Migraine



「そうか、既に居たんだね、君が従うべき人が」

渚カヲルという少年が初号機に語りかけた。
僕は知っている。
彼を殺したのは、僕だということを。

もう一人の僕が教えてくれたから。
あの人が使徒だという事も。

だから訊ねなければならなかった。

「他の道は無いの?」
「僕に選択肢は与えられていない、選べるのは死に方くらいさ」
「言いなりになる必要なんて、無いじゃないか」
「それでも僕が人類の敵であることは変わらない」

彼の声色は淡々として、何かの事実を述べるように平坦だった。
僕にはそれが、諦めたような響きに聞こえた。

「何でそんな風にいえるの?君には意志がある、敵だなんて、誰が決めるんだよ」
「人と使徒の成り立ちから、決まっていること、運命なんだ」
「そんなこと、ない」

僕は彼の言葉を否定しなきゃならなかった。
そんな運命なんて物を、受け入れるなんてできなかった。

「だって、僕たちはこうして話し合うことができる。争わず、友達にだってなれる。違いなんて関係ない。君も、人だよ」

急ぐ必要なんか無い。
話し合い続ければ、いつかは分かり合えるかもしれない。
可能性を放棄して、ただ結論を突きつけるなんて、間違っている。

「足掻いてよ。抗ってよ。未来は決まってないって、そう信じて。お願い」

必死の願い。
僕が戦う理由。
終わりを否定しようと足掻く、ちっぽけな、最後の存在理由。

僕の言うことを聞いていた彼が、やがて、楽しそうに微笑んだ。

「君は実に興味深いね。それほど生きることに必死なのに、あっさりと自分を投げ出す。これほど繊細なのに、壊れることを厭わない。君もまた、好意に値する存在だよ」
「それなら、終わりを選ばないで。もっと知り合うためには、二人ともいなきゃだめなんだから」
「……そうだね。たとえ人が次の段階に進むとしても、そしてたとえ僕が残ったとしても、使徒が個である以上、分かり合うことは難しい。時間が必要になる」
「うん、そうだよ」

彼の停滞していた意志が、新たな流れをもったと感じた。
与えられた道の脇に、別の道への標ができたとわかった。

「……ありがとう」
「意志とは移ろう物だ。それでも安心したというのかい?」
「うん、信じてるよ」

そういうと、体を投げ出すようにする。
何か酷く疲れているようだった。

「もうおやすみ。また会うために」

彼の優しさで構成された言葉。
意識が、沈む。
すべてを、手放す。

――これで、もう、戦わなくて、いい。そのはずだよね?

第拾四話:終わりの始まり


「レイーーーーー!」

世界から音が消える。
すべてが光で満たされる。

さながら光の巨人と化した零号機が、弾け、消えた。

――なにもできなかった。

至近での爆発に耐えながら、その爆心を唖然と眺め続ける。
いまだ白く染まったままのモニター。
だが、高い能力を持つ弐号機の視覚が、その中に別の影を見つけた。

「初号機?シンジ!」

エネルギーの奔流が巨大なキノコ雲を形作るその下で、第3新東京市を背負うようにして佇むその姿が、はっきりと見えてきた。
侵食の影響でうまく動かない機体をねじる様にして強引に動かし、近寄る。
アンビリカルケーブルは爆発により断線し、内蔵電源に切り替わっているが、問題ない。
戦闘はもう終わったのだから。
今はただ、どうなったのか、それを知りたくて、這いずりながら、そこへ向かう。
動く気配のない初号機、その側面に回り込むように近づくと、初号機はその手で何かを守るかのように包んだままであることがわかった。

「あれは、エントリープラグ?まさか……」

白い棒のような物がはみ出し、見えている。
慌てて操作したセンサーが、緊急救難信号を受信する。
そして同時に、内部状態を知らせるデータが、生体反応を示す。

「生きてる?レイ、助かったの?」

信じられない。
あの爆発の中心にいたレイを、初号機は守りきったのだ。
いまだ停止し動かない初号機。
その黒く焼けた手の内から、そっと零号機のエントリープラグを抜き出す。
すると、ごとりと初号機が動いた気配がした。
ほっとして、繋がって入るかもわからない無線に向かって語りかける。

「シンジ?まったく、相変わらず無茶するんだから。でも……」

――ありがとう。

そう言おうとして、出た言葉はそこまでだった。

まるでスローモーションのように、初号機の腕がゆっくりと下りていく。
いや、そう感じただけだ。
実際には物理法則のままに、その腕が落ちていく。
遮られることもなく、地面まで、まっすぐに。
鈍い音が、響く。

「いやあああああああああああ!」

絶叫。
シンジの姿が、初号機と重なる。

大地に落ちた初号機の前腕部が、砕け散った。



瞼を開く。
瞳が像を結ぶ。

見上げたのは、見慣れた天井。
青白い光に照らされた、病院の壁と同じ白い天井だった。

私はどうなったのだろうか。
体を動かそうとすると若干の違和感が残る。

自爆モードを起動して、使徒を抱え込んだ。
やがて言葉にできぬほどの熱を体中から感じて、音が消えて、何もかも真っ白になって。
一瞬、多くの人々の顔が頭をよぎったような気がする。
それからの記憶は無かった。

「レイ。起きたか」
「碇司令……」

声をかけられて、碇司令がベッドのとなりで腰掛けていたのに気がつく。
ゆっくりと体を起こす。
多少痛みはあったが、特に外傷もないようだった。

「私は、三人目ですか?」
「違う。お前は助けられた。初号機によってな」

あの状況で、自分自身が無傷であるはずが無い、そう考えた上での発言だったが、私はまだ私であったらしい。
では使徒はどうなったのか。
零号機はどうなったのか。
それを尋ねようとして、記憶が途切れる前の感覚がぶり返した。
内側から焼ける熱さ、諦め、それでも襲う恐怖。
我知らず体を縮こめる。
そうしていると、司令の手は私をまた寝かしつけた。

「今は休め。いいな」
「……はい」

そう答えて、布団を掛け直されると、私は静かに意識を沈めた。



発令所には、未だにぴりぴりとした空気が漂っていた。
前回の作戦が零号機の自爆による使徒共々の消滅という結果に終わって、既に二日が過ぎている。
にもかかわらず、戦闘配置は未だ解かれてはいない。
原因は主モニターに映し出されている初号機にある。
いや、正確にはその中にいる人物、というべきか。

『いつまでこうしてにらみ合いを続けているつもりですか?』

私は彼の質問には答えず、沈黙を保つ。
実際のところ、答えない、というよりは、答えられない、と言った方が正しい。
我々とて今後どうすべきか、決めあぐねているのだから。

このような状況になった原因は使徒との戦いが終結した直後にあった。



N2地雷とすら比べ物にならないほどの大爆発を唖然としてみていた私を現実に引き戻したのは、日向二尉の発した報告だった。

「これは……ATフィールド?パターン、青!使徒です!」
「なんですって!あれで倒せなかったって言うの?」
「反応消失しました、しかし先の使徒とパターンが一致しません。別の使徒の可能性があります」
「解析急いで」
「はい、ですが爆発の影響でノイズが酷く、MAGIも苦戦しています」
「足りないなら戦自の観測データも徴収して。緊急事態よ」

私の命令に答えつつも、日向君は意味ありげに目配せした。
そしてリツコに強い視線を向けると、彼女も小さく頷く。
これまでの懸案事項が、私たちにある確信を抱かせていた。

フィフスチルドレンの実験結果は、彼の力が人の持ち得るものではない物であることを示していた。
人で無い、ならば、彼は何者か。

人以外のヒト、使徒。

あまりに短絡的過ぎるかもしれない。
しかし、可能性は決して小さくは無い。
そして、謎のATフィールド。

その後のMAGIの解析の結果、ATフィールドの発生源は初号機内部、エントリープラグ付近であることが確定すると、疑惑は確信に変わった。
フィフスチルドレン渚カヲルは、使徒であるという、確信。
前腕部を焼失し、各部拘束具も溶解するほどの熱量を受けながら、胸部周辺の損傷が極めて軽微である点からも、発生したATフィールドは初号機およびその内部の人物を保護するために発生した物だと考えられた。

――上から送り込まれた少年が使徒、か。人類補完計画、きな臭くなってきたわね。

使徒を殲滅するための組織であるネルフの上位組織が使徒を所持し、あまつさえ手駒として利用しているということが事実ならば、彼らの目的はなんなのか。
彼らが進めている人類補完計画という名の計画が何を目的とするのか、いまだ全貌をつかんではいない。
だが使徒の殲滅はこの計画の一部でしかないこと、使徒、そしてエヴァと言う存在が計画の鍵であることだけは見えてきていた。

幸い、というべきか、フィフスチルドレンは少なくとも姿形は人間であり、我々と意志の疎通が可能な存在だ。
明らかに上とのつながりを持つと考えられる彼ならば、何か知っているかもしれない。

そのためには、彼を拘束する必要があった。
だが、果たしてそんな事が可能なのか。
そもそも殲滅するにしても厄介な、いや、むしろ危機的な状況にあるというのに。

零号機は消滅してしまった。
弐号機はまともに戦える状態に無い。
そして初号機は、よりにもよって使徒を乗せたままだ。
今攻められれば我々には戦う力など残っていない。

嫌な想像に冷や汗が背中を伝った。
だが、そんな中でリツコから思わぬ提案が出たのだ。

「このまま初号機を移送して、硬化ベークライトで固めてしまうのはどう?」
「このままって、中に乗せたままよ?いつ動き出すかもわからないのに、危険すぎるわ。それに、彼女は……?」

そう言いながら、語尾を濁す。
共に搭乗させられているであろうシンジちゃんの事は、考えないようにしてきた。
現在の初号機は、もしレイを救出したのが彼女であったとしたら、と言う想像はしたくない状況だった。
無事でいるのか、私には確かめようが無く、この場で切り出す事もできない話題。
そう言った私の心情を理解したのかどうか、リツコが説明を始めた。

「フィフスチルドレンと初号機のシンクロ率は現在0%。小数点以下すら無い完全なゼロよ。これは初号機が彼を拒絶しているとみていいわ。内部にいるとはいえエヴァ自体から脱出するのは容易ではないでしょうから、下手に拘束するより手っ取り早いと思うわ」

確かに、あれほどのシンクロ率を誇っていたフィフスチルドレンが未だに初号機を動かさないのはおかしい。
あれはS2機関を取り込んでいるのだ。
エネルギー供給の問題ではなく、そもそも動かせないでいる、ということなのだろう。

「……それと」

リツコの案を検討し始めた私に、彼女が一言付け加えた。

「あの中には、もう彼しか存在しないわ」

その意味を理解し、私は思わず彼女を睨みつけた。
リツコは俯き、私から視線を外していた。



そうして、初号機は第3新東京市の北部の山中、実験用地下シェルターにそのままの状態で搬入され、拘束後に硬化ベークライトで胴体まですっぽりと固められたのだ。
その後24時間体制で監視を続けているが、正直なところ、手の出しようが無いと言うのが本音である。
初号機は沈黙を保ったまま、ゆっくりと硬化ベークライトを侵食しつつ自己修復を進めている。
しかし、その沈黙を破る事が我々にはできないでいた。
中にいるフィフスチルドレンの制御も、こちらからの制御も受け付けず、ただ沈黙を保っている状態なのだ。
その姿は、使徒を自らの胎内と言う監獄に閉じ込めているとも、あるいはゆりかごの中で保護しているともとれる物だった。
お互いに睨み合いしかできない状況に、守りたいと叫び続けた少女の想いを感じた。

シンジちゃんはまた、エヴァに取り込まれてしまった。
死んだ訳ではない、と私は思っている。
今の初号機も、彼女の心が影響しているのかもしれない。
人も使徒も、どちらも守ろうとして、こんな事をさせている、そう信じたかった。

――そう言えば……。

フッと反対側の席を見やる。
そこには今誰も座っていない。
休憩中のリツコの場所だ。

あの後シンジちゃんの状態を問いただしたとき、リツコは素直に応じた。
だがその時のリツコに、引っかかる物を感じたのだ。

あのときリツコは、笑ってはいなかったろうか。



私の拠り所という物は、何処にあったろうか。
極一部の権力者達がお互いをあざ笑いつつ、彼らの思惑のみで人類の未来を決めようと言う、愚かで哀れな世界、その中の一人のために私は生きてきた。

あの人のためならば、何だってやれると思っていた。
正しい事も、間違った事も、たとえそれが世界を滅ぼすような事でも。
あの人のためならば、できると、そう、信じてきた。

だけど彼がレイという名を口にする度に、私の中の苛立ちは募っていった。
彼自身の娘をまるで物のように扱う度に、私の中の情熱は冷めていった。
父親になる事ができない男から、女である私の心は離れていった。

零号機の自爆直前、すべてを、そう、すべてを知っているはずの彼の口から出た叫び声が、心の中にわずかに残っていた想いすら打ち砕いて、今、私の目にはもう、彼はただの狂信者としか見えなかった。

ふうっ、と一つ、大きなため息をついて、私は自分の携帯端末を目の前にある巨大な設備と接続した。
中央の巨大なシリンダーに、蛇のようにうねった配線やパイプが天井から絡み合いながら接続されたそれは、ダミープラグプラントと名付けられた物だ。
綾波レイのパーソナルを記録し、擬似的な魂を作り出す機械。
そして、綾波レイをバックアップするための機械でもあった。
認証が通り、接続が許可されると、端末に現在の状態を表す情報が表示される。
そこで更に端末を操作して、私は保護シャッターを開放した。
周囲の壁面がゆっくりと開いていく。

それは巨大な水槽のような物。
強化樹脂で囲われた向こう側は、LCLで満たされている。
そしてその中に浮かぶのは、少女の形をしたなにか。
その顔はあの、綾波レイと同じ物。

完全に解放されたシャッターの向こうに、そんな物がいくつも浮かんでいる。
過去のサルベージ計画の残滓、形をなしただけの失敗、綾波レイの魂の器として保管されている、予備の体。
それらを忌々しく思い、睨みながら、安全のためのロック機構を順に解除していく。
やがて現れる、警告メッセージ。
次のプログラムを走らせれば、完全に管理されていた肉体は、デストルドーを増大させる。
人と同じ組成で構成された生体は、その形を保つ事を放棄する。
施設を破棄するための、崩壊プログラムだった。

あとはディスプレイのキーを押すだけで、終わる。
この部屋の綾波レイも、これまでの私の実績も、ゲンドウさんとの繋がりも、何もかもが終わる。

一瞬躊躇し、しかしすぐにおろされ始めた指は、最後までたどり着けなかった。

一発の銃声、それとともに感じた衝撃と、右肩の激しい痛み。
自分は背後から撃たれたのだとわかった。
思わずしゃがみ込んだ私に近づいてくる足音。
取り落とした端末を拾い上げる手。
反射的に後ずさって、自らの出血で汚れた左手で自身の所持していた拳銃をなんとか引き抜き、照準を合わせた。

そして見た光景。
其処に既視感を覚えた。

――ああ。そう、今がその時なのね?

それは私に向けられた銃口。
冷静にこちらを窺うサングラスの下の眼光。
この人自身に告げられた私の最後と、同じ光景。

ネルフ総司令、碇ゲンドウが、私を見下ろしていた。



「赤木君、何故このようなことを」
「あなたに、抱かれたくなくなったから」

彼の静かな問いに、僅かに感情を乗せて答えた。
貫かれた右肩からの激痛と出血で左手に握り締めた銃は狙いが定まらず、がくがくと震えている。
そしてこちらを狙っている彼の手の中の拳銃はあっさりと私を打ち抜くことは間違いない。

しかしそんな中にあっても私は恐怖よりも自分の感情を曝け出すことができた。
それは確定した未来への諦めや開き直りといえる物かもしれないが、私が彼に逆らうことに恐れを抱いていなかったのは確かだった。

「あなたが自分の娘を道具のように扱うたびに私の心は離れていったわ」
「自分の子を省みないのにレイを気にかける様子に憎悪すらしたのよ」
「滑稽だけれどね、母としての私があなたを拒絶したのよ。そんな物になれるとすら思っていなかったというのに」

子を愛せない父としての碇司令を私は愛せなくなった。
父親である事を捨てる事もできず、そのくせ子供を道具として使う。
何を犠牲にしてでも計画を達成しようとしているこの人に、何とかして判らせたかった。

「あなたはレイを救おうとしたわ」
「だから、私はこれを壊す、壊したかった」
「だっていらないでしょう?危険を冒してまで助けるのに、こんな物」

わかっている。これが第三者の、はた迷惑な怒りだということくらい。
レイの魂が必ず戻ってくるという保証が無いことも、レイが完全に復元されるという保証が無いことも、わかってはいるのだ。
このシステムを組み上げたのは私なのだから。
それでもなおわが子よりレイを優先したこの人が許せなかったのだ。

どうせ私はここで死ぬのだ。
今くらい彼に理不尽な感情をぶつけても許されるだろう。
こんなことでこの男に従ってあの子達にしてきた仕打ちが許される訳でもないが、血も涙も無い冷徹な人形として終わるよりは、嫉妬と馬鹿な倫理観で逆らった人間として死ぬ方が多少はましだろう。
そう思って、どちらにしろ酷い自分の有様を自嘲する。

そして目の前にある銃口を、その先にある彼の顔を見つめる。
命乞いをするつもりも無い。
構えていた銃もいつの間にかおろしてしまった。
私にはもう何も残っていない。
裏切り者へ与えられる最後の時を、私は待った。

だが、それはやってこなかった。

無言の空間に銃声の代わりに響いたのは、小さな電子音だった。
そしてそれに続く警告音。
私の手によって終焉の一歩手前までプロセスを進めていたプログラムが、彼の手によって最後のロックを解除されたのだった。

周囲のレイの形をした物が、その全身の細胞が、自滅し、崩れ、LCLへと還元されていく様を、私は唖然としてみていた。

――何故?

「そうだな。君の言うとおりだ」

大いに動揺した私の心に答えるかのごとく、彼は語り始めた。

「私は弱い男だ。縋る物がなければ生きていけなかった」
「だから私はユイに縋った。ユイだけを追い求めて、他のすべてを捨てる覚悟をした」
「……いや、違うか。これもすべてを捨てて逃げるための言い訳に過ぎんな」

表情を変えずに語る彼の声音のみが皮肉の色を帯びている。
それともあのサングラスに隠れた瞳も同じく感情を映しているのだろうか。

「記憶をなくしたシンジが私を父と慕ってきたとき、私は捨てたはずの物を拾い上げてしまった。それでも私の絶望はユイを求めていた」
「そしてまたシンジが私を拒絶したときに、私は既にシンジを手放せなくなっていることに気付かされた。自分が父親である事を無視する事などできなくなっていた」
「だから私は自分を否定するのをやめ、欲望に従おうとした。従うつもりだった」

何か考えるようにしながらゲンドウさんは端末を投げ捨て、銃をしまいこんだ。
そうして上着を脱ぐと、私のほうに近づいてきた。
何事かと思う間に、彼は撃ち抜かれた私の右肩を上着の袖で縛り付けて、応急の止血処置を施した。

「……馬鹿な人。自分で撃っておいて、何のつもり?」
「ここで君を死なせるつもりは無い」

麻痺しかかっていた痛みがぶり返して顔をしかめつつも、精一杯睨みつける。

そうだ、何故それなら撃った。
撃たなければ私は怪我を負うこともなく、そして今と同じようにこのプラントは破壊されていたはずだった。
彼の行動は矛盾に満ちていた。

「これは私の手で破壊せねばならなかった。私の罪だからだ」

もうほとんどLCLへと還ってしまった残骸を見ながら、彼は続ける。

「……実際のところ、俺は零号機が失われる直前まで決めかねていた」
「だがあの時、気がついた。自分が子供たちの未来というものを奪うことすら恐れている矮小なただの父親だったとな。気付くのが遅すぎたが。」
「判ってくれとは言わん。だがレイは俺の娘だ。綾波レイも、碇レイも、俺の大切な子供なのだ。こんな物で道具として扱うべき物ではなく、な」

彼がそういったとき、ふと気配を感じて、彼の向こう側の入り口を見やると、いつの間にかそこに人影があった。
綾波レイだった。

「レイ。お前は人だ」
「……でも」
「生まれなど関係ない。お前はお前でしかない」
「お前を縛るのはもうお前自身だけだ。好きに生きろ。私はもう、お前を縛りつけない」

背中越しにかたる彼の言葉から、私は彼が、計画を書き換えたのだと知った。
リリスの欠けた心はもう必要とされていない。
綾波レイが存在を許される世界、そのための新たなる計画。
人の、いや、およそ生命と呼ばれるすべての親のもつ願望を満たすためのもの。
私たち大人が負うべき、真っ当で陳腐な責任。
いまさらそんなものを、彼は取り戻したのだ。

「君にはまだ、働いてもらわねばならん」

そう言いながら、彼は私を背負い上げた。
意外と力があるものなのだなと、私は見限ったはずの男の背に、わが身をゆだねた。

彼の新たな計画が想像通りなら、戦いはまだ終わってはいない。
いや、これから始まるとさえいえる。
その戦いは周到に準備してきた今までの計画よりも、さらに困難かもしれなかった。
そのために私はまだ必要とされている。

いいだろう。
最後まで使われてやろう。
そうして全部終わったとき、あらためてひっぱたいてやろう。
未来が繋がった、そのときに。

そう考えて、私は彼の背中で意識を失った。