香霖堂繁盛記
 
書いた人:U16
 
第74話 紅葉とカーバンクル
 
 幻想郷と呼ばれる閉鎖された世界がある。
 
 この世界とは見えない壁一枚を隔てた所にある異世界。
 
 そこでは、人間だけでなく妖精や幽霊、吸血鬼に妖怪、更には宇宙人や死神、閻魔様に神様までもが存在していた。
 
 その幻想郷の魔法の森と呼ばれる湿度の高い原生林の入り口に、ポツンと建てられた一件の道具屋。
 
 掲げられている看板には香霖堂の文字。
 
 店の中に入りきらないのか? 店の外にも様々な商品が乱雑に積み重ねられている。
 
 ここ香霖堂は、幻想郷で唯一、外の世界の道具も、妖怪の道具も、冥界の道具も、魔法の道具も扱っている店であるが、外の世界の道具に関しては誰にも使い方が分からないため余り売れていないらしい。
 
 というか、僅かに使用方法の分かった外の世界の道具は、全て店主である森近・霖之助が自分のコレクションに加えてしまうので、商売としては成り立っていない。
 
 まあ、そんな感じで、ここ香霖堂は今日ものんびりと適当に商売していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その日、霖之助がいつものように読書に勤しんでいると、珍しい客がやって来た。
 
 客の名は秋・静葉。八百万の内、紅葉を司る神様だ。
 
「やぁ、神様が山を下りてくるなんて珍しいね」
 
「貴方が山に上がってくる方が珍しいわよ」
 
 霖之助が山に上がる事など、年に一度か二度程度の事だ。
 
「まぁ、僕も商売なんかをしている都合上、何かと忙しくてね。
 
 それで? 今日はどのようなご用命かな?」
 
 問い掛けると静葉は居住まいを正し、
 
「妹に送るプレゼントを探しているのだけど」
 
「妹さんかい? ……確か、豊穣神だったかな?」
 
「えぇ、そうよ」
 
 頷き、誇らしげな笑みを浮かべ、
 
「今年も幻想郷中に実りを届ける事に成功したんだもの。
 
 姉としては、労いの意味も込めて何かプレゼントでも贈ってあげようと思って」
 
「なるほど……。そう言う事なら、供物のような物ではない方が良いわけか」
 
 霖之助は小さく頷くと、顎に手を添えて思案し、
 
「最近、入荷した外の世界の化学肥料という物があるんだが……」
 
「何それ?」
 
「言ってみれば肥料の一種だね。用途は作物の成長を助ける。だ」
 
「……それ、プレゼント?」
 
 胡乱げな眼差しで見つめられ、霖之助は静葉から視線を逸らし、
 
「うん、僕もコレは無いと思った」
 
 苦笑い気味に告げると、再度思案を開始。
 
「そうだね……。なら、こんなのはどうだろう?」
 
 言って立ち上がり、商品棚の一つから首飾りを手に戻ってきた。
 
「これは、琥珀?」
 
 問われた霖之助は頷く事で肯定し、
 
「北欧神話の豊穣神にフレイヤという女神が居るそうなんだが、彼女の所有物の中にブリーシンガルの首飾りという琥珀製の首飾りがあったという。
 
 勿論、これはそんな上等な物じゃ無いが、豊穣神である君の妹には符合するんじゃないかと思ってね」
 
 静葉は、その琥珀の首飾りを観察し、
 
「そうね……。これなら、そんな蘊蓄無しでもプレゼントに良さそうだわ」
 
 霖之助としては、蘊蓄込みで買っていって欲しかったのだが、余り贅沢も言っていられない。
 
 静葉はポケットから親指の爪程の小さな石を取り出し、
 
「お代はこれで足りるかしら?」
 
 透明度の低い濃い赤い色の鉱石……、
 
「ガーネット……いや」
 
 丁寧に丸く研磨されたそれは、カーバンクルと呼ばれるようになる。
 
 研磨に掛かった手間暇を考えると、その石にはかなりの価値があるだろう。
 
「充分過ぎるよ。お釣りに、もう一品何か付けようか?」
 
 余程の物でも無い限り、十二分採算が取れる。
 
「……なんなら、化学肥料でも」
 
「それは要らないわ」
 
 苦笑付きで断った静葉は僅かに思案し、カウンターの上に置かれていた読みかけの本に挟まれている栞に気付くと、それを手に取り、
 
「じゃあ、コレを頂こうかしら?」
 
「それは別に構わないが、そんな物で良いのかい?」
 
「えぇ、コレだから良いのよ」
 
 静葉の手に持つ栞。……おそらく霖之助の手製であろうそれには、紅葉の押し花が添えられていた。
 
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