香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第56話 妖精を拾った日
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 無縁塚からの帰り道。
 
 霖之助は一匹の妖精を拾った。
 
 春を告げる妖精、リリーホワイトだ。
 
 ここ数日、二月とは思えないような陽気だった為、春が来たと勘違いして出てきた所、突然の寒波に襲われ力尽きたのだろう。
 
 自然現象そのものの正体である妖精には死の概念は無く、死んだとしても暫しの時を置けば復活する。
 
 いつもの霖之助であったならば、そのまま放置して家路に着いていただろう。……が、ある考えの元、彼はリリーホワイトを拾い香霖堂に連れて帰った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 森近・霖之助は寒いのが嫌いである。
 
 当然、冬は四季の中で最も嫌いな季節だ。
 
 もし、今ここでリリーホワイトが死に次に再生されるのに二月以上かかるとしたら、その分春が来るのが遅れる事になる。
 
 ……そんなのは真っ平御免だ。
 
 ここ数日の暖かさから、今日も暖かくなるだろうと予想して無縁塚まで足を伸ばしたというのに、昨日までの天気が嘘のように冷え込み、あまつさえ辿り着いた無縁塚では吹雪かれて、危うく仕事をサボっていた小町の世話になりかけた。
 
 まぁ、その小町にしても、今日は予想外の寒さだったのかガタガタと震えており、二人で身を寄せ合って酒を飲み、辛うじて凍死を免れたわけだが。
 
 ……だから冬は嫌いなんだ。
 
 そんな自分勝手な理由から、霖之助はリリーホワイトを助ける事にした。
 
 小柄なリリーホワイトの身体を背負い、香霖堂のドアを開ける。
 
 身体に付着した雪を払うと、濡れて重くなったリリーホワイトの服を脱がし、身体を手拭いで拭ってから布団へ寝かしつけて湯湯婆を投下。
 
 一息を吐き、更にストーブを点火。
 
「これだけしておけば、大丈夫だろう」
 
 暫くして部屋の中が暖まってきた頃、布団の中のリリーホワイトも目を覚ましたのか身体を起こし、
 
「春ですかー?」
 
「まだ冬だよ」
 
 言って、未だ雪の止まない窓の外を指さす。
 
 するとリリーホワイトは布団を飛び出して窓にへばり付き、
 
「冬ですかー……」
 
 項垂れた声でそう言った。
 
 そんな彼女に対し、霖之助は溜息を吐いて、
 
「いいから……。君はまず服を着るべきだろう」
 
 言われ、初めて自分が全裸である事に気付いたリリーホワイトは不思議そうに霖之助を見つめる。
 
「君の服は濡れていたから今は洗濯中だ。
 
 すぐに着替えを用意するから、布団に入って待っていてくれ」
 
 霖之助が言うと、素直に従うリリーホワイト。
 
 霖之助は店の方に向かうと、商品棚の中から適当に服と下着を選んで妖精少女に手渡す。
 
 下着はドロワーズではなく外の世界のショーツで上着には大きめのセーターを与えておいた。
 
「ぶかぶかですよー」
 
 ダボダボの袖を振りながら、それが楽しいのか笑顔で告げるリリーホワイトに、再度選び直すのが面倒な霖之助は溜息を吐きながら、
 
「まぁ、服が乾くまではそれで我慢してくれ」
 
 これだけ元気なら、後は放っておいても大丈夫だろう。
 
 そう判断した霖之助は、本の世界に集中し始めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 リリーホワイトが香霖堂に居着いてから数日。
 
 手伝いの少女達の更に手伝いをするリリーホワイトの姿が可愛いと評判だったのだが、特に自分よりも下の者が出来たのが嬉しいのか、天子の可愛がりようといったら凄かった。
 
 リリーホワイトが少しでも重そうな物を持とうとしたら、慌てて駆け寄り、
 
「アンタ、力弱いんだから、無理しなくて良いのよ」
 
 と代わりに持ってあげたりする。
 
 どうやらお姉さんぶれるのが嬉しいらしく、普段は傲慢な天子が幼い少女に色々と世話を焼く姿を微笑ましそうな表情で客の少女達が眺めていく。
 
 だが、そんな光景も一月もすれば終わる事になる。
 
 香霖堂の裏に根を張る桜。
 
「春ですよ――!」
 
 そこに春の息吹を感じ取ったリリーホワイトが、満面の笑みを浮かべて宣言する。
 
 何事かと思い、慌てて外に飛び出した天子と霖之助の目の前で、それまで蕾でしかなかった桜が一気に開花していく。
 
「わぁ……!」
 
「これは……、圧巻だな」
 
 その光景に見とれる霖之助と天子に向け、リリーホワイトはとてとてと近づくと、しゃがめとジェスチャーで告げる。
 
 困惑した表情を浮かべながらもリリーホワイトの指示に従った霖之助と天子の頬に軽く口づけをした妖精少女は幸せそうな笑みを浮かべて、
 
「春が来ると良いですねー」
 
 そう告げて宙に浮かび上がり、そのまま幻想郷中に春の訪れを報せに飛び立って行った。
 
 リリーホワイトの後ろ姿を、少し寂しそうな表情で見送る天子の頭に手を乗せた霖之助は、小さく溜息を吐き出し、
 
「夏になればまた帰ってくるだろう。
 
 それまで、彼女の事を思い出す暇も無い程に扱き使ってあげるから感謝するといい」
 
「ぜ、全然嬉しく無いわよ!?」
 
 抗議の声を挙げるが、それが霖之助なりの不器用な慰めである事が分かる程度には、天子も彼の事を分かってきた。
 
 霖之助はリリーホワイトの置き土産である満開の桜を見上げると、
 
「……今日は、店を休みにして花見と洒落込もうか」
 
「ふーん。……朴念仁にしては、気の利いた事言うじゃない」
 
 そう言い残し、そそくさと店の中に戻り、早速花見の準備を始める天子だが、彼女の言葉に少しカチンときた霖之助は、彼女が花見で飲む酒の分を借金に追加する事に決めたのだった。
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