ゼロの使い魔・2回目
 
第9話
 
 才人にとって地獄のような一週間が過ぎた。
 
 山のように溜まった書類。
 
 才人をフォローする為エレオノールが率先して助けてくれたものの、――否、彼女が率先して助けてくれたからこそ、才人は地獄を見ることになった。
 
 何の予備知識も無い才人に、スパルタで統治学を叩き込む。それも練習とかのレベルではなく、それがそのまま領民の生活に直結してくるのだ。
 
 下手な事は出来ないので、才人も必死になって覚えた。
 
 その結果、大量の書類は僅か一週間で全て姿を消すこととなり、晴れて才人は自由の身になれたと思いきや、まだまだ彼にはやらねばならない事がある。
 
 領地内に現れる質の悪い盗賊や幻獣、異種族の駆逐だ。
 
 本来ならば、領主が国に申請して魔法衛士隊などに出張ってもらうのだが、戦後処理のゴタゴタを未だに引きずっているアルビオンの衛士隊に頼んだ所で、やって来るのが何時になるか分かったものではない。
 
 そもそもこの問題自体、半年も前に提起されていたものを、前の領主が放置していたようなものだ。
 
 これ以上待たせて、無闇に領民の怒りを買うのも得策ではあるまい。
 
 ……というわけで、才人達は現在彼の治める領地の中でも、林業を主工業とする村にやって来ていた。
 
 依頼は森に住み着いた翼人が悪さをするので退治して欲しいというものだ。
 
 ……翼人とは、ハルケギニアに生息する異種族の一つで背に翼を持ち人語を解する種族である。
 
 彼らは弓を好んで使い、先住魔法を操る。
 
「……つーかさ、人と話が出来るんなら、話し合ってみたらいいじゃねえか」
 
 というのが、この問題に対する才人の第一声である。
 
 まあ勿論それで済む問題であれば、わざわざ領主に直訴する事もない。
 
 そんなわけで、才人、ルイズ、ブリミル、エレオノール、カトレア、サティー、ナイ、シエスタという何時もの面々が訪れたわけだが、彼らの顔を見た村長はあからさまに戸惑いの表情を見せた。
 
 第一に、通常このような仕事に領主が直々に訪れるような事は普通しない。
 
 第二に、領主と呼ばれた人物が若すぎるという点。
 
 第三に、その領主がメイジでさえないという点。
 
 第四に、お付きが全て女性であるという事。
 
 胡散臭さ爆発の一向に、村長が……、否、村人全員が白い目を向けるが、才人はそのような視線、気にするでもなく、
 
「……えーと、それで翼人が悪さをするって聞いたんですけども、どういう風に悪さをするんですか?」
 
 問い掛ける才人に対し、村長は恐縮しながらも、
 
「そ、その前に申し訳ありませんが、本当に領主様なんでございましょうか?」
 
 と、問い返された。
 
 傍らにいたルイズは、憮然としながら才人の脇を肘でつつき、
 
「ほら、だからマントくらい羽織れって言ったじゃない」
 
「いや、森の中だろ? マント破いたら嫌だし……」
 
 そう告げる才人に、荷物からマントを取り出したサティーが恭しくそれを差し出す。
 
 信用されないことには話が進まないと判断した才人は、サティーに礼を述べてマントを受け取ると、それを身に着けた。
 
 才人の身に纏うマントの質が上物であることから、彼がかなり高位の爵位持ちであると判断した村長以下村人達は一斉に平伏した。
 
 更にはそれに被せるようにエレオノールが声を挙げる。
 
「このお方こそ、新しくこの地を統べることになった領主、ヒラガ・サイト公爵様です。
 
 サイト様の名とお顔をしかと頭に刻み、二度と無礼の無きようにしなさい」
 
「は、ははぁー」
 
 もはや、地面に頭を擦り付ける程に低身姿勢をとる村民達。
 
「いやいやいやいや、そんな畏まらなくてもいいから、頭上げてくださいって。
 
 エレオノールさんも、そんなに目くじらたてないで……」
 
 と才人が執り成し、なんとか村民達から話しを聞き出す事に成功した。
 
 それによると、どうやら村の外れにライカ欅の森に、翼人が住み着いたとの事らしい。
 
 ライカ欅は、質の良い家具などを作るのに用いられる為、この村の生命線とも言える特産物だ。
 
 他にもライカ欅の生えている場所はあるが、翼人の住み着いている場所の木々は特に立派なライカ欅が群生しているので、村人達としては何としても、この一帯のライカ欅を切り倒して収入に変え、戦争により疲弊した村を潤そうと必死だった。
 
 今のところ怪我人は出ていないが、木に近づくと翼人が現れ、先住の魔法で攻撃してくるとの事で、近づくに近づけない状況らしい。
 
 話を聞いた才人は、早速仕事に取りかかると告げて、マントを脱いでシエスタに手渡し一人で森に入って行こうとするのを、ルイズが引き留めた。
 
「ちょっと、あんた一人で行ってどうしようっていうのよ?」
 
「どうしようって? ……話し合い?」
 
 気楽に答える才人に、ルイズは盛大な溜息を吐き出すと、
 
「……あんた、翼人がどんな奴らなのか全然分かってないでしょ!?」
 
「分かってるつもりだけどな。……大体言葉が通じるんだろ? なら、話し合いでなんとかなるんじゃないか?」
 
「なんであんたはそう、何時も楽観的なの!?」
 
「いや、……でもな、水の精霊の時もエルフの時も話し合いでどうにかなったし」
 
 才人の言葉を聞いた村民達が、ざわめき始める。
 
 なにしろ水の精霊やエルフといえば、翼人などとは比べ者にならない程に強力で、凶暴だと伝え聞いているからだ。
 
 余りにも楽天的な才人の言葉に、ブリミルも忠告せざるをえない。
 
「……でもね、ちょっとは用心しときなさいよ? 水の精霊の時は相手の気紛れみたいなものよ。エルフの時は……、ガンダールヴのルーンがエルフの伝説と偶然合致したから運良く話を聞いてくれたようなものだし」
 
「それでも、聞いた話だと、人間と翼人とで仲良く出来た例もあるって言うしなぁ」
 
 シルフィードから伝え聞いた話を思い出しながら告げる才人を無視して、ブリミルは村人に向け、
 
「それで、その翼人って何人くらい居るの?」
 
「へ、へえ……、それが不明でやして」
 
「……不明?」
 
「へい、随分と用心深い奴でして、なかなか姿を見せねえんです」
 
「……それ、本当に翼人なの?」
 
 ブリミルが疑いの声を挙げるが、村人は慌てて反論し、
 
「へ、へい。間違いありやせん。あっしははっきりと奴の羽根を見たんでさあ。あんなでけえ羽根持ってる鳥なんぞ、翼人以外にいやしねえだ!」
 
「……その時、見た羽根って一人分だけなの?」
 
「いえ、一カ所に纏まっていたようでやしたが、少なくても二人分はありやした」
 
 通常、翼人とは群で暮らすものだ。見えたのが二人分だからといって、それで相手が二人と決めつけるのは早計だろう。
 
「まあ、実際に会ってみないと、詳しいこととかは分からないからなあ」
 
 言って、森へ向かおうとする才人に、
 
「わ、わたしも行くわよ!」
 
 ルイズも同行を申し出てきた。
 
 続いて、ブリミル、エレオノール、カトレア、サティー、ナイと同行を申し出てくるのを才人は断り、
 
「……余り大勢で行っても、相手を警戒させるだけだしな。そうなったら、話し合いどころじゃないし」
 
「……あんた、あくまでも話し合いに拘るのね」
 
 半ば呆れた口調で告げるブリミルに対し、才人は苦笑を浮かべると、
 
「だから俺は平和主義者だって」
 
 だが、一人で行くのは流石に危険と判断したブリミルの口利きでルイズを同伴させることになった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 翼人の住むライカ欅へと進む道中、ルイズが心配そうに才人へ話し掛ける。
 
「ねえ、もし相手が話し合いに応じてくれなかったら、どうするの?」
 
 問われた才人は暫し考え、
 
「まあ、実力行使って事になるだろうけども、……相手の戦力も不明だし、取り敢えずは全力で逃げる。――その後で、ブリミル達と合流して力業でぶっ飛ばす。
 
 話し聞いてもらうのは、それからでも良いさ」
 
「……いい加減ね」
 
 だが、裏を返せば相手を殺すつもりは無いということだ。
 
 何時も通りの才人の優しさに安堵したルイズを、才人が手で制しつつ最大限の警戒を見せて声を張り上げる。
 
「えーと、……俺は、この辺の土地を治めることになった平賀・才人っていうんだけど、ちょっと話しを聞いてもらいたいんで姿を見せてくれ!」
 
 だが、気配はするものの相手は一向に姿を見せようとはしない。
 
「帰れ!!」
 
 ただ一言、声による警告だけが響いた。
 
 声の感じからすると、威嚇する為に粗雑な言葉使いではあるが、年若い女のものだ。
 
「じゃあ、別に姿を見せなくてもいいから、話し合いだけでもしてくれ」
 
「断る! 十秒待つ、とっとと失せろ!!」
 
 才人は視線でルイズを下がらせると、ポケットから軽手甲を取り出して装着し、ガンダールヴのルーンを発動させて、どのような事態にも対処出来るように備える。
 
 そして、きっかりと十秒経った直後、朗々と流れるような詠唱が森の中に流れた。
 
「枯れし葉は契約に基づき水に代わる“力”を得て刃と化す」
 
 先住の魔法だ。
 
 才人は背中のデルフリンガーを引き抜き、戦闘態勢へと移行する。
 
 足下の落ち葉が舞い上がり、一枚一枚がナイフのように硬質化して才人を狙って飛来する。
 
 数十にも及ぶ葉の刃を、人外の速度で剣を振るって全てを叩き落とす才人。
 
 だが、才人はその攻撃に違和感を感じる。
 
 ……取り敢えず、全ての攻撃を切り払ってみたものの、
 
「――動かなかったら、当たらなかったな」
 
 あくまで牽制……、もしくは脅しの為の攻撃。
 
 そんな中、若干焦ったような声色で、声の主が次の呪文を唱え始める。
 
「我らが契約したる枝はしなり伸びて我らに仇なす輩の自由を奪わん」
 
 詠唱の通り、周囲の木々の枝が伸びて才人を捕らえようとするが、才人はデルフリンガーを地面に突き付けて、魔法の効果を一気に霧散させる。
 
「暫く、押し留めといてくれ」
 
「久々だってのに、人使い荒いぜ相棒……」
 
「……お前、人じゃねえだろうが」
 
 締まらないやり取りを繰り返しながらも、才人は周囲に視線を走らせて敵の位置を探ろうとする。
 
「サイトッ!?」
 
 そんな中、才人よりも先に翼人を発見したルイズが指差す先、木の幹に隠れるように二枚の白い翼が覗いていた。
 
「……頭隠して尻隠さずかよ」
 
 呟きながらも跳躍。手近な枝に飛び乗りつつ移動を重ね、相手の反応よりも早く間合いの中に入り込む。
 
 翼人が手にした弓を引き絞って狙いを才人に定めるが、矢を放つ前に躊躇い、照準を顔から肩口に変えて放つが、才人は身体を捻ってそれを回避する。
 
 懐に入り込んだ才人は、翼人の手を取り更に口を塞いで魔法と弓、双方の攻撃を封じるが……、
 
「こ、……子供?」
 
 両手の自由を封じた相手が翼人の子供だと知り、思わず拍子抜けして口を押さえた手を離してしまった。
 
「クソッ!? 放せ! 放せって言ってんだろ!」
 
 まあ、この至近距離ならば、魔法を使うと自滅の可能性もある為に使用しないだろうと思い、空いた手は拘束にまわす。
 
 取り敢えず、捕まえはしたものの、これからどうしたものかと対処に困っていると、下からルイズの心配そうな声が聞こえてきた。
 
「サイト、大丈夫!?」
 
「ん……、ああ」
 
 取り敢えず、少女を抱えて地面に降りる才人。
 
 才人の手の内の少女を見たルイズは目をしばたかせ、
 
「……誰それ?」
 
「事件の犯人」
 
「誰が犯人だ馬鹿野郎! 人の住処、無断で取り壊そうっていう方が悪いに決まってんだろうが!」
 
 自由な足を動かして、何とか才人の拘束から逃れようとするが、ガンダールヴの力を発揮している才人から、少女の非力で抜け出せよう筈もない。
 
 少女の口の悪さに辟易するルイズに対し、才人は少女から手を離して向き合うと、
 
「なあ、お前一人なのか?」
 
「ああ!? そうに決まってんだろ?」
 
「親とかは?」
 
 少女はやさぐれた目つきで才人を睨み、
 
「親ぁ!? そんなもん居ねえよ! あたしは忌み子だからって、物心着いた頃に捨てられてから一人で生きてきたんだ!」
 
「……忌み子?」
 
「あん? なんも知らねえんだな、あんた」
 
 言って、才人に背中を見せるように振り返り、
 
「ほら、羽根が四枚あるだろ?」
 
「ああ」
 
「それが忌み子の証だってよ」
 
「……何で?」
 
 意味が分からないという風に、小首を傾げる才人に説明するようにルイズが口を開いた。
 
「普通、翼人の羽根は二枚翼なのよ。……それが、この子には四枚もあるから忌避されたんだと思う」
 
「……変な奴らだな」
 
「……変なのは、あんただよ」
 
 そう言われても、才人としてはまるで実感がわかない。
 
「俺の世界じゃ、天使は羽根が多い方が偉いんだぞ?」
 
「……天使?」
 
 どう説明したもんかと才人は頭を掻きながら、
 
「えーと、なんだ……、神様の使いでな。背中に羽根生えてて頭に輪っかがある」
 
 そう告げると、ルイズと翼人の少女は揃って眉を顰め妙な顔をした。
 
「……多分、お前らの想像してるような生物とは違うぞ?」
 
 断りを入れ、
 
「さて、それじゃあ、えーと……」
 
「あん? 名前か?」
 
「ああ」
 
 翼人の少女はそっぽ向き、面白くなさそうに、
 
「エールだよ」
 
「んじゃエール。――お前、俺の家に来るつもりはないか?」
 
「はぁ?」
 
 余りにも突飛な予想外の言葉に、頭大丈夫か? こいつという眼差しを才人に送るエール。
 
 それはルイズも同じだったらしく、
 
「あんたね……、さっき殺されかけたのよ? 本気でそんな危険な子引き取るつもりなの!?」
 
 抗議の声を挙げるルイズに対し、才人は苦笑を浮かべると、
 
「大丈夫だって」
 
 言って、エールの頭を撫で、
 
「最初の魔法だって、弓の一撃だって、こいつ急所は外すつもりだったしな」
 
 エールは、頭に置かれた才人の手を振り払い、
 
「ふざけんなバカ! 誰が人間の施しなんか受けるか!?」
 
「そう言ってもな、……お前、ここ追われたら行くとこ無いだろ?」
 
「お前らを倒せば良いだけの話しじゃねーか!」
 
 気丈にも才人に弓を向けるエールに対し、才人は苦笑を浮かべると、
 
「やめとけって、……俺達で駄目なら、今度は王軍が出てくるぞ? いくらなんでも、数の暴力には勝てねえだろ?
 
 それに、俺達ならお前に余所に移ってもらうだけで済むけども、王軍が出てきたら確実に殺されるぞ」
 
 才人の言うことにも一理ある。
 
 流石に軍隊には勝てる気はしないし、それに下手に手こずらせれば、森ごと焼き払われかねない。
 
 事実を突き付けられたエールは舌打ちし、渋々といった風体で、
 
「しょうがねえから、言うこと聞いてやるよ。
 
 でも、住む所が見つかったら、すぐに出ていくからな!」
 
「ああ、そうしてくれ」
 
 才人もエールの条件を了承し、
 
「じゃあ、ルイズ。俺、こいつの荷物取りに行ってくるから、村に戻って解決したって伝えてきてくれるか?」
 
 才人の言葉に、ルイズは溜息を吐きながら、
 
「……仕方ないわね。お姉さまには、あんたから事情を説明しなさいよ?」
 
 ルイズがそう告げると、才人は一瞬頬を歪ませ、
 
「……出来ればお前から伝えといてほしいなあ」
 
「絶対イヤ」
 
 そっけなく答え、踵を返して村へ向かって走っていった。
 
 才人は待ち受けるであろうエレオノールの小言に溜息を吐きつつ、
 
「じゃあ、お前の家に案内してくれ」
 
「あん? 何しに来るんだよ?」
 
「何って、……引っ越しだよ。着替えとか荷物とかあるだろ?」
 
 才人がそう告げると、エールは面白くなさそうに踵を返して彼女の家へ向かった。
 
 五分も歩かない内に到着した一際大きなライカ欅の上、見るからに見窄らしい小屋が建っていた。
 
 エールが自分で建てたのだろう小屋へ、エールは自前の翼を使って飛び、才人は枝を飛び移って入室を果たす。
 
 鞄などといった上等な物は無いため大きめの布……、ぶっちゃけ寝るために使っていたシーツだが、それに替えの服と何やら丸めた長い布を入れていく。
 
 服自体が一枚布の簡素な代物であるが、その服の隣に置かれている長布が何なのか気になった才人はそれを手に取り、
 
「……何だこれ?」
 
 小首を傾げて問うてみると、エールの右ストレートが才人の顔面を撃ち抜いた。
 
「って、何しやがる!?」
 
 才人が抗議の声を挙げると、エールは真っ赤な顔で才人を睨み付け、
 
「うっさいバカ!! 女の子の下着広げんな! この変態!!」
 
 言われてみれば、翼人にゴムの概念などありそうにないため、貴族の履くようなショーツは所有していないであろうし、かといって平民の女性が身に着けるようなドロワーズのような下履きでは一枚布を纏っただけの格好では下着が丸見えになってしまう。
 
 ……だからって、フンドシはないだろう。
 
 エールの攻撃を甘んじて受けながら、そんな事を思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 何とか落ち着いたエールを連れて、才人が村に戻ってくると、彼を出迎えたルイズは呆れた声で、
 
「ホラ見なさい、そうとう暴れたみたいじゃない」
 
 身体中を青痣と引っ掻き傷だらけにした才人を見て、そう告げる。
 
 対する才人は疲れた表情で、
 
「いやあ、これは俺が悪かったからなあ」
 
 と答え、救急箱を持ってやって来たシエスタの治療を素直に受けた。
 
「それで、どうだったの?」
 
「ああ見ての通り、無事任務完了」
 
 問うブリミルにそう答えるが、ブリミルは呆れた眼差しで才人を見つめ、
 
「違うわよ。――暴走の声は聞こえた?」
 
 言われて思い出し、考えてみる。
 
「……そう言えば、聞こえなかったな」
 
「そう……、ルーンの発動が暴走の鍵じゃないとしたら何なのかしらね」
 
 少なくとも他の虚無の使い魔との接触が発動キーであることは間違い無いのだが、それ以外でも暴走のスイッチは入るらしい。
 
「それが何なのか分からないと、危なすぎて実戦に投入出来ないわよ」
 
「つーか、そんな危険があるならルイズの同行を許可するなよ……」
 
 若干、恨みがましく告げる才人に対し、ブリミルは肩を竦めると、
 
「だって、あんたルイズが傍にいたら意地でも暴走押さえようとするでしょ?」
 
 絶対の信頼と若干の嫉妬を込めた眼差しで才人を見つめる。
 
 溜息を吐きながらブリミルの言葉に頷き、治療を終えた才人は立ち上がってエールを呼び寄せ、
 
「えーと、今度家で預かる事になった翼人のエールだ。
 
 ほら、挨拶しろ」
 
「ふん、馴れ合うつもりはねーからな、……そこんとこ勘違いすんなよ」
 
 捻た態度を取るエールに苦笑いを浮かべ、才人は彼女の頭を押し付けて強引に頭を下げさせる。
 
「まあ、そんな事なんで、よろしく」
 
 と、愛想笑いを浮かべながら告げた。
 
 すると、それまでカトレアの陰に隠れるようにして様子を伺っていたナイが恐る恐る顔を出し、エールを観察し始める。
 
 それに気付いた才人はナイを呼び寄せると、
 
「今日から、エールがナイの姉ちゃんだ。一杯遊んでもらえよ」
 
 言ってナイの頭を、やや乱暴に撫でてやる。
 
 目を細めて気持ちよさそうに頷くナイに対し、エールは聞いてねえと抗議の声を挙げ、
 
「何だそりゃ!? あたしに子守させるつもりかよ!」
 
 エールの抗議の声を無視して、才人は撤収の作業に入る。
 
「おい、聞けよバカ!」
 
 宴の準備をしてくれていた村人達に詫びを入れ、撤収を始める才人にルイズが文句を言うが、
 
「ほら、エールが一緒に居ると村の人達も色々と気まずいだろ?」
 
 そう言われて納得し、素直に引き下がるルイズ。
 
 ついでに言えば、才人の目的の一つに店の出ている内に町に到着して、エールの服等を買い揃えたいというのもあった。
 
 ――だが、そんな才人の思惑も知らず、
 
「…………」
 
「――何ジロジロ見てんだよ?」
 
 エールに睨まれながら告げられ、気の毒なほど怯えるナイ。
 
 その態度が尚更気に入らなかったらしく、エールはナイの傍に歩み寄ると、
 
「言いたい事があるんならハッキリと言えよ!」
 
「…………」
 
 そう強気で押されると、弱気なナイとしては尚のこと引いてしまう。
 
 エールは舌打ちして、ナイの元を離れようとして、彼女の耳と尻尾が飾り物でないことに気付いた。
 
「……なあ何でお前、耳とか尻尾とか生えてんだよ?」
 
 問われたナイはそれには答えず、恐る恐るエールの羽根に手を伸ばし、
 
「……どうして羽根、生えてるの?」
 
 ――答えられない。
 
 否、それこそが先程の質問に対する答えなのだろう。
 
 エールは本日何度目かになる舌打ちをすると、ナイに手を差し伸べ、
 
「ほらよ、……行こうぜ」
 
 照れの為、そっぽを向いているが、差し伸べた手を下げるつもりはない。
 
 ナイはその手を暫く見つめた後で手を伸ばし、
 
「……うん、お姉ちゃん」
 
 ……お姉ちゃん? ……あたしが?
 
 頬が弛むのを自覚する。
 
 生まれて初めて姉妹の絆――。
 
 それは血の繋がりのない偽りのものかも知れないが、確かにエールの手の内にあった。
 
「しょ、しょうがねえな……、面倒見てやるから感謝しろよな!」
 
「……ん」
 
 才人を背に乗せ、その一連のやり取りを見続けていたジルフェは安堵の吐息を吐き出し、
 
“ふむ、……これにて一件落着”
 
「……どこの黄門様だ、お前は」
 
 疲れたような吐息を吐き出し、新たな仲間と共に才人達は村を後にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、夕方前に辿り着いた町で……。
 
「やめろ、冷血女!!」
 
 全裸に剥かれた上で、大きなタライの中に押し込められサティーによって無理矢理頭からお湯をかけられ抗議の声を挙げるエールの姿があった。
 
「別に実害は無いものであると判断します」
 
 と騒がしい一方で……、
 
「ナイちゃんは、素直よねー」
 
「……ん」
 
 エールと同じく全裸に剥かれ、頭の耳をペタリと伏せ両手で必死になって目を塞ぎ、シエスタによって頭からお湯をかけられるナイの姿があった。
 
「別に風呂なんか入らなくても死にゃあしねえよ!」
 
「駄目よエールちゃん。これから服買いに行くんだから、綺麗にしとかないと」
 
「何で、服買うのと風呂入るのが関係あんだよ?」
 
 あくまで不服そうに問うエールに対し、シエスタは言い聞かせるように、
 
「試着した時に服を汚しちゃ、お店の人に悪いでしょ?」
 
「……知らねえよ、そんなこと」
 
 拗ねてそっぽを向いてしまうエール。
 
 そんな宿屋の別の一室では……、
 
「……何で、わたしは行っちゃ駄目なのよ!?」
 
 抗議の声を挙げるルイズと、素知らぬ顔でそれを黙殺しつつ、
 
「じゃあ次は、虚無と通常の系統魔法の違いについてね」
 
 虚無の魔法について講義を続けるブリミル。
 
「って、聞いてよ!!」
 
 それでも食い下がるルイズを溜息一つであしらうと、
 
「我慢なさい。今日はナイと前々からの約束があるって言ってたんだから、お邪魔虫になるだけよ」
 
「うー……」
 
「そんな目で見ても駄目。……さあ、続きよ」
 
 言って、己の始祖の祈祷書を開く。
 
 ――そのページを見てルイズは息を呑んだ。
 
 表紙からして擦り切れてボロボロだったそれは、中のページに至っては所々に血痕が付着し、煤にまみれている項もある。
 
 その視線に気付いたブリミルは苦笑して、
 
「ああ、汚れててゴメンなさいね」
 
 ……笑って済ませられるレベルではない。この女(ひと)は、どんな戦いの人生を歩んできたのだろう?
 
 それを思いルイズは寒気を覚え、同時にその人生の中を占める才人との付き合いを想像してブリミルに嫉妬する。
 
「じゃあ、復習から……。
 
 虚無の魔法と他の系統魔法の違いは……」
 
 ブリミルの声が、何処か遠い所で話しているように感じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 身体を洗い終え、綺麗になったエールとナイを伴った才人は、仕立て屋を訪れていた。
 
 ちなみに、才人だけではハルケギニアの女の子の流行など分からないので、アドバイザーとしてシエスタ、荷物持ちにサティーも付いてきている。
 
「だからよ……、別に服なんかいらねえって言ったじゃねーか!?」
 
 抗議の声と共に試着室のカーテンが開かれ、半裸のエールが姿を現す。
 
 やはり彼女の背中の翼が邪魔で服が入らないようだ。
 
「仕立て直してもらう為に、わざわざ店まで来てるんだよ」
 
 溜息混じりに答え、シエスタを促してエールから服を脱がせてもらう。
 
 服の仕立て直しを店の人に頼み、二時間程で出来上がるというので店を出る。
 
「……さて、じゃあ今度は何処に行こうか?」
 
 問い掛けの先はナイだ。
 
 今日は彼女がアルビオンを去る際に約束した遊びに行くというものを果たしに来たものだ。
 
 とはいえ、もう時間も夕刻の為そうそう長い間遊んでもいられないし、なによりも地方の小さな町のため余り遊ぶ場所もない。
 
 このような場所での子供の娯楽といえば……、
 
「大道芸人とか、サーカスとかあれば良いんだけど。……そうそう都合良く」
 
 周囲を見渡すが、
 
「……居るわけないよなあ」
 
 頭を掻きながら、
 
「ナイは何して遊びたい?」
 
 問うてみるが返事はない。……何事かと思って彼女の視線を追っていくと、そこにはアクセサリーを扱う露天商が居た。
 
 興味深げに露天商を眺めるナイを引っ張って、店先までやってくる。
 
「へい、らっしゃい」
 
「何か欲しいものでもあんのか?」 
 
「……ん」
 
 そう答えるが、ナイにしてみればどれもが珍しい物で決めかねている。
 
 と、その横からエールが顔を出し、
 
「何だよコレ?」
 
 手を伸ばした先にあるのは羽根を模した銀細工のブローチだ。
 
「ん? 欲しいのか?」
 
「――別にいらねえよ」
 
 そっぽを向いて告げるエール。才人は素っ気ない態度で頷くと、エールからブローチを取り上げ、
 
「……あ」
 
「おっちゃん、これ」
 
「あいよ、1エキューね」
 
「たけぇ、ぼったくりかよ」
 
「バカ言っちゃいけねえよ旦那、ウチの商品は全部純銀製ですぜ」
 
「へえへえ」
 
 気のない返事を返しながらも、ポケットから1エキュー金貨を取り出して露天商に手渡す。
 
「へい、毎度」
 
「ほらよ……」
 
 受け取ったブローチをエールに手渡たそうとするが、エールはそれを受け取ろうとせず、
 
「いらねえよ、別に……」
 
「ほほう」
 
 才人は意地悪そうな笑みを浮かべると、
 
「いらぬと申すか貴様」
 
「……何処の出身だよ、お前」
 
 呆れた声を挙げるエールを無視、
 
「んじゃあ、貰い手の無いこのブローチは溶かして売っちまおう」
 
 ……捨てると言わない所が才人らしい。
 
 そんな彼に苦笑を浮かべるシエスタ。あからまさに彼の意図が見え見えだからだ。
 
 だが、それに対してエールは、
 
「なら、そうしろよ」
 
 そう言い残して、その場を去ろうとする。
 
「いやちょっと待て。……本当にいらねえのか?」
 
「……別に」
 
「うわ、可愛くねえコイツ!?」
 
「うるせぇ、バーカ! 何であたしがあんたに愛想振るわなきゃいけないんだよ!!」
 
「別に愛想振るえって言ってねえだろうが! 折角可愛いんだから、もうちょっと素直に行動しろって言ってんだよ!!」
 
 反論に備え、次の口論用の言葉を用意する才人の予想に反し、エールは真っ赤な顔でそっぽを向くと、
 
「ば、バッカじゃねーの、何が可愛いだよ」
 
 言って、才人からブローチを引ったくるように奪い。
 
「……しょーがねえから、貰っといてやるよ」
 
「……何なんだ急に?」
 
「――サイトさんは、もう少し自分の言動を自覚した方が良いと思いますけども?」
 
 シエスタにまでそう言われ、才人は首を捻ってから露天商というキーワードで何かを思い出し、
 
「そうだ! シエスタ!!」
 
「……何ですか?」
 
 才人はポケットから昔買ったものの、彼女に渡しそびれていたブレスレットを取り出すとシエスタに手渡し、
 
「……これ、貰ってもらえないかな?」
 
「……え?」
 
 戸惑いながらもそれを受け取り、
 
「あ、……あの」
 
「いや、ずっと前に買ったんだけどさ、渡しそびれちまって……」
 
 恥ずかしそうに告げる才人。
 
 シエスタは手の中のブレスレットを握りしめると、
 
「あ、ありがとうございます! わたし、宝物にしますから!」
 
「いや、そんなに大した物じゃないし……」
 
 むしろそれほど有り難がられると、かえって恐縮してしまう。
 
 そんな空気を払拭しようと、才人はナイに話題を振ろうとして、彼女が居ないことに気付く。
 
「って、ナイ! 何処に行った!?」
 
「ナイ様でしたら……」
 
 焦る才人を落ち着かせるように、何時も通りの冷静沈着な声色でサティーが告げる。
 
「あちらのショーウインドウを覗いておられますが」
 
 言われ、視線を向けると、確かにエールに連れられたナイがショーウインドウの中を興味深げに覗いていた。
 
 どうやら、今度はそちらに好奇心が移ったらしい。
 
 安堵の吐息を吐きながら才人は近づき、ショーウインドの中を覗いてみる。
 
 そこにあるのは着飾った人形だ。
 
 ……アクセサリーとかより、人形の方が喜ぶかもなあ。
 
「この人形でいいのか?」
 
 問い掛ける才人に対し、ナイは小さく頷く。
 
 才人は店に足を踏み入れ、店員に人形の購入を伝えて包装してもらい箱を持って店を出てナイにそれを手渡す。
 
「……ありがとう、おとーさん」
 
 満面の笑みを浮かべて告げるナイの頭を優しく撫でてやる才人。
 
「――才人様、そろそろエール様の服が仕上がるお時間かと」
 
 サティーの言葉に頷くと、皆を伴って仕立屋へと戻る。
 
 すると、既に服は仕上がってしたらしく店では店主が待ち構えていた。
 
 才人は服を受け取ると、それをエールに手渡しサティーに着付けの手伝いを言い渡して試着室に押し込める。
 
「やめろ冷血女! 服くらい一人で着れらー!! わー!? 何でパンツまで脱がす必要だあるんだよ!」
 
「事故だと判断します。というか、何故通常の下着を嫌がるのですか?」
 
「あんな締まりの悪いもん、履いてられるか!?」
 
 そのやりとりを試着室の外で聞いていた才人は呆れた顔で、
 
「まあ確かに、フンドシは締まりは良いだろうけどなあ」
 
「聞き耳たててんな! この変態!!」
 
 カーテンの隙間から伸びた生足が、才人の股間を直撃した。
 
「お……、お前らは、何でそんなに俺の切ない所を……」
 
 蹲る才人を見下すように、真紅のワンピースを身に着けたエールが扱き下ろす。
 
「うっさいバカ! 変態! スケベ!」
 
 だが、そんな彼女の姿を見てシエスタ達が息を呑む。
 
 ボリュームのある赤髪を大きく二つのおさげにしたエールに、真紅のワンピースが良く映える。
 
 そして、その背から伸びる純白の四枚翼が彼女の可愛さを神秘的な領域にまで高めているのだ。
 
「うわぁ、エールちゃん可愛い過ぎ!!」
 
 思わず彼女に抱き付くシエスタ。
 
「……お姉ちゃん、かわいい」
 
 そして服の裾を摘みながら、微笑みを浮かべて告げるナイ。
 
 エールは照れてそっぽを向いてしまうが、その頬の赤さが彼女の気持ちの全てを物語っている。
 
 僅かに遅れて試着室から出てきたサティーは、エールとは対照的に、かなりくたびれた様子で、
 
「……サイト様、一つお願いがあるのですが」
 
「ん? 珍しいな、サティーがそんなこと言うなんて」
 
「申し訳ございません」
 
「いいよ。――俺に出来ることなら、何でも言ってくれ。サティーには色々と世話になってるからさ」
 
「……では」
 
 一息、
 
「エール様の教育係を、わたくしにお任せしては貰えないでしょうか?」
 
 機械の笑みを浮かべてそう告げた。
 
 その無機質な笑みに恐怖を感じた才人は、姿勢を正して必要以上に首を上下に振って頷き、
 
「どどどどどどぞう、お任せ致します」
 
 そう言って、心の中でエールに対して十字を切った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、約2週間に渡り領地内の問題を片づけ続けた才人達。
 
 ようやく時間に余裕が出来、遂にトリステインに帰る日がやって来た。
 
 使用人達に見送られ、やって来た時よりも多い人数でロサイスに向かう。
 
 途中、ティファニアの屋敷に立ち寄って合流し、これで全てのメンバーが揃った。
 
 そして二日かけて到着したロサイスで才人達を待ち構えていたのはアルビオン籍の巨大な軍艦だ。
 
 才人達がトリステインに帰ることを聞いたウェールズが、手配してくれた代物なのだが……。
 
「……アルビオンの軍艦って、全部潰したと思ったんだけどな」
 
 呆れた声で呟く才人に答えてくれたのは、彼を待ち構えていた軍人だった。
 
「それは戦争後にトリステインとアルビオンとの共同で新造された三隻の軍艦の内の一つでね、名をガンダールヴ。
 
 三隻の内でもっとも戦闘力の高い艦だ」
 
 近づき、気さくな態度からは一転して軍人らしい見事な敬礼をとり、
 
「わたしはサー・ヘンリー・ボーウッド。この艦の艦長を務めさせてもらうことになりました。
 
 よろしく頼みます、ヒラガ卿」
 
 そして、また笑みを浮かべて才人に手を差し伸べて握手を求める。
 
「あ、はい。よろしく」
 
 しっかりと手を握り返す才人。
 
 ボーウッドは笑みを浮かべて、
 
「このガンダールヴの他にも高速飛行に優れたヴィンダールヴ、500の竜を収容可能な巨大竜母艦ミョズニトニルン。
 
 全て、有事の際はヒラガ卿の指揮下に入るよう承っております」
 
「……なんだそりゃ!?」
 
「ね? 凄いでしょ」
 
 悪戯が成功した子供のように、無邪気な笑顔で告げるのはブリミルだ。
 
「……根回しって、これかよ?」
 
「ええ、いずれ絶対に必要になるもの」
 
 ……確かに、やがて来るヴァリヤーグとの戦闘では必要になってくるだろう。
 
 一度ブリミルとティファニアによって潰されたとはいえ、その頃にはガリアの航空戦力もある程度は復帰している筈である。
 
 ……だからとはいえ、
 
「帰るだけなら、普通に定期船に乗れば良いだろうが……」
 
「進水式も兼ねてるらしいから、丁度良いんじゃない?」
 
「……そういう問題か?」
 
 軽く溜息を吐きながら肩を竦める才人。
 
 次の瞬間には気を取り直すと、ボーウッドに改めて一礼してから艦に乗り込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ロサイスから、ラ・ロシェールに到着した才人達は、そこに待ち受けていたヴァリエール公爵家所有の竜籠に乗り換え、一路トリステイン魔法学院を目指す。
 
 どうやら事前にエレオノールが連絡を入れて、迎えに寄こしていたらしい。
 
 流石にジルフェを乗せるだけのスペースが無いため、歩いて帰ることになったのだがグリフォンの一人歩きなど物騒な事この上ない為、才人が一緒に付いていく事になった。
 
 その事に不満を述べるエレオノールとルイズだったが、才人もトリスタニアの方に用事があるというので渋々了承した。
 
 こうして久方振りの一人の時間を手に入れた才人は、トリスタニアを目指してジルフェを走らせる。
 
 ジルフェの脚ならば、一日もあればトリスタニアまで余裕で到着するのだが、そこはそれ。
 
 才人も女の子に囲まれる生活は決して嫌いではないが、偶には一人で羽根を伸ばしてみたい時もある。
 
 自分の背中に寝ころぶ才人を感じながら、
 
“……で、どうするのだ? サイト殿”
 
「まあ、のんびりと行こうぜ。そんなに急ぎな用事でも無いしな」
 
 駆け足程度の速度で走り始めるジルフェ。
 
 途中の町で一泊して、才人達がトリスタニアの街に到着したのは翌日の夕方近くだった。
 
 それでも普通の馬ならば丸々二日掛かる距離を、その半分の時間で走破しながらも息一つ切らしていないジルフェは、やはり並のグリフォンではない。
 
 感心しつつ、才人は目的地である武器屋の扉を開ける。
 
「いらっしゃーい」
 
 気のない返事と共に客を迎えてくれた店主の親父は、才人の顔を見ると途端に元気になり、
 
「我らが剣じゃねえか!? 生きてたのかい、あんた!」
 
「勝手に殺さないでくれよ、おっちゃん……」
 
「ははは、悪いなあ。なかなか顔見せねえもんだからよ、俺ぁ、てっきり死んだもんだとばかり」
 
「ゴメン、忙しくてさ、今日やっとこっちに着いたばかりなんだ」
 
「良いさな、気にすんなって我らが剣。それで今日は、どんな用事でい?」
 
 才人は表情を真剣なものに改め、カウンターに両手を着くと店主に向けて深々と頭を下げ、
 
「ゴメン! 折角おっちゃんがくれたメーネ折っちまった」
 
 一瞬、何を言われたか分からなかった店主だが、意味を理解すると苦笑を浮かべ、
 
「おいおい、つまんねえこと言ってんじゃねえぜ我らが剣。
 
 剣なんて物は、所詮は道具よ。――そりゃ、長く使ってりゃあ多少の愛着は沸くかも知れねえがな、だからって一々気にしてたら身体が持たねえよ」
 
「いや、……でも、折角貰ったのに」
 
「気にすんなって、言ってんだろうが。
 
 それよりも、……だ。どうよ? 何か手柄挙げたのか? ん?」
 
 興味津々の様子で問う店主。
 
 その様子に、才人は肩を竦めると、
 
「うん、まあ」
 
「ほう、で……? どんな賞よ? 勲章か? 褒美か?」
 
「いや、その……、アルビオンの貴族になっちゃった」
 
 照れたように告げる才人に対し、店主は目を見開くと、
 
「凄ぇじゃねえか、我らが剣! 平民から貴族だなんて、そうそうなれるもんじゃねえ! やあ、流石に俺が見込んだ男だ!」
 
「ははは……」
 
 店主は才人の背中をバンバン叩きながら、
 
「良し、今日はもう店じまいだ! 飲みに行くぞ我らが剣! 勿論、俺の奢りだぜ!!」
 
「いや、悪いって、メーネの詫びも込みで俺が奢るよ! お金も結構貰ったしさ」
 
 店を閉め、才人を連れて歩く店主と、どちらが奢るかで言い争う才人。
 
「謙虚な貴族様だな、お前は……。だが、そこが気に入ったぜ我らが剣!」
 
 才人にヘッドロックを極め、店へ引き連り込む。
 
 店は勿論、魅惑の妖精亭だ。
 
「いらっしゃいませー♪」
 
「あらん、サイトくん」
 
 駆け寄ってきた店長のスカロンがサイトを抱き締める。
 
「ぐあぁぁあぁ」
 
「嬉しいわあ、アルビオン戦で大活躍した英雄がウチのお店を尋ねてきてくれるなんて」
 
 メキメキと背骨の軋む音を聞きつつ、才人は引きつった苦笑いを浮かべて挨拶した。
 
「て、店長……、ギブ! ギブ!!」
 
 ……いや、挨拶とは言わないかもしれないが。
 
 そんな苦しむ才人を救ってくれたのは、ジェシカと魅惑の妖精亭の店員達だった。
 
 彼女達は集団で突入し、スカロンの手から才人を奪取して一番良い席の客を押しのけてそこに才人を座らせると全員で取り囲み、
 
「ルイズから聞いたよ! 七万のアルビオン兵、全滅させた上にお城まで落として敵の大将討ち取ったんだって!?」
 
「いや、やったのはブリミルだけど」
 
「まあまあ、良いから良いから。飲んで飲んで」
 
 ジョッキを渡され、それになみなみとワインを注がれる。
 
 そしてテーブルの上には注文もしていないのに、所狭しと料理が並べられいた。
 
「そうそう、公爵になったんだって? 凄いじゃない」
 
 ジェシカの言葉に、接客の女の子達を取られて不平を零していた客達が静まり返る。
 
 才人は驚いた顔でジェシカを見つめ、
 
「……何で知ってんだ?」
 
 対するジェシカはウインクを贈り、才人の耳元に顔を寄せて彼にだけ聞こえるような小声で、
 
「ウチもね、ゼロ機関なのさ」
 
「……へ?」
 
 更に驚く才人に、店員の女の子達が揃って彼にウインクする。
 
「さあさあ、みんな、他のお客さん達にもサービスを忘れないでね」
 
「ミ、マドモアゼル!」
 
 他の客達の元へ散っていく店員達の中、ジェシカに手を引かれて才人は彼女の部屋に引き込まれた。
 
「どういうことだよ? 魅惑の妖精亭がゼロ機関って?」
 
 尋ねる才人に対し、ジェシカは悪戯な笑みを浮かべると、
 
「何週間か前にブリミルさんがやって来てね、ウチをゼロ機関の情報収集部門に指定したのさ」
 
「……情報収集部門?」
 
「そう、酒場って所は色んな情報が流れてくるからね。中には他国から流れてくる傭兵とかもいるからさ」
 
 才人は盛大な溜息を吐き出し、
 
「……危険な事とかは、無いんだな?」
 
「無いと思うよ。精々噂話にチェック入れて報告するだけだから」
 
 軽い物言いではあるが、少しでも才人の役に立ちたいという思い。
 
 それは決して才人の事を想う他の少女達に劣るものではない。
 
「そっか……」
 
 続いて安堵の吐息を吐き、
 
「無茶だけはすんなよ」
 
「……心配してくれてんだ」
 
「当たり前じゃねえか」
 
 さも当然といった風に告げる才人。
 
 ジェシカは自然な微笑を浮かべて才人に寄り添い、
 
「……ありがと」
 
 才人の頬に触れるだけの口付けを贈った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後、店の方へ戻った才人を待ち構えていたのは、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
 
「ヒラガ公爵、バンザーイ!!」
 
「バンザーイ!!!」
 
 という叫び声をあげながらジョッキに満たされたワインを一気に飲み干し、空になったジョッキへ間髪入れずに店員がワインを注いでいく。
 
「……何だこりゃ?」
 
「あらん、サイトく〜ん」
 
 しなだれかかってきたのは、スカロンだ。
 
 彼は才人に頬ずりしつつ、
 
「みんな、サイト君の爵位拝命を祝ってくれてるんじゃないの」
 
「ハハハ……」
 
 力無い笑みを浮かべる才人へ、武器屋の親父がジョッキを手渡し、
 
「祝杯だー!! まずは飲め我らが剣! おめえはウチの店に最高の宣伝をしてくれた!」
 
「お、おう」
 
 ジョッキを傾け一気に飲み干す。
 
 つられた才人も、同じようにワインを飲み干し一息吐くと、間髪入れずに今度はスカロンがジョッキにワインを注ぎ、
 
「さあさあ、飲んでちょうだいサイト君。――若き公爵様の未来に乾杯」
 
「ははは、乾杯」
 
 そんな調子で次々と注がれるワインを飲み干していく才人。
 
 元来、お調子者の彼が可愛い女の子の注いでくれる酒を断れる筈もなく、当然の如く、すぐに酔いが回って意識を手放した……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして、翌日――。
 
「……何がどうなってんだ?」
 
 目の覚めた才人は、魅惑の妖精亭ではない場所。……見覚えのない何処かの宿舎の部屋に居た。
 
 部屋の中の調度品に華美な物はなく実用一辺倒な物ばかりだ。
 
 壁にもたれ掛かる才人の顔の横、僅か1サントの所に突き刺さる長剣。
 
 デルフリンガーではない。見覚えのある両刃の直剣だ。更には壁に穿たれた弾痕と目の前に眠る女騎士。
 
「……アニエス……さん?」
 
「よう相棒――」
 
 掛けられた声に振り向いてみてみれば、そこには床に突き立てられた才人の愛剣デルフリンガーがいた。
 
「おう、昨日は凄かったぜえ。酔っぱらったおめえがな、酒場出てから暫くして道端で寝むっちまったのを、その隊長さんが見つけてここまで連れてきてくれたってーのに、おめ、寝ぼけて隊長さんをよ押し倒してキスしちまったんだわ」
 
 才人は顔を青ざめさせながら、
 
「……もしかして、それでアニエスさんがキレて、――これか?」
 
 実際は少し違う。
 
 才人に押し倒されてキスされた時点では、それほど怒ってはいなかったのだ。
 
 否、好きとか大好きとか愛してると耳元で呟いた瞬間に、完全に抵抗を止め受け入れOKだったにも関わらず、才人がそこで別の女性の名前を呟いた所でアニエスがキレた。
 
 もっともデルフリンガーとしては、そんな面白いことを公言するつもりはない。
 
 こういうことは意識の無かった才人よりも、アニエスを相手にネチネチと弄る方が面白いのだ。
 
「けけけ、凄ぇな相棒。酔っぱらってんのに隊長さんの剣いなしてたぜ?」
 
 それを聞いた才人は暫く考え、二秒で結論。
 
「――よし、逃げよう」
 
「ほう、何処へ逃げようというのだ? サイト」
 
 聞こえてきた声に恐る恐る振り向いてみると、そこには完全無表情な銃士隊隊長様が仁王立ちしていた。
 
 ぎこちない仕草で振り向く才人。
 
 しかし、一転してアニエスは溜息を吐き出して表情を改めると、
 
「心配するな。小娘でもあるまいし、キス程度で取り乱したりするものか」
 
「……取り乱してたじゃねえか」
 
 アニエスは無言でデルフリンガーを床から引き抜くと、躊躇い無く窓から投げ捨てた。
 
 そして小さく咳払いすると、
 
「忘れろ」
 
「はい!」
 
 直立不動で答える才人。
 
 その答えに満足したのか、アニエスは薄く笑みを浮かべると、
 
「待ってろ、今食事を持ってくる」
 
「へ?」
 
「まさかアルビオンの公爵を、そのまま帰すわけにもいくまい」
 
 告げて、部屋から出ていってしまった。
 
 一人、取り残された才人は呆然と、
 
「……何でアニエスさんが、そんなこと知ってんだ?」
 
 途方に暮れて周囲を眺め、
 
「そう言えば……、ここ何処なんだろうな?」
 
 十分程してアニエスが盆に料理を乗せて戻ってきた。
 
「ほら食え」
 
「はは、……どうも」
 
 渡されたのは簡素な朝食だ。
 
 丸パンが二つとコーンスープ。肉が二切れにグリーンサラダとチーズ。
 
「……どうした? 食わんのか?」
 
「あ、いや、食べます」
 
 言って二口、三口したところで、疑問を口にする。
 
「ところでアニエスさん。……ここ、何処なんです?」
 
「ん? ああ、衛士隊の女子寮だ。本来は男子禁制なのだがな、……まさか、公爵様を路上に寝かせとくわけにもいかないだろう?
 
 ――下手をすれば、アルビオンとの外交問題だぞ」
 
「って、何で知ってるんです?」
 
 才人の問い掛けに対し、アニエスはスープを口に運びながら、
 
「女王陛下に聞いた。……ちなみに、わたしもゼロ機関とやらの所属だ」
 
「……へ?」
 
「有事の際は、銃士隊はゼロ機関の指揮下に入るからな、わたしはその繋ぎ役と言ったところだ」
 
「マジですか?」
 
 確かにアニエスが仲間になってくれれば、戦力としてはこの上なく頼もしい。
 
 ……つーか、あいつ。片っ端から知り合いを仲間に引き込むつもりじゃねえだろうな?
 
 実は、才人のその懸念は正しかったりした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 始業前のトリステイン魔法学院。
 
 その学院長室に、数人の生徒とそれ以外の人影があった。
 
「あの……、それで学院長。僕達に一体どんな御用で?」
 
 周囲を取り囲む美女、美少女に目移りしながらも問い掛けるのはギーシュだ。
 
 彼の隣には、彼と共に呼ばれたモンモランシーも居る。
 
「まあ、用があるのはわしとは違ってな……」
 
 そう言ってオスマンは視線をブリミルに向ける。
 
 話を振られたブリミルは一歩前へ踏み出し、懐から二枚の書状を取り出すと、
 
「この度、新設された多国籍秘密組織にあなた達の入隊を命令します。
 
 ちなみに拒否権はありませんので、そのつもりで」
 
「……へ?」
 
 突然の事態に呆けた顔のギーシュとモンモランシー。
 
「まあ、詳しい事は授業の合間にでもルイズかテファに聞いて頂戴。
 
 それと、これは極秘事項ですので、一切の他言を禁止します」
 
 とギーシュに釘を刺すのも忘れない。
 
 ちなみにゼロ機関の表向きは、魔法学院の特別クラスということになっており、ブリミルとエレオノールは、その為にアカデミーから召集された特別講師で、カトレアはその助手。ティファニアは転校生という扱いになっている。
 
 転校初日ということもあって、その美貌と巨乳によりティファニアに注目の視線が注がれた。
 
 休み時間中、何とかティファニアに声を掛けようと互いに牽制し会う男子生徒達。そんな中、ようやく魔法学院に戻ってきた才人が教室にやって来た。
 
「なあルイズ。俺の荷物が部屋にないんだけど、何処にいったか知らないか?
 
 ……サティー達も何処か行っちまって居ないんだよな」
 
 そんな事を言いながら近づいてくる才人。
 
 随分慣れたとはいえ、ここ暫くは人との接触が少ない生活を送ってきた為、少し人見知りするようになってしまったティファニアは彼の登場に安堵して、彼女に声を掛ける男子生徒達から抜け出し才人の元に駆け寄った。
 
「お? もう授業受けてんのか? テファ」
 
「え、ええ。それで才人の荷物なんだけど、流石に人数が増えてルイズさんの部屋に収まりきらないから、他に新しく部屋を借りたの」
 
 ルイズ、才人、シエスタ、サティー、ナイ、エール……。流石にこの人数が一つのベットに寝るというのは無理が有り過ぎる。
 
 勿論、ルイズは反対したが、エレオノールの強固な説得によって渋々了承させられた。
 
 ……この姉妹、同盟関係にはあるが、必ずしも味方というわけではない。
 
 ちなみに、ブリミル、エレオノール、カトレアは教職員用の寮。ティファニアはルイズと同じく女子寮の方に寝泊まりしている。
 
「分かった。それで、その部屋っていうのは……」
 
 と、才人がティファニアに聞こうとした時、横から不機嫌な声が割って入った。
 
「おい平民。彼女は今、僕達と話しをしていたのだ。分かったら、とっとと去りたまえ」
 
 嫌みたらしい口調で告げるのは、かつて成績の良いタバサを妬んで決闘を仕掛け、見事に惨敗したド・ロレーヌという名の少年だ。
 
 だが才人は彼の事を知らないらしく、
 
「……誰だっけ?」
 
「き、貴様……、たかが平民の分際で貴族を馬鹿にするつもりか!?」
 
 憤りを露わにするド・ロレーヌだが、それはルイズの冷笑によって止められる事になった。
 
「さっきから平民、平民って言ってるけど、一体誰の事を言ってるのかしら?」
 
「何?」
 
「言っとくけど、サイトはもう平民じゃないの。戦争での功績を認められて、アルビオン国王ウェールズ様から公爵の爵位を授かったわ。
 
 ――つまり、あんたなんかよりも、よっぽど偉いのよ!」
 
 ルイズに現実を突き付けられ、動揺するド・ロレーヌだが、それでもなんとか体裁を取り繕おうと強がりを言ってのける。
 
「ば、馬鹿な事を言うな……、魔法も使えない、ただの平民がいきなり公爵なんかになれるわけ……」
 
 だが、そんな強がりも更なる乱入者によって、一瞬にして灰燼に化した。
 
「さ、サイトさん!」
 
「申し訳ありません。……出迎えが遅れました」
 
 教室にやって来たのは、二人のメイド。シエスタとサティーだ。
 
 サティーは才人にマントを差し出すと、
 
「どうぞ」
 
「いや、いいよ。トレーニングの時とかにはどうせ脱ぐんだし、堅苦しいのってあんま、好きじゃねえし……」
 
 なによりもこのマント、重くて暑いのだ。以前身につけていたシュヴァリエのマントの方が余程愛着がある。
 
 やんわりと拒否するが、ルイズの、
 
「いいから着なさい!」
 
 という命令に渋々身に着けることになった。
 
 才人の身に纏うマントを見て、生徒達が息を呑む。
 
 自分達の身に纏うマントとは圧倒的に質の違う、上級貴族のみに纏う事を許されたマント。その背に施された刺繍は、ウェールズから直々に才人に贈られたヒラガ公爵家の紋章だという。
 
 国王直々に家紋を贈られるということは、新興貴族にとって最大級の栄誉だ。
 
 そしてその事実は、現在のアルビオンにおいて才人がどれ程重要な地位の人間であるかというのを如実に表していた。
 
 その証拠に――、
 
「サイト様! サイト様は居られますか!?」
 
 カトレアを連れたエレオノールが、教室に突入してくる。
 
 彼女の手には書類の束。
 
「早速、アルビオンの方から書類が届きましたわ。急いで処理して下さいまし」
 
「ふふふ、そんなに嫌そうな顔をなさらずとも、わたしも微力ながらお手伝いしますから、頑張ってください」
 
 ……更に、
 
「サイトッ!! あんた、何よこの請求書は!? どんな飲み方したら、こんな請求書が回ってくんの!!」
 
 そう怒鳴りながら入って来たブリミルの手には、魅惑の妖精亭の請求書。
 
 ……どうやら、昨日の飲み代は才人持ちだったらしい。――しかも、全員分才人の奢りで。
 
 眉を逆立てるブリミルの後ろには、無邪気そうな笑みを浮かべたジェシカの姿も見える。
 
 彼女が直々に請求書を届けに来てくれたようだ。
 
「……ん、おとーさん」
 
 袖を引かれた才人が視線を降ろしてみると、そこにはナイとエールの姿があった。
 
「なあ、ナイが遊んでくれってよ」
 
「あー……、悪いちょっと待っててくれるか? 今日は先約があってだな」
 
「サイト、稽古を言い出したのはお前の方だろうが。……幾ら今日は非番とはいえ、何時まで待たせるつもりだ?」
 
 とは、待ちきれずに教室まで才人を探しにやって来たアニエスの言葉だ。
 
 そんな、ある意味混沌と化した教室で、自らの存在を完全に無視される事になったド・ロレーヌは憤りを露わにして、
 
「ぼ、僕を無視するなぁ!!!」
 
 自らの存在を主張するように叫び声を挙げるが、それに対してルイズは冷めた声で、
 
「……何だ? まだ居たの、あんた」
 
 更には小者を見つめるような眼差しでエレオノールが問い掛ける。
 
「――というか誰ですの彼? さっさと答えなさい、ちびルイズ」
 
 敢えて本人には聞かず……、というか言葉を交わす程の相手では無いと判断してルイズに問い掛ける辺り、彼女の恐ろしさが垣間見える。
 
 そんな手酷い扱いに、ド・ロレーヌは歯噛みすると才人に指を突き付け、
 
「き、君に決闘を申し込む!!」
 
「……いや、なんで?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 わけも分からないまま決定された才人とド・ロレーヌの決闘は、もはや定番となったヴェストリの広場で行われることになった。
 
「……ここは指定決闘場か何かなのか?」
 
 呟きながら思い出すのは、ギーシュとの決闘。
 
 ……初めて戦った時はボコボコにされて、ガンダールヴのルーンが発動して勝ったんだっけか。
 
 懐かしい思い出に浸りつつ、ド・ロレーヌの放つ魔法を前面にかざしたデルフリンガーで尽く吸収する。
 
「なあ相棒。こいつ、つまんねーよ」
 
 確かに同じ風系統の使い手としても、ワルド程の強さもなければタバサ程の速さも無い。
 
 ぶっちゃけ、キレたマルコリヌの方が怖いくらいだ。
 
 才人は早く終わらせろとデルフリンガーに急かされ、仕方無しにド・ロレーヌとの間合いを詰める。
 
 彼としては、そんなに速く動いたつもりはないのだが、ド・ロレーヌからしてみれば反応出来ないほどの速度だったらしく、唐突に眼前に現れた才人に驚いて腰を抜かしてしまう。
 
 才人はド・ロレーヌの取り落とした杖を長剣の切っ先で器用に弾き上げると、剣を翻して八分割に切り裂いた。
 
「……ギーシュの方が強かったな」
 
 その一言は、どんな言葉よりもド・ロレーヌのプライドを完膚無きまでに打ち砕いた。
 
 彼は両手を地面に着いて力無く項垂れ、
 
「……ぼ、僕がギーシュより弱いだって」
 
 ブツブツと呟くド・ロレーヌを無視し、ブリミルが才人に近づいて彼の手を高々と掲げ、
 
「勝者、ヒラガ・サイト卿!」
 
 と、勝ち鬨を宣言すると、周囲のギャラリー……、特に女子生徒達が一斉に歓声を挙げた。
 
 だが、当の本人である才人は、面白くなさそうに、
 
「ナイ達と遊んでる方が、有意義な時間だよなあ」
 
「腐ってんじゃないわよ。ほら……」
 
 言って、才人の頬に口付けする。
 
「……へ?」
 
 何が起こったのか理解出来ていない才人に、ブリミルは悪戯っぽい笑みを送ると、
 
「ふふ、勝者へのご褒美よ」
 
 ウインクして、その場を離れていった。
 
 即座にブリミルに抗議するルイズとエレオノール。
 
 そんな彼女達を尻目に、殺気立った男子生徒達が名乗りを挙げる。
 
「ぼ、僕とも決闘してもらおうか! ヒラガ・サイト卿!! 今度はティファニアさんの口付けを賭けて!!」
 
「いや、僕が先だ!! 僕が勝利した暁には、カトレア様との口付けを望む!」
 
「わしも! わしも参加するぞぉ!!」
 
「ぼ、ぼくはエレオノール様だ! 否、むしろエレオノール様直々に踏まれたい!」
 
「はぁはぁ、ボクはナイたんが良い! ……だけどエールたんも捨てがたいなぁ」
 
「なら僕は、今一度ブリミルさんの口付けを賭けて君に勝負を挑もうではないか、サイ……ガボゥ」
 
 最後のは、突如水の塊に呑み込まれたギーシュのものだが、気にしたら負けなので気にしない。
 
 ……何だ、このカオス。
 
 と視線を横に向けると、ジェシカが胴元となって賭けが成立していた。
 
 更には長机と椅子が用意され、実況席にサティー、解説役にアニエスが座っている。
 
 才人は肩を竦めて頭を掻くと、開き直りの笑みを浮かべ、
 
「こりゃ……、逃げられる雰囲気じゃないな」
 
 剣を構えて集団に向け手招き、
 
「来い!」
 
 ……その日、才人は150人抜きという驚異的な記録を打ち立てた。
 
 ちなみに、一人倒すごとにキルマークならぬキスマークが才人の顔に刻まれることになり、彼の二つ名に“キス魔”(学院に所属する全ての女性からキスを奪い去っていった使い魔の略)が加わることになった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから数日後。
 
 才人はある人物を尋ねて図書館を訪れていた。
 
 黙々と読書を続ける青い髪の小柄な少女。――昨日、キュルケの実家から帰ってきたばかりのタバサだ。
 
「よう」
 
 才人が声を掛けると、タバサが本から顔を上げて才人の方へ振り向く。
 
 無言で才人を見つめ続けるタバサに対し、才人は小さく頷いて、
 
「ちょっと付き合ってくれるか?」
 
 言ってタバサを外に連れ出す。――向かう先は火の塔の最上階。ゼロ機関の本拠地ともいうべき一室。
 
 そこで待ち構えていたブリミル達にタバサを紹介すると、
 
「さてと……、まだジョゼフに復讐したいと思っているか?」
 
 唐突にそう切り出した。
 
 タバサの答えは一つだ。
 
 無言のまま、しかし強い意志を込めた瞳で才人を見つめて頷きを送る。
 
「……分かった」
 
 才人も頷きを返すと、一枚の紙をタバサに差し出し、
 
「サインしてくれ」
 
 書面を読んで、これは何か? と視線で才人に問い掛ける。
 
「ジョゼフを倒す為の組織、……ゼロ機関。その為の入隊契約書だ」
 
 それを聞いたタバサは力強く頷くと、躊躇い無く筆を走らせた。
 
 タバサから受け取った書類をブリミルに手渡すと、才人はタバサと向き直り、
 
「さてと……、ジョゼフに戦いを仕掛けるわけだけども注意点がある」
 
 一息、
 
「まず、現状でトリステインもアルビオンも先の戦争でかなり疲弊している為、ガリアと真っ向から戦争をするわけにはいかないこと。
 
 だから、この戦いはお前が矢面に立ってジョゼフ政権に対する反乱って形になると思う。
 
 勿論、俺達が全力で守りはするが、それでも危険の度合いは半端じゃない。……それでもいいか?」
 
「かまわない」
 
 躊躇いの無い返答。
 
 対する才人は溜息を吐き出し、
 
「……ちょっとは躊躇えよ」
 
 才人はタバサの前に片膝を着くと、
 
「期間限定だけどな……、俺はジョゼフを倒すまでの間、お前の使い魔となることをここに契約する。
 
 だから……、無茶はするな」
 
 タバサは無言。そのままで一歩前へ出る。
 
 そして才人の顔を両手で挟んで固定すると、自らの唇を才人の唇に押し付けた。
 
「――――!?」
 
 タバサの突然の行動に、驚きの言葉さえ出ない面々。
 
 暫くして唇を離したタバサは小さく頷き、
 
「ここに仮初めなれど契約は完了した。――ジョゼフ打倒の為の努力を期待する」
 
 それだけを告げると踵を返して部屋から出ていってしまった。
 
 余りに予想外の出来事に、暫くは呆然としていた才人だが、我に返ると小首を傾げて苦笑を浮かべ、
 
「……完全にシルフィードとかと同レベルにしか思われてないな俺」
 
 ……ちなみに、その後才人はエレオノールを始めとしてブリミル達の世にも恐ろしい尋問にあった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 火の塔を出て図書館に戻るタバサ。
 
 その小さな背に、後ろから声が掛けられた。
 
「きゅいきゅい♪ お姉さま、どうしたの?」
 
 タバサの使い魔、シルフィードだ。
 
 人間形態の彼女は素早くタバサの前に回り込むと、不思議そうに小首を傾げる。
 
 だがタバサはそれに答えず、無表情のままで前進し続ける。
 
「……きゅい?」
 
 後ろから見守るシルフィードにも気付かず、そのまま前進し続けた彼女は眼前の木に直撃しそのままぶっ倒れた。
 
「お、……お姉さま? お姉さまー!!」
 
 シルフィードの悲痛な叫びが、魔法学院に響き渡る。
 
 気を失ったタバサの顔が耳まで赤かったのは、夕日の所為ということにしておこう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 それから更に数日後、翌日に控えたスレイプニィルの舞踏会の話題で盛り上がるゼロ機関の女性達。
 
 そんな中、ゼロ機関本拠地である火の塔最上階に一通の手紙を持ったタバサが訪れた。
 
 タバサが手にした手紙を才人に差し出す。
 
 それを受け取った才人は手紙に視線を落とす。
 
「えーと、何々……?」
 
 そこに書かれていたのは、時間と場所の指定のみ。
 
 才人は怪訝な眼差しをタバサに向け、
 
「……デートの誘いか何かか?」
 
 女性陣の表情に険が走るが、それは杞憂に終わる。
 
 タバサは首を横に振ると、
 
「北花壇騎士の命令書」
 
 才人は視線をブリミルに投げ掛け、彼女もそれに応えて小さく頷くと、
 
「分かった。じゃあ、その任務を受けてきてもらえるか?
 
 任務の内容次第によっちゃあ、ゼロ機関が動く。……まあ普通の任務でも、手伝うしな」
 
 その言葉にタバサは頷き、部屋を出ていった。
 
「……どう思う?」
 
「――俺か、お前の暗殺だろな」
 
 タバサの去った後、ブリミルと才人の話しを聞いたルイズが血相を変えて、
 
「大変じゃない!?」
 
「表向きはな……」
 
「え?」
 
 才人は頭を掻きながら、
 
「本命はお前か、テファだろうな」
 
「……どういうこと?」
 
 問うルイズに答えたのは才人ではなくブリミルだ。
 
「誘拐よ。……単純な戦力差なら向こうの方が上だけど、こっちには虚無の担い手が三人も居る。
 
 一人くらい、自分の味方に引き込みたいって考えなんじゃない?」
 
「フンッ! 誘拐されても、絶対に言うことなんて聞いてやるもんですか!」
 
「そうそう、その意気で頑張って頂戴」
 
 ルイズを嗾け、そっと才人に耳打ちする。
 
「……で、どうするの?」
 
「一応、つけてみる。……もし、シェフィールドが連絡役だったら、そこで決着を着ける」
 
 ある種の覚悟と共に告げる才人。
 
 そんな彼の決意をブリミルは一蹴した。
 
「大却下」
 
「……何でだよ?」
 
 不満そうに告げる才人に対し、ブリミルはさも当然と言った風に、
 
「あんた暴走の事忘れてるんじゃないでしょうね? 街中の酒場なんかでミョズニトニルンと対峙して正気を保ってる自信があるの?」
 
「……う、――なら、お前が行けば」
 
「トリスタニアを焦土にする気?」
 
 アルビオンで才人と戦った時は、牽制とデルフリンガーに魔力を吸収させるという目的があった為、威力を無視した連射で対応したが、相手がミョズニトニルンとなるとそうはいかない。
 
 彼女と相対する事になれば、恐らく多対一の状況となる。そうなってしまうと、どうしても速射性よりも広範囲に威力の高い魔法を使わざるをえなくなってくるだろう。
 
 人気の無い所で戦うのならばともかく、街中でそのような魔法を使えばどれだけ被害が出ることか。
 
「……使えねえ」
 
 うるさいわね、とブリミルが前置きし、
 
「だから、今回はタバサの報告を待ちなさい。
 
 それに、下手に手出しして向こうの予定を狂わせることもないわ」
 
 向こうの予定を狂わせるということは、未来を知っているこちらの優位も失うということだ。
 
 才人は溜息を吐き出すと、
 
「……タバサ、無理しないといいんだけどな」
 
「――大丈夫でしょ、多分。直接ジョゼフと対峙したりしない限りは、平静でいられると思うわ」
 
 それよりも、
 
「あんたはちゃんと罠の用意をしときなさい」
 
「……罠?」
 
 ブリミルは悪ガキのような笑みを浮かべると、
 
「ええ、落とし物は持ち主に返さないとね」
 
 そう告げるブリミルに対し、才人はうんざりとした溜息を吐き出し、
 
「やっぱ、お前性格悪くなってるぞ」
 
「あんたは、女癖悪くなってるわよ」
 
 ……ぶっちゃけ、どっちもどっちだった。   
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 明けて翌日、……日が沈み、スレイプニィルの舞踏会が始まろうとする時刻。
 
 一人の少年を中心に円陣を組む女性達が居た。
 
「良いですこと? サイト様が誰を選ぼうとも恨みっこ無し。……まあ、選ばれるのは間違いなくわたくしですが」
 
「お姉さま。ルールは自分以外の姿でサイトを誘うことでしたけど。でも、サイトの変身する姿ってわたし達も知らないのだけど、そのへんはどうするのですか?」
 
「自信が無いのなら、早々に棄権しなさいルイズ。
 
 ――わたくしのように真実の愛を持ってすれば、如何に姿形が変わろうとも容易に見分けがつきましてよ」
 
「……いや。敵が攻めてきますから、踊ってる暇はないと思いますよ?」
 
 ヴァリエール姉妹の剣幕に押された才人が、気弱に発言するが一向に受け入れてもらえない。
 
「……いいけどね、別に」
 
 幾分拗ねた口調で呟くと席を立ち、
 
「ちと、ジルフェの世話してくる」
 
 そう言い残して、その場を去った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして才人がジルフェの世話を終え、スレイプニィルの舞踏会に向かおうと、会場へ進路を変更した時、彼の前に立ち塞がる人影があった。
 
「よう。……どうしたんだ? こんな所で」
 
 気軽に声を掛ける才人に対し、人影は手にした長杖を構えると口を殆ど動かさずに呪文を詠唱し、魔法を解き放った。
 
 放たれた魔法はジャベリン。――氷の槍が才人の胸を貫いた。
 
 口から血を吐き出して、そのまま頽れる才人。
 
 そのまま数秒して、才人が動かないのを確認すると、彼の傍らに一体のガーゴイルが降り立った。
 
 ガーゴイルは用心深げに、彼の身体を数度つついて、完全に動かないのを確認すると、
 
“ふふふ、流石の伝説の使い魔も油断が過ぎるわよね”
 
 ガーゴイルは頬を歪に歪めて嘲笑を浮かべ、視線をタバサに向けると、
 
“じゃあ、次は虚無の担い手でもさらってきてもらおうかしら”
 
「三人いる」
 
 無表情、無感動に告げるタバサ。
 
 対するガーゴイルは、暫く考えた後、
 
“そうね、じゃあ胸の小さな方をお願い出来るかしら? 北花壇騎士殿”
 
 タバサは暫く考え、
 
「二人いる」
 
 タバサの答えに対する返答は即座に返ってきた。
 
 近くの茂みから勢いよく顔を出したルイズとブリミルが同時に、
 
「あんたも人のこと言える程、大きくないでしょうが!!」
 
 突如現れた目標に驚くガーゴイルの胸を、上空から飛来した長剣が貫き、地面に穿ち停めた。
 
 そして、剣の柄の上に軽やかに着地する少年。
 
「どうやら、本体は来てないみたいだな」
 
“クッ!? 貴様……”
 
 ガーゴイルが視線を向ける先、先程まで少年が倒れていた場所には、彼の代わりに一体の人形が倒れていた。
 
 前回の対峙で、才人に恐れをなしたシェフィールドは、今回この場には直接やって来なかった。
 
“す、スキルニル……!!”
 
「あんたの忘れ物よ」
 
 歯噛みするガーゴイル。しかし、間髪入れずに上空から飛来した別のガーゴイルが才人に襲いかかる。
 
 が、その攻撃は茂みから出てきた数人の少年の持つ武器によって阻まれた。
 
 手に持つ武器こそは違えど、その姿は――、
 
「どう? 気持ち悪いでしょ?」
 
「……言いたいことは、それだけか?」
 
 からかうように告げるブリミルに対し、憮然とした表情で抗議するのは才人だ。
 
 但し、その数は八。
 
 スキルニルによって複製された才人達。
 
「ぶ、武器は僕の作品だぞ!」
 
 そのことを主張するギーシュ。
 
 才人はガーゴイルの胸に突き立てられたデルフリンガーで、そのまま石像を切り裂くと、長剣を肩に担い、
 
「諦めてガリアに帰れ。そんで、ジョゼフに伝えろ。
 
 その首、貰いに行くから綺麗に洗って待ってろ。ってな」
 
 ガーゴイルの一体は歯噛みして叫びを挙げる。
 
“七号! 何をしてるの!! こいつらを蹴散らしなさい!”
 
 言われた通り、タバサは杖を振るって魔法を発動する。
 
 但し、彼女が攻撃する先は才人達ではなく声を発したガーゴイルだ。
 
 氷の槍が石像を貫くが、ガーゴイルはそれでも口を開き、
 
“……正気? 国の母親がどうなってもいいの?”
 
 そこで初めてタバサの顔に表情が浮かんだ。
 
 ――冷笑。
 
 ガーゴイルの視線越しに見たシェフィールドの背中に怖気が走る。
 
 どんな人生を送ってくれば、この歳で、このような表情を浮かべる事が出来るというのだ。
 
 恐怖に囚われたシェフィールドは、用意しておいたガーゴイル全てに攻撃を命令する。
 
 上空から現れたガーゴイル。その数は軽く50を越える。
 
 ――が、それらは一瞬で光に呑み込まれた。
 
「……脆いわね」
 
 面白くなさそうにブリミルが呟く。
 
「……い、一撃で」
 
 唖然とするルイズの背後に、音も発てずに一体のガーゴイルが着地。
 
「え……?」
 
 ルイズが振り返ると同時、全長30メイルはある巨大ガーゴイルがルイズを鷲掴みにしてその場を飛び去ってしまった。
 
「クソッ!?」
 
 後を追おうとするが、地面から現れる岩騎士が才人達の行く手を遮った。
 
 即座に才人の分身達が敵を薙ぎ払い、出来た道をグリフォンが駆けてくる。
 
「行け!」
 
 才人は素早くジルフェに跨ると、短く一言を命令した。
 
 主人の命を受け、グリフォンが大空に飛び立つと、その横にシルフィードに乗ったタバサとブリミル。そして背にナイを乗せたエールが並び立つ。
 
 一瞬、才人が視線を向けると、タバサが力強く頷き返し加速した。
 
 それを見送った他のゼロ機関の面子は、
 
「まあ、サイト様に任せておけば、ちびルイズの方は大丈夫ですわね」
 
 言って、視線を眼前の岩騎士達を見据える。
 
 現状、この場に残ったゼロ機関のメンバーはエレオノールを始め、彼女の妹であるカトレア、虚無の担い手ではあるが攻撃魔法の使えないティファニア。戦力としては余り期待出来ないギーシュとモンモランシー。そして七人の才人達。
 
 エレオノールは才人達に向け、
 
「とっておきを使います。暫しの時間稼ぎを」
 
「ああ、任せとけ!」
 
 七人の才人達がエレオノール達を護るように隊列を整える。
 
「カトレア――」
 
 妹の名を呼び視線を向ける。それだけで姉の成すべき事を悟ったのかカトレアは力強く頷き返し、
 
「ご随意に」
 
「ええ、あなたは練習通りに――。後はわたくしが合わせますわ」
 
 姉妹は並び立つと、同じ呪文を唱え始める。
 
 王家にのみ伝わるとされるヘクサゴン・スペル。エレオノールがアカデミーで片手間に研究していたのは、その劣化版だ。
 
 本家のそれと違い、同系統同士。それも親子や兄弟姉妹といった近親同士でしか使用出来ないという欠点があるが、エレオノールとカトレアならば、その制限は全てクリアされる。
 
「ゼーマ・ガイ・ドルーガ……、お出でなさいガイア・ドラゴン!!」
 
 大地が隆起して、その形状を全長100メイル超過の巨大な大地竜と化す。
 
「さあ、その力、今ここに示しなさい!!」
 
 咆吼を挙げ、その巨体をもって岩騎士達を押し潰していく。
 
 ――が、破壊力がある分、細かな動きが出来ないという難点がある。
 
 エレオノールの討ち漏らした岩騎士達が残されたギーシュ達に襲いかかる。
 
 それらは全てティファニアの防御魔法によって防がれるが、彼女にそれらを倒す術は無い。
 
 本来、魔法の代わりに彼女の剣となるべく才人達は……、
 
「剣が折れたー!!」
 
「この武器作った奴、誰だー!?」
 
「なまくら以下じゃねえか!!」
 
 戦う術を無くし、必死に逃げ回っていた。
 
 だが、ただ一人だけ、むやみに元気な者がいた。
 
「任せたまえ!」
 
 ティファニアの防御結界の外に出たギーシュが薔薇の造花を振るう。
 
 散った花弁が宙を舞い、練金の魔法によって形状を剣へと変える。
 
「これが僕の新必殺技、名付けて“剣陣”
 
 さあ、幾千幾万の刃によりて、その身を串刺しにされるといい!」
 
 そして上空から飛来する刃が岩騎士達を串刺しに――、しなかった。
 
 台詞とは違い、ギーシュの作り出した剣の数は精々数十。
 
 しかも欲を掻いて広範囲の敵を殲滅しようとしたものだから、剣と剣の間隔が空き過ぎて敵に命中しなかったのだ。
 
 元々この魔法によってギーシュがシティー・オブ・サウスゴータの戦いで活躍出来たのは、その全てが逃げ場の無い屋内に隠れ潜んでいた亜人達を殲滅したものだ。
 
 封鎖された空間では、その威力を最大限にまで引き出すことが出来るであろう新必殺技も、これだけ広範囲の空間では余り役には立たない。
 
 それに気付いたギーシュの背筋に嫌な汗が流れる。
 
 眼前には、彼に躙り寄る多数の岩騎士達。
 
「は、ははは……、助けて――!!」
 
 全力で逃げるギーシュを追い掛ける岩騎士達。
 
 だが、救いの手はすぐ傍からやって来た。
 
 銀光が幾筋も翻り、ギーシュを追跡していた岩騎士達を尽く岩塊へと変えていく。
 
「あー……、やっぱり作りが甘いなあ」
 
 岩騎士を切り裂いた代償に、彼らの手にした武器が砕けていく。
 
「つーか土くれに負ける青銅ってのも、ある意味凄いな」
 
 うんうんと頷き合う才人一同。
 
 彼らは笑いながら地面に突き刺さる剣を抜き、
 
「使い捨てと割り切ればいいさ。……なあ、ギーシュ」
 
「……君達は、分身であっても口が悪いんだな」
 
 うんざり口調で告げるギーシュを無視し、才人達は新たな武器を手に残りの岩騎士を一気に殲滅した。   
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 ナイをエールの背中からジルフェに移した才人は、眼前からやって来る無数ともいえるガーゴイルを見据え、背中のデルフリンガーではなく腰の地下水を抜き放つ。
 
「ガーゴイルってどんな魔法が効くんだろうな?」
 
「まあ、火とか風でも効くだろうが効果薄そうだわな」
 
「土は?」
 
「同属性だぜ」
 
 才人達がそんな相談をしている内にジルフェに乗り移ったナイが大人Verに変身してガーゴイル達に向けて雷撃を放った。
 
 それを皮切りに、タバサが氷の矢を飛ばし、エールが先住魔法を使用する。そして……、
 
「お前は撃つなよ?」
 
 杖を構えるブリミルに言い聞かせる。
 
「……何でよ?」
 
「ルイズごと吹っ飛ぶ」
 
 小さく舌打ちして、ブリミルは防御に回った。
 
 そんな彼らの上空を巨大な影が通り過ぎていく。
 
「……何だよ、あれ」
 
 呆然とした声で告げるエール。
 
 現状、ガーゴイルの相手だけで手一杯なのだ。あんな巨大な物の相手をしているだけの余裕などありはしない。
 
 だが、そんなエールの心配を振り払うように才人の声が聞こえた。
 
「大丈夫。――あれは味方だ」
 
 その言葉を証明するように、巨大な艦から放たれた火矢が襲い来るガーゴイルに向けて放たれる。
 
 火矢の命中したガーゴイルが数体、身体を燃やされながら落下していく。
 
 そして巨大艦から響く声。
 
『やあ、元気そうで何よりだサイト君』
 
「コルベール先生!!」
 
『わたしもいるわよ、サイト』
 
 聞こえてくる艶のある声にタバサが顔を上げた。
 
『じゃあ、第二派行くから気を付けてね』
 
 キュルケの言葉と同時、巨大艦から放たれた火矢“空飛ぶヘビくん”がガーゴイルに向けて突き進む。
 
 才人が停める暇も有りはしない。
 
 空飛ぶヘビくんが数体のガーゴイルを粉砕するが、その内の一基がルイズを捕らえるガーゴイルに命中。 
 
 その翼を砕いて体勢を崩させ、錐揉みで落下し始めた。
 
「ルイズッ!?」
 
 落下するルイズを追い掛けるようにジルフェに命令する才人。
 
 しかし、生き残ったガーゴイル達も同様にルイズの奪還に降下を開始している。
 
「クソッ!」
 
 才人は舌打ちするとジルフェから飛び降り、フライの魔法を使って落下速度を加速した。
 
 一方、ジルフェは降下を止めると落下してくるガーゴイルの迎撃に入る。
 
 ナイの雷撃が迸り、上空からはエールの放つ先住魔法がガーゴイルを殲滅する。
 
「ルイズ――ッ!!」
 
「サイトッ!?」
 
 才人の声に応え、ルイズが必死に手を伸ばすが未だガーゴイルに拘束されたままのルイズでは彼に届かない。
 
“手に入れることが出来ないのなら……、このままこの娘には地獄に行ってもらうことにするわ”
 
「させるかよ!!」
 
 才人がガーゴイルに飛び移り、ルイズを捕らえている腕を切り落とす。
 
 宙を舞うルイズは、急降下してきたシルフィードに拾われ事なきを得るが、今度は代わりに才人が捕らえられてしまう。
 
“なら、せめてあんただけでも道連れに!”
 
「アホか……」
 
 告げて、才人はガーゴイルに手を添える。
 
「忘れてんなよ? 俺もミョズニトニルンなんだぜ」
 
 才人の額のルーンが輝きを放ち、ガーゴイルの制御をシェフィールドから強奪した。
 
 距離の離れている場所からでは流石に厳しいが、完全に密着してしまえば、如何に操っているのがミョズニトニルンとはいえ、制御を奪い取ることくらいは出来る。
 
 元通りの石像に戻ったガーゴイルはそのまま落下し、地表に叩きつけられて粉々に砕けるが、間一髪脱出した才人はフライの魔法で空中へと身を躍らせてジルフェに回収された。
 
 才人は安堵の吐息を吐き出すと、
 
「これで、一安心ってところか」
 
 視線をシルフィードに向けると、そこではルイズが自分を攻撃したオストラント号のキュルケに向け抗議の叫びを挙げていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 魔法学院に戻った才人達。
 
 落ち着きを取り戻して冷静になった才人がブリミルに疑問を投げ掛ける。
 
「……そういえばさ、今回は暴走しなかったな」
 
 その問いに対して、ブリミルは何か思い当たる所があるのか小さく頷くと、
 
「多分、直接対峙してないからじゃないかしら? まあ、あくまでも仮説なんだけど」
 
「……何だ、折角治ったと思ったのに」
 
 憮然とした口調で告げる才人にブリミルは苦笑を浮かべると彼の手を取り、
 
「良いから、今は踊りましょ。あの時は一緒に踊ることも出来なかったんだし」
 
 嬉しそうに告げるブリミル。
 
 手を引かれ才人が連れて行かれた先では、彼の到着を待つ複数人の女性の姿。
 
「平等に、全員と踊ってもらうわよサイト」
 
 満面の笑みを持って告げるブリミル。
 
 既に皆、真実の鏡を通過している為、姿は変わってはいるが、その数からしてシエスタやナイ達までもが、その中に含まれているのだろう。
 
「あんたはその姿のままの方が良いんじゃない?」
 
 告げてブリミルが女性達の横に並び立つ。
 
 ……もしかして、ブリミルではなく彼女に化けた他の女性だったんだろうか?
 
 そんな考えが一瞬、脳裏を過ぎるが、才人はすぐに気を取り直すと一人目の女性の手を取った。
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