香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第73話 ナズーリンの受難
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それは命蓮寺での食事中の何気ない会話から始まった。
 
「……ところで星」
 
「何でしょう?」
 
 話掛けたのは命蓮寺の命蓮寺の主、聖・白蓮という尼僧にして魔法使い。答えたのは毘沙門天代理で聖の信仰を一身に集めている寅丸・星だ。
 
 他にもナズーリン、雲居・一輪、村紗・水蜜の姿も見える。……ちなみにぬえは昨日から何処かに出掛けているのか、姿が見えない。
 
「貴女が手伝いに行っているという古道具屋なのですが」
 
「えぇ、良いお方です。――本来ならば返却不可能な額の借金を返済する為に、色々と腐心してくださいましたし、知り合って間もない私を信仰して下さっています。
 
 現に今は毘沙門天の仏像を制作中だとの事で……」
 
 はにかむように笑い、
 
「少し、照れてしまいますね」
 
 信仰される側からすると、自身の仏像を作られるというのは、自分をモデルにして彫像を作られているような気恥ずかしい気分になるらしい。
 
「それに店主の人柄もとても良い」
 
 と星に追従するのは、以前香霖堂を訪れた事がある水蜜だ。
 
 彼女は首から下げたプラスチック製の万能ツールに触れ、
 
「このような良い物を、破格の値段で譲ってくださるとは……。良い人過ぎるが故に、お店がちゃんと成り立っているのか不安です」
 
「えぇ、確かに。この前も、騒霊に対して大層高価な品物をお金を受け取らずに労働を対価として譲ってました」
 
「いやいや、あの店主がそんな殊勝な心の持ち主な筈が無いだろう」
 
 呆れ声で反論するナズーリンに対し星と水蜜は、半眼で彼女を見つめ、
 
「そういう根も葉もない噂を流すのは感心しませんよ、ナズーリン」
 
「大方、店主の寛大さに嫉妬した心ない誰かの妄言でしょう。――私としては、そのような有りもしない噂を流す者が居るという方が驚きですが」
 
 意気消沈する星。
 
 そこで彼女は店主の出生を思い出し、それが原因でそのような心ない噂が流れているのではないかと推測する。
 
「そう言えば、かの店主は人間と妖怪のハーフと聞きました。
 
 以前出会った巫女(青)のような、妖怪を虐げる者に心ないデマを流されているのでは……」
 
 妖怪に対して問答無用で退治しようとした巫女の事だ。半妖に対しては直接攻撃ではなく、そういう風な精神的攻撃に出ていたとしてもおかしくない。
 
 星の推測を聞き、それまで無言だった白蓮は決意する。
 
「人と妖怪の間に生まれ、人妖の隔たり無く平等に接するような人物……。
 
 私も、人から妖怪になった者として、人と妖怪、双方の言い分が分かる立場だと思ってましたが、半人半妖という立場の方ならば、私とはまた違う立場で人と妖怪を見る事が出来るのでしょうね……」
 
 一息を吐き、ゆっくりとした動作で面を上げる。
 
「卑しき巫女の魔の手より、尊いお方を救済する為、不肖聖・白蓮、尽力したいと思います」
 
 自分を見つめる皆を見渡し、
 
「皆さん。力を貸して頂けないでしょうか?」
 
 白蓮の言葉を受け、ナズーリンを除く他の妖怪達は、皆同時に頷いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 命蓮寺の面々が到着した香霖堂で見たものは、活気で溢れた人混みで賑わう店内だった。
 
 人妖入り乱れて行われる争奪戦の中、一際目立っているのは守矢の風祝こと東風谷・早苗の姿だ。
 
 彼女は相手が妖怪だろうが、亡霊だろうが、妖獣だろうが微塵も容赦せず、腕を伸ばすのもキツイような乱戦の中、完全密着している相手に対し、足を踏みつける見えない角度から肘討ちを入れるなどの卑怯な手段の攻撃を行い、敵が僅かに怯んだ隙に相手が持っていた服を奪い去るという方法で、着実に手の中の衣服を増やしていく。
 
 ……物取りですか。……流石にこれは見過ごせませんね。
 
 白蓮の目には、早苗が妖怪達から衣服を無理矢理強奪しているように見えるらしい。
 
 もっとも本当の所は、香霖堂にて行われたバーゲンセールにおいて、八面六臂の活躍を見せているだけなのだが……。
 
「この程度のバーゲンセール! 外の世界のオバちゃん達のプレッシャーに比べたら、なんてことはありません!?」
 
「この服が橙以上に似合う者など、この世に居るものか!?」
 
「いいえ! お嬢様の方が絶対にお似合いです!」
 
「諏訪子様の方が似合うに決まってます!」
 
「ちょっと待て、そのブラウスは私が先に目を付けていたんだぜ!」
 
「早い者勝ちだ馬鹿者。……待て、その帽子は私の私物で売り物じゃ無い!」
 
「誰もそんなヘーベルハウスみたいな帽子なんて要りません!」
 
 その異常な人混みと喧噪に対し、手伝いの少女達は大声を張り上げながら客を誘導しているが、肝心の店主はかなり疲れた表情でその様子を呆然と見つめるのみ。
 
 これは拙いと判断した白蓮一行は、早急に店主を助け出す為、懐からスペルカードを取り出し、青い巫女に向け一斉に弾幕を展開し、店諸共吹っ飛ばした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「なるほど……。事情は良く分かった」
 
 幻痛のするこめかみを押さえて告げる霖之助の視線の先には、正座させられている命蓮寺一同の姿がある。
 
 不意打ちで吹っ飛ばされた早苗に関しては、また一つ幻想郷慣れして、次に会う時にはより一層常識を捨てているだろうから放っておいても良いだろう。
 
 ……まぁ、幾ら何でも焼き討ちとかまではしないと思うが。
 
 問題は彼女の事ではなく、半壊した香霖堂に関してだ。
 
 バーゲンで混み合う事を予想していた為、古道具に関しては予め退けておいた為、被害は皆無だった。
 
 当時店に置いてあった商品に関しても、客が力のある人妖ばかりだったので、咄嗟に防御してくれたのか、幸いにも被害が無かった。また、同じように人的被害に関しても、集中攻撃を受けた早苗以外は誰一人として怪我が無いという状況。
 
 被害らしい被害といえば、早苗が吹っ飛んで行った際に空けた香霖堂の屋根くらいである。
 
 この位なら、萃香に頼めば一日もあれば直してもらえるし、代金の請求に関しても星の手伝い期間を何年か延長してもらえれば十二分に採算は取れるだろう。
 
 むしろ霖之助としては、如何にして星のバイト期間を延ばそうかと思案していた所だったので、願ったり叶ったりと言った所だ。
 
 そう提案すると、彼女達は何故か感動した挙げ句、しかしそれでは申し訳無いという。
 
「なら、暫くはナズーリンを手伝いに借りて良いだろうか?」
 
 彼女が居れば、わざわざ霖之助が無縁塚にまで足を伸ばす必要が無くなるし、また彼女が拾った道具は全て霖之助の物となる為、ナズーリンに取られる心配も無くなる。
 
 正に一石二鳥というヤツだ。
 
「ナズーリン一人でよろしいのですか?」
 
「あぁ、君達にも色々と仕事があるのだろう。……それに、香霖堂にはそんな大勢で来られても仕事も無いしね」
 
 霖之助としては、これ以上厄介事を増やして欲しくないだけだったのだが、それを謙遜と見たのか、命蓮寺一行の中には霖之助を拝み始める輩も出てきた。
 
「やはり、貴方は素晴らしい人です」
 
 こうして、本人の与り知らない所で、ナズーリンの香霖堂アルバイトが密かに決定した。
inserted by FC2 system