Migraine -trunk-


02:死者


こなくていいと、言われた。
まだ静養していなさいとも言われた。
それでも僕は、そこへ行く事にしていた。
行かなくちゃ、ならなかった。

作戦中とは違う、ネルフの礼服を着たミサトさんに連れられ、到着した、そこは共同墓地の入り口。
広場になっているそこには既に、ミサトさんと同じような格好をした人や、喪服を着た人たちが集まっていた。
『戦没者追悼式』と、入り口の角に置かれた立て札には書かれている。
これは戦闘に巻き込まれて、亡くなった人たちに向けた追悼式だった。
その会場の隅に、案内される。

「あなたはここにいて。一人で、大丈夫よね?」
「はい」

そういったミサトさんに頷くと、彼女は会場の前の方に消えていった。
見知らぬ大人達の中に取り残されて、少し心細さを感じる自分に気がつく。
怖い、という訳ではないのだけれど、何か落ち着かなかった。
この会場の空気がそうさせているのかもしれない。
一面、皆が黒い服を着て、話す声は低く静かで、なのに騒然としていて、あたりには押し殺した感情が充満していた。

そうしているうちにアナウンスが始まり、急に辺りがしんと静まった。
式場の最前列、マイクの置かれたところに、幾人かの人が出てきては哀悼の意を述べていく。
その中に混じる、聞き知った声。

――ミサトさんだ。

今更ながら、彼女の立場というものを知った気がする。
ネルフ作戦本部長、その肩書きは、現場での最高責任者の一人ということなのだ。
これだけの人々への責任を背負って、ミサトさんは戦っている。
たとえそれが僕の失敗であっても、背負わされるのは彼女。

その時、ふと妙な想像が頭にぶり返した。
それはがれきに押しつぶされる人であったり、爆発で吹き飛ばされる人であったりした。
その彼らの最後の視界に、紫色の巨人が映っている。

ただの妄想、そう、自分が勝手に作り出した虚像でしかない。
だけどこれを否定できるのか。
守ろうとした人たち、それを自ら踏みつぶしていないと、言い切れるのか。

考える度に胸が苦しくなり、想像する度に鮮明になる、何度も繰り返した自問自答。
人と人の壁の下で、また僕は、自分の世界に沈んでいった。
人々の、すべてのヒトだったものの血肉でできた海に引きずり込まれて、誰もいない世界を永遠に彷徨う。
僕が殺してしまった人たちの怨嗟の声が刃物のように僕の心を切り裂き、抉り、削り取って、生きながらにして死んでいく。
いくら吸い込んでも、呼吸ができない。
世界が、視界が、赤く、黒く、白くなって。

「ねえ、あなた。大丈夫?」

ようやく意識が現実に戻ると、僕は見知らぬ人に支えられていた。
何でも突然倒れてしまったのだとか。
まだ辺りが回っているような感じで、ふらついていて離れる事ができずにいた。

「あなたも誰か亡くなられたの?こんなところまで、学生さんなのにえらいわね」
「あ、えと……」

その人からかけられた言葉に、返す言葉が詰まる。
僕がここにいるのは、戦った人間として、守れなかった人間としての義務感からだった。
この人は違う。
この人は誰か大切な人を失ったのだ。
そしてその人は僕が守れなかった人。
僕が殺したかもしれない人。

そう考えて、だけどもう限界だった。
僕はまた悪夢に飲み込まれて、すべてが反転したようで、意識の糸が、完全に途切れる。

「ごめんなさい……」

あの人の、恨みの声が聞こえたような気がした。



「気がついた?」
「……ミサトさん。ここは?」
「病院よ。無理しちゃだめだって、言ったでしょうに」

結局意識が戻らなかった僕は、そのまま病院に搬送されたそうだ。
付き添っていてくれたのだろうか、ミサトさんにまた迷惑をかけてしまった。

「ずいぶんうなされてたわよ。怖い夢でも見てた?」

言われて、今は息をひそめているらしい悪夢の事を思い出す。
僕を蝕む、守れなかった人たちの声。
そして、彼らとの絆を失った人たちの声。
聞こえるはずが無いのに、本当に聞いたような気がする。

「あの、ミサトさん」
「何?」
「僕は、ちゃんと戦えているんでしょうか?」

なぜそんな事を聞いてしまったのだろう。
言った直後に後悔する。
ミサトさんにそれを聞いて、それでなんになる。
責められたら、やり直せるのか?
過去はもう取り返せないのに。
ほめられたら、安心できるのか?
あれだけの人を悲しませておいて。

でもそれでも、彼女の言葉を、待ってしまう。

「そう、そうね、あなたは完璧にとは行かなかったかもしれない」
「でも十分立派にやれているわ。これは私の主観なんかじゃないわよ」

彼女はそういってくれた。
わかっている、ミサトさんは優しい。
嘘だろうと本当だろうと、僕を責めるつもりなんて無いのだ。
僕の失敗も、全部背負わされているのに。

「だから心配しないで。もっと自信を持って、ね?」
「……はい」

だけどそういわれ、抱きしめられて、頭をなでてもらっていると、小煩い僕の理性は結局引っ込んでしまって。
僕の中は、柔らかな安心感で満たされた。

本当はただそうしてほしかっただけなのかもしれない。
自分を否定されずに、受け入れてくれる暖かさが欲しかっただけなのかもしれない。
こうしている間は、何もかも忘れて、安らかでいられる。
自らの行いが怖くても、戦っていける。
そう、感じた。


しかし悪夢は潜み続け、僕を侵し続ける。
いつしかそれが日常となるほどに。