Migraine


第八話:星の降る日


「手で受け止める!?」
「そう」

アスカの叫び声が響き、ミサトさんの冷静な声がそれに答えた。

「ミサト、あんた正気?」
「正気よ。落下予想地点にエヴァを配置、ATフィールド最大で、あなたたちが直接、使徒を受け止めるのよ」

究極の盾に、究極の盾を持って対抗する。
使徒の最終落下予想時刻が迫る中、これが可能な唯一の作戦らしい。

「悪いけど、ほかに方法が無いの」
「無茶よ!私はともかく、こいつの状態見てそんなこといってるの!?」

そういいつつ僕のほうを思い切り指差す。
今、僕は、まだベッドの中だった。

ここは僕の病室。
作戦の伝達がここで行われているのは、最もここが効率がよかったからだ。
つまり、綾波さんがいて、アスカも近くの病室に入れられていて、そして僕は動くことができなかったから。

目が醒めて、そこには綾波さんの瞳が揺れていて。
安心した、はずだったのだけれど。

あの暗闇の恐怖が、体を、心を、蝕んでいた。

彼女に笑いかけようとした顔が強張り、歯がカチカチと震える。
全身に悪寒が回り、体が言うことを聞かない。
寒い、怖い。
両肩を抱きしめ、丸まり、顔を埋め、しかしそれでも震えは止まらない。
まるで体の芯が、心のどこかが、凍り付いていまだ溶けやらぬようだった。
この場に綾波さんがいてくれなければ、また気を失っていてもおかしくない位の状態。
しかし彼女の存在に暖かさを感じていてなお、僕は立ち直ることが出来ていなかった。
ただあの暗闇の、静寂の、停滞の恐怖に震えて、着替えることすらかなわずに、ベッドの中、素肌のまま小さく固まっていたのだ。

「……そうね、作戦ともいえない、むちゃくちゃな話だわ」

悲しそうなミサトさんの声が聞こえ、そちらに視線を移すと、その声色と同じ色を浮かべた瞳が見えた。

「だから、無理なら辞退できるわ」
「あれを殲滅すること自体は、他にも方法があるから」

そう言うミサトさんは、僕のほうを見据えていた。
その言葉はまるで、自分自身に言い聞かせるような響きだったけれど。

「どういう方法ですか?」

珍しく綾波さんが質問した。
一瞬間を置いて返ってきた答えは。

「なにもしなくていい。あの使徒はATフィールドとその全質量をエネルギーに換えて消滅するわ」
「引き換えに、地上はおろか最下層までジオフロントごと第3新東京市を吹き飛ばして、ね」

体の震えが止まった。
恐怖が消えたわけではなかった。
逆だ。
あまりの恐怖に、震えすらも凍りついた。
そして。
どくんと、酷く重い音で心音が体に響き渡った。
まるでそれまで止まっていた反動だとでも言うように。

「あ、あ、ああ」

まるで体中が僕の意思を無視しているようだった。
痛むほど心臓が激しく波打ち、肺は痙攣するように細かく息を吐き出す。
伸ばそうとした腕はしかしあらぬほうへ曲がり、瞼は瞬きを忘れたようだった。

「だ、め、い、やああ……」

何か言おうとして、激しく咳き込み、痙攣する。

「ミサト、あんた!」
「もう時間が無いの。抗議でも我侭でも作戦終了後には聞いてあげるわ」

そうだ、早くあれを何とかしないと、街が、皆が、消える。
消えてしまう。

「……いいわ、やってやるわよ、シンジ抜きでばっちり受け止めてやろうじゃないの!」
「いいのね?」
「そのかわり、後で覚えてなさいよ」

体を伸ばそうとして、その途端に走る悪寒に硬直する。
だがそれでもここでじっとしてはいられない。

「レイは?」
「かまいません」
「そう」

頼むから、動いて、僕の体。

「それじゃ、二人とも出撃準備を……」

どすんとぶつかる音がして、僕はベッドから転げ落ちた。
気がつけば、ミサトさんに縋り付いていた。

「ぼ、くも、でま、す……っ」

そう一言しゃべるだけで、また細かく息を吸いつづけていたけど、なんとか、体は動いた。
言葉が、吐き出せた。
きっと、これで、たたかえる。

「本当、馬鹿な子なんだから……」

見上げれば、ミサトさんの顔はぐしゃぐしゃになっていて。

「私を恨んでくれて、いいのよ?」

そんな言葉を、僕は理解させなかった。

「いこう、よ?」
「そう、そうね」

裸のまま倒れかかっている僕を、ミサトさんが支え、立ち上がらせる。
半分よりかかったまま、歩き出した。

「ミサト!あんただってわかってるでしょ!殺す気なの、シンジを!?」

アスカの叫び声の意味も、僕の意識は無視する。

誰もいなくなるくらいなら。
僕なんて、いなくても、いい。

「大丈夫。そんなことには私がさせないわ」

今度のミサトさんの言葉の意味はわからなかったけど、その強さに、僕の体はまた少し自由になった。



準備があるからと先に移動したミサトの代わりに、レイと二人でシンジを支えつつ移動する。
さすがに裸のまま移動するわけには行かず、彼女には貫頭衣を着させている。
ただ羽織っているだけで、下着もつけていない。
どうせプラグスーツに着替えるのだ、人目さえ避けられればなんでも良かった。

「うっ」

隣から、またうめき声がした。
シンジの状態は酷いものだ。
二人に支えられて、なお荒い息を吐いている。
そしてしばらくすると、今のように体を強張らせるのだ。
半病人どころか、はっきり言って病人と変わらない。
今の彼女の状態は見るに耐えなかった。

「ねえ」

その姿を見ていて、思わず訊ねてしまう。

「あんた、何でエヴァに乗ろうとするわけ?」

エヴァンゲリオン弐号機のパイロットは私だ。
代わりなどいない。
だがそれにしたってここまで酷い状態で無理やり乗ろうとするだろうか。
この私ですら躊躇するであろう、その状況下でも必死にエヴァに乗ろうとする、彼女の意志の強さの訳が知りたかった。

「ん……」

つらそうなのは代わらないが、少し考え込むようなしぐさをした彼女。

「どうしたの?」
「昔、綾波さんにも同じ事を聞かれたな、って」
「へえ、で、どうなの?」
「……あの時は、わからないって答えた」
「じゃ、今は?」
「皆を守るため、かな」

そういって、一息つく。

「僕は、エヴァに乗れるから。乗らないと、守れないから」

それは、つまり。

「他人のために戦ってるわけ?」
「どうだろ」

彼女はそれをきちんと肯定しなかった。

「けど、なにもせずに、誰もいなくなるくらいなら、僕は戦う」
「例えそれで僕が、いなくなるとしても、ひとりになるより、いいよ」

その思想は、とても危うげに聞こえた。
いや、実際に危ういのだ。
だからこそいつもぼろぼろになり、だからこそいつも勝ってこれたのだろうか。
シンジの顔を見て、後悔する。
その寂しく、暗い決意の言葉を、異様に静かに輝く瞳が肯定していたから。
どんな経験をすればそんな色を放つようになるのだろう。
記憶が無いという彼女の過去に、何があったのか。
それとも記憶が無いからこそ醸し出されるものなのか。

「アスカは……」
「え?」
「アスカは、何故エヴァに乗るの?」

聞き返された質問に、なぜか即答できない。
おかしい、いつもなら自信を持って答えるだろうに。

「……自分の才能を、世の中に示すため、よ」
「自分の、存在を?」
「ま、似たようなもんね」
「そう、それじゃあ」

「僕たちは、きっと同じなんだね」

その言葉の意味を捉えきれなくて、混乱する。
何故そうなる?
私はあんたみたいに後ろ向きでもなければ、死に急ぐつもりも無い。

――どこが同じ?

と聞こうとして。
別の声にさえぎられた。

「自分を認めてくれるのは、他人だもの」



「……なんですか、その格好?」

ケージについて、初めに出た一言が、これだった。
そこにいたのはミサトさん。
作戦部長の彼女がここにいるのも少し変だったが、そんな些細なことは吹き飛ぶほどの変なところ。
それは彼女の服装だった。
全身にぴっちりと密着した、黒を基調にしたレオタードのようなもの。
もっと正確に、端的に言うなら、彼女はプラグスーツを着ていたのだ。
もともとラインがはっきり出るプラグスーツだが、ミサトさんの体型にフィットしたそれは、見事に彼女のふくらみを表現していた。

「これ着てやることなんて、一つに決まってるじゃあない?」
「ええと、つまり……ミサトさんも乗るんですか?エヴァに?」

僕の答えににんまりと笑って、手を腰に当ててポーズを決めて。

「そのとおり!」

……恥ずかしくないのだろうか。
まあそれはともかく、ミサトさんが言葉を続ける。

「と、いっても私が操縦できるわけじゃないけどね」
「どういうことですか」

ミサトさんが、親指でどこかを指し示した。
その先には、山吹色のエントリープラグ。
見慣れない色のそれが、初号機にセットされようとしていた。

「タンデムエントリープラグ。その試作品よ」

タンデム。つまり二人乗りということか。
けれど、何故わざわざそんなことをする必要があるのか。

「知っていると思うけれど、シンクロ率が100%を超えているのはあなただけよ」
「はい」
「そして、その状態でのフィードバックが非常に危険なのも、わかっているでしょう?」
「ええ、まあ」

僕の入院の原因は、その多くがフィードバックによるものなのだから。

「で、それに対処するために技術部が出した結論が、これって訳よ」
「……よくわかりません」
「これまでの戦闘記録から、第三者がシンクロに直接干渉することでシンちゃんのシンクロ率を引き下げられる、ってことになったの」
「身に覚え、有るでしょ」

鈴原君や相田君を乗せた時。
アスカと一緒に戦った時。
確かに、その通りだった。

「で、より干渉しやすいように設計されたのが、これ」
「技術部の汗と涙の詰まった、シンちゃん専用特注仕様ってところね」
「僕のために?」
「そ、感謝しなさいよ〜」

ただ僕一人の安全を守る、それだけのためにこれだけのものを開発してくれた。
しかしそのために、もう一人エヴァに乗り込み、危険に晒されることになる。

「で、でも、危険ですよ。それに作戦部長が乗り込んだりしちゃ、まずいんじゃ」
「……この街にいる限り、あれが落ちてきたらどこにいても危険なのは一緒よ」
「それに今回の作戦は始まれば私の関与できるところは無いわ」
「だからって……」
「大丈夫、それに、言ったでしょ」

彼女の顔が、少し緩む。

「あなたを殺すようなことは、私がさせないって」

これが、あの言葉の答えだったのだ。
そういった彼女はすぐに表情を引き締めて。

「時間よ、皆、搭乗はじめて」
「はい」

綾波さんが零号機へ、アスカが弐号機へ、そして、僕とミサトさんが初号機へ。
普段より薄暗く、普段より騒がしいケージ。
それぞれの機体のタラップへ、僕たちは足を踏み出した。



LCLが透明になり、システムが起動する。
ディスプレイがエヴァの視覚を画像化して映し出し、前に座る少女の姿がより鮮明になる。
エヴァンゲリオン初号機、試作型タンデムプラグの中。
私は柄にも無く緊張していた。

普段子供達にえらそうなことを言ってはいるが、実のところエヴァに乗り込むのはこれがはじめてなのだ。
LCLのプールに放り込まれたことくらいはあるが、それとて彼女達の経験回数に比べればほんの数回、慣れない感覚だった。

『葛城一尉、リニアカタパルト準備完了しました。零号機から各機発進させます』
「わかったわ、発進シークエンスが終わったらあなた達も退避して」

後部シートは、パイロットの座るシートとは構造が異なる。
各種モニタが増設され、通信機能も強化されている。
エヴァの挙動を制御する必要がない分、コパイロットにはより多くの情報処理が可能なよう設計されたのだ。

『いえ、これも仕事っすから』
『あなた達だけ危ない目にあわせて、逃げ出すわけにはいきませんしね』

日向君と青葉君が異口同音に退避を拒否した。
彼らとて本部でオペレータを担当する、スペシャリスト達だ。
覚悟もあるのだろう。

「私たちなら大丈夫。例えエヴァが大破しても、ATフィールドが守ってくれるから」

ある意味正しいけれど、正確ではなかった。
シンジちゃんにも説明していない、このタンデムプラグの性能。

――これはまだ試作品で、理想である”コパイロットによるパイロットのシンクロ率の自由調整”はできないわ。

これを無理やり引きずり出させた時のリツコの説明。

――今出来るのは、強引に割り込むことによってシンクロ率を引き下げるだけ。
――どこまで下がるのか、調節するどころかまだ予測も出来ないわ。

つまり、ただのON/OFFスイッチと大して変わらない、ということだ。
最も彼女の場合、いままではそれすらもこちらの自由にならなかったのだが。
彼女の乗った初号機は、すべての戦闘において彼女自身が意識を失う以外では停止していないのだ。

使うのが遅れれば、彼女はエヴァとともに押しつぶされるかもしれない。
だがもし早すぎれば、やはりつぶされるかもしれない。
いやそもそもシンクロ率が下がりすぎれば、ATフィールド自体が使えなくなる危険性もある。

あまりに両極端だが、それを見極め、私が彼女を守らねばならなかった。

零号機の射出が完了し、電力がこちらのカタパルトに回される。
すべてのリニアカタパルトを同時に稼動させるだけの出力にはまだ達していない。
使徒迎撃専用都市とは名ばかりの状態で、使徒を迎え撃つ。
あえて楽観的に――これを楽観といえればだが――言えば、観測機器以外はまるで役に立ちそうも無い相手であり、完全な状態でもさして状況は変わらない、という程度だろうか。

体に加速度を感じ、射出された地上は、既に日も落ちて久しい。
ビル群は移動の邪魔にならないよう可能な限り格納され、都市というにはいささか寂しい情景。
戦闘機能に最優先で電力がまわされているため、街には一つの灯りも無い。

ただ、満天の星空が広がっていた。



『光学観測、使徒を補足しました』

その声とともに、ディスプレイに表示される落着予測の範囲がリアルタイムに変化していく。
10km四方に渡る初期予測から、ぶれ幅を持ちながらも収縮していく。
落着前に受け止められるか否か、一秒が生死を分けるこの作戦。
それぞれの機体は、分散配置されていた。
一瞬でも早く、誰かが支えるために。

『移動を確認……来ます!』

その声とともに、外を映し出しているディスプレイが上を向く。
シンジちゃんが初号機に上空を見上げさせたのだ。

「こちらでも確認しました」

彼女はそう言うが、ともに搭乗している私には、ただ星空が広がっているだけにしか見えない。
だが初号機の視界は確実にある一点に向かっているようだった。

――これが、シンクロか。

いまさらながらに、彼女が見ているのはディスプレイの映像でないことを思い知る。
感覚、視覚の共有。
今の彼女の目には、世界はどのように見えるのだろうか。

私の目の前に配置されたモニタに表示される数字を見やる。
そこには180%と表示されていた。

シンクロ率180%、以前から比較してさして伸びていないように見えるが、そうではない。
技術部が必死に押さえつけて、それでなおこれなのだ。
もしこのプラグにレイやアスカが乗り込んだら、エヴァを起動することすら出来ないだろう。
つまるところこの私自身も彼女のシンクロ率を抑制するための、まさしく苦肉の策のパーツの一つなのだ。

正面に捉えられていた星の光、その一つが翳る。
別の物体が遮ったのだ。
それが何か、考えるまでも無い。

「エヴァ各機、移動開始!」

掛け声と同時に、軽い衝撃と共に初号機が動き出す。
落着予想範囲は更に狭まり、ある程度の移動の目安は既に出来ていた。
使徒を捕らえつづけている彼女には、更に正確なポイントがイメージできているのだろう。

初号機が駆ける。
アスファルトを蹴り、丘を飛び越え、音さえも追い抜いて。
シンジちゃんの操る初号機は、エヴァ自体の運動能力を限界まで引き出していた。

初めは点でしかなかった影が、既にその形を識別できるほどになっていた。
視界全面を覆い始めた巨大な影。
ATフィールドにより抵抗を無視し、終端速度などあっさり突破して、発光もせずに驚異的な速度で地表に迫ってくる使徒。
その落下予想地点に、初号機は既に入り込んでいた。

――影が、落ちてくる!

思わず息を呑む。
視界全体を完全に覆い尽くし、押しつぶさんとするそれに身が竦む。

「フィールド、全開!」

その声に我に返る。
彼女は必死に、しかし冷静に戦っていた。
私がこんなことでどうするのだ。

外では強烈な色彩が飛び放たれていた。
使徒のATフィールドとエヴァのATフィールドが衝突し、エネルギーを大気中に拡散させているのだ。
何も無いはずの空間で、少し勢いを殺した巨大な物体がそのまま初号機に覆い被さってくる。

それを、彼女が、初号機が、両手で支えていた。

――やった、止まった?

安心したのもつかの間だった。

「くっ、う」

シンジちゃんのうめき声と共に、地面が割れた。
初号機の足が、めり込んでいるのだ。
勢いを殺し、受け止めたはずのそれは、未だに加速を続けているかのようだった。
その圧力に初号機の装甲が軋み、ひび割れる。

みしりと、嫌な音がした。

「ああ、あ、あ」

初号機はもう、限界だった。
それは、彼女に命の危険が迫っている、ということだ。

――だけど、どうすればいい?

おそらく最大のパワーを引き出せている今の状態からシンクロ率を下げれば、当然、支えきれなくなる。
しかし今のままでも、いずれはつぶされるのは明白だった。

迷っている時間は無かった。
そうだ、私は約束したのだ。
彼女を死なせはしないと。

どちらにせよつぶされるというのなら。
少しでも生き残る可能性の高いほうを。

シンクロ介入用のシステムのスイッチへ、指を伸ばす。

『碇さん!』

指が止まった。
レイの零号機が間に合ったのだ。
追加のATフィールドの支援を受け、初号機の負担が下がる。
どちらも使徒を支えるのに精一杯で、攻撃に移ることは出来ない。
だが、これで望みが生まれた。

「アスカ、攻撃を!」

残る一体に指示を飛ばす。
二体で受け止め、残る一体で殲滅する、これが理想形だった。
だが。

私自身が初号機に乗り込んだせいだろうか。
戦闘の只中にいたために、近視眼的になっていたのかもしれない。

「アスカ?」

アスカは、弐号機は、いまだに遥か遠くに位置していた。



――私とあいつが、同じ?

私は、頭の中でまだその言葉を反復していた。
私とあの子は違うはずだ。
いや、確かに違うのだ。

私は正規の訓練を受けてるし、大学だって出ている。
体だって出るところは出てるし、引っ込むべきところは引っ込んでるし、運動能力も天と地ほどの差がある。
そんなエリートの私と、弱弱しいシンジ。

なのに、そんな二人が求めているものが同じ?

馬鹿馬鹿しい。
解釈の仕方でどうとでも取れることだ。

そんなことより今は、落下してきている使徒、あれを何とかしなければ。
狭まった落着予想地点へむけて、弐号機を走らせる。

だけど。

「あ、れ?」

弐号機の足が縺れ、バランスが崩れる。
何とか踏みとどまるが、おかしい。
いつもと勝手が違う。
思う通りに、動かない。

「何でよ、馬鹿、動きなさいよ!」

シンクロを取り直そうとして、集中。
いつものように捕まえようとして。
それに近づくのを拒否していた。

「何で、なん、で……」

頭の中に蘇える記憶。

壊れたママ。
人形の母親。
人形の私。
吊るされた人形。

狂わされたのはシンジだけではなかった。
表層では押さえ込んでいたのに。

私の深層心理もまた、ぐちゃぐちゃにされていた。

認めたくは無かった。
所詮、私もあいつと変わらないなどとは。

認めるわけにはいかなかった。
一度、あの子には負けを認めてしまったのに。

私とシンジは違っていなくてはならないのに。
同じだったら、一体私に何が残るの?
一体誰が私を見てくれるの?

焦燥と混乱。

『アスカっ!?』

その声にびくりと体が反応する。
そして、ディスプレイに映し出された映像に、自分がまたミスを犯したのだと気がつく。

受け止められてなお、圧力を緩めない使徒を初号機と零号機が支えている。
だが、どちらにもそれ以上の余力は残されていないようだった。
徐々に増す使徒の重みに、耐え切れない。
そして私は不安定なシンクロに振り回され、距離を詰めることが出来ていない。

あの時の情景が、頭をよぎる。
ぼろぼろのシンジと、不完全な初号機。
必要なかったはずの援護。
助けられたはずの彼女。
沈黙したままのスピーカー。

また私は、繰り返すのか?
また私は、守ってやることも出来ないのか。
また私は、一人になってしまうのか。

――嫌!だめ!

突然初号機が膝を着き、支える力が無くなる。
支えていたすべての重量が零号機に襲い掛かり、その足が大地に埋まり、もがく。

本当に、すべてが終わってしまう。

私は一人でもうまくやれるはずだったのに。

だから、皆が認めてくれるはずだったのに。

――あいつを助けないと。

でも、間に合わない。

――まだ、ちゃんと謝ってもいないのに。

後少しなのに、とても遠い。

――あいつを、助けて。

地面の亀裂が、更に広がる。
周囲に一段と激しい光が走る。

これで、終わりか。

いや、違う。
その光は、使徒が落着したためではなかった。
ATフィールド同士の激しい干渉の光。

気付けば、私は使徒を受け止めていた。



唐突に、誰かに思い切り抱きしめられたような感覚。
それと同時に体の感じていた痛みが和らぎ、初号機から力が抜けた。

「あう」

現実に引き戻された僕。
突然の変化に、初号機は膝をついていた。

「……いけない!綾波さん!」

初号機の支えがなくなるということは、すべてが零号機に乗りかかっているということ。
ディスプレイに映る零号機が沈み、苦しそうに体を歪ませる。

「支えないと!」

そう考え、初号機を立たせるが、力が入らない。
初号機の心が、見えない。

思わずミサトさんを振り返る。

「何で、ミサトさん、何を!?」
「もうあなたは限界よ!作戦は、失敗したの!」

失敗?これで終わり?
プラグ内が奇妙に静かに感じる。

――結局僕は、誰も守れないのか。

頭上には、今にも零号機の支えを押し切り、落ちてこようとしている使徒がいる。
ここが跡形もなくなるまで、後数瞬。

――やっぱり、僕なんかじゃ、無理だったのかな。

不思議と怖くは無い。
ただ、平坦な諦めの感情だけが残っていた。
終わりを、受け入れた。

使徒を覆う光が、ディスプレイを白く染める。
すべてが消え去る瞬間を、淡々と待ちつづけた。

だが、その時はこなかった。

『シンジ!』

弐号機が、使徒を支えていた。
零号機も、まだ持ちこたえていた。

『シンジ、早く、やっちゃいなさい!』

同時に、苦しさを感じるほど心を包んでいたものが、解ける。

「シンジちゃん、コアを、やるのよ!」

ミサトさんの叫び。

『碇さん、早く!』

綾波さんの、みんなの声に押されて、体を、初号機を奮い立たせる。
目の前に見えている使徒のコア。
取り出したプログレッシブナイフを、両手でつかみ、真っ直ぐに突き立てる。
一際大きい干渉の音と光が撒き散らされる。

鋭い意思と、ナイフの刃が、目標をATフィールドごと貫き、破壊した。
ATフィールドが消失し、周囲が夜の闇に戻っていく。

と、使徒のからだがぶくぶくと膨れたかと思うと、弾け散るように巨大な火柱となり、爆発した。
それまでより更に明るい、地に落ちた太陽の輝き。
夜明けにはまだまだ遠い、第3新東京市を明るく照らし、唐突に、消える。

その爆心地に残ったのは、三体の巨人。

初号機の中、僕はまた、あの強く心を包まれるような感覚と、ミサトさんの腕の温かさを感じていた。