ばれんたいんでい(うちの子編)


「あれ?ヒカリ、何買ってるの?」

その声にぴくりと反応してしまった。
声の主はアスカ。
地味な私と違って素晴らしい容姿と華やかな雰囲気を纏う彼女。
こんなところで会うなんて。

「あの、えっと、ちょ、チョコレートを……」
「ん、何?そのチョコおいしいの?」
「……その、明日はバレンタインだし」
「だからなんなの?」

そんな頓珍漢な会話から、アスカが日本のバレンタインデーというものをよく知らないと気がついた。
いつも流暢に話しているけれど、彼女は生まれも育ちもドイツなのだった。
そこで日本でのバレンタインデーの慣習を事細かに教えてあげた。
それを聞いたアスカが、「……チャーンス!」などといったときに、一抹の不安を覚えたのだけど。



いやはや、驚いた。
日本ではバレンタインデーがそんなことになっていたなんて。
チョコレート会社の思惑に乗るのは癪だけれど、確かにまたとない口実、便利なイベントだ。
皆が乗ってしまった気持ちはよくわかる。

「ということで、シンジ、手伝って。お願い」
「……仕方ないか」

彼女が悲しげな目で見つめたのは先ほど出来上がった分。
見事にまだら模様になったそれはどうみても失敗作で、結局この分野において葛城家でもっとも優秀と思われるシンジに頼みこんだのだった。

「まあいいじゃない。一緒にあんたの分も作れば」
「……そっか。僕もあげる側かあ」
「もしかして何も考えてなかった?」
「うん。いまいち誰にあげるか、思いつかないし……」

いつもながらこの子の感覚は女の子として、ずれていると感じる。
いい子ではあるし、それなりにラブレターだってもらっているようなのだけれど、色恋沙汰にはとんと無頓着だ。

「別に好きな人でなくても良いんじゃないの。大切なひとならさ」
「……うん、そっか。ありがと、アスカ」

そう言ってキッチンまで着た彼女が、足元を見て固まる。

「……あのさ、アスカ?」
「なに?」
「一体何人分作るつもりなわけ?」
「そんなの決まってるわ」

そこにあったのは、山と積まれたチョコレート。

「学校中の男子ども全部に配ってやるのよ!」

私の三倍返し大作戦は始まったばかりである。



「あの、加持さん、これ……」

大量の義理チョコを学校でばら撒いたあと、ネルフ本部へ。
これは本命中の本命、加持さんに渡す分。
腕によりをかけて練りに練ったチョコだ。
彼が持ち歩いている普段見慣れない大型のバッグの中身が何かは詮索しないでおきたい。

「ん、アスカか。君もチョコレートかい?」
「君も、って何よ、も、って」

彼の言い方に口を尖らせる。
そりゃ、加持さんがもてるのは知ってるけれどさ。

「すまんすまん。さっきシンジ君からももらったものでね」
「え、シンジが?」

大切な人に渡せばいい、とはいったけれど、あの子も実は加持さんが好きだったりするのだろうか。
ふと不安になる。
けれどそれは杞憂だったようで。

「ああ、彼女発令所から技術部に整備の連中まで、出会う男性皆にあげてるようだぞ」

ああ、つまりお世話になっている皆様へ、ということか。
私の余りで作ってるにしてもずいぶんチョコ一個が小さいとは思っていたけれど。

……って、それじゃあいつは大人の男性から三倍返しなわけ!?

迂闊だった。
三倍、といっても、どう考えても中学男子生徒よりもネルフの職員男性のほうが遥かに払いがいいに決まっている。
しかもあの子はそんなことを自覚なぞせずに愛想を振り撒いているに違いないのだ。

「ああ、何か負けた気がするわ……」

そんなことで気力が削がれてしまった。
邪な企みなどせず、本命一本に絞っておけばこんな気分になどならずに済んだのだろうか?
とりあえず渡すということ自体は成功したし、加持さんならきっと素敵なお返しをしてくれるだろうけど、今これ以上アタックを続ける気合はなくなってしまった。

――やっぱり私は、まだまだ子供、なのかな?



ずしりと重くなったバッグを抱えなおす。
中身が何か、などという無粋なことは聞かないでほしい。
今日はバレンタインデーなのだから。

だがそんな数多の贈り物より大事な分。
逆のポケットに入っているのはミサトから渡された、義理だと言い張っていたチョコレート。

――ま、しばらく飾っておこう。

食べるのは危険そうだけどな。

「何とかならんのかね、その荷物は」
「仮にももらったものを捨てるわけにもいかないでしょう。帰るまでは残念ながらこのままです」

皆が浮かれている時は仕事もしやすい。
大量のチョコレートの山の中から頼まれていたものを取り出すと、デスクに置く。

「ところで司令、シンジ君からはもうもらいましたか?」

そう訊ねると、サングラス越しに明らかに視線が突き刺さった。
答えようとしないがおそらくは。

「ふむ、私ももらったが、君もかね?」

代弁するかのように副司令が答える。
一仕事終わった後の化かし合い、ともいえない言葉遊び。

「ええ。相当の人数に配っていたからかかなり小さいものですが。一口で食べれますから処分には困りませんがね」

そういい残して司令室を立ち去る。

――思ったより、情に流されているじゃないか。

デスク付近に漂っていたコーヒーの残り香を思い出し、苦笑しながら。