Migraine -trunk-


03:特別な日


「おめでとう!」

入り口のドアをあけた、その瞬間だった。
複数のクラッカーが小気味よくはじける音が周囲に響き、飛び出した紙リボンが僕に降り掛かってきた。
驚きながら部屋を見渡すと、そこにいたのはミサトさんと、見覚えのある何人かのネルフの職員の人たち。
何度かあった事がある、司令部でオペレーターをやっている人たちだ。

一体なんだというのだろう。
普段の訓練が終わる頃に携帯端末に届いたメッセージに従って、呼び出されたあまり来た事の無い区画の部屋に入った途端の出来事だったのだ。
飾り付けられた部屋の様子から、何かのお祝いなのだというのはわかる。
だけどそれがなんなのか、なぜ僕がこのように歓迎されているのか、量りかねていた。

「しかしまあ、よく間に合ったもんだなあ」
「まったく。戦闘の事後処理でドタバタしてたしな。この部屋だってよく借りられたもんだよ」
「私なんてまだ仕事残ってるんですよ。先輩は結局抜けられなかったし……」
「あ、あの、えーと……?」

何やら忙しい中の苦労話が発展しそうな三人に、なんとか割り込む。
とにかく状況がわからない。
よく見れば部屋の飾りは市販のものを使っているし、テーブルクロスが掛けられた机の上に置かれている食事も出前の一品物という風なものばかりで、いかにも急ごしらえだ。
それでもその内容と量を見れば支度するだけでも相当に時間がかかったはずで、彼らの苦労は見て取れる。

だけど何のお祝いなのか、私はわかっていないのだ。
その事がとてももどかしく、しかしなかなかきちんと言葉にできないでいた。

おろおろとしながら視線を彷徨わせていると、ふと、テーブル中央に置かれた丸いケーキが目に入る。
たっぷりのクリームとイチゴで飾られた、シンプルではあるがおいしそうなイチゴケーキ。
そしてその淵に沿うように円形に刺さっている沢山のローソク。
1、2、3……全部で14本のローソクが、橙色の柔らかな炎を灯していた。
その光が少し薄暗い部屋全体を暖かい色にほのかに染めている。

それを見て、ようやく私にもこれがおそらく誕生日のお祝いなのだとわかる。

「あ、誕生日パーティー、ですか?」
「そーよー。声かけたらみんな手伝ってくれてね、感謝しなさいよー?」
「まあ、僕は葛城一尉の部下ですしね」
「マコト。一番張り切ってたのはお前じゃないのか。ま、俺も乗り気だったけどな、大切なかわいいチルドレンのためだし」
「今のうちくらいだしね。年取るとお祝いって感じでもないし……」

葛城さんの答えに、他の三人が三者三様の雑談まじりの受け答え。
その和気あいあいとした空気に僕も流されながら、会話の中に感じる違和感。
でもそれを深く追求するより、聞いておきたかった。
盛り上がり始めているのに悪いけれど、知らない訳にも行かなかったから。

「あの、それで、どなたの誕生日なんですか?」

そう言った途端。
場の空気が、一気に固まった。
やはり聞くタイミングが悪かっただろうか。

だけど彼らの視線が集中したのは、僕じゃなくミサトさんの方だった。

「あの、もしかして、教えてません?」
「……そういえば」
「勘弁してくださいよー。主役が置いてけぼりじゃないですか」

非難囂々の中たじろいでいたミサトさんだったが、コホンと一つ咳をすると。

「あー、えーっと。シンちゃん?」
「はい?」
「驚かせようと思ったんだけど、どっきりを通り越しちゃったわね。あなたがあんまりに普通でいるから失念しちゃってたわ、ごめんなさいね」

そういって、はにかむような、後ろめたそうな何とも言えない表情を彼女は浮かべていた。
だけどすぐ表情を、姿勢を正して。
軽く微笑みながら、言った。

「今日、六月六日は、あなたの誕生日なのよ、碇シンジちゃん」

言われた意味を理解して、でも実感がわかなくて、驚いた表情はあぜんとした物に変わって、何を言えばいいのかわからなくて。
ただただ、僕はその場で立ち尽くしてしまった。

――僕の、誕生日?僕のための、お祝い?

失われて真っ白になった僕の記憶は、そんな事も忘れてしまっていたのか。
思い出そうとしても、思い出し方すらわからない。
六月六日、誕生日、そう、それは書類の上にあった、ただの記号としか記憶されていなかった。
その日が自分自身が生まれた日なのだと、認識できていなかった。

僕が呆然としていた時間がどのくらいだったのか、ふと耳に入ってくるアコースティックギターの音に気がついた。
そちらを眺めると、青葉さんと言っただろうか、彼がギターを持って軽く音を確かめているようだったが、それはすぐに聞き覚えのあるメロディへと変わった。

――ハッピーバースディ、トゥーユー
――ハッピーバースディ、トゥーユー
――ハッピーバースディ、ディアシンジちゃーん
――ハッピーバースディ、トゥーユー

四人の声が唱和して、その後には四つ分の拍手。
それは全部、僕に向けられていて。

「お誕生日、おめでとう。シンちゃん」

ミサトさんのお祝いの言葉で、唐突に喜びがこみ上げてきて。
全身が嬉しさに震えて、特大の笑顔が生まれて、でも涙でぐしゃぐしゃに崩れて。
まともに声もでないけれど、それでも。

「あり、がとう、ございます」

なんとかそう言ったのに合わせて、拍手はいっそう大きくなった。
そのまま促されて進んだ先、何度も深呼吸。
目の前のケーキの上のローソクの14の光。
そこに僕は、ふうっと、精一杯息を吹きかけた。