Migraine


ジュラルミンケースの中から取り出した物体を、超高温の炉の中に投げ込む。
その物体が、たとえあのアダムの胚であったとしても、魂も持たぬ不完全で未熟なままでは、過酷な環境下で耐えられるものではない。
生存本能の抵抗すらなく、あっさりとそれは蒸発し、消滅した。

これで、人類補完計画の一つのパターンが失われた。
だがすべてが潰えたわけではない。
すべてはこれからだ。

まだ明確に誰かに話したわけでもない。
老人たちも完全に把握しているわけでもない。
だが、私は既に決めた。
そして、燃え尽きたアダムは、決別の狼煙であった。

そう、それはゼーレとの、過去の自分との、そして、ユイとの決別であった。

第拾伍話:真心を君に。

前哨戦


ジオフロント内、ネルフ本部に隣接するように作られた職員用宿舎。
そこの個室の一つを与えられ、閉じ込められるように寝起きするようになってもう三日が経つ。
第一種戦闘態勢は解かれることは無く、かといって状況の説明などもまるで無いまま。
備え付けの通信端末はセキュリティレベルに応じた情報しか与えてくれず、誰かと通信しようにも限られた人々しか許可が下りなかった。
今までの戦闘後には無かった事態に心身ともに疲労が募り、ただ諦めとともに無為に過ごすことを覚え始めた、その時。
ふいに、入り口のドアのロックが解除された。

静かにスライドして開いたドアの向こうに立っていたのは、全身を黒でまとめたサングラスをかけた男性。
私の心に染み付いて消えることの無い姿、碇ゲンドウ。
父さんだった。

「来い」

いつかの手紙と同じ、短い一言。
わざわざネルフの総司令がここまで出向いて、何をさせるつもりだろうか。

「また、戦えって言うの?」
「……お前には、知る権利と、選ぶ権利がある」

私の問いかけには答えずにそう言うと、父さんはこちらを静かに見つめてきた。
その暗黙の催促に、私も沈黙を守ったまま、立ち上がり、彼のほうへと進む。
部屋を出て、父さんの隣に立ち、その顔を見上げるようにすると、彼はもう視線をこちらから外して歩き始めた。
その後ろを同じ速さで私も付いていく。
その向かう先はネルフ司令部、第一発令所のようだった。

私に何を知る権利があるのか、何を選ぶ権利があるのか。
見当は付かない。
けど、もう嫌だった。
何も判らないのも、勝手に決められるのも、もう嫌だった。
言われたままに従えるほど、私は子供でもなく、大人でもなかった。

本当は知ってしまうことも、選ぶことも、とても怖かったけれど。
それでも、諦めるよりましだから。

私は父さんを追いかけて、歩き続けた。



父さんに続いて発令所に入ると、そこには普段の発令所の面々のほかに、他のチルドレンも集められていた。
綾波さん、惣流さん、そしてもう一人、見かけない男の子がいて、渚君の姿はなかった。
普段、私たちパイロットはこの場所に集まることは無い。
たとえ乗る機体が無くともパイロット控え室で待機が命じられるからだ。
その点だけでも普段とは違う何かが起こっているのだと察せられた。

私たち以外には、オペレーターの人達と、作戦本部長である葛城さん、技術部長の赤木さん、そして父さん、ネルフ総司令の姿がある。
事故でもあったのか、赤木さんは普段の白衣を右側だけはだけて、その下に痛々しく包帯を巻いている。
どうしたのかと気になったが、それを訊ねる暇は無かった。
父さんが、話し始めたからだ。

「これからここで起こる内容は場合によっては諸君らの命を脅かすことになる。よって部署の区別無くこの場から退出し、自己の安全を確保することを許可する」

いかにも重要であるという雰囲気の話し方、だがそれに反応し、立ち去る人はいなかった。
たっぷり一分ほど、誰も彼もが沈黙を守り、周りを伺うようにしているのは私くらいだったかもしれない。
この場にいる時点で、既に覚悟はできているということか。
そうだとわかった上で、それでも退く最後の機会、もしくは全員の意志の確認といったものを父さんは行ったのかもしれない。

「……それでは、交渉を再開する。主モニターに映像を回せ」

促されたとおりオペレーターの人が操作して、発令所正面の巨大な主モニターに映像が展開された。
そこに映し出されたのは一人の少年。
プラグスーツを着て、エントリープラグに搭乗したままの渚君だった。

「何で渚君が?」

口を出たのは素朴な疑問だった。
そもそも、他のパイロットはこの場にいるのに、何故彼だけがエヴァに乗っているのか。
この三日間、ろくな情報が与えられなかった私には訳がわからなかったけれど、状況はそんな私をほったらかしにして進んでいった。

「やれやれ、ようやくお呼出ですか」
「フィフスチルドレン、いや、最後の使者タブリス。単刀直入に聞こう。貴様は我々に従うつもりは有るか?」
「我々が誰を指すのかによります」
「ならば言い直そう。ゼーレの老人どもと使徒としての行動に背き、人類の存続のために我々ネルフに味方するつもりは有るか?」

なんだ、なんだこの会話は。
タブリス、ゼーレ、人類の存続?
最後の使者って、使徒って、どういう事だろう。
わからない。
何も理解できやしない。
そもそも現実感すらない。
自分がここにいる意味すら感じない。
折角ここまで来たのに、自分は蚊帳の外。
だけど会話に割り込む事も、説明してもらう事もできなかった。
今はただ、二人のやり取りを見守る事しかできなかった。

「僕としてはどちらでも選ぶのも大差はないですが、いいでしょう。彼女とも約束しましたし」
「彼女?……いや、いい。だが、アダムへの帰巣本能を押さえ込めるのだろうな?」
「永遠に、とは保証できません。ですが少なくともことがすべて終わるまでならば、約束しましょう。なにしろ、もうアダムと呼ぶべき個体は存在しないのだから」
「ふん……。そういうことだそうだが、よろしいですかな?」

主モニターの一部にウィンドウが開き、新たな人物が映し出された。
そこに現れた二人の姿に、さすがに発令所がざわついた。
なぜならその二人とは、出張といわれていた冬月副司令と、現在の日本の総理大臣その人であったからだ。

「ああ、こちらでも聞いていたよ。最も総理はまだお悩みのようだがね」
「この期に及んでまだ日本の存続などという些事にこだわると?」
「ゼーレに背くと言う事は国連、いや国際社会で孤立するということなのだぞ。私の一存で決められることではないのだ」
「それでも決めてもらわねばなりません。時間はほとんど残されていないのですよ」
「……覚悟を決めるとき、か。私の力だけですべて抑え込めるとは思わないでくれ」
「最悪A801の発令を阻止してくださるだけでもかまいません。ネルフはこれより独自に体制を整えますので」
「善処しよう」

もう先ほどからついていけていないけれど、何か重大なことが起ころうとしているのだけは間違いないようだった。
日本政府で最も偉いはずの人が、覚悟しなければならない決断。
今までの戦いとは違う、この国の命運も巻き込むもの。
そんなレベルの会談を傍から聞いているというのは、やはり大いに場違いなのではないかと思う。
私たちがどうこう言うことなどできない、大人が決めるべき話であろうからだ。
この場に私を連れてきた父さんの意図が、私には未だにわからなかった。

「碇、本当にこれでよいのだな?」
「ああ。もう後戻りはできん」
「それではこちらもせいぜいがんばるとしよう。もう少し時間がほしいところだったのだが、これもやむなしか」

そういい終えると、冬月副司令と総理の姿が消える。
それと同時に、父さんが立ち上がり、皆の注目はそちらへ集まった。

「ネルフ総司令として、これより諸君らに重大な発表と決断を下す」

幾分先ほどまでより大仰に話し始めた父さんを、全員が固唾を呑んで見守っている。
彼が全体を見回すようにした少しの間の後、言葉が続いた。

「本来我々の任務は人類の存続を脅かす存在の排除である。だが調査の結果、我々の上位組織である人類補完委員会は対抗するための力であるエヴァンゲリオンの悪用を画策し、現在9体の新型エヴァンゲリオンを極秘裏に建造中であり、さらにはあろうことか我々の敵であるはずの使徒をネルフ内部に送り込んできた。
国連直属の組織として、我々はこれを明らかな叛意とみなし、人類補完委員会およびその構成員の所属する秘密結社ゼーレを人類に敵対する組織として、我々の本分を全うすべきであるという結論に達した」

ひねくれた理屈で、やっぱり私には全部理解できなかった。
けれどこれは、つまり。

「よって、これより国連非公開組織特務機関ネルフは、独自の判断をもって人類補完委員会ならびに秘密結社ゼーレの指揮下から離脱、現時刻を持って交戦状態に入る」

つまり、私達は、今度は人間を相手に戦闘を行おうと、行うというのか。
使徒などという化け物じゃなく、同じ人間を相手に。

同じように戸惑いを覚えたらしい人々のざわつきが、司令部を支配していた。
当然だ。
私達は軍隊じゃないし、私は人殺しのための兵器のパイロットなんかじゃない。
だけどもう遅いらしい。
父さん以外のこの場にいた全員が傍観者でしかなく、状況は既に引き返すことのできないところまで進んでいるらしかった。

「日本政府はすでにこれを了承、協力体勢にあるが戦略自衛隊の動向は不透明である。各員は第一種戦闘配置を継続、対空、対電子戦警戒を厳にせよ。
人類の存亡は我々の活躍如何によって決まる。各員の一層の努力に期待する」

こうして、私達の、最初で最後の、戦争が始まった。



碇司令の"演説"が終わった。
場内のざわめきは治まらない。
演説を聞いたほとんどすべての人々が困惑し、どうすべきかわからずにいるようだった。
私とて驚きは隠せない。
独自に調査していたとはいえ、まだ私は碇司令は人類補完委員会、ゼーレの側の立場であると考えていたからだ。
それが決別と、敵対の宣言。
苛立ちと疑念が暴発して、気がつけば私は司令を問詰めていた。

「司令、何故今委員会に逆らうのですか?いえそもそも、人類補完委員会はあなたの発案である人類補完計画推進のための組織だったはずです。あなたは一体何を目的としているのか、お聞かせ願えますか?」

そう、まずなにより人類補完計画は彼が提案し、実行に移してきたものだったはずだ。
自ら発案した物を潰すために、裏の世界と正面切って戦争をしようというからには、それ相応の理由があるはずだった。

「私にとってそれをなす意味が無くなったからだ」

そんな彼の返答が、私を激昂させた。

「それは司令の個人的理由でこのネルフ全体を危険に晒すと、そうおっしゃるのですか!」
「たとえ計画を変更しなかった場合でもそれが私の個人的欲望から始まったものであることは代わらんさ」
「あなたという人は!」

叫ぶとともに、拳銃を抜き放ち、司令に狙いを定める。
周囲の動揺は一層大きくなり、しかしその中にあっても碇司令は動じなかった。
銃を向けられても、その銃口ではなくこちらをまっすぐと見据えている。
そこには恐れではなく、決意というべき感情があった。

「それで、私を撃つか?それとも捕まえるか?罪に対する罰ならば甘んじて受けよう。それで満足するならな。だが、此度の戦いもまた負ければそれまで、後の無い戦いだ。たとえ私がどうあろうとな。葛城三佐、我々はもう退くことはできないのだ」
「……真実のすべてを、聞かせてもらいますよ」
「ああ。約束しよう」

はじめから彼の私利私欲でネルフを利用していたと言われて、収まりなどつくものではない。
だが私は不幸にも知ってしまっていた。
量産型エヴァンゲリオン5号機から13号機、計9体のエヴァの建造が進められていたことを、そしてそれらがロールアウト直前であることを。
少なくとも彼の言葉には真実が含まれており、そしてすべてが真実とするならば、我々はエヴァを敵に回すことになるのだ。
それもただのエヴァではない。
解析されたS2機関を搭載し、これまでの戦闘データをフィードバックされた純粋な戦闘型エヴァンゲリオンである。
日向君が入手した極秘扱いの機体スペックを見たときは戦慄したものだが、あれが敵になるなど、悪夢以外の何者でもない。

――というより、あれに敵対出来得るのはネルフだけか。

世界最強の軍隊などというものがあったとして、それすらS2機関を搭載したエヴァの前では虫けら同然なのだ。
そんなものが極秘裏に建造され、一つの権力の下にあるというのは、司令の話を抜きにしても異常であり、危険であった。

結局、我々は戦うしかないのだ。
人類補完計画が最終的にどのようなものであろうと、それを進める連中に対抗できるのは我々のみであり、我々が負けたときなにがおこるとしても、その未来は明るいものになるとは思えなかった。

止める力が我々にしかないのならば、我々がやるしかない。
だから私は銃を下ろし、代わりに司令部に檄を飛ばした。

「これより我々は敵対組織に対する、防衛および殲滅作戦を開始します。予想される主戦力は量産型エヴァンゲリオン5号機から13号機、および各国ネルフ支部のMAGIタイプ、さらには軍の投入も考えられます。非常に厳しい戦いになると予想されますが、ATフィールドを持つエヴァに対抗できるのは我々ネルフ以外にありません。人類の未来は私たちにかかっているわ、全員、覚悟はいい?」

その言葉に真っ先に反応したのは日向君だった。

「僕はあなたにならどこまでついていきますよ」
「自分は独り身ですから、憂いなんてありませんし、やってやりますよ」

その後に続いたのは青葉二尉で、言い方こそふざけているが真剣な表情で答えてくれた。
その隣に座る技術部の伊吹二尉はどうすべきか迷ってるようだったが、リツコの方をみて、彼女が頷くのに答え、彼女も腹を決めたようだった。
他のオペレーターや、各部署の主任たちもまた、賛意を伝えてきた。
そうだ、元々ネルフとは国連の一組織というよりも、使徒という人類の敵を倒す、"正義の味方"としての性質が強い組織であった。
これまで数々の激戦を潜り抜けて今ここに残る人々は、やはり多かれ少なかれそのような気概を持つ者達であり、反逆行為に賛同してくれたのは、我々全員が"正義の味方"であったからかもしれなかった。

「まったく、呆れたわ。酔狂な連中ばかりでできてたのね」
「この際お給料より人類の未来ってね。……皆、ありがとう」

酔狂な一人であるリツコに軽口を返した後、本心を述べて。
しかし感慨に浸っている場合ではなかった。

いまひとつ、確認しておかなければならないことがあったからだ。

「あなたたちは、どうする?」

それは司令部の一角に集められた彼ら、チルドレンへの質問。。
私たちが守るべき未来、その次代を担うはずの彼らへの、意志の確認だった。



この場に来て、或いは初めて自分たちに向けられたその言葉に、葛城さんのまっすぐな瞳に、私は答えることができなかった。
何故って、何も解らなかったから。
何が起こっているのかも、何をすべきなのかも。

でもそうではない人たちもいる。
その一人だろう惣流さんは、私達の中で一番に意志を表明した。

「まったく、まどろっこしいわね。嫌だって言ってもあんたらが負けたら終わりなんでしょ?だったら協力するしかないじゃないの」
「そうね、すまないとは思ってるわ。でも……」
「御託はいいわ。ふがいない大人たちのために一肌脱いでやろうって言ってんのよ」

強気な物言いにぴったりの凛とした姿勢と不敵な笑みに、ほんの少しの不安の色を瞳に泳がせながら、彼女ははっきりと戦う意志を表明した。
そしてそれに続いたのは初めて会う大柄な少年だった。

「正直、わいには人類の危機やとか、そんな大げさなもんはピンとこおへん。けど、戦わなまずいいうんやったら、わいは戦う。そうせな妹やら友達やらが守られへんちゅうんやったらな。もっとも、この足で何がやれんのかは知らんけども」

こつんと地面を蹴るようにした彼の左足を見て、私は初めて彼のその部分が義足であることを知った。
それで彼が大怪我をしたというフォースチルドレンだと察したのだ。

「鈴原、あんたもたいがい律儀よね。乗る機体だって無いんだからさっさと逃げ出せばいいのよ。心配しなくても所詮量産型のポンコツなんか私と弐号機で全部蹴散らしてやるわ」
「そやかて女子ばかりに任せてたら男子としての沽券に係わるしの。それに、わいにやれることがあるんやったら、何であってもやりたいんや。もう、後悔はしとうない」
「……馬鹿なりにいうじゃない。そうね。ヒカリのこともあるし」
「い、いいんちょは関係ないやろ」
「すーぐ赤くなって、ばればれなんだから」

委員長、洞木さんのことであろうか、二人の関係を茶化している惣流さんだが、その言葉のうちには私と話すときのような棘は含まれていない。
鈴原というらしいこの少年とあの洞木さんが恋仲であるなどというある意味平時のささやかな事実に少々呆けながらも、彼もまたただの思い付きでは持ち得ない強い意志を、独特の抑揚の中に響かせているのがわかった。

同い年だというのに、なんと私とは違っているのだろう。
私の知らない戦いの日々に、彼女たちは何を経験したのだろうか。
戦闘というものの中に、恐怖以外の何を見出したというのだろうか。
私はまだ、いやおうなく私を巻き込んでくるこの世界に対して、自らの意志を持って立つ拠り所の一つも見出してはいないというのに。

彼女たちを見て、しばらくの間そのようなことを考えているうちに、私を除いた最後の一人がついに言葉を発した。

「私は……。私には、どうすればいいのか、わからない」

戸惑うようにしながら、昔の私と同じ名を持つ彼女はゆっくりと言葉を、意志を綴っていく。
自らの迷いそのものに驚くようにしながら、自分を確かめるようにゆっくりと。

「私は自分が、ヒトと違うと、ずっと考えてきました。
道具として生まれ、計画のために造られた存在だと。
だけど司令は、そうじゃないと、私もヒトなんだと、そう言って私を私だけに、今、こうして生きている私だけに縛って、代わりの私を否定しました。
それにどんな意味があるのか、私には解りません」

意味の曖昧な独白は、静かに続く。

「でも、思うんです。
代わりの自分がいなくなって、強く思うようになったんです。
生きたいって。
もっといろんなものを知りたいと、もっといろんなことをやりたいと、やっと思えたんです。
だから、まだ終わりにしたくない。
ヒトであるということがどういうことか、わからないけれど、わかるためには、もっと時間が必要だと思うから。
それに、きっとあの人もそう望んでいると思うから」

いっそ哲学的とでも言うべき言葉の羅列の中、あの人が指す人物だけは私にも解った。
もう一人の私の人々を守ろうとする、自己犠牲すら厭わない強烈な意志に触れた記憶が鮮やかに蘇る。

「そうよね。あいつが帰ってきたときに世界が滅亡してちゃ、お話にならないものね」

それが誰なのかわかったのは私だけではないらしい。
惣流さんだけでなく、この会話の輪にいる全員がただ一人を思い出しているようだった。

そして彼女と瓜二つである人物だけが、述べるほどの理由を持ち合わせずに、最後に残されてしまっていた。
もしかしたら理由なんて要らないのかもしれないけれど、それでも自分の内から何かを見つけ出そうと、他の人たちの想いが、自分の中で何か形を生まないかと、探し続けていた。

ただ、ほんの少しの沈黙に焦りが募って、何か言おうと口を開いて。

「わ、私は……」

だけど私の迷いが意味を結ぶ前に、無粋な警告音が鳴り響いた。
発令所全体を包んだそれは、何らかの異変を示すもの。
主モニターに表示された状況は、どうやら既に"戦争"は始まってしまっているのだということを示しているようだった。

実験用シェルターとの、すべての連絡手段が停止していた。



また一人、部下が凶弾に倒れた。
元々人数差こそ大してなかったものの、実戦慣れしていない部隊では、精鋭ぞろいの特殊部隊を相手にするには少々荷が重かった。
通路の角に身を隠しつつ、片手の指以下に減じてしまった部隊を見やる。
なんとか踏みとどまってはいるが、既に皆疲労の色濃く、制圧されるのは時間の問題だった。

――やはり、すこしばかり早すぎた、な。

これまでの使徒の出現パターンからもう少しくらいは余裕が有るはずだったのだが。
まさか最後の使徒をゼーレが自ら送り込んでくるというのは予定外だった。
その結果、裏工作が終わらないうちに彼らとの対決に突入するはめに陥ってしまったのだ。
たとえ日本政府がこちらに味方したとしても、戦自の中には政府命令を無視し、ゼーレにつく動きもあり、この短期間で確保できた信頼できる部隊はあまりにも少なかった。

ゼーレの特殊部隊が金時山山中の実験用シェルターおよびそこに隔離されているエヴァンゲリオン初号機の制圧のために動き出したという情報に、俺は何とか応戦できる位置にいる駒門の駐屯部隊の一部を率いて防衛に当たった。
凍結状態であるとはいえ、初号機は非常に貴重かつ強大な戦力であり、それが使用不可能になれば我々には勝ち目が無くなるといってよい。
たとえ戦力が足りなくとも、ここは死守せねばならなかったのだ。

「くそ、しかし派手にやってくれる」

向こうのサブマシンガンの射撃が止むと同時に、不運にも銃弾が貫通した太ももを庇いながらもさらに後退した。
射線が通らないときに、彼らが手榴弾を投げ込んでくるのを何度も経験しているからだ。
案の定後方で爆音が響き、そこもまた彼らに制圧されたことを知る。
この先は集中制御室であり、エヴァのリニアカタパルトやシェルターの開閉制御を行うためのその場所が占拠、破壊されれば、それだけで初号機の運び出しは困難になる。

――とはいえ、そろそろ年貢の納め時か。

善戦はしたといえる。
信頼できるか否かという戦闘能力とは別の観点で集められたまさしく寄せ集めの集団でこれだけの時間持たせたのだから。
もっとも、ここまで攻め込まれた以上その奮戦も徒労に終わるのであろうが。

この場に残る武器もほとんど無い。
サブマシンガンはとうにマガジンも切れ、手榴弾の類もことごとく使い切ってしまった。
自分に残されたのは一丁の拳銃、愛用してきた六連装リボルバー式の物のみ。
向こうもそろそろ弾切れであってほしいとは思うが、現実はそう甘くないだろう。

死ぬことに対する覚悟はできていた。
ただ、ことの結末が見られないというのがいささか心残りではある。
以後の事に想いを馳せつつ、手になじんだグリップを握りしめる。

――ふん、よろしい、これが最後の足掻きだ。

数秒であっさりと撃ち終えてしまえる程度のちっぽけな獲物を通路の角を狙い構え、待つ。

だが。
予想された終幕は訪れず、それは通路の向こう側の喧噪に取って代わられる。
銃声の応酬の後、やってきたのは戦自の特殊部隊員ではなかった。

「ははは……よう、おそかったじゃないか」

苦笑いとともにそう言った先、そこに、俺の女神が現れた。



葛城三佐の握るアサルトライフルが小気味よい音を立てる度、目の前の敵が一人倒れる。
その射撃の正確さと判断の早さはここに集まった者達の中でも群を抜いていた。
エヴァ初号機が拘束されている実験用シェルターからの通信が途絶え、そこで我々臨時編成された防衛隊が状況把握のために送り込まれたのだ。
従軍経験の有る者を中心として、射撃訓練の成績の良い他の職員と合わせて一個中隊となった防衛隊がその場に到着したときには、すでに戦闘は始まり、相当に悪い状況に有るようだった。
倒れた人々、戦闘の痕跡を手がかりとして、ついに相手の本隊を発見、速やかに排除を開始する。
サブマシンガンの弾幕の中、アサルトライフルが火を噴き、背後から強襲された形となった彼らはあっさりと瓦解した。
投降する暇すら与えず全員を殲滅。
死体に不慣れな連中の中には吐き戻している者もいるようだが、慣れてもらうしか無い。
このような襲撃は今後も続くと考えられるのだから。
ともかくも、上官に習い銃のマガジンを交換し、最後の通路を曲がる。
その瞬間、目に入った銃口に反射的にこちらも銃を向け――その行動はあっさりと彼女の体で妨害され、弾は放たれる事は無かった。

「よう、おそかったじゃないか」

ずいぶんと間の抜けた一言が聞こえても、葛城三佐はそれを無視するかのようにずんずんと進み続け、ついにはその人物の真正面にたつと。
ライフルの柄でがつんと、見事な一撃を相手の頭部にお見舞いした。

「ちょ、ちょっとまて、気絶させる気か!」
「このくらいやらないと馬鹿は治らないでしょうが!」

何とか生き延びた抵抗部隊の指揮官と、救援に駆けつけた部隊の指揮官のなんとも言いがたい再開の挨拶。
だがそんな滑稽な光景はあっという間に終わって、変わって映し出されるのは思い人の胸に飛び込む女性の姿だった。
先ほどまで無慈悲に敵を打ち倒していたライフルは投げ捨てられて、分厚い防弾繊維でできた装備のままのお互いを両の手で抱きしめる。

「馬鹿よ、あなた、本当に馬鹿なんだから」
「それは君だって……いや、そうだな、確かに俺が馬鹿だったか。危うく君を抱けなくなるところだった」

双方の隊員にからかいの視線を向けられるのを気にした風も無く、そのまま口づけを交わす二人をしばらく見つめた後、自分は視線をはずした。

わかってはいても、少々つらいものがある。
その年になってうぶな奴だとからかう輩もいるだろうが、こうハッキリと見せ付けられるというのもきついものだとわかってほしいところだった。

今でも敬愛する上司であるのは確かなのだけれども。
未だ熱烈な接吻を続ける彼女をもう一度横目で見やる。
理屈じゃないのだ。
失恋というものは。



前哨戦とも言うべき戦いはかろうじて我々の勝利に終わった。
戦闘の目標とされたエヴァ初号機は、現在は慌しく凍結解除作業を行っている最中で、まもなくネルフ本部のケージへ運び込まれるだろう。

しかしこの結果はある意味で偶然の産物とも言えた。
ほんの一週間、彼らの行動が早ければ、ゼーレの側についた部隊の増援を抑えることは困難だっただろうからだ。
とはいえそのために周辺の各基地は自分たちの保有していた部隊同士でお互いに睨み合いを続けており、戦闘に関してこれ以上彼らの助力を得ることは絶望的だった。
また、陸自の多くは賛同を表明してくれたが、海自はある程度までは静観を決め込むつもりのようである。
まずいことに空自のいくつかの基地と連絡が取れない状態となっており、彼らはゼーレの側についたと考えねばならないようだった。
国外からの侵攻が予想される中で彼らとも戦わねばならないというのは実にありがたくないことであったが、しかし戦自のすべてを相手取るよりはましだと考えて、ため息をつくことしかできなかった。

そして実際に戦闘が発生し、周囲が混乱の喧騒に包まれる中、陸自の情報網から恐れていた情報が到着した。

『エヴァキャリアーと思われる大型輸送機の発進を複数確認。最速の到着予測時間は7時間後』

その報告は、実に難しい数字を含んでいた。

――初号機の凍結解除作業、間に合うか?

硬化ベークライトによる拘束の解除は困難を極めるもので、現在はとりあえず移動可能な程度に荒っぽく削りだしたに過ぎない。
本部施設に移送後の除去作業に当てられる時間はほんの数時間といったところか。
実にぎりぎりの綱渡り……。

『入間基地のスクランブルを確認。対処に当たられたし』
「まったく、悩む暇もないか」
「大丈夫なのか?冬月君。君たちと心中なぞ御免被るぞ」

――知ったことか。

うろたえる民主主義的な選挙による代表を内心苛立たしげに思いながらも、長年のネルフでの務めで培ったポーカーフェイスでおくびにも出さずに無言で流す。

どの道引き返すこともできないのだ。
それならば、我々は黙って成り行きを見守るしかないではないか。

部屋に設置されたモニターは、稼動可能な兵装ビルを起動し、変容していく第3新東京市の姿を克明に映していた。
初号機により零号機の自爆のエネルギーから守られた街は、その人型を反映して十字の形で焼失した部分との対比をなしている。

これからの激戦を予想しつつ、私は人類の技術の結晶でできた巨大な十字架に、自分たちの未来を、静かに祈った。