Migraine


第伍話:アスカ来日

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エントリープラグのディスプレイに灯がはいる。
私の音声入力に従い、本来は外部管制で行われる起動シーケンスが黙々と進んでいく。
エヴァンゲリオン弐号機の神経が覚醒しようとしていた。

と、警告音。変換プロセスにノイズが混じっている。

「何?エラー?」

おそらくその原因であろう人物の声がした。
本来一人乗りのはずのプラグ内に同居している、彼女。サードチルドレン、碇シンジ。

「思考ノイズよ!あんた、日本語で考えてるでしょ!」

エヴァとのコンタクトを行うシステムは、各言語毎に最適化されている。ドイツで起動試験を行っていたこの機体は、当然ドイツ語を基礎フォーマットとしているのだ。

「ちゃんとドイツ語で考えて!」

そういってから、はたと思い当たる。
何の訓練もしていなかったただの民間人が、わざわざドイツ語など習得しているだろうか。
仰ぎ見ると、予想通り困った顔をしている。

「……ごめん、どうもドイツ語は知らないみたい」
「なによそれ?」

まるで他人事のような不確かな言い方が苛付かせる。
普段のおとなしい様子に、先ほどの強い意志をもつ表情。そうかと思えばこの言い回し。
いまいち子のこのことは良くわからなかった。

「まあ仕方ないわ。日本語をベーシックに切り替えるから」

私があわせるのは不本意であるが、動作に支障が出るよりはましだ。
改めて起動シーケンスが進み、今度こそシンクロがスタートした。



エヴァンゲリオン弐号機とのシンクロは、初号機とはまた違った感触を与えた。
あれが貪欲な好奇心の塊であるならば、こちらはもう少し落ち着いた、だがやはり興味津々と言った感じ。
こちらを抱き込むような雰囲気に、同じように抱き返す。

今回は僕は操縦するわけではない。
惣流さんがエヴァで戦闘を行う、それに便乗しているだけだ。
そういう意味では、僕までシンクロする意味はまったく無いのだけれど。
弐号機が僕に接触してきたのだ。だからそれに応じてしまった。

初号機より更にしなやかさを感じさせる体の感覚、複雑な像を作り出す4つの目。
その絞り込まれた感覚は、確かにこの機体が戦闘を目的として作られたと感じさせた。

――そういえば

ふと思う。

――この場合、惣流さんとのシンクロはどうなるのだろう?

図らずも、既に僕が弐号機とシンクロしている。
そこに更に惣流さんがシンクロした場合、どういった形をとるのか、そもそもシンクロできるのか。
先に弐号機と繋がってしまったのは失敗だったかもしれない。

そんなことを考えていると、新たにもう一人の心を感じた。
強い力を放っている、そんな印象。おそらくこれが、彼女の心。

そちらに手を伸ばし、彼女とも繋がろうとする。

だがその行為は、彼女の激しい拒絶によりはじかれる。

「私たちの間に、勝手に入るな!」

現実の激しい剣幕の一声とともに。



許せない、許せない、許せない、許せない!

エヴァ弐号機は、この私の物だ!

なのになぜ、こいつが私の前に居るのだ!

なぜこいつが、私の心に触れようとするんだ!

その想いを、怒りを、思い切り叩きつける。
彼女を睨み付け、吼える。

その勢いに怯えたのか、こいつは戸惑いの表情を見せる。
それに合わせるようにこの女の感覚が遠のく。
いつもの弐号機とのシンクロ、そのイメージどおりの感覚がようやく訪れる。

しかしこれは予定外だった。まさかこいつが弐号機とシンクロできてしまうとは。
弐号機は私の専用機、私にしか動かせない、そのはずだったのに。

「邪魔しないで!」

そういって、もう一度睨み付ける。
そうだ、こいつはただの傍観者、私の戦いに入ってきて良いわけが無い。
ただ黙って私が勝つのを見ていればいいのだ。

おもむろに弐号機を立ち上がらせる。
機体維持のための電源接続が外れ、内蔵電源に切り替わった。
赤き巨躯が、急造ドックを覆うカバーごと持ち上がり、冷却循環槽の底を踏みしめ、その力を漲らせる。

『いかん、起動中止だ!元に戻せ!』
『いいからアスカ、そのまま発進して!』

二つの矛盾した命令が、別々に下される。
どちらに従うか。考えるまでも無い。

ディスプレイに映る、白波をたてながらこちらに迫る影。
より一層加速した驚異的な威力の体当たりが、大型タンカーすらぐしゃりと捻じ曲げ、粉砕した。
だがそのときにはもう、弐号機の姿は艦上には無い。
軽やかに舞い上がり、上空へと逃れる。私の思う通り、寸分の狂いも無く。

――絶好調!

これだけ動ければ、いける。
私と弐号機の初陣、完璧に決めてやる!



彼女の心が、弐号機の心に喰い込んでいた。

彼女の荒々しい感情に、弐号機との繋がりが途切れた。
その勢いそのままに、惣流さんが弐号機とのシンクロを行ったのだ。
自信に溢れたその光は、自らの力を誇示するように弐号機を捕まえ、振り回そうとする。
その強引さに抵抗する弐号機はさながら暴れ馬。だが彼女はその逃れようとする動きすら押さえ込み、乗りこなそうとしていた。

暴れる様に少し悲しさを覚え、その心にそっと手を触れる。
少し落ち着いた様子を見せた弐号機を、惣流さんは完全に支配下においていた。

惣流さんと二号機。
僕と二号機。

一方通行の、歪なシンクロ構造が出来上がっていた。

体に負荷がかかり、現実に意識を戻す。
いつもと違い、ディスプレイの映像のみが視界を構成していた。
そこに映し出されていたのは、一面の青い空。
弐号機は、素晴らしい運動性能を発揮してトンボを切っていたのだ。

一瞬の衝撃とともに飛び移った先は、護衛巡洋艦のヘリ甲板。
その表面の装甲をへこませながら着地する。
見事な跳躍とコントロールだった。自慢するだけのことはある、訓練された能力と才能。

だがそこでも止まらない。
更に飛び上がると、次のめぼしい艦船へ。目標はオーバーザレインボウ。そこにある非常用電源ソケットだ。
水中の使徒を煽るように、次々と飛び移っていく。巨人の八艘飛びとでもいった光景。

――僕だったら、出来なかったな。

加速度と衝撃に耐えながらも、素直に彼女の力に感心する。
乗れることと、乗りこなすことはまったく違う。そんな単純なことをまざまざと思い知った。

「エヴァ弐号機、着艦します!」

既に最後の跳躍。空母の広大な甲板に対して着地姿勢をとる。
彼女の言葉通り、甲板の縁に降り立ち、そのまますべるように中央で停止した。
収容し切れなかった戦闘機を盛大に弾き飛ばしつつ、であるが。



「アンビリカルケーブル接続、外部電源に切り替え……終了!」

作業完了を外部に伝える。
それと同時に残り20秒を切っていた内蔵電源のカウントが停止した。
これで稼働時間の心配は無くなった。後はいかにして勝つか。

「でもどうするの?武装が無いよ」
「プログナイフで十分よ」

そう言って、心配そうな彼女を尻目に、肩に装備された兵装ラックからプログレッシブナイフを取り出す。
先ほどからの使徒の攻撃は体当たり。
ならば飛び掛ってくるそれをかいくぐって、切り裂いてやればいい。
問題は一度で倒しきれるかどうかだが、だめならば、倒れるまできりつけるだけだ。

腰を落とし、ナイフを正面に構える。

――来る!

海面を砕き、水しぶきとともに飛び出してきた使徒。
その姿は、まるで巨大なエイとでも言ったもの。
この空母と比べても劣らないその白い巨躯が、恐るべき速度で弐号機に襲い掛かってくる。

丸まった頭部と思しきそこが衝突しようとする、その瞬間。
弐号機は見事な体捌きでその右側を掻い潜り、通り過ぎようとする使徒の脇腹にプログナイフを突き立てた。

やはり今日は調子がいい。私の思い通りに動く弐号機に満足する。
だがその気分もそこまでだった。

突然、右腕に激痛が走る。
芯に響く痛みに、思わず体が強張る。
無意識に反応した弐号機の動きが止まり、右手の握力が低下する。その結果。

使徒自身の突進により順調に切り進んでいたナイフは、支えていた手を弾き飛ばし、その進行を止めてしまった。

うめき声に振り向くと、サードチルドレンが右腕を押えていた。
そこはギプスのはめられた状態。
彼女の体が衝突に耐えられず、ノイズが紛れ込んだらしい。

――邪魔しないでって言ったでしょう!

そう叫ぼうとしたが、もれたのは吐き出されたLCLのみ。
すり抜ける最後で、使徒の尾びれが弐号機を痛打したのだ。

「うそ、落ちる!」

振り抜かれたその一撃が弐号機を豪快に吹き飛ばす。
エヴァの体が空母の甲板を飛び出し、海中へと放り込まれた。



――僕が乗っていなければ。

そんなことを考えても、今は仕方が無かった。
現在、弐号機は海の中。アンビリカルケーブルを命綱にぶら下がっていた。

使徒を切り裂くプログナイフの発する強い抵抗。
それを押さえ込み、振りぬこうとした腕の負荷に、僕の負傷した右腕が悲鳴を上げたのだ。
その痛みが弐号機に、惣流さんに伝わってしまったのだろう。

「あんたねえ、邪魔しないでって言ったでしょうが!」
「ごめん、次は耐えるから」

彼女の叱責に、素直に謝る。
といっても、たとえ耐えたとしてもフィードバックが行かないとは言い切れないのだが。

とにかく、今は現状を打破しなければならなかった。
海中ではこちらが圧倒的に不利だ。エヴァの超重量では浮力などなきに等しく、泳がしてみたところで移動速度など高が知れているだろう。
対して相手はあの巨体で水中を自由に動き回っている。動きでは勝負にならない。
加えて唯一の武装だったプログナイフすら失ってしまった。状況は最悪といえる。

「ねえ、何とか上に上がらないと」
「わかってるわよ!」

ケーブルを伝って……などと考えて、だがそれどころではなくなった。

また使徒がこちらへ突っ込んできたのだ。
その加速力のままに突進してくる巨大な化け物。
しかも今度は、その先端に切り込みが入り、がばりと上下に開かれる。

「く、口!?」

惣流さんが素っ頓狂な声を上げている。
エヴァを軽く飲み込めるほどの巨大な顎。その周囲にはこれまた巨大な牙が並んでいる。
そしてその奥に、ちらりと赤く光る部分。

「奥に、コアが!」

破壊すべき個所を見つけたという事実は、だがこの場合ただの確認にしかならなかった。
抵抗しようにも身動きの取れない弐号機は、絶好の獲物。
僕たちは実にあっさりと、使徒に”食われた”のだった。



まったく、散々だ。
もっとあっさりと終わらせられると思っていたのだが。
ナイフは取り落とすし、海中に投げ出されるし、挙句の果てには使徒の口の中。
腹部から感じる痛みが、使徒の鋭い牙によりダメージを受けていることを教えてくれる。
噛み付かれ、上半身を飲み込まれた状態で身動きも取れない、そんな状況だった。

「何とかしないと、このままじゃ埒があかないわ」
「でも、どうやって倒すの?」
「それを考えるんでしょうが!」

状況の割に落ち着いた声で答えてくる彼女に苛付きながら叫び返す。
既に当初の予定だった、華麗に倒す、などというのは不可能だ。
だが、使徒を殲滅することまであきらめるわけにはいかない。

突然、背面から引っ張られるような衝撃がきた。
勢いに逆らわず延ばされつづけていたアンビリカルケーブルの延長が限界を迎えたのだ。
その抵抗のためか、使徒は弐号機を咥えたまま空母の周りを回る形となった。
これ以上引き離される心配だけはなくなったようだが、いつまでもこのままとも思えない。
現状を打破する手段が必要だった。

「とりあえず、ここから離れないと」
「そんなことわかってるわよ!」

また、後ろから口を出してきたサードチルドレンを振り返る。
こいつを乗せたのは私の戦いを見せるためだ、助言だとか手助けだとか、そんなことをさせるためじゃない。
彼女の戦闘への一言一言が、私を激昂させた。

つかみかかってやろうかと考えたその時、ミサトから思わぬ通信が入った。

『アスカ、絶対に離さないで!』

なんだそれは。
そもそも向こうが離してくれそうに無かったが、このまま離されずにいて何とかなるというのか。
そんな私の疑念をよそに、また後ろの子が口を出す。

「信じてますよ、ミサトさん」
『まかせなさい』

そういう彼女の顔には怯えも疑念も見えない。
ミサトの奴、ずいぶんと信頼されているようだ。
実際に今操縦している私をこそ頼ってほしかったが、打開策が無いのも事実。
苛立ちながらもミサトの作戦にかけるしかないようだった。



ミサトさんの作戦は、大まかに言えば次のようなものだった。
アンビリカルケーブルを使って使徒の動きを誘導し、戦艦をその口内に放り込んで自爆させる。

「なによ、弐号機は釣り餌って訳?」

惣流さんがそう愚痴っているが、これはまさしく使徒を魚に、エヴァを餌に、ケーブルを糸に見立てた、壮大なスケールの釣りといえた。

――相変わらず無茶なこと考えるなあ。

でも無茶ではあっても、無理ではないはずだ。
前回の作戦だって、成功した。今回だって、成功する。
何の根拠も無い自信だが、なぜかそう確信していた。
そしてわかっていた。
戦っているのは自分たちだけではないと。
きっと今も海の上で、この作戦を成功させるために皆必死に作業しているのだ。
だから僕たちも、成功を信じる。成功させるために、戦う。

――そういっても、僕は同乗しているだけなのだけど。

弐号機に与えられた使命は、時間までに使徒の口をこじ開け、突入可能な状態に持っていくこと。
そのために惣流さんは今、必死でエヴァの姿勢を制御している。
噛み付かれた状態から、無理やり広げるために足を引っ掛け、腕を歯茎にかける。
曲芸師のように柔らかな体捌きでエヴァ弐号機はそれを実行した。
エヴァの運動能力を知り尽くしているからこそ出来る動き。
やはり、彼女のパイロットとしての能力は一流だ。

だが、そこまでだった。

「いいかげん、開きなさいよ!」

この体勢に持ってきてもなお、閉じられた口はびくともせず、開く様子を見せなかった。
弐号機のパワーが足りていないのか。

「ああ、もう。あんたが乗ってるせいでノイズが混じってるのよ、そうに決まってるわ!」

八つ当たり気味に彼女が言ってきているが、僕の影響が無い、とは言い切れなかった。
思考ノイズのせいで、エヴァが本来の力を出し切れていない可能性。
そこまで考えて、ふと思った。

「……同じことを考えれば、ノイズにはならない、よね?」
「……ふん、そうね」

つまり、僕も同じように集中すれば。
使徒の口を押し開く、そのことのみを考えれば。

「開け」

口に出して、思いを明確にする。

「開け、開け、開け!」

続く言葉は、重なっていた。



――開け、開け、開け!

一つの考えに二人で集中する。
そうしなければならない、というのは、つまりこいつが弐号機の操縦の一部を担っているということであり、そんなことを認めたくは無かった。
しかし私たちに与えられた使命を果たすためには、認めないわけにはいかなかった。
使徒を倒すために、最高のパフォーマンスを発揮する。
そのためにこの子との思考統一は不可欠だった。

――開け、開け、開け!

わかる。
エヴァに力が満ちていくのが。
迷いの無い思考に、躊躇なく全力を出そうとしているのが。

だがそれとともに、胸に突き刺さる痛みも鋭く、激しくなる。
一瞬また彼女のせいかと振り返ったが、その瞳は強く一つのことに集中している。
私自身がノイズを出すわけにはいかない。すぐ正面に向き直った。

――開け、開け、開け!

ついに使徒の顎の力を超え、徐々に口が開きだす。
エヴァの体に刺さった牙がその動きに体内を傷付ける。
それがまた、私の体を蝕み、激痛が走る。
そして理解した。
シンクロ率が上昇しているのだと。
高いシンクロ率が、弐号機の力を呼び覚まし、同時に強烈なフィードバックを与えているのだと。

上等だ。力が出せるなら、こんな痛みなど。

――だから、いい加減、開きなさい!

より一層強く願ったその想いが伝わったのか。

開き始めていた使徒の口が、一気に押し開けられ、そのコアを露わにした。
それと同時に、自沈させた戦艦が見事に使徒の咥内へと叩き込まれる。
ゼロ距離で発射される戦艦主砲の水中での奇妙な残響音を聞きつつ、私は使徒を踏み付け、海中から飛び出す。

使徒もろとも戦艦が爆砕したのはその直後だった。



イメージが広がっている。
僕と、惣流さんと、弐号機。
歪だったその繋がりが、一つの方向に向かっていた。

僕の想い。
惣流さんの想い。

同じ想いが弐号機に向かい、弐号機はそれに答えた。
同じ想いを共有する二人の心も、少しだけ近づき、触れ合う。

眼下には爆発する使徒の姿が、海面を通して見えている。
弐号機の傷が、僕自身の傷として伝わってくる。
いつもの初号機と同じ、共有する感覚が訪れていた。

爆発に煽られながらも空中で姿勢を制御している惣流さん。
その考えも、動作も、少しだけど僕に伝わってきた。
やはり最後も見事に着地成功。
本当に彼女はすごい。

そう思った途端、弐号機の姿勢が崩れ、前のめりに倒れてしまう。
また僕の思考が妙な動きをさせたのかもしれない。

だけどもう、心の光は遠くへ離れていく。
エントリープラグの光も弱まり、いつのまにか切り替わっていた内蔵電源が空っぽになった。

その様子にふっ、と息をつく。
今回も、使徒を倒せた。
だけど僕は何が出来たのだろうか。
何も出来なかったのではないだろうか。

多くの艦が沈み、多くの人々が犠牲になった。
結局僕は何も守れていないのではないか。

ふともたげたその考えを、振り払う。
もう決めたではないか。
たとえ皆を守りきれなくとも、それでも守るために戦うと。

そう思い、怒っているような照れているような、よくわからない表情をした惣流さんに向かって、一言。

「おつかれさま」

そういって、微笑んだ。



その異変に気が付いたのは、エヴァを降り、新横須賀に入港して、接収したターミナルの一室で着替えていたときだった。
着替えるといっても、前に着替えた船は沈没しており、ネルフの用意した制服に、であったが。
そういえばあの相田とか言うのが降りてきた私たちの姿を見て写真を取り捲っていた。
「ペアルック〜」などとほざいていたが、後でカメラごとフィルムを回収しておこう。
やはりあれの呼び名はオタク眼鏡で十分だ。

それはさておき、プラグスーツを脱いだとき、弐号機の受けた損傷のフィードバックが、またぶり返したのだ。
エヴァで受けたダメージにより、その周辺の神経が過敏になることは良くある。
だが、これほどはっきりと残っていることは珍しかった。
そう思い、痛みを感じる個所を見て、驚愕した。

そこの皮膚は赤く腫れ、その中央に小さいが明らかにそれとわかる小さな刺し傷がついていた。
フィードバックは現実の肉体には影響しない、そう教えられていた。
そしてそれは自分の今までの訓練での体験からも、そういうものだと思っていた。
ならばこれは何だというのだ。

そう考えていたその時、あることを思い出す。

――彼女のシンクロ率は120%を超えていたらしい。

あのときの加持さんの言葉。
加持さんは先に本部へ戻ったらしく、あえなくて少々残念だった。

隣で、まだ着替え始めようとしないサードチルドレンを見やる。
そうだ、なぜ今まで気が付かなかったのだろう。
こいつはどうしてこんなにぼろぼろになっているのか。
戦闘での負傷か何かだと安易に考えていた。
だが、今までエヴァは使徒に”勝っている”のだ。
パイロットが負傷するほどの損傷を初号機が受けてきたはずが無い。
ならば何故?

「ちょっと、あんた」
「なに?」
「脱ぎなさい」
「へ?」

私は間抜けな声を上げる彼女を無視して、彼女のプラグスーツを強引に脱がしにかかった。



惣流さんが突然、僕に襲い掛かってきた。
女の子同士なのだから誤解なのだろうけれど、僕にはそう思えてしまった。

「ちょ、ちょっと?」

僕の抵抗も空しく、あっさりとプラグスーツが剥ぎ取られていく。
さすがは怪我に考慮したノースリーブタイプ、楽々と上半身を脱がされてしまった。
スーツ越しでも十分に貧相だった体が外気に晒される。
このような格好にした張本人も同じような出で立ちで、同い年だというのに豊満なバストを隠そうともしていない。
半裸の少女に脱がされる少女。
なんとも怪しい情景が妄想されてしまったけれど、僕の体を見つめる惣流さんの目は真剣だった。

その視線の先には僕の体、いや、体につけられた新たな傷。
点々と半月状に穿たれた小さな刺し傷に向けられていた。
それほど深刻な状態ではない。
おそらく僕と弐号機とのシンクロ率はそれほど高くなかったのだろう。

「そういえば聞いてなかったわね。あんた、何でそんな体になってるわけ?」

今までじっと見ていた彼女が、突然尋ねてきた。
傷のことじゃない、おそらく僕がこんなにも衰弱している理由。

「ちょっと、この前の戦いでがんばりすぎちゃって」

そういって、アハハ、とごまかし笑い。
自分でもこのようになってしまうのは予想外だったのだ。
とはいえこれからも戦いはある以上、エヴァのダメージには注意しないと自分達の体が持たない。

けれど惣流さんは、僕のその一言に何か考え込んでいるようだった。
何か変なことを言っただろうか。
彼女の心の内は僕にはわからなかった。

「……ふん、エヴァのパイロットだということくらいは認めてあげるわ」
「え?何?惣流さん?」

突然の言葉に、思わず聞き返してしまった。
彼女の顔には、もう先ほどの深刻な色は残っていないようだ。

「つまり、私をアスカって呼ぶことを許してあげるっていってるのよ」
「良いわね、シンジ?」

内容が変わっている気がするのだけれど。
彼女の思考回路はどうなっているのか、ますます理解できなくなった。
だけどそれにいぶかしげな表情をしていると、今度は突然、彼女が笑い始めた。
だからなんで突然そうころころと変化するのか。
何が彼女の笑いの琴線に触れたというのか。
小さく漏れるようだったそれは、今では大笑いに変わっている。

「えっと、アスカ、さん?どうしたの?」
「なんでもないわよ、ふふ、あははは」

先ほどの彼女の言葉を思い出しつつ、聞いてみたけど、まともに答えてくれない。
わけがわからない上に笑われつづけるというのはあまり気持ちの良いものではなかった。
つまりは少々むっとしたのだけれど。

ひとしきり笑い終えたのか、軽く涙目になりながらも彼女がもう一言。

「さんはいらないわ、アスカ、で良いわよ、シンジ」

もう一度、そういわれて気が付いた。
彼女が僕のことを名前で呼んでいることに。
僕が彼女のことを呼び捨てていいといってくれたことに。

そういった彼女の顔は、先ほどとは別の笑み、そう、それは不敵な笑み。

「……わかった、これからよろしくね、アスカ」
「こちらこそ!」

僕には出来ない表情で見つめる彼女の姿に、軽い眩暈を感じながらも。
僕の未来に、心に、新しい光が差すのを感じていた。