第拾六話
ロボットと儚い想い出


「何で?何で非常事態宣言が発令されないのよ!」
ベランダでアスカが叫んでいる。

その声に釣られて隣のベランダにヒカリが顔を出した。
アスカはヒカリの隣に部屋を取ったのだ。
アスカの荷物が多すぎて兄弟や姉妹の居る人用の広い部屋にしたと言うのが本来の理由である。

幸い、その事について文句を言う者はこの施設には居なかった。

「あ、アスカ?何て恰好してるの!」
「へ?まぁいいじゃない誰か見てる訳じゃなし」
アスカはシャワーを浴びていたのか、裸にバスタオルを捲いただけである。

ベランダに乗り出しているアスカのお尻がヒカリからはしっかり見えている。

アスカの目線の先には、夜だと言うのに煌々と赤く燃え上がる街が映っていた。



翌日、学校では転入生が入ってきた。

「今日は皆さんに転校生を紹介します」
老年の教師に促され入ってくる転校生。

「霧島マナです。宜しく御願いします」
ペコリと頭を下げる、茶髪のショートカットで少し垂れ眼の少女。

シンジはその少女を見ると少し顔を顰めたが、それに気付く者は居なかった。
シンジの中のレイ以外。

「はい宜しく、霧島さんの席は・・・碇君の横の席に座って下さい」
マナは、躊躇なくシンジの隣の席に着く。

「碇君、ね」
「うん」

「ふふ、可愛い」
マナは笑ったが、シンジは無表情である。

「宜しくね、碇君」
「宜しく」
二人の会話を深紅の眼は睨付け、碧眼の眼は胡散臭い者を見るように見ていた。


「担任の先生が優しそうな人で、私安心しちゃった」
休み時間に入るとマナは人懐っこい笑顔を浮かべてシンジに話しかけてきた。

「良かったら碇君の下の名前教えて」
「シンジ」
端的に答えだけ返すシンジ。

その表情はどこか辛そうに見える。
最初は睨付けていたレイだが、今は、そんなシンジを心配そうに見つめていた。

「シンジ君ね」
そう言うとマナはすっと立ち上がった。

「本日、私、霧島マナはシンジ君の為に午前6時に起きて、この制服を着て参りました。どう?似合うかしら?」
マナはそう言うと、その場で1回転して見せる。

「よく似合ってるよ。でも僕、今日初めて会ったよね?どうして僕のためなの?」
「お、男の子はそんな細かい事気にしないの!ねえ、学校、案内してくれない?」

「え?あ、いいけど」
「うれしーっ。ねえ、お勧めの場所ってないの?この学校って屋上出られる?」

「・・・まぁ」
「私シンジ君と眺めたいな〜」

教室中の視線がシンジとの遣り取りに集中している。

「シンジ君、屋上行こ」
「・・・うん」
促されるまま付いていくシンジ。

心配そうに見つめるレイに、大丈夫と言うようにアイコンタクトし、シンジはマナと共に屋上へと足を運んだ。


「あんた良いの?」
アスカがシンジ達の出て行った方を見ながらレイに呟く。

「・・・何が?」
「あの女にシンジを取られちゃって」

「・・・シンジは誰の物でもないわ」
「はっん、随分理解があるのね」

「・・・シンジは苦しんでいた」
「何それ?」
アスカはレイの言ってる事が理解できずに怪訝な顔をした。



「・・・綺麗ね」
マナは、景色を見ながら呟くように言った。

「作られた自然だよ、でも、それでも生命は存在する・・・」
シンジは辛そうに語った。

「シンジ君エヴァのパイロットだよね」
「僕は霧島さんの期待には応えられないよ」

「何それ?もしかして彼女が既に居るとか?」
マナは、からかう様に微笑みながらシンジを下から見上げて言う。

「僕の乗るエヴァはもうない。パイロットって言うのも形式的な物でしかないよ」
「それって・・・」

「僕から聞き出せる情報なんて何もないってことだよ」
「・・・シンジ君・・・」
マナは神妙な顔でシンジを見ていた。

屋上に吹く風に靡くシンジの長い髪。
シンジは風に頬を当てながらも辛そうな顔をしていた。



放課後、シンジ達にマナは付いてきている。

「シンジ君って綾波さんと付合ってるの?」
「僕はレイの幸せのために存在しているんだよ」
当然その言葉にレイは顔を紅くしている。

「わぁ〜私もそんな事言われてみたぁい」
「霧島さんにも、そう言ってくれる人が居るんじゃないの?」

「えぇ〜全然っ!」
ムサシも浮かばれないなぁとシンジは苦笑いしていた。

その日は、マナも施設の子供達と遊んで帰っていった。
子供が好きなのか、マナは子供達にすぐ打解けて、子供達もすぐ懐いていた。

「なぁんであんたがここに居るのよ!」
「シンジ君に連れてきて貰ったのよ」
訓練から帰ってきたアスカとマナが言い合っている。

アスカは何となくシンジに馴れ馴れしくしているマナが気に入らなかったらしい。

「お姉ちゃん達、どうして喧嘩するの」
そんな二人を止めたのは眼に泪を溜めた幼い子供達であった。

流石のアスカも泣く子には勝てないらしい。
そしてアスカもマナと一緒になって子供達と遊んでいる。

そんな楽しそうなマナをシンジは時々辛そうな眼で見ているのだった。
そして、そんなシンジをレイは心配そうに見つめていた。



ある夜、シンジはレイと施設から帰る途中、喫茶店で言い合いをしている様に見えるマナと男の子を見た。

ふとシンジに気がついたマナがバツの悪そうな顔をする。
シンジは軽く手をふるとレイと共に歩きだした。

「・・・あの娘が好きなの?」
「好きだった・・・かな?」

「・・・だった?」
「うん、今は哀れみかな?傲慢だよね僕って」

そう呟いたシンジの腕にレイはしっかりと抱き付いた。
シンジの中でもレイがシンジの魂を包み込んでいる。

「ありがとう」
(ありがとう)

「・・・ぃぃ」
(・・・ぃぃ)
レイとシンジの中のレイは見事にユニゾンしてシンジを心配していたのだった。



ここ暫くは家で食事をしている時もシンジは無口であった。
なんとなく暗い雰囲気を崩そうとマヤが口を開く。

「そう言えば、あのロボットに乗っていた男の子大丈夫だったんでしょうか?」
「ICUに入っていたけど絶望的だわ」
返ってきたリツコの言葉にしまったと言う顔をするマヤ。

「そうですか、そう言えば、今日は変な天候でしたね?」
「あらそう?」

「えぇ、霧が掛かるような季節でもないのに芦ノ湖周辺だけ霧が掛かって、雷まで発生したんですよ」
「水温に対して気温の変化が激しかったんじゃない?自然の摂理は未だもって全てを知る事はできないわ」
リツコは何でもない事の様に言った。

その時、シンジの顔が青ざめる。

「まさかっ・・・」
「「「えっ?」」」
シンジの急な発言にその場の全員が虚を突かれた様な顔をする。

「リツコさん、芦ノ湖にトライデントが潜伏していますよね?」
「えっ?えぇ・・・」
リツコは守秘義務のため答え辛そうに肯定する。

「えっ?そうだったんですかぁ?じゃぁ霧はそのため?」
マヤも聞いて居なかったようだ。

「そうだったら良いんですが、バルディエルは雷光を司る使徒です」
「それって?!」
リツコが眼を見開いた。

「僕の記憶では今ぐらいの時期に輸送されてきた参号機に寄生していたのですが・・・」
「迂闊だったわ、参号機の対処にばかり囚われていたわ」
リツコも歯噛みする。

(綾波、どう?)
(・・・まだあの子の波動は感じないわ、多分まだ覚醒していない)



翌日、教室では授業中に窓際の席から声があがった。
「見て、あれ、窓の外」

「なんやあれ?」
次々と窓際に集まる生徒達。

「軍のトレーラーだ」
「後ろの・・・あれ、人じゃない?」
トレーラーの後ろに付いている檻の中にマナが入れられている。

「マナ・・・」
その姿を見、一言呟いたシンジは掛け出していた。
レイも後を追う。

その時、アスカとトウジの携帯が鳴り響いた。



「葛城一尉!越権行為よ!」
「じゃぁ見殺しにしろと言うの?!」
発令所でミサトとリツコが言い争っている。

NERVではトライデントの潜伏は掌握していた。
乗っているのがシンジ達と同じ年頃の少年で有ることも既に解っている。

そしてミサトはシンジ達と同じ14歳の少女を囮にして戦自がトライデントを誘き出す事を計画していることを掴んだのだ。

持ち前の偽善を発揮してミサトは、少年達を保護すると言っている。
ナオコと冬月はその事で出掛けており現在、上層部は存在しない。

「今、その事で司令と副司令が交渉に行っているのよ!それを無駄にするつもり?!」
「既に戦自は包囲を終えて、NN爆雷を積んだ戦闘機も飛び立ったわ!一刻を争うのよ!」

「パイロット2名エントリープラグに搭乗しました」
マヤはどうして良いか解らず現状報告だけを行う。

「これは救出作戦よ、皆で協力してロボットの暴走を止めるのよ、もし失敗したら軍がロボットの頭上にNN爆雷を投下するわ。その時は中の少年も一緒に蒸発するでしょうね。つまり、少年の命を救えるかどうかは、貴方達次第と言うわけよ」
ミサトがリツコを無視し、アスカとトウジに説明を始めた。

一気に説明してしまったミサトにリツコも諦めの溜息を吐く。
ここまで言ってしまっては、アスカは兎も角トウジは救出に賛成するだろう。
なによりミサトの言い方がパイロットのせいで死ぬかも知れないと半ば脅迫しているようなものだ。
奇しくもそれはシンジを初めてエヴァに乗せるときにレイを使ったのと同じである。
そんなミサトにリツコは目眩を覚えた。

リツコの不安は二つあった。
これを契機に参号機に寄生しているかも知れない使徒が覚醒する可能性。
そしてトライデントに寄生しているかも知れない使徒が覚醒する可能性である。

しかし、既に参号機は起動開始している。
参号機に寄生している可能性は薄れた。
そして、それはシンジが危惧していたトライデントに寄生している可能性が上がった事を意味する。

ミサトは今、人命優先を掲げている。
しかし、そこに使徒が寄生している事を知ったら?
リツコにはミサトの変貌が手に取る様に解っていたのである。

そして、そうなったら少年と少女は間違いなく死ぬであろう。
リツコはシンジの危惧が取り越し苦労で終る事を祈った。

『でも、ロボットが外輪山の外へ逃げ出したらエヴァでは追えませんで?』

「その時はアンビリカルケーブルを切り離して追って、内部電源が切れても構わないわ」

『電源が切れたら終わりじゃ無いの』

「各機射出口へ」
アスカの声を無視し、ミサトは発進準備の号令を掛けた。



「やぁ霧島さん、そう言う趣味があったの?」
シンジは勤めて軽く檻の中のマナに声を掛けた。

芦ノ湖湖畔で軍の大型トレーラー上の鉄の檻の中にマナは居た。

「シンジ君・・・」
マナはそこに居るはずのない人間を見て眼を丸くしている。

「霧島さんはムサシ君と共に死を選ぶの?」
「どうしてムサシの事を・・・」

「今なら引き返す事もできるよ」
「私はムサシを説得したいの」
マナの瞳には泪が溢れている。

「霧島さんは囮でムサシ君が出てきたら一斉に攻撃されるよ?」
「そんな・・・」

「戦自は既にNN爆雷を積んだ戦闘機も飛ばしている、それでも霧島さんは行くの?」
シンジも泪を流していた。

「どうしてシンジ君がそんな事まで知ってるの?」
「僕がどうして知ってるかは重要じゃない。マナは死にに行くつもりかって聞いてるんだよ!」
シンジの言葉の最後は声を荒げていた。

ビクッとするマナ。

「私は・・・ムサシを説得したい・・・」
「そう・・・」
長い沈黙が二人を包む。

シンジはマナを檻越しに引き寄せると口吻した。
眼を丸くするマナ。

「さよなら・・・」
唇を離したシンジがそう言った時、芦ノ湖から水柱が上がり巨大な恐竜形のロボットが水面上に現われた。

一斉に放たれる砲弾。

「逃げて!シンジッ!」
爆風が襲ってくるがシンジは身動きせずマナを見つめている。

砲弾を物ともせずトライデントはこちらに向かってくる。

「きゃあぁっ!」
檻をトライデントが掴んで持ち上げていった。

「・・・シンジ」
レイがシンジを後ろから抱締めた。

そんなレイを自分の横にずらし、抱締めるシンジ。

「あの娘は、あんな自分勝手な奴のために自分の命を掛けている。僕の身勝手に付合ってくれているレイや綾波の事を思うと僕は彼女を止める事ができなかった」
シンジはそう言って泪を流しながらトライデントに掴まれている檻を眼で追っていた。

「・・・シンジ」
レイはもう一度シンジを強く抱締めた。



戦自の戦車や自走砲を薙払ってトライデントは第三新東京市市街地へと向かっている。

『でかいな』
『そうね』
モニターに映るトライデントを見てトウジとアスカが呟く。
見た目エヴァの3〜5倍ほどあるように見えていた。

『あれは霧島やないか?!』
『そうみたいね』

モニターに映るトライデントの掴んでいる檻の中を見てトウジが叫んだ。
アスカも肯定する。

「アスカ!トウジ君!撤退よ!」

『何よそれぇ?!助けるんじゃなかったの?!』
ミサトの命令にアスカが怒鳴りつける。

「戦自が、自分達の武器で第三新東京市を襲わせる訳にはいかないからってNN爆雷を落とす事を決定したわ!」

『そんな!じゃぁ霧島は?!』

「命令よ!アスカ、トウジ君!」

上空から光の玉が落下して来る。

『ジャージ!ATフィールド!』
アスカが叫ぶ。

眩い閃光に辺りは包まれる。
発令所のメインモニターも真っ白になっていた。


「ば、爆心地付近にエネルギー反応!!」
「パターン青!使徒ですっ!」

「なんですってぇ!!」
オペレータの報告にミサトが叫んだ。

リツコは唇を噛み締めている。
マヤも泣きそうな顔をしていた。

シンジの危惧していたよりも最悪の事態となってしまった。

徐々にモニターに浮かび上がる機影。
それは、茶褐色になったトライデントがボロボロに成った檻を右手に持って佇んでいた。
咆吼するトライデント。
生体兵器でないトライデントが咆吼する事はない。

その咆吼は悲しみに満ちていた。

「アスカ!トウジ君!それは使徒よ!殲滅しなさい!」
ミサトの号令が飛ぶ。

『使徒?これが使徒でっか?』

「そうよ!」
ミサトの言葉に迷いはない。

誰も居ない檻を大事そうに抱えて侵攻してくるトライデント。

『どうりゃぁーーーっ!』
アスカがソニックブレイブを装備してトライデントに斬りかかった。

『惣流!』
『あたし達が!あたし達が葬ってあげるしかないのよっ!』

アスカの眼にも泪が浮かんでいる。

実際に対峙するとトライデントはエヴァの5倍程もあった。
アスカはめったやたらと斬りかかる。
トウジもパレットガンで援護した。

生体部品を持たなかったトライデントは使徒に寄生されてもエヴァ二機の敵では無かった。
アスカに切り刻まれ、パレットガンで吹き飛ばされるトライデント。
跡形も無いほどボロボロにされた時、トライデントが爆発した。

「パターン青、消滅、使徒沈黙しました」
シゲルの報告が流れる。

「よっしゃぁ!アスカ、トウジ君!引き上げて」
ミサトだけは嬉々としている。

しかし発令所の中は暗い雰囲気で包まれていた。

弐号機は吹き飛んできた檻を抱締めている。

「マナ・・・」
エントリープラグ内でアスカは泣いていた。



『ごめんなさいシンジ君、力が及ばなかったわ』
「いえ、こちらこそ無理を言ってすみませんでした」

電話を切ったシンジをレイは心配そうに見つめていた。

「ナオコさんだよ、僕が無理を言ったのに謝ってくれた」
「・・・そう」
シンジの辛そうな表情を見ていられなくってレイはシンジに抱き付く。

「ごめん、心配掛けたね」
「・・・ぃぃ」
レイは小さく呟く。

しかし、シンジはレイに抱き付くと、嗚咽を漏らす。

「僕は、僕は馬鹿だ・・・」
「・・・シンジは説得したわ」

「僕は、助けられたのに・・・」
「・・・あの娘が望んだ事だわ」
レイはシンジの頭を優しく撫でる。

「優しい娘だったんだ・・・」
「・・・そうね」

「僕はレイとマナとどっちを取るかと言われれば躊躇なくレイを取る」
ハッと眼を見開くレイ。

「だけど、今だけ・・・今だけは泣かせて」
「・・・問題ないわ」
レイはシンジの頭を胸に抱え優しく撫で続けた。

そしてシンジの中のレイもシンジを優しく包み込んでいた。

マナ、それはシンジの中での数少ない楽しい想い出。
そして切なく悲しい想い出。
それをシンジの中のレイは解っていた。

今のマナはシンジと、そう言う想い出を作ったわけでは無い。
だからシンジの説得も効果無かったのかも知れない。

しかし、シンジの中ではマナはマナだったのである。

そして、シンジの中では、NN爆雷に溶かされると解っていて赴くマナは、零号機を自爆してシンジを護ったレイが重なるのである。

止めたい、でも止められない。
シンジはそんなジレンマに陥っていたのだ。

そして結局助けられなかった。
その事に自分は前の何もしなかった自分と何も変ってないじゃないかと責めていたのだ。
(・・・碇君は頑張ったわ、あの娘がそれを望んだの)
(うん・・・)

その夜、シンジはレイに抱かれて眠りに付いた。
レイは、そんなシンジの頭をずっと撫でいた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。
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