第拾四話
使徒、侵入


「あら母さんが端末を操作してるなんて珍しいわね」
「リっちゃんが施設に行ってる間に定期検診を終らせておこうと思ったのよ」
午前中の施設の仕事から帰ってきたリツコは、発令所で珍しくMAGIを操作しているナオコに言ったところ、そう言う解答が返って来た。

「ありがとう、でも私とマヤならすぐ終るわよ」
リツコがそう言った時には既にマヤがナオコの続きを引き継いで実施していた。

その的確で素早いキー操作をコーヒーを飲みながらナオコとリツコは見ている。

「流石、マヤちゃん、速いわね」
「それはもう先輩の直伝ですから!」
ナオコの言葉に、マヤは手を止めずに3次元ホログラフィモニターを見ながら答える。

ふっと微笑むナオコ。

「あっ、待って!そこA−8の方が速いわ。ちょっと貸して」
リツコがマヤの操作していたキーボードを片手で操作すると、先程の3倍もの速度で画面が次々とスクロールしていった。

「は、速い!」
改めてリツコの実力を思い知るマヤ。

「もぅリっちゃんたら」
その様子にナオコは更に顔を綻ばせるのだった。

ブザー音と共にスピーカーから金属質の音声が流れる。

『MAGI・システム、3機とも自己診断モードに入りました』

ディスプレイには「MELCHIOR-1」「BALTHASAR-2」「CASPER-3」の3機のMAGIの状態が表示されている。

暫くして『第127次定期検診、異常なし』という報告とともに作業は終了した。



「えぇ〜、また脱ぐのぉ?」
模擬体を使用した実験のモニタールームにアスカの叫声が響いている。

『ここから先は超クリーンルームですからね。シャワーを浴びて下着を換えるだけでは済まないのよ』
アスカの叫びにリツコは冷静に説明を行った。

「なんでオートパイロットの実験で、こんなことしなきゃいけないのよぉ〜〜〜!」
『時間はただ流れているだけじゃないわ。エヴァのテクノロジーも進歩しているのよ。新しいデータは常に必要なの』

「ほら、お望みの姿になったわよ、17回も垢を落とされてね」
ブツブツ言いながらも言われた通りにするアスカ。

基本的に命令には逆らえないのだ。
トウジが静かなのは、そんなアスカの姿を妄想して鼻の下を伸ばしているからだった。

『では2人共この部屋を抜けて、その姿のままエントリープラグに入って入ってちょうだい』

「えーーーー!」
リツコの無情な命令にアスカが悲鳴を上げた。

『大丈夫、映像モニターは切ってあるわ。プライバシーは保護してあるから』

「そう言う問題じゃ無いでしょ!気持ちの問題よ!」
そう、そう言う問題ではない。
同年代の男の子と一緒に裸なのである。

『このテストは、プラグスーツの補助無しに、直接肉体からハーモニクスを行うのが趣旨なのよ』
『アスカ、命令よ』
命令と言う言葉に弱い事が解っているミサトが追従する。

「もーー、絶対見ないでよ!」

『判ってるわよ』


『各パイロット、エントリー準備完了しました』
『テストスタート』
『テストスタートします。オートパイロット記憶開始。シミュレーションプラグを挿入』
『システムを模擬体と接続します』
『シミュレーションプラグ、MAGIの制御下に入ります』
『気分はどう?』

「何かちゃいまんなぁ」
「感覚がおかしいのよ。右腕だけはっきりして、後はぼやけた感じ」


『トウジ君、右手を動かすイメージを描いてみて』
「はい」
模擬体の右手が少し動いた。

『問題は無いようね。MAGIを通常に戻して』
リツコは試験の続行を告げた。



その頃発令所ではシゲルが、設備の異常を冬月に報告していた。

「3日前に搬入されたパーツです」
シゲルがモニターに該当箇所を表示しながら報告する。

「拡大するとシミのように見えますが何でしょう?」
「第八十七蛋白壁か」
モニターを見ているだけでは冬月にもよく解らない。

「侵食でしょう。温度と伝導率が若干変化しています」
マコトが今まであった事から推測を述べた。

「また、気泡が混じっていたのかもしれません。工期が60日近く圧縮されていますからね。ずさんですよB棟の工事は」
「無理ありませんよ。みんな疲れていますからね」
シゲルとマコトが思い思いの感想を交えて言った。

「明日までに処理しておけよ、ナオコ君に怒られるのは俺だ」
ため息を吐くと冬月は命じた。



「また水漏れ?」
「いえ、侵食だそうです。この上のタンパク壁です。今のところテストに支障はありませんが・・・」

「では続けて。このテストはおいそれとは中止にするわけにはいかないわ」

「了解。シンクロ位置正常」
「シミュレーションプラグを模擬体経由でエヴァ本体と接続します」
「エヴァ零号機、コンタクト確認」
「ATフィールド、出力2ヨクトで発生します」
直後に非常警報が鳴り響いた。

「どうしたの!」

『シグマユニット、Aフロアーに汚染警報発令』

「第八十七蛋白壁が劣化、発熱しています。第六パイプにも異常発生」
「蛋白壁の侵食部が増殖しています。爆発的スピードです」

「実験中止!第六パイプを緊急閉鎖!」

『ぎゃぁ〜〜〜〜っ!!』
リツコの実験中止の指示と同時にトウジの悲鳴が響いた。

「侵食部、さらに拡大!模擬体の下垂システムを、侵しています!」
「プラグの緊急射出!急いで!」

そしてアスカ達は地底湖に打ち出された。

「分析パターン青!間違いなく使徒よ!」
すばやく計測機器を確認したリツコから絶望的な言葉が漏れる。



「使徒の侵入を許したのか!?」
報告を受けた冬月は苦々しげに言い放った。

自分が明日までに処理しておけと命令した物が原因だとは全く気付いていない。

「あらあら、これは大変ね。取り敢ず警報を止めて頂戴」
ナオコがオペレーター達に、静かに穏やかに直接指示を出した。

「汚染区域は更に下降、シグマユニット全域へと広がっています」
「汚染はシグマユニットまでで押さえろ、ジオフロントは犠牲にしても構わん。エヴァは?」

「第七ケージにて待機、パイロットを回収ししだい発進できます」
「パイロットを待つ必要は無いわ。すぐ地上に射出して頂戴」
ナオコの不可思議な命令に冬月は目を向けた。

「しかし、エヴァ無しでは使徒を物理的には殲滅できません!」
「その前にエヴァを汚染されたら全て終わりよ。急いで頂戴」

「はっ、はい」
マコトは反論したものの、ナオコの言う事は正論であるため、慌てて返事をし、操作を再開した。

「それと、パイロット達を回収してあげて」
「はい」



「モニター室を破棄します。総員待避!」
ミサトの指示にオペレーターたちが急いで脱出していく。

その中を呆然と立ちつくすリツコ。

暴れ回る模擬体のため、さすがのモニター室の強化ガラスもひびが無数に入っている。

「何してるのよ!行くわよ」

全員の退去を確認したミサトがリツコの腕を掴む。
我に返ったリツコはミサトの後に続いた。

閉じた隔離扉に大量のLCLが鉄砲水のようにぶつかってきた。危ないところであった。



「LCLと純水の境目には入ってこないわね」
発令所に戻ったリツコはモニターに映る侵食の進行現象に疑問を持った。

「無菌状態維持のため、オゾンを噴出している所は汚染されていません」
「つまり、酸素に弱いって言う事?」

「違うわ」
ミサトの言葉にリツコは否定する。

「酸素とオゾンは同素体だけど全く性質は異なるのよ。オゾンを注入して!」
オゾンの注入を増やして、少しずつ侵食部分を減らしていく。

「効いてる効いてる」
シゲルも安心した声でつぶやいていた。

「周辺部は死滅してきたけど、模擬体に寄生した本体部分はしぶといわね」
ミサトが不満をもらす。

「もっとオゾンを増やせ!」
安直な冬月の指示が発令所に響きわたる。
今の所ナオコは静観していた。

かなり減少したところで減少が停滞する。

「・・・変ね」
状況を見ながらリツコが呟いた。

「汚染域、また拡大しています」
「ダメです。まるで効果が無くなりました」

「今度は、オゾンをどんどん吸っています」

(進化しているって言うの!?)

太古の昔、まだ生命が誕生したばかりの頃、その生命にとって酸素は猛毒だった。
しかし、少しずつ環境に合わせて進化した生命は、酸素を毒から必要不可欠な物として取り込むように進化し、爆発的な増殖を行った。

まるでそれをなぞるように使徒が進化している。
しかも、驚異的スピードで。

リツコは、背筋に悪寒を覚え反射的に命令する。

「オゾン止めて!」

慌ててバルブを閉める操作員。

突然、警報が響きわたった。

「どうしたの?」
「サブコンピュータがハッキングを受けています」
ミサトの喚きにマヤが答えた。

「侵入者不明」
「ちくしょう、こんなときに!」
マコトが叫ぶ。

口々に罵声が飛ぶ中、シゲル達はハッキングに対し防戦する。

「疑似エントリー展開します」
「疑似エントリー回避されました」

「逆探まで18秒」

「防壁を展開します」
「防壁を突破されました」

「これは人間業じゃないぞ!」
「逆探まで6秒」

「疑似エントリーをさらに展開します」
「逆探に成功!この施設内です」
「特定できました。大深度設備の模擬体です」

「何ですって!」

「模擬体の光学模様が変化しています。」
「光っている部分は電子回路だな、これではまるでコンピュータそのものだ」

ミサトが険しい表情のまま指示を飛ばす。

「疑似エントリーを展開して」
「失敗、妨害されました」

「メインケーブルを切断」
「だめです。受けつけません」

「レーザー打ち込んで」
「ATフィールド発生!効果ありません」

ミサトの対処策は次々と打ち破られていく。

「保安部のメインバンクにアクセスしています。パスワードを走査中」
「12桁、・・・16桁・・・パスワードクリア」
「保安部のメインバンクに侵入されました」
「内部を読んでいます。解除できません」

報告の飛び交う喧噪の中、微動だにしないナオコと冬月。

「やつの目的は何だろう?」
冬月はナオコにだけ聞こえる声で呟く。

「おそらくは、本部施設の自爆・・・」
「何?」

「メインバスを探っています」
「まずい、このコードは・・・MAGIに侵入するつもりです!」
オペレーターのシゲルが悲鳴に近い声を上げる。

「I/Oシステムをダウン」
ナオコが直接指示を出した。

シゲルとマコトが別々のキーを自席のキーエントリーに差し込む

「カウントお願いします」
「3・2・1」

同時にスイッチを回すが変化は起きなかった。
顔を見合わす二人。

「もう一度!」
「3・2・1」

同じだった。

「だめです。電源が切れません」

「使徒、さらに侵入!メルキオールに接触しました」
「使徒に乗っ取られます」

再び警報が響き渡る。
「メルキオール、使徒にリプログラムされました」

『人工知能メルキオールから自爆決議が提訴されました』

『賛成』
『否決』
『否決』

『1対2・・・否決』
『バルタザールとカスパーの否決により回避されました』

「今度はメルキオールがバルタザールをハッキングしています。くそっ、速い」
「なんて速さだ」

そのとき沈黙を守っていたリツコが指示を出した。

「ロジックモードを変更!シンクロコードを15秒単位にして!」

それまで怒濤のような勢いでバルタザールを侵食していた使徒のスピードが停止すれすれまで遅くなった。

発令所全体に安堵のため息が漏れる。

「MAGIが敵に回るとはな」

「どのくらい持ちそうだ?」
「今までのスピードから見て2時間くらいは大丈夫だと思われます」
冬月の質問に対してリツコの答えは、さして明るいとは言えなかった。

「さてと、やるわよリっちゃん」
腕まくりをしながら司令席から降りてくるナオコ。

「母さん?」
「リっちゃんとマヤちゃんはカスパーを、私はバルタザールをやるわ」

「ナオコ君、何をすると言うのだね」
「彼らはマイクロ・マシーン!細菌サイズの使徒。その個体はより集まって群れを造り、この短時間の間で知能回路の形成に至るまで爆発的な進化を遂げたわ」

「進化か?」
「彼らは常に自分自身を変化させ、いかなる状況にも対処できるシステムを模索しています」

「まさに生物が生きるためのシステムそのものだな」
「自己の弱点を克服、進化を続ける目標に対して有効な手段は死なばもろとも、MAGIと心中してもらうしかないわ。MAGIシステムの物理的消去を提案します」
ナオコと冬月の会話にミサトが割り込んだ。

「無理よ、MAGIを切り捨てることは本部の破棄と同義なのよ」
「では、作戦部から正式に要請するわ」

「拒否します!これは技術部が解決すべき問題です」
「なあに意地はってんのよ」
今度はミサトとリツコの言い合いとなっている。

「ミサトちゃん?今、そんな事を言い合ってる暇はないの。少し黙ってて頂戴な」
「ぐっ!」
ナオコにやんわりと、お前は邪魔だと言われて流石のミサトも青くなる。

「使徒が進化し続けるのなら進化の促進を行います」
「進化の終着地点は自滅・・・死そのもの・・・ならばこちらで進化を促進させてやればいいわけか」
ナオコの考えが漸く冬月にも理解できた。

「使徒が死の効率的回避を考えれば、MAGIとの共生を選択するかもしれません」
リツコが一抹の不安を示唆する。

「でも、どうやって?」
専門的な話しにミサトは付いていけず実際の方法を知りたがった。

「目標がコンピュータそのものならカスパーを使徒に直結、逆ハックを仕掛けて自滅促進プログラムを送り込むことができます。ただ・・・」
「同時に使徒に対して防壁を解除することにもなります」
リツコの説明にマヤが言葉を続けた。

「カスパーが速いか、使徒が速いか、勝負だな」
冬月は、既に心配しておらず、半ば冗談交じりな発言をする。

「そのプログラム間に合うんでしょうね。カスパーまで侵されたら終わりなのよ」
ミサトはリツコに言う。

専門外のため、全く状況が予測つかないのだが、ナオコに直接言う事が出来ないためだ。

「そのために私がバルタザールに入るのよ。リっちゃん頼んだわよ」
「約束は守るわ」
ナオコとリツコが頷きあった。


『R警報発令、R警報発令。ネルフ本部内部に緊急事態が発生しました。D級勤務者は、全員退避して下さい』


半地下方式のカスパーとバルタザールが上昇を開始した。
ハードのメンテナンス用通路のハッチが現れる。

リツコが中に入り、マヤも入り口から覗いている。
ナオコは既にバルタザールに入っていた。

「これ、何ですか?」
マヤが内部にびっしりと貼られているちいさな白いメモを見つけて驚く。

「開発者の悪戯書きだわ」
リツコも圧倒され苦笑している。

「うわ〜、すごい。MAGIの裏コードですよ」
「さながらMAGIの裏技大特集ってとこね」
リツコものぞき込みながらその量の多さに呆れた。

「こんなの見ちゃっていいのかしら、これなら意外と速くプログラミングできますね、先輩!」
マヤがはしゃぎ回る。

「そうね」
マヤのはしゃぎ様にリツコは思わず苦笑する。

「レンチ取って」
リツコが自動車修理工のように仰向けに寝そべり、傍らで膝を抱えているミサトに要求する。

「大学の頃を思い出すわね」
ミサトは大学の狭いコンピュータルームでリツコが機械のシステムアップに格闘している姿を思い出していた。

「25番のボード」
過去の余韻に浸るミサトとは対照的に事務的に指示を出すリツコ。

「う〜んと、これね」
25の殴り書きのシールの貼ってあるキーボードを渡すミサト。

「ねえ、少しは教えてよMAGIの事」
一刻を争う作業だと言うのに、ミサトは自分が暇だからか、実際の作業者であるリツコに世間話のように話し掛ける。

入り口付近で別な作業をしているマヤは、そんなミサトを呆れた眼で見ていた。

「長い話よ、その割におもしろくない話」
リツコは作業の手も休めずに話し出した。

「人格移植OSって知ってる?」
「ええ、第7世代の有機コンピュータに個人の人格を移植して思考させるシステム。エヴァの操縦にも使われている技術よね」

さすがにミサトもその程度の情報は知っていた。

「MAGIはその第1号らしいわ、母さんが開発した技術よ」
「じゃあ、お母さんの人格が移植されているの?」

「そうよ、言ってみればこれは母さんの脳味噌そのものなのよ」

「リっちゃ〜ん、そろそろバルタザールも限界よ!そっちはどう?」
ナオコの声が二人の会話を遮った。

モニターに映るバルタザールの状況は、状況を表示されているモニター上後、数駒の余裕しかない。

「準備は出来たわ!」
「じゃぁやっちゃって!」

「マヤ!」
入り口付近でサブプログラムを担当していたマヤに対して、リツコは声をかけた。

「いけます!」
マヤも既に自分の担当を終わらせていた。

「押して!」
リツコが実行キーの指示を出した。
運命のスイッチをマヤが押し込む。

侵食のパターンをイメージ表示していたディスプレイが一気に全ブロックが緑に書き換えられた。


『人工知能により、自律自爆が解除されました』


「はい!お疲れさん」
規定の放送が流れる中、ミサトはマグカップのコーヒーを差しだした。

「ありがとう、もう歳かしらね。徹夜が堪えるわ」
リツコもめずらしくホッとした感じでお礼を言う。

「また、約束守ってくれたわね」
「ミサトの入れてくれたコーヒーがこんなにうまいと感じるのは初めてだわ」
「えへへ」

レトルトカレーでさえまずく作るミサトである。
インスタント・コーヒーも例外でなかった。

そんな二人を、やはりコーヒーを飲みながらナオコは優しく見守っていた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。
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