第七話
お肉、嫌いだもの


ピンポ〜ンとマンションの呼鈴が鳴る。
通常は、階下のセキュリティが先で、玄関の呼鈴がいきなり鳴る事は無い。
それは、同じマンションに住む人間が尋ねて来ている事を意味していた。

「お帰りなさい。リツコさん。皆さん戻られたんですね?」
「母さんは、もう少し後になるらしいわ。先に始めててって言っていたわ」

「解りました、それでは食事を持って伺わせて頂きます」
「それより、リツコさん達にこっちに来て貰ったら?いちいち台所を借りるのも二度手間だし」

応対しているマユミの背後から、ヒョコッと顔を出したシンジが言った。
マユミは昼間のNERVに居た時よりも、更に際どいメイド服に身を包んでいる。
ペチコートで膨らまされたそのミニスカートは、マユミの肉欲的な太腿を惜しげもなく晒していた。

ただ女性であり、相手が14歳と思っているリツコは、その素肌も「健康的ね」ぐらいにしか見ていない。
それでも、オペレータの二人を連れてこなかったのは正解だったと確信していた。

「それは名案ですね」
「良いのかしら?」

「勿論ですよ」
「じゃぁマヤを呼んで来るわ。母さんも帰って来て誰も居なければこっちに来るでしょうしね」

そう言ってリツコはマヤを呼びに隣の扉の中へ入って行く。
マヤは既にリツコの家に上がって居たのだ。

「「おじゃましまぁ〜す」」

ほんの数分後に、リツコはワインを抱えてやって来た。
マヤも何やら袋を下げている。

「これ差し入れですぅ」
「有り難う御座います」

マユミが受け取った袋の中身は、チーズや生ハムなどの所謂ちょっと贅沢なお酒の摘みであった。
流石に料理を用意してくれると言っても14歳の少年少女では、そこまで準備しないだろうと予測しての事だ。

「これは凄いわね」

部屋に入ったリツコとマヤは、テーブルの上に並べられた料理の数々に感嘆の息を漏らした。
そこは、欧米のパーティのように鮮やかな料理が所狭しと並べられていたのである。
ローストビーフやローストチキンまであり、カナッペや摘みになりそうな物も結構あった。
一際、大量にあるポテトサラダが眼に付くが、それ以外は、素晴らしいと言う感じである。
フランスパンやロールパンなどもバスケットの中に入れられ食卓に置かれていた。

「なんかアメリカのお家に来たみたいですぅ」
「アメリカ生活が長かったですから、どうしても、そう言う作りになってしまい申し訳ありません」

済まなさそうに言うマユミに慌ててマヤは謝った。

「そんな意味じゃないの。凄いなぁって感激してるんですよぉ」
「マユミさんって、なんか純和風って感じがするものだから、なんか意表を突かれたわ」

それに対しリツコも単純に感じた事を述べてフォローした。

「まぁ席に着いて下さい」

シンジはそう言いながら各人の前にコンソメスープを差し出して行く。
その立ち上る湯気と香りに、マヤとリツコは、食欲をそそられた。

「レイはどうしたの?」
「拗ねてます」

「拗ねて?」

リツコとマヤには、信じられなかった。
この二人は、ある程度レイと近い存在であり、NERV内で言われているようにレイが人形のように命令に従うだけの少女で無い事は知っていた。
しかし、それでもレイが拗ねるなどと言う行動は想像できないのだ。

「えぇ、どうやら肉料理が苦手みたいで」
「その事よりも、私とシンジ様はそれを知っているはずなのにと言う部分が強いようですね」
「そろそろ呼んできますよ」

シンジは、そう言って奥の部屋へと消えていった。
因みにシンジは、Tシャツに膝までしかない短パンと言うラフな服装である。

程なくして、シンジに手を引かれて出てくるレイ。
レイも昼間とは違い、ラフなTシャツにデニム地のミニスカートと言う服装。

「・・・お肉、嫌いだもの」

手を引かれ、上目使いにシンジを見上げる目は、涙ぐんでいる。
リツコからしてみれば驚愕する光景であった。
レイは、甘えているとしか見えないのだ。
いつも気丈で、リツコさえ年を忘れてしまう程、冷静沈着で論理的なレイが、年相応の女の子ように駄々を捏ねているのだ。

「大丈夫、綾波の好きなポテトサラダも用意してあるから」
「・・・本当?」
「肉料理は、時間が掛るから最初に造り出しただけだよ」

まるで兄が妹をあやしているような光景であった。
この時点でなぜシンジがレイの好物を知っているのか謎だが、リツコは既にそんな事に突っ込む気も無くなっている。

「このコンソメスープ美味しいわ」
「ナオコさんも黄金のコンソメスープと呼んで下さっていて、とても気に入って頂いております」

そのスープは確かに金色に見えた。
マユミが丹念に時間をかけて作った、伝家の宝刀である。
因みに山岸家に伝わっている訳ではない。
そこはアカシアブックの司書であるマユミの知識と技術の集大成なのであった。

「本当に美味しいですぅ」
「・・・暖かい」

皆が、黄金のコンソメスープに舌鼓を打っている時、玄関の呼鈴がなった。

「きっと母さんね」

リツコの予測通り、迎えに出たマユミと一緒にナオコが入って来る。

「あら、この匂いは黄金のコンソメスープね!」
「はい、今、食べ始めた所ですから、ナオコさんの分も今用意致します」

和気藹々とシンジ達の食事は、進んで行く。
美味しい物を食べると人は穏やかになるものなのだ。

「ところで母さん?ミサトを一体どうするつもりなの?」
「ミサトちゃんねぇ。取り敢えず始末書を見てからだわ」

「始末書自体は、きっと日向さんに手伝って貰ってまともな物が出てくると思いますよぉ」
「あら?そうなの?」

マヤの発言に、それは知らなかったと言う反応を見せるナオコ。
流石にそこまでは、本部の人間関係を掴んで居なかったのだ。

「それは有り得るわね」
「葛城さんが居ると何か問題なんですか?」

「マヤもケイジでの行動を見たでしょ?」
「確かにあれは酷かったですけど、初めての使徒襲来で緊張していたとかじゃ?」

「初めての時にあの行動だから困るのよ。何か突発的な事が起きれば、あの暴走が再現する事が予測されるのよ?」
「そう言われれば確かにそれは問題ですねぇ」

リツコの説明に納得するマヤ。
しかし、根本的な問題は、そこでは無かった。

「僕は、あの人の命令を聴くのは嫌ですよ」
「あら?やっぱりそうよね」

「今日も、謝罪すら無く、恫喝していましたしね」
「・・・その場限りの行き当たりばったり」

シンジの言葉にレイもマユミも嫌な物を思い出してしまったと言う顔をしている。

「あらあら、作戦課長権限を凍結する前かしら?」
「した後よ」

リツコの言葉に、ナオコも溜息を吐く。

「リっちゃんの友達だから、無碍に出来ないと思っていたのだけれど・・・」
「気にしなくて良いわよ、母さん。ミサトより皆の方が大事だし、ミサトだってそれ程親しいって訳じゃないしね」

「あら?だって大学時代から親友じゃなかったの?」
「最初はね。私、いつも赤木ナオコの娘だったから、それを感じさせないミサトが嬉しかったんだけれど、ミサトの性格を知った今では、単に知らなかっただけだったみたいだし、今では深く付き合いたいとも思えないのよ」

「そう、解ったわ。その方がミサトちゃんにも幸せだろうし」
「戦闘力は有るけど、本来気の良いお姉さんなのよ。保母さんでも遣っていれば似合っていたと思うんだけれどね」

こうしてミサトは、既にシンジ達を指揮出来ない事が決定してしまっていた。



シンジの寝顔を見ながらレイは考えていた。

(・・・碇君)
(・・・この碇君は、私の知ってる碇君と違う)

・・・あなた、碇司令の子供でしょ、信じられないの?お父さんの仕事が
・・・当たり前だよ、あんな父親なんて

・・・またあれに乗るの?
・・・ええそうよ
・・・僕はいやだ、綾波はまだあれに乗って怖い目にあったことがないからそんなことが言えるんだ
・・・じゃ寝てたら

・・・これで死ぬかもしれないね
・・・どーしてそういうことを言うの。あなたは死なないわ、わたしが守るもの

・・・綾波はなぜこれに乗るの?
・・・絆だから
・・・絆?
・・・そう、絆
・・・父さんとの?
・・・みんなとの
・・・強いんだな、綾波は
・・・わたしには他に何もないもの
・・・他になにもないって・・・
・・・時間よ、行きましょ。じゃ、さよなら

・・・綾波!
・・・自分には他になにもないってそんなこと言うなよ、別れ際にさよならなんて悲しいこと言うなよ
・・・なに泣いてるの?ごめんなさい、こういうときどんな顔すればいいのか解らないの
・・・笑えば良いと思うよ

・・・明日父さんに会わなきゃならないんだ、何話せばいいと思う?
・・・どうしてわたしにそんなこときくの?
・・・ねえ、父さんってどんな人?
・・・解らない
・・・そう
・・・それが聞きたくて昼間からわたしの方を見てたの?
・・・うん、掃除の時雑巾絞ってたろ、あれってなんかお母さんって感じがした
・・・お母さん?
・・・案外、綾波って主婦とかが似合ってたりして
・・・何を言うのよ

・・・今日は寝ていて、あとは私たちで処理するわ
・・・でももう大丈夫だよ
・・・そう、よかったわね

・・・勝手に片付けてごめん。ゴミ以外触ってないから
・・・あ、ありがとう

・・・これが涙?、泣いてるのは、わたし・・・?
・・・碇君!
・・・これは私の心、碇君と一緒になりたい

・・・よかった、綾波が無事で。ありがとう、助けてくれて
・・・なにが?
・・・何がって、零号機を捨ててまで助けてくれたんじゃないか、綾波が
・・・そう、あなたを助けたの
・・・覚えてないの?
・・・いえ、知らないの。たぶん私は3人目だと思うから

・・・あそこでは嫌なことしかなかった気がする。だからきっと逃げ出してもよかったんだ。でも逃げたところにも良い事は無かった、だって僕が居ないもの、誰も居ないのと同じだもの
・・・再びATフィールドが君や他人を傷つけてもいいのかい?
・・・構わない。でも、僕の心の中にいる君たちは何?
・・・希望なのよ
・・・人は互いに解り合えるかも知れない、と言う事の
・・・好きだ、という言葉とともにね
・・・だけどそれは見せかけなんだ。自分勝手な思い込みなんだ。祈りみたいなものなんだ。ずっと続くはずないんだ。いつかは裏切られるんだ、僕を見捨てるんだ・・・、でも、僕はもう一度会いたいと思った、その時の気持ちは本当だと思うから
・・・現実は知らないところに。夢は現実の中に
・・・そして、真実は心の中にある
・・・人の心が自分自身の形を創り出しているからね
・・・そして、新たなイメージがその人の心も形も変えていくわ。イメージが、想像する力が、自分たちの未来を、時の流れを創り出しているもの
・・・ただ人は自分自身の意志で動かなければ何も変わらない
・・・だから、失った自分は、自分の力で取り戻すのよ。たとえ自分の言葉を失っても、他人の言葉に取り込まれても
・・・自らの心で自分自身をイメージできれば、誰もが人の形に戻れるわ

(・・・でも、碇君以外は誰も人の形に戻らなかった)
(・・・私は、碇君にまた辛い思いをさせようとしているの?)

「レイ様?」
「・・・マユミさん」

過去を思い出し、シンジの髪を優しく撫でているレイにマユミが声を掛けた。
3人とも全裸である。

「何を泣いて居られるのですか?」
「・・・涙、私、泣いているの?」

マユミはそんなレイを優しく抱締める。

「レイ様?全ての母たるリリス様、貴女様を利用しその身を自ら放棄し、あまつさえ全生命体を道連れに原初の海へと帰ったリリン達。自分の力で失った自分を取り戻したのはシンジ様だけでした」

マユミの言葉にコクンと一つ頷くレイ。

「ならば何を迷う事がございましょう。レイ様はレイ様のお気持ちを優先させ、このシンジ様と幸せになる事だけを考えられて何の問題も無いのです」
「・・・でもそれは私の都合の良い世界」

「それの何処に問題が御座いましょう?生きとし生ける物は皆、自らの力を行使し、自分に取って都合の良い世界を築こうとしているもの。一度は滅んだ種族に何の遠慮が要りましょう」
「・・・でも碇君まで利用している」

「シンジ様は紛れも無くシンジ様で御座います。優しいシンジ様は、自ら望まれてレイ様と一つになったのです。でなければ再度、自らの形を取り戻す事など叶いません」
「・・・碇君の意思?」

「勿論で御座います。確かに私が幼少の頃からシンジ様には色々とご教示させて頂きましたが、決断を下されたのは、紛れも無くシンジ様ご本人なのです」
「・・・そう」

ちょっぴり嬉しそうに頬を染めるレイ。

「何も問題は御座いません。シンジ様はレイ様と一つになられた事で、以前の記憶もレイ様から受け取っておられます。更に、自ら自分の形を取り戻す事により、依り代となった時と同様の身体となっております」
「・・・そう、そうだったの」

一度は狂気に堕ちるとさえ決意していたレイも、その願いが叶った今、弱気になっていたのだ。
迷いが生じていたとも言える。
シンジと一つになる事だけを想っていたレイは、その先を考えて居なかったからである。

「・・・マユミさん?」
「何でしょう?レイ様」

「・・・リリンの営みは、身体も心も満たしてくれるわ。なのに何故リリン達は人類補完計画を行おうとするの?」
「それは、一つにそれを実行しようとするのが老人達だからです。彼らは既に機械に頼った延命措置無しでは生き長らえません。性行為など久しく行っていないでしょう」

「・・・そう、次代に託すのが群体であるリリンの繁栄方法なのに」
「ただ、性行為による満足感が新たな不安を作り上げるのも確かなのです」

「・・・新たな不安?」
「はい、この充足感を失う不安です。それは相手の心を完全には理解できない故に起こる不安」

「・・・哀しい生き物なのね」
「残念ですが、その通りで御座います。だから遠慮は要りません。一度は滅んだ種族です」

「・・・そうね」

レイの言葉を聞いて満足気に微笑むマユミ。
レイもそんなマユミに微笑んでいた。
邪悪な笑みを取り戻すレイ。
今の微笑み合う二人を見る者が居なかった事は、幸いだったのかも知れない。

優しく抱き合う二人。
魔性の女神リリスと、覚醒したアカシアブックの司書たる淫魔リリム。

二人は、シンジを挟んで穏やかな眠りに付くのだった。



「中学校ですか、今更で御座いますね」
「・・・青い果実の宝庫」
「確かに、そう考えると楽しみが増えますね」

「二人とも、あんまり無茶はしないでよ」

危険な相談をするレイとマユミに冷や汗を流しながらシンジが嗜める。
今日から学校に通うと言う事で3人は、制服を着て歩いていた。

改造など全く施されていない真面目を絵に描いたような制服を来ているレイとマユミ。
シンジも、普通の半袖のカッターシャツに黒のズボンである。

レイとマユミは計算された見た目を装っているのだが、シンジの場合は天然であった。
その証拠に二人は、身に纏っている下着までも徹底させている。
昨日身に付けていた物とは、ほど遠いバーゲン品のような無地の白い色気の無い物であった。

レイは、俗世間に興味が無い優等生を、マユミは、苛められっ子のように生真面目で地味な娘を演じているのだ。

「今日は皆さんに、転校生を、紹介します。入って来て下さい」

老教師に促され教室に入るシンジとマユミ。
教室の生徒は、静寂を以って二人を迎え入れた。

「自己紹介をお願いします」
「碇シンジです」
「山岸マユミです」

シンジもマユミも自分の名前を言ってペコリと頭を下げるだけであった。
マユミが挨拶した時には一部の男子生徒にどよめきがあったが、シンジの時は無反応である。
シンジは醜くは無いが、もの凄い美少年でもない。
中性的な感じがすると言うのは、幼い感じがすると言う事だ。

この年代では女子の方が遥かに精神年齢が高い。
つまり、憧れるのは同年代の男子生徒ではなく、年上である事が多い。
惣流・アスカ・ラングレーがそうであったように、頼り甲斐がある男に惹かれるのだ。
一部、母性本能を擽られるような人間が居る事も確かではあるが、これは交流がないとあまり発揮されない。

逆に、男子生徒も同じ様に同年代の女子生徒より年上に憧れる。
これは、大人の色気と抱擁して貰うと言う幼稚な願望の現われのせいである。
偉そうに振舞う同年代の女子生徒より、包み込んでくれる余裕のある大人の色香に憧れるのだ。

だが、マユミの発する物は、また違う効果を発揮する。
嗜虐心を煽るのだ。
苛めたい、泣かせたいと言うような欲求に作用するのである。

「それだけですか?それでは、窓際の開いてる席に着いて下さい」

休み時間になり、二人に浴びせられる質問は、ありきたりな転校生に対する物であった。
何処から来たの?とか何処に住んでるの?とか趣味は?星座は?血液型は?と言うような話の切っ掛けを掴もうとする物である。

「えぇ〜っ?じゃぁ帰国子女?!」
「英語ペラペラなの?」

二人はアメリカから遣ってきた事が解り、一気に盛り上がるかに見えた。
しかし、女の子はいきなり友達になれるが、男の子はそうではない。
一通りの質問が終わってもマユミは何人かの女子生徒に囲まれて話が弾んでいるようだが、シンジの方は周りに人が居なくなってしまった。

鈴原トウジは未だ学校には来ていないようだ。
トウジの妹は、使徒戦ではなく、その前のNN地雷の余波で負傷していたのである。
だから、いくらシンジがエヴァを上手く操ろうが関係なかったのであった。
そして、そんな事は気にもしていないレイは、トウジが居ない事すら気が付いていなかった。

そんな中、シンジに話し掛けて来る人物が居た。
丸い縁無しの眼鏡を掛けた、ニキビ顔の少年、相田ケンスケである。

「碇だっけ?」
「う、うん」

「俺は相田ケンスケ、ケンスケって呼んでくれ」
「あっ僕もシンジで良いよ」

「でさ、お前、朝、綾波と一緒に登校してただろ?知り合いなのか?」
「知り合いって言うか、僕と綾波とマユミは一緒に住んでるから」

「何ぃ〜っ!」

ケンスケの大声に、クラス中の目が集まる。
ケンスケは、学校中の女子生徒を写真に撮り、売る事により小遣いを稼いでいたのだ。
当然、見た目珍しい容姿をしていて、極めて美少女であるレイは、売上上位の被写体であり、ケンスケは登校時に、その姿をチェックしていたのである。

「ちょっとそれはどう言う事か、きっちり説明して貰わないといけないな」
「なんでそんな事説明しなきゃいけないのさ」

別にシンジは、説明する事は構わなかったのだが、ケンスケの横柄な言い方がゲンドウやミサトを彷彿とさせ、ムッとしたのだ。
しかし、そこは情報を得る事に掛けては目が無いケンスケである。

「いや、綾波ってあの見た目だから、うちのアイドル的存在なんだよ。そしたらほら、碇が一緒に登校したわけだろ?皆、真相を知りたがってるんだよ」

全く以ってケンスケの詭弁であるが、一緒に住んでると言う言葉にケンスケは必死であったのだ。
実はケンスケの目にはマユミも引っ掛かっていたのである。
地味ではあるが、被写体として良い線行っているとケンスケは、見抜いていたのだ。
そして、レイばかりか、そのマユミとまで一緒に住んでいるとなると、ここはお近づきになる以外にないと素早い打算を働かせたのであった。

「・・・碇君」
「ん?何?綾波」

「・・・盗撮魔と仲良くしては碇君の品位が下がるわ」

盗撮魔と言う言葉に抗議しようとしたケンスケであったが、紅い瞳に睨みつけられ言葉を飲み込む。

「ケンスケって盗撮魔だったの?」
「い、いや、俺はスナップ写真を撮ってるだけだよ」

「・・・着替えの写真はスナップ写真とは言わないわ」
「なんか証拠でもあるのかよ」

ケンスケも馬鹿では無い。
そのような危険な写真は売る相手に念を押して口外しないようにと言っていた。
相手も口外すればケンスケが捕まり、以後恩恵に預かれなくなる事ぐらい解るだろうと思っていたのだ。
しかし、人の迷惑を顧みず、自分だけ良ければ良いと言う輩は何処にでも居るのだ。
ケンスケから買ったにも拘らず、他に出回るのが悔しくてリークした人間や、ネットに流して喜んでいる人間が居たのだ。

そして、レイにはマユミが付いている。
そんな事の証拠を掴むのは簡単な話であった。

「・・・マユミさん」
「これの事でしょうか?」

マユミがレイに手渡したそれは、ケンスケが盗撮した着替えの写真であった。
そして、それを出した鞄はケンスケの鞄である。

「なっ!勝手に人の鞄開けるなよ!」

マユミの判断で、ケンスケをシンジに近づけるのは良く無いと話し合われていたのである。
その結果、ケンスケがシンジに近付いた時に、この作戦を決行する事が二人の間で決められていたのだ。

別にケンスケの盗撮に怒っていた訳ではない。
レイやマユミに取ってそんな事は些細な事なのである。
無論進んで見せたいと思っているわけでは無いが、見られたからと言ってどうと言う事は無いのだ。
小学生が女風呂に入っても、誰も気にしないようなものである。

そんな事よりも優しいシンジの事だから、友達になってしまうとケンスケを庇うだろうと危惧したのだ。
ケンスケは、何かに付けてトラブルを巻き起こすタイプなのである。
盗撮にしても、世間一般では問題であり、それにシンジが関わっていると思われるのは二人に取って看過出来るものでは無い。

シンジが進んで行っているなら、喜んで協力したであろうが。

状況を見ていた男子生徒は「やっばぁ〜」と言う顔をしている。
多分、彼らはケンスケから件の写真を買った人間達なのであろう。
そして、徐々に増えて行く女子生徒の殺気。

「相田君!きっちり説明して貰おうかしら?」
「い、委員長!」

ケンスケが振り向いたそこには、お下げの髪を逆立てた、洞木ヒカリが立っていた。
その後ろには、このクラスの女子生徒が殆ど居る。

状況不利と見積もったケンスケは、マユミから鞄を引っ手繰ると脱兎の如く逃げ出した。
何人かの女子生徒は、その後を追い駆けて行く。

「ごめんなさい、碇君。私は洞木ヒカリ。委員長をやっているわ。困った事があったら相談して頂戴」
「あっ、う、うん宜しく」

さて、何故ヒカリが突然レイの言葉に反応して、ケンスケを責めたかと言うと、レイはそこそこヒカリとは話をする間柄だったのだ。
そしてレイから、ケンスケには気を付けるように注意されていたため、結構その実態を掴んでいたためである。
流石に、着替えを盗撮されていたとは、知らなかったため、元々の正義感が発露したのだ。

「だけど、こんなの盗撮してまで見て楽しいのかな?」

シンジが手に取った写真には、窓の外から着替え風景が見えている物を、望遠で盗撮したものである。
シンジにしてみれば、こんな遠くで見ても下着しか解らないし、誰かすらもはっきりと解らないもので何が楽しいのか解らなかった。
これは、この歳で性欲が満たされている弊害であろう。

「碇?お前ってもしかして男色?」
「そんな訳ないじゃない」

その言葉に胸を撫で下ろすレイとマユミ。
確かに、それを疑わせる相手が居た事を二人は知っていたからだ。

「だって、これじゃ下着しか見えないし、身体の線もよく解らないじゃない」
「ちょ、ちょっと碇君!そんな事評論しないで!」

シンジの感想に呆けていたヒカリだが、まじまじとシンジが見ている物を思い出し、それを取り上げる。

「碇って、もしかして経験者?」
「何の?」

「何のって、その、せ、セックス」
「そりゃぁ、一応そこそこにはね」

「・・・・・」

一瞬静まりかえる教室。

「ふ、不潔よぉ〜っ!」
「や、やっぱアメリカ帰りは違うなぁ〜」

ヒカリのお決まりの絶叫と、男子生徒の羨望の眼差しを受けるシンジであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
拙著は当該作品を元に作成した代物です。
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