…。」

目を覚ますと、何かに締めつけられているような少し強い圧迫感があった。
普通であれば、不愉快になるような感覚だが、ゴツゴツしながらも仄かに温かいそれは不思議と私を落ち着かせた。

ゆっくりと目を開けると、目の前に徹がいた。
私を抱きしめながら、まるで安心しきった子供の様に穏やかな寝顔である。

「まったく、いつも私の事を子供扱いしてくるくせに、貴様だって十分子供っぽいではないか。」

小さく文句を言いながらも、笑みが零れる。
そんな幸せが、私にはとても大きかった。

この、日々を与えてくれたのは徹だ…。
あまりに普通で、平凡な毎日を彼は、私にくれたのだ。

人にとっては何でもない幸せ。
だが、私にとっては大きすぎる幸せ。

それを、彼が与えてくれたのだ。

私だけではない。
ココにいる者達全員に、彼はその幸せを与えたのだ。

そんな徹が、誰よりも幸せではないのだ。
もっとも幸せであるべき人間が、一番辛い…。

胸の中に広がる、安らかな気持ちに罪悪感が沸いた。

コイツの夢を見た。
たいした覚悟もせず、軽い気持ちでコイツの夢を覗てしまったのだ。

軽率で愚かな行為。

最後の、あの甲高い音がいつまでも耳の奥にこびり付いているのだ。
まるで、私を戒めるかのように。

ちょっと考えれば分かる事だった。
こんな幼い子が一人で放浪しているのだ。
なにかあったのだと、思うべきだった。

だが、私はそれを怠った。
その巨大な力が、狡猾な知恵が、眩しすぎるほどの優しさが、私を惑わせた。


いや、そんなのは言い訳だ。

私は舞い上がっていたのだ。
自分が受け入れられた事に、平凡な暮らしが出来る事に。
だから、見逃したんだ。

愚かだ。
あまりにも愚か過ぎる。

徹の夢を見て、私は初めて徹が死ぬんだと実感した。
確かに、奴も人間なのだから死ぬんだろうと漠然と思っていた。
だが奴の力と知恵があれば、死にはしないんだろうと勘違いしていたんだ。

確かに奴の力は巨大だ。
ある程度の力と、異常なほどの技術は確かに持っているだろう。

だが、ただの人間なんだ。
魔法も気も使えない。
非弱な人間なんだ。

極当たり前の事、だが私は徹が死にそうになったその瞬間になってようやく、その事を実感したのだ。


今までの出来事から考えてみると、徹は何処か遠くから来たというのは間違いないだろう。

彼は、その知恵からは想像がつかないほどの常識知らずだったのだ。

誰でも知っている様な事をまるで知らないでいた。
そこから考えると、まだこの辺りに来て時間も経っていないのだろう。

たった一人で、何も知らない土地にいる。
それは、成長しきっていない少年には辛い。

彼の腹をゆっくりと指でなぞった。

あの後よくよく見てみると、銃創以外にも色んな傷が彼には刻まれていた。
どれ程の危険が彼に降りかかったのかは分からない。

だが、それはけして生易しい物ではなかったのだろう。

ソレを、傷の一つ一つが証明していた。

この幼い様子からは想像が出来ないほどの苦難が彼を襲ったのだろう。
それは、彼自信が不安定になってしまうほどに。

徹の夢を覗いた次の日だった。
奴は、私に風呂の有無を聞いてきたのだ。

夢を見る前であれば、常識を知らないだけだと思うだろうが
その時は、そうでないと気付いた。

いくら文化が違うと言っても、命に関わる部分が違うはずがないのだ。

首を絞める、心臓を貫くと同じ様に、風呂に入るというのも命に直結する。
そんな事をワザワザ聞いて来る筈がないのだ。

慌てて、彼を風呂に入らない様に説得をした。

後から聞くと、どうやらメアも私と同じ様な事を聞かれたらしい。
どうやら、今の奴はかなり不安定な状況にいるようであった。

とりあえず、奴が自殺しない様に私達は徹を見張る事にした。

私達というのは、私とメアの二人だ。

徹は救われた者たちにとっての希望なのだ。
そんな徹が自殺を考えているなどと大勢が知ってしまったら混乱すると判断して、二人にした。

昼間は、それとなく彼と共に行動し、夜は一緒に寝る事にした。
幸い、吸血鬼は夜行性のため、彼が少しでも動けばスグに目が覚めた。


そうやって徹を見張り続けたが、しばらくの間は徹は何も行動を起こさなかった。


だが、ある日。

いつもは動き回っている奴が、難しい顔をしながら空を見上げていたのだ。

私はまだ信用に値しないのだろうか?
徹は不安や弱音は一切私に言おうとはしなかった。

確かに、そうやって弱音を吐かない姿は凄いとは思う。
何も知らない者にとっては何でもないのだろうが
奴の過去を知ってしまった者として見ていると、その強さに泣きそうになる。

なまじ強いからこそ言いだせない。
奴の身体についていた傷以上に、奴がぼろぼろに見える。

限界以上に傷つき、助けを求めているのではないだろうか?
だが、強いからこそ必死にソレを抑えて、我慢して、そして再び傷ついているのではないだろうか?

「という訳で、風呂を作るぞ!」

奴は明るく言い放つと、風呂を作る準備をし始めた。
その明るさも、無理やり作り出しているのだろう。

「アホか貴様は!」

気付けば、私は奴の後頭部を叩いていた。
目には涙が溜まり、今にも零れそうになっているのが自分でも分かる。

「ど、どうしたの!?エヴァちゃん。

お腹が痛いとか?」

心配そうに聞いてきた。

そう、コイツはまだ私の心配をするのだ。
自分がそれどころではないというのに。

情けない事に声が出ず、首を振る事しか出来なかった。

「誰かにいじめられたの?
それとも、お昼が足りなかった?」

あげてくる例が子供染みていたが、それでも奴は私を本気で心配していた。

「──が死──ぅ───だ。」

普通に喋ろうとするが、途切れ途切れでしっかりと発音が出来ないでいた。

「うん?
なに?」

優しく聞きて来る奴に

「お前が死のうとするからだ!」

私は、叫ぶように言った。

「大丈夫だって。オレは死ぬ気はないよ。」

「だったら、風呂などに入るな!」

もうプライドも何もない。
ただただ、徹に生きて欲しかった。

「そういうワケにもいかないんだよ。」

「どうしてだ!?
やめろ、絶対に入るな。入ってはならんからな!」

もう、今の私に考える力など残っておらず、ただ思うがままを口に出す。

「エヴァちゃん、あのね」

「私のモノにならなくても良いから、私が徹のモノになっても良いから。
呼ばれたいのなら、テツ兄ぃと呼んでやるから。

だから、だから…。

頼むから死なないでくれ。

お願いだ…。」

「エヴァちゃん、よく聞いてほしい。」

言いながら徹は私の肩をつかみ、その漆黒の目で私を覗く。
その瞳は、何処か神秘的で吸い込まれそうな錯覚に陥った。

そして、徹はゆっくりと語り出した。

徹の推測が交じった環境や風呂の事を。

「だが、その考えが間違っているかもしれないではないか。」

そう、それはただの推論なのだ。
もし間違っていたら、彼は黒死病の被害にあう可能性が高いのだ。

身体がおぞましい黒紫色になる、あの怖ろしい病に…。

「たしかに間違っているかもしれないけど
オレが昔住んでいた所は、毎日の様に風呂に入っていたから、エヴァちゃんが言うように急に死んだりはしないから大丈夫だよ。」

平気な様に言うが、それは黒死病の怖ろしい死に様を知らないのか、それとも平気なふりをしているだけなのか…。

「どうしても入らないといけないのか?」

「うん。
とりあえずオレだけでも入っておけば、皆の抵抗だって少しは薄くなるかもしれないし…。」

困ったような笑みを浮かべながら、徹は答えた。

自殺ではなかった。
だが、それは類似した事であった。

他の人のために身体を張る。
こう言えば、見栄えは良いだろう。
昔話などに登場する英雄達も他の人のために身体を張る。

だがだ。

だが、残された者はどうなる?

昔話の様に、『めでたしめでたし』で終われば良いが、世界はそんなに甘くはない。

徹だって、その事は分かっているはずなのだ。
いくら徹だと言っても、死を恐れないはずはない。

だが、奴は困ったような笑みを浮かべながら答えるのだ。

他の人のためだと。


メアが言っていた。
徹は寂しい太陽だと。

気高く、雄々しく、優しい。

だが、悲しい太陽だと。

時には自分の身をも燃やしながら、周りを温かく包むと…。

確かに、そうなのかもしれない。
奴は自分を下に見過ぎている。

他の人さえ幸せならば、自分などはどうだっていいと考えているのではないだろうか?

もし、そうだとしたら私は徹の事を許せないだろう。

奴の価値はそんな物ではない。
人に価値をつけ、比べるのは愚かな行為かもしれんが、そんな事は知らん。

私にとっては、奴がもっとも大切なのだ。

そして、これからも奴が救う人間も大勢いるだろう。
ソレを見捨てて、奴は風呂へと入ろうとするのだ。

確かに、そのおかげで命が救われるかもしれない。
だが、それでも…。

色々と言い訳を並べてみたが、結局のところ私は奴を死なせたくないんだ。

だが、奴は私が何を言ったとしても風呂に入ろうとするだろう。
だったら

「分かった。もう何も言わんよ。」

こう言うしかないではないか…。



だが、私は悪い吸血鬼だ。
タダというワケにはいかないな。

「ただし、条件が一つ。」

くっはははははは。
どうだ?
悪の契約だ。怖ろしいだろ!?

「で、何?
その条件って?」

「あのな、私は悪い吸血鬼なんだぞ。

もうちょっと、不安がったりしないのか?」

「うん、全然。」

まったく、少しぐらい怯えろ。

「ふん、つまらない男だ。

条件とはな




私も一緒に入れろ。」

だが、コレは仮初(かりそ)めの契約だ。

そのまま受け入れられてしまっても困る。
悪の契約なのだから、裏ぐらいあると考えるべきだろうが、お人好しのコイツはそんな事を考えもしないだろう。

まだ僅かな期間しかこの者と行動をしていないが、コイツの性格はなんとなく分かった。

怖ろしいと思えるほどの、知略、戦略眼を持っている。

だが、どこかで甘い。
一度信用した人間には、とことん信用しきるのだ。

何度も裏切られているだろう。

それでも、奴は信じていく。
まるで騙された自分が悪いというが如く。


この契約の裏には私のエゴが隠されている。

私には一つだけ方法があるのだ。

奴が死なない…。

いや、死ねなくなる禁忌の技術が私にはあった。

それは、奴に噛みつき、吸血鬼の血を奴の身体に入れる…。
奴を吸血鬼にする技術。

だから、共に風呂へと入り、奴が体調を少しでも悪くしたら







私は、奴を吸血鬼へとする。



コレは私のエゴだ。

奴に恨まれようが、何をされようが、私は構わない。

ただ、奴に生きて欲しいのだ。




ふふふふ…。

これでは、私を吸血鬼へとした『奴』と同じになってしまうな…。

きっと徹は私を恨み、軽蔑をするだろうな…。

そう考えながらも、心の奥底では優しい徹だったら許してくれるだろう
と、思っている自分に気付き嫌気がさした。


もう、私は誇りある悪などではなかった。
ただ、自らの欲望に忠実に生きる、下賤な悪だ。

「別に良いけど、怖くはないの?」

やめてくれ、私にそんな優しい言葉を投げかけるな。

私は、お前を裏切ろうとしているんだぞ?

どれだけ、吸血鬼が世界から拒絶されるか知っていながら、お前を吸血鬼にしようとしている
愚か者なんだぞ…。

「あのな、私は不老不死の吸血鬼なんだぞ。
怖いワケがないだろうが。」

本当は怖かった。

奴に嫌われ、恨まれる事が。

だが、それ以上に、奴が死ぬ方が怖ろしかった。

「それじゃ、お風呂を作ろうか。」

私の心中を知っているのか、知らないのか…。
それは、奴が微笑みながら言う姿からは予測がつかなかった。



posted by まどろみ at 07:06| Comment(0) | 流れて流されてネギまへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。