Migraine


唐突に、背後から銃を突きつけられた。
隠蔽、撹乱、偽造と、ようやくこの地下奥深くの施設に潜入しようとしている矢先。

「やあ、二日酔いの調子はどうだ?」

尤も、うすうす気がついてはいた。
だれがやってきたのかもだ。

「おかげでやっと醒めたわ」
「それはよかった」

振り返るまでも無い。葛城だ。

「これがあなたの本当の仕事?それともアルバイトかしら?」
「どっちかな?」
「特務機関ネルフ特殊監査部所属加持リョウジ。同時に、日本政府内務省調査部所属加持リョウジでもある訳ね」
「ばればれか」
「ネルフを甘く見ないで」

ネルフという組織の核心は、確かに甘くは無い。
だが、その一部に過ぎない葛城の情報網は完璧とは言いがたいな。

「碇司令の命令か?」
「私の独断よ。これ以上バイトを続けると、死ぬわよ」

ご忠告痛み入るが、それは彼女が中心に組み込まれた人物ではない、ということでもある。
彼女は手駒ともいえない、ただの歯車の一人でしかないのだ。

「碇司令は俺を利用している、まだいけるさ」

ばれているのは承知の上だ。
そして向こうもそれを承知でこちらを利用している。

「だけど葛城に隠し事をしていたのは謝るよ」
「昨日のお礼にチャラにするわ」

俺個人としては、別の方法でチャラにしてもらいたいところだったのだがなあ。

「そりゃどうも。だけど」
「司令やリッちゃんも君に隠し事をしている」

碇司令、冬月副司令、そして、赤木リツコ。
この三人こそがネルフの中心であり、事実を握る人々だと俺はにらんでいた。

――そのひとつが、これさ。

カードをスリットに通すと、最高位のセキュリティレベルが必要な扉が、開かれていく。
ゆっくりと開いたその先には、巨大な空間。そして。

「これは!」

葛城が息を呑んだ様子が伝わってくる。
事実確認のために来た俺ですら一瞬の動揺を抑えられない光景だ。

そこには十字架に磔にされ、槍に貫かれた巨人の姿があった。

「エヴァ?いえ、まさか……」
「アダム、あの第一使徒がここに?」

なかなか勘のいい推理だが、正確じゃない。
だがわざわざ訂正する気も無かった。
ここの確認は目的の半分。
もう半分は、彼女に疑問を持ってもらうことだった。
そう、ネルフ、セカンドインパクト、ひいてはこの世界への疑問の種を植え付ける。
そのための冒険だ。

「確かに、ネルフは私が考えているほど甘くないわね」

種は、確かに根付いたようだった。

第拾話:選択

綻び


「鈴原、このあと校長室に行くように」

その呼び出しが始まりだった。

「鈴原君、また何かやらかしたとか?」
「いいや、なんも思い当たらんのやけど」

職員室への呼び出しならともかく、校長室への呼び出しなんて、よほどのことがあったとしか思えない。
でも彼は思い当たりが無いという。
何か、とても厭な予感がする。

「大丈夫だよね?」
「まあ至急ともいうとらんし、なんやろな」

そうだよね。
もし家族に何かあったとかなら、もっと急がせると思う。
だけどやっぱり、不安だった。

「何や、そんな顔すんなや」
「うん……」
「お前は心配性すぎるで。ほな、ちょっくらいってくるわ」

昼休みの前、彼はそういって面倒くさそうに教室を出て行った。

だけどその日、彼は教室に戻ってこなかった。
その理由がわかるのは、放課後のことだった。



「なんで、なんで、なんっで、あんたがここにいるのよ!」

アスカの怒鳴り声が辺りに木霊した。
何故彼女が怒っているのかまではわからなかったけれど、僕もその叫び声と同様に驚いていた。
そこには、昼休みから姿が見えなくなった鈴原君がいたのだ。
しかも、黒いプラグスーツに身を包んで。

「何で……」
「いや、なんつうか、その……」
「鈴原トウジ君は今日から正式にフォースチルドレンとして登録されたわ」

言いよどむ彼を、リツコさんが引き継いだ。

フォースチルドレン。
それは、エヴァンゲリオンのパイロットとしての資格を持つ者ということ。
それは、彼が使徒との戦いに巻き込まれていくということ。

「そんな!どうして鈴原君が!エヴァは三体しかないのに」
「……彼は予備パイロット兼初号機コパイロットとして登録されたの」

その言葉に一瞬時間が停止したように感じた。
せめて、ただの予備パイロットであってくれれば、どんなによかっただろう。
彼は戦わなくてもすむのだから。
だけど、初号機のコパイロットということは。

――彼まで危険な目にあってしまう!

使徒と戦うたびに、どこかしら破壊されてきた。
エヴァは、決して無敵の兵器などではない。
何とか使徒に対抗できるというだけの、人類の最後の頼みの綱、かろうじて殲滅できているだけの薄氷の上のような戦いを続けているのだ。

「鈴原君!何で、どうして!?」

足が縺れ、倒れそうになるのもかまわず、彼に飛びつく。
僕より上背のある彼は軽くそれを受け止めてくれて、でも僕はそんな鈴原君の胸を叩いて。

「だめだよ。こんなの、やめてよ。あぶないよ」

感情が高ぶり、しゃくりあげながらそういう僕に、彼は何も答えてはくれない。

「シンジさん、悪いけどまだ検査が残っているの。後にしてくれないかしら?」
「なん、なん、で……」

そういって僕を引き離すと、リツコさんは僕をアスカに預けた。
そのまま出て行く二人を見送っていたけれど。
その扉が閉まったとき。
アスカの支えもむなしく、僕は床に崩れ落ちていた。



青白い光が辺りを包んでいた。
気がつけば、いつもの病室に寝かされていた。

「気がついた?」
「アスカ……」

ベッドの隣には、心配そうに見ているアスカ。
だけどその視界にもう一人。
鈴原君も立っていた。

彼の姿を見た瞬間、先ほどのことを思い出す。

「鈴原君!なんで、なんで!」
「馬鹿、興奮しないで」

思わず起き上がり、ふらりと頭が揺れる。
一瞬、視界がホワイトアウトしていた。

「落ち着いて、ね」

落ち着いていられるわけが無かった。

――何故、どうして。

僕の頭の中ではその言葉が延々とループしていた。
どうして彼まで戦わなきゃならないのか。

――僕は皆を守るために戦っているのに。

守るべき人まで戦わせたくなどないというのに。
危ない目にあってなんかほしくないというのに。

そんな考えに囚われ続け、僕はベッドの上で顔を引き攣らせていた。
そこへ、鈴原君の真剣な声がした。

「悪い、ちょっと二人にしてくれんか」
「へんなことしたら、殺すわよ」
「するわけないやろ……」

アスカが脅し文句を言いつつも、病室を出て行く。
だだっ広い病室に、二人きりになる。

「なあ、碇さん……」
「どうして?どうしてパイロットになんか!」

何か言おうとする彼に構わず、僕は想いをぶつけてしまった。

「パイロットになったって、いい事なんて無いよ」
「戦闘は危ないし、辛いし、痛いし、死んじゃうかもしれないんだ」
「訓練だって大変だし、学校もいけなくなっちゃうし、変な検査だってあるし」
「本当に、いい事なんて無いのに……」

「それは、そうなんかもしれん」

パイロットを否定する言葉をつむぎつづける僕を、彼の言葉が遮った。
そういった彼の目を見て、後悔した。
僕のいったこと程度じゃ、彼の決意を変えることなど出来ないと悟ったから。

「お前が心配してくれとるんはわかっとるつもりや」
「だったら……」

普段より幾分ゆっくりとした調子で、鈴原君が続ける。

「でも、わいもお前を守ってやりたい」
「もう、堪忍や。妹みたいな奴が出てくるのも、お前がぼろぼろになるんも」

静かな病室が、普段より更に静まり返ったようで、そんな中、彼の言葉だけが響いていた。
守りたいから戦う。
以前も同じことを言ってくれた。
そして僕だけじゃない、皆も守りたいと。
僕と同じだと、この人はそう言うのだ。

「それに、おまえは危ない言うけど、エヴァが負ければどの道皆助からん」
「それやったら、乗ってんのも、待ってんのも、たいして変わらん、そうやろ?」

もっともらしく聞こえるけれど、そうじゃない。
初号機がやられても、僕が死んでも、まだ、アスカや綾波さんがいる。
パイロットのほうが一般人より危ないのなんて明白だと、そう叫びたかった。
でも、だめだった。
彼を止められる言葉を、僕は見つけられずにいた。
そうやって何も言えずにいる僕に、彼は少し笑いかけて。

「そんな辛そうな顔せんといてくれや。それにな、もう一個あんねん」
「え?」
「パイロットになったら、妹をもっといい施設にいれさせてくれるて」
「それに、給料もええやろ。皆も守れて、金ももらえて、ええ事尽くめや無いか」

だけどそう言う彼の態度にはもう真剣さは無くて、そんな見返りだけがパイロットになる理由だとは感じられなかった。
僕を、皆を守りたいという彼に、なにがいえるだろうか。
守ろうと思っていた人が戦うために立ち上がったとき、僕はなにができるというのか。

――なにも、できない、よね。

否定すれば、それは自分に跳ね返ってきてしまうから。
パイロットであることは僕の中でとても大きい、存在意義のようなものだった。
そのことまで否定することなど、僕には出来なかった。

「……わかった。もう、なにも、いわないから」
「そうか、ほんまにすまんの」
「だから、無理だけはしないで、お願いだから」

その言葉が、僕の精一杯の譲歩。

「おまえにいわれとうは無いなあ」

苦笑いを浮かべて返ってきた一言に。
泣きそうなのをこらえて、笑って、答えた。



「あ、あの、あんまり、みないでね」
「お、おう……」

シミュレーションプラグの前での、そんな会話。
鈴原君との初めてのタンデムプラグでの訓練だった。
ということは、つまり二人ともプラグスーツ姿な訳で。

最近はさすがに慣れてきたとはいえ、体型をそのままなぞるように密着する構造のこのスーツで人前に出るのはやはり恥ずかしいわけで。
以前の訴えで用意されたコートも、いざ乗り込む段階では脱がなければならない。
今までだったら少しの距離の間だったのでよかったのだけれど。
タンデムなのだから、当然同じエントリープラグに鈴原君も乗ることになる訳で、つまりは訓練中ずっと一緒にいるわけで、その間中ずっと僕はプラグスーツを着ているわけで、えっとその、つまりそう言うわけだ。

ともかくもプラグに乗り込む。
これがシミュレーション用ということは僕のためにわざわざ新設したのだろうか。
シンクロ関係についてはいつも無理ばかりさせている気がする。
だけど今はやっぱりそんなことより気になるのは鈴原君。
今までのプラグの設備と比べて、座席が後部に増設されたような構造。
前の使徒の時に乗ったものとレイアウトはそれほど変更されていない。
僕が前で、鈴原君が後ろで。
こちらからは彼の様子はわからないけれど、エントリープラグの傾斜の関係もあって向こうからはこっちが丸見えで。
背中越しとはいえ一方的に見られているような気がするわけで。

「あ、あの、本当に、あんまりこっち見ないでね」
「み、みとらんみとらん!」

彼はそう答えてくれるのだけど、どうにも落ち着かないのだった。
どうしても背筋がむず痒くなるのを抑えようと、訓練内容を思い出そうとする。

やることは、僕にとっては大きな違いは無い、ただのシンクロテストだ。
だけどそこに鈴原君が加わる。
イメージとしては前に弐号機に乗ったとき、アスカと二人でやったのと似ている。
リツコさん曰く、鈴原君は僕のシンクロ率を制御するためのシステムの一つなんだそうだ。
あまりにも異常な僕のシンクロ率は、すでに機械的に抑制できる限界になっているらしい。

――僕がおかしいから、彼は乗らなければならなくなった?

きっとそうなのだろう。
結局、これも僕の責任なのだ。

『LCL注入開始』

いつものように、薄い血の匂いのする液体が満たされていく。
それが頭までくると、肺の中に取り込んだ。
慣れていてもあまり気持ちのいい感覚ではなかった。

「げふ、おえぇ……」
「あ、鈴原君、大丈夫?」

大して慣れていないはずの彼の声に思わず振り返った。
そこでは鈴原君が思い切り気持ち悪そうな顔をしている。

「……少し、飲んでもうた……」
「……気持ち悪いよね、あれ……」

自分自身の経験に照らし合わせて、思わず僕も顔をしかめた。



「どう、リツコ?」
「待って、まだ始まったばかりよ」

そう急かしてくるミサトを諭して、モニタリング中のデータを凝視する。
二人の状態は特に問題ない。
少々緊張状態にあるがたいした影響は無いだろう。

「第二次接続完了、シンクロ率出ます」

そう報告するマヤの声の少し後、値なしを表示していた画面に数字が踊る。

――碇シンジ、シンクロ率124.1%

その数値は、喜ばしいものではあったが期待されていたよりは遥かに高い。
効果はあったとすべきところだが、少々落胆の色を隠せなかった。

「いまだ100%を遥かに上回る、か。どうすんのよこれ」
「もう少し待って、としかいえないわね。ともかくも初期データが揃わないと」

無理を言ってチルドレンを追加したのだ。
これで出来ませんでした、では済まされない。

――ん、これは……?

隣に表示されていた数字に目が止まる。
そこあった表示――鈴原トウジのシンクロ率――は20%を少し超えていた。

――何故これほど高い数値が?

もちろんエヴァのパイロットとしてみれば相当低いといわざるを得ない数値だ、もしも専属パイロットであったならば。
だが今彼は、まったくの他人のためのコアとシンクロさせられているのだ。
本来ならば一ケタ台でもおかしくない所、自立操縦可能なレベルのシンクロ率をマークしている、それは十分に異常な事態だった。

――これもシンジさんの影響?

エヴァの、特に初号機の、彼女とのシンクロの際の積極性は恐るべきレベルだ。
私は殆ど確信に近い危惧を抱いている。
つまり、初号機がシンジさんを自らに取り込もうとしていると、そう考えているのだ。
この高いシンクロ率は、もしかしたら異物ごとでも飲み込もうとする初号機の意思の表れなのかもしれない。

「とりあえず、接続系から洗い直すわよ、マヤ?」
「はい。……やっぱり今日は徹夜ですか?」

泣きそうな顔をするマヤをあえて無視して作業の確認をする。
私だって出来れば徹夜なんてしたくは無いのだ。
わざわざ疲れた風を装わなくても勝手に顔に出てしまう。
まだ若い彼女とは違う、いろいろと大変なのだ、三十路というのも。

ふと見れば、とりあえずの終了でプラグから出てきた二人がまたなにやら言い合っている。
お年頃という奴だろうか、初々しいものだ。
一回り以上も遥か昔となったあの頃、自分はセカンドインパクトのためにそんなことの思い出など無いのだけれど。

「あーあー、若いっていいわねえ」
「……同感ね」

大して年の違わぬ旧友と、ため息が重なった。