Migraine



「私をこれだけ待たせた男ははじめてね」
「デートの時は待たずに帰っていたんでしょう」

そんな軽口を叩きながら二時間遅れで到着しようというエヴァ3号機の姿を見る。
エヴァキャリアーと呼ばれる巨大な航空輸送機に、吊り下げられるようにして運ばれるエヴァ3号機。

――嫌な感じね。

4号機の事故で及び腰になったアメリカから押し付けられた厄介物だ。
3号機と4号機は、先行量産型として設計された弐号機のデータを基に再設計された機体であり、エヴァシリーズ初の同型機といえるものだ。
それ故に事故の再発を恐れたのもわからなくは無いが、S2機関の搭載実験を行っていた4号機とは異なり、こちらは通常仕様の機体であり同じ事故が起こるとは考えにくかった。
だが、感覚とはそのような整然とした考えを必ずしも反映するものではない。
その姿は、私に妙な胸騒ぎを起こさせるのだ。

「パイロットはいつ呼ぶわけ?」
「そうね、機体のチェックと搬入もあるから、明日以降になるでしょうね」
「そう」

そういうリツコは半ば焼けぶちといった感じである。
ただでさえ多忙な中、厄介物を押し付けられ、あまつさえ輸送中に遅れを生じさせるほどの乱気流に巻き込まれたという。
おそらく機体の確認作業は予定を大幅に上回ることだろう。
なまじゼネラリストとして多方面に渡り活躍できる能力があるだけに、彼女の疲れとそれに伴う鬱憤は最高潮といったところ。
触らぬ神にたたりなし。
微妙に狂気の垣間見える彼女と視線を合わさぬよう、今まさに着陸しようとしている輸送機に目を戻す。

黒を基調としてカラーリングされたその機体。
その姿は、私にはまるで黒い十字架に磔にされているかのように見えた。


第拾話:選択

深淵



「あれ?洞木さん、今日は何かご機嫌だね」
「え、そう?」

そんな風に答える彼女だけれど、明らかにいつもより上機嫌だ。
いまだにその、生理から立ち直れないでいる僕とは見事に対照的。
なんだか普段の元気を取られてしまったように感じてしまう。

「ああ、そういえばシンジには言ってなかったわね」
「なんなの、アスカ?」

もったいぶっているというか、半分呆れたような様子のアスカが横から口をはさむ。

「ヒカリの奴、あのトウジに……」
「だめーーーーーーーーー!」

何か言おうとしたアスカの声を、洞木さんの絶叫が遮った。
その様子を見てアスカがけらけらと笑っている。

「いいじゃない、減るもんじゃないし」
「だめったらだめなの!」

何か人に言えないようなことでもあったのだろうか。
それとも、言いたくないようなこと?

なんなのかと考えていて、ふと、彼女の机の上の荷物に目が止まった。
普段の鞄のほかにもう一つ、綺麗に布で包まれたそれは、どう見てもお弁当だった。

「あれ?そのお弁当は……」

僕に浮かんだ疑問は単純で、そのサイズが普段のものよりかなり大きく見えたからだった。

「え、え、えと、これは……」

だけどその質問にも言いよどむ彼女。
洞木さんが大食いだなんていうことは聞いたことが無いし、実際普段はもっと小さいお弁当箱だったと思うのだけれど。

「愛しのトウジの分よねえ」
「!!!」

いまだもじもじとしていた彼女が、硬直した。
その一言を発したアスカはもう笑いをこらえるのも精一杯と言う感じで、肩を震わせていた。

「アスカッ!」
「いいじゃないの、どうせすぐばれるわよ」
「だからって酷いわよ、もう」

ええと、何か洞木さんがとても怒っているようだけれど、つまりはあのお弁当は鈴原君の分ということなんだろうか。
でも愛しのって……。

「えと、つまり、どういうこと?」

そう訊ねると、大笑いしそうだったアスカがこちらを見て数瞬。

「……やっぱあんたはにぶいわね」

思いっきり呆れた顔をされた。
そんなに的外れだっただろうか。

「……ま、いいわ。つまり、ヒカリがトウジに愛の告白をしたってことよ」

――……え。

「えええーーーーー!」
「告白はまだしてません!」

ああ。そうか、そういうことか。

「まだってことはやっぱりそのうちするつもりなわけね」
「……アスカ、そろそろやめないと怒るわよ」
「はいはい」

二人はよく喧嘩ばかりしていたように思っていたけれど。
正直意外だった。
アスカの口ぶりからするとばればれだったということだから、やっぱり僕が鈍いということなのだろうか。

「で、その肝心のお相手はどうしたわけ?」

そういえば、未だに彼は登校して来なかった。

「それが、まだ来ていないみたいで……」
「なにそれ?わざわざヒカリに作らせといて、あの馬鹿は」
「い、いいのよ。私が無理言って作ってきたようなものだし」

そんなことを言っている二人。
僕は、今日はネルフで何か訓練でもあっただろうか、などと考えていたのだけれど。
なぜだろう。
一瞬、背筋に寒気が走った。
近頃は治まっていた、あの偏頭痛とともに。



「委員長の奴、怒っとるやろなあ」

昨日の放課後のことを思い出す。

いつも口うるさくいろいろといってくる彼女が、その日は――いや、その前から少し様子が違ったが――ずいぶんとおとなしく、しかもたどたどしく話し掛けてきたのだ。

曰く、自分が三人姉妹の真中であるとか、お弁当は全部自分が作っているのだとか、材料がよく余って困っているだとか。
そこまで言われれば、何を期待されているのか自分だって気がつく。

そして、彼女の想いも。
本当はうすうすわかっていたが、そんな馬鹿なと無視していた。
認めてしまえば今の関係が壊れてしまいそうで。
認めたときに自分がどう想っているのか、整理がつかなくて。
ただ毎日小言を言われ、言い返して、そんな関係でいいと考えていた。

けれど、彼女は自ら一歩踏み出してきた。
女の子に勇気を振り絞らせて、それでただ受身に、または無視するなんてことはできない。
自分は古い考えの人間だという自覚はある。
だが、自ら定めた男のあり方を曲げることは出来なかった。

だから、顔を赤くして、しどろもどろになりながら何事か伝えようとしている彼女にこういったのだ。
「残飯処理ならいくらでも引き受けるで」と。
彼女をこれ以上緊張させないように、気付いていないように、普段どおりに。
そのときの委員長の嬉しそうな顔は、素直にかわいいと思えた。
余り物などといって、どっさりと自分のための弁当を今日はこさえて来ていることだろう。

それなのに。

――連絡くらい入れとくべきやったな。

帰ってすぐのことだった。
ネルフからの通達。
3号機の起動実験においてパイロットとして招集された。
たいした準備をする暇も無く、ここ松代へ。
うとうとしたかと思ったらたたき起こされ、あれやこれやと説明を受けた。

そして今、自分はエントリープラグに一人で搭乗している。

『鈴原君、はじめるわよ』
「了解」
『第一次接続、開始します』

その声とともにエントリープラグ内に光が踊る。
どのようなものなのかさっぱりだが、聞こえてくる状況報告は順調のようだった。

しかし、このエヴァが起動できたとして。

――誰が乗るのだろうか。

ぼんやりとそんなことを考える。
こうして座らされているからには、自分なのだろうか。
しかしそう考えてもいまいち実感が湧かなかった。
心のどこかで、自分がパイロットなどやれるはずが無いとでも思っているからだろうか。

――まあ、なんにせよ起動せえへんとお話にならんけども。

『初期コンタクト問題なし』
『了解。作業をフェイズツーへ移行します』

自分のそんな考えなどお構いなく、起動実験は何事も無く進んでいく。
エヴァと自分が重なっていく。
ゆっくりと丁寧に、シンクロ作業が進められていく。

『第三次接続開始』
『絶対境界線、突破します』

その声が聞こえた直後だった。
全身を羽交い絞めにされるような違和感が襲い、おぞましき咆哮が響き渡ったのは。

視界が、白に染まった。



久々の、緊急招集。
でもいつもと何かが違う。

司令部にミサトさんもリツコさんもいない。
乗っているのはタンデム型のエントリープラグ。
だけど鈴原君は乗っていない。

松代で事故があったといわれた。
ミサトさんたちは何かの実験で松代に行っていたのだと。
状況は不明。
ただ、実験施設は跡形もなく吹き飛んでいるという。
そして、そこに未確認の巨大な移動物体。

それを説明されたとき、僕は危うく意識を失うところだった。
親しい人が巻き込まれ、死んでしまっていたら。
その想像だけで体はいうことを聞かなくなり、崩れ落ちそうになる。
綾波さんとアスカが支えてくれなければ、その体温を感じられなければ、そのまま動けなかったかもしれない。
自分の心の有様が酷く極端なのは自覚していたけれど、いまだ僕はそれを抑えることはできないでいた。
自分たちがどれほど危険な状況に置かれているか、何が起きてもおかしくないことはわかっているのに、そんな覚悟を持つことはできずにいるのだ。

「私だって心配だけど、起こっちゃったことは戻せない」
「大丈夫だって、リツコはともかくミサトなんてゴキブリも逃げ出す生命力よ、そんなのと一緒にいるんだからきっとみんな無事だって」

アスカはそういってくれた。
綾波さんは何も言わず、ただずっと僕を支えてくれた。
指揮官が不在の中、碇司令が、お父さんが代わりに戦闘指揮を行うという。

――そうだ、いまは、できることを。

あきらめない。
みんな生きていると信じる。
だから、帰る場所を失うわけにはいかない。
今は、戦うときだ。

『エヴァ全機発進』

指示とともに射出され、移動を開始したその先。

視界に飛び込んできたものは、必死に耐えていた僕の心を、あっさりと決壊させた。
揺らめいた巨大な影。
目標は、使徒だと思っていたそれは。

『あれは……エヴァ!?』

人型のそれは、僕たちにあまりにも似すぎていた。



『ねえ、なによあれ、あれが敵って!?』
『そうだ、目標だ』
『目標って、どう見てもあれは、あれは……』

――エヴァ、だ。

実験。
そう、何の実験か。
これの、これのことだったのではないのか。
新しいエヴァ。
その調整のために、技術部、作戦部のトップ二人が揃って出向いたのではないか。
ならば、この、エヴァは。

「暴走、しているの?」
『原因は不明です。ですが、確実に第三新東京市に向けて移動しています』

僕たちは今、山間の田園地帯に布陣している。
そこを超えれば第三新東京市は目と鼻の先。
都市部に侵攻される前に抑える、それがお父さんの指示だった。

『エントリープラグ強制排出信号、送ります』

凝視していたエヴァの姿、その背中の装甲板がはじけるのが見えた。
だけどそれだけ。
エントリープラグは確認できない。

「やっぱり、人が、乗って、いるの?」
『わからない、けど、それなら、助けないと』

誰が、とは、いえなかった。
状況は、明らかにある一人の人物を想像させた。
もしかしたら、彼が、乗ったままかもしれないエヴァ。
黒く塗られたその姿が、徐々に、近づいてくる。

『……これより目標を使徒と断定。殲滅する』
「そんな!」

殲滅。
それは、エヴァを壊すということ。
エヴァを、殺すということ。
そして、パイロットを、無視するということ。

――まって、なんで、中にはまだ、彼が。

「鈴原君が、乗っているかもしれないのに!」
『殲滅が最優先だ。被害が出る前に終わらせろ』

僕の抗議の声は聞き入れられることは無かった。
鈴原君の命と、大勢の人々の命、そのどちらを取るべきか。
わかってる。
お父さんの判断はきっと正しい。
でも、僕には、出来ない。

『ふん、最優先なら、絶対じゃないんでしょ。パイロットを救出して、あれをぶっ壊す、それで良いじゃない』

僕の様子を見かねたのだろうか、アスカが通信をつないできた。
その言葉に少し救われる。

――そうだ、助けてはいけないとは言われてない。

助けて、倒す。
言われれば、実に簡単な話だ。
最悪、押さえ込んでエントリープラグを引き抜けば。

だけどそんな考えも、アスカの接触と同時に吹き飛んだ。

『まあ見てなさい、この私が……何、こいつ!?』
「アスカ?アスカッ!」

突然、アスカとの通信が途絶えた。

『弐号機、活動停止』
『パイロットは脱出、確保に向かわせます』

何が起きたのか。
あのアスカが、あっさりと活動停止に追い込まれるなんて。
エヴァ3号機のスペックはそこまで高いものなのか。

そして更に、綾波さんの悲鳴。

『ゼロ号機左腕部に侵食、神経節が侵されています』
『左腕切断、早くしろ!』

侵食?
一体何が起きているのか。
起伏の多い地形に隠れて、戦闘の様子は見えてこない。
ただ、わかることは、二人が戦闘に復帰できそうに無いことだけ。

――怖い。

一人で戦うのは、いつ以来だろうか。
一人で、あれを倒せるのだろうか。
二人を戦闘不能にしてしまうほどのものを。
そんなものを相手に、パイロットの救出など出来るのだろうか。

そんなことを考えていると、ついに目標が、初号機の至近まで迫ってきた。
遠目から何度か見た、黒のボディ。
ゆっくりとこちらに近づくその姿は、明らかに敵意を発していた。

『シンジ、聞こえる?』
「アスカ!無事なの?」
『なんとかね。それより、気をつけて』

退避したらしいアスカからの忠告。

『あれはもう、エヴァじゃない。多分、乗っ取られてる、使徒に!』

暴走などではなく、使徒の仕業。
そのことがわかっても、どうしようもなかった。
むしろ、必ず殲滅しなければならなくなったと、そういうことなのだから。

『……でも、乗って、るわ』

更に、綾波さんからの絶望的な通信。
エントリープラグは、存在していた。

――僕は、僕は、どうすればいい。

すでにそれは、格闘戦が可能な距離まで接近していた。

――手足をつぶして、プラグを引き抜けば。

けれどもし、彼がまだシンクロしていたら。
四肢を切り裂かれたとき、彼はどうなってしまうのだろうか。

いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
他に、方法は、無い。
後少しで手が届く、そんな距離でお互い停止し、にらみ合う形。

肩のウェポンラックからプログナイフを取り出し、握り締める。

――もし、違うところを壊してしまったら。

そんな考えがよぎり、緊張と恐怖で呼吸が荒くなる。
攻撃のための一歩、それが踏み出せない。

気の迷い。
逡巡した時間。
硬直する体。

すべてが致命的だった。

一瞬の虚をついて、こちらに”伸ばされた”3号機の腕。
届かないはずだった距離をあっさり無視して、その両手は、初号機の首を締め上げていた。



「まずいぞ、パイロットの生命維持に支障がある」
「しかし、初号機は!」

主モニターに映る映像は、最悪の展開を見せていた。
無理にでもプラグにもう一人乗せておかなかったことをいまさらながら後悔する。
高すぎるシンクロ率は、彼女の首を今の初号機と同じに締め上げていることだろう。
だが、我々はそこに介入するすべを持っていないのだ。

――まずい、このまま、絞め続けられれば。

窒息し、意識を失ってくれればまだ良い。
だがもし、首の骨を折られでもしたら。
そのまま縊り切られでもしたら。

例え頭部を失っても、エヴァは直せる。
だが。

――あの子は、死ぬ。

シンジがパイロットを気にして、躊躇していたことなど気がついていたというのに。

『あ、ウ、かはっ』

音声回線から漏れるもがくような細い声。
最悪の事態が、確実に進行していた。

「初号機シンクロのカットは?」
「だめです、試みてはいますが完全に拒否されています」

今の使徒の攻撃は、高すぎるシンクロ率、その最大の弱点とも言える攻撃だった。
零号機や弐号機ならば、首を絞められようと、頭を吹き飛ばされようと、活動できないわけではない。
だが、あれは違うのだ。
初号機の損傷は、パイロットを蝕み、殺す。
シンジは今まさに、窒息寸前の状態、戦闘継続は不可能と見るべきだった。

「他のエヴァの状態は?」
「レイは先ほど意識を失いました。弐号機の再起動も一度回収しないと不可能です」
「糞!」

手持ちの駒は、尽きていた。
戦闘指揮官も、技術主任も今はいない。
司令といっても自分は技術畑の人間だ、自身の作戦指揮能力の低さをいまさらながら痛感する。
この状況を打開できる方法を、自分は二つしか知らない。
一つは、初号機の暴走。
そして、もう一つ。

――使うしか、ないか。

もとより、ここで初号機まで倒されれば、それは第三新東京市、ひいてはネルフの陥落を意味する。
そして、使わねばあの子は間違いなく死ぬだろう。

「……ダミーシステムを起動しろ」
「司令、ですが零号機はともかく、初号機の神経接続は……」
「迂回路があるだろう」
「それは!やめてください、危険すぎます!」

そんなことは百も承知だ。
だがそれでも、あれを失うよりはましだ。

「……やれ。早くしろ!」
「……了解しました。ダミーシステムを、起動します」

その声とともに、サブディスプレイの一つの表示が切り替わり、状況が表示される。
ダミーシステム、本来はエヴァを無人で動かすために開発中のものだ。
長年にわたり収集されたレイのパーソナルを使用し、まるでそこにパイロットがいるかのように錯覚させるための機械。
エヴァとシンクロさせ、こちらの意のままに操るためのシステム。

だが、戦闘中の初号機はシンジとのシンクロを切ろうとはしない。
切り替え自体が出来ない状況。
その状態でも使えるとされた、研究中に見つかった悪魔の所業。

「ダミーをタンデムシステムに接続、干渉を開始します」

それは、碇シンジを媒介として間接動作させるシステム。
本来パイロットを不要とするためのシステムに、パイロット自体を組み込んだ禁断の技術。

――いい。邪道だろうと、悪魔だろうと。

計画を遂行するためならば。
あれを、救えるというならば。

つぶされていたはずの初号機の喉から、獣の叫び声がした。



――コロセ!

それは、なにかの機械が起動する音がした、直後だった。
突如、強烈な衝動が僕に襲い掛かった。

――コワセ!

その波動の源を見やると、そこには黒い影。
形こそ似ているけれど、心とは似ても似つかぬ、光を放たないもの。
得体の知れない何かが、僕の心に襲い掛かってきた。

――コロセ!

どす黒い思念が、僕の心を打ち、初号機の心にたたきつけられる。
その恐るべき圧力に、僕の意思は砕かれ、荒々しき思いのみがエヴァを突き動かした。

――ツブセ!

初号機の首を絞めていた目標の首を、絞め返す。
息も出来ないほどだったその感覚は今はもう麻痺しており、相手の首を絞める感触が腕から伝わってくる。

――コロセ!

「だめ、いや!」

僕の心は黒い闇に飲み込まれ、初号機に届かない。
ごきりと嫌な音がして、三号機の首が折れ、こちらを絞めていた手が緩む。
その隙に初号機は相手をそのまま地面に叩きつけた。

――クダケ!

全身の筋肉が脈動し、引き絞られた右腕が放たれる。
想像を絶する膂力による一撃が顔面に命中し、こなごなに打ち砕いた。
右拳が地面をえぐる、その感触すら伝わってくる。

「いや、やめて、だめ!こんなの、どうして」

――コロセ!

それだけでは終わらなかった。
既にぐったりとした3号機だったものは、初号機に馬乗りにされ、暴力的な攻撃を体中で受け止めていた。
右肩が砕け、胸部装甲がへこみ、左手がちぎれる。

――エグレ!

破壊衝動のままに、初号機が、僕が、目の前の敵を屠る。
体の自由が利かない。
自分自身が何か別のものにでもなったようだった。
打ち据え、砕き、壊し、殺す。
その行為をどんなに否定しても、心を貫いた悪意が、そうはさせてくれなかった。

――コロセ、コロセ、コロセ!

既にただの肉片と化した三号機から、何かを掴み出す。
白く、細長い見慣れたそれ。

エントリープラグが、初号機に握り締められていた。

――コワセ、コワセ、コワセ、コワセ!

「やめて、そこには、鈴原君が!」

僕の口から出た悲痛な思いも、行動には結びつかない。

わかる。
徐々に、右手に力が込められるのが。
その手の内にあるものを握りつぶさんとするのが。

「いや、いや、いや、だめ、いやあああああああああ!」

軟なアルミ缶を握りつぶすより、もっと軽いその感触。

僕の手の中で、何かがひしゃげた。

――コワシタ、クダイタ、ツブシタ、コロシタ!

僕の心は狂喜につぶされ、その形が、ひしゃげた。

エントリープラグだったものの、砕けた隙間から、人の姿が見える。
どれほどみまいとしても、鋭敏な初号機の視覚が、彼を、鈴原君を、血に塗れたその姿を、僕の網膜に焼き付ける。

それが最後。

誰かの絶叫が遠くで聞こえていたけれど。

もう僕の意識は、暗い亀裂の中に落ちていた。