或いは何処にでも有り得た物語


綾波レイ。
玄関のネームプレートには確かにそう書かれている。
けれど扉のポストには大量の郵便物が残ったままになっているし、呼び鈴も壊れている。
仕方なく外から声をかけてみてもやっぱり反応はなくて。

でもだからといって帰ってしまう訳にも行かない。
彼女の新しいネルフのIDカード、これを渡しておかないと綾波はネルフのゲートを通過できないのだから。

ポストに入れて終わらせようかとも思ったが、この有様では彼女が気がついてくれる可能性は無きに等しい。
どうしようかと思い、試しにドアノブをまわすと、あっさりと開いてしまった。
これには少々あきれて、彼女の防犯意識というものを問いただしたくなったが、部屋の中をみてそれすらどうでもよくなってしまった。

コンクリート打ち放しの室内は、掃除をした様子も無くホコリがたまり放題で、ベッドが一つおかれている以外にはまともな家具すら見当たらない。
これが女の子の部屋と言えるだろうか。
あまりに殺風景な中、脱ぎ散らかされた制服だけが奇妙な生活感を伝えていた。

そんな中でふと目に止まった物。
それは小物入れの上におかれたひびの入った眼鏡だった。
大きくて、無骨で、よく見れば歪んでいる、これも彼女のイメージからは程遠い代物。
何気なくそれを手に取って、弄くっていて。

別の部屋で、扉が閉まる音。
驚いて振り向くと、そこにはこの部屋の主がいた。
一糸纏わぬ、透き通りそうなほどの白い肌を隠そうともせずに、赤い双眸が腹立たしげにこちらを見つめていた。

――きれいだ。

その姿に、一瞬見とれてしまう。
そうしている間に彼女は一気にこちらに近づいて。
強引に眼鏡をもぎ取ろうとするものだから、僕はバランスを崩してしまって。
気がつくと僕は、柔らかなものに顔を埋めていた。

そこから先はよく覚えていない。
彼女の胸の感触だとわかるとパニックになってしまって、しどろもどろになりながら何事かしゃべって、彼女についていって。
父さんを否定して、頬を打たれて。

彼女と別れてから、結局綾波の事は何もわからなかったと感じる。
残ったのは、頬の痛みと、あの柔らかさだけ。


使徒が、来た。