Migraine


「ミサト、シンジの戦闘記録、見せて」

ネルフ本部に到着して私が一番にしたことは、挨拶することでも荷解きすることでもなかった。

「何よ、藪から棒に。あらましならデータもらってるでしょ?」
「あんな参考にならない資料のことじゃないわ、わかってるくせに」

使徒に有効だった攻撃とこちらの損害状況程度しかかかれていない、その程度のデータを求めているわけが無い。
私がほしいのは、パイロットの状態モニタを含めた戦闘の詳細記録。
だがそのレベルの資料はパイロットのセキュリティレベルでは閲覧不可能だった。

「悪いけど、私にそれを許可する権限は無いわ」
「……だったら誰なら許可できるわけ?」
「司令と副司令かしら?」

それは許可など下りないということと同義といっていい。
さすがの私でも組織の最上位の人間に直談判するほど愚かではない。

「じゃあ今日の私の戦闘記録くらいは見せてよ、それくらいは何とかなるでしょ?」
「シンジちゃんの分は見せれないわよ?」

他人のデータとはいえ、ずいぶんと厳しい。
だが私の詳細記録を見るだけでも、疑問の一つは解決できるかもしれない。
とりあえずはそこで手を打つことにした。

しぶしぶといった感じで、まだ整理されていなかったのであろう、積み上げられた書類の中から一束分抜き取り、こちらに渡してくれた。
統計データや損害状況など、今回の戦闘を分析した資料。
その中でも私が捜しているものは、シンクロ率の時系列データ。

有った。

エヴァ弐号機の起動時から停止時までのモニタリングされたシンクロ率がグラフ化されている。
初期段階で乱れているものの、全体的に普段より高い値で落ち着いている。
そして最後の数分間。
グラフが更に上昇をつづけ、最後のほんの僅かな時間、100%のラインと交わっていた。



「あの様子だと、アスカは感づいてるわね」

納得したのかどうか、ようやくアスカが去り、その代わりに白衣を着た人物が話し掛けてきた。
リツコだ。

「ま、100%を一瞬とはいえ超えたんだもの、嫌でも気が付くわよ」

肉体へのフィードバック。
それがアスカにも生じたのは、医療班からの報告でも明白だった。
シンジちゃんのデータを欲しがったと言うことは、彼女の怪我の原因にも気が付いたのだろう。

「でも、アスカには悪いけど今回のデータは別の意味で貴重だったわ」
「ん、どういうこと?」
「このシンクログラフを見て」

そういって示されたのは、シンジちゃんとアスカ、二人分のグラフを重ねたものだった。

「これって!?」
「ええ、前のデータと合わせて使えば……思わぬ収穫だわ」

二人のグラフは、反発しては接近しつつ、ダンスでも踊るように波形を形作りながら最後の部分で収束し、ともに100%を指している。
踊るように”絡み合って”いるのだ。
そう、100%以下で。

第六話:理性と感情の狭間で

予兆


「グーテンモルゲン、シンジ!」

朝から威勢の良い声がかけられた。

「えと、グーテンモルゲン、アスカ」

若干戸惑いながらも、同じ言葉を声の主に返す。
その人物、惣流・アスカ・ラングレーは、誰もが思わず振り向く美少女。
金髪の髪にブルーの瞳は彼女が北欧系の血を引いているとすぐに教えてくれるし、その顔の作りも体のスタイルもモデルか何かのような完璧さで、14歳という年齢とは少々不釣合いとも思えるほどだ。
一方の僕はというと痩せぎすで胸も無い体に平凡な顔立ち、ショートカットの黒髪と、年相応以下の色気しか持ち合わせていない。
瞳の色が左右で違っているのが人目を引くことはあるけれど、せいぜいそのくらいの平凡な女の子なはずだ。
尤も、アスカに言わせるとそれは謙遜しすぎ、だそうだけれど。
自分が他の人と比べてすごいだとか、かわいいだとか、そんな風には思えなかった。

アスカはその容姿だけでなく、自分のすべてにおいて自信を持っているようで、勝気で、颯爽とした雰囲気をまとっている。
この前彼女が転校してきたとき、クラス中どころか、学校中が騒動になるほどの噂の広がりようだった。
一日中彼女が話題の中心にいて、帰りの下駄箱には既にラブレターが山と詰まれている、それほどの衝撃だったのだ。
その手紙の山を読みもせずにぐしゃぐしゃにしてごみ箱に捨てる彼女には苦笑したけれど。

とにかくそんな子が僕に挨拶してくれる、というのは僕達に一つの共通項、エヴァのパイロットであるという一点があるからだろう。
だけどそれだけじゃない、と思う。
彼女は僕に名前で呼ぶように言ってきて、僕を名前で呼んでくれる。
きっと僕達は友達なのだと、そう考えてもいいだろうと思う。

「それで、もう一人の子は、どれ?」

アスカが尋ねてきた。
もう一人、とは、僕達二人以外のエヴァのパイロット、つまり、綾波さんのことだろう。

「綾波さんなら、ほら、あそこで本を読んでる」
「そう、あれね」

視線の先には、物静かな一人の少女がいる。
蒼い色素の薄い髪、真っ白な肌、そして紅の瞳。
美しい造詣だが、殆ど表情を変えないその姿はまるで人形のようだった。
アルビノの体と彼女の持つ不思議な雰囲気は、アスカとは別の意味で目立っている。
アスカを太陽に例えるならば、彼女は月といったところ。
彼女の周囲だけ静けさに包まれているような、そんな錯覚を引き起こさせる少女だった。

「ヘロー」

その静寂の世界に、華やかな世界をまとうアスカが押し入った。

「あなたが綾波レイね、プロトタイプのパイロット」

その言葉に、綾波さんが軽く視線を投げかけた。
それを確認したのか、アスカが言葉を続ける。

「私、アスカ。惣流・アスカ・ラングレー」
「エヴァ弐号機のパイロット。なかよくしましょ」

だけどそれに対する返答は、そっけない一言。

「どうして?」

わかってはいたけれど、綾波さんは、他人との関わりに興味を持っていないようだった。
僕とは大きく異なる価値観。

「……そのほうが都合がいいからよ、いろいろとね」
「命令があればそうするわ」

少し困惑しながらも言い放ったアスカに対して、そう答える綾波さん。
指示されれば従う、そうでなければ必要ない。

――あれ?

何故、僕は彼女の前に飛び出しているのだろう。
意識してやったことではなかった。
ただ、彼女の考え方に心が強張ったのだ。

「僕との絆も、命令だから?」

僕と綾波さんの絆、それすらも彼女の義務感によるものではないのかと。
軋む心そのままに、質問を吐き出した。
彼女の瞳が、明らかに困惑の色を覗かせる。

「綾波さん、答えて。僕達は、友達なの?」
「……そう、そうね、碇さんと私は友達」
「そしてそれは私の意思。命令じゃない」

その答えに、ほっと胸をなでおろす。
振り返ると、アスカが呆れ顔でこちらを見ている。

「あんたねえ、突然割り込んできて、なにやってるのよ?」

気がつくと、僕は綾波さんの肩をがっしりと捕まえてせまっていたわけで。
しかも人通りの多い正門近く、美少女二人の間に入り込んでのこの体勢は見事に人目を引き付けている。
その事実に、顔面が瞬間的に沸騰したようになってしまった。

「あ、いや、あの、えっと。そ、そだ、二人には仲良くしてもらいたいなあと」
「ふうん、まあいいわ。で、どうするわけ?ファーストチルドレン?」
「……それも、いいかもしれないわね」

しどろもどろの僕の一言が、二人の会話を進めた。

「よろしく。惣流・アスカ・ラングレーさん」
「アスカで良いわ。私もレイと呼ぶから」
「そう」

名前で呼び合うのは彼女の流儀なのだろうか。
でも、近づいたはずの二人なのに、綾波さんは相変わらず無表情だったし、なぜかアスカは不機嫌そうだった。
それ以上どちらもしゃべる気配がなく、なんとなく空気が重いのは何故だろう。
その空間のど真ん中にいてはたまったものではない。
何とか打開しようと僕がしゃべりだそうとしたその時、緊急呼び出しの音がなった。

「使徒が、きた?」
「ぐずぐずしない、行くわよ、二人とも」

その音を聞いたそのときには、既にアスカは走り出していた。
彼女に続き、僕と綾波さんも急いで移動をはじめる。

――僕も、レイと呼ぶべきだろうか?

その最中に、僕はそんなことを考えていたのだけれど。



「あーもう、かっこ悪い」

今回は日本でのデビュー戦。
華々しく勝利で飾り、私の名声に箔をつけるはず、だったのだが。

零号機と弐号機、二体のエヴァでの作戦となってしまった上に、たかが一匹の使徒に返り討ちにされてしまった。

「大体何よ、あのインチキは!」

ファーストにバックアップを任せ、一撃で使徒を切り裂いたはずだったのだ。
それがなぜか、目標は分断されたそれぞれが再生して、二体になって襲い掛かってきた。
しかもどれだけ攻撃しようともあっという間に元通りに復元してしまい、何の効果も無い。
結局劣勢を挽回することが出来ないまま零号機、弐号機ともに活動停止に追い込まれ、苦肉の策のN2爆雷により何とか足止めだけは成功したという状況。
それと引き換えに海岸線の形が変わってしまったのだが。

「状況もわからずむやみに突っ込んだのはあなたよ」
「なによレイ!あんただって結局何も出来なかったじゃないの!」

そもそもこの女も気に入らない。
シンジの奴が割り込んだおかげで仲良くしようとは言ったけれど、この無愛想の塊みたいな奴とどうやってうまくやっていけというのか。
命令に黙々と従っている様も、この期に及んでも冷静なのも気持ち悪い。
何か根っこの部分で私とは馬が合いそうに無い。そんな印象だ。

こいつと組むくらいならシンジと組んだほうがはるかにましだったろう。
だがそう考えたとき、背中に嫌な汗を感じた。

もしかして、その場合は負けること自体が許されないのではないだろうか。
もし同じように負けていたら、シンジは生きていられないのではないだろうか。

負けられない理由が他人の心配などというのは私らしくない。
だが、私は知ってしまった。
シンクロ率100%を超えた、その代償を。
あんな危険な爆弾を抱えた子を、戦闘に出させるわけにはいかなかった。
私がいる以上、そんなことになってはいけなかった。
私は、エースパイロットなのだから。

「君達の仕事はなんだかわかるか?」

状況報告の映像を見ていた副司令が苦々しくそういった。

「使徒に、勝つことだ」

あたりまえといえばあまりにあたりまえのその一言。
だが今の私にとって、その言葉は重く響いた。



「で、どうするの?」

大げさでもなんでもなく机に巨大な山となって詰まれた抗議文と被害報告書に辟易としている私に、リツコが声をかけてきた。
エヴァ2体を投入しながらこの失態、もし司令が出張中でなければ即刻首にされていたところだ。

現在までの情報から、使徒は二つに分かれたそれぞれが相互補完しており、片方が健在ならばもう片方も即座に修復する、ということだった。
ダメージを与えたければ双方に同時に同じだけ損害を発生させなければならない、ということか。

「エヴァ二体で同時攻撃するくらいしかないのだろうけれど、タイミングが問題ね……」
「言っておくけれど、生体部品の予備が心許ないの。使徒の再侵攻までに三体を仕上げるのは無理よ」

二体で押さえ込み、残る一体で同時攻撃、というのはこれで不可能となった。
せめてもう少し使徒がくるのが遅ければ、三体とも稼動可能だったろうが。

「わざわざそう言うということは、二体で実行可能な案、持ってきてくれたんでしょう?」
「ふふ、ご明察」
「さっすがリツコ博士、もつべきものは心優しき旧友ねえ」

一枚のディスクを取り出す彼女をおだててみる。

「残念ながら、旧友のピンチを救うのは私じゃないわ」

リツコの返答は素っ気無い。

「このアイデアは、加持君からよ」

差し出されたディスクのラベルには、”マイハニーへ”と貼られている。
いかにも加持らしいやり口だ。

大学時代、私達三人は友人であり、加持と私は恋仲だった。
だがもう、終わった関係のはずなのだ。
互いに別々の道をたどり、今また同じ場所に三人でいるのは何かの縁かもしれないが、あの頃とは立場も状況も違う。
空母で使徒に遭遇したとき、加持は一人先に本部へと飛び去った。
あの男が、ただ逃げ出しただけなはずは無い。
何か別件で、至急の行動を要することがあったのだろうとにらんでいる。
しかしそれは私には知らされなかったし、本人も教えてはくれない。
そう、もう昔とは違うのだ。

――それとも、違うからこそかしら?

また一からやり直せると、彼はそう考えているのだろうか。
未だに想ってもらえているならば嬉しいことではあるが、私はそう簡単に吹っ切れはしなかった。

「とりあえず、もらっておくわ」

散文的な思考から舞い戻り、リツコの手からディスクを引き抜く。
加持の思惑がどうであろうと、利用できるものは利用する。

「使徒は、必ず私が倒す」

私はそのためにネルフに入ったのだから。



ネルフ本部の一室に僕達チルドレン三人が集合していた。

「第七使徒の弱点は一つ」

ミサトさんが今後の作戦を説明するために、招集をかけたのだ。
今回の使徒についての分析が続けられていた。

「分離中のコアに対する、二点同時の加重攻撃、これしかないわ」
「つまり、エヴァ二体のタイミングを完璧に合わせた攻撃よ」

お互いに補完しあうなら、同時に破壊すればいい、ということらしい。
だがそのタイミングを合わせるのは至難の業の気がする。
一息置いて、ミサトさんが更に続けた。

「そのためにはエヴァの協調、完璧なユニゾンが必要なんだけど……」
「何かまずいことでもあるの?」

一瞬言いよどんだミサトさんにアスカが訊ねた。

「使徒は現在自己修復中、第二波は六日後と予想されているわ」
「技術部の話ではそれまでに修復が間に合うのは二体だけだそうよ」
「つまりどうなるの?」
「今回の作戦に当たって、より親和性の高い二人を選ぶため、選抜テストを実施します」

全員がここに集められたのは、そのためということか。
なにやら怪しげな機械が置いてあるのは、テストに使うのだろうか。

「実際のところは、この曲にあわせた攻撃パターンを覚えこんでもらうことになるけど、あまり時間が無いから簡単な動きの奴を用意してあるわ、ちゃちゃっと覚えちゃって」

そういわれてビデオ端末に映し出されたのは、マットの光る部分をテンポ良く踏んでいく映像。
踊っているのが何故加持さんなのか、何故レオタードを着ているのか、というのは突っ込んではいけないのだろうか。
内容自体はほんの20秒ほどの、確かに簡単なものだった。

「30分後にテストするから。はい、これ」

3人に同じレオタードとシャツが渡された。
デザイン上は加持さんの着ているものと同じようだけど、大人用と子供用、わざわざ用意している辺り時間が無いといっている割には余裕があるような。

「何事もまずは形からってね。ほら、はじめなさい」

用意周到ではあるけれど、馬鹿なことを考えている時間など無いのは確かだった。
それぞれに用意されたパーティションに入り、着替える。
まずは動きを覚えて、実際にやってみる。リズムに乗せる。
誰が組んで、戦うことになるのか、まだわからないけれど。
最善を尽くそう。使徒を倒すために。



作戦説明を受けてから約一時間、ようやく選抜テストが終了した。
後は結果を待つのみ。
同じく結果待ちで横に座っているファーストとシンジを見やる。

テスト内容自体は簡単なもので、動きを覚えるのにさほど苦労はしなかった。
完璧にこなしたという自信はある。
尤も、ファーストとのテストはお世辞にもユニゾンできているとは思えなかったが。
此間から感じている相性の悪さを実感せざるを得ない。
だが、意外というかなんというか、あまり運動神経のよさそうでないシンジとのテストは中々のものだった。
私のステップにも遅れずについてきていたのだ。
シンジとファーストとのテストがどうだったかはわからないが、テストのときの動きからすれば、まず間違いなく私とシンジのペアになるだろう。
個人的には出来ればあの子を戦わせるのは避けたかったが今回は仕方ない。
成功させ、勝てば良いのだ。

そんなことを考えていたから、入ってきたミサトの発言はにわかには信じられなかった。

「本作戦は、綾波レイおよび碇シンジ、零号機と初号機によるものとします」
「嘘!何で!」

予想だにしていなかった選抜結果に、思わず叫んでしまった。

「私は、私は完璧にやったはずよ!」

それこそ寸分の狂いも無く、映像とまったく同じ動きをやってのけたはずだ。
その私が外され、酷い動きだったファーストと、シンジが組まされる。

「確かにあなたの動きは完璧だったわ。でも」
「このテストの目的は二人がどれだけ協調して動けるかにあるのよ」
「ファーストとはともかく、私とシンジは十分ユニゾンしていたわ!」

ミサトの返答に、更に食いつく。
私が外されるなど、あってはならなかった。

「そうね、悪くは無かった」
「だったら!」
「ただ、レイとシンジちゃんの動きはほぼ完璧にシンクロしていた、それだけよ」

その返答に目を見開いた。
シンジの動きはファーストのそれより、私に近かったはずだ。
なのにその二人が組んだときのほうが私のときより優れていた。
そんなことが有得るとは思えなかった。

「本作戦は手本通りに動くことじゃなく、相手に合わせることが重要なの」
「アスカ、あなたの動きには相手と協調しようと言う意思が感じられなかったわ」
「そんなの、何でレベルを下げる必要があるのよ!」

完全な緻密さで指示された動きを双方が完璧にやってのける。
そうすればまったく同じ動作が可能なはずだ。
ついてこられないからといってわざわざ下手な動作をする必要など無い。
完璧にこなせる人間がやれば良いだけの話だ。
そのはずなのに。

「悪いけど、もう決まったことよ」

硬い表情のままそう言うミサトを睨み付ける。

――なんで、私を認めてくれないのよ!

私が最も優秀なはずだ。
戦闘のエキスパートのはずだ。
素人同然の二人に負けることなど、あっていいはずが無い。
その思いは、怒りと化して全身を駆け巡っていた。

「アスカ……」

シンジの、こちらを気遣うような声。
それが、私の中の激情をついに爆発させる。

「うるさい!」

気がつけば、私は部屋から飛び出していた。

――あいつから心配されるなんて!

私があいつを心配する、そうあるべきなのだ。
それが逆になるなど、まさしくあってはならないことだった。

怒りに任せて全力で走りながら、ネルフ本部を後にする。

その捌け口を見つけられぬままに。