Migraine


第六話:理性と感情の狭間で

擦違い


「目標は強羅絶対防衛線を突破」
「来たわね」

第七使徒はこちらの予測通りに自己修復を完了し、再侵攻を開始していた。

「音楽スタートと同時にATフィールドを展開、後は作戦どおりに」
「二人とも、良いわね?」
『了解』

搭乗の済んだ零号機と弐号機から同じ言葉が返ってきた。

前回の戦闘から六日、レイとアスカにはみっちりとユニゾン訓練を行わせてきた。
初めからかなりの精度で踊っていたアスカだけでなく、レイもまた素晴らしい上達振りを見せ、前日には99点というスコアを何度も出していた。
想定された合格基準を十分に超えたスコア。
ユニゾン訓練は完璧な、はずだった。

――なのに、この不安は何だ?

何か喉に引っかかっているような、しっくりとこない、違和感。
二人は完全に同じ動きをマスターしたはずだ。
最後に二人の訓練を見たときもきっちりと揃っていたし、スコア判定の結果も十分だ。
それなのに一抹の不安が消えない。

私の直感が発する、危険信号。
だが、使徒はそんなことを理由に待ってはくれない。
準備可能な時間は既に使い切ってしまったのだ。

一体に戻って悠然と迫る、ヤジロベエもどきの進路予測と、射出地点が交わる。

「目標、ゼロ地点に到達します」

司令部オペレータの青葉君の報告が、作戦のスタートとなった。

「外電源、パージ!」
「発進」

号令とともにエヴァがリニアカタパルトから射出される。
最初から全力稼動。
作戦が失敗すれば、後はない。

――二人とも、決めてちょうだいよ。

無責任といわれようと、今この瞬間、私には祈ることしか出来なかった。



射出の勢いそのままに、弐号機を飛び上がらせる。
隣の射出口からは同じように空中に舞い上がる零号機の姿。
改修され、試験機の山吹色から青を基調としたカラーに変更されたボディが、赤い弐号機と強いコントラストを作っている。

空中から使徒に向けて、棒状の装備を投射する。
ビームグレイブ。
二機から同時に放たれたそれが展開し薄いエネルギーの幕を発生、使徒を中央から切断した。
これで、前回と同じ状況。
使徒が2体に分離した。

「今度は、前のようにはならないわよ!」

地上に降りると同時に、目の前の兵装ビルからポジトロンライフルが飛び出す。
私は右側の、ファーストは左側の個体を狙い、牽制。
射撃も着弾のタイミングも完璧。
完全なシンメトリー攻撃に対し、使徒もそれぞれが対称の動きをもって対応してきた。
それぞれが攻撃を受けた相手に、光線を同時に放ってくる。

――予定通り!

こちらの行動に対称的に対処させること。
ユニゾンして動く以上、向こうもそうしてくれなければこの計画は破綻する。
だがこれでそんな心配も必要なくなった。

曲にあわせて攻撃を回避し、間合いを詰める。
後は一気に接近して、蹴りを叩き込んで。
その瞬間に使徒が見せた隙を逃さず、コアを破壊するための最後の一撃。
左足が使徒の中心を狙う。

――これで、終わりだ!

そう、終わり。コアを貫ける、はずだった。

踏み込んだ軸足が、一瞬、瓦礫にバランスを崩した。
ほんの一瞬、次の瞬間にはもう立て直していた。
だが、その遅れが、焦りが、致命的なミスとなった。

どちらが早過ぎたのか。それとも遅すぎたのか。

ほんの少しずれたタイミングでの衝突によるダメージは、そのずれの時間分、修復の機会を与え。
決まるはずだった一撃は、その破壊は、無へと還された。



「アスカ、レイ、電源確保、いそいで!」
「兵装ビル火力集中、一秒でもいいから時間を稼いでちょうだい!」

――まずい。

不安が、的中してしまった。
最後に生じた、ほんの僅かの誤差。
そのせいで倒せなかった、それだけならば、いい。
だが。

「アスカ、早すぎよ、焦らないで!」
『ならファーストに急がせてよ!』

そのずれが、表面に見えなかった歪を、極大化させていく。
二人の動きの統一性が、乱れていく。

一瞬ずれた跳躍。
半歩乱れた着地。
一歩分遅れた後退。

徐々に、しかし目に見えるほどに、そのずれが、不協和音が広がっていく。
二人の行動は、もはやユニゾンとはいえなかった。

これが、不安の正体だったのだ。

確かに二人は完璧に動きをこなした。
しかしそれは、用意された動きと同じ動きをやってのけた、それだけに過ぎなかったのだ。
お互いの動きを把握し、補正し、合わせる。

協調という、最も重要なファクターを、二人は持ち合わせていなかった。
その結果がこれだ。
ほんの少しだけずれたメトロノーム。
同調しない二つは、時間が立てばたつほどのそのずれを露わにする。

今はまだ、何とか持ちこたえている。
だが、エヴァが、そしてこの第3新東京市が限界を迎えたとき、残された手段は多くなかった。

また一つ、兵装ビルがなぎ払われた。

終焉のときが、刻々と近づいていた。



『僕を、出撃させてください』
「シンジちゃん!?」

この絶望の最中、突然の声に、思わずスピーカーを仰ぐ。
いつのまに搭乗したのか、その声は初号機エントリープラグからのものだった。

だがどうやって。
彼女はいまだ、入院しているはずだ。

『悪いな葛城。俺が連れてきた』

そこに、もう一つ割り込んできた通信。
加持だった。

「加持、あんた勝手にそんなことしていいと思ってるの!?」
『だから謝ってるだろう。それに』
『この作戦は俺の発案だからな、アフターケアだとでも思ってくれ』

しかし、病院からエヴァに搭乗するまで、一瞬で出来るわけは無い。
この事態を見越して、事前に連れ出したと見るのが妥当だった。

「あんた、初めから失敗すると?」
『もしものときの保険て奴だよ。リッちゃん、動くくらいは出来るんだろう?』
「各部の接合は完全じゃないし、調整だってやっていないわ、まともに動ける保証は出来ないわね」

その声にリツコが答える。
当然だ、二体しか間に合わない、その前提での戦いなのだ。
後一週間、いや、せめて三日あれば、初号機も何とか戦闘に耐えうるところまで持っていけただろうが。

『それでも、出さなければ負ける。違うかい?』

その言葉に、思わず歯軋りする。
すでに形勢は明らかに不利、負ければ後がない戦いが、敗北で終わる直前なのだ。

――出さなきゃ、無理なのか?

お世辞にも完全とはいえない初号機と、病人の組み合わせ。
そしてその病人がシンジちゃんであるという事実。
彼女の特殊性を考えれば、今出すのがいかに危険かなど、いまさら言うまでも無い。

――それでも決断しなければならない。

私はネルフ作戦部長であり、現場指揮官なのだ。
優先されるべきは私個人の感情や一個人の安全ではない。
人類の安全、使徒の殲滅こそが、最優先事項なのだから。

振り絞るように、しかし悟られないように。

「……いいわ、出して」
『ミサトさん、ありがとうございます』

そう言う彼女を映すモニターを、私は直視できなかった。

あの子はわかっているのだろうか。
今私は彼女に、死んでこいと命令したようなものだということに。



――ごめん、ぼろぼろなのに。

心の中で、初号機に謝る。
初号機がまだ回復していないのは、シンクロを開始した直後からわかった。
体のいたるところが不調を訴えているし、所々から痛みも感じる。

そしてまた、僕自身も酷いありさまだった。
冷たい雨に打たれ続けた結果、衰弱していた僕の体は防衛力を失い、酷い風邪に感染していた。
肺炎の影響だろうか、LCLが循環するその動きで、胸がちりちりと痛む。

何故、あんなところで動かずにいたのだろうか。
アスカに、お父さんのことをひどく言われたからか。
それとも、彼女に拒絶されたからか。

そうかもしれない。だけど、それだけじゃないかもしれない。

もしかしたら。僕は。

――こうなることを望んでいたのかもしれない。

そうすれば、アスカと比較されなくて済むから。
アスカが、出撃できるから。
僕は、いなくなれるから。

そう考える自分を嫌になる。

――最低だ。

自分勝手に戦えなくなって。
綾波さんとアスカだけに戦いを背負わせて。
守ると誓っていながら、それすらも放棄して。

この体の痛みは、きっとその代償なのだ。
状況から逃げ出してしまった、自分の罪。


カタパルトから射出された、目の前に2体の使徒の背中があった。
目標が振り向こうとするその前に、初号機を飛び込ませる。
左右の腕が、使徒の体を捕まえた。

そうだ、消えてしまうくらいならば。
せめて自分の思いをかなえる為に力を使おう。
守るために、戦おう。

――僕など、どうなってもいいから。



想定していなかったシンジの特攻。
それに救われた。

何とか電源だけは確保したが、既にファーストとのユニゾンは壊れてしまっていた。
もう一度始めからやり直す機会も、タイミングも失って、徐々に、だが確実にこちらのダメージは蓄積されていた。
そこに突然現れた初号機が、使徒の動きを封じ、捕まえてくれた。

だが、初号機はいまだ修復が終わっていないのではなかったか。
二匹の使徒を捕まえている、その姿を見やる。
逃れようと初号機の腹部を、背部を殴りつけてくる使徒の攻撃に耐えている。

だが、ああ、やはりまだ完全ではないのだ。

右腕の基部が、押さえつける自らの力で引きちぎれそうになっている。
全身の挙動も不安定で、今にも崩れそうだ。
このままでは遠からず撃破の憂き目にあうことは間違いなかった。

そして、その瞬間が一気に迫ったのを感じる。
左右の使徒がそれぞれ、自由な腕を巨大な斧のごとき形状に変化させたのだ。
それが振り上げられ、押さえつけている両腕に迫る。

死神の鎌が、振り下ろされる。

――ちょっと、まって。

自分の想像に、目を見開く。

――両腕を切り落とされたら、シンジが、死んじゃうじゃない。

瞬間の戦慄。
全身を襲った恐怖が、弐号機を無意識に突き動かす。
気がつくと、私は使徒の片方にものすごいスピードで体当たりをかましていた。

「何で、私、こんなことを」

自分の、弐号機の動きが理解できず、しかしそのまま使徒を山肌に叩きつける。

同時に左側で轟音が響く。
見ればまったく同じ動きを、ファーストの零号機も取っていた。
同じ視線が、お互いを交差する。

それだけで十分だった。

身動ぎした使徒のコアに、全身全霊をかけた渾身の一撃を振り下ろす。

――これでいい。きっと、レイも。

コアがこなごなに砕け散った瞬間、使徒の体が爆発を起こした。

同時に、まったく同じ形の火柱が向こう側にも上がっている。
近づくことすら出来なかった二人の心。
それが、確かに重なった瞬間だった。



皮肉なものだ。
まったく持ってかみ合わない私とレイ。
しかもその原因の一旦となった、シンジとの不和。
それなのに。

――あの子を守ろうって考えだけは、一致しちゃったわけか。

あの訓練は、同じ動きをするだけでは意味が無かったのだ。
どのような状況においても、同じタイミングで攻撃するための、訓練。
心の同調こそが本来の趣旨だったのだ。

初めの私の考えは、完全に間違っていたといまさらに思い知る。
なにせ、それを実践した結果がこの状況なのだから。

だが、最後の瞬間、最後の一撃を放った、その瞬間。
その時だけは、あのレイの心が手にとるようにわかった。
そう、向こうが私の心を理解したことまでも。

初めからあの状態であったなら、あそこであんなミスなどしなかっただろう。
そうでなくても、シンジが出てくる必要など無かったはずだ。

膝をついたままの体勢で停止している初号機に視界を向ける。
結局、あの子に助けられてしまった。

――あーあ、こりゃ、負けたかなあ。

きっとシンジは、訓練の意味を理解していたのだ。
私が下手な行動に出なければ、シンジがでていれば、もっとスムーズに終わっていた。
結局私は、事を荒立てて、より悪い状況にしたに過ぎなかった。

「……ねえ、シンジ」

無線で初号機に呼びかける。

「悪かったわ。あんなこと言って」
「あんたのこと、まだ何にも知らなかったのにね」
「だから、あの言葉は取り消し」

それに、そもそもあんなのは私じゃない。

「だからその、そう、仲直り、しない?」

ちょっと気恥ずかしかったけど、原因は私にある。
だから、私から言い出さないと、だめだった。

後はシンジの返事次第。
といっても、なんとなく想像はつくのだけど。

だけど予想されたそれは、いつまで経っても戻ってこない。

「……シンジ?」

再度の呼びかけにも、反応が無い。

零号機が、レイが、初号機に駆け寄っている。
排出されたエントリープラグを引き抜き、地上に降ろしていく。
自身も抜け出し、走りよるレイ。
その顔に、初めてそれとわかるほどの表情があった。

今にも泣き崩れそうな、必死な顔。
モニタに拡大されたその姿は、人形などでは決してない。

だけど私は。
飽和した感情に、逆に、表情というものを忘れたようになっていた。

「……なんでよ、何で、返事しないのよ」

さっき、やられる前に、あんたを助けたじゃない。
なのになんで返事が返ってこないのよ。

プラグからレイに助け出された彼女は、いまだ意識を回復していない。
モニタを通じて見える体には外傷は見えなかった。

けれど、否定できないもう一つの証拠。

初号機のひしゃげた装甲。
ぶらりと垂れ下がったままの右腕。
異常なシンクロ率。

スーツに覆われた肢体が、透けて見えた気がした。

「嫌ああああああああああ!」

その瞬間、私は叫んでいた。
肩を抱え込み、想像の痛みに襲われながら。