2012年03月30日

外伝 最悪な老婆の最悪な裏切り 表

闇夜の中、少女は歩いていた。
汚れ、破れた服を身に纏い、裸足でふらふらと歩く。

自分の頭上にある満月が少女に力を与えるが、全然足りなかった。
一番最後に飲んだ血は何時だっただろうか?

銀のナイフで何度も切られた、その身体が欲求する。
血を吸えと。
血を吸い、力を得よと。

生存本能が訴える。
その欲望が、己が人間ではなくなった事を突き付け、涙を流しそうになる。

自慢だった光りを反射する金の髪も色はくすみ、ボサボサに、目は血走る。

フラフラと彼女は歩く。
血を求め、拒絶し、あてもなく歩む。

ふらふら、ふらふらと歩き、パタリと倒れる。

彼女の視界は狭まっていく。

彼女の求めた終着点がそれだったのかもしれない。
あの世なのか、暗く暖かい闇なのか、それは分からぬが、それ自体が彼女の目的地だったのかもしれない。

暗く、深い闇に、彼女は抱かれる。

「ふん、態々人の家の前で死ぬんじゃないよ。小娘」

しゃがれた声が少女に届くが、少女は気付かない。
深く、深く、彼女は落ちていったのだ。





            ☆☆☆




少女が目覚め一番初めに聞こえた音はパチパチと、薪がはじける音であった。
上半身を起こすのと共に、自分に掛かっていた毛布がずり落ちる。

「ようやく、目が覚めたか?小娘」

しゃがれた声のする方向を見ると、その声に相応しい老婆が、何かを編んでいる様子が目に入った。

皺に覆われた顔、細長い顎、カギ鼻の上には小さなメガネが置かれていた。

その後ろでは、ユラユラと影が踊る。
その様子は、母が話してくれた魔女を彷彿させた。

エヴァンジェリンは、己が抱いた感想の下らなさに、小さく笑う。

昔話では魔女のはずの老人が普通の人間であり、助けられた少女がバケモノなのだ。
その皮肉っぷりに小さく自傷の笑みが浮かんだのだ。


「あ、あの〜
助けてもらったようで、ありがとうございます」

「ふん、助けたくて助けたワケじゃないさ。

あんな所で死なれると、儂が困るんだ。
分かるか?家の前に死体。あっという間に狩られて終わりさ」


魔女狩り。
それが、この老婆が怖れている物であった。

中世ヨーロッパにおいて、行われていた物であり、一種の集団ヒステリーとも言われているものである。

戦争、疫病、飢饉など、様々な災厄によって、人々は常に死と隣り合わせの生活をしていたのだ。
だからこそ、その責任をなすり付けるスケープゴートが必要であったのだ。

家畜が病に掛かったのは、魔女が実験をしたから。
子供が死んだのは、魔女が悪魔の生贄にしたから。

彼等にはそうする事しか出来なかったのだ。
不安が生贄を必要とし、次は己が生贄になるのではないかと疑心を生み、結果は暴走であった。

そんな時代なのだ。
老婆が警戒し、怖れるのも自然な事であった。

「……小娘、お前孤児だろ?」

この言葉に込められたのは同情なんかではなかった。
どちらかというのなら、恐らく侮蔑が混じった物。

誰にも必要とされず、何の役に立たない。
下手をすれば害悪の原因となるのだ。

「……そうです」

「どこにも行くところがない。ちがうか?」

「……そうです」

彼女は怖かった。
何故かこの老婆が、今まで銀で切りつけてきた教会の人間や、自分を殺そうと躍起になっていた奇術使い達よりもよっぽど怖ろしかったのだ。
吸血鬼の力を使えば簡単に殺せる、この枯れ木のような老婆が怖ろしくて怖ろしくて仕方なかった。

「ふん、だったら儂の家にいな。
おっと、拒否はさせんよ。命を救ったんだ。儂の手伝いをするぐらいたいした事ないだろう」

それは怖ろしい老婆の、不気味な提案であった。
昔話であるのならば、ここで頷くと少女はこき使われて食べられたりするエンディングが楽に想像出来るだろう。

だが、少女は頷く。
怖ろしい老婆の不気味な提案であったが、それも良いかな。と思ってしまったのだ。
こき使われるかもしれない。奴隷と変わらない立場にされるかもしれない。売られるかもしれない。でもそれでも良いと思ってしまったのだ。





            ☆☆☆




老婆と過ごすようになってから既に3年の月日が流れた。

皮肉な事にエヴァンジェリンが追われていた先入観という物によって、老婆に彼女が吸血鬼だという事がばれないでいた。

日の光りは身体に悪いという事で、老婆の部屋は常に厚いカーテンで覆われており、買い物も曇り又は日が傾いてから行われていた。
これにより吸血鬼の敵である太陽に殆ど肌を晒さなくてすんだのだ。

「痛っ。
っち、また切っちまったよ。小娘、口をあけな」

「ん……」

遠慮なく、口の中に老婆の曲がった指が入れられる。
その指を丹念に舐める。
すでに慣れてしまっているエヴァンジェリンは、老婆に口内を蹂躙されているという嫌悪感はなくなっており、血を飲む事にも慣れていた。

コレもまた、彼女を助けてくれている先入観の一つである。
幼い少女の唾液には怪我の治りを早めてくれる。

ちなみに、この幼いというのは処女というのと同義であった。

そもそも幼い少女というのは、特別視される事が多々ある。
事実、美しい女性の血と美貌に関連性を見い出し、少女を殺し続けた女性の話が存在するのだ。

老婆のそれはそれと似たような物である。
少女という存在と共にいるだけで己の老いが遅くなるという事を信じていた。
さらに、3年という月日が過ぎても全く育たないエヴァンジェリンの発育の悪さもまた、少女の永遠性と関連付けられ、己の寿命が延びると歓喜していたほどだ。

「……ふん、気に食わないね」

エヴァンジェリンの口を散々蹂躙した老婆は指を抜くと、唐突に言うのだった。

「何か不快な事をしましたか?」

「お前のそのへりくだった態度が気に食わない」

とはいっても、エヴァンジェリンが反抗すればこの老婆が不機嫌になるのは目に見えていた。

「すみません」

「女なんて、この時代じゃただの道具さ。
いや、消耗品ってとこか。

小娘なんぞ、消耗品以下の扱いさ。
そんなへりくだった態度だと、あっという間に内を食われ尽くしておしまいさ。


あぁ〜、お前はとっくに儂に食われ尽くしてたか」

イッヒヒヒヒっと、まさに昔話の魔女と同じ笑い声が部屋に響いた。



あぁ、かわいそうなエヴァンジェリン。
魔女にこき使われ、物扱い。ですがエヴァンジェリンはせっせと働きます。

もし昔話であったら、そのように語られたであろう。
そして、知恵を絞り魔女をやっつけ、財宝を手に入れ、幸せに暮らした。そんなエンディングであろう。


だが、これは現実の話である。
そもそも、エヴァンジェリンは物語の少女とは全く逆の感情を持っていたのだ。

例え物扱いだろうが、こき使われようが、そこに自分の居場所がある。
それだけで、エヴァンジェリンは幸せだったのだ。
先入観や呪(まじな)いを信じ込んで、自分を利用しているだけだろうが、吸血鬼になって初めて受けいられたこの空間はエヴァンジェリンにとっては心地よい物だった。




そんな歪な関係は、あっけなく崩れる事となる。

全ては偶然の事だった。
その日の夜は偶然満月であり、いつも朝まで起きない老婆が偶然夜中に起き、偶然怪我をしてしまったのだ。

指を怪我した老婆はいつもの様に、エヴァンジェリンの口の中に指を入れる。
いつもと違うのは寝ているという点であった。

指を入れられたのとほぼ同時にエヴァンジェリンは目を覚ました。
寝ぼけた頭には口の中に入っている異物の存在と、血という吸血鬼にとっては必要不可欠な栄養源の味しか認識する事が出来なかった。

もし、この夜が吸血鬼の本能を表にだす満月でなかったら別の未来もあったであろう。
だが、それはもしもの話。

満月により、本能が表へとだされたエヴァンジェリンは、人間には出せない力で老婆に襲いかかってしまったのだ。

いつも首に巻いているマフラーを剥ぎ取り、彼女は老婆の首元に犬歯を突きたてた。
甘い、甘い血がエヴァンジェリンの口を満たす。
本能が訴える、血を吸えと。生きるために血を吸えと。

「ちっ」

いくら、人以上の力を発揮できるとは言えどもエヴァンジェリンの身体は小さく軽い。
老婆は無理やりエヴァンジェリンの身体を自身の身体で支え、髪を引っ張り頭の位置をずらすと

「小娘が!!」

頭突きを一つ入れた。
しょせん老婆の頭突きだ。吸血鬼相手に頑張った方だが如何せん吸血鬼には大したダメージは与えられない。
肉体的には


「えっ……
あっ、私、私……」

エヴァンジェリンは後ずさる。少しでも老婆から離れるために。
だが、背中を向けて走り出す事はなかった。

離れたい。だが遠くには行けない。

老婆はツカツカと近寄り、エヴァンジェリンの口を指で無理やり開けさせる。

「異常に尖った犬歯、満月……

小娘、今まで儂を騙していたのか!?」

「ち、ちがっ」

「黙れ!!」

持っている杖でエヴァンジェリンを叩きながら老婆は叫んだ。

「あの、私は」

「去ねと言っている!!」

エヴァンジェリンは老婆を怯えた目で見つめたまま後ずさる。
後ずさる事しか出来ない。

「×××××××。××××××××××」

老婆の叫びと共に、杖が額に当たった瞬間、エヴァンジェリンは背中を向けて家を飛び出した。


涙を流しながら、人では出せない速度で走る少女の姿を、満月はただただ照らしてた。




posted by まどろみ at 01:41| Comment(0) | 流れて流されてネギまへ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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