或いは何処にでも有り得た物語


週に何度かある、蒸し暑い夜。
二段ベッドの上でドサリとわざとらしい寝返りの音がした。
それを聞いて、殆どはだけた掛け布団を追いやると、僕も気怠いままに立ち上がる。
もうほとんど暗黙の了解の様なもの。
夜中まで消える事の無い暑さ、それに全くの無風でいつまでたっても動こうとしない部屋の空気。
そんなものに二人して根負けしたのだ。
エアコンのスイッチを押してから、全開だった窓を締める。
周囲の山々から響いていた騒々しい虫の音が遠退いて、部屋の中に静寂が訪れた。

完全に停滞した部屋の空気。
コンプレッサーが静かな唸りをあげてエアコンが動き始める僅かな間の、ほんの僅かな時間が不快で、不安だった。
吹き出し口から吐き出される生温い風が冷たいものに変わったのを確認。
ため息をひとつついてから、僕はまた自分の寝床に戻った。

部屋の空気は少し過ごしやすくなったけれど、先程までの不快感からすぐには寝付けない。
エアコンが効いてくると今度はあっという間に涼しいを通り越して、肌寒さに傍で潰れていた布団を敷き直しつつもう一度潜り込む。
それでも寝汗がすっかり冷え切ったらしく、嫌な冷たさが体の内に入り込んでくる。
思わず身震いして、鳥肌のたった両腕を抱え込む様に丸まった。

そうしていると布団の外から聞こえたベッドの軋む音。
それもまた、ある意味ここの所のお約束ごとみたいなものだ。
不自然すぎない程度に、体を壁側に近づけるように、外に背を向けて横向きになる。
しばらくすると、静かに上のベッドから降りたアスカがそうっと僕のベッドの中に入ってきた。

「ねえ、まだ起きてる?」
「……うん」

僕の開けたスペースに入り込んだアスカの問いかけに、小さく頷いた。
それ以上お互い何かいうわけでもない。
ただ、また隣でうごく気配がして。
背中に、彼女の背中が触れた。

薄地のパジャマ越しに感じる彼女の熱。
触れた所から確かに伝わってくる鼓動。
僅かに漂う僕以外の人の香り、時折静かに聞こえる呼吸。

トクンとひとつ、僕の心音が跳ね上がる。
やっぱりこういう状況にはそんな簡単に慣れる事など出来なかった。
女の子と添い寝などと言う状況になど。
でも。

人の持つ温もりは、静かな音色は、柔らかな香りは、どれも心地よかった。
機械的な冷たい空気よりも、外から遮断された嫌な静けさよりも、自分自身の不快な寝汗よりも、遥かに安心出来るものだった。

だから僕は彼女が入ってくるのを拒めなかった。
そしてまた、アスカもきっと、こうしてしまうのをやめられないのだ。

ふと、自分の全身が弛緩するのを感じた。
他人と触れ合う緊張感が消え失せて、体が安心しきってしまった、そんな瞬間。
閉じようと努力していたはずの瞼が開けられなくなった。

「……アスカ」

意識がまだ残っているうちに、小さくつぶやく。
返事はない。
けど、合わさったままの彼女の背中が、微かに強張ったのが分かる。
その硬さが解れた時、もう一言。

「おやすみ」

訪れた微睡みの中、アスカからの返事を聞いた気がしたけど。
僕はもう、柔らかな闇の中に意識を落としていた。