Migraine


妙な夢を見た、気がする。

限りなく平坦で、絶望的な、それは悪夢だったと思う。
著しく不快感を増幅させる寝汗もそれを見たという証拠だろうか。

それも仕方のないことなのかもしれない。何せあの手紙だ。

『来い』

それしか書かれていない、父からの呼び出し。
もう、忘れられたものだと思っていた。
もう、忘れたものとしてあきらめていた。

それなのに、こんな愛想の欠片もない一言で自分は父のところへ行こうと決めた。

「結局、私は父さんを慕っているのかな?」

誰に言うでもなくつぶやいて、私は出かける準備を始めた。

第壱話:使徒襲来

邂逅と忘却と


「あー、もう、何でここまで来て止まっちゃうんだろ」

彼女の乗ったリニアトレインは、目的地の二駅手前で緊急停止して以後、動き出す気配はなかった。

<<……を中心とした関東中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は速やかに指定のシェルターに避難して下さい。繰り返しお伝えします……>>

「非常事態って……何が起こってるんだろう……」

仕方なく駅を離れたが、人っ子一人いない。
すでに住民の方々はシェルターとやらに避難されてしまったのだろうか。
連絡を入れようと公衆電話を取ってみたが、その受話器も非常事態と無機質な声で繰り返すだけで、どこにもつながらなかった。

「迎えに来るってことだったけど、リニアがここで止まってるの分かるのかな……」

ため息をつきつつ、手紙に同梱されていた写真を見る。
そこにはグラマーな女性が写っていた。
ここに注目! なんて胸が強調されているのは何かの挑戦だろうか?
大して膨らんでいない自分のものと比べて少し悲しくなる。勝負にもなっていない。

ん……?

ふと、誰かの視線を感じて顔を上げる。
だがその行動は突然の爆発音によってさえぎられた。

「ミサイル!?」

爆音に驚き、振り向いて見えたのは、尾を引いて飛び去るミサイルの群れだった。
そしてその向かう先には……異形の巨体が、ビルの間から姿を覗かせていた。

「な、なに、あれ?」

ビル群と変わらない巨大な人型の化け物がミサイルの雨に見舞われていた。
だがその爆発の中にあって小揺るぎもせず、何事もないかのようにゆっくりと歩を進めている。

――と。

「ぐっ、ふっ!?」

突然の頭痛。
目の前の現実を脳が否定しているのか?
などと思ったその時。

視界は赤と黒の世界に取って代わり……
その瞬間、圧倒的な恐怖が彼女の心を覆った。

体が竦む。
意識が飛びかける。

だめだ、逃げなきゃ……

そう思っても、体がいうことをきかなかった。

落ち着け

落ち着け

落ち着け

落ち着け……

何度も心で念じる。
ふうっ、と息を吐き出し、ようやく動けるようになった彼女が見たのは、

自分に向かって墜落してくるVTOL機の機首だった。



「やばい!」

葛城ミサトはあせった。
本来ならば第3新東京駅で落ち合い、すでに連れ帰っている予定だった。
それがこの突然の敵襲にリニアトレインが緊急停止、しかたなくアクセル全開で新箱根までとばして来たのだが……

墜落したVTOL機の爆風をもろに受け、吹き飛ばされる人影。

「遅かった……?」

吹き飛ばされたのを見ていただけ少しは幸運だったといえるのだろうか?

停車し、その人影に近寄る。
小柄で華奢な体格、ショートカットの髪。
間違いない、対象の人物だ。

TシャツにGパンと地味な装いではあるが、その顔のつくりは良く見れば美少女と呼べる部類のものであったろう。
頭部から流れる血が遮っていなければ。

すばやく心音と傷の状態を確認する。

――大丈夫、生きている。

頭部のもの以外はかすり傷がほとんどだった。
スカートを紐状に引きちぎり、止血する。
脳内出血などしていたら事だが、状況が状況だ、今はそうでないよう祈るしかない。

「……高かったのに、この服……」

などと一瞬場違いなことをつぶやきつつ、助手席のシートを倒して寝かせる。
もたもたしてはいられない。UN軍の攻撃は激しさを増しており、しかし目標は確実に本部に近づいていた。

一気にアクセルを開け、加速する。時間の猶予はない。



「うっ……」

押さえつける圧力と衝撃が頭に響いた。
頭がどくどくと疼く。
思考が定まらない。頭の中に濃い霧がかかっているかのようだった。

「あ、ごめん、でも気が付いた?」

女性の声。
どうも、車に乗せられているらしかった。

「碇シンジちゃんね?」

反射的に頷いた後、起き上がろうとした。

「あ、怪我してるんだから、無理しないで」

いわれて気が付いた。ひどく頭が痛いのはそのせいか。
そういえば頭だけでなく、体のいたるところが痛かった。全身筋肉痛にでもなったのか。

「私は葛城ミサト。ちょっち今急いでるんでちゃんとした自己紹介は後でね」
「はあ……」

だめだ、まだ意識が混濁しているようだった。
状況がまるきりつかめない。

「……まさかN2地雷を使用する気なの!?」

隣の女性が悲惨な声を出している。

「動かないで!」

叫ぶと同時に、僕の上に覆いかぶさってきた。
そこに激しい衝撃。
車ごと吹き飛び、転がる。
体中の傷が悲鳴を上げ、意識が飛びかける。

最後に半回転して、横転した状態で車はようやく停止した。

「く、はっ」

痛みに息を吐く。
だが状況の割には無事だったといえた。
どうやら女性がシートごと支えてくれていたらしい。

「大丈夫?」
「何、とか……」

口の中がシャリシャリになっていたが、そう答える。

「車もどすから、とりあえず引っ張り出すわよ」

その言葉通り、ドアから引きずり出された。
体中が痛いが文句を言うだけの気力もなかった。

爆風で平坦化した地面に寝かされる。

どん、どん、どん。

体当たりでもしているのだろうか、何度もぶつかる音が聞こえた後、重たいものが地面にぶつかる音がした。

「ふいい、つかれたあ。さて、いくわよ」

そういって僕を抱きかかえようとする彼女の顔を、初めてまともに見た。

ずん。

頭痛がした。頭の芯に響く鈍痛。
だけどなぜだか、穏やかな気分になった。



車内に葛城さんの電話する声が響く。

「あ、リツコ?うん、今向かってるから、カートレインまわしておいて」
「あとちょっちトラブっちゃって、怪我してんのよ。ええ、私じゃないって、彼女がね」
「頭に怪我してるの。他はたいしたことないみたいだけど、救護班も入り口に待機させておいてちょーだい、それじゃ」

何か台のようなものに乗り、ゲートが閉まった。
これがカートレインだろうか、車ごと移動しているようだ。

いまだに意識がはっきりとしないが、体のほうは何とか動くようになってきた。
葛城さんも一息ついたのか、一呼吸するとこちらに話しかけてきた。

「さて、それじゃあ改めて自己紹介ね。私は葛城ミサト。ミサトでいいわ」
「僕は……」
「碇シンジちゃんでしょ。シンジちゃんって呼ばせてもらうわねん」
「はあ……」
「これ、読めるかしら?」

矢継ぎ早にしゃべりつつ、パンフレットを渡される。
腕も痛むが、何とか読めそうだった。

「ネルフ?」
「そ、特務機関ネルフ。国連直属の非公開組織。私もそこに所属しているの。……ま、国際公務員ってやつね」
「そんでもってあなたのお父さんの仕事場でもあるわ」
「そこに、いくんですか?」
「そのとーり。っと、IDカードは……鞄の中かしら?」

そういって隣にあった鞄の中を探り始めた。

「お、あったあった。手紙も一緒に……って、何考えてんのよこれ!?」

新聞か何かの切れ端を見て、葛城さんはあきれたような声を出していた。

「なーんか先行き不安ねえ……」

と、突然視界に光が広がる。

「え……」
「あ、驚いた?ここはジオフロント。わたしたちの秘密基地。世界再建の要となるところよ」

何とか体を起こして外を覗くと、そこには広大な地下空間が広がっていた。
どうやっているのか陽光が差し込み、そして天蓋にはビルの群れがぶら下がっている。

「凄い……」
「そうでしょう?私も初めてきたときはびっくりしたわあ。地下だってのに湖や森まであるんだから」

その光景に見とれているうちに、視界が下がり、やがてカートレインは停止した。
車がまた動き出し、何かの建物の前で止まる。
ピラミッドかなにか、古代遺跡のような建物。

葛城さんに支えられて車を降りると、白衣を着た人が数人駆け寄ってきた。
その中の一人、金髪の女性が指示を出しつつ僕の状態を見ている。
一瞬視線が合う。

また頭に鈍痛が走る。
妙な感覚。嬉しいような、ぞくりとするような……。

「まったく、あなたが迎えに行くと言い出したんでしょう。きちんと保護もできないなんて、何をやっているの?」
「ごめんごめん、まさかリニアがとまっちゃうとは思って……」
「ごめんじゃありません!万が一のことがあったらどうする気だったの!」
「で、でもほらちゃんと連れてこれたんだから……」
「そんなのは当たり前よ!怪我させてる時点でアウトよ」
「……すいません」

女性に睨まれて、葛城さんが小さくなっている。

「とりあえずストレッチャーに乗せて。移動しながら簡易検査するわ」

言葉通りストレッチャーに寝かされ、建物の中に入った。

「大変な目にあったわね。私は技術一課、E計画担当博士、赤木リツコです。よろしく」
「は、はい」

自己紹介をしながらてきぱきと応急処置と検査を進めていく。

「うん、外傷のみ、幸運にも内出血はしてないと思うわ、よかったわね」

きちんと包帯が巻きなおされる。
とりあえず命の心配はないらしい。
でも、ならばこの鈍痛はなんだろうか。
いまだに頭の中はもやがかかったような状態が続いている。
大丈夫というならいくらなんでも長すぎないだろうか?

「こんな状態で悪いけど、あなたには見せなきゃならないものがあるの」

そんなことを考えていると、ずいぶんと移動していたようだ。
暗い部屋の中に運ばれた。
後ろで扉が閉まると、真っ暗の闇。

スイッチを操作する音。

照明が灯る。

目の前にあったのは、――巨大な横向きの顔。

「ひっ、う!?」

激しい頭痛。ハンマーで叩かれたかのような衝撃が何度も頭を駆け巡る。


恐怖。

安堵。

絶望。

焦燥。

崩壊。

………

……



すべての感情をぶちまけたような、激流が僕を襲う。
赤木さんが何か話している。しかしほとんどの言葉を認識できないでいた。
ただ一言。

「……げん、エヴァンゲリオン……」

その単語のみが頭の中で何度も繰り返される。

――エヴァンゲリオン

――エヴァンゲリオン

――エヴァンゲリオン

――………


「ちょっと、シンジちゃん大丈夫?」

心配そうに近寄る葛城さんの行動はだが、上からの声でさえぎられる。

<<久しぶりだな>>

――誰?

上を見やると、ガラス越しにサングラスをかけた人物が見下ろしている。

<<いけるか?赤木君>>
「問題ありません」
<<そうか……ふっ、ならば>>

<<出撃>>

ずきっ。また新たな鈍痛。

「え、出撃って。零号機は凍結中でしょ?……まさか、初号機を?」

驚くように葛城さんが声を上げている。

――しょごうき。

「他に道はないわ」

赤木さんの冷静な声。

「レイはまだ動かせないでしょ?パイロットがいないじゃないの!」
「さっき届いたわ」

――レイ。

「あなたが乗るのよ、碇シンジさん」

――のる。

そういって、赤木さんがこちらを見たようだった。

しかし状況が理解できない。
意識の奔流が、すべてを押し流しているようだった。

誰かの発する声、その度に激しくなる痛みと激情。


使徒。

ほろびる。

赤。

のる。

しと。

かえらない。

ひとり。

にげない。

エヴァンゲリオン。

マモル。

きえる。

まもる。

だれもいない。

守る。

今度こそ。

守る。

守る。

守る。



――守る!
――もう、誰も消えさせない!


「乗ります。僕が乗ります!みんなを、みんなを守ります!」


突然の絶叫に周囲が静まり返る。

………
……


<<……そうか。出撃準備>>


気が付くと、頭痛は治まっていた。