香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第52話 無縁塚で
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その日、香霖堂に珍しい客がやって来た。
 
「お兄さん居るかい?」
 
 赤い髪を三つ編みにした黒いワンピース姿の妖怪少女。
 
 その頭に突き立つ猫耳とお尻の二股に分かれた尻尾から、彼女が猫又の眷属である事が伺い知れる。
 
「ここは僕の店だ。居るに決まっているだろう。……もっとも、今から出掛ける所だが」
 
 ――だから、要件は早めに済ませてくれ。
 
 と無愛想に言い切る店主、森近・霖之助に対し、火焔猫・燐は頭を掻きながら、
 
「地上には、外の世界の人間の死体が集まる場所があって、お兄さんがそこに詳しいって話を小耳に挟んだから、案内してもらおうと思ったんだけど――」
 
 諦めたように肩を竦め、
 
「それなら仕方無いね。じゃあ、悪いけど場所だけでも教えてもらえるかい?」
 
「いや、そういう事なら丁度良い」
 
 霖之助は立て掛けてあった箒を手にし、
 
「これから、僕もそこへ向かう所だ。案内しよう。付いてくると良い」
 
「お、あたいってばツイてるね」
 
 嬉々とした表情で、燐は霖之助に付いて店を出た。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 小一時間ほど空を飛んで辿り着いた無縁塚では、閻魔様による公開説教が行われていた。
 
 正座させられ、延々と続く説教を受ける小町。
 
 もはや、何度目かになるか分からない説教をしていた映姫は、やって来た霖之助と燐の存在に気付いて説教を一時中断した。
 
「おや? 今日は商品の仕入れですか」
 
「違う。――勘違いしないでもらいたいが、僕の第一目的は無縁仏の弔いであって、そのついでに無縁塚に落ちている用途不明の道具を拾っているだけに過ぎない」
 
 ……そう、あくまでも道具を拾い集めるのはついでなのだ。
 
「まぁ、貴方の本心がどうであれ、その働きが幻想郷にとって利益となっているのもまた事実ですが」
 
 死体を放置する事で、それを餌とする妖怪が出てくるが、疫病が流行る原因となる為、そういう妖怪が出歩く事は余り好ましくない。
 
 また死後、人間が妖怪になる事もある。
 
 人間の数が減り、妖怪の数が増えすぎると、現在の幻想郷における均衡を崩す要因となるので避けるべきだ。
 
 霖之助が無縁塚の死体を集めて火葬し埋葬する事で、幻想郷の平和に一役買っているというわけなのである。
 
「そういうわけなので、僕は何も間違った事はしていない」
 
 だから今の自分の待遇。……小町の隣に正座させられている事に納得いかないと告げる霖之助。
 
 対する映姫は小さく頷き、
 
「えぇ、例えそれが詭弁であり、建前と分かっていても、その点は評価します」
 
 ……ですが、と断りを入れ、
 
「彼女は一体誰ですか? というか、また新しい女の子を雇ったんですか!? これで一体、何人目だと思っているんです! もう手伝いの女の子なんて日替わりですよ、日替わり! 日・替・わ・り!! ――大きな声で三回言いました!」
 
「し、四季様。落ち着いてください!?」
 
 ヒートアップする映姫を慌てて小町が羽交い締めにする。
 
 対する霖之助はポーチから小型の魔法瓶を取り出して、蓋のカップにお茶を注ぎ、
 
「飲むかい?」
 
 映姫に差し出した。
 
「頂きます」
 
 霖之助に手渡されたお茶を飲んで落ち着いたのか。映姫は一息吐くと、
 
「梅昆布茶とは、なかなか乙なものですね」
 
「あぁ、この間霧雨の親父さんに貰ったんだ」
 
 一服して映姫が落ち着いたのを見計らうと、霖之助は一度咳払いし、
 
「さて、彼女だが、別に雇ったわけではなく、無縁塚の死体に興味があるというので、案内してきただけなんだ」
 
「……死体に興味を持つとは珍しい妖怪ですね」
 
 死体を餌として食らうというのならば、まだ理解出来るが、燐がやっているのは嬉々とした表情で死体を猫車に乗せている事だけだ。
 
 ……死体を運ぶ化け猫。
 
「あぁ、もしかして彼女は火車ですか?」
 
「正解。……流石は閻魔様だね。彼女は地霊殿の主、古明地・さとりのペットで、灼熱地獄の燃料となる死体を運搬するのが仕事らしい」
 
 ――とはいえ、気に入った死体は自分のコレクションに加えているので、仕事熱心というよりは、公私混同と言った方が正しいような気もするが。
 
 楽しそうに……、本当に楽しそうに死体を猫車に乗せていく燐を眺めていた映姫は、傍らに立つ小町に視線を向け、
 
「…………」
 
 無言のままで、深々と溜息を吐いた。
 
「何ですか、四季様。その溜息は?」
 
「……いえ、貴女も、彼女の十の一でも仕事に対する情熱があれば、と思いまして」
 
 暫し考え、
 
「死体を運ぶのも、魂を運ぶのも、似たような仕事ですよね。……スカウトしてきましょうか?」
 
「またまたー。……ちなみに、そうなった場合、あたいの立場は?」
 
 無言のまま、首を切るジェスチャーをする映姫。
 
「またまたご冗談を」
 
 小町は笑い飛ばそうとしたが、映姫の目は微塵も笑っていない。
 
 ……マジだ、この人!?
 
「小野塚・小町! 仕事に戻らせてもらいます!」
 
 姿勢を正し、声を張り上げると、一目散に停泊させている舟へと向かって飛んで行った。
 
「さて……、それでは私も失礼させて頂きます。
 
 次の手伝いは、日曜日にでもまた」
 
「えぇ、お待ちしてますよ」
 
 一礼し、去って行く映姫。
 
 地獄の上司と部下を見送った霖之助は、視線を燐へと向け、
 
「ほう……、結構集めたようだね」
 
「大漁大漁♪」
 
 満面の笑みで戻ってきた燐に対し、霖之助は一度咳払いすると、
 
「いいかい。無縁塚の先輩として君に言っておかなければならない事がある」
 
「…………?」
 
「外の世界の人間が着ている服は、幻想郷のそれと違って、素材からして全く違うんだ」
 
 実際に触り心地を確認させると、燐は素直に頷いた。
 
「僕も何度か外の人間の死体を火葬にした事があるが、このまま燃やしてしまうと、火の勢いが強くなりすぎたり、また逆に火が消えてしまったりする事が多くある」
 
 根が素直なのか、霖之助の言葉に興味深そうに頷く燐。
 
 対する霖之助は腹のポーチから純白の仏衣を取り出し、
 
「そこで、少々手間が掛かるが、ここで身につけている服を脱がせて、これに着替えさせてから燃やすといい」
 
「死に装束かい?」
 
「死体とはいえ、裸のままで最後を迎えるのは流石に忍びないからね」
 
 ちなみに、この死に装束は、アリスに言って格安で作らせた代物だ。
 
 死体に敬意を払う霖之助に、死体蒐集家の燐は好感を覚える。
 
「お兄さん、結構良い人だね」
 
「結構どころか、物凄く良い人だよ僕は」
 
 二人で死体から服を剥ぎ取り、死に装束に着替えさせる。
 
 一人でやるとなると、かなりの重労働だが、二人なら負担も少ない。
 
 一刻も掛からずに全ての死体を着替え終わらせた燐は、霖之助から渡されたお茶を飲んで人心地吐く。
 
「さて、こっちのゴミは僕が処分しておくから、君は死体が新鮮な内に地底に戻るといい」
 
 色々とアドバイスをくれた上に、率先して後始末まで引き受けてくれるという霖之助。
 
 燐の中で彼の評価は、完全に良い人となっていた。
 
 霖之助の言葉に甘え、猫車を押して地底に進路を取る燐、その背中に霖之助からの声が届く。
 
「今後、無縁塚に行く事があったら、僕に声を掛けていくと言い。
 
 一人では大変だろうからね。出来る限りで、僕も手伝ってあげよう」
 
 ……地上にも良い人が居るんだねぇ。こりゃ、今度来る時には、何か恩返しでもしないといけないなぁ。
 
 そんな事を考えながら、燐は迷いの竹林の方へと空を飛んで行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 一人残された霖之助は、目の前に散らばる衣服を眺めて密かにほくそ笑む。
 
 外の世界の服は、デザイン、生地共に幻想郷の衣服とは一線を画するので、人里の若者を中心に人気があるのだ。
 
 それが今回、大して労せずに入手する事が出来た。
 
 後はこれを持って帰り、丁稚に洗濯させて汚れを落とし、綻びを繕って売り物にすれば良い。
 
 その売り上げの事を考えれば、死に装束の代金など些細なものだと口元を綻ばせながら、霖之助は他にも何か面白そうな道具が落ちていないかと、無縁塚の探索を始めた。
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