とある魔術の禁書目録・外典
 
書いた人:U16
 
第2話
 
 昼過ぎのファーストフード店。
 
 寄り道をする学生でごった返す店内の一角。
 
 テーブルの一つを占めるのは、黒髪のツンツン頭に夏休み中だというのに何故か学生服姿の上条・当麻。
 
 白の上衣に緋袴という日本に古来から伝わる伝統的な衣装に身を包んだ長い黒髪の少女、姫神・秋沙。
 
 ライムグリーンを基調としたチャイナドレスっぽい服装に、長い髪を耳に引っかけるようにしたおでこ全開の少女、吹寄・制理。
 
 茶色の混じった長い黒髪の一部をゴムで束ね、フレームの細い眼鏡を掛け、霧ヶ丘女学院の制服を身に着けている少女。名を風斬・氷華。
 
 今彼らは、トラブルバスター“ソリューション”として、仕事の最中だった。
 
「……で、これが今回の依頼」
 
 吹寄・制理が携帯電話を操作して他のメンバーにデータを送信する。
 
 無事にデータを受け取った上条達は、携帯電話を操作して情報を読み取っていく。
 
 そこにあるデータは、少年達の顔写真と住所、氏名、年齢、能力などといった詳細な情報。
 
「……こいつらは?」
 
 そこに映る少年達全てが、レベル4の能力者達だ。
 
 訝しげに眉を寄せて問い掛ける上条に対し、吹寄は小さく頷くと、
 
「……最近、ニュースで話題になってる無能力者狩りってのは知ってる?」
 
 3人に問い掛ける吹寄。
 
 如何に新聞はテレビ欄と4コマ漫画しか見ない上条とて、連日ニュースで話題になっていれば、その程度の情報は知っている。
 
 能力者達による、無能力者を標的とした無差別襲撃。
 
 その手口は残虐で、重傷者が多数出ているだけでなく、死亡した者までいるほどだ。
 
 当然、上条の知っているような情報を他の二人が知らないはずもなく、全員揃って即座に頷き返すと、吹寄は満足そうに頷き、
 
「その犯人がコイツ等」
 
 あっさりと暴露する。
 
 対する上条は、意味が分からないと訝しげな表情で、
 
「……何で犯人が分かってるのに、警備員や風紀委員が動かないんだ?」
 
 至極当然の質問だ。
 
 犯人が分かっているのならば、それはトラブルバスターの仕事ではなく、警備員か風紀委員の仕事である。
 
 だが吹寄は重い溜息を吐き出し、
 
「……もみ消されてるのよ。警備員の上層部によってね」
 
 吹寄曰く、犯人の少年達の親の中に、学園都市の有力者が居るのだという。
 
「……裏は?」
 
 姫神の質問に対し、吹寄は自信の籠もった眼差しで頷き、
 
「しっかり取れてるわ。
 
 私達が、犯人を摘発した後、その親の方も警備員の方で逮捕する手はずになってる」
 
 恐らく、動く警備員は、黄泉川を始めとする信用できる者達で構成された一団だろう。
 
「あ、あの……。依頼人の裏の方は?」
 
 オドオドとした態度で問い掛けるのは、風斬・氷華だ。
 
「何時もの人よ。……大丈夫、信用出来るわ」
 
 ちなみに、吹寄のいう何時もの人というのは、親船・最中という名の初老の女性で、学園都市を統治する12人の学園統括理事の一人だ。
 
 彼女の元には学園都市の暗部だけではなく、魔術結社などについての情報も入手しており、その問題の数々に心を痛めているらしい。
 
 ともあれ、裏が取れている事を確認した上条達は、今後の方針をどうするか? で話し合おうとしていたら、上条の半袖の裾を姫神に引っ張られた。
 
「……ん? どうした? 姫神」
 
 彼女が無言で指さすのは窓の外に張り付く白い修道服の少女。
 
「……何やってるんだ? インデックス」
 
 彼女の奇行を前に呆れながら上条が呆れながら問い掛けてみると、インデックスは身体を窓から剥がし、素早く入り口に回って彼らのテーブルまで回り込んできた。
 
 そして勢いよくテーブルに手を付いて、
 
「お腹空いたかも!」
 
 視線は既に、テーブル上のハンバーガーに注がれている。
 
 それに気付いた上条は、残っていたハンバーガーを一気に食しに掛かろうとトレイに手を伸ばすが、それよりも早くインデックスが彼のトレイ上からハンバーガーを奪い去り、一瞬で己の口の中へとねじ込んで租借し、呑み込んだ。
 
「ごちそうさま」
 
 満面の笑みで告げるインデックスの顔は、しかしまだ満足している様子はない。
 
 未だ彼のトレイ上に残るポテトと飲み物を狙い、猛禽類のような視線を向けるシスターに対し、上条も最大級の警戒を見せつつ、
 
「……で? 姫。一体何用で?」
 
「お腹空いた」
 
「それだけかい!?」
 
 ギャーギャー叫きだした上条を見かねたのか? 傍らの姫神が小さく溜息を吐き出し、ポケットからクーポン券を取り出して一枚千切り、インデックスに手渡す。
 
「これで。食べ物が貰えるから」
 
 渡されたクーポン券を興味深げに眺めていたインデックスだが、上条にカウンターを示されると、使い方を理解したのか? 満面の笑みを浮かべて、
 
「ありがとう! あいさ」
 
 元気良く礼を言って、小走りにカウンターへ駆けて行った。
 
 それを見送った上条は、トレイ上の紙コップを手に取り、ストローをくわえて中身を飲もうとして愕然とする。
 
「ッ!? 何時の間に飲み干しやがりましたか!?」
 
 ギャースと、頭を抱えて絶叫する上条に、風斬は恐る恐るといった態度で自身のオレンジジュースを差し出し、
 
「あ、あの……。良かったら、これをどうぞ」
 
「へ? ……風斬はいいのか?」
 
「あ、はい。私はもう充分ですから」
 
 僅かに頬を染めながら告げる風斬だが、そんな事には気付かず、上条は礼を述べて紙コップを手にとりストローに口をつける。
 
 それを目敏く観察していた吹寄と姫神は、一瞬で風斬の目的を悟った。
 
 ……間接キス!?
 
 負けてはいられぬとばかりに、自分達も紙コップを手にするが、既に中身は空。
 
 歯噛みする少女二人の内心を知ってか知らずか? 嬉しそうな微笑を浮かべる風斬。
 
 姫神が新たなクーポン券を、全く同じタイミングで吹寄がスポーツバックからスポーツ飲料を取り出すと同時、カウンターに行っていたインデックスが戻ってきた。
 
「とうま! とうま! この人達が友達紹介してくれたら、もっと美味しい物食べさせてくれるって!」
 
 嬉しそうに告げるインデックスの背後。
 
 そこに下卑た笑みを浮かべて獲物を物色するような眼差しで姫神達を眺めるのは、依頼のあった少年達だ。
 
 上条を始め、ソリューションのメンバー達は一瞬呆れたような眼差しで男達を眺めた後、満面の笑みを浮かべて、
 
「インデックス、GJ!」
 
 異口同音に、そう告げた。
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 取り敢えず、吹寄が分かりやすいくらい明瞭に喧嘩を吹っ掛け、場所を路地裏に移した。
 
 数の上では4対5と相手側が不利なものの、上条達の大半は少女。しかも、自分達はレベル4という事もあり、少年達はかなり余裕を持て余しているように見えた。
 
「女は殺すなよ? ちゃんと楽しまねえといけねえからな」
 
「ああ、後顔も攻撃すんの禁止な? 潰れた顔じゃおっ勃たねぇつーの」
 
 ゲラゲラと下卑た笑いを浮かべる少年達。
 
 そんな彼らを前に、上条は面倒臭そうに溜息を吐き出し、
 
「……そこいらのスキルアウトの方がまだ品があるな」
 
「比べる方が失礼」
 
 ちなみに、スキルアウトというのは、学園都市におけるレベル0の武装集団だ。
 
 能力が無いという事で落ちぶれ、路上で屯っているような連中を称してそう呼んでいるが、実際の所スキルアウトと一言で言っても、ピンからキリまであり、それこそチンピラ同然の者からギャング紛いの統制がとれた組織まで様々である。
 
「ねぇねぇとうま。美味しい物は?」
 
 上条の服の裾を引きながら問い掛けるインデックスに対し、上条は暫し考え、
 
「……じゃあ、この仕事終わったら、報酬でファミレスでも行くか?」
 
「そうね。ターゲットを引っかけて来てくれた礼もあるし。良いんじゃない?」
 
 経理を務める吹寄のOK.が出た事で、やる気を漲らせるインデックス。
 
「それで? お仕事って何するのかな?」
 
 目を輝かせながら問い掛けるインデックスに対し、まるで保母さんのような態度で対応するのは風斬だ。
 
「えっと、……危ないから、少し下がっていてもらえますか? すぐに済むと思いますから」
 
 という風斬の言葉を聞いた男達が、小馬鹿にするような笑いを向ける。
 
「おいおい、俺達レベル4よ? 雑魚が幾ら束んなっても、勝てるわけねぇつーの」
 
 その笑いを受け、風斬は路地裏に打ち捨ててあった型遅れの冷蔵庫へと手を伸ばす。
 
「話聞いてる? 巨乳ちゃん」
 
 しかし次の瞬間、彼らの笑いは一気に停まる事になった。
 
「えっと……、ゴメンなさい」
 
 謝罪する風斬の右手。そこには巨大な冷蔵庫が軽々と持ち上げられており、彼女はそれを男達に向けて投擲したのだ。
 
 慌てて散り散りに逃げる男達だが、狭い路地裏である事が災いしたのか? 一人が逃げ遅れて冷蔵庫の下敷きとなる。
 
「クッ!? このアマ!!」
 
 無事だった3人の内の一人が能力を放つよりも速く、気配を消して背後に回り込んでいた姫神が男の腕を取り、間接を逆に極めたままで投げをうち、その反動で男の肩と肘の関節を砕く。
 
 痛みに悲鳴を挙げるよりも早く顔面から地面へと叩き付けられ、意識を刈り取られる男。
 
「ナメんじゃねぇぞ! 雑魚共!!」
 
 躍起になって能力を放つ二人の男達だが、彼らの放った火炎と疾風は、全て上条の右手によって一薙の内に掻き消されてしまった。
 
 驚愕に目を見開く発火能力者の男だが、次の瞬間には活歩と呼ばれる独特の歩法によって高速で距離を詰め、懐に潜り込んだ吹寄の放つ拳を脇腹に喰らい、泡を吹いてその場に崩れ落ちる。
 
 彼女の打撃は相手を吹き飛ばすような派手さはないが、その分、気功によって身体の内部へダメージを与える事が出来る。
 
「な……、何者だ、てめぇら!?」
 
「通りすがりの無能力者だよ……」
 
 聞こえてきた声に慌てて振り向くと、そこには先程まで彼の眼前に居たはずの上条の姿があった。
 
「ヒッ!?」
 
 悲鳴を挙げようとする男の顔を、上条の右手が鷲掴みにする。
 
「──“偽・竜王の顎”」
 
 200sの握力によるアイアンクロー。
 
 そのまま、力業で地面に叩き付けて意識を刈り取った。
 
 男に意識が無いことを確認した上条は一息を吐いて仲間達に振り返る。
 
 だが、返って来た言葉はねぎらいのものではなく、
 
「漫画の読み過ぎ」
 
「素直に蛇咬で良いんじゃない?」
 
「え? ……何のお話ですか?」
 
「???」
 
 姫神には何時ものように冷静に突っ込まれ、吹寄には駄目だしをくらい、風斬とインデックスに至ってはネタを理解すらされなかった事に、深く項垂れる上条。
 
 もし、このシーンを美琴に見られていたら、また違った反応が得られただろうが、こんな時に限って彼女の姿は見られない。
 
 取り敢えず顔馴染みで信用出来る風紀委員に男達の身柄を拘束するように連絡し、落ち込み始めた上条を、少女達がインデックスとの約束も兼ねて宥めファミリーレストランへ連行しようとする。
 
「……不幸だ」
 
「不幸というより、ギャグのセンスが薄いだけ」
 
「っていうか、そんな技使ってたら、御坂さんが狂喜して引き抜きにくるわよ?」
 
「え、えっと……、カッコ良かったですよ?」
 
「ごはん♪ ごはん♪」
 
 少女達に手を引かれ、背中を押され到着したのは何の変哲も無いチェーン店のファミリーレストラン。
 
 その店を前に、上条は彼女達と初めてチームを組む事になった日のことを思い出していた。    
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 桜の花びらも散り、ようやく上条達が高校生活に慣れてきた頃の話。
 
 小学生の頃から、この学園都市で生活する上条と同じように、幼い頃から親元を離れて学園都市で暮らしている者も幾人かいる。
 
 上条・当麻と吹寄・制理は、もはや腐れ縁と言ってもいいくらいの仲だった。
 
 同じクラスになった事は数える程度しかないが、それでも目立つ上条と仕切屋の吹寄だ。
 
 嫌がおうでも互いの存在は目につく。
 
 吹寄としては、いい加減な態度の上条はどうも気に入らないし、上条としてはいい加減なつもりはないのだが、その不幸体質故に、物事を中途半端なままで事件に巻き込まれたりする事が多々あり、その事が吹寄にはいい加減な態度のように映るらしい。
 
 そんなある日の事、上条は学生寮の隣人、土御門・元春から一つの頼み事を受けていた。
 
「にゃー! ホント頼むカミやん。
 
 こんな事頼めるの、カミやん以外にいないし……。どうか、人助けだと思って。……つーか、人助けなんだけど」
 
 場所は、学園都市にある何の変哲もないファミリーレストラン。
 
 テーブルを挟んだ向こうに座る上条に対して拝み倒す、寮での隣人兼クラスメイトの少年を前に上条は溜息を吐き出しながら、テーブル上の書類を手に取る。
 
「──この娘を三沢塾って所から助け出してくれば良いのか?」
 
 問い掛ける上条の手の内の書類。そこには顔写真付きで一人の少女に関する詳細な情報が記されていた。
 
「……姫神・秋沙。能力は“吸血殺し”?」
 
 純和風的な雰囲気を放つ長い黒髪の少女だ。
 
 聞いたことのない能力名に首を傾げる上条に、土御門は小さく頷き、
 
「そう、ある生物を殺す事にだけ特化した能力だ」
 
 真剣な表情で告げる土御門に対し、上条は訝しげな表情のまま、
 
「何だよある生物って? 蚊か? 蝙蝠か?」
 
 能力名から想像出来る特定の生物と言われても、そのくらいしか思いつかない。
 
「……そんな能力者監禁して三沢塾に何かメリットでもあると思うかにゃー? カミやん」
 
 サングラス越しでも分かるほどの呆れ顔で告げる土御門を前に上条は頭を掻きながら、
 
「いや、ほら。夏場とか居たら便利そうじゃないか? 主に、蚊とか蚊とか蚊とか」
 
 対する土御門は可哀想な人を見るような憐憫の眼差しを上条に送り、
 
「後で蚊取り線香買ってやるから、その話は横に置いとけカミやん。
 
 つーか、俺時間が無いから急いでんだけどにゃー!」
 
 だからこそ、上条にこの依頼を回す事になったのだ。
 
「あー……、悪い悪い。
 
 それで? 一体、何を殺す事に特化した能力だっけ?」
 
 改めて問い質す上条に向け、土御門は僅かに固唾を呑んだ後、告げる。
 
「その名の通り、吸血鬼だ」
 
「……吸血鬼?」
 
 問い返す上条に土御門は慎重に頷いてみせる。
 
「吸血鬼っていうと、バカデッカイ2丁拳銃持ってたり、時間を停めるスタンド持ってたり、十七分割されても死ななかったり、見た目幼女中身ババアのロリ金髪だったり、パンチラ上等の姉ちゃんだったりするわけか?」
 
「流石に実物と合った事が無いから、そこら辺は知らんが、ネタに走り過ぎだぜい」
 
 土御門に窘められた上条は素直にスマンと謝罪し、
 
「……でも、そんなのを相手に圧倒するような能力者っていうほどだから」
 
 手の中の写真に再度視線を落とす。
 
「……こんな顔して、実は若本さん張りのボイスでAMEN! とか叫んでくれるとか」
 
「はいはい。馬鹿言ってないで話を続けるぜい。
 
 何はともあれ、その“吸血殺し”が存在する以上、吸血鬼も存在するって事が証明されちまったわけだ」
 
 言って、土御門が封書から取り出したのは三沢塾の見取り図だ。
 
 更に電気の料金表や、三沢塾に出入りする人間のチェックリストなど。
 
 全てをチェックしてみても、この少女が三沢塾に監禁されているのは間違い無いらしい。
 
「今の三沢塾は、科学崇拝を軸とした新興宗教化しているんだ」
 
 ──新興宗教。
 
 日本に住んでいる者にとって、これほどいかがわしく胡散臭い物もないだろう。
 
 有名な所では、地下鉄で毒ガステロを起こした某教団。
 
 他にも詐欺で教祖が逮捕される事件は後を絶たないし、意味もなく白い布を周囲に取り巻くといったわけの分からない事件を起こす教団などもあったような気がする。
 
 ともあれ、上条にしてみても新興宗教という言葉にいいイメージは無い。
 
「まあ、そんな事はどうでも良いんだにゃー。問題なのは、現在その三沢塾が錬金術師によって乗っ取られているという事だぜい」
 
「……錬金術師?」
 
 余り聞き覚えのない単語に小首を傾げる上条。
 
「んー……、カミやんにも分かるように砕いて言うと、魔術師の学者っていった所かな?
 
 普通の魔術師が文系だとすれば、錬金術師は理系と思ってもらえればOKかにゃー」
 
「……俺の知ってる魔術師って、どうみても体育会系だったけどな」
 
 より正確には体育会系というよりはお水系のような気がしないでもないが……。
 
「あの女は特別だぜい」
 
 ウンザリ気に溜息を吐き出しながら思い出すのは、無駄にエロい魔術師の運び屋。
 
 ……仕事の邪魔したはずなのに、妙に気に入られたし。
 
 ともあれ今は錬金術師だ。
 
「まあ、その“吸血殺し”を使って、錬金術師がやろうとしているのは、吸血鬼をこの街に誘き寄せようって事でな。
 
 そこで、それを阻止するように、と俺の所に命令が廻ってきたって話なんだが、今から俺イギリス清教の方の仕事に行かねぇといけないわけよ」
 
 うだー、とテーブルに突っ伏す土御門。
 
 上条はテーブルの上に置かれているすっかり温くなったコーヒーを手に取り、
 
「……大変だな、多重スパイってのも」
 
「その内の一人が、どの口でそんな事言うか?」
 
 現在、土御門が所属している組織は学園都市とイギリス清教。……そして、個人的な繋がりの上条だ。
 
 彼に両サイドの情報を流す見返りとして、こうやって偶に仕事を手伝ってもらっている。
 
「ともかく、こっちの仕事は引き受けた」
 
「助かるにゃー、カミやん」
 
「……で? さっきから黙って聞いてたけど、貴様達は何怪しい話をしているの?」
 
 突如掛けられた聞き覚えのある声に慌てて周囲を見渡す上条。
 
 声の主は、彼の上方。
 
 背後の席から身を乗り出して仁王立ちして彼らを見下ろしていた。
 
「ふ、吹寄!? 一体、何時からそこに?」
 
「最初からよ。転校生の風斬さんと親睦を兼ねて一緒に食事してたの」
 
 視線を向けてみれば、確かに転校してきたばかりの少女、風斬・氷華が吹寄の対面の席に申し訳無さそうに座っている。
 
 既に彼女の事情を知る所となっている上条は、風斬に気軽に挨拶を交わし、視線を土御門に向け、どうやってこの場を切り抜けようか? とアイコンタクトを交して頷き合う。
 
 普段から盗聴などを避ける為、人気の多い場所で相談している事が仇となった。
 
 周囲の音が多ければ、その分特定の音を拾うが難しくなるので、彼らは何時もファーストフード店やファミリーレストランなどを利用していたのだが、これが赤の他人であればゲームか漫画の話と思われスルーされただろう。
 
 だが、彼らの素性を知る知り合いともなれば話は別だ。
 
「じゃあカミやん。後は頼むぜい!」
 
 そう言い残し、素早く撤退する土御門。
 
 ……あれ? 今、アイコンタクトで二人で誤魔化すって事で一致したんじゃ?
 
 どうやら土御門的には違う意味で頷いていたらしい。
 
 上条が呆けている間に、土御門の姿は見えなくなっていた。
 
 残された上条は、テーブルの上置かれたままの伝票とこちらを睨み付ける吹寄を交互に見つめ、
 
「……不幸だ」
 
「さあ、何を悪巧みしていたのか? 全部白状して貰うわよ!」
 
 こうして、吹寄による尋問が始まった。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 上条を逃がさないようしてから、強引に三沢塾の資料を奪い取り、それを全て読み切った上で、吹寄は上条に問い掛ける。
 
「……で? 貴様はこの三沢塾に潜り込んで、この女の子を助け出そうとしているわけね?」
 
 ……スマン土御門。
 
 心の中で、彼に謝罪しつつ素直に頷く上条。
 
「仮にそれが事実だとしても、そんな事、警備員や風紀委員に任せておけばいい話でしょう?
 
 漫画やゲームみたいな真似を、貴様のような普通の高校生がする必要は無いはずよ?」
 
 上条としても、そうしたいのは山々だが、事が魔術絡みとなってくるとそういうわけにもいかないのだ。
 
「大体、魔術って何よ? そんなのあるわけ無いでしょうが。……まったく、妙な漫画やアニメの見過ぎよ貴様」
 
 ……普通はそう思うよな?
 
 実際、彼も本物の魔術師と出会うまではそう思っていたのだ。
 
 否、彼だけではない。科学万能の学園都市で生活する者達共通の意見と言えるだろう。
 
 だが、それでもその世界を垣間見てしまった上条は、魔術を信じる事が出来るのだ。
 
「OK.まったくお前の言うとおりだな。
 
 じゃあ、俺はこれから警備員にでも連絡してくるよ」
 
 強引に話を終わらせて席を立とうとする上条の右手を吹寄が掴み留める。
 
「待ちなさい。貴様本当に、警備員に通報するつもりはあるの?」
 
「と、当然ですよ?」
 
 思わず、吹寄から目を逸らしてしまう上条。
 
 だが、そんな彼の嘘を即座に見抜いた彼女は半眼で彼を凝視したまま数秒、遂に沈黙に耐えられなくなった上条は、突如窓の外を指さし、
 
「あー!? あんな所で、健康グッズの実演販売やってる!?」
 
 告げた瞬間、物凄い勢いで吹寄が振り返る。
 
 その隙を逃さず、上条は鞄と伝票で掴むと素早く席を立って会計を済ましてファミリーレストランから脱出した。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「はぁはぁはぁ……」
 
 ファミリーレストランから逃走した上条は、荒い息を吐いて視線を上げる。
 
 そこに見えるのは三沢塾の看板だ。
 
「ここまで来れば、吹寄も諦めるだろ……」
 
「誰が諦めるですって?」
 
 聞き覚えのある声に、視線を頭上の看板からゆっくりと降ろしてくると、そこにはファミリーレストランで別れたはずの吹寄・制理が居た。
 
 当然、その傍らには風斬の姿も見える。
 
「ど、どうしてここに?」
 
「ふん。貴様の行動パターンくらいお見通しよ」
 
 土御門との会話を聞かれていたのだ。上条の行き先の見当は容易に付いただろう。
 
 だが、問題はそれではなく、どうやって上条の先回りをしたのか? だ。
 
「バスを使ったに決まってるでしょ?」
 
 当然のように告げる吹寄。
 
 常日頃から、不運な上条としては、そんな都合良くバスってあるもんなんだろうか? と思うのだが、吹寄からすればそれが当たり前なのだ。
 
「……不幸っつーか、不条理だ」
 
「何わけの分からない事を言ってるの貴様?」
 
 告げ、上条の手を取り、
 
「ほら、この中に女の子が監禁されているんでしょう? なら、早い所救助に向かうわよ」
 
「い、いやいや待って下さいな吹寄さん。何故にいきなり俺の話を信じたりしてますか?」
 
 不審気に問い掛ける上条に吹寄は鞄からA4サイズの封筒を取り出し、彼に突き付ける。
 
「悪いけど、読ませてもらったわ。
 
 ──正直、錬金術師だとかは信じられないけれど、この建物に女の子が監禁されているのは本当なのは間違い無いようだし。……貴様が警備員や風紀委員に連絡しようとしないのも、何か理由があるんしょ?」
 
 遊びで作ったにしては、書類に手が込みすぎていたし、電気料金の明細書など確たる証拠もあった。
 
「なら、協力するわ。一人よりも3人の方が戦力的には良いでしょう」
 
 その発言には、流石に慌てざるを得ない。
 
「待てって吹寄。どんな危険があるかも分からないんだ。そんな所にお前らを連れて行けるわけないだろう」
 
 そう告げる上条に対し、吹寄は半眼を向けると、
 
「大した自信のようだけど、つまり貴様は私達が足手まといだと言いたいわけ?」
 
「いや、そうじゃなくてだな……」
 
「大体、もし貴様一人で何かあった時、助けてくれる人も居ないでどうしようっていうの?」
 
「えっと……、それは……」
 
 言葉に詰まる上条を強引に納得させると、吹寄は踵を返して三沢塾に乗り込んで行こうとする。
 
「あ、……おい! 吹寄」
 
 慌ててその後に続く上条と風斬。
 
 実は吹寄のこの強引ともいえる態度には理由がある。
 
 ここに来るまでの途中。本来ならば、彼女はここまで追ってこようとは思っていなかったのだ。
 
 ここまで来たのは、風斬が上条を手伝うと言って追いかけ始めたので、付いて来ただけに過ぎない。
 
 そしてそのバスの中で、吹寄は風斬から彼女を中心として起きた事件とそれを解決してくれた上条について語ってくれた。
 
 ……まったく、ちょこちょこ行方眩ますと思ってたら、そんな事してたわけ?
 
 溜息を吐きながら思う。
 
 恐らく、彼の事だ。その一件だけというわけではないだろう。
 
 ……風斬さんも大変よねぇ。あのバカ色々と鈍感な所があるし。
 
 風斬の態度を見ていれば分かる。あの表情は完全に恋する少女のものだ。おそらく少しでも彼の役に立ちたいと思っているのだろう。
 
 しかし、と吹寄は再度溜息を吐く、
 
 彼とは長い付き合いだ。小、中学校時代を通しても相当数のフラグを乱立し、かつそれに気付かないままで全てへし折ってきているのを幾度となく見てきている。
 
 それでいて、自覚の無いままに不幸だ、モテないだ、新しい出会いが欲しいだ、と叫き散らすのだ。
 
 ……始末に負えないっていうのは、コイツみたいな奴の事を言うんでしょうね。
 
 そんな事を思考しながら玄関の自動ドアを抜けて正面から堂々と三沢塾に入るのを上条と風斬が慌てて追いかける。
 
 吹寄がまず向かったのは玄関に入ってすぐにある受付のカウンターだ。
 
 そこで、受付の女性に入塾希望なので見学しても良いですか? と愛想良く尋ねてみるものの受付嬢の女性はまるで吹寄の姿が見えてないかの如く己の仕事に没頭し続ける。
 
「……どうなってんの?」
 
 5分ほど粘ってみたものの、一向に反応がない事に諦めた吹寄が戻ってきた。
 
「そういう結界なんだろうな……」
 
 既に幾度か魔術師と相対した事のある上条が、半ば諦めたように吐き出す。
 
 余り、魔術側に詳しくない上条としては、そう言った物であるとしか漠然と理解していない。
 
「結論だけ言うと、俺達の姿はここの人達には見えてないし、俺達はドア一つ開けることが出来ない」
 
 試しに吹寄を促して、傍らのドアを開けさせてみるも、ドアはピクリともしない。
 
「だから、下手に部屋に入るとそのまま閉じ込められる事になるから気を付けた方が良い」
 
「な、なんて出鱈目な世界……」
 
 自らの常識が通用しない世界観に、ウンザリとした溜息を吐き出す吹寄。
 
 それを嫌気が差したと勘違いした上条が、
 
「今ならまだ間に合うから、帰った方が良いぞ? 吹寄」
 
 そう告げた瞬間、吹寄が勢い良く上条に向かって振り返り、彼の胸ぐらを掴み挙げ、
 
「……上条。私は貴様を手伝うと言ったはずよ」
 
 上条の言葉にプライドを刺激された吹寄が強い決意を秘めた眼差しで告げる。
 
 対する上条は、彼女との付き合いの長さから決して退かないであろう事を悟ると肩を竦め、
 
「分かった。だけど、危なくなったら、すぐに逃げろ。それだけは絶対に約束してくれ」
 
 いつものような巫山戯た感じのしない、真摯な眼差しで告げられた吹寄は、初めて見る上条の表情に僅かに狼狽しながらも、辛うじて平静を取り繕いつつ、
 
「いいわ。約束する」
 
 吹寄の同意を取り付けた上条は視線を風斬へと向け、
 
「風斬も良いな?」
 
「えっと、私は……」
 
 躊躇い、己の存在を自覚した上で、改めてその事を告げようとするも、上条がそれを遮った。
 
「巫山戯た事言ったら、殴るぞ」
 
 真剣な表情で告げる上条。
 
 彼は真剣な顔のまま、
 
「誰が何と言おうと、お前は普通の女の子だ。それ以外の何者でもねぇ」
 
 あくまでも自分を一人の人間として扱ってくれる上条の心遣いが嬉しく、感極まって何も言葉を返せなかったが、その分、力強く頷き返した。
 
 彼女の想いは上条に届いたのか? それは定かではないが、彼は無言のまま、先導して三沢塾を歩き始める。
 
 そんな上条を慌てて止めようとしたのは吹寄だ。
 
「ちょ、ちょっと上条。そんな堂々と歩いて行っていいの? もっと、慎重にと言うか、映画のスパイみたいに隠れながら行った方がいいんじゃないの?」
 
 という吹寄の言葉に関して上条は諦めにも似た苦笑を浮かべて、
 
「いや、もうバレてるだろうから」
 
 彼も詳しくは知らないのだが、土御門曰く魔術師の張った結界内に上条が入った場合、確実に気付かれてしまうらしい。
 
「何でも、真っ赤に塗られたキャンバスが結界だとしたら、俺は消しゴム掛けながら歩いてるようなものらしいから」
 
 しかも上条だけでなく、風斬もそれに該当する。存在自体が異能の塊である彼女の場合は消しゴムではなく、青の絵の具で塗りつぶしながら歩いているようなものだが。
 
 ともあれ、そんな事情もあって、コソコソと隠れながら歩くのは時間の浪費に過ぎない。
 
 風斬の正体に関しては適当に暈かしながら、告げる上条。
 
 それを聞いた吹寄はこめかみの辺りを押さえながら、
 
「……つまり、私達は貴様という発信器を付けたまま敵の居城に侵入しているようなものだと?」
 
 何故土御門は、そんな人材に依頼しようと思ったのだろう? と心底不思議に思う。
 
「……まぁ良いわ。今はとにかく先に進みましょう」
 
 上条を先頭に、吹寄、風斬と順番に続く。
 
 エレベーターを使いたい所ではあるが、結界の効果によってボタン一つ押すことの出来ない上条達は、仕方無く歩いて上を目指す事にする。
 
 目指す隠し部屋は5階食堂の隣だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 何とか5階にまで敵に遭遇することなく辿り着いた上条達が5階に辿り着いた時、不意に背後から声を掛けられた。
 
「──誰だ?」
 
 感情の籠もっていない野太い男の声。
 
 ゆっくりと振り返ると、そこに居たのはスーツ姿の男だ。
 
 年の頃は20代の半ばだろうか? 無感情な眼差しをサングラス越しに投げ掛けてくる。
 
 完全な無個性故に感じる違和感。
 
 何よりも現在上条達がいる場所は、三沢塾であって三沢塾でない場所。
 
 言ってみれば、コインの裏のようなものだ。裏の事情を知らない一般の塾生達の居るコインの表とは同じ場所でありながら決して交わる事のない場所。
 
 で、ありながら男は上条達の存在に気付き、声を掛けてきた。
 
 それはすなわち、この男が裏の事情を知っているという事だ。
 
 そこまで一瞬で考え出した上条は、男の手が懐に入れられている事に気付き咄嗟に動いた。
 
 ステップを踏みながら一直線ではなく左、右、左とジグザグに動き、相手に己の動きを特定されぬよう距離を詰めて、その顎に下から突き上げるように拳を叩き込む。
 
「グッ! ッく!?」
 
 それでも意識を失わない男に対し、その場で跳躍。
 
 身体を反転させて遠心力を乗せた後ろ回し蹴りを側頭部にねじ込んだ。
 
 弾き飛ばされ、壁に叩き付けられて意識を落とす男。
 
「上条!?」
 
 吹寄の声に反応して、わけも分からず上体を屈めると、上条の頭上をバトン型のスタンガンが通過していった。
 
 ……まだ居たのか!?
 
 上条が慌てて体勢を整えようとするよりも早く、
 
「危ない!」
 
 横から割り込んだ風斬が、両手で男を押し飛ばす。
 
 その華奢な身体に似合わず、恐ろしいほどの怪力を発揮した風斬に飛ばされた男は、廊下の遥か向こう側まですっ飛んでいった。
 
 それを見送った上条は安堵の吐息を吐き出し、
 
「サンキュ、風斬」
 
「い、いいえ。無事で良かったです」
 
 そう言いながらも、吹っ飛んでいった男を心配する辺り彼女らしいと思いつつ、上条は油断無く周囲に視線を走らせる。
 
「……囲まれたか」
 
「──そうみたいね」
 
 上条の台詞が指す通り、現在彼らは10人を越える数の男達に包囲されていた。
 
「……存在感が希薄だから、気付かなかったな」
 
 僅かに歯噛みし、逃げ切るのは難しいとみて戦闘態勢を取る。
 
 彼の背後では、風斬と吹寄の二人も構える気配を感じた。
 
「お、おい。無理しないで、二人は下がって……」
 
 言い切るより早く、先手必勝とばかりに吹寄が前に出た。
 
「哈ッ!!」
 
 烈波の気合いと共に、重く踏み込み同時に掌底を相対する男に叩き込む。
 
 予想以上の速度で踏み込んできた吹寄に対処出来ず、男はマトモに吹寄の掌を受けてしまい、その場に崩れ落ちた。
 
 しかし、彼女の動きはそれで終わりではない。
 
 流れるような動きで傍らの男に狙いを定めると、低い体勢から足払いを仕掛け、体勢が崩れた所に掌底を叩き込む。
 
 信じられないもの見たと、呆然としていた上条だが、すぐに我を取り戻すと眼前に迫っていた男達を迎撃していく。
 
 元は塾の講師達だ。特別に身体を鍛えているわけでも、戦闘訓練を受けているわけでもない。
 
 数の上では不利であっても、5分と経たずに全ての男達を倒した上条達は一息を吐き、
 
「というか風斬はともかく、吹寄さんのその強さは何ですか!? と上条さんは問い掛けたい!」
 
 納得出来ないと叫き散らす上条に対し、吹寄はどこか勝ち誇った表情で、
 
「──これが東洋の神秘、氣よ!」
 
 吹寄・制理。彼女の密やかな趣味に健康グッズの蒐集というものがある。
 
 そんな彼女のコレクションの一つ。『中国5千年の神秘・健康体操“太極拳”』というDVDがあり、毎日それを実践し続けた結果、彼女は氣というものを理解するに至ったのだ。
 
 もっとも、それは能力とは見なされず、未だ彼女の身体検査の結果はレベル0のままなのだが。
 
 それを聞いた上条は、信じられないものを見る目で、
 
「……いやいや、有り得ないだろ? 何ですか氣って? 貴女、男塾とかの学生ですか?」
 
「う、うるさいわね! 使えるんだから、別に良いでしょ!?」
 
 確かに、そのお陰で助かったのも事実だ。
 
「まあ、吹寄が密かに拳児を愛読してるという事実は置いといて」
 
「貴様、何故知ってる!?」
 
「マジで読んでんのかよ!? いや、確かにアレは名作だけど、女の子が読むような漫画じゃないだろ!?」
 
 ギャーギャーと叫きながらも上条達の足は食堂へと向かう。 
 
「……さて、廊下の方にドアは見当たらなかったから、こっちの部屋に入り口があると思うんだけどな」
 
 塾生達の目に映らないのをいいことに、堂々とした態度で壁を調べ始める上条。
 
 しかし、そんな彼を見つめる瞳がある。
 
 瞳の数は160。つまり、食堂にいた80人の生徒達が一斉に上条の存在に気付いたのだ。
 
「こ、このバカ! 気付かれたじゃない」
 
「違う。……これは、罠だ!?」
 
 正確には人間を使った警戒装置といった所か?
 
「織天の翼は輝く光、輝く光は罪を暴く純白──」
 
 吹寄達からしてみれば意味の分からない言葉だが、既に幾度か魔術師と相対している上条は、それが魔術師の詠唱である事に気付いた。
 
「──ヤバイ!? 逃げるぞ!」
 
 告げ、吹寄の背中を右手で、風斬の背中を左手で押して入り口の方へと走らせる。
 
 生徒達一人一人の額の辺りから、青白いピンポン玉ほどの球体が現れ、それらが上条達に襲いかかる。
 
 光球一つの破壊力は、火傷程度で済みそうなレベルだが、何分数が多すぎて、上条の右手一本では対処しきれない。
 
 不幸中の幸いか? 追ってきているのは光球だけなので、新たに追加されるような事はないだろうが、それでも数が数である。
 
「逃げるって、何処に行けば良いのよ!?」
 
 来た道を戻りながら、怒鳴るように吹寄が質問を投げ掛ける。
 
 対する上条は殿を務めながら、
 
「取り敢えず、コイツ等を操っている魔術師を倒せば、全部解決する! ……と思う。多分」
 
「……随分と自信無さげね、貴様」
 
「上条さん一般人ですから……!」
 
 先程の知識もゲームや漫画なら、そんな感じだったよな? という程度の知識からだ。
 
 そんな言い合いをしながら走っていると、急に先頭を走っていた吹寄が立ち止まった。
 
 そのすぐ後ろを追走していた風斬が吹寄にぶつかってもんどり打つように倒れ、背後から飛んでくる光球を迎撃しながら走っていた上条も、足を取られてその場に転げる事になる。
 
 だが問題は、上条の転けた先に居るのが風斬・氷華という点だ。
 
 彼女の正体は人間ではなく、学園都市に住む230万もの能力者達が放つAIM拡散力場によって作られた存在だ。
 
 よって異能の力の塊である彼女は、上条の持つ“幻想殺し”で触れた瞬間、簡単に消えてしまう。
 
 その事を知っている上条は、咄嗟に右手を背中に回し、顔から倒れ込んだ。
 
「むぐッ!?」
 
 しかし、彼の顔に直撃したのは堅い床ではなく、まるでマシュマロのように柔らかい感触。
 
 否、張りや弾力などを考えるとマシュマロなどとは比べようがない。
 
 しかも、それは巨大な大きさをもって上条の顔を圧迫し、彼を窒息死させんと張り付いてくる。
 
「んぐぐ……!」
 
「ひゃッ!?」
 
 身体を起こそうと左手を着いた瞬間、まるで少女の悲鳴のような声が聞こえ、……直後、
 
「何をやってるの貴様!?」
 
 右の側頭部に強い衝撃を受けて吹き飛ばされた。
 
「うおおおおおお、頭が蹴られたように痛い!!」
 
「実際、蹴ったのだから当然でしょ」
 
 事も無げに告げる吹寄。その一言を受け、上条はいつものように、
 
「……不幸だ」
 
 と溜息混じりに零して身体を起こす。
 
「──それで風斬は無事か?」
 
 視線を向けた先、そこには顔を真っ赤にして両手で胸を隠すように座り込んでいる。
 
「え? ……風斬さん?」
 
 羞恥で顔を真っ赤に染めた風斬は、彼が咄嗟に自分を庇う為、右手を引っ込めた事を知っているので、文句は言わない。──が、代わりとでもいうように、視線で責任取って下さいと訴えかけていた。
 
 しかし、相手は上条・当麻。その手に関する鈍さは筋金入りだ。
 
 ……うわ、滅茶苦茶睨んでいらっしゃいますよ? ここはやっぱり、土下座か? 土下座しかないのか!?
 
 ……貴様、本物の馬鹿でしょう?
 
 小声で囁き合う上条と吹寄。
 
 だが、吹寄はすぐに我を取り戻すと咳払いし、
 
「そんな事よりも、ほら。お探しのお姫様よ」
 
 告げる先、巫女装束を身に纏った長い黒髪の少女の姿があった。
 
 ちなみに、上条達を追っていた無数の光球は、巫女の登場と共に、万が一にでも彼女に危害が加わらないように、その時点で全てが床に落下している。
 
「……姫神・秋沙か?」
 
「……そう。だけど。……貴方達は誰?」
 
 小首を傾げる日本人形のような少女に対し、上条は小さく頷くと、
 
「お前がここに捕らわれてるって聞いたんで助けにきた」
 
 手を差し伸べ、
 
「行こうぜ。何時までもこんな所に引きこもってる必要もないだろ?」
 
 だが、姫神は上条の手を取らない。
 
 彼の差し出した手を見つめて、力無く首を振り、
 
「ありがとう。……でも。私は行けない」
 
「は? 何でだよ!? こんな所に居るよりも、学校行って友達とバカやって笑ってる方が万倍面白いだろ!?」
 
「学校はバカやる所じゃなくて、勉強する所よ」
 
 という吹寄の的確なツッコミはスルー。
 
 姫神は表情を動かす事なく。
 
「……私はここを離れない。私がこの結界を出れば。吸血鬼を呼び寄せてしまう」
 
 そして、感情のこもっていない眼差しで上条を見つめ、
 
「……君。吸血鬼ってどんな生物か知ってる?」
 
「……語尾にザマスとか付ける」
 
「違う」
 
「……じゃあ、筋肉ダルマで顔に奇抜なメイクしてるナルシスト」
 
「違う」
 
「ショタコン魂を揺さぶるような美少年で、お付きに影使いのメイドさんがついてたりする」 
 
「違う。……というか。君。漫画しか読んでない?」
 
「図星刺されましたよ、吹寄さん!」
 
「事実でしょ?」
 
 トドメを刺されて、その場で拗ね始める上条を慌ててフォローし始める風斬。
 
 そんな彼らを尻目に、姫神は淡々と語り始める。 
 
「私達と何も変わらない。泣いて。笑って。怒って。喜んで。
 
 ──誰かの為に笑い。誰かの為に行動出来る。そんな人達」
 
 何かを思い出しているのか? 姫神は小さく笑う。……しかし、その小さな笑みもすぐに引っ込めると、
 
「私の血は。そんな人達を殺す。理由は無い。そこに居るから。例外はなく。特例もなく。……一切合切全てを殺し尽くしてしまう」
 
 血を吐くように告げる姫神。
 
「私はもう。殺したくない。……誰かを殺すくらいなら。私は自分を殺してみせると決めたから」
 
 その為にも、この結界内に居れば吸血鬼を呼び寄せてしまう事もないという。
 
 現在、アウレオルスと姫神の間に交わされている契約は、姫神が吸血鬼を呼び寄せる代わりに、アウレオルスが彼女の能力を封じ込める事の出来る霊装“歩く教会”を彼女に与えるというものだ。
 
 その為、偶に姫神は街の方へ出かける事も出来るという。
 
「だから、完全に引きこもっているわけじゃない」
 
 安心して帰ってもらっていい。と告げる姫神。
 
 話を聞いた吹寄は小さく安堵の吐息を吐き出し、
 
「そういう事なら、私達がこれ以上お節介をやく必要も無さそうね」
 
「このまま帰るなら。私からアウレオルスに頼んで貴方達の安全は保障させてもらう」
 
 と上条に視線を向ける。
 
 だが、そこに居た上条は決意満ちた眼差しで姫神を見つめていた。
 
「その錬金術師ってのは、何で吸血鬼を呼び寄せようとしてるんだ?」
 
「ある人を助ける為と言ってた。その為に。どうしても吸血鬼の協力が必要だと」
 
「何だ、意外と良い人みたいじゃない」
 
 完全に安堵する吹寄に代わり、上条は未だ警戒を解かないままで、
 
「……吸血鬼の協力を得て、一体どうやって、どんな人を助けるつもりなんだ?」
 
 その問い掛けに対する答えは背後からきた。
 
「当然。吸血鬼に力を借り受けるのだ」
 
 聞こえてきた声に慌てて振り返る。
 
 そこに居たのは2m近い長身の男だ。
 
 緑色に染められた髪。純白のスーツを身に纏った青年だ。
 
 悠然とした態度で現れた錬金術師に対し、上条は最大限の警戒を見せつつ、
 
「吸血鬼の力を借りるって言ったな? 一体、どうやって、どんな奴を救うつもりだ?」
 
「聞いてどうする? 少年」
 
 訝しげに眉を顰めて問い掛けるアウレオルスに対し、上条は決然とした態度で、
 
「俺にも何か協力出来る事があるかも知れないだろうが!? もしかしたら、吸血鬼なんて者に頼らなくても良いかもしれない!」
 
 真摯な眼差して告げる上条に対し、錬金術師は僅かに嘆息すると、──貴様如きに言っても栓のない事だが。と前置きし、
 
「禁書目録と呼ばれる、決して救われない少女が居る。
 
 詳しい事情は省くが、彼女には1年毎に記憶を抹消しなければ死ぬという呪いが掛けられている」
 
「……呪いだと?」
 
「あぁ、そうだ。私はこの地に来て脳医学を学ぶ事で、それがイギリス清教によって掛けられた呪いである事までは突き止めた。
 
 だが、問題は、その呪いが掛けられた場所が……」
 
 己のコメカミを指で叩き、
 
「脳だということだ。解呪しようにも場所が悪すぎる。
 
 下手をすれば彼女に障害が残るかもしれん」
 
 ──だから、吸血鬼の協力を得て脳の許容量を増やす術を聞くのだと言う。
 
「もし、仮にその術が吸血鬼にしか出来ぬというのであれば、彼女をカインの眷属にする事さえやぶさかではない」
 
 悲痛ともいえる決意を持って告げるアウレオルス。
 
 それは決して彼女の望む事ではないだろう。しかし、それでも彼女は別れの時に言ったのだ。──決して忘れたくないと。
 
 教えを破ろうが、このまま死のうが、胸に抱えたこの思い出を決して忘れたくないと。
 
 指先1本動かせぬ身体で、溢れる涙に気付かずに、──笑いながら告げたのだ。
 
 語り終えたアウレオルスは見た。眼前の少年の顔に笑みがあるのを。
 
「……憤然。何が可笑しい? 少年」
 
 怒りを露わにしながら告げるアウレオルスに対し、上条は隠そうともしない笑みのまま、
 
「これが笑わずにいられるかよ……。アンタ、呪いって言ったよな?」
 
 一息、己が右手を差し出し、
 
「なら簡単だ。その呪い(幻想)……、俺がぶっ殺してやる」
 
「何……?」
 
 訝しげな表情のまま問い掛けるアウレオルスに対し、上条は自信に満ち溢れた表情で、
 
「この右手の能力は“幻想殺し”って言ってな。例えそれが神様の奇跡であろうと、異能の力であるならば、消し去る事が出来るんだ」
 
 呪いの類も解呪出来る事は、既に闇咲・逢魔という魔術師の依頼で確認済みだ。
 
 ──だから、
 
「俺にもその娘を助けるのを手伝わせろ、錬金術師」
 
 上条の言葉を聞いたアウレオルスは僅かに悩み、ポケットから一つの十字架を取り出して上条に放る。
 
 緩やかな放物線を描いて己の元に到達したそれを、上条は右手でキャッチ。
 
 瞬間、その十字架は砂となって彼の手からこぼれ落ちた。
 
 その事実にアウレオルスは目を見開く。
 
 あれは彼の知る限り最高位の霊装だ。それを何の準備もなく一瞬で消し去るとは……。
 
 そして、彼自身。自分の身体が小刻みに震えているのが分かる。
 
 彼女を救う事の出来る救世主が眼前に居て、自ら彼女を助けるのを手伝わせろと言う。
 
 ……この少年。禁書目録だけでなく、私も救おうというか。
 
 アウレオルスに主導させる事により、彼の意を汲もうとする上条の心意気に内心で感謝しつつ、アウレオルスは口を開く。
 
「……少年。名は何という?」
 
 その質問に、上条は躊躇い無く答えた。
 
「上条・当麻……」
 
「……神上? ……La persona superiore Dio」
 
 彼が以前属していたローマ正教において、ローマ教皇よりの上位の存在としてある“神の右席”。……彼らが目指していたものが、神上と呼ばれていたはずだ。
 
「……どうかしたか?」
 
 いきなり黙考を始めたアウレオルスを心配そうな眼差しで見つめる上条。対するアウレオルスは頭を振ってその考えを払拭すると、
 
「いや、……考え過ぎだろう」
 
 そう言って一息を吐き、
 
「ならば、上条・当麻。ここに契約を結ぼう。
 
 貴様が禁書目録の呪いを解いてくれるというのであれば、私はそれに見合うだけの働きをここ約束する」
 
 アウレオルスの言葉を聞いた上条は口元を綻ばせ、
 
「なら、早速だけど二つほど良いか?」
 
「当然──」
 
「この建物の結界、解いてくれないか? 依頼人の方には、適当に誤魔化しておくから結界が張られたままだと、色々不都合があるんだよ」
 
「容易い事だ」
 
 アウレオルスは懐から針を取り出すと己の首筋に突き刺し、小さく治れとだけ告げる。
 
 この場からは見えないが、魔術の行使によって傷だらけになった塾生達と上条達に倒された講師達の怪我が一瞬で完治された。
 
 アウレオルスが何をしているか? いまいち理解していない上条に対し、錬金術師はポケットから一枚のコインを取り出すと上条へ向けて放り、
 
「そのコインがこの結界の核だ。貴様が右手で触れば結界は崩壊する」
 
 言われ、上条は右手でコインをキャッチした。
 
 瞬間、ガラスの砕けるような音を上条達は確かに聞いた。
 
 しかし、実際には何処のガラスも割れておらず、代わりに周囲からは塾生達のものと思わしき話し声などが聞こえてくる。
 
「これで、結界は破壊された。二つ目の望みは何だ?」
 
 アウレオルスからの問い掛けに対し、上条は一瞬だけ姫神に視線を向け、
 
「姫神に“歩く教会”とかいう霊装を分けてやってほしい」
 
 本来ならば、上条との契約が成立した時点で、アウレオルスにしてみれば用は無くなった姫神だが、その彼女さえ救おうとする上条に対し、錬金術師は苦笑を浮かべながら思う。
 
 ……この少年。どれだけの者を救おうというのだ?
 
 だが、彼に救われたアウレオルスとしては、彼の意志に否はない。
 
「ふむ……、そういう事ならば惜しい事をした」
 
「……何が?」
 
 問い掛ける上条に対し、アウレオルスは彼の足下に溜まった砂を指さす。
 
「先程、貴様の“幻想殺し”というものを試した際に投げたものが“歩く教会”だったのだが……」
 
「何て事しやがりますか、貴方!?」
 
 頭を抱えてギャース! と叫き散らし始める上条。
 
「心配ない。1週間ほどあれば、新しい物が出来る」
 
 アウレオルスは簡単に請け負うが、問題はその間、姫神の能力がダダ漏れになるという事だ。
 
「……1週間くらいなら。大丈夫だと思う。……だから。そんなに気を使ってもらわなくていい。
 
 “歩く教会”を作って貰えるように交渉してくれただけで充分」
 
「そんなわけにはいかねぇだろ! お前、誰かを殺すくらいなら自分を殺した方が良いって言ってたじゃねぇか!
 
 ……クソ!? 何か手は無いのか!?」
 
 頭を掻きながら、必死に打開策を考える上条。
 
 彼の真剣な眼差しに、姫神は何を見たのか? それっきり黙り込んでしまう。
 
「あ、あの……。でしたら、もう一度結界を張って貰うというのは?」
 
 怖ず怖ずと意見を告げるのは風斬だ。
 
 だがアウレオルスは平然とした表情で、
 
「準備に1週間掛かる。それでは意味があるまい?」
 
 項垂れる風斬を尻目に、アウレオルスはさして興味無さそうに、
 
「とはいえ、別段方法が無いわけではない」
 
「え? あるのか?」
 
「当然──」
 
 そして上条を指さし、
 
「貴様の右手は全ての異能を打ち消すのだろう? ならば、その手で常に姫神・秋沙に触れていれば、能力は発動しないはずだ」
 
「その手があったか!」
 
 喜び勇んで姫神の手を取る上条。
 
 ゴツゴツと硬い掌の感触に戸惑いつつも、強く握り締められた手の暖かさを実感し、そっと握り返す姫神。
 
「では、私は“歩く教会”の制作に取りかかろう」
 
 そう言い残して、アウレオルスは廊下の向こうへと姿を消す。
 
 残された上条達は一件落着と三沢塾を後にする事になるのだが、当然問題は解決するどころか山積みなのだった。
 
       
 
 
 
 
 
 
 
 
「ところで上条」
 
「ん? 何だ? 吹寄」
 
 帰り道を歩きながら、吹寄が口を開く。
 
「……貴様、そのまま帰ってどうするつもり?」
 
 吹寄曰く。
 
「料理は何とかなるでしょうけど、お風呂やトイレはどうするつもり?」
 
「…………」
 
 考えていなかった。
 
「……ど、どうしよう?」
 
 脂汗を流しながら問い掛ける上条。
 
 対する吹寄は溜息を吐き出して風斬と一瞬視線を交わすと、
 
「まぁ、ここまで付き合った以上、最後まで付き合わせてもらうわ」
 
「私もお手伝いします」
 
 その申し出は素直にありがたいが、
 
「……どうやるんだ?」
 
「まあ、私に考えがあるから任せておきなさい」
 
 そう言って、泊まり込みの準備をすべく学生寮へと風斬を伴って走っていく。
 
 残された上条と姫神は、それを呆然と見送ったまま、
 
「んじゃ、帰るか」
 
 右手に姫神の手を握り、左手に彼女の私物が僅かばかり詰め込まれたバックを持って寮へと戻る。
 
 否、そうそう簡単に戻れないのが上条・当麻という男の天命なのだ。
 
 途中、常盤台中学のレベル5、御坂・美琴と遭遇し謂われのない喧嘩を吹っ掛けられ、更に逃げた先に居た学園都市最強の一方通行が満面の笑みを浮かべてリベンジとばかりに追いかけ、それに引きづられるように打ち止めが彼らを追いかければ、彼女からの指令を受けた妹達が先回りして上条達の進路を防ごうとする。
 
「……ふ、不幸だ」
 
「……もしかして君。毎日こんな生活を送ってるの?」
 
 紆余曲折あったものの、何とか寮まで辿り着くことの出来た上条と姫神。
 
「ま、毎日なんかじゃないぞ!? 精々、1日1回か、2回……、多くても3回くらいなだけで!?」
 
「…………」
 
 姫神からの痛い視線を堪え忍びながらエレベーターで自室の前まで到着すると、そこでは既に吹寄と風斬の二人がドアの前で上条達の到着を待ち構えていた。
 
「遅い! いつまで待たせるつもり!? 貴様」
 
「スンマセン! 色々とトラブルに巻き込まれてましたぁ──!?」
 
 潔く吹寄に頭を下げる上条。
 
 対する吹寄は小さく溜息を吐き出して上条の肩に手を乗せると、
 
「まあ、貴様の事だから、そんな事だと思っていたわ」
 
 思いがけない優しい言葉に思わず顔を上げた上条が見たものは、怒りのあまり額に井桁を張り付かせた吹寄の笑顔。
 
 彼女はそのまま大きく振りかぶると、上条の額に自分の頭をぶつける。
 
「ッ!?」
 
 分厚いコンクリートの壁を大ハンマーで殴ったような鈍い音が鳴り、その場に上条が頽れるのに対し、吹寄は平然としたまま、
 
「姫神さん連れてるんだから、無用な面倒は避けるように注意しなさい。
 
 もしもの事があったら、どうするの!?」
 
「そ、そんな事より、上条さんとしては、何故吹寄さんは今の頭突きで平気なのか? と問うてみたいのですが……」
 
 上条の問いに、吹寄はまるで当たり前のように、
 
「硬気功使ったからに決まってるでしょ?」
 
「……何処の漫画のキャラですか? 貴女」
 
 ともあれ、吹寄の制裁も終わり、上条宅に足を踏み入れる面々。
 
 彼女達の第一印象は、
 
「……へー、意外と片付いてるようね?」
 
「一人暮らしも長いからな。一通りの家事はこなすって」
 
 吹寄と風斬は、取り敢えず上条に勧められるままに適当な場所に腰を下ろし、
 
「掃除の必要が無さそうなのは助かったわ。……じゃあ取り敢えず、食事の準備するからキッチン借りるわね」
 
「あぁ、それは良いけど、つーか正直ありがたいけど……」
 
 言葉を選ぶように、
 
「栄養素とかよりも味を重視してくれると上条さん飛び跳ねて喜びます」
 
「わ、分かってるわよ!?」
 
 実は隠し味にと、能力を上昇させる効果の栄養素や各種サプリメントなども持ってきていた吹寄。
 
 取り敢えず、買ってきた食材と冷蔵庫の中身を吟味し、少し迷う。
 
 ……カレーと肉じゃが、どっちの方が良いかしら?
 
 一人暮らしの男を陥落させるには肉じゃがで家庭的な所をアピールすると良いとはよく耳にするが、自分は上条に対してそんな感情は全く無いわけで、だからと言って小学生でも作れるような簡単なメニューであるカレーというのも彼女のプライドが許さない。
 
 ……む。むむむ、……悩む所ね。
 
 吹寄が考え込んでいると、背後から材料を覗き込んだ風斬が、
 
「──酢豚でも作るんですか?」
 
 と問うてきた。
 
 それを聞いた吹寄は、
 
 ……それも良いわね。
 
 と思い直し、ジャガイモを冷蔵庫の野菜室に収納し、
 
「じゃあ、作ちゃいましょうか」
 
「軍曹殿! 酢豚にパイナップルは邪道だと具申します!」
 
 手狭なワンルームマンションだ。部屋の方にまで声が聞こえていたのだろう。上条からそんな台詞が飛んできた。
 
 対する吹寄は大きく頷くと、
 
「それには非常に同意するわ」
 
 ……幾らお肉を柔らかくする効果があるかも知れないけど、その代わりに酢豚の中に不協和音を仕込むような真似をするのは、正直納得いかないし。
 
 ともあれ、今回は上条の意見に同意するが、これ以上料理の邪魔をされるのは頂けない。
 
 吹寄は買い物袋から酢昆布の小箱を取り出し、
 
「料理が出来るまで、これでも食べてなさい」
 
 部屋でベットに座り姫神と一緒にテレビを見ている上条に向けてそれを放る。
 
 飛んでくる小箱を左手で器用にキャッチした上条は、姫神と協力してビニールを剥がして中の板状に加工された昆布を取り出すと二人で分け合い口に入れ、
 
「……つーか、何で酢昆布?」
 
「……昆布には各種ミネラルが大量に含まれているし、よく噛む事によって顎も頑丈になるし、脳も活性化するの。
 
 巷に氾濫しているスナック菓子なんかより、よっぽど健康的だわ。……安いし」
 
「……安いのは良いな」
 
 その一点にのみ同意する上条。
 
 学園都市からの助成金は、その者のレベルによって金額が変わる。
 
 レベル0の上条や吹寄は、精々小遣いの上乗せ程度の額でしかない。
 
 ともあれ、暇潰しにテレビを見ていたわけだが、何だか姫神の様子がおかしい。
 
「……ん? どうかしたのか? 姫神」
 
 内股を摺り合わせ、落ち着きのない巫女さんに問い掛けるが、姫神は答えに窮し、チラチラとトイレの方に視線を向けるに留まる。
 
 それでようやく自体を察した上条は焦った顔で、
 
「ど、どうしよう!? ご、5分くらいなら離しても平気か!?」
 
「た。多分。大丈夫だと思う……」
 
 よく見れば無表情なままの姫神だが、その顔色は若干青白い。
 
「よ、良し! トイレはキッチンの横だから!」
 
 乙女心としては、トイレトイレと連呼しないでほしい所ではあるが、現状そんな余裕すらないほど切羽詰まった状態だ。
 
 上条が手を離すと同時、ダッシュでトイレに向かう姫神。
 
 小用を済ませて安堵の吐息を吐き、いざ紙を手に取ろうとして、トイレットペーパーが切れている事に気付いた。
 
 僅かに思案する姫神。だが、余り長い間彼と離れているわけにもいかず、水を流してからトイレのドアを小さく開き、
 
「あの……。紙が無い」
 
 羞恥に顔を真っ赤に染めながら小声で告げる。
 
 幸いにも近くに風斬が居てくれた為、彼女が上条に予備のトイレットペーパーの場所を尋ねてくれたのだが、ここで上条の不幸属性が発動してくれた。
 
「トイレットペーパーなら、洗面所の下の戸棚の中に……」
 
 言って立ち上がり、自身の手で扉を開ける。
 
 そこでは配水管が外れ、水浸しになって使い物にならなくなったトイレットペーパーのロールが……。
 
「うわぁ……」
 
 生憎とティッシュペーパーのストックも切らしていて、代用品も無いような状態だ。
 
「……買ってくるしかないか」
 
 財布を手に取り、ポケットに入れようとして、それを風斬に停められた。
 
「私が代わりに行ってきます。余り長い間、姫神さんと離れるのは駄目なんですよね?」
 
 確かに、姫神がトイレから離れられない以上、上条がここから出ていくわけにはいかないし、吹寄は今料理の最中だ。
 
 消去法で残されているのは、風斬しか居ない。
 
「じゃあ、ちょっと行って来ます」
 
 告げ、玄関から外へ飛び出していった。
 
 それを見送った上条は小さく吐息を吐き出し、
 
「えっと……、姫神さん?」
 
 問い掛けると、トイレのドアが小さく開いた。
 
「大体の事情は聞いてた」
 
 ドアの隙間から、姫神の繊手が差し出される。
 
 その手を上条は己の右手で握り返す。
 
「……出来れば、向こうを向いていてほしいのだけど」
 
「お、おう!」
 
 一瞬、彼女の足下に落ちた緋袴が目に入り、慌ててそっぽ向く上条。
 
 部屋に吹寄の料理する音と、テレビのニュースの音声が流れる時間がどれくらい過ぎただろうか?
 
 余りの羞恥に時間が永遠にも感じる中、買い物に行っていた風斬が帰ってきた。
 
 彼女は勢いよくドアを開け、
 
「ただいま帰りました!」
 
 それが拙かった。
 
 玄関のドアを勢いよく開けた為、急激に部屋の空気が移動し、半開きだったトイレのドアが大気の流れにのって全開に開放される。
 
 ドアのノブが勢いよく壁に叩き付けられる音に上条が慌てて振り返ると、そこには下半身を露出させて便座に腰掛けた姫神のあられもない姿。
 
「……え?」
 
 その間の抜けた声はどちらのものだったのか?
 
 それを判断する間も無く、上条は音速超過の速度で飛来したトイレットペーパーの12ロール入りお徳用パックを顔面に喰らい、同時キッチンから活歩で一気に距離を詰めた吹寄の鉄拳を腹に受け、
 
「……ふ、不幸だ」
 
 その言葉を最後に意識を手放した。
 
 余りの速度で巻き起こった惨劇に悲鳴を挙げる事も忘れて呆然としている姫神。
 
「……まったく、油断も隙も無い」
 
 憮然とした吹寄が、部屋の片隅に散乱するトイレットペーパーの中から比較的無事な物を選別して姫神に手渡した事でようやく我に返って慌ててトイレのドアを閉めようとして、未だに上条の右手が姫神の手を掴んで離していない事に気付いた。
 
 意識を失えば、普通は力が抜け弛緩するものだというのに、彼は姫神の意を汲んで絶対に離すまいという意志さえ感じる。
 
 姫神は上条と手を繋いだままで所用を済ませると、悪戦苦闘しながら左手一本で緋袴を纏い、部屋に戻って未だ意識のない上条の身体を自分の太股の上に乗せて髪の毛を梳りながら思案した。
 
 ……何故、この少年は全く接点のない自分の為にここまでしてくれるのだろうか?
 
 報酬を貰っての仕事なら、アウレオルスを倒し姫神を解放して終わっているはずだ。わざわざ彼女の為に面倒事を背負い込む理由が説明出来ない。そして逆に、彼が自分の為にここまでやってくれる理由というものも思い浮かばない。
 
 何しろ今日彼と会うまでは、何の接点も無いのだし、姫神自身、自分が見ず知らずの人間に助けてもらえるほど何かに秀でた才能を有しているとは思っていない。精々がこの身に宿る忌まわしい能力を利用しようとしている者達くらいだろうが、この少年がやっている行為は、その能力を封じようとする行為だ。
 
「……何故? 君はそうまでして頑張ってくれるの?」
 
 小さく呟いた声。
 
 誰にも聞かれてはいないと思っていた質問に答える声があった。
 
 姫神の足下。彼女に膝枕されていた少年は目を閉じたまま告げる。
 
「理由なんて必要なのか? 俺は俺の意志でお前を助けたいと思って、助けると決めたんだ。
 
 それ以上でもそれ以下でもねぇよ……」
 
「……でも。私は君達に返せるものは何一つ無い」
 
 その言葉を聞いた上条は身体を起こして、姫神に対して振り向きざまに、
 
「そんなもん。──笑顔の一つでもあれば充分だろ?」
 
 彼の背後、料理を手にした吹寄と風斬も彼と同じ意見だというような笑みを浮かべてこちらを見ている。
 
 だから姫神は彼らに応える為、僅かに口元を綻ばせた笑みを見せた。   
 
 
 
    
 
 
  
 
   
 
 夕食もつつがなく終了し、上条と姫神の二人が夕食を作ってくれた代わりにという事で洗い物を志願し、キッチンに並んでそこはかとなく新婚さんオーラを放ちながら洗い物をしていると、先に風呂を済ませた吹寄がバスルームから出てきた。
 
「お風呂、空いたわよ」
 
 先に風呂を済ましていた風斬は、ドライヤーで髪を乾かしている最中だ。
 
 吹寄は上条に断りを入れて冷蔵庫から牛乳を取り出すと、それをコップに注いで一気に飲み干す。
 
「ぷはぁ──! この為に生きてるって感じよね!!」
 
「親父臭ッ!」
 
「な、何ですって! お風呂上がりの鉄分とカルシウムの摂取は女の子にとって、絶対に必要な行為なのよ!?」
 
「それに胸も大きくなる」
 
 姫神の合いの手に、上条と吹寄は揃って部屋に居る風斬へと視線を向ける。
 
 そこでは両手でコップを持った風斬が、小さく喉を鳴らしながら牛乳を飲んでいる最中だった。
 
 その視線に気付いた風斬は恐る恐る、
 
「あ、あの……、何か?」
 
 吹寄は飲み終わったコップ上条に手渡し、そのまま無言で風斬に歩み寄ると、その大きな胸を指で押してみる。
 
「あ、あの……」
 
 風呂上がりの為、ブラジャーを使用せず地肌にパジャマという格好の風斬の胸はどれだけ押しても限界が来ない。
 
「な、何コレ!? 反則よ! どうやったら、この大きさと弾力を維持出来るの!?」
 
 思わず、鷲掴みにして五指を食い込ませて叫んでしまう。涙目で耐える風斬だが、そんな事は無視して上条の傍らの姫神が口を開く。
 
「そういう吹寄さんも。言うほど小さくはない」
 
「私はお風呂で豊胸マッサージとか、色々やってるもの。姫神さんも良い形してると思うけど?」
 
「でも。大きさは平均」
 
「あの……、余り大きすぎても良いこととかそんなにありませんし……」
 
 ちなみに、大きさランキングでは、風斬(超乳)>吹寄(巨乳)>姫神(並乳)の順番だ。
 
 ともあれ、そんな話題はこの場においてただ一人の男である上条としては、大変居心地が悪い。
 
 現に、
 
「なら。実際男性代表に。聞いてみるべき」
 
「って、上条さんですか!?」
 
「そう。端的に言って。女性の胸は大きさか? 形か? ……ちなみに。貧乳は希少価値だステータスだとか戯言をほざいた場合。ロリコンとして認定される」
 
「スンナよ! つーかアレだぞ、ロリコンと貧乳フェチは明らかに別物だぞ!」
 
 抗いの叫び挙げる上条に対し、目尻に涙を溜めて問い掛けるのは風斬だ。
 
「お、大きいのは駄目ですか?」
 
 上条は罪悪感を感じながら、慌てて先程の発言を否定するように、
 
「い、いや、それはそれでまた別の赴きがあると思います」
 
「……つまり。君は並の女には興味は無いと」
 
「全然そんな事言って無いの事よ! 姫神さん」
 
「日本語おかしくなってきてるわよ上条」
 
 溜息を吐きながら告げる吹寄は、上条からコップを受け取るとキッチンに置き、
 
「ほら、後はやっておいてあげるから、先にお風呂入って来なさい」
 
「ん、あぁ……。って、どうしたもんかな? それくらいなら、離れてても平気か?」
 
「……一人分の時間なら大丈夫だとは思うけど。二人続けてとなると。かなり微妙だと思う」
 
 もし、仮にすぐ近くまで吸血鬼が来ていた場合、その時間が命取りとなる。
 
 どうしたものか? と、眉根を寄せて考え込む姫神。
 
 仕方ないと溜息を吐くのは吹寄だ。
 
 彼女は上条の肩に手を乗せると、
 
「……力、抜いておいた方が楽よ?」
 
 一方的にそれだけを告げると、彼の胸、……正確には鳩尾の辺りに掌底を叩き込んだ。
 
 何の対応もとれず、そのまま意識を手放した上条。
 
「──よし。これで一時間位は目を覚まさないと思うから、その間に入浴を済ませて」
 
 意識を失い、グッタリとする上条を抱き留めた姫神は小さく頷き、無言のまま彼を引きずって浴場へと姿を消した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 次に上条が目を覚ました時、彼は浴槽に浸かり、右手を姫神に握られてる状況だった。
 
「ンだバッ!?」
 
 如何に姫神の身体にバスタオルが巻かれているとはいえ、目覚めと共にこの状況は刺激が強すぎる。
 
 奇声を挙げて跳ね起きた上条の口を横から伸びた姫神の右手が塞ぐ。
 
「取り敢えず。落ち着いて……。貴方が目覚めた事が吹寄さんに知られると。もう一発さっきのを喰らう事になる」
 
 言われ、未だに鈍い痛みを主張する己の胸を見てみると、何だがドス黒く変色しているのが分かる。
 
「……痣ってレベルじゃねぇぞ、コレ」
 
「人体に氣を叩き込んで。内側から破壊する術と言っていた」
 
「……何て物騒な」
 
 ウンザリとした呻き声を挙げながら、自分の姿を鑑みる。
 
「……所で、誰が俺の服脱がしたんだ?」
 
「私」
 
 ……現在、上条は全裸にタオルという格好だ。
 
「……見た?」
 
「これで。おあいこ」
 
 臆面もなく告げる姫神。対する上条は羞恥で顔を真っ赤に染めながら、
 
「ううう……、恥ずかしさの余り上条さん、死にそうです」
 
「私も同じ。……だから責任取ってほしいのだけど」
 
 後半は恥ずかしさの余り消え入りそうな程の小声だったので、上条まで届いていなかった。
 
 ともあれ、身体を洗おうと立ち上がった姫神だが、元より一人用の小さな浴槽だ。
 
 二人同時に入る事に無理がある。
 
 立ち上がった拍子に、彼女の身体を被っていたバスタオルが解け落ちてしまった。
 
 露わになる姫神の裸体。
 
 形の良い乳房も、桜色の乳首も、和人形のような白い肌も、可愛らしくへこんだ臍も、意外と薄目の陰毛も、ほっそりとした太股も、余すことなく上条の前に晒してしまう。
 
「…………」
 
 両者共に無言。ただ上条はその一部始終をシッカリと両の眼に刻みつけると、生唾を呑み込み一言を告げた。
 
「……お、おはようございます」
 
 水滴が彼女の裸体を滑るように落ち、浴槽に波紋を作るのを合図に、姫神は風呂桶を手に取って大きく振りかぶって全力で振り下ろした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 女三人寄れば姦しいという言葉がある。
 
 それは無口な姫神や控えめな風斬であっても例外ではなかった。
 
「ところで。ずっと気になっていたのだけど……」
 
 そう言って切り出した姫神の視線の向く先に居るのは風斬だ。
 
「風斬さんのフルネームは。風斬・氷華?」
 
「はい。そうですけど?」
 
 興味深そうな眼差しで風斬を見つめつつ、姫神は言葉を放つ。
 
「霧ヶ丘女学院の風斬・氷華?」
 
「あ、はい。そうですけど」
 
 その会話を聞きながら、吹寄は書類に書かれていた姫神のプロフィールにあった彼女の在籍している学校も霧ヶ丘女学院だったなと思い出す。
 
 ちなみに、霧ヶ丘女学院という学校は、能力開発という面で見れば御坂・美琴の通うエリート学校、常磐台中学と張り合う程の名門校だ。
 
 但し、常盤台が汎用性に優れた能力者を排出しているのに対し、霧ヶ丘女学院は特殊でイレギュラーな能力者の開発を得意とするエキスパートである。
 
「霧ヶ丘女学院で。ずっとテストの上位ランクに名前があったけど。初めて逢った。
 
 ……ちょっと。ビックリ」
 
 転校してきて未だ日の浅い風斬については、吹寄も余り詳しい事は知らない。
 
 ただ名門の学校の中には、少人数の特別クラスなるものが存在しているという話は聞いていたので、風斬もそんなクラスの出身なのか? と思ったりしていた。
 
 だが、当の風斬は真剣な表情で何かを考え込み、真剣な表情で姫神に問いを投げ掛ける。
 
「……私の能力とかに関しても何か聞いていますか?」
 
「詳しい事は何も。ただ。先生から貴女の別名と。奇妙な噂を聞いた事があるくらい」
 
 言い辛い事ならこれ以上は聞かないという雰囲気を醸し出す姫神だが、風斬は一度目を閉じて小さく深呼吸すると、何かを決意した眼差しで未だに意識の無い上条に視線を向けてから再度、姫神と視線を合わせ、
 
「──“正体不明”。私が虚数学区・五行機関の正体を知るための鍵だという話ですか?」
 
 虚数学区・五行機関というのは、今は何処にあるのか? 誰も知らないとされる学園都市最初の研究機関で、現在の最新技術でも再現出来ないとされる多くの“架空技術”を有しているといわれ、噂では学園都市を裏から操っているともされる、この街最大の暗部だ。
 
 それを聞いた吹寄も流石に息を呑む。
 
「確かに、そうなのかも知れません。……私自身には、その記憶は無いんですけど、多分、私はそこで作られたんだと思います」
 
「……作られた?」
 
「はい」
 
 何時までも隠し事を通すわけにはいかないだろうし、何より、彼女達には隠し事はしたくないという不思議な想いもある。
 
「私は人間じゃありません。AIM拡散力場が生み出した現象の一つに過ぎません」
 
 だが、そんな自分であっても、彼は一人の人間として、友人として迎え入れてくれた。
 
「へー、そうなんだー」
 
 気楽に返事を返したのは吹寄だ。
 
 そんな彼女を不思議な生き物でも見るような眼差しで見つめる風斬。
 
 対する吹寄は口元に綻ばせて言う。
 
「でもね、風斬さん。友達になるのに、人間でないといけない理由って何? 
 
 今、私は貴女の存在をここに感じてるし、今日一日一緒に居て楽しかったわ。
 
 私には、貴女がそんなくだらない理由で友達止めたり仲間外れにしたりするような軽い存在とは到底思えない」
 
 断言する彼女の瞳には確固たる意志がある。
 
 彼女達の担任は、そんな事で差別するようなつまらない人間になるように生徒達を教育するような指導者ではないのだ。
 
「……彼と同じ事を言ってくれるんですね」
 
 目尻にうっすらと滲んだ涙を拭いながら、風斬が言う。
 
 彼女の視線の先にいるのは上条だ。
 
 対する吹寄は肩を竦めながら、
 
「まぁ、それくらい即答で断言するような奴じゃなきゃ、誰も惚れたりしなわよね」
 
 その発言を受け、風斬は瞬時に真っ赤になる。
 
「でもね、気を付けた方がいいわよ? このバカ、無自覚のままでフラグをそこらじゅうに乱立してるから、ライバルは多いと思うわ。
 
 ……ね? 姫神さん」
 
 彼女の微妙な態度の変化から、その心情を察した吹寄は姫神にウインクと共に話を振ってみた。
 
 対する姫神は、表面上は何時も通りの無表情で、しかし僅かに頬を桜色に染めながら、
 
「ライバル宣言はしておく」
 
 臆することなく告げ、握手を求める。
 
 そのまま握手を交わした姫神と風斬だが、彼女達は同時に視線を吹寄に向けると、
 
「吹寄さんはいいの?」
 
「わ、私? いや、私はコイツに全然そんな感情なんかないから!?
 
 大体ね? 上条ときたら、よく学校はサボるし、いつもいつも不幸だ不運だと言い訳して人生を手抜きしてるし、学校行事もいい加減で済ませるし……」
 
 捲し立てる吹寄は、姫神と風斬から奇妙な視線を向けられている事に気付く。
 
「な、何?」
 
「いえ、よく見ているなぁ。と思いまして」
 
 言われ、気付いた。
 
 彼女が上条のいい加減な所や、だらしない所が目に付くのは、それだけ吹寄が彼の姿を追っているからなのだと。
 
 ……ちょ、ちょっと待ちなさい。私は別に上条の事をそんな感情で、
 
 理性が必死に否定しようとしても、心が悲鳴を挙げる。この想いだけは嘘で誤魔化したくないと。
 
 そして、一度認識してしまった気持ちは彼女の心を容易く塗り替えていく。
 
 ……私が、上条を。
 
 一度瞼を閉じて大きく息を吐く。
 
 そういえば、上条が無自覚の内にフラグを立て、それに気付かないままに愚痴るのを聞いて自分はご愁傷様という意味で溜息を吐いてきたが、その吐息には安堵の意味もあったのかも知れない。
 
 ……まったく。上条の事を鈍い鈍いと言いながら、自分が一番鈍感だったなんてね。
 
 再び眼を開いた時には、彼女の瞳に一切の迷いは無かった。
 
 吹寄は二人の少女の待つ元に歩み寄ると己の手を重ね、
 
「言っとくけど、私は手強いわよ?」
 
「遠慮はしない」
 
「が、頑張ります」
 
 正々堂々後腐れ無くと固い握手を交わし、友情を確かめ合う少女達三人。
 
 その頃、問題の中心に居るべき少年は……。
 
「……うーん、……うーん、青髪ピアスが、ハイレグの水着でコサックダンスを……」
 
 妙な悪夢にうなされながら、夜を過ごしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 約束の一週間が過ぎ、アウレオルスから“歩く教会”を受け取った事により、ようやく本当の自由を手に入れた姫神。
 
 三沢塾からの帰り道、上条達四人でお祝いにとファミリーレストランに立ち寄っていた。
 
「そんじゃ、ま。色々とめでたいので……、乾杯!」
 
 面倒な挨拶を一切省いた上条の挨拶の元、グラスが合わせられる。
 
「姫神さんも、ウチの学校に転校が決まったんですって?」
 
「そう。ただ寮の部屋は空きが無いから。下宿先が見つかるまでは彼の所にお世話になるつもり」
 
 何気に爆弾を投下する姫神だが、当の上条にしてみれば、
 
「ははは、……俺、男として扱って貰えてませんか? そうですか?」
 
 と見当違いな憤りを見せている。
 
「聞いてないわよ、それ!?」
 
「今。言った」
 
「な、なら、私の部屋を提供しますから、私が代わりに彼の部屋で……」
 
「却下!?」
 
 落ち込む上条を無視して、小声で捲し立てる少女達。
 
 そんな中、上条の携帯電話が着信を報せる。
 
 上条はポケットから携帯電話を取り出すと、ディスプレイに映る通話相手の名前を確認して通話ボタンをプッシュ。
 
「もしもし? どうしたんだ? 土御門」
 
『スマン、カミやん。ちょっと手伝って貰いたい事件があるんだけど良いかにゃー』
 
 という声が零れ聞こえてきた。
 
 少女達は互いに顔を見合わせると、小さく頷き、皆を代表して吹寄が上条から電話を取り上げる。
 
「あ、吹寄?」
 
「もしもし? 聞こえてる?」
 
『にゃ、にゃー。……その声は吹寄かにゃー?』
 
 戸惑いながらも対応する土御門。対する吹寄は臆する事無く。
 
「そうよ。それでまた上条を厄介な事に巻き込もうっていうんでしょ?」
 
『ま、まあその通りなんだけどにゃー』
 
 流石に悪いと思っているのか? 歯切れの悪い土御門に対し、吹寄は肩を竦めると、
 
「今度から、その手の依頼は上条個人じゃなく、私達にしてちょうだい」
 
「……私達?」
 
 電話の向こうの土御門と上条が同時に問い返す。
 
 少女達三人は不敵な笑みを浮かべ、
 
「そう。私と姫神さんと風斬さん。それと上条の四人でトラブルバスター“ソリューション”」
 
 何しろ放っておくと、上条一人では無茶な事をし通すのだ。それならば、一緒に行動して彼の手助けをしている方が気分的には楽でもある。
 
 ……相手が女だった場合、絶対に妙なフラグも立ててくるし。
 
「……ついでに、出来たら報酬とかも貰えると嬉しいんだけど?」
 
 ……こっちとしても、色々と要りようだしね。
 
 姫神や風斬などは仕送りが無い分、自分の食い扶持分は自分で稼がないといけないのだ。
 
 土御門は上条に電話を代わるように告げ、吹寄から電話を受け取った上条は、
 
「……スマン、土御門」
 
『いや、こっちとしてもカミやんには色々と迷惑かけてたから、何かお礼したいとは思ってたからにゃー』
 
 何しろ、上条は自分が好きでやった事だからと言って、土御門からの報酬として渡される現金は一切受け取らないのだ。
 
 その代わりとして食事を奢れなどと言うが、命賭けの報酬が食事だけというのには、流石に土御門も心苦しいとは思っていた。
 
「じゃあ、早速仕事の話といくぜい」
 
 ……そして時間は現在に戻る。
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 ……そういえば、あの時に集まってたファミレスって、この店だったよなぁ。
 
 と、そんな事を回想していた上条だが、ふと眼前の料理が手をつけてもいない筈なのに、既に空になっている事に気付いて視線をインデックスへと向ける。
 
「……また、人の分まで喰らいやがったな? 大食いシスター!?」
 
「私は半分しか食べてないかも!?」
 
「きっちり全部無くなってんじゃねぇか!」
 
 うがー! と上条が叫が、インデックスは縋るような眼差しで彼を見つめ、
 
「……とうま、コレ頼んでも良い?」
 
 メニューを差し出し、デザートのパフェを指さしてくれた。
 
「その頭には魔導書と食い物の事だけで、反省とかいう言葉は一切入ってないんですかー!?」
 
 叫き散らす上条を無視してインデックスは店員を呼ぶと、勝手に追加注文してしまう。
 
「上条」
 
「へ? 何ですか? 吹寄さん」
 
 嫌な予感に恐る恐る問い掛ける上条に対し、吹寄は表情を一切動かさないまま、己の注文した“これ一食で一日に必要な全てのビタミンが摂れる。野菜大盛りパスタ(パスタ抜き)”を食しながら、
 
「彼女の追加分は貴様が自腹で払いなさい。いいわね?」
 
「ふ、不幸だぁ──!?」
 
 そんな上条の叫びを店の外を通っていた大柄な男とその妹と思わしき小学生くらいの少女が奇妙なものでも見るような眼差しで彼を指さし笑いながら通り過ぎて行った。
inserted by FC2 system