だから
みんな
死んでしまえばいいのに・・・



「綾波・・・」

辺り一面真っ赤な世界で、シンジは呟いた。

空には、虹のように紅い帯が見える。
目の前の海なのか湖なのか、少なくともそこに漂う水は、嘗て肺にまで取り込んでいたLCLと呼ばれる液体に見えた。
電解すると、何もないように見えたのだが、こうして見ると血のように紅い。

その向こうには、崩壊した巨大な綾波レイの崩れた顔が見える。
亀裂の入ったその顔は、髪の毛まで真っ白なため、巨大な彫刻に見えなくもない。

あちらこちらには、爬虫類を思わせる量産型のエヴァンゲリオンが十字架に張付けられた形で突き刺さっていた。
少年の傍らには、真っ赤なプラグスーツ。
先程まで、いや、もうかなり前なのかも知れない。

シンジは、そのプラグスーツの主である惣流=アスカ=ラングレーの首を自ら絞めたのだ。
既に、生命力を使い果たしていたのかも知れない。

「気持ち悪い」

その一言を残して、彼女は事切れた。
何時、姿を消したのかシンジは知らない。

シンジは、その後、膝を抱えて蹲っていたからである。
気が付くと、アスカは、プラグスーツを残して跡形もなく消え去っていた。
きっと、皆と同じようにLCLへと還ったのであろうとシンジは思っていた。

どれくらい時間が経ったのか見当も付かない。
周りの景色は、全く変わらないためだ。
時計などと言う物も持ち合わせていない。
この場所を動く気にもなれなかった。

何処に行っても誰も居ない事は、解っていたから。

ただ、落ち着いてくると自分の傍に誰か居るような気がする。
それは、懐かしい、いつも感じていた気配。

「綾波・・・」

シンジが呟くと微かに周りの気配が揺れる。



失望の海
脆弱な心
偽りの微笑み
病的な被写体
自我の崩壊
残酷な他人
代理の異性
刹那な癒し
蔓延する虚脱
無への願望
閉塞した自分
分離への不安
一方的な勘違い
他人の恐怖
危険な思考
他者との拒絶
同調への嫌悪
傲慢な把握
弱者への憐れみ
不愉快な写真
過去の傷跡
曖昧な境界
常識の逸脱
孤独なヒトビト
価値への疑問
情欲との融合
胎内への回帰
空しい時間
破滅への憧憬
要らないワタシ
虚構の始まり
現実の続き
それは、夢の終わり
では、あなたは何故、ココにいるの?
・・・ココにいても、いいの?



「駄目だと思う。ここに居ちゃいけない気がする」

そう・・・

「だから、僕を戻して!あの時に!」

解ったわ・・・

空気が揺れる。
シンジの目の前が暗転した。




































「うわぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁっ!」

自らの悲鳴で現実に引き戻されるシンジ。

(ここは・・・)

頭では、現状を認識しようとしているのだが、身体は未だ悲鳴を上げている。
目の前には、レイの顔をした巨大で真っ白なリリスが居た。

「今のレイはあなた自身のものよ。あなたの願いそのものよ」
「なにを願うの?」

初号機の中から聞こえてくるユイの言葉、そして眼前のレイの言葉。

「あぁ・・・僕は、僕は・・・」

シンジの目からは涙が溢れている。
走馬燈のように流れていく以前の記憶。
アスカ。
ミサト。
シンジの中では何も変わっては、いない。

「あんたなんかに私のことが解るはずがない!」
「解るはずないよ、アスカは何にも言わないもの。何も話さないくせに解ってくれなんて無理だよ」

「碇君は解ろうとしたの?」
「解ろうとした」

「バーカ、知ってんのよ、あんたが私をおかずにしてること。いつもみたいにやってみなさいよ」
「あんたが全部私のものにならないなら、私何もいらない」

「だったら僕に優しくしてよ!」
「優しくしてるわよ」

「嘘だ、笑った顔でごまかしてるだけだ。曖昧なままにしておきたいだけなんだ」
「本当のことは皆を傷つけるから、それはとてもとても辛いから」
「曖昧なものは僕を追いつめるだけなのに」
「その場しのぎね」
「このままじゃ怖いんだ。僕の相手をしてよ、僕にかまってよ」

「僕を助けてよ!、一人にしないで!、僕を見捨てないで!、僕を殺さないで!」

混乱してアスカの首を絞めるシンジ。
それは、嘗ての記憶。
そして何も変わって無いシンジは、同じ思いに囚われ同じ幻影を見る事になる。

「誰も解ってくれなかったんだ」
「何も解っていなかったのね」

「嫌なことは何も無い揺らぎの無い世界だと思っていたのに」
「他人も自分と同じだと、一人で思い込んでいたのね」

「裏切ったな、僕の気持ちを裏切ったんだ」
「初めから自分の勘違い、勝手な思いこみに過ぎないのに」

「みんな僕を要らないんだ、だからみんな死んじゃえ!」
「では、その手は何のためにあるの?」

「僕が居ても居なくても、誰も同じなんだ、何も変わらない。だからみんな死んじゃえ!」
「では、その心は何のためにあるの?」

「寧ろ居ない方が良いんだ。だから僕も死んじゃえ!」
「では、何故ココにいるの?」
「ココにいても、いいの?」

無言。

「うわぁあぁぁあぁぁあぁぁあぁぁっ!」

悲鳴を上げるシンジ。
巨大なリリスが身を起こす、その身体は大気圏外にまで達していた。
リリスは光の羽を広げていく。
リリスの両手の間に浮かぶ黒き月ジオフロント。
その周りに集まっていく赤い光。

「世界が哀しみに満ち満ちてゆく。空しさが、人々を包み込んでゆく。孤独がヒトの心を埋めていくのね」

天空に列ぶレイの顔を持つエヴァ量産機がロンギヌスの槍を自ら自分のコアに突き刺していく。
地球を包むようにわき出す無数の光の十字架。
黒き月の回りに集まった赤い光がリリスの手の中に吸い込まれていく。
生命の木に包まれたエヴァ初号機がリリスの額に吸い込まれていった。



裸のレイが裸のシンジの上に跨っている。
レイの腕がシンジの身体と融合している。
嬉しそうに微笑むシンジ。

「綾波?ここは?」
「ここはLCLの海、生命の源の海の中。ATフィールドを失った、自分の形を失った世界。どこまでが自分でどこから他人なのか分からない、曖昧な世界。どこまでも自分で、どこにも自分がいなくなっている脆弱な世界」

「全てが一つになっているんだね?」
「そうよ、全てが一つになっているだけ。これがあなたの望んだ世界そのものよ」

「でも、これは違う。違うんだ!」
「他人の存在を今一度望めば、再び心の壁が、全ての人々を引き離すわ。また、他人の恐怖が始まるのよ」

「・・・違うんだ。違うんだよ綾波」

裸のレイは膝の上にシンジの頭を抱いている。
蹲るようにレイの膝枕で横たわるシンジ。

「あそこでは嫌なことしか無かった気がする。だからきっと逃げ出しても良かったんだ。でも逃げたところにも良いことはなかった、だって僕が居ないもの、誰も居ないのと同じだもの」

レイとシンジの前に現れるカヲル。
カヲルはシンジに問いかけた。

「再びATフィールドが君や他人を傷つけてもいいのかい?」
「違うんだよカヲル君。でも、僕の心の中にいる君たちは何?」

「希望なのよ」
「人は互いに解り合えるかも知れない、と言うことの」
「好きだ、という言葉とともにね」

「だけどそれは見せかけなんだ。自分勝手な思い込みなんだ。祈りみたいなものなんだ。ずっと続くはずないんだ。いつかは裏切られるんだ、僕を見捨てるんだ・・・でも、僕はもう一度逢いたいと思った。その時の気持ちは本当だと思うから」

倒れてゆくリリスの瞳から初号機が飛び出す。
羽を広げる初号機。
黒き月が砕け散り、赤い光が地球を覆っていく。

「現実は知らないところに。夢は現実の中に」
「そして、真実は心の中にある」
「人の心が自分自身の形を創り出しているからね」

「そして、新たなイメージがその人の心も形も変えていくわ。イメージが、想像する力が、自分たちの未来を、時の流れを創り出しているもの」
「ただ人は自分自身の意志で動かなければ何も変わらない」
「だから、失った自分は、自分の力で取り戻すのよ。たとえ自分の言葉を失っても、他人の言葉に取り込まれても」

「自らの心で自分自身をイメージできれば、誰もが人の形に戻れるわ」
「誰も人の形に戻らないんだよ。綾波」

眼を見開くレイ。
シンジはレイに向き合うと、レイを力一杯抱締めた。

「碇君?」
「綾波、僕は皆と溶け合ってる世界は違うと思う。だけど一人は嫌なんだ」

「綾波は僕に何を願うのか尋ねたよね?」
「えぇ」

「僕の願いは、綾波と一つになることだよ。他の誰も要らない。綾波さえ居てくれれば良いんだ」
「碇君・・・」

レイは困惑の表情を浮かべた。
それは二人目のレイが望んだ事。

しかし、リリスとして覚醒したレイにとって、シンジは幼稚過ぎるのだ。
一つになったなら、何れ自我を失いレイに取り込まれてしまうだろう。
今のレイに取ってそれは、然程の事でもない。
シンジが望むならそれも構わない。

困惑しているのは二人目のレイの気持ちである。
困っているわけではない。
戸惑っているのだ。
その狂おしいまでの渇望に困っていると言えるかも知れない。

「・・・解ったわ」

レイは、微笑んでそう答えた。
それは、自然と湧き出る笑み。

(・・・碇君と一緒になりたい)

その想いを最後に自爆した二人目のレイ。
彼女はリリスの持つ慈母の集大成のような存在だった。

ただ、慈愛を以って受け入れる。
それ故にゲンドウの命令にも忠実に従った。

可哀相な男。

それがレイのゲンドウに対する評価だったのだ。
亡き妻への狂おしいまでの執着。
それのみに縋り、全てを捨てた男。
自分に最後の望みを託す、哀れな男。

しかし、二人目のレイは、彼よりもシンジを欲したのだ。
そのシンジが、自分と一つになりたいと言う。
拒む理由は無かった。

シンジを包み込むように抱き寄せるレイ。
裸のレイの胸に顔を埋め、されるがままのシンジ。

シンジと一つになったレイは、そのままLCLの海を飛び出した。
レイの眼下には、真っ赤なLCLの海が広がる。



「綾波!綾波なんだね?」

コクリと頷く制服姿のレイ。
レイの頬は、幾分紅潮している。

シンジは、レイの中で二人目のレイと遭遇していた。
リリスとなったレイがシンジと一つになり、自分の魂の中にシンジと二人目のレイとの逢瀬の空間を造り上げたのである。

自らの魂と融合してしまうと一瞬でシンジの脆弱な自我など消滅してしまう。
自らの魂から二人目のレイの自我を分離し、シンジと共に過ごさせる事にしたのだ。
リリスであるレイが施したシンジへの配慮であった。
二人目のレイであった自分の欲望を叶える手段であったとも言える。

「綾波!綾波!」

裸のシンジは、制服姿のレイに抱きつく。

「碇君・・・」

シンジに成すがままにされるレイ。
精神世界でのイメージであるため、その実は魂の抱擁である。
シンジと二人目のレイは、その快感に酔いしれる。

どちらからとも無く貪り合う唇。
いつしかレイもシンジと同じく全裸になっていた。

それはシンジのイメージ。
人間であったシンジが本能で持っている愛情表現。

シンジは唇と舌でレイの身体を隈なく貪る。
ただただ、シンジの頭を抱き、成すがままにされるレイ。

首筋から、胸、脇、臍、腰、性器へと唇を這わすシンジ。
小さな喘ぎ声を漏らすレイ。

レイの股間に顔を埋め、舌技を駆使するシンジ。
そして結合。
精神世界であっても、いや精神世界であるからこそ願望が素直に行動に反映される。

飽きること無くレイの身体を貪るシンジ。
ある程度満足したらレイに抱かれ眠りに付く。
目覚めると、またレイを貪る。
レイは、優しくシンジを抱き、シンジを受け入れ続ける。

性奴を与えられ、檻に入れられた少年。
しかし、シンジは幸せだった。
誰も傷つける事もない。
誰かに傷つけられる事もない。
ただただ、自分を受け入れてくれるレイが居るだけ。

二人目のレイも幸せであった。
自らの願望が叶えられたのである。
シンジと一緒になれたレイは、この上なく幸せであった。
自分を求め続けるシンジが狂おしいまでに愛しかった。


































打ち寄せる紅い波。
夕焼けよりも紅い空。
一筋の紅い虹。

朽ち果てた巨大なレイの罅割れた顔。
十字架に貼り付けにされたまま突き刺さっている量産機。

世界は、酷く静かで波の音しかしない。

そして、そこには赤いプラグスーツの少女も、白いカッターシャツの少年も居ない。

「これで良かったのかい?」
「・・・問題ないわ」

カヲルの言葉にレイは両手を胸に合わせて目を瞑り答える。

「ヒトは、元には戻れないんだね」
「・・・えぇ、ここは原初の海。ここから生命が産まれるのは何万年も先」

「シンジ君は?」
「二人目と爛れた時間を過ごしているわ」

「シンジ君は幸せなのかい?」
「・・・解らない」

「君は幸せなのかい?」
「・・・解らない」

カヲルとレイは並んで遠くを見詰めている。
お互いに話す事も無くなったのであろう。
元々レイは、自分からは、あまり話さない。
カヲルが話し掛けるのを止めると、沈黙が訪れる。

長い時間を二人は、ただ、遠くを見詰めて過ごした。

「・・・でも、暖かい」
「それは良かった」

レイの唐突な言葉にもカヲルは、そう言うと少し大き目の口でニッコリと微笑む。
レイも、それに応えるように微笑んだ。

「シンジ君は、とても苦しんだ。せめてこの後は苦しむ事がないように。その為にはこれは最善だったのかも知れない」
「・・・そう?」

キョトンとした顔でカヲルを見るレイ。
そして、優しく微笑む。

「彼は、今眠っているわ」
「安らかに?」

「えぇ、とっても」

また、二人は遠くを見詰めて黙って過ごす。
いつまでも・・・・いつまでも・・・・



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<<あとがきのようなもの>>

ここまで読んで頂き、有難う御座います。
遅ればせながらの30万ヒット記念で御座います。

前々から思っていたのですが、逆行して思い通りにするならレイに願いを叶えて貰うのが一番手っ取り早いのでは無いかと言う事で今回の作品で御座います。
自ら逆行物に対するアンチテーゼを打ち立ててどうするって感じですが、そこは夢魔だからと言う事でスルーしてやって下さい。

奈落らしくない、内容ですが、ある意味イタモノ系列であるとは思っております。
それでは、皆様、今後とも宜しくお願い致します。







<<エピローグのようなもの>>

「・・・まだ白き月に眠らないの?」
「生命が誕生するまでは、構わないだろ?」

「そう、良かったわね」
「シンジ君と二人っきりになりたいのかい?」

「・・・貴方には関係ないわ」
「僕もシンジ君に会いたいんだけれどもねぇ」

「・・・イヤ」
「即答だねぇ、慈母の女神が何故に僕には冷たいんだい?」

「・・・知らないの。多分私は三人目だから」




新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。
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