或いは何処にでも有り得た物語


全く持って、女性というのは不可解な存在だ。
いやまあ僕自身も生物学的にはそちら側に所属させられているのだけれど。
こちら側になってしまったからこそ、より強くそう感じることが多くあった。

「こら、バカシンジっ」

ぼんやりとそんなどうでもいい事を考えていると、アスカに横から小突かれた。
学校の帰り、本日の訓練は無く、僕たちは喫茶店に寄り道していた。
今日は第3新東京市としては珍しく肌寒いお天気で、コーヒーの温かそうな香りについ誘われてしまったというのが正解だろうか。
黙っていればどこぞでモデルでもやっていそうな美少女であるアスカとこうして喫茶店に入るなど、男であった頃ならさぞうらやましい事であったろうし、世の男共もおおよそ同意するところであろうが、残念ながら僕は今女なのであり端から見れば女の子二人が仲良く道草食っている図でしかないのだった。

「ほら、また膝が開いてる。気をつけなさいよね」
「あ、ご、ごめん」

指摘された通りにスカートの下の僕の足は開き気味で、それで慌てて姿勢を直す。
自分が女の子になったのだと言う事自体にはずいぶんと慣れたけれど、こういう部分はまだ男として生きてきた1/20以下の期間しか女の子でないにわかである、ふとした弾みに地が出てしまうのだった。
アスカは僕の事をその手の事がてんでだめな子であると認識したらしく、ことあるごとに僕の行動や仕草を修正してくる。
わざわざとなりに座っているのもそのためで、出来の悪い妹かなにかのような扱いだ。
「男に見下されるようじゃだめ」とは彼女の言葉で、アスカからの日々の特訓の成果か徐々にそれらしく振る舞えるようになってきたが、アスカのような美人にこうくっつかれていると周りの目が嫌でも集まってしまう。
今だって新しく入ってきた男子生徒が何やら顔を赤らめてこっちを見ているし、他のテーブルからも視線を感じる。
彼女はわかってやっているのだろうか?
僕自身はそういう視線は苦手で、できれば解放されたいと思うのだけれど、そんなことを強く言う事もできず、結局はため息をつくしか無いのだった。

周囲の好奇の目を鬱陶しく感じながら、よい香りをさせているコーヒーを啜る。
そうしていると、しばらく静かにしていたアスカが、一言。

「そーしていると、なかなかかわいいんだけどなあ」
「な、なんだよ、それ?」

かわいい、と言われて狼狽えて、自分の今の状態を確認する。
別に何かしてるという事は無い。
ただ、コーヒーをゆっくりと味わっていただけなのだが。
こういう仕草がかわいいものなのだろうか。
そういえば男の頃より力が落ちたためか、自然とこういうものを両手で持つようになっていた。
男と女の動きの違いというのはそんなところからくるものもあるのかもしれない。

「あんた素材はいいのにどうにもイモっぽいんだから」
「アスカに言われてもなあ。それに、そんなたいしたものじゃないよ、僕は」
「何言ってんの。もう少し着飾って軽く化粧でもすれば、振り向かない男はいないってくらいになるわよ」
「嫌だよそんなの。それに、みんなが見るのはアスカといるからでしょ?」
「未だに自覚無い訳?」

自覚?
いや、わかってはいる。
注目の目がアスカだけを見てる訳じゃないという事くらい。
少なくとも、自分が不細工ではなかろうという事くらいも。
だけど未だに僕は、自分が見られているという事実を認めたくなかった。
だってそれはつまり、自分が男性から恋愛だとか、もっと性的なものの対象としてみられているということだ。
かつて自分が男性であった時、そういう目で見ていたのと同じように。
性的な感覚は男の頃のものを引きずったままで、僕は男性を恋愛対象だとかに見る事はできなかった。
代わりに感じるのは男だった自分が想像する男共の視線。
かわいい、きれい、さわりたい。
そんな子を想像の中で脱がしてみる、酷い妄想。
女の子らしくあろうとしないのも、半ば意識的にそう見られるのを避けているからだ。
健全な男子だった思考のために、僕は今軽い男性不振に陥っているのかもしれなかった。

同じ制服姿なのに、やはり華やかに見えるアスカ。
男としての実感なんてものを持つはずも無い彼女の能天気な笑顔を見ていると、またため息が出てしまった。

――男の子と付き合うなんて、僕には絶対できないな。

「え、なんかいった?」
「なんでもない」

耳聡い彼女から不意と顔をそらして、そう言う。
本当に未だ、女の子というのは理解できない生き物なのだ。
尤も、こんな事を考えるくらいには僕も女の子をやってるのかもしれないけど、ね。



全く持って、女性というのは不可解な存在だ。
そちら側になってしまっても、大きな隔たりを感じるのは気のせいだろうか。

「シンちゃーん、おかわりおねがーい」
「あ、私の分残しときなさいよね」
「はいはい、ちょっとまってね」

夕食時の、いつものやり取り。
作っているのはたいてい僕で、そうでないなら出来合のものか、出前を取っている。
ミサトさんによる殺人級の物体を口にして以来僕が料理するようになり、それはアスカが来てからも続いていた。
アスカもほとんど料理はした事がないらしいので、結局僕が専門でやっているのだ。
料理を作る事自体は嫌いじゃないし、二人がおいしそうに食べているのはうれしい事だった。

しかし二人の食欲はものすごい。
僕は元々そう食べる方じゃなかったけど、女になってから更に食が細くなったというのに。
少なめの僕の分を基準にしてしまったら、彼女達は二人前くらい平らげているんじゃないだろうか。
それであの体型を維持できているのは奇跡という他無い。
あ、いや、ミサトさんは何か服が入らなくて唸っていたが、自業自得というものだろう。
ダイエットなどという言葉が欠片も見つからない二人の食欲に少々呆れながら、心持ち減らし目でおかわりを椀に盛る。
それに待ってましたとばかりに飛びつく二人。
見る見るうちに減っていく料理。
しかしまあ、こう喜んでもらえると作った人間としては悪い気はしないのだ。

――明日は、何作ってあげようかな。

ほとんど平らげられた皿を片付けながら、我知らず表情を緩めつつ、そんな事を考えていたりするのだった。

また、おいしく食べてもらえるといいのだけれど。



全く持って、女性というのは不可解な存在だ。
それは単に僕がいろいろと下手なだけかもしれないけれど。

「シンジー、お風呂空いたわよ」
「アスカあ、わかったからバスタオルでうろつくのやめてよ」
「いーじゃない、男がいる訳でもないしさ」

ここに元男がいます、と言えるはずも無く。
バスタオル一枚を巻いたまま、ジュースを冷蔵庫から取り出しぐびぐびとやってるアスカ。
ここ葛城家はモラルというものが絶賛崩壊中であるらしい。
家の外ではとやかく言う割に、家の中ではアスカもミサトさんもこの調子で、掃除も片付けもなってないし洗濯物も脱ぎっぱなしという有様。
例えば今の状態で誰か訪ねてきたりしたらどうするつもりなのだろう、とたまに思うのだけど、きっと僕が応対している間にばっちり整えて出てくるだけだろう。
要は自分がていよく使われているのだと思うと、やはりため息が出そうになる。

向こうでは僕の言った事などおかまいなく、そのままの格好でソファでくつろいでいるアスカの姿がある。
一応隠れていると言っても、服とは違ってその下には何も無い事がわかっているというのはどうにもドキドキするもので、軽く止めただけの外れやすい状態で足など組もうものならただでさえ危うい姿勢からはらりとタオルが外れやしないかと思ってしまう。
悲しいかな、男としての性欲もシンボルも無くなってしまっているからおもわずモッコリなどという事態にはならないけれど、意識を引きずっている身としては興奮するなと言われても難しい。
結局目のやり場に困ってなんとか別の事に集中したり、部屋に戻ってしまう事になるのだった。
そしてこの後、今度はミサトさんが素っ裸で出てきたりという日常が続いているのだが、同じ愚痴の繰り返しになってしまうのでおいておこう。

とにかく彼女達を見ていると、女が家庭を守る、なんて考えが古い、というより、非常に危険に感じられてしまう。
そのおかげで僕自身の花嫁修業はばっちりなんてのも、ちょっと笑えないのだけれど。



全く持って、女性というのは不可解な存在だ。
今日も朝からアスカの身嗜み指導がびしびしと飛んでくる。
朝食の支度もして、その上に延々とこんな事をやっていると何かもう朝から疲れた気分になっていい加減辟易しているのだけど、アスカは少なくとも僕が女の子らしくなるまではやめるつもりは無いらしい。
おかげでやっぱり学校は遅刻寸前で、息を切らしながら教室に駆け込む事になる。

「おっはよー!」
「おはよう、アスカ、またぎりぎりよ?」

一足早く飛び込んだアスカが元気に挨拶すると、そこに委員長であるヒカリの少し不満そうな挨拶が返ってくる。
そこで僕も一息ついて、一言挨拶を。

「おはよう、みんな」

こちらに向けられた視線に向かって、軽く微笑みながら。