或いは何処にでも有り得た物語


クリスマス明けの土曜日。
ようやくのお昼、午前中だけの授業が終わって、放課後だ。
朝から持ち込んでいた荷物のせいで、授業中はいつもより落ち着かなかった。
みんなが帰り支度をする中で、僕はトウジを待っていた。

「碇さん、またあの二人を待ってるの?」
「あ、洞木さん」

委員長とあだ名される世話焼きな彼女。
未だにどうしても女子生徒と会話するのが億劫なのだけれど、そんな中で彼女は数少ない気負わずに話ができる相手の一人だった。
あの二人、とは鈴原トウジと相田ケンスケのことだろう。
女子の中にはあの2人と連んでいる事をよく思わない人もいるみたいだし、そちら側の立場に居る身としては彼女達の主張が分からないではない程度にバカな事ばかりしている2人だったけど、それ以上に彼等は僕にとって良い友人だった。
……たまに下世話な視線で見られていると感じた時はぶん殴ってやろうかと思うけど。
それでも吐き気を催さない程度には彼等に心を許していた。

「2人って言うか、今日はトウジの方をね」
「あ、もしかしてその荷物、プレゼント?」
「うん、あいつの誕生日にね。洞木さんも知ってたんだ」
「う、うん。前、言ってたから……」

トウジの誕生日は12月26日、つまり今日だった。
クリスマスという一大行事が必ず前にいて、後ろにはお正月という大物が控えている、そんなタイミングに生まれれば、誕生日のお祝いという個人的なイベントは埋もれてしまう物らしい。

「クリスマスの次の日やろ、いっつも一緒くたにされてもうてな。大体クリスマスケーキにわしの歳の数ロウソクたてて、それで仕舞いや」

この前、そうつまらなさそうに言っていた。
ならばと、こうしてわざわざプレゼントでも贈ってやることにしたのだ。

「まあ、普段からの友情に感謝と嫌がらせを兼ねて、ね」
「嫌がらせ?」
「そ、連日のケーキで胸焼けでもさせようかってね」

なおざりとはいえ、一応は祝ってもらっているであろう辺りに少々嫉妬心もあると自覚しているが、これ位の事は許されるだろう。
甘さも抑え目で作ってあるのだし。

「なにしてんの、そろそろ行かないと遅れるわよ」
「え、もうそんな時間?」

いきなり教室の入り口から飛び込んで来たアスカの声に反応する。
午後に空き時間のあるこんな日は、大抵ネルフでの用事が待っていた。
今日は起動実験の予定だった。
学校では遅れても怒られるだけで済むけれど、実験の為に準備している人達を待たせる訳にもいかない。
そこでは僕達の立場は中学生ではなく、エヴァンゲリオンのパイロットだった。

「じゃ、仕方ないか。洞木さん、悪いんだけどこれ、トウジに渡しといてもらえる?」

そう言うと、彼女は一瞬きょとんとした顔でこちらを見た。

「え、あ、でも、う、うん、いいよ?」
「本当にゴメンね、余計な時間使わせちゃう事になるしさ」
「ううん、そんなこと、ないわよ」
「じゃ、お願い。ホントにゴメンねー」

アスカの急かす声に負けて、ケーキの入った箱を押し付ける様にして洞木さんに渡すと、小走りで教室を出ながら彼女にお願いして。
そのまま僕達は慌しく学校からネルフヘ向かった。



「急がせちゃって言うのも何だけどさ。いいの?ヒカリにまかせてさ」

先ほどのことが再び話題に上ったのは、ジオフロント行きの急行電車に何とか間に合いそうだと、急いでいた足を少し緩めた時だった。

「どうして?」
「どうしてって、そりゃあ……」

質問を質問で返すと、アスカはそこで言葉を濁した。
察しろ、と言う事だろうか。

彼女の言いたい事がわからない訳じゃない。
この僕でも気がつくほど、洞木さんは一生懸命トウジに恋をしているのだから。
そんな彼女に、仮にも女の子である僕がトウジへのプレゼントを託すのは、あまり気のよい物では無いだろうと言う事くらいは、わからないでも無いのだ。

「大丈夫だよ。洞木さん、真面目だし、ちゃんと渡してくれると思う」
「その点まで心配してる訳じゃ無いけど、でもさ」
「僕とトウジはさ、友達なんだ。それ以上でも、以下でも、ないよ」

念を推すようにアスカの言葉を遮る。
僕達が彼女の思う様な関係になることなど有り得ないのだと、そう言いたくなる。
端から見れば自然な解釈の様に見えても、僕にとっては不自然極まりない事なのだから。
事情を知っている人なら、分かってくれる筈だし、理由を説明すればアスカも納得してくれるだろうと思う。
尤も、今更説明できる様な事じゃない。
今の関係が壊れる位なら、誤解されても曖昧なままでいるしか無いのだった。

「まったく、クリスマスの夜にあんなに気合入れて作ってたくせに、説得力ないわよ?」
「あれは、あげるなら良いものにしたかったし……」
「ハイハイ、そう言う事にしといてあげるから」
「はあ、もういいよ……」

こうやって毎度の如く茶化されるせいで、変に意識してしまったりしてあまり喜べる状況じゃ無かったけれど、諦めるしかない。
強く否定すればそれだけ混ぜっ返されるだけなのだし。

「僕はただ、せっかく誕生日をお祝いしてくれる家族がいるならさ、ちょっとだけでも、役に立つかなって思って」
「なによそれ。あのバカの不平を間に受けた訳?」
「だって、クリスマスについでだなんて、やっぱりなにか寂しいと思う」

それは共感と言うよりも僕個人の勝手な考えだ。
物心ついた頃から、僕は先生のところに預けられて育った。
衣食に困ると言う事は無かったけど、そこでは僕は厄介物扱いで有り、どれだけ長く暮らしていても所詮余所者でしか無かった。
僕が突然消えたとしても、他の人々はなにも変わらず日々を送るだろうと容易に想像出来る、無関心と言うような意識を向けられ続ける生活の中で、僕自身も無関心を装う様になっていった。
いつの間にか嬉しい事、悲しい事、どんな事でも大抵は他人事で、どうでも良いと思えていた。
そう思う事で自分を納得させてきた。

でも、本当は違う。
はっきりと友達と言える間柄の人間が出来て、彼等の喜び、悲しみを共有して、それらがあたかも自分自身の感情のように思えて、彼等の笑顔が心地良くて。
せめて、自分の近くにいる人にくらい、喜んでいて欲しいと、何か良い事を感じて貰いたいと、そう思う様になった。

「だからさ、僕に出来る事くらい、やっておきたいなって」
「お人好しなんだから、浮かれちゃってさ。ま、いいわ」

そろそろ僕を弄るのも飽きたのか、と思えば、そう言う訳では無いらしく。

「どうせだから、お返しはきっちりみっちり貰いなさいよ」

けろりとそんな事を言ってのけた。

「お返しって、そんなつもりじゃ無いってば」
「あんた馬鹿?お人好しにも程ってもんがあるわよ」
「なんだよ、その言い方は無いだろ」
「やっぱ馬鹿なのね、馬鹿なんだわ、貰ったら返す、あげたら貰う、相互自助は社会の基本よ?大体ねえ、あげるだけあげて自分は満足ー、なんて、貰った方はどうしろって言うのよ。貰いっぱなしで満足出来るのは相手がどうでもいいって事。友達だったらね、お返し位は期待しなくても当たり前のものだって。そもそもあんたは女子で、あの馬鹿は男子なのよ?女の子から貰うだけ貰ってはいお仕舞いなんて常識的に有り得ないわ。もしぞうなったらあいつは馬鹿からカスに降格ね」

よほど僕の答えが気にいらなかったらしい。
矢継ぎ早に捲し立てられて、何も言う事が出来なかった。
ようやく一息ついたかと思うと、アスカがさらに続ける。

「それにさ、あんただって貰ったら何かしてあげたいって、そう思うでしょ。鈴原だって同じよ。そういう気持ち、無碍にするものじゃ無い」
「……うん、そうだね」

少しトーンの変わった言葉に、僕はようやく相槌を打つ事が出来た。
言い方はともかく、彼女の言い分は筋が通っていると思えたからだ。

「そっか、結局僕は、ただ自己満足の事しか考えて無かったんだ」

友達というのがあまりに大切で、どこかで失ってしまうのが怖くて、嫌われない様にとばかり考えて、それ以外の基準を見失いかけていたのだ。
僕にとってトウジが友達である様に、トウジにとっても僕は友達である筈だったのに。

「ちょっと、なにしんみりしてんの?そんな深く悩む事じゃないでしょ」
「でも、どうすればいいか、分かんないから」
「分かんないならさ、相手にも同じ事してもらえばいいのよ」
「同じこと?」
「そ、あんたの誕生会とかね」

ああ、そうか。
目から鱗が落ちるとはこういう時に使う言葉だったろうか。

ふと見れば、また随分とアスカが変な物でも見る様な目をしていた。
なにやら表情に出てしまっていたらしい。

「いや、なんて言うか、自分の誕生日をお祝いって、無かったから、ね」
「何?もしかして今まで一度も?」
「どうなんだろ。少なくとも記憶には残ってない」
「寂しい人生送ってるのねえ」

意識しなければ、定義しなければ、それでも辛くは無かったのだけれど。
小学生の頃、クラスの他の子が誕生日プレゼントに貰ったと自慢していた玩具を見て、羨ましく無かったかと言えば、そう言った気持ちに強引に蓋をしていただけだったのだろう。
諦めれば、悲しくもない。
けれど、寂しい。

「まあ、それならなおのこと、盛大にお祝いしなくちゃね。ほら、私も、お返ししなきゃだし」
「え、なんで」
「だってほら、こないだ私の誕生日の時もケーキ作ってくれたし、その分のお礼まだして無かったしさ」

そう言う彼女を見つめると、めずらしく向こうから視線をそらされた。
ふっと口元が緩む。
いつも強気なアスカが、いやアスカだからこそ言い出し辛かったこと、そんなことがひょんな切っ掛けで切り出せたと言う訳だった。

「ふん、何よ、ジロジロ見て」
「人の目を見て話せっていつも言ってるくせに」
「五月蝿い!大体そのにやけ面が気にいらないのよ!」
「え、僕にやけてた?」
「そーよ、こう、いう、の、を!にやけ面っていう、のよっ」

アスカの両の手が左右から伸びてきて、僕の頬がよい様に変形させられていた。
そう多くもないだろう頬の肉が引っ張られて、存外に痛い。
照れ隠しにしては少々酷いと、目で抗議。

「ふん、浮かれるんじゃないの。それより、いつな訳?」
「痛つつ、何って?」
「だから、誕生日よ。いつなの?」
「ああ……ええと、六月の、六日だよ」

そう言えば、そもそもこの日を他の人に教えるなんてこと、無かった。
書類で何度も書かされる、ただその日が来ると年齢の数字が一つ上がるだけの日。
そんなどうでもよいものだった筈なのに。

「六月う?何よ、まだ半年先じゃないの!」
「ご、ごめん」
「いや謝られても困るけどね。ま、いいわ、準備期間は十分あるってことで」
「忘れちゃったりして?」
「大丈夫よ。帰ったらカレンダーにしっかり記しつけとくから」

アスカの指がグリグリと空中に丸印を描く。
その姿を何枚か捲ったカレンダーの、僕の誕生日を表す部分に重ねる。

その日になったら、きっとリビングに皆が集まっているのだ。
アスカと、トウジとケンスケと、なんだかんだといいながら委員長も一緒に訪ねて来るだろう。
友達の前ではいつもきりりとした格好を見せているミサトさんも、お酒がたっぷり入る頃には普段のだらしない姿を晒しているに違いない。
綾波は、彼女は呼べば来てくれるだろうか。
来てくれても端の方で黙々としているだけなんてことが無ければ良いけれど。
父さんは……きっと駄目だろうな、そう思う。
けれどもし来てくれたら、そんな想像で、今夢想している光景に加えて見たら、相変わらずの仏頂面で一歩離れて立ったままバースデーケーキを見下ろしている、なんて笑うしかない絵が出来上がった。

自分の想像に苦笑しつつ、一応の希望的観測もしておく。
まだ、半年近く先の事だ、今の状況をそのまま当てはめたこんな光景になるとは限らないじゃないか。
綾波は、もしかしたら普通に笑ってくれる様になるかもしれない。
トウジと委員長の仲はもしかしたらもっと進展しているかもしれない。
父さんだって、もしかしたら、もしかしたらもう少し歩み寄ってくれるかもしれない。歩み寄れるかもしれない。
そう、まだ大分先の話だ。
どうなっているかなど、わからない。

「ちょっと、立ち止まってるほど時間無いわよ、ただでさえ遅く出てるんだから」
「あ、ゴメン、このままじゃ遅刻する?」
「次の電車に乗れなかったらアウトね。走るわよ」

そう言うなり駆け出した彼女を慌て追いかける。

「ん、ちょっと待ってよ、いきなり……」
「駄目よ、あんたはともかく私は次遅れたらリツコに何されるかわかんないんだから!」

きっと間に合うとは思うのだけど。
いつもより心なし速いアスカの足に、遅れまいと必死に走る。
前をいくアスカ、引っ張られるように追いかける僕。
アスカとは、きっと誕生日までこんな関係なんだろうな、などと思いながら。
僕たち二人は、ジオフロント行きのプラットフォームへ駆け込んだ。
到着を告げるアナウンスが、同時に始まっていた。