Migraine


「損害報告急いで!他の人員は地上の援護を最優先。この際本部の守りが薄くなっても構わないわ」

焦燥に駆られながら出した命令に、次々と返答がかえってくる。

「中央リニアシャフト損傷!武装射出不能です!」
「第13層まで特殊装甲層融解。第一から第三ブロックの可動ビルは脱落防止の緊急固定に入ります」
「至近の観測機器の95%以上が破壊もしくは無応答状態に陥っています。モニタリングレベルEに移行、復旧までの時間は不明」

当然、と言うべきだろうか、良い報告など一つもない。
正面モニタは爆発で生じた電磁嵐により、無意味なノイズを垂れ流しているのみ。
MAGIも遂にプロテクト作業に入り、間もなくほとんどの都市機能が制御不能となる。
観測すらできないとなれば、我々はなけなしの手助けも不可能となるのだ。

けれど、この戦場で子供達を孤立させる訳にはいかない。
こんな戦いの中で、このような狂気と一人で対峙させるなど、あってはならない。
彼女達はもう世の中を理解できる程度には大人であり、そしてまだ、抗えない程度には子供なのだ。
状況に流されるままにしてしまえば、取り返しのつかない事になる、そう思えた。

「何としてでも地上とつないで。ここが踏ん張り所よ。まさかチルドレンにおんぶに抱っこでいいなどと思っている人間などここにはいないでしょう」

そう言いつつ、しかし自分達の無力さを呪わずにはいられなかった。
エヴァに対して人間が出来る事のなんと少ないことか。

「青葉君、日向君達と連絡が取れ次第、出られるように準備しておいて」
「準備ですか?」
「機械が使えないなら自分で動くしか無いでしょう。移動指揮車を上げられるルートは確保出来る?」
「待って下さい……多少距離がありますが、二子山の第23車輛格納庫なら使えるはずです」
「贅沢は言ってられないわ。作戦本部の人員移動が済み次第命令系統を移動指揮車に移行させます。リツコ、ひと仕事の後で悪いけどここの管理を任せるわ」
「作戦の実施人員がほとんど行くならこちらは楽なものよ。貴方こそ無茶をして死んだりだけはしないで頂戴」
「ふん、貴方もね」

相変わらずの物言いのリツコ。
その彼女の、不可思議な情念を宿しふっと上げられた視線に釣られて同じ先を見上げる。
最上段の司令の席があるそこに、碇司令の姿はない。
彼は、我々とは違う戦いを始める為、既に別の場所へと赴いていた。

ここから去る直前、司令はリツコだけに何事かを囁き、リツコは唯それを静かに聞き、黙したまま司令が奥に消えるのを見送っていた。
二人の間に何かがあったのは確かだろう。
この数日、そしてもっと以前からの何かが。
あの大層な怪我もそのことに関わっているかも知れない。

噂話なら幾つも耳にしていた。
確証があった訳じゃない。
だけどリツコの表情が、私に妙な確信を与えていた。

「ねえ、リツコ。私、貴方が裏切るんじゃ無いかって思ってたのよ?」
「……そう。それは女の勘かしら?」
「ええ、そうよ。当てにならない女の勘という奴」

クスリと笑った彼女から、以前の狂気は失われ、その空間を別のものが埋めはじめていると感じる。
それは私が未だ得られていない種類のものなのだろう。
少し、羨ましいと思う。

「葛城三佐、日向ニ尉の部隊と連絡が取れました。別ブロックから先に地上観測を開始するそうです」
「さあ、行きなさい。時間は無いわよ」

青葉君の報告を切っ掛けに、リツコに促される。
そう、一秒すら惜しい。
しかしこうしている時間もまた、惜しいものだと感じていたのだけど。

姿勢を正し、敬礼。

「行って来ます。あの子達を守ってあげなきゃね」

第拾伍話:真心を君に。

老人


暗がりの中にディスプレイの青白い光が灯る。
ネルフ総司令執務室。
ゼーレとの関係が悪化してから長らく使われる事のなかった遠隔通信システムが起動していた。

浮かび上がった立体映像はただ一つ、モノリスを模した黄金比の直方体で抽象化された、その人物を識別するパーソナルナンバーは01番。

「お久しぶりです、キール議長」
『貴様か。まさかここの回線に割り込み出来るとはな』

繋いだのは向こうではない。
こちらから仕掛けたのだ。
人類補完委員会ではなく、ゼーレでもなく、キール議長個人に対して。

『これはわしに対する挑発か?この回線に強制介入出来るという事は、すでに私は囚われの身と変わらんということだろう』
「さすが、ご理解が早く助かります」

MAGIに行わせ続けていた調査が実を結び、我々はキール議長の潜伏場所の特定に成功していた。
そして先ほど、ようやく彼の確保が可能な状態まで準備が整ったのだ。

「これで、終わりにしましょう」

手元の操作パネルを叩き、相手のシステムを強制的に制御する。
程なく、モノリスによって表されていた彼の姿は、その本来の肉体、今現在の映像となって立体化した。
キール・ローレンツ、ゼーレの最高齢メンバーであり事実上のトップの立場にいる老人。
半分が視覚バイザーに覆い隠された顔は表面上は何の感情も見せず、普段からの威圧的な態度も変わらない。

「メインバンクから他の構成員の居場所も調査済みです。各国の代表もゼーレの排除に動き始めました。逃げ場はありませんよ。あなたの負けです、議長」

しばらくの沈黙。
降伏勧告と言える私の発言に彼が答えるまでたっぷり30秒ほどあっただろうか。

「負け、か。そうかもしれん。だが碇、貴様らの勝ちが決まった訳ではない」
「往生際の悪いお人だ。素直に降参していただけると手間がかからないんですがね」

即座に答えたのは、この舞台に乗り込んだもう一人の人物だった。

「加持リョウジ、やはりお前か」
「気付いておられたと」
「MAGIも所詮は計算機に過ぎん。最終的には人の手がいるだろう。ここはスタンドアロンのシステムも多い。その最深部まで乗り込んでくるものも、来れるものもそうそう居らぬものだ」
「随分と僕は買われていたようだ。今までの扱いからはそう思えませんでしたが……」

苦笑しつつ、彼が闇の中から姿を現した。
議長の背に、リボルバー式の拳銃を突き付けながら。
その脚部は白い包帯が幾重にも巻付けられた上に固定されており、銃撃戦での傷が浅くは無かった事を示している。
だがそれでも、彼はこの作戦を降りようとはしなかった。
痛み止めと興奮剤で怪我を誤魔化し、静かに片足を引き摺りながら、制圧戦の先頭に経ち続けたのだ。
執念、怨念とも言えるほどの固執だ。
セカンドインパクトから15年、ただ求め続けてきた答え、それを尋ねるべき相手と遂に相対した彼の表情はいつもの軽薄さを装い切れず、凄惨さを伴っていた。

「ふん、貴様の目的など初めからわかっていた。同じような連中は飽きる程見てきたからな。だがお前には消すのは惜しい才能があった。それだけのことだ」
「過度のご評価、痛み入ります。ですがやはり自分は野良犬の方が性に合っていまして。……キール・ローレンツ、あなたを連行します」

銃口は向けたまま、逆の手で手錠を取り出した彼は、さらに一歩議長に近寄る。
拘束の言葉を出す前の沈黙は、彼の葛藤だろうか。
最高権力者の終わりの瞬間。
だがこの状況に至っても、議長は態度を変えることはなかった。

「そのようなことにどんな意味があるというのだ。我々の存在など、世間は認めまいよ」

陰謀論はいつの世にもあるが、本当に隠謀の元に世界が回っていると誰が認められるだろうか。
全ての人々が一握りの人間の思惑に踊らされていたなどと。
しかしまた、具体的な敵を、罪をおうべき対象を求めるのもまたヒトの性なのだ。

「それでも、あなたには裁きを受けてもらう」
「生け贄だと?」
「その通りです。その効果もあなたはよくご存知のはずだ」
「ふん、焼きが回った物だな。自分が供物にされるとは」

私の言葉とともに進み出た加持によって手錠がかけられようと、議長は抵抗するそぶりも見せなかった。
もしくは抵抗すらできないのか。
彼は自らの生命を保つために体の多くの部分を機械化していた。
有り体に言えば、既に彼の肉体は限界だった。
だが、そうまでして生き続ける生への執着と、現在の態度との矛盾はなんなのだろうか。

「随分と潔い物ですね。その調子であれの止め方も、お教え願えれば助かるのですが」

その言葉にようやく議長の表情がにやりと歪んだ。

「言っただろう。貴様らの勝ちが決まった訳ではないとな。あれはそもそも止まるようには出来ておらん。使徒の本能に人の意志が加わった、人類を完全なる存在とするためだけに生み出されたものだからな」
「制御不能だとでも?」
「ヒトの進化の礎として役目を終えるまで、止まることはない。いや、止まることなどあってはならないのだ。そうでなくては神の代わりなど務まらん」

神、神の代理か。
ヒトの手で生み出された物をそう呼べるとでもいうのか。
議長の言葉に、今度はこちらの表情が歪む。

「あんなものは神の使者とは呼べません。カタストロフィを招くだけの人形です。そのような物に頼るとは……議長、あなたは焦っておられるようだ」
「焦る?碇、それは違う。わしは為さねばならぬことを遂行しているのだ。人類という不完全な存在を導くためにだれかがやらねばならんことをな。そのためには今しかない、それだけのことだ」

上に立つものとしての意識、支配者としての思想。
彼は自らの言葉を疑いなどしていないのだろう。

「あなたのそれが焦りでないというなら、ただの傲慢です。自分の理想こそが最も崇高だと考えるのは愚かなことだ」
「我らが世界を導いていたのは事実だ。人の行き着くべき未来を描き、形にしてきたのは我らなのだぞ」
「道筋を描いたのは確かにあなた方かもしれない。だが形にしたのは人類一人一人の力だ。それがゼーレに帰属する訳ではない」

描くだけではなし得ないのだ。
多くの意志が、力があってこそ、世界は変革していく。
一度流れ始めた物を止める事など動かし始めた者にもできない。
ゼーレの意志など、その流れをほんの少し揺り動かす事ができる、その程度でしかないのだ。

「議長、どうやらあなた自身が道を見失っておられるようだ。あなたは支配者としていき続け、この世界に疲れ、諦め、自分の理想こそ最も崇高だと思い込むことでしか生きる理由を見い出せなくなってしまった、そんな哀れで滑稽な老人だ。あなたには既に目的以外の、いや、目的すらも無価値に感じられている、違いますか?」

議長の表情に怒りの色が見えた。
憶測でしかないが、今までの彼の言動が意味するのは、つまりそういう事なのだと私は結論付けた。

「どの口がそれを言うか。この世に絶望していたのは貴様の方ではないか。かつての貴様は、人類の新たな段階への進化より、その為の破滅をこそ望んでいただろうに」
「私自身の破滅はいまでも欲していますよ」

彼のいう通り、私は全てが無に帰する事を望んでいただろう。
ユイ以外の全てが、私には無価値だったのだから。
自分自身の存在すら、だ。
彼女が取り戻せると言うのなら、世界の全てを破壊し尽くしても構わないと思っていた。

「だが厄介な希望と守るものというのが出来てしまいましてね。今消えるわけにはいかないのです」

私を父と慕った娘、私が作り出してしまった娘、私が拒絶してしまった娘。
彼女達の存在が私に今の選択をさせた。
彼女達の為に、世界は、人類はまだ必要だった。

「ふん、捨てたつもりのものにすがり付くなど、貴様も所詮出来損ないの人間でしかないか」
「そうかもしれません。しかしだからこそヒトは子を産み育てる。子供達に自らの夢を託し、子供達の進むべき道を残し、そして子供達の選ぶべき未来を守るのです。そうやって人類という種は少しずつ歩を進めて来たのです」

このような事を私が語る時があるなどと、思っても見なかったのだが。
ましてやそれを真実だと受け入れられるなど。
自身の変容に自嘲の笑みが零れるが、裏腹に言葉には真摯な感情がこもっていた。

「単純なことです。私の欲望を、親のエゴが上回ったということです」

自分にヒトの親などをやる資格などないと、そう考えてきたと言うのに、何時からか私は親である自分を、そして自分の子供達を否定できなくなっていた。
それを人の弱さだと言われれば、その通りなのだろう。
しかしまた、親としての自覚が、子供達の未来が、今の私を動かしているのも事実なのだ。
それは今まで知り得なかった強さでもあった。

「確かにそれがヒトの本来の姿だろう。だがそれでは間に合わんところまできていると何故わからん。今の人類に歩みを進める力など残されておらん。すでに世界は疲弊しきっておるではないか」
「その原因となったのはあんたらの起こしたセカンドインパクトだ。自分達で無茶苦茶にしておいて立て直すことも出来なかった責任を全人類に押し付けるなど、赦されるとお思いですか?」

キール議長の反論に彼を拘束していた加持が噛み付いた。

15年前の傷跡は未だに癒えず、人類を蝕んでいる。
ヒトという種全体だけでない。
彼自身もまた傷を癒す事ができずにいる。
セカンドインパクトが無ければこんな場所に、裏側の世界にはいなかったかも知れない。
人生を狂わされたもの達の一人なのだ。

「ああでもせねばヒトなど覚醒したアダムに滅ぼされておったわ。必要な犠牲だったのだ」
「必要?その言葉で何億の人間が死んだと思っている。いや、15年経ったいまでも、人々はのたれ死んでいる。おまえらが秩序も環境もぶち壊したせいでだ」
「それがどうした。その代償があって人類はまだ現存している。ただの感情論など挟み込む余地はない」
「感情論か、そうかもしれない。俺は地べたを這いずり回って、あの地獄から這い上がってきた。真実って奴を知り、怒りを向けるべき相手に裁きを与えるため、ただそれだけのためにな。その過程で犠牲になった連中も多いだろう。そういったものを否定できるつもりはないさ」

彼も私も自らの手を汚し続けて生きてきた人間だった。
綺麗事を並べられる純粋さなど持ち合わせていない。
彼の暗い瞳にくすぶっているのは、燃え尽きた過去の怒りの残照であり、求め続けた答えに対する諦めだった。

「俺が気にいらないのは、そうやってここにくるための自分の命って奴が、襲い掛かった厄災の気まぐれで存在してたという事実ですよ。俺だけじゃない。今生きている連中のほとんどがそうだ。だがキール・ローレンツ、お前の、お前達の命はそうじゃない。極秘裏に起こした厄災の牙にかからない所に潜み、生き延び、支配者を気取り続けた。他者を顧みない連中を許してやれるほど、自分は聖人にはなれない」

両手を拘束された老人に、彼は再度拳銃を構え直した。
こめかみにあてがい、頭の芯を貫くように。

「分かるか、あんたが今生きているのは、俺の自制心が辛うじて持ちこたえているからに過ぎない。例えただの老人に過ぎなくても、あんたに怒りをぶつけたいのは俺だけじゃないのだからな」

その言動とは違い、私には彼が引鉄を引くとは思えなかった。
堪えねばならないほどの怒りの感情を微塵も感じなかったからだ。
ただ、生贄となる老人を確認し、見定めた、その程度の味気ない物しか湧き上がってこないのを、過去の残滓が否定しようと行動させている、抜け殻のような感情だけが漂っていた。

それ以上彼は何も語らず、議長も口を開くことなく、映し出された映像は時が止まったかのように何の変化もなく、静寂だけが耳を捉え続けた。

「……儂では不満か。ならば何を撃てば貴様は満たされる?」
「さてね、捨てたものが多過ぎて何を埋めたかったのかも分かりませんよ。ただまあ、今あなたを殺したところでこの糞みたいな世界の何かが変わる訳でも無いでしょう。無駄な事はしない主義でして」
「ふん、そうだ。わしを消した所で貴様らに待っているのは人類の補完という結果しかない。足掻いた所で何も変わらんのだ」
「変えてみせるさ。人のやる事に絶対なんてものはない。偶然でも奇跡でも、可能性って奴は残っている」

皮肉にも聞こえる議長の言葉に対する真正面からの楽観的な意見。
平時なら笑って済まされそうな物に、私も頷き、肯定する。

「議長、あなたはヒトにはもう先がないと考えておられるようだが、私はそうは思わない。生きる意志は失われてはいない。たとえ我々が持てなくとも、子供達は違う」

疲弊しきっているように見えても、次の世代は確実に育っている。
人類の次の担い手たちは、生きる力をまだ失ってはいない。

「彼らは希望です。そしてその彼らのために礎となるべきはエヴァではない。礎となるのは、我々、大人達なのです」

そう、我々が未来を残すのは、次に未来を作るものたちの為だ。
そして彼等もまた、自らが築き上げた未来を次の世代へと残して行く。
この連綿と続くヒトの営みを絶やさない事、我々に与えられた命題はそれだけであり、だからこそ人類補完計画は間違いだと言える。
少なくとも、子供達から未来を選ぶ機会を奪う権利は自分にはないと思えた。

その時、ふと私の中から一つの疑問がわきあがった。
私の倍近くも生きてきた議長への疑問だ。

「議長、あなたには守りたいと思える物は無かったのですか?」
「知らんな。そのような戯言は尻の青い若造の妄想でしかないわ」

彼が一息つくと、急にその顔に刻み込まれた皺が深くなったように見えた。
それはまるで、磨耗し、ひび割れた彼の精神が浮き出してきたようだった。

「完全なる生命となる道を閉ざし、馬鹿げた夢物語を追いかけるか。それを正しいと信じるなら、貴様らは足掻いてみるがいい。絶望と苛立ちのなかで、もがき、苦しみ続けるがいい。現実というものに抗えぬままにな。
わしはここで降りる。わしはもう十分に味わった。相容れぬ世界で生き続ける力など残されておらん。世界はすでにゼーレの手を離れた。好きにするがいい」

捨て台詞と言うには淡々としすぎていた。
そこに含まれる物は怒りや憎しみではなく、恐らくは諦観だった。
指導者として生き続けた歳月が彼に与えたのは、理想も野望も風化させる諦めであったのか。

全てを悟り。受け入れたように見えた彼の内面を読み解こうとした、一瞬の心の隙間。
その瞬間に、議長の捕われたままの両腕が動いた。

「だがな。わしという個人を貴様らに好きにさせるつもりはない」
「何をした!?」

加持も虚をつかれたのか、制止する間もなく議長の指が自身の座る電動椅子に配置されたキーを叩いていた。

「既に施設の自爆コードは抑えてある。無駄ですよ」
「そんな大それたことをするまでもない」
「……まさか生命維持装置を?」
「貴様等にわしの死に方は選ばせてやらん。補完にわしが含まれずとも、なされるならばそれで良い。ただその為だけに生き長らえてきたのだ。確認できぬのは残念だがな」

彼の体内で命を保ち続けてきた機械群が静かに停止していく。
バイザーの放っていたわずかな淡い光が失われ、内臓の代わりを失った肉体は一気に死へと傾いた。

「あなたの望みなど……」
「防げぬさ。……現にわしはここで……死する。わしの……望み……通りな」

呼吸器の補助も停止し、か細く、途切れた声が、不思議と響いた。

「……死は……安らぎ……でも……ある……というのに……」

キール議長の顔がゆっくりと持ち上げられ、こちらを捉えた。
すでに何も見えてはいないはずの視線が私に突き刺さり、小さく口元が動き。
吐き出された息と共に沈み込むと、もう老人は、それ以上動く事は無かった。



銃声が一発、空間に重く響いた。

「ああなれば撃てるかと思ったんですが、駄目でした」

あらぬ方へ向けられた加持の銃が、薄く煙を上げている。

「もう少し冷酷になれたと思っていたんですがね」

死するものに放てず、死したものにも当てることはできなかった。
自己の葛藤が撃たせた、一撃だったのだろう。
失われた目標を振り払おうとした銃弾は、やはりとらえるべきものを見失っていた。

だが私は知っている。
銃口を向けるべき先が残されていることを。

「君の目標ならここにもいる。私も知っていた側の人間だからな」

セカンドインパクトを主導する立場にいたのは私も同じだった。
その地獄の最中に子を授かろうとも、来るべき戦いの準備の中でユイを失おうとも、どのような結果になるかを知りつつ実行した事実が消える訳ではない。
私が罰せられる理由など、それだけでも十分過ぎた。

「だが残念ながら今君に殺されるわけにもいかん」

汚れ切った身であってもまだ利用価値は残っている。
私の娘たちの為に使えるならば、使い切ってからでなくてはならないだろう。
サングラスを机に置くと、映像の中の彼をまっすぐと見据えた。
隠す必要のない確固たる意志を載せた視線は、濁りのない視線と交差した。

「良いでしょう。今回の件が片付くまではお預けという事にしておきましょう。それまで、せめて生き延びてください」
「君もな。お互い、やらねばならんことは残ってしまったのだから」

苦笑に彼の表情が崩れたのにあわせて、私も無器用に口許を釣り上げた。

「良いものだな。守るべき物があると言うのも。……行ってくる。そちらの処置は任せる」

長居してはいられない。
立体ビジョンの席から立ち上がると出口へと急ぐ。

ーーキール議長、願くば私にも、ヒトとしての死が訪れる事を。

世界を紡ぐため、私はもう一つの戦場へ舞い戻った。