第拾壱話
マグマダイバー


「くそっ!」
ケンスケは独房で壁を蹴りつけていた。

今度こそ上手く行くはずだった。
エリを使ってレイを誘き出し、自分の物にしてやろうと画策していたのである。

それがたった一晩の妄想で終った。

(何だ?何が失敗したんだ?)
ケンスケは必死に考える。

独房では何もする事がない。
考える時間だけは充分にあるのだ。
本来は反省する時間なのだが、ケンスケはエヴァのパイロットになった事で、自分の思い通りの結果に導けるはずだと信じて疑わない。

(何故ばれた?)

エリがヒカリに話したのは誤算だった。
絶対喋るな、喋れば写真をばらまくと脅しておいたのだ。

(それよりも証拠を押収されたのが早すぎる・・・碇か?)

ケンスケはそこで逃げ出す際に携帯を取り出していたシンジを思い出す。

(くそっやっぱりアイツのせいで俺の計画が・・・)

独りよがりの責任転換でシンジを逆恨みするケンスケ。

(くそっ!乗るエヴァも無いくせに!)

ケンスケはもう一度壁を蹴った。



「碇、どうした?」
司令室では、苛々している様に見えるゲンドウに冬月が話しかけた。

そこに直通回線の電話が鳴り響く。

「・・・なんだ」
受話器を取り、横柄に応対するゲンドウ。

「・・・何?解った始末しておけ」
電話を切りいつものポーズに戻るゲンドウ。

「どうした?」
「・・・諜報部の人間が消えた」

「何だと?!どこの組織だ?」
「・・・シンジだ」

「何?」
「・・・シンジに向かわせた人間が消え残っていたのは衣服だけだったそうだ」

「碇、何を考えている?」
「・・・シンジが居なくなればレイは俺に縋る」

「その諜報部員を消したのはレイでは無いのか?」
「・・・ふっシンジにレイの秘密を話す」

「なっ!それはシンジ君には耐えられないだろうな」
「・・・問題ない」

未だこの二人はシンジを普通の中学生だと思っているようだ。
つまりシンジを消しに行かせてもレイに阻止される。
ならば、シンジ自らレイから離れる様に仕向けようと言うのだ。

ニヤリと笑うゲンドウ。

そこに直通回線が再び鳴り響いた。

「・・・なんだ」

「・・・解った。委員会に承認を仰ぐ」

「今度は何だ?」
「・・・赤木博士だ。葛城一尉がA-17の発令を要請してきた」

「何?!こちらから打って出ると言うのか?」
「・・・使徒は殲滅に移行する。その前に徴発する」

「しかし、それでは・・・」
「・・・冬月先生もぼやいておられたではないですか。予算が足りないと」
再びニヤリと笑うゲンドウ。

冬月も納得しない物の、確かに予算ぐりが苦しい事は否めなかった。



今回、修学旅行の話しは流れている。
学校もそれ所では無かったためだ。

「どうしてこいつがここに居るのよ!」
ブリーフィングルームでアスカはケンスケを指さし喚いていた。

「彼はエヴァに乗れる数少ないパイロットなの。今回の作戦にも参加して貰うわ」
「はん!碌な動きも出来なっかったくせに役に立つの?!」

「今回は使徒の捕獲作戦よ。緩慢な動きでも役に立つわ」
ケンスケは黙って聞いていた。

ここに来る前にミサトが独房へケンスケを連れにやって来たのだ。


「ケンスケ君、このままだとエヴァを下ろされるわ」
「えっ?そんなぁミサトさんなんとかして下さいよぉ」
ケンスケはミサトに甘える様に縋る。

ミサトがこう言う態度に出られるのを弱い事を知っているのだ。

「これから使徒捕獲作戦があるわ。それで頑張れば、貴方をここから出して上げる事も出来ると思う」
「が、頑張ります!」

「そう、じゃぁアスカも居るけど、いざこざを起こさないでね」


ケンスケはその言葉を思い出し、耐えていたのだ。

(今は我慢して、なんとか外に出ないと何も出来ない・・・)

そんなケンスケはリツコの説明も聞いていなかった。

「それで、担当だけど・・・」
「僕が遣ります!」
ケンスケがすかさず手を上げる。

シンクロ率10%代のケンスケにキャッチャーが上手く操れるか甚だ疑問であったが、ミサトがどうしてもと言って来たのだ。
ミサトとしてはここでケンスケの名誉を挽回させ、徐々にでも普通の暮らしに戻させたかったのだ。

リツコもそう言う思いやりは嫌いでは無かった。
そこで、本人が希望するならと言う条件で承諾したのだが、ケンスケの余りのやる気に少し後悔していた。

そして、ケンスケはこの時リツコの説明をしっかり聞いていなかった事を後悔する事になる。



浅間山の山頂付近の待機所で、ケンスケとアスカは四号機と弐号機にそれぞれ乗り込んでいた。
ケンスケの四号機がD型装備である。

D型装備で潜水夫の様な恰好の四号機。
そして、D型装備用のプラグスーツで丸々と達磨のようなケンスケ。

「ぷっはっはっは、あんたにお似合いの恰好だわ!」
アスカはケンスケの恰好と四号機の恰好を見て笑い転げていた。

「何?あれは」
上空を飛んでいる飛行機を見つけたアスカがリツコに聞いた。

作戦遂行中に上空に飛行機が飛んでいると言う事は、今までには無い事だ。

『UNの空軍が空中待機してるのよ』
『この作戦が終わるまでね』

「手伝ってくれるの?」

期待を込めて、明るい声でアスカが聞く。

『いえ、後始末よ』
『わたし達が失敗した時のね』

「どういうこと?」

『使徒をN2爆雷で熱処理するのよ、わたし達ごとね』

「酷い!誰がそんな命令出すのよ!」

『碇司令よ』
ミサトは端的に答えた。



静かに火口に下ろされる四号機。
ケンスケは黙ってマグマに潜って行った。

「限界深度オーバー」
「ケンスケ君、どう?」

『熱いですよぉミサトさぁん』

「我慢なさい、男の子でしょ!近くに良い温泉があるわ、終ったら連れて行ってあげるわ」

『了解!』
ケンスケは温泉と聞いて嬉々とする。

当然、その頭に浮かんでいるのは不謹慎な考えだ。

ビシッ!

耐熱装備が軋み始め足に巻いて装備していたプログナイフが脱落してマグマの底へと消えて行く。

「エヴァ四号機、プログナイフ、消失」

「限界深度プラス200」
「葛城さん、もうこれ以上は!今度は人が乗っているんですよ!」

「この作戦の責任者は私です。続けて下さい」
前を向いたままミサトが呟く。

『居ました!』
ケンスケからの通信が響く。

「お互い対流に流されているから、接触のチャンスは一度しかないわよ」
リツコは、急いで計算させた接触ポイントを指示する。

「目標接触まであと30」

「電磁柵展開、問題無し。目標、捕獲しました」

それは使徒が態と柵に入るようにして捕まった。
ぼやけた映像ではその事は見て取れず、安堵の息が広がる。

使徒のサナギを捕獲した四号機は、冷却パイプに引き上げられるように浮上を開始した。

しかし、リツコの眼はモニターから離れる事はなかった。
シンジから聞いていたのだ。

それでなくても高温高圧から一気に圧力が減少する。
羽化の計算時間はあてにならなかった。

ビーーーッ!

突然、仮設の発令所内に警報音が鳴り響いた。

「まずいわ、羽化を始めたのよ!計算より早過ぎるわ」
すかさずリツコがミサトに捕獲中止を促す。

「捕獲中止、キャッチャーを破棄。作戦変更、使徒殲滅を最優先!」
ミサトが声高々に作戦変更を伝える。

その瞬間、ケンスケはキャッチャーそのものから手を離した。

「馬鹿!なんで武器を離すの!」
ミサトの叫び。

それはナオコとリツコで作成されたキャッチャー型の槍だったのである。
発令所からの操作でキャッチャー部を破棄すると、その持っている所が内蔵している液体窒素を噴出する槍となる物だったのである。

噴出された液体窒素は急激に気化し、使徒を冷却するはずだった。

作戦説明の時にリツコはその説明を行っていた。
その説明をケンスケは聞いていなかったのである。
聞いていたからと言って、離さないかと言えばそれは定かではない。

『そ、そんぬぁ〜ミサトさん!どうすれば良いんですか?!』

そこに使徒が突っ込んでくる。

『バラスト放出しなさい!』
アスカが叫んだ。

何のことか解らずオロオロするケンスケ。
発令所からの操作でバラストが放出され、急に浮き上がった四号機はなんとか使徒の衝突を避ける事が出来た。

『ミサトさん!どうすれば良いんですか?!』
喚き続けるケンスケ

四号機は手足をバタバタさせている。

「落ち着きなさい!暴れると冷却パイプが切れるわよ!」
パニックに陥ってるケンスケにリツコが落ち着かせようと叱責するも無意味だった。

『うわぁぁぁ〜来るぅ〜〜〜〜!』

ケンスケは手足をバタバタさせているが、使徒はお構いなしに突っ込んできた。

『相田!冷却パイプを引きちぎって使徒の口に突っ込みなさい!』
アスカは的確な判断で指示を出した。

『そんな事したら、俺が落ちるじゃないかぁ〜』
『そのままだと使徒に食われるわよ!』

しかし、ケンスケは自分の命綱を引きちぎる事は出来なかった。

「ケンスケ君!アスカの言う通りにしなさい!」
ミサトもアスカの判断を正しいと認めた。

元々作戦時に熱膨張の話しを聞いていたのだ。

『うわぁぁぁぁ〜っ!』

「四号機、使徒に喰われます!」
「ケンスケ君!」

モニターがジャミングが掛かった様に何も映さなくなる。

『ぎゃぁぁ〜っ!』

断末魔とも取れるケンスケの叫び声の後、地響きが起こった。

『くっ!ATフィールド全開!』
アスカは正しく判断した。

使徒に喰われた四号機が爆発したのだ。

ATフィールドにより仮設発令所を護るアスカ。
火口から溶岩が噴出して行く。

「パ、パターン青消滅!使徒消滅しました!」
シゲルの報告にガックリと膝を付き項垂れるミサト。

「今回は貴女だけのせいじゃないわ」
リツコもミサトの肩に手をやり慰めた。

溶岩の中で爆発した四号機。
例えエントリープラグが射出されていても生存は壊滅的に期待できない。

エヴァを失うのは初めてでは無いが、それでもチルドレンを失うのは初めてだ。
流石のミサトも泪していた。



浅間山で作戦が行われている最中、シンジはゲンドウに呼び出されていた。

薄暗い司令室で対峙するゲンドウとシンジ。
ゲンドウの横には冬月が、シンジの横にはレイとナオコが居た。

長い沈黙の後、ゲンドウが口を開く。

「・・・シンジ、レイは人間では無い」
余りに単刀直入である。

「ゲンドウさん・・・」
ナオコも余りの発言に耳を疑った。

黙っているシンジに、ショックを受けていると勘違いしたゲンドウは追い打ちを掛ける。

「・・・それでもお前はレイと共に居るのか」

「父さん、それが何か意味があるの?人じゃないと言う意味じゃ父さんなんか外道じゃないか」
「何だと?!貴様!」

ゲンドウが怒りを露わにしたところでシンジが数十枚のNERVのIDカードを投げつける。

「これは・・・」
冬月が拾い上げ、それを見て驚愕した。

それは、シンジを襲った諜報部員の物だ。

「僕はその人達に拳銃を突きつけられたよ。どういう事?」
「・・・知らん」

ゲンドウは横を向く。
ナオコも開いた口が塞がらない。

「僕を殺せ無くって、今度は僕にレイの秘密を暴露して僕自身がレイから離れると思ったの?」

言い返せないゲンドウ。

「・・・レイ、お前は約束の時に無に帰る。お前はその為に存在するのだ」
「・・・嫌」
レイが絶対零度の視線でゲンドウを拒絶する。

「レイ!何故だ?!」
ゲンドウは自分の人形だと思っていたレイに離反され狼狽える。

「・・・私は私、貴方じゃないもの」
シンジの陰に隠れる様にしてはっきり拒絶するレイ。

「レイ!」

「ゲンドウさん、私もほとほと愛想が尽きました。シンジ君とレイを連れて私もNERVを退職しますわ」
「・・・それは許さん!」

「ナ、ナオコ君、ちょっと待ってくれないか、碇も気が動転していたんだ」
「冬月先生?今まで静観しておられて何を仰っているのですか?」

「なっ!碇!止めろ」
ゲンドウは拳銃を取り出しシンジ達に向けている。
冬月はそれを身体を張って止めた。

「ナオコ君、碇と相談するから今は待ってくれ」
「何時まで待てば宜しいのです?」

「使徒殲滅が終了するまでで良い」
「あら?使徒捕獲に向かったんじゃなかったのですか?」

ぐっと言葉に詰まる冬月。
ゲンドウはそんな事さえ気にならない程、シンジを睨付けていた。

対するシンジとレイは全くの無表情。

「と、兎に角、彼らが戻ってくるまでには結論を出しておく」
「解りましたわ。ご連絡をお待ちしています」

そう言うとナオコはシンジとレイを伴い司令室を後にする。



3人が去り、漸く拳銃を下ろしたゲンドウ。

「碇!何を考えているんだ!ここで彼女達を殺せば本末転倒だろ!」
「・・・シンジを殺せばレイは俺に縋る」

「レイが殺させないだろ!それに今後、事故で死んでもお前のせいだと考えるぞ!」
「・・・くっシンジめ」

「碇!何を焦っている?使徒はまだ来るのだぞ?」
「・・・シンジの乗るエヴァはもうありませんよ」

「違う!今、ナオコ君を敵に廻してしまったのだぞ?」
「・・・ふん!ばあさんも用済みだ」

「それでダミーシステムが完成するのか?」
「・・・赤木博士が居る」

「母親を殺されて娘が協力するはずがないだろ?!」
「・・・冬月先生、駒が差手の意志なく動いて将棋が成り立ちますか」

「馬鹿者!将棋の駒に意志があるか!彼女達はれっきとした意志を持つ人間だろ!」
「・・・施設の人間を人質にする」

「何を言っているんだ?碇、施設はチルドレン候補を確保しておくためにリツコ君が考えた苦肉の策だろ?どこが人質になるんだ?」
「・・・・・」

全く話しにならないゲンドウに冬月も愛想を尽かそうかと思い始めていた。



使徒殲滅の通知が流れ再びシンジ達は司令室に呼び出された。

「・・・シンジ、お前は今チルドレンを剥奪した。もう用は無い。どこにでも消え失せろ」
「それが結論ですか?」
ナオコもほとほと呆れた顔をする。

「あぁ、これでシンジ君は自由だ」
冬月も白々しく言ってのける。

「・・・爺さんは用済み」
「な、何故だレイ」
冬月が自分の事を言われたと思い狼狽えた。

「しかたないね、じゃぁ最後の親孝行で父さんを母さんの元に送ってあげるよ」
「・・・なんだと?」
ゲンドウがシンジを睨付ける。

シンジがゆっくりとゲンドウに近付く。
ゲンドウは机の下の拳銃に手を掛けた。

銃声が響く。
しかしシンジの前に現れた紅い壁が銃弾を阻んだ。

「レイ何故だ!」
「レイじゃないよ」

パシャン

ゲンドウの片腕が落ちる。

「ぐぉぉぉ」
二の腕から無くなった自分の腕を見上げゲンドウが叫ぶ。

「シンジ君、まさか・・・」
冬月が今までの所業がレイではなくシンジの仕業であったことを知った。

「母さんに宜しく」

パシャン

ゲンドウがLCLとなった。
そこに残った物はNERV司令の制服のみ。

「さて、冬月さん、貴方はどうします?母さんの元に行きますか?」
シンジの瞳に冬月は戦慄を覚えた。



施設ではケンスケの葬儀が行われている。
エリとの事は、殆どの人間が知っていた。

知らないのは幼い子供達だけである。

しかし、死人を冒涜するような事はしない。
葬儀は厳粛に行われ、2−Aの女の子達も泪を流していた。

嫌な奴でも、自分達を護るために死んだと聞かされれば泪は出る物だ。
実際は、独房から出るために作戦に参加し、自らの愚かさで自滅したと言っても、それは知られざる事実として葬られる。

アスカも死んだ人間を悪く言う気にはなれなかった。
内心では死んで当然と思っているが、それを表面に出す程、馬鹿ではなかったのだ。

トウジもチルドレンとして事の顛末は聞いていた。
その事はヒカリにも伝えている。
しかし、ヒカリにその事は他言しないようにと言われたのだった。

エリも泪している。
自分を襲った男でも、皆のために死んだと言う事なら、なんとなく許せるから不思議だ。
最後に自分に想いをぶつけたのだと美化する事が出来た。

屈折した行為であったのは、性格だろうと落ち着ける。

皆の献花が進む中、シンジとレイも献花を行った。

続いてトウジとヒカリ。

最後にアスカが行い、全員の献花が終ると棺が運び出される。

これは行事である。
棺の中に遺体はない。

棺にケンスケの写真を貼り、それで行われた葬儀であった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。
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